それではどうぞ
次の日、私たち4人は華蓮さんと奏斗に連れられて月読命邸に来ていた。何度か弦巻邸に行ったことはあるので、大きさもそのくらいだと思っていたのだが...
「何なのよこれ...」
「おっきい〜」
「敷地もとても広いですね...」
「ふえぇ〜。こころちゃんの家より大きい...」
今私たちの目の前に広がるのは巨大な屋敷に広大な敷地。私の記憶が正しければ、弦巻さんの家より倍以上はある。世界トップとは聞いていたけれど...
「流石にこれは大きすぎないかしら?」
「言うな。俺だって初めて見た時はびびったんだから。今でもびびるわ」
「私は流石に慣れたわ。んじゃ、これからは私について来てね」
華蓮さんに言われて彼女の後をついて行く。屋敷の中に入るとテレビで見るような豪邸とは比べ物にならないほど豪華で美しかった
「お爺様がいるのは1番奥よ。結構奥だし、その間に友希那ちゃんは説得の言葉を考えておきなさい」
「それはいいのですが、何故私だけなのですか?」
「それは自分で考えろ。それに、湊の方がこういうのに強そうだし。他の皆も言いたいことはあるだろうけど、ここは湊に任せてほしい。いいか?」
奏斗の言葉に3人は小さく頷いた
「ちょっ...幾ら何でも私には難しいわよ。そんな1番大事な役割を私1人で...」
「拒否権はねえぞ。俺も華蓮さんも他の3人も、あんたを信じてるんだ。もしもの時はフォローする。お前が言いたいこと、全て吐き出せ」
「...分かったわ」
そうだ。ここで立ち止まっては何も残らない。何もできないまま終わるくらいなら、やるべきこと全てをぶつけまくる
「此処よ。中にいる筈。最初のうちは私が喋るから、その後は友希那ちゃん、頼んだわよ」
「分かりました」
私の返事を確認した華蓮さんは目の前の扉にノックをした
「お爺様、華蓮です。少々お時間をいただいてよろしいですか?」
「...入れ」
それを聞いた華蓮さんは扉を開けて中に入った。後を追うように私たちも中に入る。中には白髪高齢の男性が椅子に座っていた
全てを貫くような鋭い視線には、世界のトップ立つに相応しい貫禄を持っていた。あの目で睨まれたら大抵の人は足が竦むだろう
「今日は何の用だ?」
「もう1度、咲夜のこれからについてお話をさせてください。今日は客人も連れてきていますので」
「ほう...」
「湊友希那よ。咲夜がマネージャーをするRoseliaのボーカルをやっているわ」
「青葉モカで〜す」
「若宮イヴです!よろしくお願いします!」
「まっ松原花音です」
「彼女らは彼奴が誰よりも信頼していた人たちです。彼女たちの話を聞いてあげてください」
「...いいだろう」
「それじゃあ友希那ちゃん、頑張って」
私は小さく頷くと少し前に出て咲夜のお爺様に話しかけた
「改めて、湊友希那よ」
「月読命財閥の会長をしている、月読命源十郎だ。今日は何の用で此処へ来た?」
「そんなに難しいことじゃないわ。咲夜を消そうとするのをやめていただきたいの」
「ほう...あの死神を生かしたいと?」
「えぇ」
「何故そんなに奴に肩入れする?貴様もあの場にいたなら分かっただろう。貴様が今まで信じてきた奴はただの人殺しだということが」
「確かに、この目ではっきりと見たわ。でも、
「何が言いたい?」
「彼は、私たちを守るために戦ってくれた。私たちのために自分を犠牲にしてまでも戦い続けてくれた。そんな彼がただの人殺しなわけがない」
「くだらんな。どんな理由があろうと人殺しは何処まで行っても人殺しだ」
「っ!」
後ろで華蓮さんが反応しているのを感じた。やはり彼女たちにも思うところはあるのね
「確かに、彼が今までしてきたことは決して許されることではない。それは華蓮さんや奏斗も同じ。でも、だからって彼が死ななきゃいけない理由なんてない!」
「分かっていないようだな。彼奴がこの世にいるだけでどれだけ危険なことか」
「貴方こそ、咲夜を何も分かっていない。感情を失った彼にも人としての心が、優しさがあったことを。そして、その優しさに救われた人がいることも。彼を想い彼を必要としている人がいるということを」
「意味が分からん。生きる意味も価値もない奴に...」
「黙りなさい!!!!」
「!?」
「ふざけんじゃないわよ!咲夜をその時感じたことだけで片付けようとする貴方に彼の何が分かると言うのよ!」
「私は彼のことを殆ど知らない!彼が何を思って今までを過ごしてきたのかも分からない!でも、音楽というもので半年間繋がってきたからこそ分かることもある!」
「何を寝ぼけたことを...」
「寝ぼけてんのは貴方よ!彼には生きる道がある!生きる意味がある!だから今まで必死に自分と戦ってきた!」
「彼は私たちに全てを賭けてくれた!私に彼の全てを預けてくれた!そしてその想いを歌に込めて伝えてくれた!だからこそ今の彼がある!私たちを守ろうとした彼がある!」
「今の彼にはその記憶がない。私にとってはかけがえのない思い出も彼は覚えていない。でも、記憶がなくても事実は変わらない。私が彼を想うこの気持ちも紛れもない真実よ!」
「だから、彼に意味がないなんて言わないで!」
これが私の気持ち。今の私にできる精一杯のこと。もう、ぶつけることはない。全て言い切った脱力感からか私はその場に崩れてしまった。それを奏斗か支えてくれる
「ハァ...ハァ...」
「源十郎さん。貴方が知る咲夜はもういない。俺が蘭や紗夜に出会って変われたように、彼奴も湊たちに出会って変わったんです。湊を、こいつらを信じてあげてくれませんか?」
「奏斗...」
「お爺様、私からもどうかお願いします。友希那ちゃんたちに咲夜を任せてあげてください」
華蓮さんも前に出て頭を下げた。それにつれて他の3人も頭を下げる
「...湊友希那。貴様には、あの死神に寄り添う覚悟はあるのか?」
「覚悟がなければこうして押しかけてこないわよ。私に咲夜を任せてほしい」
「...好きにしろ」
『!!!!』
「その代わり、奴が以前のようなことをすれば真っ先に始末する。いいな?」
「十分よ。ありがとう」
「やったー!!」
すると後ろから急に華蓮さんに抱きつかれた。奏斗以外の皆も釣られるように私に抱きついてくる
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「この程度、私が咲夜に受けた恩と比べれば小さいものですよ。まだ、これからですから」
口ではそう言ってるが、実際私は今すぐ泣きたい気分だった。いや、頰に冷たい感覚があるあたり我慢できていないだろう
「とにかく、本当にありがとう。お爺様、ありがとうございます」
「好きにしろと言っただけだ。礼を言われる筋合いはない」
「それでは、これで失礼します」
私たちは月読命邸を後にし、それぞれ家に帰った。華蓮さんと奏斗にはこれから咲夜に会いに行くと言っておいた。柏とは昼食を食べた後に昨日の公園で会うことになっている
「ハァ...流石に言い過ぎたかしら」
「誰によ?まさか誰かと喧嘩したの?」
私の独り言にお母さんが聞いてくる。さっきまでは必死過ぎて気にしていなかったが、あれはどう考えても世界のトップに対しての言葉遣いじゃない。幾ら何でも黙れだのはやり過ぎた
「いえ、喧嘩ではないわ。ただ、この世で1番敵に回してはいけない人に黙れとか言っただけよ」
「はぁ!?あんたバカなの!?音楽以外はポンコツなの!?」
「しっ失礼ね!私にだってできることはあるわよ!」
「どの口が言ってるのかしら?あーあ、翔君嫁にもらってくれないかしら...」
「それができれば今まで苦労してないわよ。あの鈍感」
夏合宿以来、私の方からも自分なりにアピールしていたのだが彼は気づく様子も全く無く普通に接しているだけだった。いい加減気づいてほしいわよ
「へぇ〜。そういえば、友希那午後は出かけるの?」
「えぇ。翔の妹と彼のお見舞いに行くわ。居場所も分かったし」
「よかったじゃない。しっかり挨拶してきなさい」
「えぇ」
彼は私の姿を見て何を思うのだろう?何かを思い出すだろうか?それとも、警戒して近づきすらさせないだろうか?記憶は取り戻してほしいけど、それは彼の悲劇を思い出すことになる。とても複雑ね
「そろそろ時間が来たから行くわ」
「はーいね。距離縮めて家に呼べるくらいになりなさいよ」
「...余計なお世話よ」
私は身支度をして公園に向かった。家からはすぐ近くなので5分もかからず着いた。柏は既に着いていて、ブランコに座り空を見上げていた
「ごめんなさい。待たせてしまったかしら?」
「いえ、さっき来たばかりなので大丈夫ですよ。それでは、行きましょうか」
柏に促され私は彼女の後を着いて行く
「そういえば、柏が敬語以外で話しているのを見たことがないわね」
「何ですか急に。特に深い理由はありませんよ。貴女たちは年上という単純な理由だし、お兄様たちに関しては命の恩人なので。それに、あこにはタメで話してますよ?」
「確か同じクラスだったわね。普段のあこの様子はどうかしら?」
「相変わらず元気ですよ。何処からそんな気力が出るのか不思議ですよ」
「貴女も表では花梨として演じているのでしょう?疲れないの?」
「慣れてますから。友達も結構いますよ。私は何とも思ってませんが」
人をあまり信じない彼女にとっては他人はあまりどうでもよさそうね。私も大して変わらないけど
「何だか最近、私を怒らせてはいけないとかいう暗黙の了解みたいなのあるらしいんですよ。私は中等部では学年トップなんですけど、それを2位の人が面白くないのか喧嘩売って来ましてね。しかもお兄様にベタ惚れ。ムカついたので叩きのめしたらいつの間にか」
「思い切り事実じゃない」
「...後で指の骨全部折るので覚悟してくださいね」
「ごめんなさい、調子乗ったわ」
実際怒ったら何をされるか分かったものじゃない。さっき言ったこともおそらく本当だろう。経験者の私からしたら気の毒としか言えない
「ほら、見えてきましたよ。普段は普通の病院としてやっていますが、お兄様や奏斗さんたちは隠していた最上階を使っていたので存在は知られていません」
「もう何でもありじゃない」
「今回、いえ、これからも私たちのことはお兄様の前では偽名で話すようにしてください。貴女がお兄様の記憶を取り戻したい気持ちは分かります。ですが...」
「分かっているわ。もう、覚悟はできている」
「...ありがとうございます。では参りましょうか。私は受付に行ってくるので此処で待っていてください」
「分かったわ」
ようやく彼に会えるのね。あの日から今日まで2週間とちょっと。ずっとこの日を待っていた。彼と話せるこの日を
「お待たせしました。やはり他人を警戒しているようで、食事もまともに摂っていないようです。あまり刺激するようなことはしないようにしてください」
「善処するわ。だけど、私にも譲れないものはあることを分かっておいてほしい」
「そんなの随分前から承知しています。急に抱きついたりしたら潰しますので」
本当に中学3年生なのだろうか?最早女子が言うような言葉遣いじゃない
従業員用のエレベーターに乗り最上階まで上がっていく。やがて殺風景な廊下に出て1番奥の部屋へと歩いていく
「この部屋です。最初は私が喋りますのでなるべく合わせてください」
「分かったわ」
「
返事が無い。寝ているのかしら?
「...入ってくれ」
少しの間があり彼から返事があった。久し振りの彼の声に胸が高鳴ってしまう。ドアを開けるとそこには見るに堪えない光景が広がっていた
「こんな時間にどうし...!!」
私の姿を見るなり彼はベッドから飛び降り警戒態勢に入ってしまった。柏が言ったとおり、食事をまともに摂っていないのかとても痩せていて、身体には幾つもの包帯が巻かれていた
「花梨。隣の奴は誰だ」
「兄さん落ち着いて!この人は以前の兄さんの友人よ。いや、それ以上の関係でもある」
「...どういう意味だ?」
「詳しくは彼女から聞いて。友希那さん、お願いします」
「...湊友希那よ。私のこと、覚えているかしら?」
「残念ながらさっぱりな。花梨が連れてきたということでとりあえずは信じよう。お前と俺の以前の関係性次第だが」
「...話していいかしら?」
「構いません。2人の関係をありのまま話してください」
「私はRoseliaというバンドを組んでいるの。翔はRoseliaのマネージャーをやっていたわ」
「バンドか...つまり、関係性は良かったということでいいのか?」
「えぇ。私の他にも、貴方が信頼していた人は3人いる。また今度紹介するわ」
「そうか。すまない。いきなり敵意を出したりして」
「記憶を失っているのだし仕方ないわよ」
すると彼は突然よろめきその場に崩れてしまった
「翔!大丈夫!?」
「兄さん!しっかりして!」
「んなに大声を出すな。ただ、3日も何も食べてないからちょっと目眩がしただけだ」
もう、我慢できない。柏に後で殺されるかもだが、これだけは譲れない。私は彼を抱きしめこちらに引き寄せた
「おっおい湊...」
「ごめんなさい...私のせいでこんなことになって...ごめんなさい」
「別にお前が謝ることじゃ...」
「何も言わないで。貴方がこうなったのは私の責任でもある。ごめんなさい」
「もういいよ。湊が俺のことを大切にしてくれているのは理解できたから。俺の方こそ、覚えていなくてすまない」
「...生きててよかった。本当によかった」
「分かったから泣くな。綺麗な顔が台無しになるぞ」
「っ...////」
「全く貴女という人は...兄さん、退院はいつになるの?」
「さぁ?今の今まで誰も寄せ付けなかったせいかいつなのか全く知らん」
「...性格は何も変わってませんね。兄さんがいいなら今日退院させるけどいい?」
「構わん。そろそろ飽きたし」
「分かった。友希那さん、そろそろ兄さんから離れていただけると嬉しいのですけど」
「...分かったわ」
それから柏が病院の人を脅しという名の説得をして彼は退院することになった。まだ暫く学校はないので明日また5バンド集めて説明した方がよさそうね
「ハァ...記憶が無いのはスッキリしないな」
「忘れた分はこれから取り戻せばいい。以前の貴方にはとても助けられた。今度は私が貴方を支えてみせる」
「ありがとな湊」
「友希那でいいわ。以前もそう呼んでいたし」
「了解」
受け入れるのは難しい。だけど、奪い合うこの世界では奪われたことに対して受け入れなければ生きることはできない。大丈夫。彼とならきっとやっていける。たとえ記憶が無くても、彼と過ごした半年は決して無くならないから
さようなら、月読命咲夜。これからよろしく、神道翔
読了ありがとうございました。この話で4章は終わりとなります。次の5章からもよろしくお願いします
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