異世界ハンター放浪記   作:翠晶 秋

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32話 骸の嘆き

 

「来てしまった……」

「勝てるかな……」

「ワクワクする」

 

後悔、不安、期待。

三者三様の意見すらも吹き飛ばす風が吹き荒れる。

オストガロアの巣の上に位置する崖の上で、ソージは左目に目薬を刺しながら呟いた。

 

「今回はシャロがメインになるかもな……」

「?どういうこと?」

「あいつ、なかなか地上に出てこないんだよ。大抵は地面か水に潜るから、水面に出てきた時はお前が頼りになる」

「バリスタっていう攻撃手段もあるけど、弾の数が少ないから……」

 

見慣れた青いボックスから大きめの弾を取り出しリンが説明する。

だからこそ、遠距離武器を扱うシャロがキーになるというわけだ。

 

「でも、今日は違う武器だよ。ちゃんと扱えるか不安になるなぁ……」

「大丈夫だ。シャロならいける」

「ん。初めてだけど任せるがよろし」

 

現在シャロの手にあるのは、自らの身の丈と同じほどの大きさの弓、【狐弓ツユノタマノヲ】。

特筆すべきは直弓であり撃ちやすく美しい事。

なお持ち主がシャロだから身の丈ほどあるのであって、ソージやリンが持つとそうはならないことを補足しておく。

 

「……しかし、なんで俺まで武器を変えるんだ。これじゃ弱体化だぞ」

 

今回、ソージも背負う大剣を【狐大剣ハナヤコヨヒノ】にチェンジしており、これでソージ、リン、シャロとパーティ全員の武器がミツネ素材のものとなった。

 

ぶっちゃけ、これがやりたかっただけなのである。

 

「まあまあ。大丈夫でしょ?」

「……今の俺たちにそこまで余裕があるかわからないがな」

 

と呟き、ソージはさっさと物資を漁ってしまう。

リンは慌てて自らの応急薬を確保しに行くが、シャロは慣れたものとビンに矢を付けていく。

 

ソージが自分の分のアイテムを残してくれることくらい、わかってるんだからね。

 

「……なんだろう、シャロちゃんから自信と侮蔑の視線を感じる」

「シャロは応急薬いらないのか?ならリンで三つ、俺で九つだな。よし、配分終わりだ」

「!?」

 

 

 

 

オストガロアはぼーっとしていた。

最近はハンターが来ることもあまりなく、たまに来ても実力のない腰抜けどもだ。

自分がイカであることを隠して龍の骨をかぶり、触手をつかって双頭の龍っぽくしてみたのに。

 

努力の結晶である龍の見た目をした自身の腕を、ふと太陽に被せてみる。

青白い体が、それがイカの触手であることを再確認すると同時に───

 

「うおあああああああッ!!!!」

 

───蒼い稲妻に、切断された。

大剣は勢いそのままに地面にめり込み、砂煙を吹き上げる。

左の首、もとい触手を切られたオストガロアは右手でそのハンターを薙ぎ倒そうとするが……。

 

「……んッ!!!!」

 

自身の右腕は、矢に穿たれ地面に打ち付けられていた。

高速で放たれた矢は合計で18本。

シャロは一度に3本の矢を穿ち、それを高速で6回繰り返したのだ。

結果が、コンマ単位のズレでほぼ同時の着弾。

物理を無視したシャロの行動に度肝を抜かれたオストガロアが次に見たのは……

 

「逃がさない」

 

据わった目をした、双刀のハンターであった。

砂煙の中から飛び出してきた彼女はオストガロアの口を切り裂いた。

オストガロアから放たれる瘴気に体を蝕まれてなお、リンはその演舞のような攻撃をやめない。

 

闘気を纏った擬似的な暴走。

獣のように薙ぎ、人のように舞う、双剣のみが使用できる技である。

 

しばらくの斬撃の後、リンはひぃひぃ言いながら転がるように後退する。

息も絶え絶えなリンを横に寝かせたのは、触手を跳ね飛ばした後すぐに退いて体制を立て直していたソージ。

リンの口元に強走薬をあてがい、ソージはオストガロアを見つめた。

 

「ひぃ、ひぃ……スタミナが」

「一回退いとけ。後は俺と……」

 

オストガロアが矢だらけの右腕を振りかぶる。

刹那、追い討ちのように矢が飛び交い、右腕はぴくりとも動かなくなった。

 

「シャロがやる」

「ソージくん……ごめん。ちょっと休ませて」

「コオオオオオオオオっ!」

 

オストガロアは高く吠える。

自身こそが狩るものであると、目の前のハンターに知らせるために。

ソージは尚も不敵に笑って見せ、その後ろから3本の矢が飛来する。

 

───またあの矢だ───

 

危険を感じたオストガロアは地面に深く潜りこみ、地を泳いで周りの水辺に姿を表す。

瘴気弾による攻撃で決める。そう思ったオストガロアを襲ったのは、三発の衝撃だった。

 

「ハンターの技術も舐められねえだろ?」

「あ、なんかコレ楽しい」

「油断しないで、リン」

 

ソージが、リンが、シャロが。

各々バリスタの上に立ち、オストガロアに鉄塊をお見舞いした。

とくにシャロに至っては最もオストガロアに遠い位置から撃っている。

その距離からの同時着弾という完璧なタイミングと狙い。

オストガロアはシャロこそが一番厄介だと判断した。

 

「バリスタ……撃てぇ!」

「「あいあいさー!」」

 

飛び交うバリスタを背中の骨で受け止めつつ、オストガロアは粘っこい瘴気の球をシャロに向けて投球する。

即座にバリスタから離れたシャロは転がった勢いで弓を構え、勢いよく矢を放つ。

放たれた矢はオストガロアの背中にあたるが、その硬い骨に弾かれてしまう。

歯噛みするオストガロアに再度バリスタが放たれ、たまらずオストガロアは地面に潜り込む。

 

そして気がついた。

 

───これ、地面に潜ったまんま触手出してれば勝ちじゃね?

 

骨を纏いし古竜はそこで、一番の間違いを起こした。

触手を地面から出し、暴れさせようとしたその時……。

 

「うんとこしょお!どっこいしょお!」

 

触手になにかが触れ、とんでもない力で引っ張られたのだ。

ソージは納刀状態で大剣専用の【獣宿し〔天廻〕】を発動させ、オストガロアを引っ張り上げたのだ。

もちろん、ソージとて一瞬で怪力になったわけではない。

 

「(〔天廻〕の力はエネルギーの流れを掴むこと……。体を縦に回転させることによって生じたエネルギーを刃に込める……。なら)」

 

縦回転で生じたエネルギーの流れに触手のエネルギーを巻き込めば、たとえオストガロアのような巨躯でも青空の彼方へぶっとぶのである。

 

急に地上へ出たオストガロアは焦り瘴気を纏うが、動揺からか数瞬、纏うまでに間が空いてしまった。

その合間を平然と縫う閃光が、瘴気内からオストガロアの柔肌を切り刻む。

 

赤黒いオーラに体を震わせ、その瞳までも真っ赤に光る双剣使い。

リンは闘気を刃に乗せて、全身全霊の一撃でオストガロアを叩く。

悶え苦しむオストガロアを見て、リンは後ろに思い切り飛ぶ。

 

瘴気に削られた体力が心もとなかったから?否。

切れ味が落ちたから?それも否。

答えは───

 

「おおおおおおッ!!」

 

───心地よい稲妻を、肌で感じたからだ。

今回最大の一撃が、オストガロアに叩き込まれる。

厳選された硬い骨が、放出される稲妻を浴びて全体から唸りをあげて軋む。

衝撃はオストガロアの脳を揺らし、オストガロアの意識が無くなった。

 

「やっぱり、骨は斬れねえか。硬いもんな」

 

オストガロアの意識が消え、安心してソージは剣を収める。

 

「ソージ!」

「ソージくん!」

「おう。お前らも、よく頑張ったな」

 

ソージは指先にまだ纏わりつく電光を吹き消し、「いつどこで俺の目は発電できるようになったんだ……?」と半眼で苦笑いする。

なんのために強くなったのかわからなくなってしまった。

義眼のハンターは嘆く。

偶然にも。

それは足元の古竜が先ほどまで考えていたことと、全くもって同じであった。

 

 


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