未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

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ミメイちゃんの過去編に突入します。
小説「一瀬グレン、16歳の破滅」のネタバレあり。
特に1、3巻です。
捏造設定、独自解釈注意です。

度々誤字報告ありがとうございます。
本当に有難いです。





16:柊未明、16歳の破滅(一)

「お大事に。」

そう告げてから玄関から出て行く医者。

その背中を見送ったミメイは、お見舞いの林檎を掌の上で転がす。

「全治3週間。ベッドで要安静は3日。

ま、人間はそんなものよね。」

ねえクラピカ、とベッドに横たわる彼を見下ろす。

 

偽幻影旅団を始末した後満身創痍のクラピカを連れて病院に駆け込んだ、ということはなく、懇意にしているマフィアのボス紹介の医者をマンションに呼びつけた。

医者がクラピカの処置をしている間に、旅団は偽物だったが全て殺したとそのボスに連絡すれば、呆れ声で少しの休みを言い渡された。

ミメイが勝手にやったことである為報酬は出せないが、代わりに有象無象供の面倒な依頼は断ってくれるらしい。

ミメイとしてもクラピカの看病をすべきだろうかと迷っていた所だった為、渡りに船だった。

 

「···。」

クラピカはムスッとして、ミメイを睨むように見上げてくる。

包帯だらけの体は痛々しいが、元気ではあるらしい。

「あら御機嫌斜めね。」

「体がなまる。」

「治ったら少し見てあげるわ。

分かったでしょう?今の貴方じゃまだまだ駄目だって。」

「···ああ。」

偽幻影旅団に手も足も出なかった自分を恥じているらしい。

ミメイから視線を外し、すごすご布団の中に潜ろうとしている。

 

「寝るのは栄養とってからにしたら?

早く治すのには栄養が1番よ。」

ほら、と遊んでいた林檎をクラピカに放り投げる。

「他にもっと無いのか?」

喉の乾きと空腹をどうにかしようと、ガツガツ林檎を丸齧りしながらクラピカは尋ねた。

「今こそ私の料理スキルが発揮される時かしら。」

「やめてくれ。」

箱入りお嬢様であるミメイの料理の腕はお察しである。

傷ついた内臓が更にボロボロになる様な破壊兵器を生み出されては困る。

 

「ま、缶詰とか果物とかで我慢した方がマシだと思うわよ。

私が作るより。」

ごめんなさいと全く思っていない笑顔で、ミメイはお見舞いの籠から新たな果物を取り出す。

今度はバナナだ。

「ああ、そうだな。」

ミメイからバナナを1本受け取り、その皮を剥いて神妙な顔をしながら咀嚼する。

 

そんな彼の隣の椅子に座り、破れたセーラー服の繕いを始めるミメイ。

料理は出来ないくせに裁縫は出来るのかとクラピカは不思議に思うのだった。

スムーズに進むミメイの縫い針を見ながらバナナを食べ終えれば、最早クラピカにはすることがない。

オレンジも食べる?とミメイには示されたが、もう腹は膨れている。

 

どうしようもなく暇である。

普段ならば家事と仕事と鍛錬に勤しんでいる為、こんなにも暇だと思うことがない。

だから娯楽の類は特に必要無かったのだが、本ぐらいは持っていれば良かったとクラピカは少し後悔している。

 

 

「暇なの?」

クラピカの様子に気付いたらしいミメイが、作業をする手元から視線を外さないまま問いかける。

「ああ。」

「寝てたら?」

「それが全く眠くない。」

睡眠は十分にとったばかりである。

1日程意識を失ったままだったのだから。

 

「しりとりでもする?」

「無駄に疲れそうだな。」

「でもクラピカ、今の貴方は口を動かすくらいしか出来ることはないのよ。

何か読もうにも、今の貴方の腕じゃ読みにくいでしょ?」

確かにそうだ、右腕の骨はポッキリ折れている。

ものを食べる時には片手でどうにかなったが、本は片手では読みにくい。

それこそ疲労の原因となる。

 

「ならお喋りでもしましょうか。

一般的に女の子はお喋りが好きなのよ。」

噛み切ったしつけ糸をクルクルと長い指に巻きつけるミメイ。

その糸が彼女の白い指を鬱血させ桜色を落とす。

何でもないようなその所作が、その状態が、何故か絵になるタイプの女だとクラピカは分かっている。

だがミメイが“女の子”···か。

そのような可愛らしいものだとは到底思えないのである。

 

「···私は女ではない。」

「言葉ではそう言ってるけど、貴方の目は『お前が女の子···?』って言ってる様に見えるのは、私の気のせいかしら。

気のせいよね?」

「気のせいだ。」

しれっと躱し、ベッド脇の小さな棚に置かれた針山に手を伸ばす。

丁寧に使われているのだと見てとれるが、ミシン針まで適当に刺してあるのに苦笑が漏れる。

こういう細かい所が問題だな、と姑の様な文句が頭に浮かぶ。

 

「まぁ確かに偽幻影旅団を惨殺せしめる私なんて、女の子なんて可愛らしいものじゃないかもしれないわね。」

指に針を刺すなんてヘマはせず、手慣れた動作で針を進めながら自虐的に呟くミメイ。

「···。」

「途中気絶したとはいえ見たんでしょ?私が暴れてるの。」

血と臓物が飛び散った悲惨な現場の真ん中で見せたミメイの笑顔。

慈愛さえ感じられる、今までで1番人間味に溢れた感情豊かな笑顔。

しっかりとクラピカの瞼の裏側に焼き付いている。

 

「引いた?」

からからと笑う。

「いや。」

「本当?」

ピタリと手を止めて、クラピカの方に視線を向ける。

その赤くはない目を見つめて、クラピカはこくりと頷く。

「ああ。」

「そう。別に良いのよ、引いても。

人間をやめた私なんか人間社会の中では弾かれるのが道理だもの。」

当たり前のことの様に言葉を紡ぐ。

「お前は人間だろう。少なくとも私にはそう見える。」

何を言っている、と若干非難がましい目をミメイに向けるが、当の彼女はいつもの微笑みを浮かべるだけである。

 

 

「ねえクラピカ、少し昔話をしましょうか。」

糸が通ったままの針を針山に突き刺してから、ミメイはその長い睫毛を揺らして虚空を見つめる。

「昔話?」

「ええ。思えば私達、自分自身のことを話したことがなかったでしょう?それなりに長い付き合いなのに。」

「ああ。」

「でも私は、不可抗力で貴方の事情を知ってしまった。

それって不公平よね。

だから私、貴方に私の話をしようと思うの。」

ミメイが連れていた式神達に少しばかり事情を教えて貰ったことはあったが、いかんせんミメイの事情に関して要領を得ないままであった。

 

「何の気まぐれだ?」

今までそんな殊勝なことを言った試しがあっただろうかとクラピカは首を傾げる。

「気まぐれじゃないわよ。

気まぐれなんかで人間やめたりしないわ。

貴方の命を救うことを欲したりしないわ。」

その茶色の目に優しい感情が映る。

その頬に慈愛混じりの笑みが浮かぶ。

その赤い唇がはくりと動く。

そうして歌を紡ぐ様に軽やかに、氷上を滑る様に優雅に、ミメイは昔話を始めるのだった。

 

 

「むかーしむかし、と言っても18年くらい昔、ここからとっても遠い所で可愛い双子の女の子が生まれました──────」

 

 

 

 

 

**********

柊未明は、呪術世界で一二を争う勢力を持つ柊家当主たる柊天利の娘として生まれた。

多くの女に子を生ませる父は父ではなく、別段未明は娘として扱われたことはなかった。

鬼を混ぜた人間の子を作る人体実験の末に生まれたもの。

ただそれだけである。

当主の子である為いずれは当主になる可能性があるのかもしれないが、取り上げられた当初からそんなことは露ほどにも望まれていなかった。

 

元々未明は母の胎内で真昼に喰われる筈だった。

母の胎を舞台に自然と行われた蠱毒により、未明は真昼の糧となる筈だった。

事実未明以外の命も生まれる可能性があったのだろうが、その命を食った真昼は生まれた時から優秀な個体だと認識されていた。

その残りかす、真昼に喰われきらなかった残り物、どうしようもないオマケ、それが未明だった。

自分の力で息も出来ない脆弱で劣った個体、それが未明だった。

 

人工呼吸器をつけられて甲斐甲斐しく世話をされたとしても、1年と経たずに死ぬだろうとの診断。

だが未明は生き残った。

無意識的にその心に宿る鬼宿を叩き起し、死にたくない死にたくないと願ったのかもしれない。

真相は未明にも鬼宿にもよく分からないが、長くは生きられないとの予想を裏切って、未明は人工呼吸器から解放された。

 

それから先はよく未明も覚えていない。

言葉通り血の滲む様な訓練を強いられ、虐待の様な教育を受け、その中でも片割れである真昼が唯一の救いだった。

真昼もそうだったのだろう。

幼い双子の姉妹は身を寄せ合う様にして柊家の中で生きていた。

当主の娘として不自由のない生活を送りながらも、柊という名の鳥籠に閉じ込められていると分かったのはいつだっただろうか。

しっかりそれに気付いたのは、グレンと出会い、引き離され、自分の無力さ加減を思い知った時だっただろうか。

 

鬼宿を拒絶したとはいえ、未明は強くなりたいと思っていた。

真昼とグレンと自分、3人で笑える場所が欲しかったから。

せめて真昼とグレンには幸せになって欲しかったから。

そうすることでしか、不毛な初恋を処理出来なかった。

 

 

当主候補として台頭し始めた真昼と同じ時間を過ごすことは少なくなった。

というより、真昼がいない時を宛てがう様に未明は生活していた。

まるで真昼の様に。

簡単な話、未明は真昼の影に仕立て上げられていたのだ。

有力な当主候補である真昼は敵に狙われる可能性が高い。

もしかするとその襲撃で死んでしまうかもしれない。

ならば身代わりとしてよく似た双子の妹を置いておけば良い。

姉ほど優秀ではない妹ならば死んでも構わない。

 

その事実に気付いたのは案外早かったように思う。

どちらがどちらだか判別がつかない程に瓜二つにされていたのだから、まあなんとなく察することは出来た。

敵味方入り乱れる表舞台で見せつける様に“真昼様”と呼ばれた時、自分は姉真昼の身代わりなのだと確信した。

別段、それに関して何も思わなかった。

未明が真昼より劣っているのは周知の事実であるし、未明としては真昼の為になるのならばと考えていたからだ。

 

 

 

未明達が8歳の時、同じ母を持つ妹が生まれた。

未明達を生んだ後廃人になってしまったと聞いていたが、まだ母は生きていたのかという驚きの方が、妹が生まれたという喜びより先だった。

まあ妹を生んで、今度こそ死んでしまったらしいのだが。

 

そのシノアと名付けられた妹を見た時、その小さな手を握った時、真昼と未明は同じ気持ちだっただろう。

この妹を守りたい、柊家の魔の手が伸びないようにしてやりたい。

真昼は、未明が自分の身代わりとして影の様な生活を強いられているのを知っていた。

そしてそれを悔いていた。

 

だから真昼は、柊家の期待を一身に受ける道化師になることを決めたのだ。

シノアを守る為、優秀な姉の妹という単純なレッテルを貼られることでシノアが目立たない様にする為、真昼は道化師の仮面をつけた。

未明はそんな真昼の負担を少しでも減らそうと、背中合わせの戦友として真昼を支えた。

だってお姉ちゃんだから。

真昼と未明は、シノアのお姉ちゃんだから。

 

真昼に笑って欲しい、その隣にグレンがいて欲しい。

そしてシノアと手を繋いで4人で緩やかな時を過ごしたい。

柊家なんか気にせずに自由になりたい。

その為に未明は力を求め続けた。

訓練に訓練を積み、血反吐を吐く様な思いをしても足掻いていた。

 

『僕なら君にもっと力をあげるよ、今すぐに。』

鬼宿のその誘惑は無視し続けた。

必死に鎖で縛りつけ、縛りつけ、縛りつけて······!

鬼宿を縛る度にギシギシと心が痛むのなんか気にしないで。

 

 

 

そうして未明達は無事10歳になった。

真昼は兄の暮人───顔はよく知らない───に並び立つ程の実力を有し、立派な当主候補になっていた。

しかし未明は知っている。

真昼は柊家内での権力闘争になんか興味はない。

本当に欲しいのはグレンだけ。

グレンと一緒にいられる場所が欲しいだけ。

柊家という鳥籠の中で、まだまっさらなシノアを守りたいだけ。

 

真昼の許嫁が決まったとの報を受け、その許嫁の元へ向かう車中で、隣に座った真昼は未明の手をそっと握りしめていた。

言葉はない。

言葉には出来ない。

未明はただ真昼の手を握り返して、大丈夫だよと囁くしかなかった。

真昼の影たる未明に、それ以上のことは許されなかった。

 

許嫁に会いたいと言ったのは真昼だったが、それはひとえに彼を受け入れる気はないのだと宣言する為である。

だって真昼はグレンが好きなのだ。

真昼にはグレンしかいないのだ。

真昼が望むならばその許嫁とやらを殺してしまえば良いとまで未明は思っていた。

真昼の為に、グレンの為に、未明にはそのくらいしか出来ることは無い。

 

 

真昼の許嫁とやらがいるという修練場に足を踏み入れる。

向かい合う少年少女、その少女の背後に隠れる様にして未明は立っていた。

「それで、貴方が、私に種をつけるために生き残った人ですか?」

冷たい声だ。

興味なんか何1つないと訴える真昼の冷たい声。

 

未明も別段真昼の許嫁に興味はない。

ただもしかすると真昼に何かあった場合、その許嫁と結ばれるのは未明になるというだけで。

未明には許嫁が紹介されない、そしてこの先も恐らくないことからも、未明は真昼の影として一生を過ごせと命じられているのだと確信していた。

もしかすると未明にも種をつけるかもしれない種馬が、どんなものだろうが未明には関係ない。

未明はただ、真昼の為に影として生きるだけなのだから。

 

けれども深夜と名乗ったその許嫁が、太陽の様に光り輝く真昼の陰に棲む者として自分の名前は相応しいと口にした瞬間、未明は弾かれた様に少年の方を見た。

深夜というらしい少年の物言いが気に食わなかったのか、真昼は嫌悪感を滲ませている。

そんな真昼の陰から見るに、深夜とやらはニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべてはいるが中身は空である、いや空にならざるを得なかったのだろうと、未明は彼に薄い同情を抱いた。

そして、彼は少し自分に似ているとの直感が働いた。

 

「私には既に想い人がいます。ですから貴方を受け入れることが出来ません。今日はそれを言いにきました。

···未明にもきっと、受け入れる気はないでしょう。」

真昼の言葉で唐突に話に巻き込まれ、深夜の視線が未明の方に向く。

先程から真昼に向けていたのと全く同じ、柊様の機嫌を損ねないようと警戒しながらも、それを笑顔で隠した顔。

深夜と未明の視線が交差してから、珍しい白髪だなと思いながら未明は口を開く。

 

「真昼、私は別にどっちでも構わないんだけど。

誰が私に種をつけようが私にとってはどうでも良いもの。」

ま、顔は良い方だから嫌ではないわ、と真昼の耳元で囁く。

「あは、誰にも監視されないように手配したお陰?

貴方が包み隠さず言ってくれるの、ちょっと久し振りだわ。」

くすくす笑った真昼は、表情を変えないまま真昼と未明を注意深く観察している深夜に対し、

「ああ、安心して発言して下さい。

ここは誰にも監視されないよう手配してあります。」

と、警戒を続ける深夜の考えを見透かすように言った。

 

「······そんなの信用出来ないね。」

丁寧語が外れて深夜の素が出る。

真昼が深夜を好きになることは無いのだと、そんなチャンスは無いのだと真昼に切り捨てられて、残念そうに笑う深夜。

素の方が好みだな、と未明はぼんやり思う。

 

それから真昼と深夜が軽く戦って、簡単に真昼が勝利を収めて、今の深夜のレベルだったら自分でも勝てるだろうなと考えて。

グレンのことを深夜に話す真昼の嬉しそうな笑顔を未明は見つめた。

1番可愛くて1番輝いていて、1番素敵な恋する乙女の顔。

この心からの笑顔を守りたい、グレンにも見せてあげたいと、キシキシする心を無視しながら思うのだった。

 

 

小競り合い未満の後、真昼の隠れ蓑をすると、グレンと真昼が一緒になるまでの身代わりをすると決めたらしい深夜は、真昼に対しこれからよろしくと爽やかに返した。

それを聞いて穏やかに微笑む真昼の美しい顔に、深夜が少し目を奪われているのを感じ取り、邪魔してやろうとの悪戯心が働いた未明はたおやかな笑顔を貼りつけて言葉を吐き出す。

「よろしくね、義兄さん。」

 

「···そうか、未明様は真昼の双子の妹だから、僕は未明様にとって義兄になるのか。」

はっとしたように深夜は微笑む。

「ご不満?ああそれと、私も呼び捨てで構わないわ。

それにしても未明と深夜ね······似たり寄ったりな名前。」

「立ち位置も似てるって?」

お互いに真昼の影として仲良くしよう、そんなニュアンスが込められた言葉である。

 

「貴方、真昼に対しては遠慮気味だったのに、私には容赦無いわね。」

「嫌?」

「別に。どうでも良いもの。」

それは本心だった。

未明にとって大切なのは、真昼とシノア、それとグレンの3人だけで。

たとえ自分と結ばれる可能性がある男であっても、真昼の許嫁というだけで敵意を抱くに十分値する人間であった。

まあそれ以上にどうでも良いというのが本当なのだが。

 

けれどもグレン一筋の真昼と違い、未明の心に深夜に対して興味が湧いたのも事実である。

少し見ただけで、少し言葉を交わしただけで、似た者同士なのではないかと感じ取ったからだ。

自由に生きられない日陰者。そしてそれを受け入れた敗者。

環境も半生も全く違えど、同族の匂いには敏感なのである。

 

「···貴方なんてどうでも良いわ。

でも仲良く出来そうだし仲良くしましょう、義兄さん。」

深夜に向かって手を差し出し、それをあまり迷わず深夜も掴んだ。

お互いに手は冷たかった。

「その義兄さんっていうのやめない?」

ヘラヘラと笑う深夜に対し、未明も薄っぺらい笑顔を向けて爆弾を投下する。

「お義兄ちゃん♡」

語尾に♡マークは必須なのだ。

ちなみに未明の全身全霊での媚びた声に、真昼は腹を押さえて笑っている。

 

「義兄さんに戻して欲しいかな、やっぱり。」

「未明、お義兄ちゃんのことだーいすき♡」

深夜の引き攣った笑顔をものともせず、未明は頬の所で可愛らしく両掌を組み合わせる。

きゅるんと音が出そうな夢見る乙女ポーズである。

「やめて未明······やめて···。」

お腹が捩れそうだと真昼が訴えた為、未明はすっと真顔に戻る。

「···よろしくね、深夜義兄さん。」

「結局そう落ち着くんだ。」

肩を竦めてから、深夜はヘラヘラ笑いに戻った。

 

 

と、まあ深夜と未明の初対面は悪くは無かった。

良いスタートを切れたと言っても良い。

そのお陰か深夜は真昼ではなく未明と話すことが多かった。

真昼が2人とは違う当主候補としての訓練に追われているせいもあり、自然と2人きりになる時間があったのである。

呪符の研究の時も手合わせの時も、よく2人で過ごしていた。

 

人間観察が得意な深夜は真昼と未明を間違えることもなかった。

双子といえど成長するにつれ少しずつ性格の違いが現れてきていたのを誤魔化し、真昼の身代わりとして完璧になりきろうとしていた未明としては少し不本意ではあった。

だが深夜にだけはちゃんと未明と呼ばれるのは悪く無かったし、似てるけど似てないねと言われるのも擽ったかった。

似た者同士の2人は相性が良かったのだろう。

正直な所真昼と深夜より、未明と深夜の方が許嫁らしかったに違いない。

 

けれど、深夜は真昼の許嫁(もの)なのだ。

真昼にはグレンしかいなくとも、柊家の決定は絶対で。

それをひっくり返そうと真昼は足掻いていたし、未明もそんな彼女を支えていた。

しかしやはり、深夜が未明の許嫁(もの)になるなんてことは有り得ない。

未明はあくまで、真昼の影でしかないのだから。

真昼のおまけでしかないのだから。

そうしていつしか諦めた様に、未明は深夜を義兄と呼ぶのをやめた。

諦めながらも未練がましく、義兄と呼ぶのをやめた。

 

『深夜が欲しいんだろ?なら力を求めなよ。

僕なら君に力をあげられる。深夜を手に入れる力をあげる。』

そう甘い声で囁く鬼宿は無視して、縛りつけて。

初めから何もありはしなかったのだと封じ込めた。

何も欲さず、求めず、願わず。

 

グレンに代わる相手となりうる深夜を諦めた時から、未明の心は狂いだしたのだろう。

鬼の暴走を抑えなければ。

その為に欲望を制さなければ。

その為に感情を殺さなければ。

欲しいものなど何も無い。

恋情も愛情も欲情も抱かない。

抱いたとしてもすぐに押し潰す。

この身は、姉真昼の影として果てなければならないのだから。

真昼の笑顔の為に、グレンと真昼が結ばれる為に、シノアを守る為に、柊家という檻の中で生きなければならないのだから。

 

そうして未明は、(自分)を殺した。

芽生えつつあった可愛らしい恋心は踏み潰した。

初めから何も無かったことにして、完璧な笑顔の仮面をつけた。

 

 

 

次の未明の転機はきっと、第二次性徴期を迎えた頃だったのだろう。

具体的に言えば、子供を生む準備が出来たとの報せが訪れる直前。

その頃、夜嫌な夢に魘されるのだと真昼は未明に訴えていた。

未明は特筆すべきほどの悪夢を見ることは無かった。

時折夢の中で鬼がじゃれついてくるものの、それはとうの昔からあった為未明にとっては最早日常だった。

未明が起きている時であっても、鬼宿はお構い無しに話しかけてくるのだから。

しかしよくよく真昼の話を聞いてみた所、また幼いシノアにも聞いてみた所、姉妹3人は皆同じなのではないかという結論に至る。

 

3人の姉妹は、同じ母から生まれた未明達は、鬼とやらを混ぜられた実験体。

鬼を閉じ込めた鬼呪という武器を実用化する為の、柊家の研究者によって作り出された実験体。

しかし3人とも普通の人間で。

未明に至っては生まれた瞬間から今にも死にそうであったが、普通の人間で。

そうして実験は失敗したと考えられ、研究者達は実験を打ち切った。

だが実験はそれで終わってはくれなかった。

未明とシノアはごく幼い頃から、真昼は成長するにつれ鬼の声を聞くようになったのだ。

 

その事実を共有した時、真昼と未明は愕然とした。

鬼が語りかけている、しかも未明は鬼に喰われかけたことがあり拙いながらもどうにか制御している。

そんなことが当主に、柊家にバレれば、再び研究は始まってしまう。

今度こそ人間として生きていけなくなってしまう。

ならば欲望に我を失って壊れてしまう前に、狂ってしまう前に、鬼を制御しなければ。

 

そう決めて、真昼と未明が密かに鬼に関する情報を集め始めた矢先だった。

未明が柊家に与えられた役割の通り、真昼の身代わりになって誘拐されたのは。

 

 

 

最有力の当主候補になっていた真昼は、柊家と敵対する勢力に狙われることが増えていた。

大抵は護衛や真昼自身、また未明や深夜が撃退していた為大事にはならなかった。

しかしその時は運が悪かった。

真昼にくっついていた護衛が離れた為、がら空きになっていた未明は格好の獲物でしかなかった。

しかも未明は未明で、調べ物に追われていたせいで睡眠時間が足りず注意力散漫で。

しめしめと思った敵方に、柊真昼だと勘違いされた柊未明はあっさりと誘拐されてしまったのだった。

 

身代金だの何だのを柊家に要求する誘拐犯の声を遠くに聞きながら、未明はされるがままになっていた。

というよりそもそも、運の悪いことに耐性が薄い薬を嗅がされていて、体の自由が利かなかったのだ。

真昼が無事なのかも分からない今の状況で、自分が真昼ではないと申告するのは愚策中の愚策。

今はとにかく弱々しいお嬢様を演じていようと、呪符で拘束されたまま冷たい地面に転がされていた。

 

しかし未明はふと思い当たってしまった。

当主候補の真昼は無事なのだ。

柊家にとって大事な真昼は無事なのだ。

その状態下で、真昼の身代わりとしてちゃんと誘拐されただけの未明なんかを助けに来るのだろうか。

誰が、来てくれるのだろうか。

 

心臓に氷を押し付けられた様に、すっと体温が低下する。

それから口をついて笑いが漏れた。

柊家にとって何の価値も無い自分に気付いてしまった。

真昼がいなければ、何にもなれない自分に気付いてしまった。

別に柊家に認められたかった訳ではない。

けれどもそんな自分がどうしようもなく哀れで憐れで、薄い笑いが溢れ出す。

 

未明はお姫様にはなれない。

運命の王子様に助けて貰える囚われのお姫様にはなれない。

助けてと言った所で誰も助けに来てはくれない。

グレンは遠い。

真昼やシノア、深夜が未明を助けようと思ってくれたとしても、柊家に阻まれてしまうに違いない。

あら?それなら誰も私を助けてはくれないんじゃないかしら。

あらあら?それなら私はどうなるのかしら。

 

怯えた様子など捨て去って、誘拐犯を嘲笑うかの様に笑い声を立てる未明に苛立ったらしい誘拐犯は、未明の髪を掴んで頭を上げさせて、それから容赦なく頬を張った。

未明はぐにゃりと再び地面に倒れ伏したが、それでも笑いは止まらなかった。

頬からジンジンと全身に痛みさえも哀れで仕方なかった。

どうせ訓練で痛みには慣れきっている。

痛くても別段顔には出ない。

 

それが更に癇に障ったのか、誘拐犯は寄って集って未明に暴行を加えた。

殴られ蹴られ肌を切り裂かれようとも、幼い体を凌辱されようとも、未明は狂った様に笑い続けた。

声が枯れても掠れても、あははははと笑い続けた。

心身共に酷く深く傷つけられても、体が未発達の少女の時点で奪われるのは悲劇でしかなくても。

涙なんか流す暇がないくらいに笑い続けた。

 

 

しかしその狂った悲劇は唐突に終わりを告げる。

出来うる限りの凌辱を加えられ死んだ様に倒れていた未明は、何の返事もしない柊家に痺れをきらした誘拐犯達が当主の子供を更に攫って来ようと相談しているのを耳にした。

そして狙いが定まったのは柊シノア。

誘拐犯達が攫ったと思っている柊真昼───実際は未明だが───の幼い妹である。

幼いシノアならば簡単に拐かせると思ったのだろう。

だがそんなこと、そんな酷いこと、お姉ちゃんが許す訳がないのである。

 

シノアの名前が誘拐犯の口から出た瞬間、未明は腕に巻きついていた呪符を破り捨てていた。

長きに渡る拘束のお陰で薬の効果はきれていた。

途中で再度薬を嗅がせておけば良いものの、誘拐犯は未明をいたぶるのに夢中でうっかり忘れていたらしい。

ギョッとする誘拐犯に優しく笑いかけてから、未明は誘拐犯の1人の頭を蹴り飛ばした。

ごきりと嫌な音がした。

 

狂気的な閉鎖空間の中、心身ともに摩耗していた未明は、恐らく無意識的に鬼宿の力を使っていた。

半憑依といった所だろうか。

鬼の力を引き出さなければ、簡単に成人男子の首をへし折ることなんて出来やしない。

一気に混乱状態に陥った誘拐犯のアジトで、未明は端に転がっていた小さなナイフを拾い上げる。

それから後はお察しの通りだ。

ナイフ1本、拳1つ、足1本で、満身創痍の未明は誘拐犯を制圧せしめたのである。

 

 

まだ息がある誘拐犯の頭を踏みつけて、未明は重いドアを全身の体重をかけるようにして開ける。

ふらふらと酷い空間から這い出て、真っ白だった筈なのに今や美しい赤色のワンピースの破れた裾を弱々しく掴んで、それから糸が切れた人形の様に地面に崩れ落ちる。

 

あの酷い部屋からは脱出出来たが、まだアジトの中である。

他に仲間がいるかもしれない。

早く立ち上がって外に出なければと力を振り絞ろうとするが、もう1歩も動けない。

気力も体力も使い果たしてしまい、鬼の力を借りることも出来そうにない。

ギャーギャー泣き喚く鬼宿をうざったく思いながら、未明はひんやりとした地面に火照った体を預けた。

そしてゆっくり瞼を下ろす。

馬鹿馬鹿馬鹿、未明の馬鹿と必死になる鬼宿の声も遠い。

それから意識は遠くなり、視界は暗くなり·············

 

 

「起きろ。」

冷たい声が投げつけられると同時に、乱暴に体を起こされる。

何が起きたのだろうとぼんやりぐるぐるする視界のど真ん中に映るのは、知らない少年の顔。

グレンではないかと一瞬変な期待を抱いたのが馬鹿らしい。

全く見覚えの無い顔だ。

誰かは知らない。

厳しそうな目と、凛々しい顔立ちが印象的である。

 

「お前が未明だな。」

真昼ではなく未明と呼ばれた為、ひとまず誘拐犯の仲間ではないと判断した未明はこくりと頷く。

「奴等は···お前が始末したのか。」

傍らに転がる血染めのナイフを見て、未明を無理矢理立ち上がらせる少年は悟ったらしい。

「真昼に隠れてばかりの愚者だと思っていたが、お前も悪くないじゃないか。」

真昼のことも知っているらしいこの少年は誰だ、と未明は眉をひそめる。

 

そんな未明を鼻で笑う少年は、彼の後ろからやってきた未明にも見覚えのある柊家の人間に未明を引き渡す。

ポイッと乱暴に投げ捨てられるように飛ばされたが、あまり痛くはなかった。

思いやってはくれたのだろうか、と瞼に垂れてくる血をゴシゴシ拭いてから、続々現れる柊家の人間に慣れた様子で指示を出す少年を未明はじっと見た。

見覚えは無かったが、全く知らない顔だが、よくよく見ればその面影は未明の記憶の端に引っかかっている。

 

もしかして、と浮かび上がった可能性を自分で打ち消した後、未明はごくりと唾を飲み込む。

それからヒリヒリする喉に無理をいわせて、少年に対しての質問を紡ぐ。

「······柊暮人様···ですか?」

まさかまさか、というか否定してくれとの念を込めるようにして尋ねた。

 

「なんだその他人行儀な呼び方は。」

しかし否定しない。

寧ろ不満げである。

他人行儀も何も、今まで1度も会ったことがない気がするのだから仕方あるまい。

そんな文句を飲み込んで、歳に似合わない威圧感を放つ少年───柊暮人を再度呼ぶ。

「···暮人、お兄様?」

「どうした、愚妹。」

高圧的に見下ろしてくる彼は間違いない、間違いようがない、真昼と同じ最有力当主候補の兄柊暮人である。

 

「······父上様に、似すぎなのでは······?」

そんな間抜けな言葉を最後に吐き出して、未明の緊張の糸はとうとうプッツリといき、今度こそ意識は飛んでしまった。

 

 

ちなみに未明が気絶した後、当の暮人は未明の言葉に珍しくケラケラ笑っていたとか何とか。

真相は闇の中である。

 

 

 

 

 




クラピカに対しては、色々説明を加えたり面倒な部分を端折ったりしながら、話しているということでお願いします。
ミメイちゃんがずっと語り手状態で書くのも悪くはなかったのですが、色々疲れたのでやめました。
ご了承下さい。
キャラ崩壊してない···筈。


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