彼方の声   作:伊藤 薫

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第2部
[7]


 蔵前署の会議室。数台の鑑識ドローンに備えつけられた投影機から、被害者の遺体が立体的に浮かび上がる。橋爪が捜査報告書、実況見分調書、検証調書、死体検案書などを読み上げる低い声が続く。

 被害者は鋭利な刃物で、横一直線に首の8割以上が切断されていた。死体検案書の解剖医の欄に、成瀬川は見知った名前を見つけた。その所見を読むと、解剖医の口調が脳裏に浮かぶようだった。『ここまで切れる刃物は手術用のメスが思い浮かぶけど、メスは小さいから無理。日本刀みたいな長い得物を使ったのよ』という感じだ。

「村田は鑿を盗まれたと言ったそうだが、どう思う?」武藤が言った。

 首が8割ほど裂かれている横から撮影した写真が投影される。

「鑿は木材を削る時に使う大工道具ですから、日本刀に似た凶器かと」成瀬川が答える。

 速水が「村田の家で確かめてみる必要があるな」と呟く。

 また、鑑識からは村田から借りた靴と、現場に残された靴のサイズは犯行現場に残された物と同一という鑑定結果が出ていた。

「村田宅から鑿と靴を盗んだ永嶋良信を重要参考人として捜索中です。永嶋は今、村田の孫の吉崎理沙と一緒に逃走してる模様です」

 橋爪が報告をしめくくる。

「永嶋良信についてだが」

 武藤が高階に眼を向ける。高階は左手首に巻かれた携帯情報端末を操作し、立体ホログラムが投影される。

「《サイコ=パス》の色相チェックは4年前の定期検診が最後のようです」

「その時でも、犯罪係数は80近くか・・・」

「それ以後は街頭スキャナに引っかかってもいません」

「日頃からスキャナを避けて通るぐらいには、後ろめたい事情があるんだろうよ」速水が口をはさむ。

 街頭スキャナを避けて通るのは、不可能ではない。シビュラシステムの導入から五年も経っておらず、警察や役所などの公共機関や病院とその周辺を除けば、街頭スキャナの設置台数はまだまだ少ないのが現状だ。

「しかし、現場や村田宅の周辺にある通常の監視カメラでも、永嶋や理沙の姿は確認できません」

 高階の報告に、速水が「廃棄区画に潜伏してるかもしれない」と受ける。

「だとしたら、厄介だな」武藤が苦い表情を浮かべる。

 ―それにしても・・・。

 成瀬川は不思議に思った。犯罪係数が規定値を超えた人格破綻者という割には、高階と速水も受け答えを聞く限り、普通の人間と何ら変わりが無い。むしろ、橋爪と同程度の経験を積んだ「刑事」のようではあった。

「自分は小菅の隔離施設に行ってきます」高階が言った。「永嶋がどこにいるか、分かるかもしれませんから」

 シビュラシステムが導入されてからは、刑務所は潜在犯を収容する隔離施設に変わっている。《サイコ=パス》を洗浄するさまざまなセラピーが行われる。

「よろしく頼む」武藤係長がうなづいた。

 橋爪が成瀬川に耳打ちした。

「刑務所には受刑者ごとに記録があって、同じ釜のメシを食った者同士で、出所してからも付き合ってる可能性があるからな」

「速水はどうする?」武藤が言った。

「永嶋の母親は老人ホームで死んでます。その時の担当者が戸部保志という男です。この男に会ってみます」

 速水は成瀬川に向かってニヤりと笑った。

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