Infinite・Genius 【インフィニット・ジーニアス】   作:EUDANA

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 近々ガラル地方に旅立とうと思います。故にしばらく遅れるかもしれません。
 …流石にまた半年間失踪は無いように気をつけます。

 というわけで初投稿です。


プレジデント、来る

 自称天才物理学者の桐生戦兎は、変な夢の影響でタダでさえ豆腐並みのメンタルが酷いレベルで——

 

 ……なんだコレ? おい、誰だ台本弄った奴! 大体自称とか豆腐メンタルとか一体なん——おい美空、お前なんで顔を逸らした。

 ……お前か? お前か! あ、オイこら逃げるな!! そのうーたんぬいぐるみ刻むぞ! 待ちなさいオイ!

 

 

 

「自称天才物理学者の桐生戦兎は、変な夢の影響でタダでさえ豆腐並みのメンタルが酷いレベルでボロボロになった。挙句、危険な中1人で突っ込んで行ってピンチになったところを生徒会長に助けられるという醜態を晒してしまうのだった……と。

 ま、正直アイツも今まで戦い続けたんだし、俺らとしてはちったぁ平穏な暮らしくらい送ってもいいと思うけどな。……実質的な女子校に通ってるのは殴りたくなるくらい腹立つが。……つーかよ、戦兎の奴は矢面に立って歳下とか後輩を引き連れて導くような兄貴分……っつーかリーダーなんて出来るようなタイプじゃねぇんだよな。エボルトの野郎の対策まで考えてたら尚更だ。アイツ自身がそれっぽく振る舞おうとしてんのが余計に悪い。それに気付けば良いんだがよ……

 ……そんなことはさておき! ドルオタかずみんことこの俺、猿渡一海、この度なんとみーたんとデートすることになりました! いやーもうほんっとうに最高ですよ! みーたんとショッピングとか、遊園地や水族館であーんなことやこーんなこととかやってよぉ! は〜俺は一体どうなってしまうんでしょうか!? と言うわけで『ドルオタ、推しと付き合うってよ Season2』、このあといよいよスタート——」

 

 しねーよ! ってかまたかよ! やるわけねえでしょうが。ってかなに人のコーナー乗っ取ってるのよかずみん、やめてくんない?

「いいじゃねぇかよ! 俺だってお前みたいにちやほやされてーんだよ! そう、主にみーたんに——」

「グリス変なこと言わないで!」

「ま、またグリスゥ!?」

「全く……はい、というわけでそんなグリスは置いといて。第19話、一体どうなるんでしょうか!」

 

 だから人のコーナー乗っ取るなっての!

 

———————————————————————

 

 

 

 

 

 ビルドがスマッシュたちと戦っている頃、IS学園の廊下を歩く人物がいた。

 

「はーめんどくさー……なんだって今日急に甲龍の改修なんてしなきゃいけないのよ」

 

 呆れたような表情を見せながら独り言を漏らす鈴。その手には本国から渡されたアタッシュケースが握られていた。

 自身のISのこととなれば流石に真剣になるも、やはり終えてしまえば文句の1つや2つ出てくるものだ。

 しかし、今回の改修に鈴はある疑問を抱いていた。

 

(いやそれにしたって急よね。前もっての連絡なんて一切なかったし。それにアレ誰よ?)

 

 告知無しの改修作業もそうだったが、1番気になっていたのはそれらに立ち会っていた1人の男だ。ISには定期メンテナンスなどを行うクルーが基本的に決まっている。慣れや技術の流出などの問題もあり、違う人間が混ざることはそうそう無い。

 しかし、今回行われた改修作業には全く覚えがない人物が混ざっていたのだった。

 メガネにスーツと言った様子を見る限り、科学者か何かに見られた。それだけならばまだ別のチームか何か程度にしか思えなかった。問題は、今回の改修作業はその人物がほとんど1人で行なっていたことだ。他のクルー達はその作業を黙って見ていたか、機器の搬入だけだった。

 

 しかも素性を聞いてみれば篠ノ之束から送られた技術者なのだと言う。それだけでは胡散臭く信じられないものの、一応本国自体もそれらを認めた上で参加してもらっていたそうだ。

 なおその人物は甲龍の作業が行われていた整備室の隣の方にも足を運んでいたが、そこでは自身と同じようにセシリアがイギリスから来ていたクルーとブルー・ティアーズの改修作業を行なっていたそうだった。どうも篠ノ之束が同じ改修プランを両国に提出したようだ。

 

「ま、生みの親だろうと何だろうと、機体が強くなるなら問題ないけど」

 

 今回、機体の性能や仕様に特に大きな変化は見受けられなかった。性能向上等あるものの、それでも僅差程度のようだ。

 

 

「ただいま〜っと」

 

 自室に戻った鈴はアタッシュケースをベッドに放り投げると程なくして自身もベッドに倒れ込んだ。ルームメイトは留守のようだ。

 

 

『先日の一件、大きな怪我がなくて結構。ですが本国としてはイギリスの代表候補との2対1という有利な状況でドイツの代表候補に敗北したことに関して大きく見ています。この意味がわかりますね?』

 

 苛立ったような神経質な顔立ちをしていた候補生管理官から言い渡された言葉を思い出して、鈴もまた苛立っていた。

 

「なによもー、ちょっと油断しただけだっての!」

 

 足をバタバタさせながら呟いたあと、ふと思い出したかのように起き上がる。ベッドの上であぐらを組みながら先ほどベッドに投げたアタッシュケースの取っ手を握って引き寄せた。

 本国から渡されたISの追加装備のような物と言われていたが……

 

「そういえばこれ結局なんなのよ。公式戦では許可下りるまでは使うなだの出来るだけ無くすなだの言われたけど。大体ISの装備がこんなちっちゃいケースに入るわけ無いでしょ……」

 

 一体何を送りつけたのか。そう思いながら鈴は留め具をバチンバチンと音を立てて外すとケースを開けた。

 

「……? コレって確か……」

 

 その中身を、鈴は一度ハッキリと見たことがあった。

 それは青い潜水艦のようなレリーフが刻まれたものと、真っ白な無地のもの3本の、2種類のボトルのようなものだった……。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 倉庫内の水蒸気爆発が起こった地点、2体のスマッシュはダメージを受けている様子はあったものの、未だ戦う余力を残していた。

 

「あら、資料で見たよりもタフね。やっぱり強化されてるのかしら」

「だろうな……じゃないか、そうみたいですね。一撃一撃が見た目以上に重くなってますし」

 

 ISを装着したまま悠々と浮かび上がっている楯無とダメージから回復して立ち上がるビルドはそれぞれの見解を述べる。

 スマッシュの攻撃力や防御性能にも納得いくものだが、やはり動きを停止する能力を持ったスマッシュが2体いるのは流石に単独では厳しい。己の中の複雑な感情を押し殺して、ビルドは楯無の協力を仰ぐ。

 それは簡単にではあるが、ビルドもまた彼女の経歴を聞いていたからこそだ。

 

「カッコよく登場して来たってことは、手伝ってくれるってことで良いんですよね、ロシアの国家代表操縦者さん?」

「勿論、そのために来たんだから。ほら言うでしょ? 『主役は遅れてやって来る』って」

「なら、ここから挽回して主役は返上してもらいますよ……っと」

 

 自身の肩書きを面と向かって言われてなお余裕を見せる楯無。そんな彼女に対して、同じく余裕を見せるように振る舞うビルドは軽口をたたきながらフルボトルを取り出した。

 

【 消防車! 】 

 H/S

【 ベストマッチ! 】

 

 再びフルボトルを変換するビルド、そのドライバーからはベストマッチ音声が流れていた。

 すぐさまハンドルを回し始めると、ビルドの周囲にスナップライドビルダーが展開される。そして前方に白の、後方に赤の装甲が生成された。

 

【 Are you ready ? 】

 

「ビルドアップ!」

 

 シュートボクシングの構えを見せてから待機すると、装甲がビルドへと迫ったあと、その姿をベストマッチフォームへと変化させる。

 

【 レスキュー剣山! ファイヤーヘッジホッグ!】

【 イェーイ!】

 

 白いハリネズミと赤い消防車を模した姿、ファイヤーヘッジホッグフォームへと変身したビルドは、左腕に装着されたマルチデリュージガンを金色のスマッシュへ向けると、その先端から火炎放射が発射される。

 

 火炎放射でスマッシュが怯んだのを確認すると、次はすぐ後ろにいたカメラ型スマッシュへと放水を開始する。水の勢いによって、スマッシュは自分たちが開けた穴から倉庫の外へと押し出されていった。

 ビルドはスマッシュの後を追うように放水を続けたまま倉庫の外へと走り出す。

 

「消防車なのに炎出すのね……」

「まあ、そういうフォームなんで!」

 

 素朴な疑問を述べたあと、楯無もまた他の武器をコールする。パッと見は普通の剣だが、鞭のように伸ばして広範囲を切り裂く蛇腹剣であり、その刃には水を纏っている。

 

「それじゃあ、こっちも行きましょうか!」

 

 言うが早いか、水のマントをはためかせながら楯無は左手に武器を構えると、ブーストを吹かせて金色のスマッシュへと駆ける。

 

 火炎放射が終わり、全身に高熱を帯びたままのスマッシュは鎖を放つが、楯無はそこへ水を纏った蛇腹剣を鞭のように振って迎撃する。鎖と剣がぶつかり合うと、ガキンといった金属音と共に鎖が切断される。

 

 楯無はそのまま返し刀のように蛇腹剣を振るう。そして鞭のようにしなった剣をスマッシュの身体に巻きつけて、その身体に鋭く食い込ませながら逆に拘束する。

 

『……!』

 

 もがくスマッシュだったが、突然蛇腹剣が粒子と共に消えて拘束が解かれる。そしてその直後、スマッシュの胴体へランスが突き立てられる。

 赤熱状態の鉄に水を浴びせたように、スマッシュの身体がひしゃげると同時に大量の水蒸気が発せられる。大きく過負荷がかけられたせいか、その胴体には所々ヒビが入っている。

 

 しかし楯無はランスを抜くことなく何らかの操作を行う。すると、ランスから銃声のような音がいくつも響いていた。

 

 彼女のISの武器、蒼流旋は高速周波振動する水を纏っているだけでなく、4門のガトリングガンも搭載されており、水の槍で相手を貫きつつそこ目掛けてガトリングを発射したのだ。

 ある程度まで追撃を撃ち込むと、楯無はランスを引き抜いて一度後退する。

 

 全身を高温に熱され、その状態で1箇所ピンポイント目掛けて冷却されつつ装甲を貫かれ、駄目押しとばかりに弱った内部へと放たれたガトリング……一度に大きなダメージを負ったことで、大きな金属音と火花を飛び散らせながら堪らずダウンするスマッシュ。数歩ほどよろよろと下がると膝から崩れ落ちる。

 直後、スマッシュの身体を緑の大きな爆煙が包み込んだ。

 

 

 

 倉庫の外に押し出されたカメラ型スマッシュは、起き上がると同時に両腕を前へと向けてシャッターを切る。しかし、ビルドは倉庫の外へ走りながらマルチデリュージガンから伸ばしたラダーを、スマッシュの背後にある向かいの倉庫の天井付近へと発射していた。

 壁に突き刺さったラダーを急速に巻くことで、ビルドはカメラが自身の体を捉えるよりも早く上空へと避難した。

 

 スマッシュの頭上を飛び越えて壁に足を付けて着地したビルドは、今度はラダーから放水を開始。水の勢いをジェット代わりにしてスマッシュへと突撃する。

 

 シャッターを切って止めようとするも間に合わない。ビルドは右腕のスパインナックルを構えると、まるで駒のように回転しながら再び連続殴打を繰り出した。ビルドはスパインナックルで両肩に装着されていたインスタントカメラのレンズを破壊しつつスマッシュを弾き飛ばす。

 

『……!』

 

 地面を転がったカメラ型スマッシュは、起き上がると同時に残された両腕の望遠レンズをビルドへと向けようとする。しかし、ビルドは既にファイヤーヘッジホッグフォームから更に姿を変化させていた。

 

【 忍者! 】

【 Are you ready ? 】

 

「ビルドアップ!」

 

 ハリネズミハーフボディが、横から現れた紫色の忍者ハーフボディへと換装される。

 カメラ型スマッシュがこちらへ望遠レンズを向ける頃には、ビルドトライアルフォーム 忍者消防車は呼び出していた四コマ忍法刀のトリガーを一度引いて忍術を発動していた。

 

【 分身の術! 】

 

 BOOM! BOOM! BOOM! BOOM!

 

 パシャッというカメラの音が聞こえた瞬間、その場で立っていたビルドの動きは封じられるも、既にスマッシュの周囲には分身によって増えたビルドが出現していた。

 

 戸惑うような動きを見せたスマッシュは、すぐさま両腕を分身のビルドへ向けるも、シャッターを切るよりも早く両腕で捉えられていなかったビルドに背中を斬り付けられた。

 

『!』

 

 不意打ちによって姿勢を崩したスマッシュの前で、動きを止められていた本物のビルドが拘束から解かれていた。

 

「「「「勝利の法則は、決まった」」」」

 

 5人に増えていたビルドは一斉にビルドドライバーのハンドルを回した。

 

【 Ready Go ! 】

【 ボルテック・アタック! 】

 

 スマッシュの周囲に立ったビルドは、3人がマルチデリュージガンから火炎放射を、もう2人が放水を小さく行った。

 

 ビルドの手のひらで小さく停滞した炎と水は、圧縮されるとすぐに手裏剣の形となっていく。

 そしてその輪郭がくっきりと浮かび上がると、手裏剣はビルドの手の中で輝きながら高速回転を始める。

 

『!?』

 

 スマッシュが拘束しようとするものの、それよりも早くに5人のビルドは手裏剣をスマッシュ目掛けて一直線に投げつけた。うち2つは止められたものの、もう3つは命中した。そしてスマッシュが攻撃を受けたことによって拘束が解かれた残りの2つの手裏剣が、遅れてスマッシュへ命中する。

 

 炎と水の手裏剣がぶつかり合って、さきほど倉庫で発生したものと引けを取らない規模の水蒸気爆発が発生、スマッシュもまたその爆炎の中へと消えていった……。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「名付けるなら蒼紅光波手裏剣(そうくこうはしゅりけん)ってとこか? ……なんかパクリっぽいしやめとくか」

 

 ビルドが倒れていたカメラ型スマッシュへエンプティボトルを向けて成分を採取すると、スマッシュの居た場所からIS学園の制服を着た生徒が姿を見せた。

 

「あれ、この人って確か……」

「やっぱり薫子ちゃんだった。もう、好奇心旺盛なんだから」

 

 聞こえた声に振り向けば、視線の先には生徒会長の更識楯無が立っていた。既に終わったようで、ISは解除していた。

 

「そっちは?」

「どうやら今まで確認されたのと同じタイプみたいだったわ。人も出てこなかったからね」

 

 そう言うと楯無は倒れていた黛を担ぐと、手に持っていたボトルを1本ビルドへと手渡しした。

 

「はいコレ。採取用のボトルを先生方から預かってて良かったわ」

「……どうも」

 

 以前、緊急時のために千冬にエンプティボトルを何本か渡していたが、楯無はそれを借りていたようだ。彼女から受け取ったスマッシュボトルは、ビルドが握ると僅かに光を発した後ロックフルボトルへと浄化された。ビルドはそのロックフルボトルと、スマッシュ化していた黛から採取したカメラフルボトルを仕舞い込む。

 

 ナイトローグの存在も考慮しては居たのだが、結局ベストと言えるタイミングになってもその姿を見せることはなかった。恐らくスマッシュをけしかけてデータを取り、かつ自身にボトルを集めさせるのが目的だったのだろう。そう考えた戦兎は、とりあえずビルドドライバーからボトルを抜いて変身を解除した。

 

「さて……君に言いたいこと、聞きたいことがかなりあるから生徒会室に呼び出していたけど、まずは薫子ちゃんを連れて戻らないとね」

「そうですね」

 

 楯無の提案を飲んだ戦兎は、まだ意識のない黛のもう片方の肩を貸す形で、2人掛かりで運んで行くのだった……。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 何処かの研究所、そこで1機のISが造られていた。

 

「完成ーっ! これこそ箒ちゃんの専用機! あと最終調整とかあるけど、それは当日のお楽しみにっと」

 

 満面の笑みを浮かべている篠ノ之束。そんな彼女の視線の先には今まさに完成したばかりのISが鎮座していた。

 

 真紅に彩られた武者のような機体、その手には二振りの刀が握られていた。部屋に表示されていた基本設計通りの姿だが、唯一相違点を挙げるとするならば腰の両サイドと背に装備を取り付けられるようにクラッチが増設されていたことだろうか。

 

 うんうんと笑みを浮かべながら満足げだった束。部屋には彼女の姿しか見受けられなかったが、突如として部屋に男性の声が響く。

 

「ほぉーっ。そいつがアンタの妹さんの専用機かい先生?」

「…………なーんで人が可愛い箒ちゃんの機体作って盛り上がってるところに水差すかな?」

 

 声をかけられた束は、笑みを消したかと思えばまるで養豚場の豚でも見るかのような冷徹かつ汚らわしいと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「気分を害したってんなら悪かったよ。だが、こいつには例のFAシステムとやらを本体には積んで無いんだろォ? 他の機体に性能で負けるんじゃないのか?」

「お前にそんなこと言われる筋合いないんだけどなぁー。……まあ答えてあげるよ。当たり前じゃん、なにせ紅椿はこの天才束さんが手塩にかけて作り上げた史上初の第4世代機なんだから」

 

 第4世代のIS……それはそれまで机上の空論だった存在だ。

 

 基本設計を主として完成を目標とした第1世代

 そこから発展して後付武装による多様化を図った第2世代

 特殊なインターフェースを積むことで、稀にISに発現する単一仕様を擬似的に再現する特殊兵装の実装、ならびに試作機の見方を持った第3世代

 そしてパッケージ換装を必要とせず、単騎でありとあらゆる状況に対応してみせるオールラウンダーとして想定されている第4世代

 

 第3世代までは兎も角、第4世代は様々な技術的問題により不可能とされて来ていた。それをISの生みの親たる篠ノ之束自身が作り上げたのだ。もしもこの機体が世界のどこかに落ちれば、それこそあっさりとパワーバランスを塗り替えてしまうだろう。

 

「だから、本体に直接FAを搭載しなくても最強なんだよ。わかったかな?」

「あぁ、よーくわかったよ。その機体の強さ、ついでにアンタが妹想いだってことがな」

 

 エボルトは感心したような呆れたような、なんとも言えない当たり障りのない返事をする。何時だかに行われたであろう内海の売り込みを想像しながら……。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 今から数日前、イギリスの軍部に1人の来客が訪れていた。来客と相対している男は、他に誰も居ない部屋の席に着いていた。

 

「それでお話は本当ですかな、Mr(ミスター)……あー……」

「……そうですね、Nameless(ネームレス)とでも呼んでいただければ」

 

 ネームレス……『名前がない、名無し』と言う意味を表す単語を名乗る男に不信感を露わにしながら、イギリス軍の上層部に位置する男は言葉を続ける。

 

「ではMr.Nameless(ミスター・ネームレス)、貴方があの篠ノ之束の使者というのは本当なのですか?」

「ええ。今からお渡しするものを見ていただければ、彼女が関わっていることをよく理解できてもらえると」

 

 そう言うとネームレス……内海は取り出したUSBをテーブルの上に置いて相手に差し出す。

 

「この時勢に、USBですか……?」

「データそのものよりも、手に取れる媒体でお渡しした方が信頼に置けますから……ああそれと、ウイルスなどの類など有りませんのでご心配なく」

「……」

 

 メガネを指で押さえながら淡々と告げる目の前の男に未だに不信感を見せつつも、男はUSBを目の前に置いていたパソコンに差し込む。パソコンにはウイルスを検知するプロテクトを入れている他、この施設とは隔離しているためウイルスが潜んでいたとしてもダメージは最小限に抑えられる。

 だが、ウイルスの類は一切検知されなかった。そのまま開いたファイルには、ISの設計図が表示された。

 

「これは……」

貴方方(イギリス)の第3世代機、ブルー・ティアーズです。……そちらをよくご覧ください」

 

 ISは今のこの世界にとって国家機密の最先端に位置する技術。その機体のデータをさも当然のように外部の人間が持ち込んでいる。それは1カ国にハッキングを仕掛けた上で、この瞬間までその事実を一切悟らせなかったと言うことに他ならない。

 そのような並大抵では出来ないことをやってのけた人物がいることに驚きと焦りを感じさせつつ、しかし男は表面上にそれを見せなかった。交渉の席で、明確な弱みや焦りは付け入らせる隙になることをよく理解しているがためだ。

 

 次に男は、内海が指示した箇所を確認した。そこには本来のブルー・ティアーズには存在しない謎の設計が追加される形で描かれていた。

 

「これは一体……?」

「そうですね。説明するよりも先に、まずはこちらを」

 

 そう言うと内海は、端末を取り出すと1つの動画を再生した。画面から投影された動画は、男の目の前で空間投影ディスプレイとなって再生された。

 

 映し出された映像には、燃え上がる工場の中で人間ともISとも違う機械のような異形が、橙と薄緑の2色をメインとしたもう1体の異形相手に戦闘を行っていた。2色の異形は周囲の炎を、掃除機のようなもので吸い込んだりしていた。

 

「これは、例の……」

「はい、ネットをはじめとして世間一般から『仮面騎士(かめんライダー)』と呼ばれている存在です」

「存じてはいますが、これが一体……?」

「よくご覧下さい、もうすぐです」

 

 内海に視聴を指示された男は黙って続きを見ることに。映像では、仮面騎士が2つの何かを取り出すと、腰に付けられた発動機か玩具に見えるベルトへ装填した。そしてハンドルを回すと前方と後方に小型のファクトリーが形成され、両サイドから仮面騎士を押し潰すと、その姿を茶色と水色の姿へと変化していた。

 どういう原理なのか、すぐ近くで渦巻いていた炎が小さなダイヤモンドへと還元され、次々に未確認生命体へと発射して拘束していく。

 

「お判りいただけましたか?」

「……何かを入れ替えていましたね。そしてそこから兵装か、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)らしきものが変化していました。しかしこれが一体?」

「……アレの真価はさきほど映像で見られたボトルにあります。そして……」

 

 そう言いながら内海は、自分の足元に置いていた薄めのジュラルミンケースを机の上に置くと、バチンバチンと音を立てて開封し、その中身が相手に見えるように反転して男に見せる。

 

 鮮明とは言え流石に映像では見辛かった小さなものがいくつか納められていた。色の無い真っ白なボトルが3本、それから黄色いレリーフの彫られたボトルが1本。

 

「これこそがアレの真価にして、新たなる力……フルボトルです」

「フ、フルボトル……?」

 

 恐る恐る手を伸ばした男は、一瞬触ってすぐに手を引っ込める。何も罠が無いことを確認すると、ようやく手に取ってそれをまじまじと見る。外見は黄色く、蜂のようなレリーフが刻まれていた。中には液体のような固体のような得体の知れない何かが詰められている。

 

「しかし、何故あの仮面騎士が持っているものを貴方が? それにネットで挙げられたものはもっと遠く、或いは手ブレなどで見辛さもあるはず。何故このように鮮明な物が……?」

 

 それは至極当然の疑問。正義のヒーローと世間をざわつかせる存在が持つ未知の物体を、何故彼が持っているのか。

 さらに撮影に関しても、あの様な工場での火災現場など常人ではとても近づかれないだろう。恐らくドローンか何かと思われるが、それにしても状況が状況だけに偶然撮れたとは考えづらい。

 しかし、内海はその理由を涼しい顔で答える。

 

「簡単です。アレを作ったのは他でもない篠ノ之博士だからです。序でに言えば、戦っている未確認生命体も彼女が……正確には彼女の技術を元に私が作ったものですが」

「な……!?」

 

 まさかとは思っていたものの、やはりその答えを当然のように答える様に驚きを隠せなかった。

 

「何故そのようなことを!?」

「決まっています。世間にフルボトルの有用性を実証、証明するため……言わばデモンストレーションです」

 

 1つの兵器の証明のために、未知の生物を世に放ち戦わせる。その為に常人が巻き込まれたらどうするのか。男は様々な倫理的問題を含んだその実験に困惑する。

 

「その為に……」

「ISを世界へアピールする為に、この国を含めた各国にハッキングを仕掛け、数千を超えるミサイルで日本を危機に晒した……そしてその上で白騎士によってISの兵器としての優秀さをアピールした篠ノ之博士らしいでしょう?」

「それは……」

 

 事実だった。篠ノ之束と言う科学者は、自分の作り上げたISを見向きもされなかった腹いせなのか不明だが、世界中へ自分の技術を見せつける為に彼の言った通りの行動をとった。それこそが今も語り継がれ、この世界のターニングポイントとなった白騎士事件である。

 結果、彼女はテロリストとして現在も世界中から追われる身ではあるが、実質的に世界を牛耳ったと言っていい。

 

「私も、彼女に程々にするよう説得するのに苦労したものです」

「ではアレは……」

「フルボトルの力を簡単に見せつける為のマッチポンプ。アレ自体はフルボトル搭載テストの試作機のような物です。……仮面騎士はISを超えているとも言われていますが、ISを生み出した篠ノ之博士を超える人間など居ないでしょう? 少なくとも研究開発の分野において彼女を超えられる人物など、それこそ彼女だけ」

「たしかに……」

「これからは次のステージ……『ISへのフルボトル適応ならびに実戦投入』……FULL BOTTLE(フルボトル)Authorize(オーソライズ)システムが新たな力となります。そして、その力をドイツの被害に遭われた貴方方に真っ先に……それが彼女の意志です」

「篠ノ之束の意志……」

 

 ゴクリと唾を飲む男、その男を内心冷ややかな目で内海は見ていた。

 

(勿論方便だが。彼女が1国家に気を配る通りなどないからな……ルクーゼンブルクならばまだしも)

 

 そんな内海の内心など知る由も無い男は、心配と興奮を見え隠れさせていた。世界最先端の力を与えられたその姿は、まるで新しい玩具を与えられた子供のように映った。

 

 しかしただ力を与えるだけでは意味がない。こちらのレベルも見せつけなければならない。そう判断した内海は、意地が悪いと考えながらも冷や水をかける。

 

「これで貴方方の身に起こった多少のマイナスも帳消しですね……BT兵器搭載試作2号機が何者かに奪われた件の」

「!? そ、それは……!」

 

 あからさまに狼狽して取り乱す男を前に、内海は再びメガネを押し上げて続ける。

 

「忘れないでもらいたい。彼女に不可能はありません。そして、そんな彼女の期待を背くのは……いいえ率直に言いましょう。深追いすればドイツの後を追わせることになります。それから、改修作業の日取りはこちらで指定させていただきます……これからも良い関係でいましょう。勿論今回の件は、どうか内密に」

 

 そこまで告げると、内海は立ち上がって取り出したトランスチームガンの銃口を床へ向けたまま引き金を引く。

 

「そうそう、そのボトルやプランを解析しようとしても無駄ですよ。彼女と彼以外にそのプロテクトは破れませんから」

 

 銃口から噴き上がった煙に包まれながら、内海はそう言い残した。

 煙が晴れたとき、そこには誰も居なかった。この部屋には、軍部の男以外に人など初めから居なかったと示すかのように……。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

「けどこの間作ったゴーレムは兎も角、有人機にFAシステムを付与する必要はあるのかねぇ? 声のトーンを聞くに、内海の奴も若干アンタに引いてたぞ」

「人体的な問題が発生しないかの観察には良いと思うよ。……まぁハッキリ言って箒ちゃんやいっくん、ちーちゃんはダメだけど、他の連中がどうなろうと束さんの知ったことじゃないし〜」

「酷いもんだ……だが、完璧な物を作りたがるアンタにもフルボトルの有用性が認められるとは嬉しいねぇ」

「お前のことを認めてるわけじゃないよ、全く。大体フルボトルって要は惑星の概念を使ってるんだしこの星に類するものでしょ? なら別にお前個人の力ってわけじゃないし」

「ハッハッハ! 先生は手厳しいねぇ!」

 

 とても真っ当とは思えない会話を繰り広げる天災科学者と地球外生命体。すると話題は内海成彰の件になった。

 

「うつみんも結構動いてもらったな。まあ仮にうつみんが居なくても束さんなら実力行使で無理矢理やらせてたけど」

「けど、そいつぁ織斑千冬に1番文句を言われるやり方だろ? イギリスと中国の軍と研究者たちは内海に感謝したほうがいいぜまったく……まあその内海が1番苦労してるだろうな。仕えた奴がどいつもこいつも無茶な要求してくる上に自由奔放に動き回るなんてな。管理職にも同情するぜ」

 

 その最たる例が自分自身なのは棚に上げて、エボルトは内海を別の意味で哀れ、不憫だと思い始めた。すると心外とばかりに束は抗議し始める。

 

「うつみんはお前倒すために束さんの助手になったんだよ? それに束さんが気まぐれで拾ったとはいえ、自分の意思で好きでここいるんだから、この程度はこなしてくれないと束さんの助手は務まらないよ〜」

「よく言うぜ、機能停止してたアイツに口封じ目的だかでそこらの爆弾も真っ青な自爆装置積んだくせによォ〜……しっかし皮肉なもんだな。難波を裏切らないよう幻徳の奴に消滅チップを植え付けたアイツが、今度は逆に自分が同じような目に合ってるんだからなァ」

 

 するとふと思いついたとばかりに束は手のひらを叩く。

 

「うつみんにも仕事してもらったし、そろそろ巧くんの動きを見てみようかな」

「ん? 戦兎の奴に何するつもりだ?」

「別に。ただちょっとうつみんが脚本した『実は巷で噂の仮面騎士は、実は束さんの作った最新鋭兵器でーす』ってお話を世界中に大発表でもしてみようかなーって」

 

 薄っすらとした、しかし彼女を知る人間が見れば間違いなくろくなことを考えていないとわかる笑みを浮かべる束。

 話題をコロコロと変えて唐突にそんなことを言い出す束に対し、エボルトも面を食らったような声を上げたかと思えば再び呆れたように話し出す。

 

「はっ! それはまた随分と信憑性の強い嘘だことで。だがあの2カ国たちが騙されたんだ、世界中もアンタの言うことを鵜呑みにするだろうな」

「でしょ? これで戦兎くんの正義のヒーローっていうアドバンテージぶっ壊したら、どんなリアクションするかなー」

「あー……ただな先生、そいつは多分」

「効果はないでしょうね」

 

 するとそこへ第三者がやって来た。カツンカツンと靴音を立てながら、内海はメガネを指で押し上げながら近づいて行った。

 

「あーうつみんお疲れー」

「ええ、内容に関してはさきほど送ったデータ通りです」

「うんうん……それで、効果がないってどうして?」

 

 労いつつも自身の企みが無駄だと断言した内海に身体を向けることもなく、椅子の背もたれを倒して頭だけ逆さまにして視線を向ける束。対する内海は相変わらず無機質な表情を浮かべたま続ける。

 

「簡単な話です。彼は……桐生戦兎は、自分の信じた道のためならば正義のヒーローとしての地位や状況を平気で投げ出せるからです」

「けど、桐生戦兎は正義のヒーローっていうのがアイデンティティなんでしょ? それなら」

 

 心底不思議といった様子のまま質問する束、すると今度はエボルトがそれに答える。

 

「あいつにとってのヒーローってのはそう言われることじゃない、そうであることが大事なのさ」

「?」

「裏で人間が傷つく状況に、見て見ぬ振りして手出ししないままヒーローと言われるよりも、例え印象操作で悪だと断じられても人間たちの育む愛と地球の平和のために戦えればそれで良いってことだよ」

「それが彼の言う、愛と平和(ラブ&ピース)……だそうです」

 

 淡々と告げる内海に対し、束はまたしても疑問に思っている様子を見せた。

 

「ふーん……束さん、そんな面倒なことよくわからないんだよね」

「だろうな、アンタが戦兎みたいに正義のために生きるなんて出来るわけがないだろうし、それをしてたらこの世界はこうなってないわけだ」

「お前に言われると事実でもなんか腹立つんですけど〜……まあいいや! 愛しの箒ちゃんの専用機とはいえ、長仕事頑張った束さんは疲れちゃったから、くーちゃんにご飯作ってもらおっと!」

 

 疲れたとは口だけだろうと思う内海の前で、束は笑顔のままどこかへ猛スピードで走り出して行った。間違いなく真っ当な人間の出せる速度ではない。

 

「……本当にお前には同情するよ。人間として肝心なところだけ未発達の困った先生のお守りはな」

「…………」

 

 何かひとつ皮肉でも言ってやろうかと考えたものの、はっきり言えば事実であるためか、内海は特に何か言い返すでもなく再びメガネを押し上げて無言を貫いた……。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 スマッシュ化した後遺症などが無いか心配していた戦兎だったが、黛は起き上がるなり病室に居た戦兎へまくし立てるようにインタビューを敢行してきた。例によって彼女も犯人は全く覚えていないそうだ。

 思ったより大丈夫そうだとほんの少し安堵した戦兎は、適当に理由を付けて彼女を撒くと小走りで生徒会室へと足を運んだ。外を見ると既に太陽は沈み、空が黄金色に輝いていた。

 

 

 

「さてさて、どこから話しましょうか」

 

 生徒会長に置かれていた椅子に座る戦兎に対し、楯無は自身の席である『生徒会長』と書かれた席に座っていた。

 

「……そうね、まず最初にこれを見て欲しいの」

 

 そう言うと楯無は取り出した端末を操作すると、ある物を見せる。それは何かの設計図のようだった。

 

「ISですか?」

「そ、今から数日前にイギリスで設計されたとされる、ブルー・ティアーズの改修プランよ」

 

 見れば確かに、同じクラスメイトのセシリアのブルー・ティアーズと同じ見た目をしたISは描かれていた。

 

「なるほど……でもどうやってこんな情報見つけたんです? ISなんてこの世界じゃ国家機密筆頭の存在ですよね?」

「そこはホラ、ちょこちょこーっと……ね?」

 

 手に握られていた扇子が開かれると、『企業秘密』と書かれている。戦兎自身も似たようなこと(ハッキング)をしていた身なので、敢えて深くは聞かないことにする。

 

「けどISの改修なんてよくやりますよね? それが一体……?」

「ぱっと見はね。けど、今回のプランではある部分が増設されてるの。ほんの小さな箇所で、目立ったような部分でもないから気付きにくいんだけど……ホラここ」

 

 そう言って楯無は画面を操作して、設計図のある箇所をズームした後戦兎に見せる。そこにはFAシステム……フルボトル・オーソライズと表記されていた。

 

「! コレは……まさか……!」

 

 その箇所に、戦兎は見覚えがあった。それは他でもない仮面ライダービルドに存在する機構と同じだったからだ。

 

「やっぱり?」

「ええ……この形状にプログラムの記述……間違いなくフルボトルの成分を引き出すもの……つまりビルドドライバーや俺の創った発明とほとんど同じものです」

 

 そこに記されていたのは、紛れもなくビルドの物と同じだった。そしてそんな技術を持ち、かつ各国に渡せるような存在に心当たりもあった。

 

「篠ノ之束かブラッドスターク、或いはナイトローグの誰かがリークしたと見て間違いないでしょうね……」

「君も同じ見解ね。それから、同じような物が中国の甲龍にも付与されてるのよ」

「マジか……!」

 

 この世界とは一切関わりのないはずの技術が国家へ、それも2カ国へと授けられた。その現実に、戦兎は焦りを見せ始める。

 

「この改修は何時始まるんです? なんとしてでも阻止しねぇと……!」

「うーん……それは無理ね」

 

 戦兎は珍しく歯切れの悪さを感じさせる言葉を出す楯無に疑問を浮かべた。

 

「ど、どうしてです?」

「その、ね。もう終わってるのよ、昼のうちに。私も何とか中断させれないかと思っていたのだけれど……」

「つまり、今日のスマッシュは……」

「囮……と言ったところね」

 

 生徒会長には教師とはまた別の権限が与えられている。しかし、学園そのものの意向に背くとなると厳しい。

 またIS学園は国家から独立した動きが出来るものの、生徒である代表候補生たちの機体の改修を理由を告げずに受け入れさせない、と言うのも難しいだろう。

 

 もし仮にあのタイミングでスマッシュが現れなかったなら、何らかの妨害工作などで改修を中断させ、対策を立てる時間稼ぎも出来たかもしれない。

 あの戦いの真の狙いに気付いた戦兎は机に拳を叩きつける。

 

「クソッ! 最初からあっちの思うツボだったってことかよ!」

 

 生徒をスマッシュ化させたのも、それをわざわざ戦兎に伝えたのも、こうなることを見越した上での行動だった……。それを理解した戦兎はすぐに立ち上がる。

 

「どこへ行くのかしら」

「決まってます。オルコットと凰の2人とちょっと話してきます」

 

 これらの機能を追加されたのならば、当然それらを活用するための鍵……即ちフルボトルが渡されているはず。ならば理由を付けて回収、最悪無理にでも奪い取るしかない。そう判断した故の行動だ。

 

 ……3つの国がパンドラボックスとそれを開けるために必要なフルボトルを奪い合うために起こした出来事(戦争)に巻き込まれ、不本意かつ防衛に徹していたとはいえ参加することになった経験のある戦兎からすれば尚更である。

 

「そんなにアレが危険?」

「当然でしょ。アレのために……」

「対立……いえ、戦争でも起こったのかしら?」

「……!」

 

 生徒会室の出入り口前に立った戦兎へ背後から言葉を浴びせる楯無。彼女のその言葉はあくまで推測でしかなかった。しかし戦兎の焦った動きからあたりをつけ、そして戦争を口にした時の僅かな様子からそれは確信に変わる。

 

「……詳しくは聞かないことにするわ。少なくとも君が積極的に兵士を倒した、なんてことは想像出来ないしね」

「……それはどうも」

 

 ぶっきらぼうに答える戦兎は今度こそ部屋を出ようとするも、再び楯無から待ったを掛けられる。

 

「1つ聞かせてくれる? それによって私も対応を変えなければいけないから」

「なんです?」

「今見せたあの機構、あれは人体に悪影響を及ぼすものだったのかしら? 流石に私でも専門的なことはさっぱりね」

「…………いえ、ありませんでした。より正確に言うなら、最初の記述と設計の上に、それに対する安全処置が追加されてましたから」

 

 戦兎は唯一そこに引っかかっていた。これを送り込んだのは恐らく篠ノ之束。自分との対話でまるで気にかけた人間以外はどうなったとしても知ったことではないといった態度を見せた彼女がそのようなことをするだろうか。まるで誰かが彼女のプランに修正を入れたかのようだった。仮にエボルトだったとしたら尚更理解出来ない。

 だからこそ、最初に記述を見た戦兎は不思議に思っていた。

 

「だからと言って、ボトルを放置するわけにはいかない。あれは1本でも強力な力になります。ましてやISと組み合わせるとなれば……」

「さらに強力になるということね」

「ええ、ですから……」

「けど、私でも全てを閲覧出来たわけじゃない。一部は完璧なプロテクトが掛けられていたからね。つまりこの機構が今すぐ他のISにも増設、転用されるわけじゃない……そこで提案なんだけど」

 

 振り返って、フルボトルの奪取の必要性を説いて説得しようと試みる戦兎だったが、その目の前で楯無は扇子を開いていた。

 自論を持ってFAシステム搭載機が国家の手で増えることはないとはっきりと明言しながら。そして『提案』と記されたそれを見せつけながら、楯無はある考えを戦兎へ提示する。

 

「ボトルはしばらく、彼女たちに任せてあげてほしいの」

「は!?」

 

 何言ってるんだアンタと言わんばかりの声を上げる戦兎に対し、楯無はその理由を告げる。

 

「彼女たちは何もスポーツ気分でISに乗ってるわけじゃない。戦う意志を明確に持ち合わせている。そしてその覚悟も。もちろんそれはあなたも知っているでしょう?」

「それはそうですけど、それとこれとは」

「…………ねぇ、あなた自分のことを特別だと思ってる?」

 

 特別、その言葉を受けた戦兎は一瞬ぽかんとした。たしかに特殊ではあるが、特別? と。

 

「特別……ですか?」

「もちろん、あなたたちの世界で何があったかなんて、第3者の私には知り得ないしそれについてお説教なんてするつもりもないわ。けどね、今のあなたは正義のヒーローであると同時に、この学園の一生徒なの。それは仮面を着けていようと無かろうと関係ないわ」

「……」

「だからね、無理にとは言わない。けどもう少し友達を……仲間を信じてあげてほしいの」

「仲間……」

 

 自分にとって仲間はかつてビルドの世界で共に戦った5人であり、この世界のクラスメイトたちのことはそう見てはいなかった。エボルトに煽られた影響もあってか、意図的に度外視すらしていた。

 それを今、生徒の長たる楯無から言われたことに戦兎は何とも言えない感情を浮かべていた。

 

「本当はね、私はこんなことを偉そうに言える立場じゃないの。けど人間って不思議なものよね。自分が同じような状況でもなんとも思わないのに、相手がそうなっていたら途端に目がいくんだから。それが大きくても小さくても」

「まあ、心当たりはありますけど。それなりに」

「と言うわけで生徒会長の楯無お姉さんからの会長命令ね。『みんなのことを信頼して』……ね♪」

 

 話を終えたからか、楯無は室内に自身のお付きらしい人物、布仏虚を部屋に入れた。なんでも戦兎と同じクラスの布仏本音の姉らしい。その後はクラスの様子はどうだなどと言った当たり障りのない話題へと変わっていき、戦兎が生徒会室を出たのは黄金色の空が黒くなり始めた頃だった。

 

 

 

「よろしかったのですか?」

「ええ、彼は今自分のことで手一杯だもの」

 

 戦兎が生徒会室を出てしばらくしてから布仏にそう問われた楯無は仕方なしと言った様子だったが、その表情はどこか重いところもあった。

 

「本当は他に頼みたいこともあったのよね。()()()のこととか……けど、これは不躾がましいのも良いところよね。元は私の所為なんだから……」

「お嬢様……」

「彼を見てたらね、流石に私もあの娘に謝らないとなーって気持ちは強くなるのよ?」

「ですが、それを実行に移すのは……と」

「うう……まあ、そうね」

 

 『無念』と書かれた扇子を広げる様子はふざけているようにも見えるが、やはり彼女の雰囲気もまた重いままであった。

 

「あの娘のことも、他の1年のみんなの面倒も2学期以降になってしまいそうね。国の問題や仕事も残ってるし、何より……」

亡国機業(ファントム・タスク)ですか」

「そ。最近、あそこの1部隊に強力な外部勢力が加わったっていう噂もあるくらいだからね。……あ〜もう! 自分のことも世界のことも、色々背負うだなんてやっぱり難しいわね!」

 

 そこまで言うと、楯無はうがーと叫びながら椅子の背もたれに強く倒れ込んだ……

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 誰もいない第6アリーナの中心で、戦兎が機械を纏って立っていた。しかし、それは彼の開発した専用機L&Pではなかった。

 

 上半身と下半身に装着された装甲はISと比べると少なく、脚にも大型の装甲が無いため全高が低い印象を受ける。

 

「まぁ、いっちょやってみるか……」

 

 そう呟いた戦兎は、呼び出(コール)した大型ライフルを手に取ると、アリーナのバリアで守られている空に浮かんでいる大型のバルーンのターゲットへと銃口を向けた。

 

 画面に表示されている標準とその補正を参考にしながら、中心にバルーンを捉えると、戦兎は引き金を引いた。

 

 ズドォォン!

 

 大きな音を立ててビームが空へと駆け上がる。それと同時に何かが吹き飛んだような音が響いた。

 

「ぐああっ!」

 

 直後、爆発したかのような衝撃と共に戦兎がライフルを取り落としながら吹き飛んだ。そしてアリーナの壁に叩きつけられる形で動きを止めた。

 

「いっつ……」

 

 なんとか起き上がった戦兎は、画面に警報(アラート)が表示されているのに気づいた。見ると装甲に大きなダメージ……負荷が掛かっており、破損してひしゃげていた。

 

「やっぱりISじゃなきゃ無理か……」

 

 そう呟くと、戦兎は地面に取り落としていたライフルを拾い上げるとアリーナをスタスタと歩いて出て行った。

 

「いくらビルドでもこんなもの撃ってたらたまらないよな。さてどうするか……」

 

 

 この装備は最初、L&Pに搭載する追加装備という予定であった。しかしその後ビルドにISと同じ系統の技術を用いて戦うことも想定した、相互への互換性を秘めたものへ改造し始めていたのだ。

 

 ……なお、本来であればビルド側にISの技術を用いる対応策があったため必要なかったのだが、どうしても技術的な面で出来ない問題が発生してしまった。

 そして前回エボルトとの戦闘で、正体がバレることを恐れてISのみという条件で縛った結果エボルトを取り逃がした。その2つの経緯から戦兎はこの装備の用途を急遽変更することにしたのだ。

 

 しかし、この装備は完全にISの規格で制作していた。その結果かライフルの最大出力にビルドへの追加用予備装甲が耐えきれなかった。

 ISで撃つならばまだしも、絶対防御やPIC無しのビルドでは撃つたびに反動が大きくフィードバックしてしまう。

 

 最悪ビルドへの装備は諦めて、純粋にISそのものへの追加装備に戻すか。そう考えた戦兎の脳裏に、夕方に楯無から言い渡されたことが浮かんでいた。

 

『みんなのことを信頼して』

「……信頼ねぇ」

 

 楯無にはそう言われたものの、やはりそう簡単に割り切ることは難しい。

 結局、その日のうちに戦兎が結論を出すことは出来なかった。

 

 

 

 その後、ビルドへの装備を諦めた戦兎は、本来の想定通りにIS用の装備へと戻していた。失敗した時のことを想定して元々のデータをバックアップしていたため、数時間ほどで済んだ。

 

 自室である1049号室に戻った戦兎はチラリと時計を見た。時刻は既に消灯時間ギリギリを指していた。明日は日曜であるため休日、故に久し振りにぐっすり眠るか。そう考え始めた戦兎のポケットから音が鳴り始める。

 

【 〜〜〜〜♪ 】

 

 ポケットから取り出したビルドフォンを開くと、そこにはスマッシュの出現情報が表示されていた。

 

「今日だけで3体目、最悪4体目か……」

 

 昼間のスマッシュが囮だったこともあり警戒しつつ、しかし自分が戦わなければならないと己に言い聞かせながら、戦兎はコートを懐に忍ばせながら早足で自室を出て行った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 夜も更け、空には満天の星空が広がっていた。それぞれが強く輝き、線で結べば星座のように見える。

 

 IS学園のある人工島から程なく離れた本土の山の中にポツンと建てられていた公園で、何やら白い光のようなものが揺らめいていた。

 

 山の麓や偶然近くにいた人々は何事かと振り返るも、誰かが灯りでも点けているのだろうとすぐに日常へと戻っていく。

 

 

 そんな公園の中に1人の青年が立っていた。青年はその光をなんとも思わずに、辺りを見回しながら公園の端へとゆっくりと歩き出す。

 

「……どこだここは?」

 

 首からぶら下げた物を触りながらポツリと呟くと、彼は公園の端に付けられている柵に肘をつける。視線の先にはIS学園のある人工島が小さくだが見受けられた。

 

 青年はそこを一瞬だけ見ると、次に星空を眺めた。

 視線に映るのは夜の闇と星々、太陽の光を反射して輝く月だけだった。彼はそんな空をしばらく見上げていると、わずかに眉をひそめつつも何かに納得したかのような表情を浮かべた。

 

「なるほど、ここは——————」

 

 

 

 




 劇中で出来たライフルの誕生経緯が文字に起こすと分かりにくいので簡単に説明

・ISの追加装備開発するか!
 ↓
・ビルド強化プラン失敗したしエボルトにも逃げられた! この装備をビルドにも装着出来るように改造だ! 個別の待機状態になるように出来たぞ!
 ↓
・反動が軽減できるIS規格で創ったら案の定ビルドの方が反動に耐えられない! 軽減用IS予備装甲もPICと絶対防御無しじゃ耐えきれねぇ!
 ↓
・仕方ない、IS用に戻すか。

 こんな感じです。


 最後に出てきたキャラクターが誰かに関しては、今回と前回で連想するものやヒントが出ています。

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