COLORLESS   作:AASC-LEVEL:0

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 設定が似てて面白いからね。仕方ないね。レイシアすこすこのすこ。


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 まどろみの中、アラトはいつも二つのものを夢に見る。

 

 一つは室内を埋めて膨れ上がる、紅蓮の炎だ。世界そのものが燃え上がったように、炎の赤と炭の黒で視界が塗り潰されていく、悪夢だ。

 

 もう一つは、彼を見上げて尻尾を振る白い仔犬の思い出だ。

 全身に大火傷を負い、彼は入院した。病院は鼓動すら感じないほど静かで、時折しか会いに来ない家族のことがしょっちゅう思い出された。どうしようもなく寂しくなると、事故に巻き込まれたという事情も考慮して、色相を濁らせないための薬が打たれた。

 

 強力な精神作用をもつ薬と、鎮痛剤。二つの薬を併用したとき、アラトの世界はとても静かになった。

 

 その寂しい世界に、その仔犬は現れた。

 

 「この子が、アラトくんとお友達になりたいって」

 

 顔を覚えていない、若い女性の看護師がそう言った。

 

 かわりに、犬の甘ったれた仕草は覚えている。頭を撫でると、短い前足を動かして顎のほうを撫でるように催促してくるのだ。ふわふわした毛玉みたいな尻尾を千切れそうなくらい振り回して、跳ねるように駆けてくる。アラトは、すぐに向精神薬が不要になった。

 

 アラトの色相がクリアカラーに落ち着いてから何日か後に、同じ看護師に連れられてきた同い年の男の子のことも、アラトは鮮明に覚えている。

 痩せて手足の細かった彼を、病人のようだと思った。口をきつく引き結んだままの彼にどう対応していいか分からず、ただぼぅっと立ち尽くしていた。看護師のひとも、ただニコニコと笑うだけだった。犬だけが興奮して、どちらと遊ぶのか決めかねて、跳ね回っていた。

 

 「すごい楽しそうだね」

 

 静かな世界の中で呟く。今よりもっと静かな世界で、この犬はやっぱり楽しそうで、その動きに、人間ではない"もの"の動きに、アラトは救われた。

 

 自分もこうして楽しそうにしていれば、世界までが楽しくなるのだろうかと思った。

 

 アラトのこころは、人間の心理状態を解析する超高度AI《シビュラ》によって、健全であると判断された。だが、肉体の方は、人間の医者に、依然として鎮痛剤の服用を勧められる身だった。包帯でぐるぐる巻きの腕を伸ばすのは冒険だった。

 

 それでも、静かな世界を壊してみたかった。

 もっと、いい世界にしたいと思った。

 だから──手を伸ばした。

 

 「ぼく、えんどう(遠藤)アラト」

 

 アラトは、痛みに対するものだけではない勇気をもって、踏み出した。

 

 「ぼくと、ともだちになってよ」

 

 

 ◇

 

 

 「暑いな。まだ四月だってのに···」

 

 日当たりのいい教室の机で、アラトは呻き声を上げながら伸びをした。

 

 「授業をまるまる夢で過ごして、まだ不満か。よくもまぁ、堂々と寝られるな」

 

 すぐ隣に、制服のシャツを第二ボタンまで開けた少年が立っていた。長めの前髪を垂らした、軽そうな二枚目の彼は、クラスが今の2年C組に替わってから、一週間に一人、合計二十人のクラスメイトの女子に声を掛けまくる──口説いて回るという偉業(?)を成し遂げた、海内遼である。

 

 「同じくらい熟睡してた人が言う台詞ですか、それ?」

 

 アラトのすぐ後ろの席で、村主(すぐり)ケンゴが呆れたように言った。

 

 「俺は、昨日のうちに予習で終わらせてるからな」

 

 「いいなぁ···無駄に頭いいのって」

 

 涼しげに言ったリョウが、アラトの誉め言葉の皮を被ったやっかみを受けて、照れ臭そうにする。

 

 「そう誉めるなよ。どうせ、頭が良くたって、就く仕事は全部AIが決めるんだから」

 

 超高度AI《シビュラ》は、他の超高度AIとは違い、専用の『触角』となる端末(インターフェース)を持つ。その端末を通して世界を見るため、外界から情報的に隔離されていないのも、他の超高度AIとは違う点だ。

 《シビュラ》は、サイマティック·スキャンによって人間の"こころ"を読み取り、数値化する。その数値や心理傾向に基づいて、『職業適性』が割り出され、発行される。大体の企業は適性B以下は採用しないし、公務員ともなればA判定が必要だ。

 サイマティック·スキャンが割り出すのは、職業適性だけではない。

 《シビュラ》は、人間のストレス状態や心理傾向から、『犯罪係数』を算出する。これが100を超えた瞬間、その人間は『潜在的犯罪者』として、確保拘留される。

 《シビュラ》の目となり耳となるスキャナーやドローンが、既に町のそこらじゅうに配備されている。これを『ハザード』、産物漏出災害だとする声は未だに絶えない。だが、《シビュラ》は『安全管理を嘱託された道具』であるという見方をするものも多い。たとえば、IAIAの『超高度AIを管理する超高度AI』、《アストライア》。彼女が《シビュラ》の全面稼働時に警告を発しなかったのは、そういうことだろう。

 

 《シビュラ》は人間に使われる道具である。道具を見極める道具は、そう判断した。

 

 

 ◇

 

 

 その日の帰り道、アラトとケンゴ、リョウの三人は、少し寄り道をすることにした。発端は、つい先ほど、アラトがヒューマノイド(h)インターフェース(I)エレメンツ(E)のパーツを見つけたことにある。

 

 hIEは、その名前通り、"人のかたち"をした"モノ"だ。その片腕が、無造作に路地裏に捨てられていた。千切れたような断面からは、神経の代わりにコードがぶら下がり、血液の代わりによくわからないオイルみたいな液体が流れ出ていた。

 

 だが、それは、言ってしまえば自転車のフレームが空き地に落ちているようなもので、もっと簡単に言えば、空き缶のポイ捨てと何ら変わりない。強いて違いを挙げるなら、hIEは高価で、その破損──破壊となると、器物等損壊としてかなりの罰金が課せられるだろうと言うことか。

 

 「警察を呼ぼう」

 

 アラトが二人にそう言ったのは、しかし、そういう観点からではない。彼は、

 

 「ほっとけよ」

 

 「そうですよ。誰かが通報しますって」

 

 と言う二人に、こう返した。

 

 「放っておいたら、可哀想だろ」

 

 まるで"人のかたちをしたもの"が、本当に人間であるかのように、彼はその錯覚の死に、あるはずのない痛みに、共感し悲哀を覚えていた。

 

 悲哀は、色相を濁らせる。

 

 ケンゴもリョウも、アラトという底抜けた友人は大切だった。せめてその幻影を取り除き、色相を守ろうと思った。

 という訳で、彼ら三人は、たこ焼きをつまみながら、国内最大手のhIE関連企業(ファクトリー)『ミームフレーム』社の社長の息子、リョウの講義を聞いていた。

 

 「いいか、アラト。hIEに"こころ"はない。接触感知センサーや熱感知センサーはあるが、"痛み"はない。表情は歪むが、"恐怖"はないし、"人のかたち"はしてるが、"死"という概念はないんだ」

 

 「けど、ロボットにだって自己保存の欲求はあるはずだろ」

 

 「ロボット工学三原則のことか」

 

 ロボット工学三原則、というものがある。SF作家が作り上げたそれは、第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならず、人間に及ぶ危害を看過してはならない。第二条、ロボットは第一条に反しない限り、人間の命令に従わなければいけない。第三条、ロボットは第一条と第二条に反しない限り、自己を守らなくてはならない。という三項から成り、実際のロボット工学においても適用されている。

 

 だが──

 

 「いいか、アレはあくまで『こうしなければならない』というプログラムだ。アンドロイドに"こころ"はない。hIEってモノは、合理的に組まれたAASCで管理された行動しかしない」

 

 「人の"かたち"をしているからって、それは人であるという事にはなりませんよ、アラト」

 

 「hIEは死なない。そもそも死ぬという概念を持ち合わせないからだ」

 

 ケンゴが参加し、アラトを説得しにかかる。実は、この光景は珍しい訳ではない。だが、今日は──"人のかたちをしたモノ"が壊されているのを見てしまった、今日は、なるべくそこに触れるべきではなかった。

 

 『ストレス値が上昇しています。メンタルケアの受診が推奨されます』

 たこ焼き屋の店内に設置されていたドローンが、デフォルメされたキャラクターのホログラムを纏って、アラトたちの付くテーブルの横に来ていた。

 

 「すいません、大丈夫です。大丈夫···」

 

 アラトは反射的に謝りながら、たこ焼きを口へ運んだ。

 こういう時は、美味いものを食べるに限る。経験的に、そう知っていた。

 

 『ストレス値が上昇しています。メンタルケアの受診を···』

 

 聞く者に不快感を与えないように周波数をコントロールされた機械音声が、不意に途切れる。ここに色相判定を行うスキャナーがあれば、アラトの色相が一転してクリアになったのが分かるだろう。

 

 「すまん、アラト。言い過ぎた。···それにしても、相変わらず羨ましいな」

 

 「そうですね、色相が濁りにくいって、結構職業判定で有利らしいですし」

 

 一定以下の環境でも問題なく働けるからだが、それはまぁ、いいだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その夜のことだった。東京湾第二埋め立て島群、ミームフレーム社東京研究所。そこで、突如として爆発が起こった。膨大な量の機密情報を守る電磁波遮断ファイバー建材製の壁に、大穴が開く。

 

 即座にミームフレーム社が契約している民間軍事会社(PMC)ハンズ·オブ·オペレーション(HOO)に出動要請がかかる。だが、それだけで終わる訳もない。

 上空には、四機のヘリが飛行している。うち二機が、重機関銃や空中爆雷などの装備を有するHOOの武装ヘリ。うち二機は、警視庁公安局が──延いては、彼らに指示を下す《シビュラ》が有する、輸送ヘリだ。中には武装した警官が乗っている。そして──

 

 「降下準備完了」

 

 「降下五秒前···二、一、降下!!」

 

 高度を落としたヘリからロープが垂らされ、総勢12人の警官がそれを伝って地面へ降り立つ。5.56ミリの高速ライフル弾にすら耐えうるボディーアーマーに身を包み、頭にはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の付いたヘルメットを被っている。腕や脚にも、ボディーアーマーと同じ装甲が付けられている。だが、それだけの重武装をしておきながら、彼らが持つ武器は、翠玉色に発光する拳銃の一挺だけだった。

 

 「クリア」

 

 「クリア···エリア·クリア」

 

 彼らはHUDに映る熱源スキャンの映像を頼りに、完全に停電した東京研究所を進んでいく。公的機関である公安局が出張ったことで、民間機関に過ぎないHOO部隊は、上空で、無人機すら降ろさずに待機していた。

 

 「エネミー·イン·サイト」

 

 六人ずつに別れた警官隊のうち、先行する部隊の、先頭を行く警官が告げる。

 彼の視線の先には、爆破された大穴から差し込む月光に赤い髪を煌めかせる、女性型のhIEがいる。華奢な体格だが、ロボットである彼女の膂力が人間のそれと同様に、骨格や外見上の筋肉に左右されないことは、考えるまでもない。証左として、彼女の側には、彼女の身長を優に超す、黒光りする大型の槍が突き立っていた。

 

 「ッ···囲まれてる」

 

 残る五人は、それぞれが担当する方向を油断なく警戒していた。だが、彼らの視界に、突如として四機のhIEが現れた。緑、金、オレンジ、薄紫。それぞれが異なる髪色をしているが、そのどれもが一様に、整った風貌だった。"造られた"美しさを振りまいていた。

 

 『対象の驚異判定が更新されました。執行モード:デストロイ·デコンポーザー。対象を完全排除します、ご注意ください』

 

 警官たち全員が構える拳銃が、ひときわ大きく光を放ち、変型する。彼らだけに聞こえる指向性音声は、《シビュラ》が五機のhIEを『この世から消し去るべき存在』として認識したことを示すものだ。

 だが──どういう訳か、拳銃がもう一度、ひときわ大きく発光する。

 

 『ssss執行mモード:riノンリーs···』

 

 震えるような声を発して、そして、光が大きく衰えた。

 《シビュラ》の目であり手である、携帯型心理診断鎮圧執行システム、通称ドミネーターは、所詮は電子機器だ。充電が切れれば、ただの高価なガラクタに過ぎない。とはいえフル充電ならば二十四時間以上連続稼働できる代物であり、彼らも当然、任務に際してフル充電のものを用意している。

 

 「おい、どうなってる!?」

 

 「充電切れか!?」

 

 「いや···違うぞ!? バッテリーはフルのままだ!!」

 

 警官たちは、各々がもつドミネーターを叩いたり振ったりしている。彼らは、超高度AI《シビュラ》に、絶大な信頼を寄せている。だが人間は、システムというものを末端を通してしか認識できない。つまり、彼らの《シビュラ》に寄せる信頼は、ドミネーターありきのものだった。

 そして、その末端は、大元から切り離されて沈黙している。

 彼らの持つドミネーターは、もはや《シビュラ》の末端などではなくなっていた。

 

 「応援を···ッ」

 

 無線手を努める男が、肩に付けた無線機のプレストークスイッチを押した。

 不通だった。

 

 「やれ、メトーデ」

 

 「誰だ!?」

 

 暗がりから、人間の男の声が聞こえた。咄嗟に沈黙したドミネーターを向ける者が二人居る。それは、声が聞こえた方の警戒を担当する二人だった。自分の役割に忠実に、彼らは銃口を向け──爆発するように死んだ。

 

 「なんだ!?」

 

 溢れる炎。燃える世界。

 オレンジ色の視界の奥に、中年に差し掛かりそうな年齢の男が、口を歪めて立っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 HOOの部隊と、警官隊の後詰めの六人は、一様に暇をもて余していた。

 

 「動き、ありませんね」

 

 「だな」

 

 警官の二人が煙草を燻らせながら話すのを、HOOに所属するパイロットのトマは、同じく暇そうに眺めている。

 

 「いいなぁ、タバコ。吸いてぇなぁ」

 

 「馬鹿野郎、前を見てろ」

 

 彼の上官にあたるシェストが、呆れたように叱責する。

 

 「イエス·サー···ッ!?」

 

 ヘルメットの後ろを小突かれ、どう返すか迷っていると、いきなりヘリのローターの回転数が落ちた。慌ててエンジンを噴かし、高度を取り戻し姿勢を制御する。あと数秒遅ければ、完全に機体が回転して復帰できなくなるところだった。

 

 「何してる!?」

 

 「制御不能になったんスよ!! クソッ!!」

 

 トマが粗っぽくヘルメットを脱ぎ捨てる。HMDが沈黙していた。

 

 『おい、あれは何だ』

 

 もう一機のパイロットから通信が入る。HMDが死んでいるせいで視界マーキングが出来ないが、『あれ』が指すものが何か、すぐに見当がついた。

 

 「hIE···なのか?」

 

 彼らHOOは、民間軍事会社ではあるが、構成する社員は叩き上げの軍人が多い。シェストも、その一人だ。彼は世界中を飛び回り、いろいろな戦場を見てきた。その中で、何度か軍事用hIEを見たことはあった。だが──違う。彼の見てきたどの無人機より可憐で、どのhIEより凶悪な武器を持っていて、そして。

 

 「不味い、高度を上げろ!!」

 

 金髪のhIEが、長大なライフル状の武器を構える。それが発する翠玉色の光を、シェストは一度だけ見たことがあった。

 

 「デコンポーザーだ!! 短いが当たれば終わるぞ!!」

 

 短い、というのは、射程を表す言葉だろう。実際、公安局の刑事たちがもつドミネーターの切り札である分子結合崩壊光(デコンポーザー)は、10メートルも飛べば良い方だ。だが、射程を代価に、それは万物を消し去る力を有する。

 そして、拳銃型ではなくライフル型のドミネーターを、金髪のhIEは構えている。ライフルの方が拳銃よりも射程が長く、威力も強いのは自明なことだ。シェストは、直感的に悟った。

 

 あれは、届く。

 

 「撃たせるな、弾幕展開!!」

 

 ヘリに搭載された20ミリ重機関銃が火を噴きはじめ、隣を飛ぶヘリは空対地ミサイルを発射した。

 金髪のhIEは、表情を変えないまま照準をずらす。銃口が輝き──hIEのグループを消し飛ばす量のミサイルが、消滅した。稼いだ時間の全てを、全力後退に費やす。金髪のhIEは、銃を下ろした。射程外に出たということだろう。

 

 「クソ、なんだってんだ」

 

 「知るか···おい、あれはなんだ?」

 

 『今度はなんだ!?』

 

 通信越しに、別機のパイロットが叫ぶ。

 

 「花だ···」

 

 眼下に、色とりどりの花が咲き乱れる、花畑が広がっていた。だが、その場所は、ちょうど

 

 「公安はどうした?」

 

 警視庁公安局の刑事たちが降り立ったはずの場所で、まだ六人の刑事たちが残っているはずだった場所だ。

 

 『マスター·ブリーダーより、ホーク·ワンおよびホーク·ツーへ。帰投しろ』

 

 「イエス·マム」

 

 部隊長直々に命令が出たHOOは、後退から撤退へと方針を変えた。無人機も降ろさず空中爆雷も積んだまま、何の情報も得られず、彼らは夜闇へと消えていく。それは、五機のhIEも同じだった。

 東京研究所から、一切の人影が消えた。残ったのは、咲き誇り、花弁を風に舞わせる無限の花たちだけだった。

 

 




 読みやすくなったはず。

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