未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

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今回は過去編です。
終わりのセラフの小説「一瀬グレン、16歳の破滅」のネタバレを含みます。
特に1巻と6巻部分です。

性別バレは次回に期待です。たぶん···。




10:貴方に願う夢浮橋

ああこれは夢だ。

まず始めにそう思った。

次にどうしてこんな夢を見るのかを考えた。

自ずと、すぐに答えは出た。

ああそうか、グレンとクラピカを重ねたから。

だからこんな夢を見る羽目になるのだ。

 

でも今だけはそれも悪くない。

夢と現実の狭間で、今夜も隣で寝息を立てるクラピカの暖かさを薄ぼんやりと感じながら、ミメイは夢に身を委ねた。

 

 

 

 

──────────

いつから自覚したのかは未明にも分からない。

気付けば真っ白な世界で未明は、長い金髪を川の様に地面に垂らしている幼子と向かい合っていた。

「あなた、だれ?」

舌っ足らずの口調で未明が問えば、俯いていた幼子は顔を上げた。

『君まだこんなに小さいのにね。もう僕を認識するんだぁ。』

乱れた金の髪の向こうに覗くのは2つの赤い目。

最近の訓練ではもう見慣れてしまった血の色である。

 

「?」

『あは、まだ分からないよねぇ。

うーん、今の君を食べたって美味しくなさそうだ。まだ欲望が育ってないからね。

仕方ない、若紫を育てた光源氏に倣って僕も君を僕好みに育てよう。』

「そだてる?」

『そうさ。まだ君は小さいから。

もっと大きくなって僕の素敵なご飯になって貰わなくっちゃ。

じゃないと、別世界にまで召喚された上に赤子に混ざって生まれてきた甲斐がないからね。』

開かれた赤い唇の隙間に見えるのは白い牙。

それをじっと見ていれば、赤い目を光らせる金髪の幼子は未明の小さな掌を握った。

『またおいで。僕の可愛い宿主ちゃん。』

 

 

言った意味も分からないまま未明は白い世界から追い出され、次に目を開けた時に見えたのは、頬を膨らませた双子の姉である真昼だった。

「もう未明、寝ないでよ。

今夜は一緒に行こうって言ったじゃない。」

早く早く、と手を引く真昼に急かされてふわふわ夢見心地で部屋を出る。

「ねえ真昼、もう深夜だよ。やっぱりやめない?

見つかったら怒られるのは私なんだから。」

コソコソ声で真昼に耳打ちするが彼女は聞く耳持たずであり、足は止まることなく動き続け、遂には暗い森の中に2人揃って足を踏み入れてしまった。

 

「真昼ってば。」

訓練で暗闇は慣れている。

それでもこの森は想像以上の暗さである。

恐れを誤魔化す様に真昼の手をギュッと握った。

「グレンに会いたいって言ったのは未明だもん。

それに、1人より2人の方が柊が嫌がるでしょ?」

「そうだけど···。」

無邪気に森の中を進む真昼とは対照的に、未明の顔は晴れない。

 

今未明達が過ごしている屋敷の近くに一瀬家が所有する施設があると聞いて、柊家に殺された母の仇として一瀬の子に近付いてやろうと最初に提案したのは未明である。

母を殺した柊家を真昼と未明は嫌っていた。

その柊家を率いる現当主柊天利、父のことも嫌っていた。

だがそれを堂々と叫ぶことは許されない。

だから小さな抵抗として、柊家が嫌い父が嫌うクズの一瀬の子に近付いて、柊家の面子を潰してやろうと考えたのだ。

真昼はその考えをいたく気に入ってこの前実行し、そして今度は未明も誘っている。

というより現在進行形で実行されている。

 

未明だって、真昼が何度かコソコソ会いに行っている一瀬の子が気にならない訳ではない。

双子の妹である自分以外に心を開かない質だというのに、あっさりとその一瀬の子を気に入ってしまった。

いつも隣にいる大事な半身を取られた様な気がして、未明はなんとなく一瀬の子が気に入らない。

会ってその面を拝んでやろうか、だが会ったら負けな気もするし······、とそんな葛藤を繰り返している。

 

 

「ほら未明、あれがグレン。」

木立の向こうに小さな人影を見つけた途端ぱあっと華やぐ真昼の顔。

こういうのを“恋する乙女”、そう呼ぶのだとおマセな未明は知っている。

「やっぱりいや。私会いたくない。」

「そんなこと言わないで。もうここまで来たんだから。」

グイグイ未明の手を引っ張る真昼。

ほんの数時間早く生まれただけだというのに、未明より真昼の方が身体能力は高い。

結局未明の体はズルズル引き摺られてしまう。

 

「やだ。だって真昼、私が隣にいても一瀬の子とばっかり話すでしょ。

それなら私、最初からいない方が良いもん。

そんな真昼、見たくないもん。」

あー、と最後まで抵抗して一瀬の子から顔を背けるが、逆にその一瀬の子に顔を覗き込まれてしまう。

一瀬の子の癖毛がふわりと揺れて、そのキラキラと輝く黒い瞳と目が合った。

「グレン、これが双子の妹の未明。いい名前でしょ?」

「そっくりだね。」

予想通り親しげに声を交わす2人を邪魔してやりたくて、不機嫌さを隠さない声で未明は自己紹介をする。

「······『昨日未明、渋谷区のマンションで遺体が発見されました』の未明よ。

よろしくしたくないけど、よろしくね。」

「未明って、変わってる。」

キョトンと首を傾げて一瀬の子が可愛く笑った。

「未明は真昼のことが好きなんだ。」

「当たり前よ。」

一瀬の子に問われて、未明は真昼の手を強く握りしめる。

「だから一瀬の子なんかにはあげないんだから。

真昼は私のなんだから!」

バーンと宣言して真昼の腕に自分の腕を絡ませる。

「···わあ。」

少し引いた目を向けてきた一瀬の子────グレン、困った様に笑う真昼、そして私未明の3人が一堂に会した、初めての夜だった。

 

 

 

それから数ヶ月。

真昼と未明は毎日大人達がいない時間を選んで毎日グレンの元に足を運び、色々な話をした。

 

「ねぇグレン。」

「ん?」

「グレンは何色が好き?」

「未明は?」

「なんでそこで私に聞くの?ええっと、紫とか赤とかかな。

グレンは?」

「さぁ。」

 

「ねぇグレン。」

「なに?」

「訓練が嫌になることってない?」

「それは、ないかな。みんなに期待されてるし。」

「私はあるよ。真昼と離れなきゃいけない訓練が嫌。」

「私も未明と離れるのは嫌よ。」

 

「ねぇグレン。」

「ん?」

「グレンは恋したことある?好きな女の子とかいないの?」

「それは······」

「じゃあ未明は?」

「······どうだろ。でもね、私は真昼が好きだよ、大好き。」

 

「ねぇグレン。」

「······。」

「ねえねえグレン。」

「ねえグレンってば。私と真昼、どっちも無視して楽しい?」

「···なに、真昼、未明。」

「グレンは将来どんな男の子になりたいの?」

「やっぱり強くなりたいの?」

「あー、まあ未明の言う通りだけど。」

「強くなったらどうなるの?」

「え?うーん、どうだろ。何でも出来るんじゃないかな。」

「そうだねグレン。私もそう思う。」

「えー、そうかな未明。

だって、今ケーキ出してって言ったら、出せるようになるの?」

「それはたぶん、出来ないけど。」

「「じゃあ全然なにも出来ないじゃーん。」」

「おい未明、君な···。」

 

「ねえ、真昼と未明は将来どうなりたいの?

2人とも俺に聞いてばかりだから。」

「私はねー。そうだなー。まず可愛いお嫁さんになりたいでしょ?」

「真昼をお嫁さんに貰うのは私。」

「姉妹じゃ結婚出来ないよ、未明。未明のことは大好きだけど。」

「そんなの嘘だもん···。」

「だからグレン、私を可愛いお嫁さんにしてね。」

「「え」」

「グレンの可愛いお嫁さん。それが私が将来なりたいものだもん。」

「···今すぐ辞退してよグレン。

私のお嫁さんになる方が真昼は可愛い。絶対に。」

「待って未明、話せば分かる。」

「問答無用。」

「こら、未明!グレンに馬乗りになっちゃ駄目でしょ!」

「止めないで真昼。今グレンを消さなきゃ。」

「落ち着いて未明、話せば分かるから!」

 

 

けれどもそんな穏やかな日々は永くは続かない。

毎晩毎晩抜け出していた真昼と未明は、行方不明扱いされて血眼になった帝の鬼に探された。

その余波は一瀬家にも、まだ幼いグレンにも及び。

帝の鬼の人間に尋問されて蹴られるグレンから離れたがらない真昼の手を無理矢理引いて、未明は自分達2人の痕跡を消して逃げ出した。

そうするしかなかった。

今2人がグレンの前に出て行けば、きっともう会えなくなるから。

 

 

未明は夜に抜けだそうとする真昼を止め、数日後の昼間大人達の目が離れた隙に真昼を送り出した。

「未明は?」

「私が囮になるから。今のうちに真昼が行ってきて。」

たぶん、グレンも私より真昼に会いたいから。

そんな言葉は飲み込んで、未明は真昼を見送った。

 

未明にとって1番大切なのは真昼だ。

それは今も変わらない。

けれど次に大切なのは、いや同じくらい大切なのは今やグレンなのだろう。

同年代の子供を、自分にかしこまった態度を取らない子供を、他に未明は知らなかった。

だから、唯一絶対だった真昼以外に大切な存在が出来てしまった。

どちらも大切だ、そんなことは分かっている。

出来ることならば今のままでいたい、そんなことも分かっている。

けれどそれは許されない。

真昼はグレンが好きで、グレンは真昼が好きで。

きっと未明は、2人にとっては次点なのだ。

未明はどちらのことも大切で、真昼の言葉を借りるならどちらとも結婚したいくらいに大好きで。

そして大好きな2人が想い合うのなら、きっとそれは素敵だと分かっていて。

でもこれは、本で読んだ通りに名前をつけるのなら、“失恋”というのだろう。

 

「あーあ。未明ちゃん、6歳にして失恋かぁ。」

『諦めちゃうの?』

グレンに会うようになってから頻繁に夢の中で出会うようになり、起きている時でも時折話かけてくる金髪の幼子、その子のクスクス笑いが頭に響く。

「だって真昼とグレンは、お話の中のお姫様と王子様なんだもの。

囚われのお姫様は強くなった王子様に助けられなきゃいけないんだよ。」

『じゃあ未明は?』

「···私は、お姫様を助ける魔法使いで十分だよ。

お姫様と王子様が結ばれるのを手助けするの。」

今頃森の中を駆けているであろう真昼の気配を術で隠し、柊家の式神に感知されないよう誤魔化した。

ほら、魔法使いみたい。

 

『嘘つき。ほんとは自分もお姫様になりたいくせに。

同時に王子様にもなりたいくせに。』

嫌な笑い声、とても嫌な笑い声だ。

未明の全てを見透かした様に笑っていて、心がザワザワしてしまう。

「なんで貴方はそんなこと言うの?」

『僕は鬼だからね。君の心に湧き始めた欲望を育てるのさ。

真昼が欲しいグレンが欲しい、だから力を寄越せ。

そう君が言うのを待ってるんだよ。』

「意味が、分からないよ。」

愉しそうに笑う声は理解不能で恐怖さえ感じる。

けれども何故かその声に惹かれている自分がいることにも未明は気付いるのだった。

 

 

 

そしてあの日がやってくる。

 

夢の中で揺蕩うミメイは、ぐるりと反転した景色に小さな笑いを漏らす。

 

あの日が来る少し前までは、どんな夢でも叶うと思っていた。

好きな人達と一緒にいて、欲しいものを手に入れ、毎日を笑って生きる。

この腐った柊家の中でも真昼と一緒にいれば、グレンと一緒にいれば、きっと叶う、叶う筈だと自分に言い聞かせていた。

簡単ではない。

とても難しい。

でもきっとどうにかなると信じたかった。

今のまま、生きていけると信じたかった。

自分の想いは散り散りになっても、せめて真昼とグレンは一緒になれると信じたかった。

 

「ねぇグレン。」

「グレン···。」

「······」

「ねぇ、一瀬グレン。」

「聞いてる?」

「うん?」

「あの···私達さ···」

「······」

「大人になったら···その、私達、結婚出来るかな···?」

「真昼とグレンは結婚出来る。私、結婚式で愛を確かめる神父役やるつもりなんだから。」

「未明···。」

「出来るよ、きっと。せめて真昼とグレンは一緒になって欲しいよ。」

「·····。」

「ありがとう、未明。

それで今みたいにさ、3人でずっと一緒に、いられるよね?」

「そうだね真昼、······一緒に、いたいね。」

青い芝生の上。

雲のない、抜けるような空の下。

真昼を真ん中にして3人で手を繋ぐ。

 

「無理だよ。」

グレンが突き放す様に、それでいて泣きそうな声で呟いた。

「どうして?」

真昼の声が震える。

「分かってるだろ?」

「私の···家のせい?」

「柊家の、せいなんだね。」

悔しい、悔しくてたまらない。

「俺は分家で、お前達は本家。しかも真昼は当主候補だ。

未明だって、真昼の双子の妹なんだ。これから当主候補になるかもしれない。

とても釣り合わない。」

「でも、でもそんなの関係···」

「あるよ。」

遮る様にしてグレンは言う。

真昼は黙り込み、ポロポロと涙をこぼす。

未明はなんと言って良いのか分からず、ただ強く真昼の手を握りしめた。

真昼の息遣いが乱れ、未明の手をきつく握り返してくる。

きっと真昼のもう片方の手でも同じことが起こっているのだろう。

 

皆分かっていた。

無理だと分かっていた。

それでもまだ、信じていたかったのだ。

 

「いたぞ!真昼様と未明様だ!」

「また一瀬のところのガキが、お二人を連れ出したのか!」

遠くから声が聞こえた。

これが最後だ。

現場を直接押さえられてしまったら、もう二度とこんな風にグレンに会うことは許されない。

「お迎えだ。」

「私···グレンと離れたくないよ。」

「······。」

「グレンと未明と、3人でいたい。」

「真昼、」

「私···わたし······」

また真昼が涙をこぼして、その真昼が何故かボヤけて見えて、ただ真昼の手を強く握った途端、グレンの小さな体が吹っ飛んだ。

真昼と未明を迎えに来た大人達が、グレンを殴り飛ばしたのだ。

 

「やめてぇえええええ!」

「お願いだから、やめて!お願い···。」

叫んでも叫んでも、目の前でいとも容易く行われる行為は止まらない。

小さなグレンの体は抵抗する余地を与えられず、ぐたりと地面に転がって大人達に殴られ続ける。

ぼんやりと、焦点の合っていない虚ろなグレンの目が真昼と未明の方を見て。

それに何かを返す暇もなく、2人は大人達に腕を引かれる。

「グレン、グレン、ごめんなさい、ごめんね、ああ···ごめんなさい······!どうして?やめて、いや······。ごめんなさい、ごめんなさい!」

「いや、だ、やめて、真昼とグレンを引き離さないで、ごめん真昼ごめんグレン。ごめんなさい···、ごめんなさい······。」

声が枯れる程に泣いても哭いても、それは大人達には届かない。

 

 

 

その晩、グレンと引き離された日の晩、未明は再び白い世界にいた。

座り込む未明の前には、同じ様に座り込む金髪の幼子。

『やあ未明。今何が欲しい?』

「···。」

『正直に言ってごらんよ。僕は何でも、君の望みなら何でも叶えてあげるよ。』

未明を誘う優しい甘い声。

「私は、3人でいたい。真昼とグレンに一緒にいて欲しい。

そこに私がいればいい。」

『謙虚だねぇ。もっと正直に言っていいのにさ。』

幼子の手が未明の頬にそっと触れ、柔く撫でた。

 

『ねえ未明、言ってごらん。何が欲しい?』

「私は、」

白い世界に墨汁が垂れる。

ポタリポタリ、一滴二滴。

 

『ほら、思うがままに言ってみて。』

「私、」

墨汁よりももっと濃い、黒いどろりとした何かが白い世界を侵食していく。

それがどうしようもなく恐ろしいのに、変な恍惚感に上り詰めてしまい待ち望んでいる自分がいる。

 

「欲しい、の。」

『何が?』

「真昼もグレンも、どっちも。

私達が3人でいられる場所が欲しい。柊家が邪魔しない場所が欲しい。

3人で幸せになりたい。笑いたい。

痛い訓練なんかしたくない。

血も死体も、本当は嫌だ。

当主候補の真昼はしてないのに、どうして私だけがする訓練があるの?もう嫌だ。

だから3人で、3人だけでいられる場所が欲しい。

他に何も要らない、他は皆、死んでしまえば良い!」

叫んだ途端ぶわっと首の後ろの毛が逆立って、嫌な汗が流れだす。

未明の視界は黒くなる。

白など欠片も残さずに、真っ黒に染まっていく。

 

『いいよ、いいよぉ未明!元々素質は十分なんだ。

あとは僕を受け入れるだけ。

さ、僕に全てを委ねてよ。何も心配しないで。

だからその血を僕にくれよ、未明!』

金髪の幼子が未明の細い首を掴み、そんな細腕のどこに力があるのか、という強い力をもってして未明の体を捻り上げる。

「あ、あ、ああっ····」

苦しい。苦しくてたまらない。息が出来ない。

 

『痛い、痛いよね。でも大丈夫、もうすぐ終わるから。

さあ、今からその細い首に牙を突き立ててあげるよ。

ああ君の血はとっても美味しいんだろうな。

何せまだ6歳だ。けど幼いくせに強欲だ。

その小さな体に秘められた欲望はきっともう、ああ······たまらない!

ゾクゾクするよ!』

「いた、い···はなし、て···」

バタバタと抵抗する。

本能的に感じる恐怖に突き動かされて、手から逃れようと足掻く。

『もう遅い。』

ニタリと長い金髪の向こうに覗く赤い唇が、いやらしい弧を描いた。

 

『今から君は、僕にその身を捧げるんだ。

その血を捧げるんだ。

そうすれば君はめでたく人間をやめて、強大な力を得るだろう。

誰もついてこれない、神だって殺せるかもしれない力をね。』

「いや、いや、いや······」

怖い。怖い。怖い。

先程まで感じていた恍惚感はとっくに消え失せた。

今あるのは本能的な恐怖。

自分が喰われてしまう、喰われて消えてしまうことに対する恐怖だ。

首をがっしり掴んでギリギリ締め付けている、この金髪の幼子は、いや得体の知れない化け物は、(未明)を食べる気だ!

 

 

「いや、だ、いやぁああああああっ······!」

未明は吼えた。

吼えた。そして吼えた。

何かが自分の体の中で持ち上がる感覚を覚えながらも、その何かが自分から勢いよく出て行ったと認識しながらも、吼えるのをやめなかった。

『っ、は、え···嘘だろ?!

ちょ、は?この鎖どこから、な、なんで。

どうして?!

やめて、待ってよ!あと少しだったのに!

どうして、いやだ!なに、この鎖!

やだぁ、やだよ、痛い、力が抜け······』

 

未明の首から手が離れ、その小さな体はごろりと転がされる。

黒い世界は白い世界に。

全てが漂白されて、元の白さを取り戻していく。

その中心にいたのは、どこからか現れた白の様な金の様な鎖に雁字搦めにされた金髪の化け物だった。

『ど、して。どうして···。』

意味が分からない、その赤い目はそう語っていた。

鎖に拘束され、全身を震わせて、自分の力で立つ力もないらしく、ただ鎖のされるがままになっていた。

 

「わたし、私は、食べられたくない。

だってそしたら、私は消えてしまうから。」

締められた首をさすりながら、未明は金髪の化け物の前によろよろ座り込む。

『っくそ!恐怖を与え過ぎたのが逆効果だった···!

失敗した、失敗したなぁ···。ああ······、くそ。

未明、ねえ未明、君は力が欲しいんだろ?

ならこの鎖を解いてくれよ。』

媚びたように未明の方に頭を突き出してくる。

「···貴方に、名前はあるの?」

『は、名前?』

キョトンと首を傾げる。

その姿だけ見れば、普通の幼子の様で可愛らしい。

 

「そう、貴方の。」

『そんなもの無いよ。

鬼とか化け物とか、そんな風に呼ばれるだけだからね。

ああ昔は神様って呼ばれたこともあったっけ、まあ違うけど。』

「鬼、貴方は鬼なんだ。」

この前人間を遥かに超える力を持つ存在だと習った鬼、それに直面して未明はぶるりと身を震わせた。

『そう、僕は鬼だ。

君の中に宿る、君の欲望を糧にする鬼さ。』

きゃは、と嬌声を上げた。

乱れた金髪を振り乱し、血のように赤い目を光らせるその姿は確かに鬼の様だった。

 

「なら“鬼宿(たまほめ)”。貴方の名前は鬼宿にする。」

『はあ?』

「私に宿る鬼。だから鬼宿。」

『いや、は?なんで?意味が分からないよ。』

赤い目を見開いて、真っ直ぐ見つめてくる未明の目から逃げる様に視線を彷徨わせる。

「貴方が私に宿るなら、私は貴方のご主人様なんだから。

ペットには名前をつけなくちゃ。それがご主人様の役目なんだから。」

『は、はぁ?!』

「よろしくね、タマ。」

『タマ?!僕を犬猫みたいにそんな···この僕を······?!』

ぎゃあぎゃあと騒ぐ鬼───鬼宿を無視して、未明は胸あたりまで伸びた長い髪を弄る。

 

この鬼とやらの手を取れば、抵抗せずに喰われていれば、未明が望む通りに強大な力を手に入れられた。

それは教えられて知っていた。

だがもしそうしていたなら、未明はいなくなっていた。

未明は喰われ、犯され、潰され、殺され、どこかに消えてしまっただろう。

自分がいなくなるのは怖い。

自分が消えるのは怖い。

ならば抑えなければ。

この鬼とやらを自分の支配下に置かなければ。

 

力は欲しい。

だが、鬼に与えられた力は間違っている。

いや正否は分からない。

分からないけれど、どれだけ心惹かれようとも手を出してはいけないのだと本能的に分かってしまった。

1度鬼に喰われかけたからこそ、分かってしまった。

あの感覚は、痛くて苦しくて辛い。

快感は一瞬で、その後はただ自分がズタズタにされていくのを待つだけだ。

そんなのはもう嫌だった。

 

 

鬼宿から視線を外し、未明は真っ白な世界を見上げる。

とても綺麗な世界だった。

 

 

 

 

 

─────────

「ほら夢だった。」

目を開けて真上に広がるのはどこまでも白い世界、ではなく灰色の天井。

ボヤけて見えるのは覚醒したばかりだからだろう。

しかし、寝た気が全くしないのはやはり夢のせいなのだろうか。

夢と現実の狭間で思った通り、あんな過去の夢を見てしまったのは、クラピカの中にグレンを見出したからだろうか。

だからなのだろうか。

 

「ミメイ···起きたのか···?」

隣から聞こえる寝惚けた声。

どうやら起こしてしまったらしい。

「今起きたのよ。でももう1回眠るわ。

まだ夜明け前みたいだし。」

窓の外はまだ暗い。

「そ、うか。」

ふわぁ、と息を吐き出す音の後、聞こえてくるのは安らかな寝息。

 

「···次は夢なんか見ませんように。」

寝る前に手早く切り揃えてやったクラピカの金髪を撫でながら、ミメイは再び目を閉じた。

 

 

 

 




未明(過去回想、夢部分)とミメイ(現実部分)、書き分けたんですけどね。
どこかでミスってないことを祈ります。

主人公は真昼のこともグレンのことも大好きだったのです。
どちらも選べずどちらも捨てれず、2人がくっつけば良いじゃないという結論に達した後、結局はこじらせます。
グニョグニョにこじらせます。
そしてそこには深夜も投入されてさあ大変。


それとシノアちゃん、誕生日おめでとう。
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