未だに見えぬ朝を乞う 作:明科
今度こそ、今度こそ、その時がやって来たのです。
共同生活を何ヶ月もしておいて、今の今まで気付かないうっかり()系主人公なんです(´・ω・`)
「覚悟しろ、ミメイ!」
今朝もクラピカは木刀を手に、玄関で服装を整えるミメイに飛びかかる。
鏡を見たまま、セーラー服のリボンを結び直しているまま、横から突っ込んでくる木刀の斬撃を避ける。
そのままミメイは木刀を掴んで、クラピカの体ごと木刀を軽く放り投げる。
完全に飛ばされないまでもミメイの力により体のバランスを崩しかけるが、どうにか持ちこたえて床に着地する。
それから木刀を構え直した所で、クラピカはふぅと一息ついた。
「どうだ?」
前に垂れ下がってきた前髪を払いながら、既に支度を終えたミメイに問いかけた。
「体幹トレーニングが足りないわ。
空中であっても、無理な姿勢であっても、自分の体は自分で支えられるくらいになりなさい。
まあ、木刀に引き摺られて完全に飛ばされなかったこと、木刀を離さなかったことは鍛錬の成果でしょうね。
でもまだまだよ。
木刀を掴まれたとしても、逆に掴んだ相手を振り回してやるくらいの力をつけなさい。」
「ああ。」
木刀をシュッと振り、クラピカはミメイの助言を脳内で反復する。
「それと貴方、また背伸びたんじゃない?」
刀を腰に差し直し、ミメイは玄関のドアを開けながらクラピカの方を振り返る。
「そうかもしれない。」
「背が高いのは色々と有利よ。良かったわね。」
ミメイの身長は162と主張する実際160だが、クラピカはもうすぐそれに届きそうである。
数ヶ月前───ミメイとクラピカが初めて会った頃───は150少し程度だったが、ニョキニョキと伸びている。
クラピカはまだ15歳になったばかり。
もうすぐ18歳になるミメイとは違って成長期が来るのだ。
「それじゃあ今日も気をつけてね。」
「それはミメイもだ。
相変わらず賭場は荒れているんだろう。」
「それなりにね。
そうだクラピカ、ナンパしてきた馬鹿はちゃんとカツアゲするのよ。」
「そんな卑劣ことはしない。」
「もう、潔癖なんだから。」
軽口を叩き合い、ミメイはドアの敷居を跨いで出て行く。
それを見送った後、クラピカは家具の一切を置いていない広い居間で木刀を振る。
居間の隣にはもう1つ小さな部屋があるが、そちらが寝食を担う部屋になっている。
むしろその部屋を居間と呼ぶ方が正しいのかもしれない。
広い居間は本来の用途で使われることなく、専らクラピカの鍛錬場となっているのだから。
ミメイとクラピカがこの大都会に来たのは約数ヶ月前。
来てすぐはホテル暮らしも多かったが、マフィア主催の賭け試合でミメイが見事優勝を勝ち取ったお陰で、マンションの一室を購入出来たのだった。
そして、その賭け試合を見ていたそれなりに大きいマフィアの幹部に声をかけられたミメイは、この都市1番の賭場での用心棒の職を与えられた。
当初は女と侮られることも多かった様だが、そんなものは全て腕1本で黙らせていた。
ミメイには敵わないと判断した愚か者達は、次にミメイが連れているクラピカに目をつけた。
鬼の居ぬ間にとミメイの目が届かない時を狙われて、クラピカ1人では対処しきれず、結局すっ飛んで来たミメイが刀を抜くなんてことが何度もあった。
その状態にやきもきしていたクラピカは再度ミメイに教えを乞うた。
自分なりに基本的な鍛錬を積んではいるがやはり足りない。
身体作りは上手くいっているがやはり実戦が必要なのだ。
しかし彼女は笑いながら「私にデコピン出来たらね」と返すだけで。
何度も何度も半笑いのミメイにおちょくられ、とうとう堪忍袋の緒が切れたクラピカは木刀を手にミメイに斬りかかった。
デコピン程度では足りない。
そんな可愛らしいもので済ませてやるものか、と本気で挑んだのだ。
だがクラピカが疲労困憊になるまで、ミメイはクラピカの攻撃を易々と避け続け、結局一太刀も浴びせることは叶わなかった。
それからである。
クラピカが隙あらばミメイに攻撃を仕掛ける様になったのは。
必要最低限のプライベートな時間以外はいつでもミメイを観察し、少しでも隙を見つけたならば逃がさない。
そんなクラピカを鬱陶しく思いはしないのか、ミメイは薄い笑みを浮かべて軽く攻撃をいなすのみ。
その態度が悔しくて悔しくてたまらなかったのだが、ある時ふいにミメイが呟いた。
「相手に向かって木刀を振る時に警戒を緩めるのは馬鹿のすることよ。
どんな時でもどんな事態にでも対処出来る様にしなさい。
そして周りにもっと気を配ること。
貴方観察眼が鋭いんだから、コツを掴めばすぐに出来る様になるわ。」
ちゃんとした助言らしきものを初めてしたのだ。
その後、言うつもり無かったのに、とミメイがボヤいていたことから、ついつい口を出したということ、そしてこれからもまともな稽古をつけてくれる気は更々ないということもクラピカは悟った。
しかしそれでも構わない。
一方的にクラピカが攻撃を仕掛け、それにミメイが対処してから適当な助言を下す。
それだけで自身の力が着実に伸びているということをクラピカは感じられたからである。
具体的にはミメイ絡みの因縁をクラピカにつけてくる馬鹿を、1人で撃退出来る様になった。
動きの速さといい、察知力といい、腕力といい、全てが規格外なミメイを毎日相手にしていれば、ナイフや銃だけに頼りっぱなしの馬鹿程度クラピカにも対処可能になるのは当たり前と言えよう。
だが、ミメイの用心棒としての容赦ない所業がこの都市中に広まろうとも、その彼女を相手にしているが故に急成長したクラピカがゴロツキを倒そうとも、まだ因縁をつけてくる阿呆はいるのだ。
そういう輩との争いが回避しきれないと判断した場合、クラピカは良い腕試しと考えて戦闘に臨んでいる。
ミメイに助言を貰う様になってからは今の所負け無しである。
ミメイは自分に絡んできた向こう見ずの馬鹿から時折カツアゲしているらしい。
追い打ちをかけるのはやめてやれ、とたしなめてはみたが言う事を聞く筈がない。
寧ろクラピカにもカツアゲを勧めている。
まあそんなこんなで、大都会での暮らしは概ね上手くいっていた。
ミメイは用心棒業とその美しい容姿故についたパトロン(マフィアのお偉方らしい)からのお小遣いで荒稼ぎし、クラピカは鍛錬と家事を繰り返しながら、単発の物探しや買い物代理業によって細々自分の財産を貯めている。
ミメイが予想した通り、初めはそれまでのクラピカの常識をひっくり返す様なことが幾つも起こり戸惑ったが、今はもう慣れた。
数少ない同族達とひっそり暮らしていた頃がふと思い起こされて、故郷への郷愁を抱くが、それは復讐という悲願の火を燃え上がらせる糧となる。
心配していたよりはクルタ族の生き残りに関する噂は広まっておらず、あくまで都市伝説の様なものでしかなかった。
お陰でクラピカが生き残りではないかと疑われ、その目を狙われるという事件は発生していない。
ミメイがそれとなく“クルタ族の生き残りは××××”という適当な特徴の偽の噂を流して、情報を撹乱しているお陰でもあるのだろうが。
今のクラピカは、まだ細身ではあるが鍛錬の成果で段々と体つきがしっかりしてきている。
また食事と睡眠を十分に取っているからか、夜中に膝が痛くなる程勢いよく背が伸びている。
間違っても“小柄な女の子”には当てはまらない容姿である。
どう見ても、男の子っぽい女の子というより、中性的な男の子である。
しかし未だにミメイは、クラピカが女の子だと信じて疑わない。
見れば気付く、せめて疑問には思うだろう、いや思え、とクラピカは半ばやけくそだが、残念なことにミメイは気付く気配が無い。
どうにも出会った当初の華奢で弱々しいイメージを、クラピカから払拭しきれないらしい。
伸ばさなくなったクラピカの髪を見て、時折「女の子なんだから長くても良いじゃない」と漏らしていることからも分かる。
クラピカが本来の性別らしく振る舞うのも、“生き残りは女の子”という噂を欺く為なのだと思っている節がある。
というよりそうだ。
だから余計に質が悪い。
人目がある場所ではクラピカをちゃんと男の子扱いするのだが、2人になった途端女の子扱いをしてくる。
私は男だぞと抵抗したとしても、生返事をするばかりで、その上「もう男の子の振りしなくても良いのよ。まあそんな所も可愛いけど。」と笑いながら返してくる。
この事態をどうすれば良いのか最早クラピカには分からない。
ミメイの目の前で裸にでもなれば良いのだろうか、いやしかしそれは問題だらけだ。
ああ、もうどうすれば良いのか。
相変わらずミメイには一太刀どころかデコピンの1つも浴びせられていない。
クラピカがデコピンするのを失敗する度に、小さな女の子を慰める様に励ますのが気に入らない。
それでいてその後、まともな助言をすることがあるのも気に入らない。
私は男だ、小さい女の子扱いされる謂れはないのだ、馬鹿にするな、と苛立ちながら、クラピカは必死に木刀を振る。
目の前にニヤニヤ笑いを浮かべたミメイがいるとイメージして、怒りをぶつける様に木刀を振り続ける。
柄の部分につけた紐で結びつけた2本の木刀は、1つにまとめて1本の太い木刀にすることも、二刀流にすることも、ヌンチャクの様にすることも出来る為変幻自在である。
その特異性を活かして自分の戦闘スタイルに取り入れなさい、とのミメイの助言を反復しながら、無茶苦茶な避け方をするクラピカのイメージ上のミメイに木刀を向ける。
「次こそは···!」
そうやって強い意志を胸に抱き、試行錯誤を重ねて少しずつ強くなるクラピカであった。
──────────
クラピカが鍛錬に勤しんでいる丁度その時ミメイはといえば、真っ昼間から賭場に入り浸った末にボロ負けして暴れだした馬鹿を、刀も抜かずに蹴りだけで路地裏に転がしていた。
「はい、残念。
私に勝ちたいなら取り敢えず人間をやめて出直したら?」
「く、くそぉ······。」
「それと賭け事は程々にね。
まあ、貴方みたいなのがいるからマフィアが儲けてるんだろうけど。」
懐もすっからかんな上に鳩尾にミメイの重い蹴りを入れられた哀れな男は、力尽きたのかばたりと倒れ伏した。
それに背を向けて、ミメイは足早に持ち場へ戻る。
途中命知らずがミメイの容姿に惹かれてナンパしてきたが、丁重にお断りし、それでも尚しつこかった為説得(物理)するなんてこともあったが、いつものことである。
ミメイの力を嫌という程知っているマフィア経営の賭場に入り浸るその筋者達は、またミメイがやってらぁとゲラゲラ笑っていた。
今日も賑わう賭場内の持ち場に戻り、煌びやかな格好をした男女の中で1人壁の花となるミメイ。
段々と暖かくなってきた為黒いコートは羽織らずに、第一渋谷高校のセーラー服のみを身につけている。
学生服ということもあり余り目立たないタイプの簡素な服だ。
しかし、短いスカートからすらりと伸びた足とその大部分を覆う黒いニーハイ、そして陶磁器の様な滑らかそうな白さを誇る絶対領域のせいで嫌でも男達の下卑た視線を引き寄せてしまう。
中々お目にかかれない髪色や、恐ろしく整いながらも甘さと儚さを感じさせる顔立ちも、男だけでなく女の嫉妬と羨望混じりの視線を集めるのに一役買っている。
ミメイはそれらに気付きながらも、さもどうでも良さそうに壁にもたれかかって突っ立っている。
違法賭博紛いのことをしているマフィア経営の賭場に、セーラー服とはね、R18も何もあったものじゃないわ、と少しズレたことを考えていた。
無表情がベースだが、少しシナモンの味がしそうな笑顔で。
そんなミメイに声をかけようとする男が1人。
彼がミメイに近付けば、彼女に不躾な目線を送っていた輩がそれとなく離れていく。
それもその筈だ。
男はこの裏社会ではやんごとなきお方なのだから。
「ミメイ。」
一目見て質が良いと分かる上等なスーツをパリッと着こなし、髪を色っぽく後ろに撫でつけた中年手前の男が、ミメイに親しげに手を上げる。
「あら、十老頭のお1人ともあろう方が私なんかに構っている暇があるのかしら。」
スカートのポケットからライターを取り出し、隣でミメイと同じ様に壁にもたれ掛かる男にそれを差し出す。
「君は気が利くな。親父から引き継いだ部下とは大違いだよ。」
葉巻を胸ポケットから抜き取り、それをミメイが点けた火に押し当てて旨そうに一服する。
「亡くなったお父上に仕えていた部下と上手くいってないのは相変わらず?」
「ああ。
偉大な親父を持つと苦労する。
ま、俺が親父の可愛がっていた弟を殺したせいだがな。」
煙を燻らしながら、ゆるりと口角を上げる。
その様はやはり巨大マフィアのボスらしいとミメイは思う。
十老頭の1人であり、この大陸全体を勢力範囲内にしている巨大マフィアのボス。
彼とはこの賭場で知り合った。
ミメイを用心棒にスカウトしたマフィアは彼の直系だったらしく、よくここに顔を出しており、新しい用心棒に興味を持った彼がポーカーにミメイを誘ったのをきっかけに、それからよく話す様になった。
女だてらに用心棒業を易々とこなし、ポーカーでは文句無しの勝利を修めたことを気に入られたらしい。
「あは、巨大組織に跡目争いは必需品よね。
しかも兄弟皆、大体母親が違うから質が悪いのよね。
種は同じでも畑が違うと、少しは馴れ合ってやろうっていう余裕が生まれないのよ。
兄弟意識も、勿論家族意識も薄いし。」
ミメイが(暴力団的な)柊家のお嬢様であり、色々と苦労しているボスの話に付き合えたのも気に入られた一因だろう。
「はは、種も畑も同じなのはそれはそれで面倒だぞ。
なまじ血が近くて似てるせいで、同族嫌悪が激しいからな。」
「ふぅん。」
血は水よりも濃いのね、と他人事の様に呟いた。
「さてミメイ、そろそろ
ここからが本題だ、とミメイを見下ろす。
「またそれ?何度誘われてもお断りよ。
私は誰かの下につく気はないわ。」
「俺は金払いが良いことで有名なんだがな。
俺の側近になれ。不自由はさせない。」
「いやよ。貴方の妾なんて真っ平ごめんだわ。」
マフィアのボスらしく氷の様に冷たい視線を向けてくる。
組を率いるボスとしてミメイの腕が欲しいのだろう。
が、その中に熱い劣情の色が潜んでいることをミメイは見抜いている。
人間の欲望が大好物な鬼を心に飼っているのだ。
鬼宿に教えられずとも、どれだけ隠されようとも、ミメイは敏感に感じ取る。
「麗しのミメイ様は本妻の座をお望みか?」
欲深いなと笑う男を、欲深いのはどっちよと半眼で睨む。
「冗談でしょ。
兎に角、私は貴方の部下になる気はないわ。勿論妾にもね。」
「それは残念だ。
まあ良い。身持ちの固いお姫様は気長に口説くことにしよう。」
「尻軽じゃなくてごめんあそばせ。」
慇懃無礼に返しながら交差にしていた足を組み直す。
「なら次だ。お姫様はポーカーはお好きかな?」
ミメイに向かって優雅に頭を下げてから、拳銃だこの目立つ無骨な手を恭しく差し出してくる。
「好きよ。稼げるもの。」
たまには男の遊戯につきあってやろうと、クスクス笑いながら彼の手に自分の手を重ねた。
「いやはや、お姫様ならそう言うと思ったよ。
負け無しのミメイ姫なら。
ああそうだ、今日俺に負けたら俺の言う事を1つ聞いてもらおう。」
慣れた手つきでミメイを賭場の中央にエスコートする。
「貴方の部下や妾になるっていうお願い以外なら構わないわよ。
出血大サービスで暗殺も引き受けてあげる。」
悪戯っぽい砂糖混じりの笑みを浮かべ、ミメイは自分の腰にさりげなく回ってくる男の手からするりと逃れた。
「ははは、久し振りに燃えてきたな。」
避けるなよ、と目は言っているが、それを大人しく聞き入れるミメイではないのだ。
「あは、それは重畳だわ。」
男が恭しく引いた椅子にさっさと座り、長い足を官能的に組み合わせる。
ディーラーが用意する白と黒と赤のみで彩られるトランプに視線を向けて、ポーカーにうってつけの胡散臭くも美しい“ポーカーフェイス”を貼り付ける。
さあ、
─────────
1時間後、テーブルに恨みがましく突っ伏すミメイの姿があった。
「ハートのストレートフラッシュの何が不満なのよ。
良いじゃないの、真っ赤で。」
たった今、ミメイの負けが決まった役───Kから9のハートのストレートフラッシュ───をなじる。
やけに切れ味の良いトランプカードをディーラー側に押し退けて、ギリギリと扇情的な赤さの唇を噛む。
「残念だったな。」
ミメイの隣で、先程ミメイを負かしたトランプカードを大袈裟にひけらかす巨大マフィアのボス。
その手にあるのはAから10のスペードのカード、つまり俗に言うロイヤルストレートフラッシュの役である。
ロイヤルストレートフラッシュだ、とざわめく観客に色っぽいウインクを飛ばしながら、ミメイの肩を優しく叩く。
「絶対に勝ったと思ったのに。まさか貴方が、」
「ロイヤルストレートフラッシュだとは思わなかった?」
愉しそうに笑い、新しい葉巻に火を点ける。
「···イカサマしてる様子も無かったから。」
旨そうに勝負の後の一服をする男を、テーブルに頬をつけたままジト目で見上げる。
「俺の日頃の行いがカードを引き寄せたのさ。」
格好良く言っていたとしてもミメイは知っている。
その言葉にディーラーが苦笑したのを。
勝負相手にもディーラーにも気を配り注意深く観察していたつもりだったのだが、ミメイには気付けなくともディーラーには分かるイカサマがあったのだろう。
いくらミメイが人間の欲望を読み取るのが上手いとはいえ、この道で食ってきたその筋の人間の本気にはやはり敵わない。
「うわー、わざとらしーい。」
ぶつくさボヤいてはいるもののディーラーにもポンと優しく肩を叩かれ、イカサマに気付けなかったのが敗因ね、と自分の甘さを反省するミメイ。
「さてと、俺のお願いを聞いてもらおうか。」
絵になる程見事に指を鳴らし、彼の部下らしき黒服を呼び寄せる。
「はいはい、どうぞ。焼くなり煮るなり勝手にすれば良いわ。
賭け金の代わりだものね、何でもご自由に。」
「暗殺なんて無粋なことをお姫様に頼む訳にはいかないからな。
簡単なことだ。」
男の指示に従った黒服達が恭しく大きめの箱をミメイに差し出す。
それを受け取り、そこそこの重さであることに眉をひそめるミメイ。
「···なぁにこれ。」
まさか首ではなかろうな、と半笑いを浮かべる。
「
是非君に試して欲しくてね、こうしてプレゼントした次第だ。」
「試す······?」
開けてびっくり玉手箱はやめてくれ、と念じながら箱の蓋を持ち上げる。
そして中を覗き込んですぐ、意気揚々と宣言した。
「チェンジで。」
「チェンジは不可だ。」
「返品するわ。」
「返品も不可だ。」
「クーリングオフ」
「無効だ。」
「悪徳商法じゃないの。」
べしべしと箱を叩きながらミメイは口を尖らせる。
「どこがだ?何でも言う事を聞くと言ったのは君だろう。」
「そうだけど。
······ねえ参考までに聞くけど、スリットはどの程度?」
「とても扇情的になるくらい。」
晴れ渡るかの様な良い笑顔で答える男に見送られ、ミメイは嫌々奥の部屋へと向かうのだった。
──────────
「ただいま···。」
疲弊した体を引き摺る様にしてやっと着いた玄関の中に滑り込むミメイ。
腰に下げる訳にもいかず、仕方なくずっと手に持っていた刀を壁に立てかけて、黒のロングブーツを脱ぎ捨てる。
巨大マフィアのボス───あの男に付き合わされて、強い酒を入れられた為にミメイの頭は酷く痛む。
毒物に対する耐性同様酒にも強い彼女だが、流石に飲まされ過ぎたらしい。
あちらはミメイを酔い潰してあわよくば、なんてことを考えていたのだろう。
だが残念だな、ミメイはそこまで柔でもないし簡単でもないのだ。
最後は自爆気味に酒を入れていた哀れな男を思い出し、ミメイは薄く笑う。
「風呂···そうだわ、取り敢えず熱いお湯を被ろうかしら。」
そして寝よう。
まだ日付は変わっていないがとっとと寝てしまおう。
運の良いことに明日ミメイは非番である。
後頭部の綺麗なお団子を支えている簪を無理に引き抜き、長い髪を無造作に下ろす。
これでいつも通りの髪型に戻った。
妖しい光を放ちながらミメイの背で揺れる紫の髪は、藤の花と讃えられる程の美しさである。
風呂場に繋がる洗面所のドアを開け、そこで初めて風呂場の電気が煌々と点いていることに気が付いた。
居間は冷え冷えとした暗さを孕んでいたことから、居間ではなく隣室にいると予想していたのだが、どうやらそれもハズレだった様だ。
今日はハズレ続きだな、と今こんなふざけた格好をする羽目になっている原因の負けを思い出す。
溜め息をつきながら簪を洗面台に置き、そこに貼り付けられた三面鏡に映る自分の姿を睨む。
悪くは無い。
というより寧ろ良い。
見慣れたセーラー服姿ではないという新鮮さを差し引いたとしても、良いという評価を下せる。
女に使う金をケチらない主義のマフィアらしく、生地が上等なだけでなく、最近は機械縫いが主流にも関わらず精巧な刺繍は全て手縫いである。
ひと針ひと針丁寧に施されたのだと、人並みに手芸を嗜むミメイには分かる。
気に入らない筈がないのだ。
素敵だ、本当に素敵だ。
お嬢様育ちで目が肥えているミメイには、賭場にいる着飾った女達のものよりもシンプルなこの服が、とても素晴らしいものだとちゃんと分かる。
だがしかし。
鏡にくっきりはっきり映る白い足、ロングブーツを脱いだ為余計に目立つ足が良くないとミメイは思うのだ。
箱を開けた瞬間、扇情的な方向に走りやすい“あの”民族衣装だとすぐに分かった。
ミニではなかったのが救いだが、胸元の露出が無いのが救いだが、この防御力皆無な下半身はどうにかならないものなのだろうか。
良い笑顔でスリットにこだわったんだと語っていたマフィアのボスを殴りたい。
それでも服に罪は無いのだ。
細心の注意を払って上半身のチャックを引き下げて、そっと腕を袖から抜いていく。
唐突に、ミメイの後ろの風呂場と繋がるドアが開く。
モワッとした柔らかな湯気がミメイの露出された足に当たり、熱い湯を被りたいという欲を掻き立てる。
「ただいま、クラピカ。」
次私お風呂ね、とクラピカの方を振り返ってから続けようとした所で、はたとミメイの動きが止まる。
「···。」
湯気に所々覆い隠されていたにも関わらず、ちゃんとその場所はミメイの視界に入ってしまった。
無言のまま、視線を下ろしたまま、こてんとミメイが首を傾げる。
「両性類?」
ごめんなさい知らなかったわ、と珍しく若干申し訳なさそうにするミメイに対し、突然の事態に体も思考も固まりきっていたクラピカは反射的にツッコミを入れる。
「んなわけあるかあぁあああっ!」
こんなに乱れた言葉使いで、こんなに大きな声でクラピカが叫んだのは初めてである。
それに少し驚きながらもミメイはこくりと頷いた。
「そう、男の娘だったのね。」
大丈夫私は理解がある方よ、と良い笑顔で指でOKマークを作る。
「それもちがーう!」
前を隠すことも忘れて、はぁはぁと息切れするまでに大声で否定する。
「あら、違うの。」
「どうしてそうなるのか私は不思議だ。
普通に考えてくれ。」
顔1つ赤らめず冷静にクラピカに体拭き用のタオルを投げるミメイを見て、クラピカの興奮もさっと冷めたらしい。
そして、幾ら湯気がもくもくしているとはいえ女の前でこれはちょっと······ということに気付けるくらいの冷静さを取り戻した。
状況把握の速さは悪くないな、とその様子をぼんやり観察していたミメイは思った。
「クラピカは女の子じゃなくて男の子だったのね。
気付かなかった。早く言ってくれれば良かったのに。
そしたら無理矢理女装させたのにね。」
残念、と至極当然のことの様にボヤく。
「何故女はこう、男に女装をさせたがるんだ?!」
この前なんとなく読んだ小説の主人公も姉に女装させられていたことを思い出す。
「あ、そうだ、そうすれば良いんだわ。
クラピカ、この服着てみない?」
ほら、とミメイが示した時初めて、クラピカはミメイがいつものセーラー服を着ていないのに気が付いた。
そして微妙に脱ぎかけだということに気が付いた。
上半身は色々と見えている。
クラピカはそれらからバッと視線を外した。
私が男だと本当に分かったのか、この女は?!
今分かった筈だというのに何故こう···こうなんだ?!
「身長も同じくらいだしきっと似合うわよ。
足の露出がアレだけど。」
クラピカの気持ちなどお構い無しに、ヒラヒラとロングスカートを揺らすミメイ。
その隙間、派手にスリットが入っている為馬鹿デカい隙間から覗く白い足。
それに一瞬ドキリとしながらも、クラピカは取り敢えず叫んだ。
今自分がすべきことは、この混沌とした状況を少しでもどうにかする為にツッコむことだと分かっていたからである。
そしてその冷静さは、ミメイの無神経さと無頓着さを見てきたからこそ発揮出来るのだ。
さて、ツッコんでやろう。
すうっと息を吸い込んでから口を大きく開けて。
「何故お前はチャイナ服なんかを着ているんだ?!」
自分がそれを着るとか、自分の正しい性別が露見したとか、色々ミメイが際どいとか、自分が全裸に近い格好だとか、そういうことは吹っ飛んでしまっている。
クラピカは冷静そうに見えて、いやちゃんと冷静そのものなのだが、混乱はしていた。
なんかもう色々訳が分からなくなった為である。
混沌としたこの状況のせいである。
無理もない。
「あら、似合ってない?」
「似合っている!······だからそうではなくてだな!」
「えー、話すと長いんだけどなぁ。
うーん、そうね、この服は貢ぎ物みたいな何かかしら。」
「は?」
「マフィアのボスから貰ったのよ。
貰ったというより無理に着せられたというか。」
「は?」
「クラピカ、どうしてそんなに顔が怖いの?」
もしこの状況を第三者が見ていたとしたら、取り敢えずこう助言するだろう。
「お前ら、服を着ろ。」
と。
主人公が着てるチャイナ服は、
・胸元露出なし、首まで襟あり
・掌の方になればなるほど広がる長袖
・スリットが物凄いロングスカート
・デザインはシンプルめ
です。
色とかは必要であれば後々。
そのチャイナ服をプレゼントしたマフィアのボスさんですが、勿論作者の捏造です。
十老頭の1人設定ですが、あんまり公式に情報が無かったので捏造しました。
かっちょいいスーツを着こなしたイケおじなんです。
そして賭け事に強いんです。
イカサマをしたかしていないか、分からないくらい上手くやるんです。