未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

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今回はグロいです。暴力表現が多いです。
クラピカがだいぶ悲惨な目に遭っています。
不快に思われる方は回避をお願い致します。






14:我が衣手は 赤く濡れつつ

「ここ、か。」

ひぐらしの哀愁を誘う鳴き声が聞こえる。

バブル景気によりトントン建てたはいいが、その後すぐ経営不振に陥って廃墟となってしまったビル街。

ひっそりと人気のないそこを橙の夕日が照らしている。

ビルとビルの隙間から射し込むその光の中で埃がチラチラと舞う。

それを煩わしく思いながらも、クラピカは1人歩を進める。

 

探偵社からの依頼であった人探しは予想より早くに終わっていた。

だからこれは仕事ではない。

だがすべきことなのだ。

クラピカがしなければならないことなのだ。

探偵社からの依頼をこなす内に、今いる廃墟をならず者達が拠点にしているとの噂を聞きつけた。

近隣住人の話によると奴等は幻影旅団らしい。

旅団メンバーの特徴である蜘蛛の刺青を見たとのことだから本当だろう。

 

木刀を固く握りしめ、一歩一歩刻み付けるように荒れた地面に足跡をつける。

必ず成し遂げてみせる。

クルタ族と思われ、追われ、逃げていただけの自分とはもう違うのだ。

ミメイはまともに稽古をつけてはくれなかったが、彼女の助言は十分役に立っている。

最近はミメイに一太刀浴びせられる様になってきた。

 

もう機能していない筈のビルから声が聞こえる。

間違いない、ここだ。

開きっぱなしになっている自動ドアを通過して、音を立てない様非常階段を登る。

徐々に近付く話し声に、全身を震わす鼓動が重なる。

ドクンドクンと、血が燃える。

恐らく目は赤くなっているのだろうが、コンタクトレンズを装着して誤魔化しているクラピカはあまりに気にしない。

 

感情の昂りをそのままに、静かに非常ドアを開けて中にいるであろう奴等の様子を伺う。

どいつもこいつもよく鍛えた体をしている。

弱っちい偽物ではなく、やはり本物だろう。

この時を待っていた。

復讐するこの時を。

談笑する奴等を見て燃え上がる怒りが際限ない熱を生み出すが、まだ飛び込むには早い。

待っていれば必ず機は来る筈なのだから。

 

 

 

クラピカは慎重で冷静である。

本人もそう思っているし、周りもそう思っている。

だがまだ彼は若かった。

決して思い上がっている訳では無いが、怒りに我を忘れていた。

本物の幻影旅団に、自分の一族を滅ぼした犯罪組織に、今の自分が太刀打ち出来るのかということを現実的に考えられなかった。

強くなった、確かに強くなった。

だがまだ足りないのだ。

 

そしてその判断ミスは、油断を誘い、命取りになる。

 

 

 

「なんだこいつ。」

突然クラピカの後ろから低い声が聞こえ、反射的に振り向こうとする前に彼の体に衝撃がはしる。

何が起こったのか分からないまま吹っ飛ばされて体は宙を舞う。

咄嗟に木刀で防いだとはいえ、衝撃が大き過ぎたらしい。

相殺しきれなかった。

 

腹に力を入れてコンクリートの床に着地するが、衝撃を受け止めた木刀を持つ手が少し痺れている。

それをおくびにも出さず素早く状況把握をしようと見渡せば、周りにいたのはざっと10人程度の男達。

クラピカという乱入者を見下ろして、各々得物を手にしている。

その中から1人が進み出る。

 

「おいお前ら、このガキはなんだ。

覗いてやがったから取り敢えず殴ったが。」

そう言って、拳をもう片方の掌に打ちつける。

恐らくこの男がクラピカの背後から近付き攻撃してきたのだろう。

全く気配に気付けなかったとクラピカは唇を噛む。

 

「知らねえよ。まあ覗いてたってことは、俺らに喧嘩ふっかけに来たんだろ?」

「こんなガキがか?」

「ほら坊ちゃん、早くママの所に帰りな。」

「今なら見逃してやるからよ。」

見下すような目と馬鹿にしきった口調。

逸る心を抑えて、クラピカは出来るだけ静かに問いかける。

 

 

「お前達が幻影旅団か。」

「ああ。そうだぜ、“俺達”が幻影旅団だ。」

「そうか。」

木刀を両手に構え、ゆらりと立ち上がる。

予定は狂ってしまったが仕方あるまい。

どうせ全員殺るつもりだったのだ。

それが少し早くなっただけのこと。

垂れ下がる前髪を払うことなく、熱を孕んだ目で男達を睨みつける。

 

「2年程前、お前達がしたことを覚えているか?」

「さあ、沢山あるから忘れちまったなぁ。」

ぎゃははと下品な笑いを上げる。

「クルタ族を、私の同胞達を死後も辱める様な今に追いやったのはお前達だ。

忘れたとは言わせない。

いや、たとえお前達が忘れようとも私は忘れない。

何年経とうとも。」

目がカッと熱くなる。

痛みさえ感じる。

それでも睨み続ける。

憎い仇を。

 

 

「なるほどな、お前はクルタ族の生き残りか。」

「それで俺達に復讐しに来たのか。」

「ははは、ははははっ!」

「ぎゃはははは、あー、これだからやめられねえんだよ!」

「本当のことも知らずに立ち向かってくる馬鹿が、ホイホイ来るからな。

おいお前ら、今回はクルタ族の生き残りだ。

目を奪え。極限まで赤くなった目を抉り取れ!」

奥で座ったままのリーダーらしき男が、頬に鋭くはしる古傷を下卑た笑顔で歪めながら指示を出す。

 

「幻影旅団様々だぜ。名前を借りるだけで簡単に釣れるからなぁ!」

先程クラピカを殴った男が、その拳を繰り出してくる。

避けられない速さではない。

目でしっかり追える程度だ。

しかし1発1発が相当重いのだろう。

顔を掠めた拳の風圧で、クラピカの頬がピッと切れる。

それよりも気になるのは、今男が言ったことだ。

 

「名前を借りるとはどういうことだ!答えろ!」

「そのまんまだよ、お坊ちゃん。俺達はクルタ族を殺しちゃいねぇ。」

シュッと拳が木刀に当たり、その衝撃で体が簡単に宙を舞う。

空中で必死にバランスを取るが、後ろから新手が襲いかかる。

今や拳をふるう男だけではない。

リーダーらしき男以外全て、クラピカに向かってきているのだ。

多勢に無勢、避けるのが精一杯である。

 

「俺達は幻影旅団の名を借りているだけなんだよ。」

「そうすりゃ怯えた連中からは金を巻き上げられるし、お前みたいな馬鹿を釣れるからなぁ!」

銃弾が左肩を貫通する。

焼けた鉄を押し付けられた様な痛みがはしるが、どうにか木刀を取り落とさずに済んだ。

ニヤニヤ笑う男達に取り囲まれながら、クラピカは声を絞り出す。

今奴等はなんと言った?

 

「な、んだと!?」

「つまり、俺達はお前の復讐相手じゃないってことだよぉ!」

「残念だったな。復讐も出来ずにお前は同族と同じ様に目を抉り取られる。」

クラピカという滑稽な玩具をいたぶるのを相当楽しんでいるのだろう。

皆一様に下品な笑みを浮かべている。

クラピカがまな板の上で必死に抵抗をするのを散々弄んで、それから殺すつもりなのだ。

本物の幻影旅団でなくとも、十分最低なクズ共だ。

 

「下衆め······!」

痛む左肩を庇いながら木刀を構え直して男に飛びかかる。

加速させた木刀は男の鳩尾にしっかり入った筈なのだが、男はなんともなさそうである。

逆に攻撃をしかけたクラピカの手が痺れている。

男がオーラを纏っていたせいなのだが、念を知らないクラピカは訳も分からず唇を噛むばかり。

 

「拘束しろ。そんで拷問にかけろ。

そうすりゃ、それはそれは綺麗な緋の目が出来るだろうさ。」

「いくらで売れるんだろうなぁ?」

「そりゃ何年かは遊んで暮らせるくらいよ。」

リーダーの指示通り、音もなく近付いた男はクラピカの体を蹴り飛ばす。

抵抗する暇もなく、酷い痛みを訴えだす腹を庇うことも出来ず、クラピカは髪を鷲掴みにされる。

 

「は、なせ!」

髪を掴まれ地面を引きずられ、それから振り回されて壁に激突する体。

クラピカはずるりと地面に崩れ落ち、遠くに飛んだ木刀も男達に踏み壊された。

それでも戦意は喪失しない。

こんな所で終わってなるものか、その執念と怒りだけで重い体を無理に起こす。

「元気だな、お前。まだ抵抗すんのかよ。」

「が、はっ······!」

しかし背中を容赦なく踏みつけられ、再び勢いよく地面に打ちつけられる。

内臓が傷ついたのだろう。

灰色の冷たい地面に赤い花が咲いた。

 

 

視界が歪む。

頭を殴られたせいなのか、溢れ出した血が睫毛を濡らすせいなのか、それとも涙が溜まっているせいなのか、クラピカにはもう分からない。

どこが痛いのかももう分からない。

どれだけの時間が経ったのかももう分からない。

ただ、自分が失敗したことだけはよく分かっていた。

 

男達の下品な笑い声が遠い。

ああ、何も成せずに終わるのか。

とっくのとうに目から飛び出していたコンタクトレンズが、ひしゃげて地面の上で震えているのが視界に入る。

今の自分はあのコンタクトレンズと同じだ。

殴られ蹴られ、為す術もなく地面に転がされている。

 

「···すま、ない。」

目を抉り取られた同胞達の虚の眼孔が脳裏に映る。

必ず仇をとると、復讐を成し遂げると、そう誓ったというのに。

 

「すまない······。」

苦悶の表情で血溜まりに顔を浸らせた同胞達の背中が脳裏に映る。

その無念の思いを晴らしてみせると、そう誓ったというのに。

 

 

「もう良いだろ。取っちまえ。」

髪を掴まれてグイッと顔を上げさせられる。

今度は地面ではなく灰色の天井が見え、それを背景に男の手が迫る。

ああ、これで終わりか。

終わりなんだろうか。

······嫌だ。

そんなのは嫌だ。

まだ何も成し遂げていないのだ、まだ何も!

 

熱を失いかけていた目に再び力が宿り、体が力を振り絞っているのを感じる。

顔だけをどうにか動かし、近付いてきた手を思いっきり噛みちぎる。

不味い肉と血の味を吐き出すと同時に、頬に酷い衝撃がはしる。

殴られたのだろう。

ジンジンとした痛みと男達の怒号が頭を揺らす。

 

「押さえつけろ、遊びは終わりだ!」

クラピカの最後の抵抗に苛立ったのか、低い鋭い声が響いたと同時に男達が一斉にクラピカの体を押し潰す。

血で妙に温かい床に押し付けられ、手足も全て引っ掴まれて、頭を動かすことさえ許されない。

再び手が近付いてくるが、今度は瞼をギュッと閉じてやる。

まだ終わらせてなるものか······!

 

 

 

「遊びは終わり、ね。

ふぅん、そうなの。なら今度は私と遊びましょう?」

 

聞き慣れた声が、鈴を転がした様な声が、目を閉じて真っ暗な筈のクラピカの視界を照らし出す様に彼の鼓膜を酷く揺らす。

ガラスが所々割れて気密性があまり無い廃墟の筈だが、やけにその声は響き渡った。

突然の乱入者に男達の動きも止まっているらしい。

それを肌で感じ取ったクラピカはそっと目を開ける。

 

殆ど沈んでしまった太陽のせいで薄暗い中でも、ミメイの紫の髪は淡く輝く。

その光の方をぼんやり見やれば、いつもの様に微笑を浮かべた彼女と目が合った。

「······ふぅん?」

小首を傾げながらクラピカの全身にさっと目を通し、それからクラピカを取り囲む男達の顔を見渡した。

それから小さな赤い唇をパカリと開く。

「貴方達が幻影旅団」

「ああそうだ。お嬢ちゃん、こんな所に何しに来たんだ?」

舐め回す様にミメイの全身を見て、ねっとりとした声で男が問いかける、が、

「の、偽物さん?」

続いたミメイの言葉に、男の顔色が変わる。

 

「貴方のその刺青、確かに幻影旅団の特徴の蜘蛛ね。」

何を、と戸惑いと驚きで目を見開く男達の1人の二の腕に描かれた蜘蛛。

一瞬でミメイは目敏く発見したらしい。

「でもね、その蜘蛛には番号が無いの。

本物は蜘蛛の部分に団員ナンバーを刻んでいるらしいわ。」

例のボスから頼まれた標的を軽く拷問してみた所、思いがけない情報を得られたのである。

私って運が良い、とクスクス可愛らしく笑いながら、軽い足取りでミメイはクラピカ達の方に近付いてくる。

途端男達が弾かれた様に警戒を始め、得物を構えるがミメイは動じない。

 

 

「それなりにやるみたいね。」

ミメイの体からぶわりと何かが溢れ出し、それに呼応する様に男達の周りの空気も膨らむ。

クラピカには何が起こっているのかよく分からず、ただなんとなく感覚的に捉えていた。

しかし偽幻影旅団は幻影旅団の名を借りるだけあって、皆それなりに鍛えた念能力者である。

先程ミメイが拷問の後呆気なく首をはねた、暗殺の標的だった爆弾系の念能力者(笑)とは大違いだ。

「久し振りに骨がありそう。」

ペロリと舌を覗かせて、ミメイは腰の刀に手を当てる。

それを合図に、今までとは少し様子が違う男達がミメイに飛びかかる。

 

美しい女であるミメイに向けていた下品な目線は最早無い。

目の前にいる(ミメイ)を見て、目を血走らせている。

寄って集っていたぶるようなことはせず、前衛役と後衛役、見事に分担してミメイに一糸乱れぬ攻撃を仕掛けている。

まあそれら全てを刀でいなすミメイの方が化け物だが、とクラピカはこの状況下に似合わない笑みを浮かべた。

 

クラピカの体を寄って集って滅多打ちにしていた屈強な男達が、ミメイ1人に翻弄されている。

拳も蹴りもナイフも銃弾も、クラピカを傷つけた全てはミメイにはさほど効いていない。

10人程を同時に相手にしたとしても、その顔からいつもの笑顔は失われない。

また助けられてしまったな、と血の味しかしない口からクラピカは笑いを漏らした。

 

 

「なるほどな。そういうことかよ。」

戦闘に参加していなかったリーダーと、クラピカの頭を掴んだままの男は、どこか落ち着いたクラピカの表情から感じ取ったらしい。

「あの女、お前の何だ?」

容赦なく頬を張られ、また新しい傷が口の中に出来る。

「···関係ない。彼女と私には何の関係もない。」

掠れながらもはっきりと口に出す。

せめてミメイの足枷にはなるまいと思い、何を言っているんだと小馬鹿にした演技を交えながら否定した。

 

「演技が下手だな、お坊ちゃん。」

「嘘ではない。私は彼女を知らない。何の関係もない。」

「何の関係もない女が、単身ここに乗り込んでくると思ってんのか?

はっ、もしそうならどんな気狂いだよ。」

クラピカの言葉を信じる気は更々無いらしいリーダーの男はナイフを取り出して、その鈍く光る刃先をクラピカの首に当てる。

「どんな関係かは知らないが、お前には人質の価値があるってことだろ?」

「流石リーダー!

緋の目だけじゃなく、あの女も売り払ったら金になりそうだしな!」

他はそうでもないようだが、リーダーはそれなりに頭がきれるらしい。

くっと奥歯を噛みしめて、男達を睨みつける。

 

「喜ぶのはまだ早いぞ。

あの女、もしかしたら緋の目と同じ価値を持つかもしれねぇからな。」

「どういうことだ?」

リーダーの言葉に首を傾げたまま、クラピカの頬をもう1発殴る男。

それに声を出さないのをせめてもの抵抗としているクラピカは、リーダーの視線の先を探る。

「髪だ、あの女の髪。

緋の目と同じく世界七大美色だろうよ。」

薄暗闇の中で淡い光を集める紫の髪。

戦うミメイと共に、華麗に空中で舞っている。

 

「古い文献でしか見たことが無かったんだがな、ありゃあ本物だ。

秘境にコソコソ隠れ住んでたが、クルタ族よりずっと昔に滅んだ民族、そいつらの中でも女だけがあの紫の髪を持っていたらしい。

世界七大美色でしかも女、見つかった途端乱獲されただろうさ。

だからもう、生き残ってる筈がないと思ってたぜ。」

そんなまさか、と動きそうになる唇をクラピカは必死に歯で押さえ込んだ。

クルタ族以外にも世界七大美色を持つ民族がいて、しかも同じ様に滅ぼされたと?

そしてその民族の系譜を持つのがミメイだと?

 

 

「リーダー、あの女が生き残りだって?

そんな都合の良いことが有り得るのか?」

クラピカと同じ様に疑問を抱いた男が問う。

「俺は1回博物館に飾ってあった鑑定書付きの本物を見たことがあんだよ。

緋の目程目立たないが、他とは違うあの妖しい輝き。

灰色がかった紫だとよく表現されるが、他の色の名前を付けたくなる不思議な曖昧さ。

パッと目を惹く訳じゃねえが、視界に入ったら何故か目でついつい追いたくなる。」

そう言いながら、3人がかりで押さえつけようとした男達をまとめて投げ飛ばすミメイをじっと見ているリーダー。

 

「分かるぜ、リーダー。俺にもあの髪が変に綺麗なのは分かる。

んじゃ、この坊ちゃんを人質にあの女を捕まえりゃ良いんだな。」

リーダーがクラピカに当てているナイフを受け取り、ニタニタ笑いながらクラピカの頸動脈辺りに刃先を添わせる男。

少しでも動けば切れそうである。

隙があればと赤い目を光らせるクラピカだが、床にうつ伏せにさせられて腕を捻り上げられた為まともな抵抗が出来ない。

その上背中に筋肉隆々な男に乗られてしまえば、もうどうしようもない。

クラピカに出来るのは自分のことは捨て置け、とミメイに願うのみである。

 

 

「ああ。あの女は相当強い。

このままやり合っても平行線だろうからな。

とっとと終わらせるぞ。」

リーダーは懐から拳銃を取り出し、間髪置かずにミメイに向かって3発撃つ。

ミメイに殴りかかっていた男達は、リーダーとの長年の付き合いのお陰かは知らないが、先に打ち合わせでもしていたかの様に上手く銃弾を避ける。

ミメイもリーダーが自分に狙いを定めた時発した殺気を感じ取り、1発目は咄嗟に体を捻って避けきった。

2発目は足を狙っていたが、その弾はわざと避けず、脳天目掛けて飛んでいた3発目を刀で叩き斬るのにエネルギーを割いた。

 

もし2発目に対処していたなら、致命傷となりうる3発目を捌ききれなかった。

直前まで多くの手練の相手をしながら、僅かな殺気を感じ取ってから一瞬で弾丸の軌道を読み、致命傷だけは避けるようにしたミメイの対応は最善だっただろう。

 

 

「邪魔するの?猿山の大将さん?」

銃弾を斬る為に下に振り下ろし、勢い余って地面に軽く突き刺さった刀を引っこ抜きながらミメイは煽る様に口角を上げた。

髪が乱れようとも服が乱れようとも、体の所々に傷をこさえようとも、ミメイの姿は変わらず美しい。

いや、だからこそ美しい。

獰猛な獣の様に、狂った鬼女の様に、ミメイは両方の目を光らせる。

 

誰かを斬ったのだろう。

刀に付いたその血を払えば、灰色の地面に飛び散る赤。

それをグリグリ踏みつけながら、笑うミメイは実に蠱惑的だった。

 

「私は楽しいの。とっても楽しいの。

久し振りに強い人間と殺し合えてるの。

私、そういうの大好きなんだから。

あはは、今ならクーさんと本気で殺り合っても良いかな。」

宵闇の中で薄く、ミメイの目に紅が映ったような気がクラピカにはしたが、瞬きをすればぽっかり浮かんでいるのは普通の茶色い瞳のみ。

 

「ねえ邪魔しないで?」

白刃に自身の指を滑らせて、その薄く切れた指から漏れた血を舐めとる。

ミメイは血に飢えていた。

吸血鬼の吸血衝動とは違う。

鬼を心に宿す故の狂気、それが命をかけた戦闘により呼び戻されているのである。

鬼に心を喰われようが、喰われまいが、ミメイの精神構造は既にぶっ飛んでいる。

本人の自覚があまりないだけで。

 

「取引だ。刀を捨てろ。」

「遊びましょう?もっともっと遊びましょう?」

話が通じない。

リーダーの勧告にも耳を傾けず、無垢な少女の様に刀を二三度振って構え直す。

 

「女、お前が刀を捨てて投降しねぇなら、こいつを殺す。

今殺す。

お前の目の前で殺す。」

そこで初めて、ミメイはクラピカに気付いたらしい。

床にうつ伏せになり、髪を掴まれて頭を上げさせられ、首筋にはナイフを当てられ。

抵抗のしようがないクラピカがいることに。

何の反応もしてくれるなよ、とクラピカが目で訴えかければ、それに対しミメイはニッコリと笑う。

 

「あら、あらあらあらあら。

ふぅん、そんなことしちゃうんだ。へぇ。」

おもむろに刀を投げ捨てる。

次いで腰に下げていた鞘も放り投げる。

すっかり丸腰になったミメイは、空の手を男達の方に見せつける。

どうかしら?と言わんばかりのその行動に、思わずクラピカは叫んだ。

「お前は馬鹿か···、馬鹿なのか?!」

知り合いではないと否定していたのも忘れ、ただクラピカは枯れた声を吐き出した。

 

「馬鹿とは失礼ね。

にしても最近貴方、私に対して容赦ないわよね。

馬鹿とか阿呆とか、よく言われてる気がするわ。」

悲しいわ、と嘘くさい泣き真似をする。

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い?!」

「馬鹿って言った方が馬鹿なのよ、ばーかばーか。」

「子供か!」

今がどんな状況かも、正直絶体絶命なのもどこかに吹っ飛ばした様に、軽口を叩き合う2人。

知らずとクラピカの張り詰めた様な緊張感は少し解けていた。

 

 

「仲良い姉弟だ。

坊ちゃん、良い姉ちゃんを持ったなぁ。

姉ちゃんに感謝しねえとなぁ。」

クラピカにナイフを突き付けている男がねっとりとした猫撫で声で言った。

「あれは姉じゃない!」

「同感。妹は好きだけど、私男兄弟にあんまり良い印象無いのよね。

だから弟は要らないの。

馬鹿な兄さん達で間に合ってるわ。」

口々に不平を漏らす。

 

ミメイとクラピカが会話を始めた瞬間、この空間がすっかり緩んでしまっている。

これには男達も戸惑いながらも大いに苛立ち、特に冷静沈着タイプのリーダーは特に気に障ったらしい。

ミメイを睨んでいるクラピカの背中をげしりと踏みつける。

虫でも踏み潰すかの様に念入りに。

 

途端ゴポリと唇から赤い血を漏らし、酷く咳き込むクラピカ。

咳の度に赤が散り、灰色の地面に鮮やかな花が咲く。

内臓が損傷している上に呼吸を阻害されれば一溜りもない。

苦悶の声さえ上げられず弱々しく血を吐くその姿に、ミメイの目が険しくなる。

それを見てリーダーは満足げに笑みを深めた。

「それだよ、その顔だ。

俺はそれが見たかったのさ。

この坊ちゃんを人質に取られて、お前が悲壮感を滲ませた顔をするのを。

そんでそんなお前の前で、人質を殺すのが最高に楽しみでたまんねぇよ。」

グリグリと背中を踏みつける。

 

さあさあさあ、更に悲しめ苦しめ!

そんな奴の前で人質を殺せば、もっと悲惨な表情になるからな。

俺はそれが1番大好きなんだ。

ガキは殺しても構わねえ。

目だけ取れれば後はどうでも良いんだからな。

さあ女、俺に今の顔を見せてみろ!

ガキの命乞いでもしてみろよ!

 

リーダーは先程までの冷静さを失い、きゃははははと若い女の様な高笑いをする。

それほどまでにミメイの悲しみで歪んだ顔を、苦悶の表情を見たいらしい。

確かに普通の女なら、ここで心を折られて泣き叫ぶだろう。

命乞いでも何でもするだろう。

武器は既に捨て去った。最早なす術はないのだから。

 

だがリーダー含む男達は皆一様に失念していた。

そんな普通の女がそもそも単身乗り込んできて、狂った様に刀を振るうだろうか。

いや、そんな筈はない。

ミメイは普通の女ではないのだ。

刀を捨てたのだって、鞘まで捨てたのだって、単に邪魔だったからである。

これから本気で遊ぶのに、殺し合いをやめて殺すのに、クラピカの命を救うのに、邪魔だったからなのだ。

恭順の意を示したつもりは毛頭ない。

 

 

「······そう。それで終わり?」

可愛らしく小首を傾げて、ミメイはふふふと笑いだす。

「貴方達の最期の言葉はそれで大丈夫かしら?」

「は?」

目の前の女が何を言っているのか全く分からない。

ぽかんとした男達の前でミメイは笑う。

とても追い込まれた人間には見えない。

 

「嫌だったんだけどなぁ、鬼呪使うの。

使えば使う程、タマの鎖が緩んでいくし。

けどこの状況じゃ、憑依させないとどうしようもないし。」

あーやだやだ、と楽しそうに悲しそうに文句を垂れる。

「でもでもでも、仕方ないのよね。

だって私、とっても怒ってるの。

折角殺し合い程度にしておいてあげたのに、貴方達がクラピカを人質なんかにして脅すから。

あーあ、もう殺るしかないじゃない。」

歌う様に、小鳥が歌う様に、ミメイはその涼やかな声を響かせる。

 

ミメイが全身から放つ異様な雰囲気に男達は圧されている。

動くことも出来ず、何を言うことも出来ず、今やこの場所はミメイの独壇場だった。

それほどまでに、今のミメイは異様だ。

いや今までも十分だったのだがそれとは比べ物にならない。

クラピカは出会った当初ミメイの向こう側に見た赤い目の“何か”を思い出した。

 

 

 

そしてミメイは口にする。

既に人間をやめかけて化け物の方に足を突っ込んでいるミメイが、ちゃんと化け物に引きずり込まれる魔法の言葉を。

 

 

「おいで、“鬼宿”。

私の体をあげるから、私の心をあげるから、私の血をあげるから、だから私に力を寄越せ。

さあ、私に宿れ······“鬼宿”!」

 

途端、嫌な気がミメイから放たれる。

念能力者である男達は、これがオーラとは全く違う触れてはならないものだと直感的に理解する。

 

彼等の揺れる視線の先には、ぽっかりと赤い目が2つ。

滴る血潮の様に鮮やかに禍々しい赤が浮かんでいた。

そしてその下の唇が、半月の弧を描いた。

 

 

 

 

 




ミメイちゃん覚醒。
鬼宿は特殊な鬼ですが、暫定黒鬼シリーズの憑依タイプです。
具現化的なことも条件が揃えば出来ないことはありません。

戦闘描写中にに念能力とオーラについてのことがほぼ書かれていませんが、ミメイも偽幻影旅団さんもちゃんと念を使っています。
偽旅団さんは四大行はしっかり出来ますし、必殺技なんかも使っています。
ミメイの方はそもそも鬼の力で人間の何倍もの力を持つ為、あまり念に頼っていません。
ちょいちょいなんとなく使ってるかなー、という程度です。
絶は大得意で大好きなミメイちゃんですが。




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