未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

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唐突過ぎる異世界トリップ。






序章:原作開始前編
0:柊未明の世界再誕


その日、少年は一筋の流星を見た。

 

少年の住処は流星という名のつく街だったが、空気が澱んでいるせいか、ぼおっと夜空を見上げたことがないせいか、それまでそれらしき流星を見たことがなかった。

だが“それ”は否が応でも少年の、いや少年を含む全ての街の住人の視界に無理矢理入り込んで来る程に眩かったのだ。

夜空を見上げていた訳でもないのに、室内にいたのに、強制的に眼球に差し込んでくる光。

赤い光だと認識した次の瞬間には、強過ぎる光刺激の為に視神経が一時的にいかれてしまった。

 

何起きたのか分からず真っ白で何も見えない状態の中、次に聞こえたのは体を震わせる轟音。

これも音として認識するより先に、振動として体に伝わって来る程大きかった。

まさか、と少年は思った。

どんなものでも流れ着く街だが、星までが流れ落ちてくるなんて。

 

一般的に、空を流れる星は地上に落ちない。

地上に落ちる星のことは隕石、と呼ぶのだが学んだことのない少年には知る由もなかった。

 

 

だがともかく、少年は未だチカチカする目を押さえながら自分の住処であるトタン屋根の小屋を出た。

狭い往来には一体何が起きたのか、と首を傾げる街の住人達が溢れている。

今はまだ夜明け前。

眠りについていた人がほとんどだったのだろうが、あれだけの光と音が届けば嫌でも叩き起されるというものだ。

 

向かいに住む顔見知りの男に何が起きたのかと尋ねてみれば、何かが空から落ちてきた、そして今は屈強な男達の何人かが確認しに行っている、とのこと。

普段は口下手な男が珍しく興奮した様子で饒舌に話してくれた。

この男は昔天文学か何かを学んでいたらしいが、そのせいだろうか。

だが少年は、星についてペラペラと熱く語る男などどうでもよかった。

ただ今は、あいも変わらずつまらなかった自分の目覚めをぶち壊した“流星”に興味があった。

廃棄物から金になりそうな物を拾ってそれを売る生活している少年と、同じ様にゴミ拾いで日銭を稼いでいる周辺住民。

それ故に周りがコソコソと起き出す音で、いつも少年は微睡みから覚めるのだ。

1度でいいから違う目覚めをしてみたい、そう思っていた少年にとって先程の目覚めは深層で願うものとは幾らか違えど、それなりに満足のいくものだった。

あくまで少年が本当に願っているのは、顔も知らない母親に朝起こしてもらうことだったのだが、しっかりとは自覚出来ていなかった。

 

 

唐突に人混みの前の方でどよめきが上がる。

少年は細い体を活かして、人と人の間をするりと通り抜け最前列近くまで到達する。

人間の肉壁を押し退け、低い身長ながらも必死に背伸びをして、すぐ目の前にいる筈の“何か”を見ようと躍起になる。

何故か立ち尽くす巨体の男の背に半ばよじ登る様にして、少年はやっと前を見ることに成功した。

 

そこで少年が見たのは、白目を剥いて地面に転がされる屈強な男達と、その男達の真ん中で悠然と微笑む紫の長髪の少女だった。

ぐるん、とその少女が首を動かし、赤黒く底光りする両目を彷徨わせる。

そんなに面白いものでもあるのか、少女は辺りを鼻歌交じりに見渡している。

 

ふとこちらを向いた。

そして目が合った。

少年が視線を外せない威圧感のまま、少女は嬉しそうに笑みを深くした。

 

「ねえ、貴方」

血でも塗った様に赤い唇を開いて、少女は確かに少年に声をかけた。

少年に近付いてきて目の前で呼んだのではなくても、少年にも周りの人間にも、彼女が少年を指名したのは分かった。

「貴方なら私の質問に答えてくれるかしら」

行けよ、と後ろから誰かに背中を押され、少年は少女の前に転がり出る。

みっともなくヨダレを垂らして倒れ伏す男の隣に膝をつき、少年は自分の背中からどっと汗が溢れ出るのを感じていた。

この少女は異常である。

全身から立ち上る気配が異様に禍々しく、力自慢の男達が無惨に地面に転がっているのも彼女のせいなのだろう。

危険を早くに察知して警鐘を鳴らすブザーが頭の中で鳴り響いている。

だが少年は、蛇に睨まれた蛙の様にそれ以上動くことが許されなかった。

 

「ここはどこ?」

「······流星街」

思ったよりも少年の口は滑らかに動いた。

限界を超えた恐怖は逆に、少年の心にある種の覚悟を抱かせていた。

「そう。スラムの様なものかしら。

···変ね、やっぱりそんな名前に聞き覚えはない。」

少女は眉を寄せて、残念そうに肩を落とす。

「ところで貴方、刀っていう武器を知ってる?」

こんな風に長い奴よ、と示してくれたのだが、そもそも少年は彼女の言うカタナという物がよく分からなかった。

東国ジャポンで使われている武器らしいが、実物を見たことがないため説明も出来ない。

昔そのカタナとやらを使う強い男がこの街にいた、そう聞いたことはあったのだが。

「カタナ···?」

「刀を知らないの、そう。いいわ、大体分かった。

貴方は私に攻撃してこないのね。助かった。ありがとう」

少女は地面でまだ伸びている男達を溜め息をつきながら見下ろす。

 

 

「お姉さんは流れ星なの?」

つい、口をついて出た疑問。

まだ大人になりきれない少年は、やはり自身の好奇心には勝てなかった。

言い様のない恐怖より、全身を潰す様な威圧より、少年の好奇心は強かった。

 

「···私、流れ星なの?」

大きく目を見開いて、少女は逆に問いかける。

「さっき、流れ星が落ちてきた。

真っ赤な光と、大きな音と一緒に。

ここは、多分その流れ星が落ちた場所だから」

「······なるほどね。

ああ、そういうこと」

少女は少年の答えに驚いた様子だったが、少しして要領を得たのか小さく頷いた。

「なら仕方ないわ。

この人達が私に飛びかかってきた時は何事かと思ったけど、そう、それなら仕方ないわね。

流れ星が何かが落ちてきたと思って様子を見に来たら、私が立っていたんだもの。

きっと宇宙人か何かに見えたのね」

ごめんなさいね、と足元に転がる男達に対して小首を傾げて詫びる。

全く思ってもいないのが丸分かりの口調で。

 

「お姉さんは···何?」

自分は流れ星でも何でもない、そんな口振りの少女に対し、少年は再び疑問を投げかけた。

「──────ただの化け物よ。

何にもなれない、人間にもなれない、ただの半端者。

···あーあ、遠くまで来ちゃったなぁ」

その瞳に映るのは郷愁か哀愁か。

少女の顔はそっぽを向いてしまい、残念な事に少年には分からなかった。

 

 

「あら、日が昇るわ」

再び少年の方を振り向き、地平線から昇りゆく太陽を指さした。

「綺麗ね」

同意を求めている様な言葉の癖に、綺麗だとは露ほどにも思っていない口調で囁いた。

「ほんと、この世界でも堕としてやりたいくらいに綺麗だわ」

太陽がその姿を現すにつれ少女から消えていく威圧感に少年は安堵しながらも、何故だか先程とは違う恐怖を感じていた。

 

今少年の目の前に立っているのは、くすくすと可愛らしく笑う普通の少女である。

ただの無害な少女である。

紫がかった灰色の髪が真っ直ぐ背中に垂れ、見慣れない服装だがその短めのスカートから伸びる長く肉付きの良い足はやけに妖艶で、白い肌が朝焼けに美しく映えている。

どこを取っても文句のつけようがない洗練された美少女がそこにいた。

汚いものも、穢れたものも、何も知らないかの様な清純な顔で愛らしく笑っている。

しかし彼女の倍はあろうかという体格の男達が、丸太の様に転がっているのは他でもない彼女の仕業によるものだ。

そうは見えない、到底想像出来ない事実。

そのことが酷く少年には恐ろしかった。

 

目に見える恐怖ならば良し、本能で感じられる恐怖も良し。

だが無害にしか見えない、そうとしか思えなくさせるこの少女は、一体何なのだろう。

一体、どうすれば良いのだろう。

 

 

「そうだ、私お腹が空いてるんだった。

いい場所知らない?」

声にはっとして前を見れば、少年の鼻先には少女の整った顔があった。

「あ、えと、その、あの、」

耳年増な癖に実体験がほぼない思春期真っ只中の少年は、思わず耳まで赤くして後ずさる。

「あは、可愛い。

グレンも深夜もこの位の可愛げがあれば良かったのに」

少女はふわりと笑い、少年からゆっくり離れていく。

「あ···」

さらさらと揺れる紫の髪が美しくて、それが遠くなるのが少し残念な気がして、ついつい少年は手を伸ばしそうになる。

 

「まずは腹ごしらえしてから考えることにしようかな」

この場所の事も知りたいし、と少女は少年の隣に立つ。

案内してもらう気満々なのが丸分かりだが、少年はここで疑問が1つ。

「···お姉さん、お金持ってるの?」

「······奢ってくれたりする優しい子はいないかなぁ?」

きっかり5秒の沈黙の後、両掌を組んで顎の下に持っていき首を傾ける。

そうしてきゅるん、という可愛らしい音が聞こえそうな笑顔を弾けさせ少女は少年を見つめてくる。

 

今目の前で笑う少女に対して少年はまだ恐怖を抱いているし、そもそも流れ星の様に突然落ちてきた得体の知れない存在である。

金を貸してやる義理はどこにもないのだが、余所者も怪しい者も簒奪者にならない限り受け入れるのが流星街だ。

それに何より、どうしても嫌だと言えない程少女は魅力的だったのだ。

「···後で返して欲しいな、お姉さん」

「うん」

申し訳なさや罪悪感がまるでゼロの即答に対し、いや返す気ないでしょ、とツッコみたくなる少年であった。

 

少年は美しい少女に少し見栄を張りたくて、金の入りが良い時に使う飯屋へと少女を案内して歩き出す。

そんな普通の様子を見て、流星街の住民達は何だ新入りか、とこちらを見ながらも人混みから抜けていく。

最前列以外は少女の異常性を直接見ている訳ではない。

今柔らかな微笑みを浮かべて歩いている状態では、そんなこと想像もつかないだろう。

だから、夜明け前に人々を叩き起した眩い光と轟音の正体を知らぬまま、特に何事も無かったと思ったまま普段の生活に戻っていく。

だが今日この日から、自分の人生は少しだけ変わるであろうことを少年は予想していた。

期待ではない。

されど絶望ではない。

単調な生活という名の凪いだドブ沼に、唐突に空から投げ込まれた石は大きな波紋を描く。

 

 

赤茶けた飯屋の看板の前で、少年はふと思い出した。

そういえば名前をまだ聞いていなかったな、と。

「お姉さん、名前は?」

 

ざあっと砂埃が舞い、少女が軽く紫の髪を押さえる。

その風が止むのを待ち、それから少し迷った様に少年に薄茶色の瞳を向ける。

少年が辛抱強く待っていると、少女は諦めた風に赤い唇をはくりと開く。

 

「─────柊未明。

···ああ、この世界ではこうじゃないのね。

ミメイ=ヒイラギ。それが私の名前よ」

「ミメイ···」

少年が復唱するのをくすりと笑って、すっかり昇った太陽を見上げる。

「そう。未だ明けない夜、それが私の名前。

ちなみに私の双子の姉は真昼っていうのよ」

「マヒル?」

名前としては聞き慣れない言葉に対し首を傾ける少年。

「そう、お昼ご飯食べる真昼」

昔、遥か昔に、その双子の姉が愛する男に言われたという言葉をなぞってみる。

 

「さて、私はそろそろ朝ご飯を食べたいんだけど。

んー、さっぱりね。どれも分からない」

自身の短いスカートを気にもとめずしゃがみこんで、地面近くに貼られた適当なメニュー表を見やる。

あらわになる白い太腿からそれとなく視線を外した少年は、飯屋のドアを開けながら物知り顔で語り出す。

「そうだなー、ミメイお姉さんはどんなのが良い?

ここのおすすめはさ、」

 

 

そんな少年に続いて少女───ミメイは立ち上がる。

 

 

唐突に流星の様にしてこの街に落ちてきた彼女は、まだ何も知らない。

それでも彼女は知っている。

何も分からないからといって、ただ泣いてうずくまっているだけでは誰も助けてくれないと。

必要なのは力である。

だから彼女は立ち上がる。

何も分からなくとも、自分の力で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────これは、真っ直ぐに歪みながら破滅へと向かう物語である。

 

 

 

 




真昼さんの双子の妹ですからそれなりにお強いんでしょう?
ただしチートとは言い難い。


この後散々たかられる少年はモブです。
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