ソージは、船の舳先に乗り、腕を組んで立っていた。
理由は無い。ただの遊びである。
その遊びが幸を成したことにソージ自身が気づくのは───
「ッ!?全員、伏せろ!!」
───赤い彗星が、船の腹をえぐった後のことだった。
船が衝撃で揺れ、乗組員の全てがその場でスッ転んだ。
龍識船は木屑や食料、果ては人をも撒き散らしながら重力に従い滑空していく。
「ソージ!」
「シャロ。少し早いが、決戦だ」
「わかってる。けど、その前に……」
ソージはバランスをとりながら空に留まる赤い閃光を睨み付け、シャロはそのソージの顔に手で触れ、顔を自らと向き合うように動かした。
「……なんだ?」
「帰るときも、死ぬときも一緒。約束」
シャロは、ぐらぐらと揺れる船の上でつまさきを伸ばした。
顔と顔が近づく程の至近距離で、もっと顔を近づけるようなマネをしたのだ。
「ッ!?」
「はむ……んむ……」
胸の不安を打ち明けるように、ソージの唇を貪るシャロ。
「ぷあ……」
「はあ……はあ……お前、何を……」
離れた唇と唇に銀色の橋がかかる。
二人は互いに何を行って良いのかわからず、阿鼻叫喚とした世界の中で見つめあった。
ついにいたたまれなくなったシャロが、口を開こうとする。
「その、不安なワケじゃなくてんむっ!?」
「はむ……」
シャロの言葉を遮り、今度はソージから口づけをする。
それだけで、二人には十分であった。
「死ぬときなんて無い。俺たちは帰る、それだけだ」
「そうだった。二人で、一緒に。失敗は……」
「ありえない。よしんば失敗したとして、それすらねじ伏せて勝利を奪い取る。それが俺たちだろ」
「……うん」
同時に、二人は逆の方向に走り出した。
ソージは落ち行く瓦礫の中、こちらに接近する彗星の姿を捉える。
背中に挿した太刀を空中で横に振るい、バルファルクを捕まえる構えをした。
「カアアアアアアッ!!」
「ああああ!!」
彗星と人が激突する───前に、ソージは太刀を機転に心身を翻し、見事バルファルクの背中にライドすることに成功した。
「今度はッ!!あんなヘマしねえ!!」
速度そのままに、バルファルクは飛行する。
無論、背中にへばりついているソージにも、それ相応のGがかかっている。
腰元から強走薬を出し、某エナジードリンクのCMがごとくイッキ飲みしてみせる。
黄色いオーラが一瞬、ソージを包んだ。
義眼で身体能力を向上させ、一心不乱にバルファルクに食らいつく。
取り出したナイフをバルファルクの鱗の間に挟み、体を固定するソージ。
同時、シャロは船の操縦席に向かっていた。
空中で音速で動く古龍が相手では、シャロでは太刀打ちできないからだ。
「あああああ……恐れていた事態が……」
「どいてっ!」
操縦席でハンドルを掴みながら震える青年を突き飛ばし、自らが操縦席に立つ。
現在、龍識船は前方に傾いている。
穴が開いたことにより、荷物か穴になだれ込み、バランスが崩れたためだ。
「これ、操縦は?」
「ああああ……」
「……使えないっ」
冷や汗を額に滲ませながら、シャロは直感で操縦する。
幾数のモンスターから逃げ切れた、あるいは迂回できたこの直感を信じて。
大きくハンドルを引っ張るシャロ。
プロペラの向きが変わり、シャロや甲板の乗組員に暴風を見舞った。
「くう……っ!!」
しかし、風の影響で船が本来あるべき角度を取り戻したのも事実。
吹き荒れる暴風に必死に耐えながら、シャロは上を、
彼は既に、赤い彗星となっていた。
◇
風を切る音が耳をつんざく。
ソージにかかっている負担は、ジェットコースターなんて生易しいものではなかった。
バルファルクが風を切る速度が速すぎて、ソージがいる背中はほぼ真空状態。
肺が悲鳴をあげ、酸素を寄越せとソージを苦しめる。
「………………ッ!!」
ついでに、ロケットのように火を噴く機械的な翼が隣にあるため、熱がチリチリと地肌を焼く。
背負った太刀の持ち手は尋常じゃないほど熱せられ、さらには義眼から送られる視界までノイズが走り、義眼自信は軋んだ音を立てた。
「カルアアアアアッ!」
雄叫びを上げるバルファルクに、ナイフをぐりぐりと押し当てて抗議する。
今のソージには、それが限界であった。
「また……こんな……シャロ……ッ!」
苦しげな声を上げ、段々とナイフを持つ手が緩んでいくソージ。
ソージが弱っている事を察したバルファルクは、その場で急停止した。
音速を越えるスピードを、急に止めた。
圧力は唯一バルファルクと直接繋がっていないソージに全て降りかかり、やむなくソージは空に投げ出される。
「………………」
ソージの眼には、世界がスローに見えていた。
義眼の能力を使った身体能力アップではない。
自らの動きもスローで、かつ憎き相手のにやけ顔つきである。
「………………」
薄れ消え行く意識の中、ソージはそこで走馬灯を見る。
接吻をし合ったシャロの顔。
怯え恐れる青年の顔。
泣き叫ぶアイルーの顔。
震え、共に帰ると誓った親友の顔。
ソージはそっと目を閉じた。
来るべき痛みに備えて。
決して、死を受け入れたわけではない。
「ソージ」
「……シャロ。これ、もっとどうにかできなかったのか」
シャロは見上げた。
死に瀕した───否、マストに体を埋め、瞳に闘志を宿した
「無理。体力は大丈夫?」
「大粉塵ッ」
ポーチから緑の袋を落とし、シャロもろとも体力を回復するソージ。
「もう問題ない。行くぞ」
「ん」
「あの顔に、一太刀浴びせてやるんだ」
風に飛ぶ緑の粉末が、反撃の