水が上から下に流れ、洗面台へとぶつかる。そんな音がする中、水音に紛れて啜り泣くような声が聞こえる。
声の主は学園最強の名を持つ生徒たちの長。更識楯無。生徒会室から直通の専用トイレで泣きながら額の文字を消していた。
彼女の今日の運勢は最悪だった。目覚まし時計は電池切れで鳴らず、彼女の従者である虚が起こしに来た。寝癖はなかなか治らず、いつもの倍の時間が掛かった。午前中は何故か自分がよく当てられたが、これは特に関係ない気がする。そして、極めつけは廊下で見かけた初恋の人に腹パンされた挙句に自身の半身とも言える専用機を奪われた挙句の額に落書き…
しかも、全然落ちない。油性じゃないのか?と疑問を抱くも彼女には考えている暇はない。生徒会長である以上授業に出ないという選択肢はないのだ。
必死に額を擦るのも痛くなってきた。額を鏡で除くと若干赤くなっていた。涙が出るが楯無は流れ落ちる前に袖で拭う。
「ぐすっ……ひっく…。私、何かしたっけ?」
だが、拭えども拭えども涙は溢れてくる。一向に止まること無く、滝のように目から溢れてくる。それでも拭う。
「お嬢様、この液体をお使いください」
ドアを開けて入ってきたのは楯無の従者である虚だ。彼女のから手渡されたのは薬品と思しき液体が入った容器だ。
「これは…」
「はい。先ほど四季博士…いえ、四季先生に整備課の件で質問に伺ったおりに頂きました。流石にやりすぎたと仰っておりました。それと、ISの方は点検しといてやる。とのことです」
「四季君…!!」
楯無は今、ここに居らず職員室にいるであろう四季に感謝した。元凶にも関わらず…。
虚は神に祈る体勢で四季の名を呼んでキャーキャー言ってる自分の主を見る。そして、ため息をつく。
ため息をついていても何も変わらないのは解りきったことなので、彼女は自分の主を宥めて授業に遅れないようにするのだった。
「もうダメだ」
「まだ終わってないだろ。やれ」
「鬼!悪魔!四季!」
「2倍に増やすぞ?」
「すいません」
放課後になったIS学園内の1年1組の教室は喧騒に包まれていた。というか、五月蝿い。
今も放課後になったことで休み時間以上に野次馬が俺たち男子生徒を見物しに来ている。しかも、あちこちから話し声が聞こえるので、あんまり気分はいい物ではない。いや、はっきり言おう。かなりウザイ。
放課後になった途端に泣きついてきた愚弟にISの基礎知識を教えているのだが、正直に言って芳しくない。一夏はやればできる子なのだが、周囲の野次馬が集中力を削いでいるせいだろう。
「あ、良かったです。まだいましたね」
「山田先生?」
野次馬を掻き分けて現れたのは1年1組の副担任の山田先生だった。相変わらず生徒にしか見えない。おっぱいデカいけど。
弾も山田先生の胸をチラ見しては目を逸らしている。いや、それバレバレだぞ?
「皆さんの寮の部屋が決まりました」
ああ。そういえば、色々ときな臭く動いてる組織が複数あったから、急遽寮の部屋割りを見直すって姉さんが言ってたな。
「空き部屋はなかったはずだから、一人部屋の場所に無理やり押し込めたな?」
「あ、あはは」
否定しなかったってことはそういうことか…
いや、荷物どうすんだよ…
着替えすらないぞ。というか、下着すらないぞ…
「え、俺たちの入寮って一週間はかかるって話じゃ…」
「仕方ないわな…。各国の諜報機関の特殊部隊が非公式に入国している状況じゃ、家に帰すわけにも行かないしな」
「「え!?」」
弾と一夏、それにこの話を聞いている野次馬どもが驚きの声を上げる。
「だ、ダメですよ!それ機密なんですから!!」
「アメリカ、フランス、イタリア、イスラエル、アフリカ…他にも結構来てるな…。お、テロリストも来てる。日本の警備ガバガバだな」
案の定、スコールの部下まで来ている。いや、これは下部組織の連中か?
弾の実家である五反田食堂には《
娘(仮)達も3人交代制で一週間程護衛に回してるし、我が家に関しては無人状態なので入ろうと思えば入れるが、捕獲されれば数ヶ月は誰にも発見されずに身動き一つ出来ず、声も上げられずにお陀仏だ。
一応周囲を探られているが特に面倒ごとを起こすわけでもないから放置。というか特殊部隊とか派遣するぐらいなら自国のために使えよ。税金の無駄だ。
「取り敢えず各国には警告文送ってコアいくつか停止させといたから問題ないだろ」
「「うわぁ……」」
コアが停止することはデメリットしか発生しない。ISの研究は進まない。防衛の要にもなっているので国家防衛が疎かになる。これだけでも小国の国家予算並みの損失が発生する。
まあ。自業自得なんですけどね。ハニトラは見つけ次第腹パンして拉致って眠らせて卵巣摘出するって脅しといたし大丈夫だろ。
という訳で各国からの謝罪文とか諸々がスパムメールのようにドシドシと送られてくる。そこはかとなくウザイ。
流石に悪いと……思わないな。自業自得だ。未だに特殊部隊が帰る気配ないしな。
よし。放置だ。
「弾、その
「ああ。けど、お前どこ行くんだ?」
「この状況だと姉さんが着替えと携帯の充電器だけを詰めた荷物渡してきそうな気がする…」
教室の扉が開き全員の視線が注目する。
姉さんだった。荷物を3つ持った姉さんだった。
「着替えと充電器?」
「よくわかったな…」
ダメだこの姉、早くなんとかしないと…
せめてなんか本とか、ね?
溜息をついて頭を抱える。姉さんがイライラしてる気配がするが知らん。フォローのしようがない。
山田先生も何も言えずになんとかフォローしようとして結局目をそらして苦笑いするしかない状態だし…
姉さんとすれ違いで教室を出る。
「どこに行く」
「用事。序でに特殊部隊を壊滅させてくる。ウザイし」
伝言を残したのでそのまま昇降口に向かう。
止められることはなかった。けど、睨まれてたみたいだし帰ったらお説教コースかな?
校門を出て、徒歩でIS学園の検問に向かう。
何故、検問が必要なのか?
そりゃ必要だろ。ISは単体で国家予算並みの値段がつく。そして不本意ながらもISには兵器としての側面もある。これだけでも検問をつけて出入りには厳しい検査をする価値がある。というかしなければならない。
検問を抜けたすぐ傍に軍用ジープが止まっていた。
運転席から降りてきたのはラウシュだった。20番目に調整が終わった子だ。クール系だったな、確か…
「お迎えにあがりました、御父様」
いい加減にこの呼び方をどうにかしないとめんどくさいことになりそうだ。
今も検問で女性職員がヒソヒソしてる。本当にうざい。
「五反田食堂」
「はい。現在の護衛はファウスト、ゼクス、ハールの3名になります」
助手席に座りシートベルトを締め、目的地をラウシュへ告げると運転席にて俺と同じようにシートベルトを締めたラウシュが現在の状況を知らせる。
ジープは音もなく発進し、五反田食堂へと向かう。道中、メールを確認すると千件を突破していたので問答無用でゴミ箱に送った。そして、繰り返しメールが送られてくる。キリがないが、だからといってここで許すわけにはいかない。
ここで許すと更に手がつけられない事態になりそうだし…
「めんどくせ…」
仮想ディスプレイを横目にサイドミラーを確認する。
「ラウシュ…」
「はい、御父様。少々遠回りになりますが、ご容赦を…」
スピードを上げ、緩めずに左折。道交法違反だが、仕方ない。
悪いのはこっちをつけてくる某国のスパイどもだ。俺は悪くない。
「はぁ、めんどくさい……」
スパイどもを撒いて五反田食堂に着いたのは日も暮れた頃だった。
「アメリカと中国とブラジルとイスラエルだったな。後で覚えてろよ…」
扉を開けて五反田食堂に入る。中にいた客の中にイタリアの特殊部隊がいた。
「「あ…」」
「あ、じゃねえよ」
いい加減に帰れよ。冷や汗かいてる場合じゃねえだろ。いや、食事を続けろとも言ってねぇけど。
「おう、四季の坊主…」
「いらっしゃい、四季君」
厳さんと蓮さんが出迎えてくれるが、それどころじゃない。
気づいてないのか?
いや待て、それ以前に"死喰い"と"戦乙女"が動いてないなら大丈夫か。
「「御父様!!」」
そして、抱きついてくる、ファウスト、ゼクス、ハール。
「わかったから、抱きつくな」
やいのやいのと姦しい3人を脇に寄せて厳さんに注文する。
「明太クリームパスタ」
「んなシャレたもん、あるわけねえだろ。かぼちゃの甘煮定食な」
俺、あんまり好きじゃないんだよなー、甘すぎなんだよなー
「で、今日はどうした?」
「弾の荷物取りに来た。姉さんが着替えと携帯の充電器しか持ってこなかったからさ」
俺の言葉を聞いて蓮さんがあらあらと頬に手を当てながら困った顔をする。
「あらあら、千冬ちゃんったら、相変わらずダメ人間ね」
蓮さんの毒舌も久しぶりに聞いたな。蓮さん怒ると姉さんでも勝てないからなー
もし、蓮さんにISの適性があったら姉さんでも叶うかどうか…
俺のコアなら適合するかなぁ…
色々と考えてるうちに定食が来た。甘ったるいカボチャが来た。
「……甘っ!!」
予想以上に甘い。本当に甘い。サッカリン使ってんじゃないかってぐらい甘い。
「サッカリンでも使った?」
「使うわけねえだろ!!」
使ってなくてこれかよ…
仕方ないので、ゼクスに食べさせる。
「あーん、……甘い!!」
ゼクスに食べさせると、ファウストとハールが抱きついてくる。
「「ゼクスだけ狡い!!」」
さっきよりもやいのやいのと騒ぐ、二人にも食べさせてやる。
ゼクスと同じ反応をして騒ぐ二人を尻目に、ため息をつく。
亡国企業のアホ共が家に侵入してトラップに引っかかったとヌルから連絡があったからだ。
本当にロクなことしないなあいつら……