未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

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難産でした······。






23:踊るなら、白い靴で、貴方と

「さて、と。」

キュッとセーラー服のリボンを結ぶ。

それから鏡の前でくるりと1周。

 

髪はいつものサラサラロング。

解けないように美しく結んだリボン。

セーラー服の襟は立たない様に整えて。

勿論スカートのプリーツに乱れはない。

ニーハイやニーソ、生足よりも黒タイツ派のミメイは、今日も40デニールを履いている。

気分が乗れば、たまにはニーソやニーハイも履くのだが。

まあそんなこんなで、どこぞのセーラー戦士の様に決めポーズでもしてみようかと思ったり思わなかったり。

 

ともかく、真昼と同じ顔の美少女───つまり自分───に満足げに頷いて、ローファー風ブーツに足を差し入れる。

と、そこで音も無く飛んでくるのは1本の木刀。

それを易々と左手で掴み、続く第二の斬撃も軽く受け流し、木刀と攻撃してきた人間をポイと放り投げる。

何もおかしな所はない。

これが(まだ年齢的にギリギリ)華の女子高生であるミメイの玄関での一連の流れだ。

 

 

「クラピカ、攻撃が単調過ぎるわよ。」

「まずは木刀を使っての鍛錬に専念しろ、そう言ったのはお前だろう、ミメイ。」

吹っ飛ばされながらも、滑りやすい廊下のフローリングの上で綺麗な受け身を取ったクラピカ。

間髪置かず、2本の木刀を両手に持って再びミメイに飛びかかる。

「甘い。」

しかしミメイは半身でその攻撃も避け、飛び上がっている彼の片足を掴み、砲丸投げの容量で投げ飛ばそうと画策する。

 

「させるか!」

クラピカは咄嗟にまだ自由な方の足でミメイの肩を蹴り、拘束されていた足から無理矢理彼女の手を引き剥がす。

「もう、乱暴なんだから。」

痛い痛い、と肩を軽く押さえながら、再び廊下に着地して距離を取るクラピカを見下ろす。

「お前がそれを言うか。」

「えー、私は女の子だもーん。

でもクラピカは男の子でしょ?女の子に乱暴は駄目なんだよ?」

「女の子···そう、か······。」

「せめて否定して。諦めた顔しないでよ。」

もう何も言うまい、とミメイと目を合わせないクラピカ。

そんな彼に膨れるミメイ。

 

 

偽幻影旅団によって傷ついた体を、クラピカが回復させてから1ヶ月。

その間ミメイはめでたく18歳になった。

とはいっても、あっちの世界とこちら側では月も日にちもズレていた為、正確かと問われれば微妙なのだが。

ミメイらしく細かいことは考えず、7月26日という日が来れば1つ歳を重ねるというマイルールを定めていた。

 

3つ歳の離れたミメイとクラピカは、あまり似ていない姉弟の様に見えていた。少し前までは。

しかし今や同年代にしか見えなくなっていた。

成長期真っ只中のクラピカの背がぐんぐん伸び、とうとうミメイに並んでしまったのだ。

つまりこのままいけば、今は同じ高さであっても、いずれクラピカの身長はミメイを超えてしまうのだろう。

お姫様抱っこしやすいサイズの可愛いクラピカはどこにいったのかしら、と実は不満なミメイである。

まあ鬼と混ざっているミメイならば、彼がどれだけ成長しようとも軽々お姫様抱っこどころか肩車も出来るのだが。

 

 

 

「それじゃ私はもう行くわ。」

ミメイはパンパン、と軽くセーラー服の裾を払い、玄関のドアを開ける。

「待て、私も行く。」

クラピカは素早く木刀を背に括りつけ、ミメイの後に続いて靴を履く。

「えー、また?

あの賭博場で得られるものはもう無いんじゃない?」

「この前の客と今日の客が同じとは限らないだろう。」

玄関のドアを開け放つミメイの横を通り抜け、先に外に出て腕を組む。

 

「確かにそうだけど。

···ねえクラピカ、A級首の幻影旅団についての情報を握ってる人なんか、そう見つからないわ。

賭博場程度じゃ限界よ。」

カチャンと家の鍵をかけてから、先に歩き出しているクラピカの横にミメイは一瞬で移動する。

さながら“瞬歩”といった所か。

 

「···分かっている。」

ミメイの人間離れした加速度に慣れきっているクラピカは今更それには驚かず、難しい顔をして唇を噛む。

「やっぱりこの前聞いた、ハンターっていうその道のプロを見つけた方が良いんじゃない?」

「ああ、客が口にしていた賞金首ハンターのことか。

だが彼等も尽く返り討ちにあったと聞いた。」

「プロがそれかぁ······。」

 

 

ミメイが用心棒をしている賭博場の客が言っていたことだ。

この世界で最強の名を欲しいままにするハンターという人間達。

彼等の中にも色々と専門があり、その中でも戦闘に自信がある者がなるという賞金首ハンター。

多種多様な犯罪者を捕らえ、時には処理することを生業にしているその道のプロ。

そんな彼等でも幻影旅団には負けてしまったという。

 

その為悲しいことに、未だに幻影旅団についての情報は雀の涙ほど。

皆死んでしまったからだ。

幻影旅団のメンバーの顔を知った人間は皆。

結局メンバーには蜘蛛の刺青、また少なくともメンバーは10人以上、という程度のことしか分からない。

世に出回っているのもこの程度だ。

ミメイが得た情報としては、蜘蛛の刺青の真ん中には団員ナンバーが刻まれているということ。

どこかからかクラピカが入手してきたのは、彼等の中心には団長と呼ばれる頭がいて、それから幻影旅団と少しばかり関わりがある闇の世界の住人達は彼等のことを“クモ”と呼ぶということ。

 

世に出回っていない情報を得ていることから、日々のクラピカの努力が伺える。

だがまだ届かない。

手も伸ばせない。

そもそもどちらに手を伸ばせば良いのかも分からない。

幻影の名を冠するに相応しく、全ては霧がかった闇の中。

八方塞がりに近いだろう。

 

しかしその間も幻影旅団の犯罪は積み重なる。

どれもこれも凄惨で、耳を塞ぎたくなる様なものばかり。

その犯罪についての情報を、一言一句聞き漏らさない様、少しの見落としも無い様、頭に叩き込んでいたクラピカ。

カラー入りのコンタクトレンズで誤魔化していなければ、すぐに正体が露見してしまうほどにその両の目を赤く光らせていた姿は、ミメイの記憶にも新しい。

唇を噛みしめて、拳を握りしめて、肩を強ばらせて、強い憎しみと怒りを隠そうと努力して失敗していた彼を、ミメイは隣で見ていた。

 

グレンによく似た、彼をじっと見ていた。

 

 

 

「取り敢えずハンターを探してみるのが、今の最善策だと思うけど。」

階段を2人並んで降りながら、ミメイは人差し指を上げて提案する。

「いや、一流のハンターであればあるほど、その情報は霧がかるらしい。

つまり幻影旅団をどうにか出来るくらい腕の良い人間ほど、私達が見つけられる可能性は低くなる。」

残念なことにな、とクラピカは顔を曇らせた。

「情報戦はどうしようもないわね。

効率良く正確な情報を集める手段を私は持ってないもの。」

「お前が前私に付けてくれていた、あれでは駄目なのか?」

白いあれだ、と典型的な式神の形を空中に指で描く。

「ああ式神?駄目ね。

私と離れ過ぎても上手く働かないし、基本的に簡単な命令しか下せない。

正確な情報を世界各地から集めてこいなんて······不可能よ。」

「そうか···。」

ずーんと音が出そうな程、暗い顔をして俯くクラピカ。

 

「幻影旅団は闇の世界の住人だもの。

一応表世界に住んでる私達じゃ、手に入れられる情報には限界がある。」

「お前が懇意にしているマフィアでも駄目か。」

「うーん、マフィアは闇の世界と癒着してはいるけど別物だと思うのよ。

ほら、十老頭の1人の顔、貴方でも知ってるでしょ。

つまり完全な闇の世界の人間じゃないってこと。

本当の闇の世界の住人は、顔が分からないし、名前だって分からないものなのよ。

表に出ないから。」

あの人とはこの前賭博場で会ったでしょ、とミメイが言えば、何故かクラピカは渋い顔をする。

 

「どうしたの?あの人、そこまで性格悪くないと思うけど。」

クラピカに先んじて階段を降り、彼を見上げる様な格好になるミメイ。

「ああ、悪くはないだろうな。······。」

ミメイを見下ろして、ミメイの紫の髪を見下ろして、その一房を黙って手に取る。

「クラピカ?」

茶色の瞳を伏せる彼の顔を覗き込む。

「お前は、知っているのか。」

苦々しい思いを吐き出す様に、クラピカは言葉を紡いだ。

気晴らしか無意識かは分からないが、手に取ったミメイの髪を軽く指で弄びながら。

 

「何を?」

「あの男はお前を、」

「あ、妾にしようとしてるんでしょ。やだ、そんなの前からよ。」

ころころと笑い飛ばすミメイ。

クラピカはそんな彼女を見、心配した自分が馬鹿だったと顔に書いた状態で、手にしていたミメイの髪束を彼女に投げ返す。

「知っているならもう少し警戒心を持て!」

「えー、ちゃんと妾にされてないんだから良いじゃない。」

クラピカに投げつけられた髪が顔面にヒットし、某ホラー映画の貞○状態になったミメイは、そんな自分がおかしくて更に笑い声を高くする。

 

「というかあの人、自分の組に私を取り込みたいだけなのよ。

組員にするより愛人にしちゃった方が手っ取り早いから、再三私を誘ってるの。」

ほら私って強いから、と前に垂れ下がる髪を後ろに払いながら事も無げに言う。

「お前の腕だけを狙っている訳では無いと思うが。」

先日その十老頭の1人に会った時、少しばかり彼に牽制されたクラピカとしては気が気ではない。

どう考えてもあの男が狙っているのは······と嫁入り前の娘を持った父親の様に憤慨している。

 

「まあ私は可愛いから。」

顎に手を当てて、こてんと首を傾げて笑うミメイは確かに可愛い。

いつも通り心のこもった笑顔ではないが、それでも充分絵になっている。

年頃の少年らしく、自分の顔に血が上っているのをクラピカは感じていた。

そんな彼に気付いたミメイは満足そうに笑みを深め、ドーンとわざとらしくその胸を張る。

「だって可愛いでしょう。真昼と同じ顔なんだもの。

私が可愛くないって仮定した場合、同じ顔の真昼も可愛くないってことになる。

でも真昼は可愛い。誰よりも。

つまり仮定は間違っている。

従って私は可愛い。勿論真昼も可愛い。」

「変な証明を成立させるな。」

頭が痛い、と若干赤いままの顔を隠す様に額に手を当てるクラピカ。

 

「でも私は強いの。

そこらの男が私をどうこう出来る訳がない。

······ああ、グレンは別か。深夜は微妙かなぁ。」

クラピカはミメイ経由の話でしか知らない、彼女の遠い故郷の人間の名前。

その名を口にした時のミメイの声色は幾分か柔らかく、目には淡い哀愁が宿っていた。

それが何故か少しばかり気に食わなくて、クラピカはミメイを追い抜き、先に階段を降りるのを終えた。

すぐ後ろの、トントンと階段を蹴る軽やかな音を聞きながら。

 

 

「ミメイ、お前の髪は私と同じ様に世界七大美色の1つだ。

気を付けた方が良い。

お前が思っているよりずっと、お前は狙われやすい。」

周りに注意しながら、休日の朝のせいか人っ子一人いない通りを、2人は並んで歩く。

ミメイが認識阻害の呪符を使っている為、2人の会話を他人が耳にすることは無いのだが。

念には念を入れよ、というやつである。

 

「私ってば人気者。」

不思議な光を放つ紫の髪を揺らしながら、きゃらきゃらと笑うミメイ。

「ふざけている場合ではない。」

そんな彼女にお灸をすえようと、背中の木刀を引き抜いて攻撃を仕掛けるが、案の定ひらりと躱されてしまう。

「私の髪、本当に世界七大美色の1つなの?

実感が湧かないんだけど。」

珍しいけど普通じゃない?と髪で筆を作って、クラピカの目の前で猫じゃらしの様にそれを振る。

「幻影旅団の紛い物が確かだと言っていた。」

「でも偽幻影旅団さんでしょう?

信じるに足る情報とは思えないわ。」

邪魔だ、と髪で作った即席の筆をクラピカに跳ね除けられて楽しそうなミメイは、スカートの裾を遊ばせる様にクルクル回った。

 

元々この世界の住人ではないミメイからすれば、自分の髪が世界七大美色だなんて馬鹿馬鹿しいとしか思えない。

ただの勘違いに決まっている。

たまたま似通っていただけだろう。

ずっと前に滅びたらしい少数民族が持っていた、不思議な色の髪と。

 

 

「いや、金になる話には敏感なのが悪党というものだろう。

真実として断定は出来ないが、情報としては疑ってかからない方が良い。」

しかしミメイが閉ざされた辺境の生まれだと思っているクラピカは、そんな彼女の生い立ちさえも裏付けにして、「ミメイは世界七大美色の紫持ち」説を信じている節がある。

まあ情報というのは取り敢えず入手しておいて損は無いのだし、この髪に思いがけない付加価値が付いたのをミメイは邪魔とは思わない。

寧ろ使える手札の数が増えたと考えていた。

 

「そうね。嘘か誠か分からなくても、取り敢えず情報は手にしておいて損は無いもの。

貴方みたいに目的がはっきりしている場合は別だけど。」

隣のクラピカを見て、困った様に眉を下げる。

「私は正確な情報だけが欲しい。

ガセを掴まされて時間を無駄にするなんてことは、私には許されない。

一刻も早く奴等をこの手で捕らえなければならないのだから。」

何度噛みしめたか分からない赤い唇をまた噛んで、拳をきつく握ったまま足早に歩く。

そんなクラピカの半歩後ろを、踊る様についていくミメイ。

 

「貴方のそういう所、私は好きよ。

絶対に己を甘やかさない癖に、己の目的の為に欲望を昂らせるの。

そう、欲望を自分の快楽の為に行使しようとしない貴方が。」

「···。」

「だから私は、貴方がその生き方を貫く限り貴方に力を貸してあげる。

出来なかったと後悔した全てを、貴方にはしたいの。」

そこでなんとなくクラピカが足を止めたのに合わせ、ミメイも彼と向かい合う様に立ち止まる。

 

 

今日もいつもと変わりない顔をして昇ってきた太陽を背にしたミメイの、その細い紫の髪が光に透けて揺らめく。

そんな彼女を、悪戯っ子の様に口角を上げる彼女を、クラピカは凪いだ目で眩しそうに見つめる。

それから、

「困ってるなら、このミメイちゃんが助けてあげましょー。」

魔法少女か何かの様に指をクルクル回して、そのままクラピカの額を弾いてくるのに呻いて。

 

「何をするんだ。」

少し怒った様に抗議の声を上げれば、更に笑みを深くするミメイ。

「困ってるんでしょう。」

道の整備の犠牲になって切られたばかりらしい切り株を見つけ、その上にすっくと立ち、少しだけクラピカを見下ろしてミメイは安い悦に浸る。

ニヤニヤとチェシャ猫の様な笑みを浮かべ、彼の頬を両掌で包む。

「手詰まりなだけだ。」

「それ困ってるって言うのよ。

もー、素直じゃないなー、クラピカは。」

びよーんとクラピカの両頬を伸ばしてみる。

しかし肌の張りが良いのか無駄な贅肉が無いのか、何故なのかは知らないがミメイの予想に反し、彼の頬はあまり伸びなかった。

 

「つまんない。」

口をへの字にして不満を吐き出し、切り株から飛び下りる。

そして、その勢いのまま道を軽やかに歩き出す。

そんな我儘で気分屋な彼女の後を、呆れた目をしたクラピカがついて行く。

「まったく、私で散々遊んでおいてつまらないとは何なのだ。」

「あは、遊ばれてた自覚はあるんだ。」

ふうん、と愉しそうに目を細めるミメイにクラピカは溜め息を返す。

 

 

 

最近ミメイの表情が豊かだとクラピカは感じていた。

分かりやすくて良いし、笑っている彼女を見るのは悪くない。

普段は無表情に近い微笑を浮かべているが、時折ぱあっと花が綻ぶ様に笑う様になった。

しかしそれと同様、時折、いや度々ミメイは嗜虐的な笑みを描く様になっていた。

その笑顔は主に敵────つまりミメイやクラピカに危害を加えようとした者や、ミメイが始末するよう依頼された標的────に向けられる。

斬り刻んだ敵の血を浴び、泣いて命乞いをする敵の首を一息に刎ね、時にはそれ以上に苦しめて、苦悶と怨嗟の嘆きを嬉しそうに聞きながら命を刈り取る。

笑顔で。

ともすれば慈愛に溢れた女神の様な、恋人に愛でも囁いているかの様な、どこか恍惚とした笑顔で。

美しいのに、愛らしいのに、それ以上に恐ろしい。

 

何度も何度も、クラピカはその現場に遭遇した。

ミメイの仕事場である賭博場についていったり、標的の始末の手伝いをしたりすれば、嫌でも目に入ってくる地獄。

初めはそれ以上はやめてやれ、と止めに入った。

ミメイはキョトンと首を傾げ、それから地面に転がる人間としての原形を失った“モノ”とクラピカを見比べて、どうしてと笑いを返した。

「この人、貴方を攫って飼おうとしてたのよ。殺さないと酷い目に遭うのは貴方。」

と至極当然のことの様に、“ソレ”の首をぐりっと捻り、そのまま踏み潰した。

 

クラピカだって分かっている。

殺らなければ殺られる。

だから殺られる前に殺らなければならない。

そんなことは分かっている。

家族を失い、独りで生き始めた頃はそれが分からずに、何度も酷い目にあった。

そうして、人間は信じてはいけないと学んだ。

だから元々戦いを好む質ではないクラピカだって、自分の身を守る為に木刀を手にした。

殺すまではいかなくとも、再起不能になりそうな位やり返したことはある。

 

 

この世界は残酷だ。

優しくて弱い人間から死んでいく。

だから優しくなくて強いミメイは正しい。

生きているから正しい。

殺される前に殺しているから正しい。

 

それなのに。

何かがズレているとクラピカは感じてしまう。

殺られる前に殺ることに間違いは無い。

正当な理由がある。

だが、ミメイのあの行為に理由はあるのだろうか。

命を刈り取ることを愉しみ、花の様な笑顔を浮かべ、遊んでいるかの様に凄惨な現場を作る。

あれに理由はあるのだろうか。

 

前は違った。

粗末な小屋に住んでいた頃に、ならず者達が自分を狙ったあの時は、ミメイが一刀のもとに彼らを斬り捨てたあの時は、少なくとも彼女は笑っていなかった。

淡々と、いつも通りの無表情で、当たり前のことの様に終わらせた。

人の死の赤黒さに触れ、自分が成し遂げるべき復讐もその闇色を纏っていると知り、人の命を奪うという行為の異常性を十分理解した今のクラピカからすれば、何の感情も抱かずに殺人行為を終わらせていたあの時のミメイも相当おかしいのだと分かる。

 

同じ人間を殺したのに、特に何とも思わない。

それを異常と呼ばずに何と呼ぶ?

クラピカはその異常を責めたい訳でも、問いただしたい訳でも無い。

ミメイの特殊な生い立ちからすれば仕方ないのだろうと思っている。

 

だが、あの残虐性は仕方ないものなのだろうか。

無表情どころか蕩ける様な笑みを浮かべて、人の命と感情を弄ぶあの嗜虐性は。

快楽殺人鬼か、その類なのか。

無差別殺人鬼か、その類なのか。

しかし見れば見るほど、ミメイはそのどちらでもない。

人の命を奪う時も笑ってはいるのだが、愉しそうではあるのだが、終わった瞬間つまらなそうな顔にくるりと変わってしまう。

己の手で生み出した死体を、自身の芸術か勲章かの様に愛でたり観賞したりすることが多い快楽殺人鬼とは違い、ミメイは全く死体に興味が無い。

また、無差別に人を殺めて回っているという訳ではないのだ。

マフィアからの依頼や、殺られる前に殺れ精神、先手必勝法、それらに忠実に従って、ミメイは殺人を為す。

 

 

だからクラピカは余計に分からない。

ミメイは間違いなく異常な筈なのに、本能的に触れてはいけない何かだと分かるのに、それなのに彼女は正しいのだ。

間違ってなどいないのだ。

鬼か何かの様な残虐性だって何だって、普段は全く見せはしない。

時折人間離れした冷たさ、恐ろしさを感じることもあるがそれは今に始まったことではない。

そもそもそれは、ミメイの整い過ぎた怜悧な美貌のせいで生まれているのだろう。

 

だからクラピカはミメイから離れられない。

彼女はおかしいのに、恐ろしいのに、本能的に逃げた方が良いとも思うのに、体が動かない。

美しく、儚く、今にも朝日の中に融けそうな鋭い氷柱の様な彼女。

誰より赤い血が似合う、狂った鬼の様な彼女。

それでもやはり、じっとりとした孤独を抱えた帰り道を忘れた幼子の様な彼女から離れられない。

無表情の裏に隠された、無邪気で愛らしい笑顔を浮かべる彼女から。

同じような孤独を抱え、何度も自分の命を助け、一応師の役割をしてくれているミメイから逃げられない。

 

彼女に抱くこの感情は何なのか、クラピカには分からない。

いや、分からなくても良いのかもしれない。

結局の所、彼女に向ける感情の中で多くを占めているのは、色々な意味を混ぜ込んだ恐怖なのだろうから。

 

 

だからクラピカは今日も──────

 

 

 

「塀の上を歩くなと言っているだろう!」

好き勝手に彼を振り回すミメイに叫ぶのだった。

 

普通に道を歩くのに飽きたのか、民家の周りを囲んでいる塀の上を器用に歩くミメイ。

クラピカの声など聞こえないかの様に、その短いスカートをはためかせてスキップしている。

地上1m以上、幅10cmの上で。

「何度目だと思っている?」

塀が途切れたとしても、ひょいと飛び跳ねて次の塀へと乗り移る彼女に追い付く為にクラピカは自然と早足になる。

なりながら、今日もお説教を始める。

 

「んー、3回目ぐらいかしら。」

「もっとだ、馬鹿者。」

降りろ、と言ってはみるものの、馬の耳に念仏である。

街路樹を足場にしたりと、よりダイナミックになっていくばかりだ。

「クラピカってお母さんみたい。

よく知らないけど、こうやってお小言ばっかりくれるのがお母さんなんでしょ?」

「誰がお母さんだ。」

「じゃあ姑?あ、それとも小姑?」

「私は男だ。」

「えー、料理出来るし可愛いし、やっぱり女の子なんじゃないの?」

「······。」

静かにクラピカは木刀を構える。

そして音も無く塀の上に飛び乗って、無言のままミメイの後を追い始める。

 

「怒った?」

クラピカの方を振り返り、後ろ歩きのまま塀の上を進むミメイ。

全速力で追っているのだが、まだまだ彼女は余裕のようだ。

それが悔しいクラピカは、口を動かす分のエネルギーも足に回し、更に加速する。

「······。」

「怒ってるじゃない。

駄目よ、クラピカ。そんな風にすぐ感情を動かすのは。

弱みを見せてるのと同じよ?」

よいしょ、と軽々空中に飛び上がり、そこからバク転をする様に一回転、そうして華麗に地上に降り立つ。

何も持たない手を後ろに組んで、長い両脚をピンと伸ばして、綺麗に微笑んでいる。

クラピカがやってくるのを待っている。

 

 

「······そんなことは嫌という程分かっている。

だが私を女扱いするのは、お前に女扱いされるのだけは気に食わない。」

まったく、と本日何度目かの溜め息の後、木刀を再び背に括りつけながら、澄まし顔のミメイの隣に立つ。

「あら、可愛いこと言うのね。」

摘み取ったばかりの綿花の様な笑みを浮かべて、おもむろにクラピカの額に手を伸ばす。

しかし完璧に音が消されたその動きに、少し彼女から目を逸らしている彼は気付けない。

今日もやはり気付けずに、避けれずに、

「だからそうやって私を女扱いするのはやめろと······ぃった、い······やめろ。」

ただ痛む額を押さえて、臍を噛むことしか出来ない。

 

「いつなのかしらね、貴方が私にデコピン出来るのは。

今の所私の全勝なんだけど。」

たった今クラピカにデコピンを放った指をゆるりと動かし、手で狐を作る。

そして小馬鹿にした様に、狐の口部分をパカパカ開閉する。

「っ、少しは手加減をだな。」

「して欲しいの?」

ふーんクラピカよわーい、という副音声が聞こえそうな雰囲気で笑う。

「···必要ない。」

これ以上馬鹿にされてたまるものかと、クラピカはまだ痛む額から手を離し、そっぽを向いて歩き出す。

 

「もう拗ねないでよ、クラピカ。」

ほら仲直り、と一瞬でクラピカの前に先回りし、手で作った狐の口部分───つまり指の端───をクラピカの額に押し当てる。

今度は痛みを与えずに、柔く優しく触れる。

「拗ねてなどいない。」

突然の近距離、しかも真正面に反射的に顔を薄く赤らめる彼の心中を知ってか知らないでか、するりと頬を滑り落ちてきた髪の房をミメイは、長い白い指で耳上に掻き上げる。

その何気なくも色っぽい動作に、クラピカは視線を僅かに彷徨わせた。

 

「まあミメイちゃんは優しいので?

今日も朝からミメイちゃんにおちょくられて傷心中のクラピカちゃんの為に、耳寄り情報を教えてあげましょー。」

コンコン、と狐の安っぽい鳴き真似をしながら、狐を形作っていた指を戻し、今度は普通に人差し指を1本立てた。

「貴方が知りたいのは幻影旅団についてよね?

それで、今までずっと幻影旅団の情報を手に入れようと努力してきた。

でもめぼしいものは全く手に入らない。

ならそろそろ、少し別のアプローチをしてみるべきだわ。」

 

 

ふざけた雰囲気を消したミメイに、クラピカの顔も自然と引きしまる。

「別のアプローチか。···具体的にはどんなものがある?」

「折角マフィアとの繋がりがあるんだもの。

使わない手は無いでしょう?」

「だがそれはあまり意味が無いと」

「ええ、さっき私はそう言った。

でもそれは、幻影旅団の情報入手の手段としては、ってこと。

見方を変えてみて。

貴方が会った十老頭の1人は比較的性格が良いし、趣味も良いの。

だから彼の管理下にある賭博場は、あんまりその色を纏ってない。

······人身売買のね。」

クラピカはその言葉に弾かれた様に目を見開き、それから苦しそうに吐き出した。

 

「人体収集家、か。

確かにマフィア───裏社会の金持ちともなれば、さぞ素敵な趣味を持っていることだろう。

金にものを言わせて珍品を買い集め、己の懐に入れて愛でている下衆共め。」

カラーコンタクトレンズ越しでも赤くなっていると分かるほど強く、クラピカはその瞳を燃え上がらせる。

「ええ、その中にはきっと緋の眼を持っている人間がいる。

もしくは緋の眼を持っている人間を知る人間、緋の眼やその他珍品を取り扱う闇オークション、その闇オークションに商品を卸す人間······辿ればいくらでも情報は得られるわ。

そしていつかは、緋の眼を闇オークションに卸した幻影旅団に行きつく筈よ。」

貴方の目的にね、とミメイは小さく頷いた。

 

「しかし人体収集が趣味の人間は大抵、そのことをひた隠しにする。

いくらその素敵な趣味が許容されうる裏社会の中でも、そう易々と自分達の趣味をひけらかしはしないと思うが。」

「それでも人体収集家は、自分と同じ様に自分の宝物の価値を理解してくれる同胞を求めるわ。

そして口の固い、信用出来る、良い品物を扱う売り手と繋がりたいと思うに決まっている。

決して1人では人体収集という趣味を愉しめない。」

既に指を立てている方の手はそのままにして、もう片方の手の人差し指もピンと伸ばす。

そして、その2本の指を肩幅以上開いてから、ゆっくり両手を動かして近付けていく。

 

「そう、1人じゃないなら必ずどこかにルートはある筈なの。

見えにくくても、巧妙に隠されていても、必ず幻影旅団まで繋がっている糸がある。」

こんな風にね、と腹同士がくっついた2本の人差し指をクラピカに見せて微笑む。

「どう?試してみる価値はあるでしょう。」

「ああ。

私も人体収集家と噂されている金持ちの名前には心当たりがある。」

ミメイの言葉に大きく頷き、新たな手がかりになりそうな情報を頭の中で整理しながら指を折る。

 

「あら良いじゃない。そんなものどこで知ったの?」

むにぃと人差し指でクラピカの頬を押し、その弾力にミメイは楽しそうに笑う。

「探偵の真似事をしていれば少しはな。

あとは噂話だ。

信憑性の低いくだらないものもあるが、確かめる価値のあるものも無いことはない。」

クラピカはミメイの手を払うことはせず、彼女のしたい様にさせたままにしておく。

何をした所であまり意味が無いのはとうに知っていたし、無邪気に笑っている彼女を見ているのは案外良い気分だったのだ。

 

「そう。でもそれはそれで、地道な作業になりそうね。」

早くも飽きたのかクラピカの頬から指を離し、小さな溜め息をつく。

「だが幻影旅団の姿を捉える為には、今はこれしかないだろう。

それならば私はやる。やり遂げてみせる。必ず。」

端正な顔の真ん中で、赤々と輝く瞳。

誤魔化す為のコンタクトレンズの色が全く機能していないその強い目に、ミメイは嬉しそうに、それなのにどこか寂しそうに微笑んだ。

 

 

「どうかしたのか?」

訝しげにミメイを見つめるその目が、その強い意志を秘めた目が、ミメイの身を、心を、燃やすのだ。

ジリジリと燃やし尽くして、痛みを生んで、少し治ったならまた焦がしていく。

“これ”が何なのか、ミメイはもう知っていた。

知ってしまっていた。

抑えなければならないもの。

口にしてしまえば終わってしまうもの。

触れた瞬間その手で壊してしまうもの。

違うのだと否定し続けなければならないもの。

真昼に向け、グレンに向け、深夜に向けかけた、儚い何か。

 

「ううん、何でもないの。

ただ、ただね、」

何となく分かっていた。

真昼がその感情故に鬼に堕ち、世界を滅ぼす歯車を回した様に、恐らくミメイも同じ道を辿る。

破滅という道を歩いていく。

どんな形かは分からない。

それでも訪れるのだ、終わりの足音は。

血と硝煙と、そんな生臭い臭いを引き連れた足音がヒタヒタやってくる。

 

どうしてクラピカにここまで執着し、助けたいと願うのか、それを知りたいとミメイは欲した。

今度こそ後悔をしたくないのだとミメイは欲した。

だから鬼はミメイを喰らい、そうしてミメイは力を得た。

真昼が力を得た様に。

 

それならば答えは明白だ。

問うまでもない、解答を見るまでもない。

分かりきった答えが目の前にある。

だがミメイはそれを手に取ることは出来ない。

手にしたが最期、全てを握りしめて壊してしまうと分かっている。

真昼の様に、壊れてしまう。

人間でいたいと思うことを放棄して、欲望を糧にして生きる鬼に堕ちるだけ。

 

かつて真昼は、ミメイに人間でいて欲しいと願った。

だからミメイは、彼女と約束した。

この前クラピカは、ミメイを人間だと言った。

だからミメイは、人間でいたいと思う。

彼が言う様に、彼が望む様に人間でいたいと。

体がたとえ人間でなくなっても、人間らしさを忘れてしまっても、人間でいたいと願うのだ。

 

 

「クラピカ、今日の私は人間に見える?」

だから今朝も昇ってきた憎々しい太陽を背にして、愚かな問いを口にする。

「何を当たり前のことを言っている。

お前は人間だろう。」

一瞬キョトンとして、それから当たり前の様に溜め息混じりに返してくれる。

それが嬉しくて、哀しくて、愛しくて、苦しくて、ミメイは仕方なく笑ってみる。

いつか訪れる終わりで、彼がこの笑顔を思い出してくれる様に。

この心の焦げつきごと刻みつける様に。

 

「そう、なら良かった。」

くるくるくると髪を指に巻き付けて、すぐにしゅるんと解いて。

そんな意味のない動作を繰り返しながらも、笑い続ける。

「大丈夫か?」

「心配してくれるの?優しいのね。」

「いや頭は大丈夫かと思ってな。」

「あら、もうとっくにネジは外れたし、多分どこかに落としちゃったの。

だからもう手遅れよ。」

そう、手遅れなのだ。

茶化して誤魔化して、笑い飛ばしてみても、手遅れな事実は変わらない。

多分生まれた時から手遅れだった。

鬼なんかと混ざって、あんな狂った世界に生まれてしまったのだから。

始めから終わっていたし、もうどうしようもなく手遅れだった。

真昼はそれを、最初から知っていた。

ミメイも知っていた癖に、知らないふりをしていた。

 

 

「それは残念だ。」

「あんまり思ってないでしょう。

そんな悪い子には耳寄り情報を教えてあげられないわ。」

笑い話に融かして、おふざけに変えて、嘘の上に虚構の骨組みを立てていく。

何も無いのだと、終わりも始まりも無いのだと、せめて彼にだけは気付かれない様にと笑ってみる。

自分が1番よく分かっているのに、その自分を欺く為に鎖の様な嘘をついて。

忍んで忍んで、水をかけても何の意味もない焼け石の様な心を抱えて。

 

「何だ、まだあるのか。」

「万能系サポートキャラのミメイちゃんは無敵なの。

何の手段も無しに案だけを提示するなんてありえないのよ。」

勿体ぶるな、と目で語ってくるクラピカを揶揄う様に軽く手を叩いて、からから笑う。

ほらこうして誤魔化してしまえば、誰にも分からない。

誰かに分かる筈がない。

 

 

─────本当に?

─────本当は分かって欲しい癖に?

─────自分はよく分かってるのに?

 

 

鬼宿の囁きは無視して、ミメイは1歩踏み込んでからクラピカの手を取った。

それからくるりと彼の体を回転させて、ミメイ主導のふざけたワルツのステップを踏んでみて。

突然のことに戸惑う彼に漣の様な笑いを落として、助けてあげましょーとまた適当な言葉を転がして。

123、123、123。

決まりきった三拍子を頭に響かせながら、優雅にターンを決めてみる。

 

「そう、こんな風に踊ってみるの。

愚か者達が作り上げた汚い舞台で、ステップを踏むの。」

「······私としては往来で踊っている暇があるなら、早くはっきり言って欲しいのだが。」

憮然とした顔のままミメイのリードに合わせて緩やかに足を動かす。

日々の修行のお陰か、その動きから一切の無駄は省かれている。

「えー、クラピカってばノリわるーい。

遊び心って奴が全く分かってないのね。」

ほら、ここでターン、とクラピカの体を多少乱暴に振り回し、鈴を転がす様な声を上げて笑う。

 

「血溜まりの上でも、針山の上でも、茨の上でも、貴方と踊るなら楽しそうね。」

「私は全く楽しくない。」

「うん、私が楽しければ良いの。

貴方が一緒に踊ってくれるなら、それで良いのよ。」

終わりまで。

いつか必ず訪れる終わりまで。

 

 

「だから踊ってみましょうか。

愚か者達が作ってくれた機会を逃さないで。

幸い私は絶好のターゲットだから、あっちが逃がしてくれないんだけど。」

低めのヒールを軽く鳴らして、一回転。

それから可憐なお辞儀をして、そっとクラピカの手を離す。

「あっち······まさかあのマフィアの」

ミメイが懇意にしているボスを思い浮かべたらしい。

「ぶっぶー。違いまーす。

闇オークションよ、アングラなものが集まる闇オークション。

丁度依頼も入ってるのよ。潜入して来いって。」

「ミメイ、お前まさか、」

ついさっきミメイが口にしたターゲットという言葉を思い出したのか、クラピカが眉を顰める。

 

「そうよ、私が商品になるの。

闇オークションに出品されて、私を買った人間の懐に潜り込んで、情報を貰うのよ。

時と場合によっては命もね。

幾つかキープしたままの依頼もあるし。」

あれとあれと、と闇オークションの常連客であるターゲット達を指折り数える。

「危険だ。お前がやる必要は無い。私がやれば良い話だ。」

眉間に皺を寄せて、ミメイに噛み付く。

 

「貴方が商品になったら、本末転倒でしょう。

その眼を取られて、はいおしまい。違う?」

「だが、」

「確かに貴方は、闇オークションに出す商品としてうってつけだわ。

若いし、綺麗だし、見た目は申し分無いもの。

でも貴方、絶対にその目の色を変えるでしょう?

それこそ危険なのよ。」

冗談言わないで、と一笑に付す。

「そもそもこれは私の問題だ。お前には関係無い。

私が成し遂げなければならないことだ。」

目をまたもや赤く光らせて、ミメイに詰め寄り強い口調で宣言する。

が、ミメイは子猫がじゃれついてきたかの様に目を細めるだけである。

 

「ふうん、そう。

じゃあ貴方、今のままで自分一人でどうにか出来るの?」

「···。」

赤い唇をくっと結び、悔しそうに拳を握りしめるクラピカに、ミメイは更に畳み掛ける。

「可愛くて、弱くて、力の無い貴方が?

失えば失うほど人は力を得るものだけど、失うものさえ持たない今の貴方が?

どうやって復讐を成し遂げるのかしら。」

「私は、」

俯きそうになりながらも、その目だけは逸らさずにミメイを睨んでくる。

 

「どうするの?何を私に見せてくれるの?」

楽しみね、と手を後ろで組んでくすりと笑う。

「······私は、けれど私は、」

ミメイの胸倉を掴もうとしたものの、そこまでの気力は湧かなかったのか、僅かに震える手で彼女の胸下のセーラー生地を掴んでから、拒絶しようと力を抜く。

が、結局離せずにミメイに縋る様になってしまい、クラピカは唇を噛みしめる。

 

「ああクラピカ、貴方のそういう所が好きよ。

誰にも頼れない、誰にも頼りたくない。

頼ってしまったら、自分で自分を許せない。

だから貴方は1人でやろうとする。

孤独でいようとする。」

そう甘い優しい声で囁いて。

その形の良い顎に手をかけて、下向きがちな視線を無理に自分に向けさせて。

睨み上げてくるその赤い瞳に、ミメイの口角は独りでに上がっていた。

 

ミメイに頼れば、復讐に1歩近づくと分かっている。

自分1人よりも遥かに早く、旅団に近づくと分かっている。

目的の為なら手段は選ばない。そうすべきだとも分かっている。

しかしミメイの助けをそう易々とは受け入れたくはない。

そんなクラピカの葛藤が手に取る様に分かるミメイは、より彼を苦しませる様に悩ませる様に言葉を選んでいた。

全くの無意識で。

 

 

「大丈夫よ、貴方のことはついでだから。

最優先事項はあくまで依頼。

そうよ、貴方の復讐なんて私には関係無いもの。

これはただの気まぐれ、たまたま、なんとなく。」

ふふ、と輝く様な微笑を浮かべて、クラピカの顔を覗き込む。

ついでと言われて、少しだけ傷ついたのか陽炎の様に瞳を揺らす彼に、胸がジリジリ痛み、と同時に甘い痺れが湧き上がる。

「だから貴方は何にも心配しなくて良いのよ。

可愛くて弱い貴方は。」

「······っ!」

いい子いい子、と撫でてあげようと額に伸ばした手は乾いた音で振り払われる。

 

「もう、乱暴なんだから。」

あら怖い怖い、と赤みを帯びた手の甲を唇に当て、クラピカに妖しく笑いかけるが彼は昏い目で睨みつけてくるだけ。

「······先に行く。」

それからミメイに背を向けて、人通りのない道を早足で歩いていってしまう。

その背中をミメイは追わない。

笑って、見ていた。

怒りや情けなさで震えるその細い肩を、見ていた。

 

 

『虐め過ぎじゃない?』

鬼宿がミメイの頭に声を響かせる。

くすくすくすと面白そうに笑っている。

「あらそうかしら。」

もうクラピカの姿は見えない。

角を曲がって行ってしまった様だ。

 

『うん、未明にしてはね。

ほんと、クラピカにだけは不思議なくらい君は容赦ないなぁ。』

クラピカがミメイの言葉に怒り、2人の距離が開くのは今回が初めてではない。

ミメイが鬼に喰われてから増加傾向にあるが、前からあったことだ。

地雷だらけの土の上でワルツを踊る女、それがミメイなのだから。

そのワルツを1人で踊るのではなく、クラピカも巻き込むからより質が悪い。

ミメイが言葉の刃で甘く優しくクラピカを傷つけるだけではなく、彼も自分の言葉を針にして心に刺してしまう。

気付かないうちに。

 

「可愛い子ほど虐めたいって言うでしょう?」

赤い舌を少しだけ見せて、最近やけに尖ってきた犬歯の具合を確かめる。

親知らずでも生えてくるのだろうか。

その影響で犬歯が外に押し出されているのだろうか。

 

『はは、好きな子ほど虐めたいって言うんだろ?』

「······。」

鬼宿の言葉に黙って唇を閉じる。

『まあ何にせよ、悪趣味だと思うけど。

僕はそういうの好きだけどさ。』

「貴方の嗜好は聞いてない。」

『何言ってるのさ。君の嗜好だろ?

僕と君は同一存在なんだから。』

「うるさい。」

手近にあったガードレールの端を掴み、なんとなく力を入れてみる。

しかし予想通り、メキョリと可愛らしい音を立てて、一瞬で原型をとどめぬ哀れな姿に変わってしまう。

 

『まあ気をつけなよ。

虐め過ぎたら逃げられちゃうかもよ?』

「···。」

『うわ、凄い顔。怖いなぁ。』

欲望まみれじゃないか、と嬌声を上げる。

「黙って。」

『はいはい、鎖が追加される前に僕は退散するよ。』

「そもそも必要以上に出てこないで。」

『やだね。』

あっかんべーと笑いながら、鬼宿は心の奥底に潜っていく。

 

 

「そんなに虐めてなんか、いないのに。

いない筈なのに。

少しからかって遊んだだけなのに。」

さっきクラピカが掴んでいたせいで出来た、セーラー服の皺を指でなぞる。

それからくうくうと哀れな泣き声を上げる、その凹んだ腹に手を当てて、じんわり熱い衝動が渦巻いているのを掌で感じる。

腹から胸へ、それから口へ手へ足へ、全身へ。

 

傷ついて揺れる瞳。痛そうに歪める顔。

ミメイの言葉に、一挙一動に、可哀想なくらい振り回されて。

そんな彼を目にして確かに苦しかったのに、ミメイだってちゃんと傷ついたのに。

可愛い可愛いクラピカに、拒絶されて悲しかったのに。

それなのに。

 

「どうして私、笑ってるのかしら。」

血化粧を施した様な唇を扇情的に開き、その唇の熱に薬指を這わせ、小首を傾げる。

 

 

 

人っ子一人居ない大通りで、胸を踊らせる鬼が2匹いた。

 

 

 

 




被虐趣味と加虐趣味って、表裏一体だと思う今日この頃。

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