異世界ハンター放浪記   作:翠晶 秋

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33話 紫の薬

 

〈【獣宿し〔双頭(そうとう)〕】を取得しました〉

 

頭に響く声を聴き、ソージはほくそ笑む。

 

「やっぱり古龍を倒すと狩技を覚えられる……名前からして双剣か」

 

オストガロアの上で大剣を背中に背負い、ソージは下にいる二人に『降りる』というジェスチャーを送る。

だが、二人から返って来たのは了承とは別の感情だった。

もちろんソージは感情を読み取ることなどできやしない。

だからこそ、気がつかなかった。

 

 

 

「ブラボー、ブラボー……」

「ッ!?」

 

 

 

()()()()()()から、男の声がするまでは。

ソージは後ろに下がって背中に手を回し、大剣の持ち手を握る。

いつでも斬りかかれるように。

 

「……誰だよテメエ」

「これはこれはソージ様。ご機嫌麗しゅう」

「なにが『ご機嫌麗しゅう』だよ」

 

ソージは警戒心を怠らない。

男が気球か何かで来たのなら話は別。ソージだってギルド職員かなーとか考えるだろう。

だが、男は違った。

 

体の至る所に掘られた稲妻のような刺青。

白と黒の入り乱れたチカチカする長い髪。

猛禽類を思わせる細長い瞳、そして……背中に生える龍のような翼と、頭に生えた禍々しい二本の角。

 

翼で降りて来た謎の男に、ソージは冷や汗を垂らした。

隙が見当たらない。というより、隙が多すぎて踏み込みに行けない。

 

「要件は?」

「要件など滅相も無い……!ただ被験体の様子を見に来ただけにございます」

「被験体?」

「足元のコレに御座いますよ」

 

そう言ってオストガロアを指差す男は、ソージに微笑む。

そしてソージの目を見ると、少し驚いた様子を見せた。

 

「なんと美しい瞳!ソージ様はオッドアイでいらっしゃるのですか?」

「んなわけあるか。それよりなんで俺の名前を知ってる」

「それはもう、ソージ様が名高くあられるからですよ。……こちらの方で」

「隠し方がベタなんだよ……。こっちに干渉しなけりゃなにもしない。さっさとどっか行け」

「そうさせていただきます。ところでリン様は……」

 

そうしてキョロキョロと辺りを見渡す男に、ソージは「リンも知ってるのか……」とため息を、つく。

その時にはすでに、大剣から手は離れていた。

男が被験体と呼んだこのオストガロアは、もうじきギルド職員が来て討伐される。

男もすぐに立ち去るようだし、相手がこちら狙いでないのなら戦うことに意味はない。

 

「下だ。下にいる」

「ほう。どれどれ……」

 

男は下を覗くと、案の定警戒しているリンに顔を綻ばせる。

まるで孫を見る祖父のような……。

 

「おお、リン様もお元気そうで。相変わらずお美しい」

 

否、執事のようだった。

 

「おや、お仲間がもう一人いたのですね。これは存じませんでし───」

 

そして急に、男が動きを止める。

その視線の先にはシャロ……正確には、シャロの角があった。

弓に矢をつがえ、無表情の中に焦りや緊張を滲ませるシャロ。

 

「───マガラ」

「ん?シャガルマガラ?」

「まさかここにいたとはなぁ、マガラッ!!!!」

 

覗き込んだ体勢のまま叫ぶ男に、ソージは驚き再び大剣に手を伸ばす。

自分に発せられた怒声にシャロは目を見開く。

当てられた殺気。条件反射で弓を引いてしまった。

 

風を切り裂く矢が、男の頰を掠めた。

切り裂かれた皮膚……それは、意思を持つかのようにうねり、混ざり、そして傷を塞いだ。

 

「忘れもしない……あの角……マガラッ!!研究所から逃げ出したお前が、よくもぬけぬけと俺の前に!!」

「そんな……人違い!私は何もしてない!あなたのことも知らない!」

「それはそうだろうなァ!ゴアの血を混ぜたお前が、成体に進化しているのだから!記憶ごとき、無くなって然る!!」

 

唾を撒き散らし、シャロに向かって罵詈雑言を放つ男。

その首に、神速の大剣がピタリと当てられた。

 

「そろそろ静かにしろよ」

「っ……ソージ様。どうやら、彼女にご執心のようで?……残念です」

「……なにが残念なんだよ」

「彼女が生きているとわかると、先程言ったことは破棄になりそうです」

 

男は立ち上がり、懐から容器を出す。

それは注射器だった。中に紫色の液体の入った。

 

「……それは?」

「こちらは血を濃くした、いわば薬でございます。オストガロアの」

「ンなもんどうするんだよ」

「コレにくれてやるのです。モンスター本来の、凶暴性を高めるために。ほれプスリと」

 

注射針はオストガロアの硬い外骨を、まるでスポンジでも貫くかのように貫通した。

紫の血が、オストガロアに注入される。

 

男が注射器を抜いた瞬間に、蒼い稲妻が走る。

大剣が振りかざされた。必殺の一撃。

 

「……っ!」

「おいたはやめてくださいまし」

 

止められていた。

大剣が、ソージごと空中で止められていた。

渾身の一撃が止められたらことに、ソージは驚愕する。

 

「せっかくですから、ソージ様やリン様も始末してしまいましょうか」

「なにを……言ってる……っ!!」

「ほれ」

「がっっっ、はッ!?」

 

ソージから大剣を奪う男。

支えがなくなったソージはオストガロアの外骨に激突し、肺の空気を全て吐き出してしまう。

男は大剣の端と端を持つと……。

 

「よっ」

「ッ!?」

 

大剣を、真っ二つに折った。

中腹から折られた唯一の武器の姿に、ソージの全身から力が抜けていく。

 

「あとそうですね……あ、そうだ」

「ぐっ……」

「その眼。義眼も頂いちゃいましょう!」

「ぐあああああああああっ!!」

 

胸ぐらを掴まれ、眼を抉られる。

 

「貴方も詰めが甘い!オッドアイだと言っておけば、そして能力を使わなければ!義眼だとわからなかったのに!!」

「っっっっっっがぁ!!」

「意外と硬いですね!もっと力を込めましょう!」

「ああああああああああああっ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────ぶちっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

「気絶してしまいましたか……未だ弱くあられる」

「……………………」

「しかし、この義眼はもともと我々の物……文句を言われる筋合いは……」

「ッ!!」

「おやリン様、ご機嫌麗しゅう。どうされたのです?そんな怖い顔をなさって。せっかくの可愛いお顔が台無しですよ?」

「黙れよ」

「おや、ワタクシは何もしておりません。単に、取られたものを返してもらうのみでございま───」

「良いから黙ってよっ!!……シャロッ!!攻撃を!!」

「知らない、私は……なにも……うう」

「マガラは傷心にようですな?」

「マガラって何!?あの子はシャロ!いけすかないけど、ソージくんのことをいつも一番に考えてる、私よりもずっと凄い子なんだから!」

「お美しい。女性同士の友情というやつですな?ワタクシそういうの好物でございま───」

「うるさいって言ってんだよ!!」

 

………………。

 

「その眼はソージくんの物だッ!最初から、お前なんかの物じゃない!」

「言って良いことと、悪いことがございますよ?」

「きゃあ!!」

「リン様。この義眼は最初からワタクシの組織の作ったものにございます。それを盗んだのはソージ様にあられます」

「うるさい!!うるさい、うるさい……!!」

「時に、ハンターとは常に命を賭けている職業とも言います。ソージ様がたまたまワタクシに眼を抉られても、それは犯罪ではなく事故なのですよ。……ソージ様が、リオレウスに眼を焼かれたように」

「え……?」

「なんでそんな事を知って、といったご様子ですな。ならばお教えしましょうか?」

 

…………………………。

 

「な、何を?」

「真実を。まぁ多少の秘密はそのままですが」

「真実って……?」

「ご所望ですか。ではまず、ワタクシの組織からお教え致しましょう……」

 

……………………………………ヒーローとは、諦めの悪い生物である。

誰も、聴いていなかった。

ガリッと、何がが噛み砕かれた音を。

 

「じゃあいらない。私は知らなくていい」

「おや?真実をご所望では?」

「それはソージくんが知るべきこと……私は、それを知らなくていい……。なぜなら、私はソージくんの虜だから」

「ほっほっほ。左様でございますか」

「私個人としては、こう思うよ?この世には───」

 

穴が、肉に埋まる。

義眼を装着する前の、見るも痛々しいその姿。

 

暗雲が立ち込めた。

雷が鳴った。

オストガロアの巣の中で。

 

「───ソージくんだけいればいい」

 

ピシャアアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

雷が、一人のハンターに落下した。

 

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