友希那side
「咲夜は、記憶喪失になってしまった」
その言葉を聞いた瞬間、時が止まったような感覚に襲われた。一体、その言葉を理解するのにどのくらいかかったのだろう?呼吸が荒い。身体に力が入らずその場に膝をついてしまう
「この前受けた傷で出血が酷くて、訳あって精神的にダメージも受けてたからそれが重なって咲夜は記憶を失ってしまったのよ。私たちはおろか、自分の名前すら覚えていなかった。勿論、友希那ちゃんたちのことも」
「そん...な...」
記憶がない?私たちと過ごした日々も、マネージャーになってくれたあの日も...全て忘れてしまったの?嫌だ。そんなの...嫌だ
「...今から彼に会わせてください。何か思い出すかもしれない」
「ダメよ。危険すぎる」
「っ!何故ですか!?」
「今の彼は自分が何者かも分かっていない。目が覚めた瞬間急に私たちに敵意剥き出しにして来たんだから。今は何とか信頼してもらえたけど」
「彼奴はまだ不安定なままだ。今会ったら殺されかねないぞ」
「...彼の記憶を戻すつもりはないの?貴方たちはこのままでいいの?」
「いい...ない...か」
「え?」
「いい訳ないじゃないですか!!!!」
「はっ柏?」
「貴女にお兄様の何が分かるんですか!お兄様にあの過去を、あの悲劇を思い出させることがあの人にとってどれだけ辛いことなのか!何も知らない貴女がお兄様を語らないで!」
「そんなつもりは...」
すると激昂した柏が私の胸ぐらを掴み私を薙ぎ倒した
「そんなつもり?じゃあどんなつもりがあったんですか!?悲劇を思い出させてどうするつもりだったんですか!?」
「柏!いい加減にしなさい!」
見かねた華蓮さんが柏を引き剥がし思い切り蹴り飛ばした。柏は壁に激突し、そのまま気絶してしまった
「ハァ...ハァ...」
何も言えなかった。私は何も知らないのに彼にとって辛い過去を思い出させようとした。柏が怒るのも当然だ
「ごめんね。柏も咲夜のことを想ってやったことだから、許してあげて」
「分かっています。柏は、何故あそこまで咲夜に肩入れするのですか?彼女が彼に抱く想いはとても兄に対する想いとは思えません」
「確かにね。兄妹といっても、柏は血が繋がっていないのよ。本当の家族ではない」
「つまり、義理の家族ということですか?」
「私と咲夜はちゃんとした家族よ?血も繋がっているしね。でも、あの子は違う」
3人の関係性は分かった。それなら、柏とは何処で出会ったのだろうか?
「皆何処で出会ったんだろうって顔してるね。いいわよ、ついでに全て話すわ。咲夜の過去についても。友希那ちゃん、モカ、花音ちゃん、イヴちゃん。覚悟の上で聞いて。奏斗君、私も正気を保てるか分からないからその時は頼んだわよ」
「了解」
「私たちが柏と出会ったのは11年前よ」
♪ ♯ ♭ ♪ ♯ ♭ ♪ ♯ ♭ ♪ ♯ ♭
華蓮side
私たちが柏と出会ったのは11年前の秋、7歳だった私に4歳の咲夜と奏斗君の3人で買い出しがてら散歩をしている時だった。この2人早生まれだから誕生日遅いんだよね。イチイでは大人は大半が顔が割れてるため、ご飯の材料の買い出しはいつも子供たちでやっていた。その日は私たちが担当だった
「えっと...今日の材料は人参にジャガイモに豚肉に...今日カレーじゃん!やったー!」
「華蓮さん本当にカレー好きですね。将来組織辞めてカレー屋でもやったらどうですか?」
「よせよ奏斗。姉さんには無理無理。喰った客全員死ぬぞ」
「...咲夜ちょっとこっち来なさい。あんた最近私を舐め腐ってるからね。ここらで1回シバいとくわ」
あの頃はわだかまりなんて一切なく、とても仲が良かった。今は呼び捨てだけど、昔は咲夜も私のこと“姉さん”って呼んでたんだよ?咲夜のあの一言以来一生懸命料理の練習してたっけ。初めて美味しいって言われた時は凄く嬉しかったなぁ
そんなこんなで買い物を済ませて、休憩がてらに近くの公園に寄っていた。休憩が1番の理由だけど、もう1つあった
「さっきから誰か俺らのことつけてるけど、気づいてないとでも思ってんのか?」
「さっきチラッと見たけど、あれ俺たちよりも年下なんじゃないか?」
「何の用かしら?相手によっては首を飛ばしてもいいけど」
「首を飛ばすような相手なら1人では来ないだろう。金目当てかな?俺がやってくる」
「私も行くわ。奏斗君は荷物よろしくね」
「へいへい...いってらっしゃい」
私と咲夜は気配のする方に歩いてゆく。向こうも気づかれたことを悟ったのか隠れることなくこちらに向かってきた。その手にはナイフがある
「......金を寄越せ」
「カツアゲかいな。流石に女子に手を出すのは気が引けるんでな、俺が気を引くから姉さん頼むわ」
「りょーかい」
言われた通り私は気配を消して回り込んだ
「さて、知らない相手にカツアゲとは感心しないな。ずっとつけてたんだし知ってると思うが、買い物で3000円くらいしか残ってないんだわ。諦めろ」
「どうでもいい」
女の子は走り出し咲夜に斬りかかった。子供にしては良い動きをしてたけど、私たちに比べたら足元にも及ばなかった。咲夜が適当に避けてる間に私は後ろからその子の脇腹に回し蹴りを放った。結構弱めにやったつもりだったんだけど、軽すぎて吹っ飛ばしちゃった。そしてそのまま動かなくなっちゃった
「ちょっ姉さんやりすぎだって!一応息はあるけど完全に気絶してんぞ!?」
「この子が軽すぎたんだって!私だって手加減はしたもん!」
「あーもう!おい起きろ!」
咲夜が女の子の身体を揺さぶると意識を取り戻した。その子は気づいた瞬間一瞬で咲夜から距離を取り警戒態勢に入った。脇腹を抑えているのを見る限り、よっぽど効いたみたい
「ハァ...うっ」
「別に悪いようにはしないさ。とりあえず敵意を向けるのをやめてもらおうか。話し合おう」
「話し合うことなんてない」
「まぁそう言うなよ。お前は何故そこまで金が欲しい?親はいないのか?」
「親なんて知らない。帰って来ると言いながら帰って来なかった」
「!!そうか...」
つまり、捨てられたのね。この子は今までずっと生きるために他者から金を奪っていたんだわ
「私は私のやり方で生きる。誰にも邪魔はさせない!」
「...姉さん、後は俺に任せろ」
「分かったわ。手荒なことはしないようにね」
咲夜はゆっくりと女の子に近づいていく。それに伴い後ずさるけど、脇腹のダメージが大きすぎて動きも鈍い。やがて女の子の目の前に来た咲夜。何をするのかと思ったらいきなり抱きしめた。いや、何してんの?
「...辛かったよな。親に捨てられて孤独になって。でも、お前は偉いよ。孤独でも諦めず生きようとしてたんだから」
「っ...何も知らないくせに」
「あぁ知らねえよ。お前の気持ちなんて全く分からん。でもな、一緒にいてやることはできる」
「どういう...こと?」
「お前、名前は?」
「...柏。木と白で柏。名字は覚えてない」
「柏な。よし、これからお前の名前は月読命柏だ」
「月読命...柏...」
「俺は咲夜。さっき柏に思い切り回し蹴りを喰らわせたバカは姉の華蓮。それと、あそこで暇してるのが幼馴染の奏斗だ」
おい、今私のことバカって言ったよね?ホント、後でぶっ殺してやる
「今日から俺たちがお前の家族だ。よろしくな」
「家族...私が?あんなに酷いことしたのに?」
「生きるためにやったことだ。仕方ねえよ。柏今何歳だ?」
「...4歳」
「俺たちと同い年じゃん。誕生日は?」
「5月7日」
「てことは学年は1つ下だな。んじゃ、適当に兄さんやらで呼んでくれ。一応俺の方が年上らしいし」
「おっお兄様...」
「他人行儀だな。まぁ好きに呼べよ。これからよろしくな、柏。帰ろう、お前の家に」
「っ!!はい!」
家に帰る。ずっと孤独だった柏には家なんて無かった。柏は咲夜に抱きついてずっと泣きじゃくっていた。柏を連れて帰ったら皆に凄く驚かれたっけ
♪ ♯ ♭ ♪ ♯ ♭ ♪ ♯ ♭ ♪ ♯ ♭
友希那side
「それから柏は私たちと暮らすようになった。最初は慣れなくて距離を置かれてたんだけど、段々と本当の家族のように仲良くなった。自分を拾ってくれたことに対する敬意なのか今もずっと敬語のままだけど」
気づけば私の目からは涙が出ていた。私だけじゃない。此処にいる皆が涙を流していた。私だけじゃなかった。彼女も、柏も咲夜に救われたんだ
「事件当日、私たちは柏を警察のところに置いてから騒ぎを起こした。あの子も戦えたけど、まだ未熟だったし、咲夜が絶対に戦わせたくなかったから」
「そんなことが...」
「いつしか柏は咲夜に対して特別な感情を抱いていた。でも、感情を失い始めていた咲夜には意味がない。だから、あの子はどんな手を使ってでも咲夜の感情を取り戻すと決めた」
そういうことだったのね。柏があそこまで咲夜に執着する理由。彼女には咲夜に寄り添う覚悟があった。過去を知っているからこその覚悟だ。私とは程遠い
「こんなもんかな。私たちとの出会いは。最後に...咲夜の過去について」
「!!」
私が今までずっと知りたかったこと。彼に一体何があったのか。それをようやく知ることができる
「これから話すのは簡単に言えば悲劇よ。受け止める覚悟はあるかしら?」
「勿論です。話してください」
だが、私はこの話を聞いたことで後に苦しむこととなる。何故ならその内容は
あまりにも地獄だったから
読了ありがとうございました。咲夜の過去もこの話で書こうと思ってたんですけど、字数が4000弱まで来ていたので切り上げです
評価や感想お待ちしております