異世界ハンター放浪記   作:翠晶 秋

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39話 賢者の瞳

それは、深夜の零時を過ぎた頃。

船の甲板であぐらをかいて睡眠をとっていたソージの目が開く。

 

「できたのか」

「うわっ。あんたずっと起きてたの?」

「寝ていた。睡眠は浅かったがな」

 

ソージの単眼が、少女を射貫く。

眼帯は外していた。

 

「ま、寝ていてもはたき起こすつもりだったけど」

「さいで」

 

少女は鉄の盆の上に球体を乗せていた。

 

「それが?」

「えぇ。ようやく実用段階まで進んだわ。……でも、これは危険すぎるわ。あなたなんかに使いこなせるかしら?」

「同じやつを使ってた。使い方も、装着の仕方もわかってる」

「……そう」

 

ソージは眼球を受け取り、月明かりにかざす。

より一層、蒼い色をしていた。

 

「……ねぇ」

「なんだ」

「気に留めないのね。私が、まだ高圧的なことに」

「別に。そう簡単に変われるような人間がいたら逆に怖い」

 

甲板に、プロペラの音だけが響く。

飛竜と遭遇しないように雲の上を征く龍識船の甲板に月明かりだけが流れる。

風の無い夜だった。

 

「それ、いつ使うの?」

「明日の昼、誰もいないところで使う。シャロにもリンにも教えない」

「そう。……それじゃあ、どうしてこれを使おうとするの?」

「質問が多いな」

「暇なのよ。やけに目が冴えちゃって」

「……風呂、入ってないだろ。入れば眠くなるかもしれんぞ」

「その前に質問に答えてもらうわ」

 

ソージは揺れねぇ、と舌打ちする。

 

「顔面に一発入れたい相手がいる。それだけだ」

「……ふぅん」

 

ソージは空を仰いだ。

冷たい夜風が肌を刺す。

 

「……もともとは他のやつ使ってたんだ。けど、そいつに負けて、目をえぐられた。だから代わりの物が欲しくてな」

「目を……」

「その前はリオレウスに目を焼かれたな。もう目が無くなることに慣れたが、やっぱりあるに越したことはないしな」

 

らしくない。ソージはこの戦いが終わりに向かっていることを実感していた。

あの男が何を考えていて、何を知っているのかわからない。

ただの勘だ。だが、その勘にいつも支えられてきた。

 

「もう寝ろ。湯でも浴びて寝たほうが肌のためだぞ?」

「……そうね。そうすることにするわ」

 

何も言うことができない。少女の口は開かなかった。

彼は安泰だ。ハンターとしても優秀で、かつ愛らしい伴侶もいる。若干一名どこに向かっているかよくわからないのがくっついているが……。

 

「……死なないでよ」

「さあな」

 

彼がなにか強大な何かと戦っていることはわかる。

それはどんなモンスターだろう。今も未確認の怪物が出てきているこの世の中で、どれほどのものと戦っているのだろう。

彼女には知る由もない。

 

少女が甲板から消えたのをしっかり見届けてから、ソージはもう一度深く息を吸う。

新たな眼球が、ほんの少し残ったソージの蒼電にパリと鳴った。

 

 

 

 

「ソージがいなくなった……?」

 

慌ただしく活動をする龍識船の甲板で、早朝、竜人の少女は途方に暮れていた。

今し方リンより伝えられた事実をどうにか理解しようと、小さな頭で必死に考えるが、導き出される結論は「長い長いトイレに行った」ということしか思いつかない。

 

「……ソージも人の子。生理現象は仕方がない」

「トイレには誰もいなかったんだよ!」

「……え?リン、まさか男性トイレに……」

「え?あっ、入ってないから!男性の乗組員に捜索してもらったんだよ!」

 

だとしたら、だいぶ難解な事件である。

どんなときもシャロのそばを離れなかったあのソージが、正妻に報連相もせずに失踪するだろうか。

 

いいやしない!だったら私は待つのみ!

 

「多分……あの……長いトイレだから……」

「だからトイレにはいないって」

「あの……地上だから」

「只今現在進行形で飛行中ですけど!?」

「ソージなら降りかねない」

 

目を逸らしまくり苦し紛れに呟いた一言にリンは「そんなこと……あれ?否定が……」と遠い目をし始めた。

どうにかこの変なのは対処できたが、ソージが何も言わずにどこかへ行くのはおかしい。

となるとやっぱり原因と考えるのはあの女なのだろう。

 

「そこのあなた」

「……え?私?ってあなた、昨日の……」

「ソージが急にいなくなった。原因を教えて」

「えぇ?知らないわよ。……唯一心当たりがあるとすれば、昨晩渡したあのアイテムかしら」

「眼のこと?もう終わったの?」

「えぇ。今日の昼に、誰にも伝えずに一人で使うって言ってたけど……なに?まさかこの船から降りたとか言わないでしょうね?」

「ソージならやりかねない」

 

少女は目頭を揉んでごめんなさいと呟く。

この反応を見るに、ソージは降りたということで間違いがなさそうだ。

シャロは腰から畳んであったヘビィボウガン、バイナクルラを組み立て、船のへりに乗せて地上を見下ろした。

 

「えっちょ、なにしてるのシャロちゃん」

「リンはじゃましないで」

「えぇ……!」

「昨日の風の強さと、寝た時の船の位置はもう少し後ろで、その間の……」

「えなにこの子もしかして船の移動を計算に入れてソージくんが落ちたところを当てようとしてるの……?」

 

そしてそのスコープは、原生林に当てられる。

ソージが着陸した位置から一番近く、人があまり来なさそうな場所。

ソージは集中できる場所を探し求めてモンスター蔓延る原生林に足を運んだのだろうが。

 

───奴から逃げられると思うな。

 

口を三日月の形に広げたシャロを見て、微妙そうな顔をするリン。

もしやこのムスメ、自分もよりもストーキングの才能があるのでは……。

 

「それじゃ、原生林にいくから」

「あ、私も行く」

「原生林?やめときなさい、あそこは今気性が荒いディノバルドが住み着いているの。アイツならけろりと生きてるわよ。それに、原生林近くには船を止められるキャンプも無いし、まずは現目的地の村まで行ってからキャラバンで……」

 

シャロとリンは荷物を広げた。

 

「……一応言っておくわ。やめなさい?ねぇ、死ぬわよ?」

「死なない」

「死にきれないもんねー」

「そういう問題じゃないのだけれど!!」

 

砥石よし、弾丸よしと平然と確認作業を始める二人を前に、「あぁ、なんて人達のリーダーと関わってしまったのだろう」と名も知れぬ少女は頭を抱える。

もう金輪際、大きな戦果を挙げそうなハンターをサポートし、世に名を残すという夢は諦めよう。初心者ハンターとかのサポートそてあげよう。そう心に決心したのだった。

……後に初心者サポートのプロとして世に名を残し、ギルド長の右腕と呼ばれるまでに出世することになるのだが、まだその未来を彼女は知らない。

 

「よし行ってくる」

「ごめんね、船長さんに降りてくって伝えて置いて」

「えっ本当に行くの!?ねぇ、高確率で死ぬと思うのだけど!!」

「ならば底確率を引くまで。とう」

「ちょっとおおおおおおお!?」

 

落下し、目の前から消えた二人に度肝を抜かれた少女が身を乗り出すも、すでに二つの陰は豆粒ほどとなっていた。

 

「……はぁ、胃薬が必要だわ……」

 

賑やかな甲板に一人取り残された少女は、腹部を押さえながらそう呟いた。

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