〈【獣宿し〔
頭に響く声を聴き、ソージはほくそ笑む。
「やっぱり古龍を倒すと狩技を覚えられる……名前からして双剣か」
オストガロアの上で大剣を背中に背負い、ソージは下にいる二人に『降りる』というジェスチャーを送る。
だが、二人から返って来たのは了承とは別の感情だった。
もちろんソージは感情を読み取ることなどできやしない。
だからこそ、気がつかなかった。
「ブラボー、ブラボー……」
「ッ!?」
ソージは後ろに下がって背中に手を回し、大剣の持ち手を握る。
いつでも斬りかかれるように。
「……誰だよテメエ」
「これはこれはソージ様。ご機嫌麗しゅう」
「なにが『ご機嫌麗しゅう』だよ」
ソージは警戒心を怠らない。
男が気球か何かで来たのなら話は別。ソージだってギルド職員かなーとか考えるだろう。
だが、男は違った。
体の至る所に掘られた稲妻のような刺青。
白と黒の入り乱れたチカチカする長い髪。
猛禽類を思わせる細長い瞳、そして……背中に生える龍のような翼と、頭に生えた禍々しい二本の角。
翼で降りて来た謎の男に、ソージは冷や汗を垂らした。
隙が見当たらない。というより、隙が多すぎて踏み込みに行けない。
「要件は?」
「要件など滅相も無い……!ただ被験体の様子を見に来ただけにございます」
「被験体?」
「足元のコレに御座いますよ」
そう言ってオストガロアを指差す男は、ソージに微笑む。
そしてソージの目を見ると、少し驚いた様子を見せた。
「なんと美しい瞳!ソージ様はオッドアイでいらっしゃるのですか?」
「んなわけあるか。それよりなんで俺の名前を知ってる」
「それはもう、ソージ様が名高くあられるからですよ。……こちらの方で」
「隠し方がベタなんだよ……。こっちに干渉しなけりゃなにもしない。さっさとどっか行け」
「そうさせていただきます。ところでリン様は……」
そうしてキョロキョロと辺りを見渡す男に、ソージは「リンも知ってるのか……」とため息を、つく。
その時にはすでに、大剣から手は離れていた。
男が被験体と呼んだこのオストガロアは、もうじきギルド職員が来て討伐される。
男もすぐに立ち去るようだし、相手がこちら狙いでないのなら戦うことに意味はない。
「下だ。下にいる」
「ほう。どれどれ……」
男は下を覗くと、案の定警戒しているリンに顔を綻ばせる。
まるで孫を見る祖父のような……。
「おお、リン様もお元気そうで。相変わらずお美しい」
否、執事のようだった。
「おや、お仲間がもう一人いたのですね。これは存じませんでし───」
そして急に、男が動きを止める。
その視線の先にはシャロ……正確には、シャロの角があった。
弓に矢をつがえ、無表情の中に焦りや緊張を滲ませるシャロ。
「───マガラ」
「ん?シャガルマガラ?」
「まさかここにいたとはなぁ、マガラッ!!!!」
覗き込んだ体勢のまま叫ぶ男に、ソージは驚き再び大剣に手を伸ばす。
自分に発せられた怒声にシャロは目を見開く。
当てられた殺気。条件反射で弓を引いてしまった。
風を切り裂く矢が、男の頰を掠めた。
切り裂かれた皮膚……それは、意思を持つかのようにうねり、混ざり、そして傷を塞いだ。
「忘れもしない……あの角……マガラッ!!研究所から逃げ出したお前が、よくもぬけぬけと俺の前に!!」
「そんな……人違い!私は何もしてない!あなたのことも知らない!」
「それはそうだろうなァ!ゴアの血を混ぜたお前が、成体に進化しているのだから!記憶ごとき、無くなって然る!!」
唾を撒き散らし、シャロに向かって罵詈雑言を放つ男。
その首に、神速の大剣がピタリと当てられた。
「そろそろ静かにしろよ」
「っ……ソージ様。どうやら、彼女にご執心のようで?……残念です」
「……なにが残念なんだよ」
「彼女が生きているとわかると、先程言ったことは破棄になりそうです」
男は立ち上がり、懐から容器を出す。
それは注射器だった。中に紫色の液体の入った。
「……それは?」
「こちらは血を濃くした、いわば薬でございます。オストガロアの」
「ンなもんどうするんだよ」
「コレにくれてやるのです。モンスター本来の、凶暴性を高めるために。ほれプスリと」
注射針はオストガロアの硬い外骨を、まるでスポンジでも貫くかのように貫通した。
紫の血が、オストガロアに注入される。
男が注射器を抜いた瞬間に、蒼い稲妻が走る。
大剣が振りかざされた。必殺の一撃。
「……っ!」
「おいたはやめてくださいまし」
止められていた。
大剣が、ソージごと空中で止められていた。
渾身の一撃が止められたらことに、ソージは驚愕する。
「せっかくですから、ソージ様やリン様も始末してしまいましょうか」
「なにを……言ってる……っ!!」
「ほれ」
「がっっっ、はッ!?」
ソージから大剣を奪う男。
支えがなくなったソージはオストガロアの外骨に激突し、肺の空気を全て吐き出してしまう。
男は大剣の端と端を持つと……。
「よっ」
「ッ!?」
大剣を、真っ二つに折った。
中腹から折られた唯一の武器の姿に、ソージの全身から力が抜けていく。
「あとそうですね……あ、そうだ」
「ぐっ……」
「その眼。義眼も頂いちゃいましょう!」
「ぐあああああああああっ!!」
胸ぐらを掴まれ、眼を抉られる。
「貴方も詰めが甘い!オッドアイだと言っておけば、そして能力を使わなければ!義眼だとわからなかったのに!!」
「っっっっっっがぁ!!」
「意外と硬いですね!もっと力を込めましょう!」
「ああああああああああああっ!!!!!!」
────────────ぶちっ
「……………………」
「気絶してしまいましたか……未だ弱くあられる」
「……………………」
「しかし、この義眼はもともと我々の物……文句を言われる筋合いは……」
「ッ!!」
「おやリン様、ご機嫌麗しゅう。どうされたのです?そんな怖い顔をなさって。せっかくの可愛いお顔が台無しですよ?」
「黙れよ」
「おや、ワタクシは何もしておりません。単に、取られたものを返してもらうのみでございま───」
「良いから黙ってよっ!!……シャロッ!!攻撃を!!」
「知らない、私は……なにも……うう」
「マガラは傷心にようですな?」
「マガラって何!?あの子はシャロ!いけすかないけど、ソージくんのことをいつも一番に考えてる、私よりもずっと凄い子なんだから!」
「お美しい。女性同士の友情というやつですな?ワタクシそういうの好物でございま───」
「うるさいって言ってんだよ!!」
………………。
「その眼はソージくんの物だッ!最初から、お前なんかの物じゃない!」
「言って良いことと、悪いことがございますよ?」
「きゃあ!!」
「リン様。この義眼は最初からワタクシの組織の作ったものにございます。それを盗んだのはソージ様にあられます」
「うるさい!!うるさい、うるさい……!!」
「時に、ハンターとは常に命を賭けている職業とも言います。ソージ様がたまたまワタクシに眼を抉られても、それは犯罪ではなく事故なのですよ。……ソージ様が、リオレウスに眼を焼かれたように」
「え……?」
「なんでそんな事を知って、といったご様子ですな。ならばお教えしましょうか?」
…………………………。
「な、何を?」
「真実を。まぁ多少の秘密はそのままですが」
「真実って……?」
「ご所望ですか。ではまず、ワタクシの組織からお教え致しましょう……」
……………………………………ヒーローとは、諦めの悪い生物である。
誰も、聴いていなかった。
ガリッと、何がが噛み砕かれた音を。
「じゃあいらない。私は知らなくていい」
「おや?真実をご所望では?」
「それはソージくんが知るべきこと……私は、それを知らなくていい……。なぜなら、私はソージくんの虜だから」
「ほっほっほ。左様でございますか」
「私個人としては、こう思うよ?この世には───」
穴が、肉に埋まる。
義眼を装着する前の、見るも痛々しいその姿。
暗雲が立ち込めた。
雷が鳴った。
オストガロアの巣の中で。
「───ソージくんだけいればいい」
ピシャアアアアアアアアアアアアッ!!!!
雷が、一人のハンターに落下した。