未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

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私の筆の遅さをどうにかして下さいと神様に祈ってみましたが、きっとあまり効果はありませんね(´・ω・`)
残念ながら。






13:君が為 血脈にいでて 命摘む

クラピカの正しい性別が発覚した夜を越え、非番のミメイは朝日が昇る前のビル街を自由気ままに歩いていた。

昨晩早く寝たせいか、あっさり目が覚めてしまったのである。

いつも通りミメイと同じベッドを使っていたクラピカはまだ寝ている。

何も気にしないミメイが微睡み始めても尚、クラピカは同衾することにバタバタ抵抗していた為、ミメイと違いクラピカの就寝時間は遅かったのだろう。

 

「まさかクラピカが男の子だとは思わなかったわ。」

最近はしっかりした体つきになってきていたとはいえ、出会った時は華奢で小柄で髪が長くて。

そのせいで女の子だと疑いもしなかった。

とは言っても、クラピカの性別などミメイにはあまり関係ない。

男の子ならまだまだ背が伸びるんだろうな、と自分より背が高かったグレン達を思い出す程度である。

 

『気付くの遅過ぎでしょ。』

呆れを滲ませて鼻で笑う鬼宿。

「え、タマ貴方···」

『僕は最初から分かってたよ。』

「教えてくれれば良かったのに。」

やけに自慢げな鬼宿をなじってはみるものの、中々ミメイの言いなりにならないのがこの鬼である。

言っても仕方あるまい。

どうせ、いつまでたってもクラピカの性別に気付かないミメイの間抜けさを笑っていたのだろう。

 

 

「クラピカは男の子かぁ、そっかぁ。」

人っ子一人いない寂れた公園に足を踏み入れ、一蹴りでジャングルジムのてっぺんまで飛び上がる。

桜に似ている様で微妙に違う春の花が散り、青葉が目立ち始めた木の枝が頭のすぐ上にある。

茶色い枝の上をにょきにょき必死に這っている芋虫を戯れにつついてから、ビル群の隙間から丁度見える地平線を見つめた。

 

『日が昇るね。』

橙の丸が眩い光を放ちながら地平線から顔を出す。

「今朝もやっぱり、堕としてやりたいくらいに綺麗だわ。」

『あはは、ミメイは太陽を敵視してるよね。

どうしてそんなに嫌うんだか。』

「真昼が言ってたのよ。

自分の存在を否定されてる気分になるって。」

『そりゃあれだよ、真昼は吸血鬼になったから。そのせいだろ?

紫外線を弾くリングをつけたとしても、吸血鬼が陽の光に拒絶された様に感じるのは仕方ないよ。』

 

 

 

世界が終わる直前に、地下に住まう吸血鬼の女王クルル・ツェペシに拘束され、彼女との取引の末に血を貰って吸血鬼になった真昼。

真昼が地下に拘束されていた時、ミメイは自身の体を鬼呪装備のサンプルとして差し出し、鬼を縛り制御する呪───ミメイお得意の鎖───の研究に暮人の元で携わっていた。

真昼が吸血鬼に連れて行かれるのも、柊家に父を人質に取られたグレンが苦悩するのも、結局グレンの父が処刑されるのも、ただ黙って見ていた。

 

そして、真昼がやっと吸血鬼の住処から解放されるとの情報を掴んだ斎藤という男と共に真昼を迎えに行ったのだ。

ミメイを監視していた暮人には適当な理由を突きつけて、追ってきたお目付役は始末して、柊家には秘密で彼女と接触したのだ。

既に人間ではなくなっていた真昼は、赤い目を光らせていた真昼は、我慢出来ない渇きの為に路地裏に適当な人間を引き込んで、その人間が死ぬまで血を啜っていた。

グレンの血はどんな味なんだろう、と笑っていた彼女は次にミメイの首に目をつけた。

まだ足りないと真昼が小さく呟いたのが耳に届いた瞬間、ブツリと首に激しい痛みがはしった。

けれど痛いのは最初だけで、痺れる様な甘い快感が徐々にミメイの頭を揺らした。

 

自分が被食者になるあの感覚は忌避すべきなのだ。

世界をその手に収めた人間様ならば、被食者になんて甘んじてはいけないのだ。

自分は被食者ではない、家畜ではない、餌ではない、という最低限のプライドが吸血されるのを拒否する。

けれどもそれにどうしようもないほどの快感を感じたのは確かだった。

真昼に血を吸われる度に震える程の快感と、立っていられなくなりそうな恍惚感を押し付けられた。

 

 

出来ればあの感覚は二度と味わいたくはないとミメイは切に思う。

鬼を心に飼っているせいで、普通の人間なら死に至る量の血を吸われたとしてもミメイは死ねない。

痛みと快感と、そして背徳感と、とにかく形容し難い感覚を味わい続けなければいけない。

飢えた真昼に血を吸われた時には、いっそ死ねたらと思う程に脳髄から痺れた。

ついでに腰が抜けかけた。

 

血を吸うと物凄い快感を得られる、と牙をミメイの血で濡らした真昼は満足げに言っていたが、色々疲弊したミメイは吸血される側の気持ちにもなれよ、と思っていた。

 

 

うん、吸血鬼はもっと人間(家畜)のことを考えるべきだ。

そんなことを言った所で吸血鬼は聞く耳持たずだろうが。

まあ、鬼宿が言うにはこの世界───少なくとも人間の生活区域内にはミメイの知る吸血鬼は居ないらしいから、ミメイとしては万々歳である。

 

 

 

「真昼云々を抜きにしても、私は太陽が嫌いなんだけどね。

特に朝日は。清らかな夜と優しい夢を終わらせる朝日は。」

吸血鬼でなくても、眩い光を放つ朝日からは目を背けたくなる。

『やっぱり“未明”だね。

未だ明かりは見えず、未だ夜は明けない、それが君だからね。』

「馬鹿にしてるの?」

『まさか。未明らしくて最高じゃないか。』

ケラケラ笑う鬼宿の声から意識を外そうと、身を焦がす様な朝日も視界にいれまいと、公園の外の歩道を見やる。

丁度そこには朝の鍛錬としてランニングをしているのであろうクラピカがいた。

 

「クラピカ〜。」

おーいと気の抜けた声で呼ぶと、ジャングルジムのてっぺんで仁王立ちのミメイをすぐ視界に収めたらしく、足早にその下までやってきた。

「おはよう。」

「おはよう、と言いたい所だが······ミメイ、お前はまず自分の格好を気にしろ。」

何故彼が呆れ顔なのか分からずに、ミメイはキョトンと首を傾げる。

ちなみにミメイの格好はチャイナ服ではなく、いつものセーラー服である。

勿論ミニスカートである。

 

「そんな格好で高い所に登るんじゃない。

大体お前は婦女子としての自覚が無さ過ぎる。」

「えー、別に良いじゃない。」

憤慨するクラピカにブーブー文句を垂れてみる。

「良くない。」

「朝早くて誰もいないもの。

だから見る人なんていないわ。」

「私がいるだろうが!」

「え、クラピカ私のスカートの中覗いてるの?えっちだなぁ。」

きゃあ、とわざとらしくスカートの裾を押さえる。

 

「······そんな訳があるかぁああっ!」

蝋の様に白い顔に朱をはしらせながら全力で否定する。

それから勢いよくジャングルジムをよじ登り、ミメイの隣に立つ。

細いジャングルジムの棒の上でも難なくバランスを取り、揺れることなく仁王立ちをしているのは鍛錬の成果なのだろうな、と婦女子としての心得について説教するクラピカを見ながら思うミメイである。

勿論彼のありがたーいお説教は聞いてもいない。

クラピカは男の子なのに女子力高いなぁ、料理出来るし、と感心し、やっぱり女の子なのではと疑うばかりである。

 

「クラピカ最近元気ね。よく叫んでるけど。」

ついつい他人事の様にミメイが呟いた言葉は、クラピカの眉間に皺を寄せさせる。

「誰のせいだと思っている?誰のせいだと。」

「?」

男の子はやっぱり元気ね、と取り敢えず笑ってみるミメイ。

「すっとぼけた顔をするんじゃない!」

 

 

 

 

なんてことない雪の日の出会いから約半年、元気に言い合いが出来る程、(ミメイは)楽しいふざけあいが出来る程、順調に仲を深めたミメイとクラピカ。

お互いの過去の傷には触れなくとも、深い所には踏み込まずとも、明確な名前をつけにくい関係性が続いている。

 

ミメイとの稽古(未満)は自分が強くなる為に必要であると確信しているクラピカは、ミメイのことを師匠の様に思っている。

そして、自分の命を助け、その後もなんだかんだと世話をしているミメイに感謝をしている。

まだ分からないことが多過ぎる女だが、その身に纏った孤独の色はクラピカと似通っている。

当初の警戒心はどこへやら、今やミメイに深い親近感を抱き、心を開いているのだろう。

 

ミメイはミメイで、妹のシノアと重ねていたせいか初めからクラピカに対する悪感情は無い。

好きでも嫌いでもない、というよりそう思わないようにミメイは感情を抑制している。

“その先”を求めないように、欲望に取り憑かれないように。

けれども、無関心にはなりきれない。

シノアの面影を重ねて愛でるだけでは足りず、クラピカの追い詰められた生の中にグレンを見た。

幼いミメイが大好きだった可愛いグレン、姉の真昼のものになってしまったあの可愛いグレンを見出したのだ。

 

 

 

『いつ芽吹くのかなぁ、未明の欲望は。

どれだけ抑えても、どれだけ殺しても、収拾つかないぐらいに水面下では欲望が育ってるのに。』

談笑するミメイとクラピカをミメイの心象世界から見つめながら、鬼宿は自分の周りに果てしなく広がる白い世界に触れる。

そしてその下で何かがドクンドクンと激しい鼓動をたてていることに、愉悦感と期待感を抱く。

 

『きっともうすぐだ。

感情と欲望を抑えきれずにとうとう暴走させて、その欲望が僕の口に入るのももうすぐだ。』

じゃらりじゃらりと金の鎖を鳴らしながら、鬼宿はゆらりと立ち上がる。

『あはは、はは、もうすぐだ。

未明が力を欲しがって、僕を求めるのも。

絶対に喰ってやる。未明を喰い尽くしてやる。

蝕んで、殺して、犯して、消してやる。

そして未明······君を、』

心象世界の向こう側に見えるミメイに、重い鎖が巻き付いた手を伸ばす。

 

 

喰ってあげる(救ってあげる)

 

 

 

鬼はずっと、1人の女の子を喰らう(救う)為だけに動いてきた。

感情を抑え、欲望を殺し、鬼宿(未明)を縛る哀れな女の子の為に。

真昼を諦め、グレンを諦め、その2人が結ばれる未来も奪われ、グレンに代わる存在となり得た深夜も義兄となり、せめてもの姉妹3人での安らぎも許されず、姉の“抑制者(ストッパー)”、また影であることを柊家には強いられ続けた哀れな女の子の為に。

自分を殺し続けた女の子の為に。

そんな人生を恨むことも憎むことも、抗うことも許されなかった哀れな女の子の為に。

 

躊躇わずに感情を爆発させ、欲深に願っていた頃の女の子の笑顔を取り戻したいと。

本来の姿───無垢な少女の様に、清廉な戦乙女の様に、神々しい女王の様に、美しい妖婦の様に感情豊かな女の子の姿を見てみたいと。

感情を抑えること、欲望を殺すこと、自分を縛ることを忘れた自由な女の子にしてあげたいと思うのである。

元々女の子に眠る狂気を解き放ち、好きな様に生きて良いと言ってあげたいのだ。

初めから壊れているのに、壊れることを許されなかった女の子を、“壊れ直させて”あげたいのだ。

 

鬼はただ、女の子を喰らいたい(幸せにしたい)だけなのだ。

 

 

 

 

 

─────────

暑い日だった。

コンクリートは容赦なく太陽光線を反射していた。

それでなくとも焼ける様な熱線は頭上から降ってくるというのに。

地平線には陽炎が見え、ミンミンジージーと蝉の声がエコーをかけている。

 

「今日も暑いわね。」

『なのにどうしてベランダなんかに出てるのさ、未明は。』

クーラーの効いた居間から出てベランダの欄干にもたれ掛かるミメイに対し、Mなの?ドMなの?ああドMかー。と鬼宿は自己完結してしまう。

「違うわよ。」

ミメイ達が住むマンションの一室は15階。

そこから悠々と、うだる様な暑さのせいか昼間だというのに人がまばらな繁華街を見下ろす。

 

「クラピカが見えるかな、って思ったのよ。

あの子今日仕事でしょう。」

『ああ、人探しだっけ。暑いのによくやるよ。』

時折探偵の様なことをやって細々稼いでいたクラピカだが、今回はちゃんとした探偵社からの依頼らしい。

物でも人でもしっかり見つけてくるとの評判を聞きつけた探偵社からの直々のものだったそうだ。

幻影旅団や緋の目の行方に関する情報をそれとなく集められる、と意気揚々と仕事に向かうクラピカを非番のミメイは今朝見送った。

 

「一般人がそうそう幻影旅団に関する情報を持ってるとは思えないけど。」

『裏社会を支配するマフィアでさえ全貌が分かってないからね。』

懇意にしている十老頭の1人に探りを入れてみたが、彼も詳しくは知らないらしい。

分かっているのは、名だたる賞金首ハンターが旅団討伐に挑み、尽く返り討ちになっているということくらいで。

誰にも止められず、誰にもその姿を認められず、ただ目を背けたくなる様な犯罪行為が積み重なるばかり。

クルタ族惨殺もその1つだろう。

 

ミメイがクーさんと呼ぶあの(見た目は)好青年が、幻影旅団を率いるリーダーだとは夢にも思わないミメイである。

大体何でも知っている鬼宿でさえ知る由もないことであった。

 

 

「あー、暇だわ。」

最近は賭場の用心棒業よりも、裏社会の大物達からの依頼である暗殺や彼等の護衛に勤しんでいる。

やはり十老頭の1人と懇意にしていたのは正解だったらしい。

お陰で少ない仕事で大金を稼げる様になった。

こうして時間が有り余ってしまうのは考え物だが。

暇潰しにクラピカの鍛錬を見てあげようかと気まぐれを起こすが、彼はいない。

ベランダから彼の姿が見えないものかと思ってみたが、いくら常人以上の視力を持つミメイであっても見つけられなかった。

 

頭が欄干の向こう側に出てしまうのも気にせずに、欄干に体重をかけ続ける。

『落ちるよ。』

警告というより淡々と事実を告げる鬼宿。

「落ちても死なないじゃない。」

グレンも真昼と一緒に高層マンションから落ちたことがあったが勿論死ななかった。

鬼をその身に飼った人間は、常人の何倍もの力を有するのだ。

 

 

プルルル、プルルルルル······

 

ミメイのスカートのポケットから無機質な音が響く。

億劫そうにポケットに手を突っ込み、十老頭の1人からこの前貰ったばかりの携帯を取り出す。

仕事上必要だと無理に持たされたものだが、それが鳴ったということは依頼だろうか。

 

「はーい、もしもし。」

面倒で電話帳に登録していないが、恐らく懇意にしている彼からの電話に違いない。

『依頼だ。最近うちの組のシマでちょろちょろしている組のトップの首、それを全て取ってきてくれないか。』

ミメイの予想通りである。

巨大マフィアのボスらしく地を這うような重低音だ。

 

「弱小マフィアくらい貴方の所の構成員でどうにかしてよ。」

『俺もそうしたい所なんだがな、どうも奴等は腕の良い用心棒を雇っているらしい。

うちの組でも腕っ節に自信がある奴が突っ込んで行ったんだが、全員返り討ちだ。

しかもその傷が普通じゃない。

銃や爆弾なんかを使ったとは考えられない程のものなのさ。

見事に全員、破裂した風船になっちまった。』

「へえ。」

人間の体を内側から爆発させる念能力者だろうか。

自分より強いと思える念能力者は今の所クロロしかいないが、中々骨のある念能力者が最近の標的だった。

鬼呪装備を使うこともなく、勿論鬼宿の憑依もすることなく、普通の刀で応戦出来た程度だ。

しかし体の周りに纏うオーラ量を増やす必要はあった。

 

「良いわよ、暇だし。引き受けるわ。

前金は要らないから、成功報酬ははずんでね。」

少しは楽しめそうね、とミメイは緩く口角を上げる。

弱い人間ばかりと殺り合っても暇潰しにさえならない。

それくらいなら、まだまだ発展途上だが伸びしろが大きいクラピカの鍛錬にちょっかいを出す方が余っ程楽しい。

だが彼は今いない。

今回の人探しは少し長くなるだろう。数日は帰ってこない筈だ。

 

『ああ。必要な情報は後で送る。』

「ええ。」

小さく頷いてから通話終了ボタンに指を伸ばした所で、ああ待てと電話の向こうから引き止められた。

「何かしら。」

切って良い?と圧力をかける。

だが不機嫌なミメイを宥めて男は続けた。

『ミメイ、君確か誰かと同居していたな。』

「···だから?」

クラピカの素性が知れたのでは、と密かにミメイは警戒度を引き上げる。

 

『金髪の少年だろう。』

「···それがどうしたの?」

思っていたより冷たい声が出た。

電話の向こうなのだから斬れやしないのに、ひとりでに手が刀に伸びる。

『幻影旅団のことを色々嗅ぎ回っているらしいが、やめさせた方が良い。

最近ここらで、幻影旅団と名乗る一味が暴れている。

そいつらが本物かは確証がない。虎の威を借る騙りが多いからな。』

「私が言ってもやめないわよ、あの子。

ま、止める気も更々無いけど。

あの子がどうなろうとそれはあの子の自己責任だわ。」

『うちの組が少年を始末したとしても、君はそう言えるのか?』

明日の天気はどうですか?

そんな雰囲気で問いかけてくる。

 

「···どういうこと。」

腰の刀を掴む手の圧が上がる。

『薮をつついて蛇を出したくないんだよ。

その幻影旅団が本物であれ偽物であれ、うちのシマでの面倒事は勘弁して貰いたい。

少年が幻影旅団に殺されようが、少年が幻影旅団を殺そうが、面倒な事に変わりはないだろう?

特に少年が幻影旅団のメンバーの一部を殺した場合、それが1番嫌なんだよ、俺からしたらな。』

「生き残った旅団員が報復合戦に乗り出すから、そうでしょう?」

生き残った彼等がなりふり構わなくなった時、間違いなくこの街は荒れるだろう。

裏社会を巨大マフィアが牛耳ることで栄えていた街は酷い被害を受ける。

それはマフィアも避けたいのだ。

 

『ああ。関わり合いになりたくない、それが俺の本音だ。』

「話は分かったわ。」

ベランダと居間を遮断していた窓を開けて、クーラーが生み出した冷気を全身に感じながら、ミメイは殺風景な部屋の端に置かれたPCの方に足を向ける。

『そりゃ良かった。

こっちとしても、君が可愛がっている少年を始末したくはないからな。

正直君の報復が怖い。』

「そう。」

素っ気なく返し、たった今添付ファイルで送られてきた殺すべき標的の情報にざっと目を通す。

 

 

「心配しないで。私が全て上手くやってあげる。」

PCを乱暴に閉じ、携帯を肩と耳の間に挟みながら身支度を整える。

『そうか。少年を止める気になったか。』

「まさか。私には、あの子のやる事に口出しする権利も義務もない。」

当然でしょう、と小馬鹿にした笑いをオマケにつけておく。

『···どういうことだ。』

ミメイの意図が分からないのか、緊張した声がスピーカーから漏れる。

 

「要は幻影旅団が中途半端に残るのが面倒なんでしょう。

そして出来ることなら、世間一般的に一般人と言われる人間の被害を出したくない。」

『ああ、この街で無駄な犠牲は出したくない。』

昔からこの街を根城にしているマフィアだ。

愛着もあるのだろう。一般市民との仲も悪くないと聞いている。

 

「なら簡単よ。皆殺してしまえば良いの。

幻影旅団なんて名前が残らないくらいに徹底的に。

生き残りなんて出さないわ。

勿論一般市民を巻き込まずにね。」

脱ぎ散らかしていた靴下を拾い上げ、膝の上まで勢いよく上げる。

これでミメイの準備は終わった。

あとはこの部屋を出るだけである。

 

『そんなことが本当に···?』

あの幻影旅団だぞ、と唾を飲む音がミメイの鼓膜を揺らす。

「私なら可能だわ。

あの子がどうにかなる前に、幻影旅団や貴方達マフィアに殺される前に、私が全てを終わらせる。

それなら文句無いでしょう。」

ローファー風のショートブーツに両足を滑り入れて、玄関前の鏡で最終確認。

 

『そりゃ勿論、一般市民に被害を出さずに幻影旅団が消えてくれるのが1番良いが。』

「だからそうしてあげるって言ってるのよ。

ねえ、もう切って良い?私忙しいの。」

携帯を耳から離して通話終了ボタンに人差し指を置きながら、部屋の鍵を閉める。

『勝手にしろ。たださっきの依頼は終わらせてからにしてくれ。

その後、君や君の可愛がっている少年がどうなろうとこっちは知ったことじゃない。』

「はいはい。」

ヤケになっている男の声を遠くに聞いて、今度こそ通話を切ろうとした所でふとミメイは動きをとめた。

 

「言い忘れてたけど、無駄なちょっかいは出さないでね。

幻影旅団にも、あの子にも、私にも。

今言った誰かに対して戦意を持つ貴方の組の構成員が居合わせたら、彼等も殺すわよ。旅団員と同じ様に殺すわ。」

『······肝に命じておこう。』

「そうして頂戴。」

念押しはした。

珍しく先に警告をしてあげた。

それでも余計なことをする様ならば、あのボスはただの愚か者である。

自分の組の構成員を無駄死にさせることになるのだから。

 

 

 

『で、どこから行くのさ。』

携帯をポケットに適当に突っ込めば、声を弾ませた鬼宿がミメイの脳内に語りかけてくる。

「まずは依頼を済ませるわ。

標的が居そうな場所は絞られてる。早く終わらせましょう。」

先程見たデータによれば、標的は繁華街の中心にある風俗店の経営に力を入れているらしい。

まだ真っ昼間だが、そこで欲望を爆発させている可能性が高い。

人間を中から爆発させる様な力を持つ念能力者なだけに。

爆発させるのも、するのもお好きだろう。

『爆弾魔かぁ、どんなのだろう。』

「あんまり期待しない方が良いわ、よっと。」

久々に骨があるかも、と声にキラキラを振り撒く鬼宿にそう返しながら、自然な動作でマンションの共用通路の柵を乗り越える。

ポンッと深く考えずに空中に身を踊らせ、地面に向かって勢いよく落ち始める自分の体に動じることはない。

 

エレベーターが来るのを待つのも階段を駆け下りるのも面倒だから、と最もらしい理由をつけているが、一般人からすればこれはただの自殺行為である。

目撃者がいなかったからいいものの、高層マンションから飛び降りるのは問題行動でしかない。

だがそんな余計なことは考えず、ミメイは極当たり前の様に、寧ろ楽しそうに自由落下を続け、地面が目の前になった瞬間くるりと一回転してから優雅に着地した。

少しばかりコンクリートの地面が凹んでしまったが、まあそんなこともあるだろう。

 

特に痺れていない足を普通に踏み出し、自身の脚力を最大限に利用してフリーランニングを始める。

ビルの屋上家の屋根、木や電柱、それら全てを活用した場合の目的地までの最短経路を脳内に弾き出し、その通りに足を動かす。

自身が一陣の風となるように、常人には到底考えられないような速度でミメイは駆ける。

 

 

『未明はクラピカのことになると必死だねぇ。』

この前もそうだった、と煽る鬼宿。

「······うるさい。」

『否定出来ないんだ、あはは。

まあ良い傾向だと思うよ。

少なくとも今の未明はクラピカの生を望んでいる。

彼を死なせまいと自分から動いている。

それってさ、願いだろ······そして欲望だろ?』

「うるさいわよ。」

『ほらもっと願え、求めろ、欲しろ!

僕に君の欲望を寄越せ。代わりに力をあげるからさ。』

甘美な誘いをかけてくるが、使い古されたその手には乗らない。

 

「貴方に私を喰わせる気は無いの。

タマ、貴方は黙って私に力を寄越しなさい。」

『その程度じゃ()の力の半分も活かせないの、君はよく知ってるだろ?

誰かの生を願うなら、誰かを助けたいと願うなら、そんな欲望を抱くなら、僕に心を渡さなきゃね。

真昼の様に、グレンの様に、早くちゃんと人間をやめなきゃね。』

きゃははははっと甲高い笑い声を最後に、ブチ切れたミメイに鎖を追加される前に心の奥へと潜る鬼宿。

小賢しいことに鬼宿は、最近ミメイの鎖と上手く付き合える様になっているようだ。

 

 

「私は鬼に心を喰わせない。

私の心は一片だって犯させない。

私は、完全に人間をやめる気はない。」

 

『だって貴方は、抑制者(ストッパー)でいてくれるんでしょう?

私がおかしくなったとしても、貴方だけはまともな人間でいてくれるんでしょう?

約束よ、未明。お姉ちゃんとの約束。お願いでも良いけど。』

 

かつて双子の姉に言われた言葉(呪詛)自分に繰り返す(縛り付ける)

 

 

そんなミメイを、夏の無慈悲な太陽が見下ろしていた。

 

 

 

 

 




次回、ミメイちゃん覚醒す(るかもしれない)?!



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