未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

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2:安全マージンたっぷり修行

念能力。

 

それがこの世界の力だという。

あらゆる生物が持つ生命エネルギーであるオーラを自在に使いこなす力。

鬼呪装備同様、限られた人間しか使いこなす事は出来ず、努力は勿論先天性の才がものを言う所があるらしい。

普通の人間はオーラを溢れ出させる精孔とやらが閉まっており、オーラは微弱に外に垂れ流されているとのことだ。

それとは違い、オーラを使いこなす人間───念能力者は、オーラを放出する精孔が開いており、そこから出てくるオーラを思うがままに行使出来る。

 

つまり念能力者になる為の第一歩は、精孔を開けること。

座禅や瞑想等により自身のオーラを感じてゆっくり開くことが多いらしい。

 

 

と、ここまでクロロの解説と鬼宿の補足説明を頭の中で纏めていたミメイは、ふと気付いた事があった。

 

飯屋を出てから、夜中だというのに修行と称して空き地で講義を始めたクロロ。

教えて貰う立場で彼に逆らう事も出来なかったミメイは、初めての情報に戸惑いながらも、新たな力を習得していった。

彼がお節介おばさんの様にミメイに稽古をつけてくれる理由は未だ謎だが、貰えるものは貰う、奪えるものは奪う主義なのがミメイである。

それが、元の世界に戻る為に必要そうなものであれば尚更だ。

そうやって真面目にクロロ先生の授業を聞いていて、先述の様にミメイは気が付いたのだ。

精孔を開ける為に自分は座禅も瞑想もしていない、と。

 

「クーさん、私は瞑想も座禅もした覚えは無いんだけど」

精孔を閉じてオーラを全く出さない様にする“絶”。

たった今クロロに教わったそれを試しながら、近くの切り株に座って本を読んでいる彼に尋ねる。

柔い光しか発していない街灯の下でよくもまあ、本を読む気になったものだとミメイは思うのだが、クロロには明るさなど関係ないらしい。

「ああ」

とだけ、ミメイの方さえ見ないでおざなりに返す彼にカチンときながらも問いを重ねる。

「ならどうして私は精孔が開いたの?」

 

「俺がお前にオーラをぶつけたからだ」

「もしかして、飯屋で感じたあれ?」

腹に一発何か熱いものがはしったと思った瞬間、身体中の血が沸き上がりながらも、全身から少しずつ力が抜けていったあの感覚。

つまり腹に一発がクロロのオーラ、血が沸き上がった様に感じたのは精孔が開いたから、徐々に抜けていく力はオーラ。

なるほど、と飯屋でのあれに合点がいったのは良いが、クロロが嫌な含み笑いをしている様に見えるのはミメイの気の所為だろうか。

 

 

『気の所為じゃないね。

精孔を開ける方法は実は2つあるんだ。

まず1つは、さっきクロロがいった瞑想だ。

2つ目が未明、君がされたことだよ』

鬼宿がミメイの心の表面まで上がってきて、我が物顔で説明を始める。

何故主人(ミメイ)が知らない事をペット(鬼宿)が知っている、と問いただしたいがそれは後である。

やけに鬼宿がこの新世界に関して訳知りな理由は、また今度詰問してやる他ない。

ひとまず今必要なのは情報なのだから。

 

『他人にオーラをぶつけられれば、非念能力者も強制的に精孔が開くんだ。

ただそれは非常に危険なのさ。

何しろ精孔は生命エネルギー、オーラの排出口。

オーラを自分の体の周りに留めておく技術をすぐ覚えなければ、オーラがどんどん排出されて、いずれ死に至る』

「普通の鬼呪装備を、黒鬼装備にする時の手術みたいなものね」

クロロには聞こえないくらいの小声で呟く。

『そういうこと。

個人の天性の才が生死を分ける。あとは運だよ。

未明は得意だろ、そういうの』

ケラケラと馬鹿にした様な笑い。

「私は黒鬼レベルの貴方を最初から心に飼ってた。

だから手術受けてないわよ。

実際にあの手術を受けて生き残ったのは、暮人兄さんと深夜ぐらいで」

グレンは真昼に最初から黒鬼を押し付けられたから別枠、と思い返す。

『まあでもさ、ハイリスクハイリターンな人体実験は柊家の十八番じゃないか。

あは、人間は欲深いなぁ。

幾つもの命を犠牲にして、更なる力を得ようと手を伸ばす。

だから神様の罰が下るんだ』

「もう黙って。大体分かったから」

やだやだぁ、と駄々を捏ねる鬼宿を無理矢理心の奥深くに引きずり込み、新しい鎖で拘束する。

少し拘束を緩めれば、余計なことまでペラペラ喋り出すペット(鬼宿)の躾には苦労する。

 

 

気を取り直してクロロの方に向き直る。

「クーさんが私を殺すつもりだったのは不問にするわ」

「死ななかっただろう?」

悪びれる気配を見せず、クロロは読み終わった本をパタンと閉じた。

「死んだらその程度、ぐらいにしか思ってなかったんでしょ?」

切り株の前に立ち、切り株に腰掛けるクロロを見下ろす。

ミメイより背が高い相手をこうして見下ろせるのは、やはり気分が良い。

安い愉悦に片足を浸けながら、ミメイは格好つけた様に腕を組む。

 

「いや、死ぬ事はないと確信していた。

お前は最初から精孔が開きかけていた。

それに、自覚無しで念を使用している節も見受けられたからな」

「いつ?」

本当に自覚がないミメイは眉間に皺を寄せる。

「お前が俺に飛ばしてきた紙だ。

あと、1番分かりやすかったのは刀か。

俺がドアをぶち抜いた時、何か呟いた後右手に刀を具現化しただろう」

「あれは違うわ。念やオーラとは別物よ。

なんて説明したら良いのか分からないけど、違うの」

鬼呪装備のことや鬼のことを、今の時点で話す気は更々ないミメイとしては誤魔化す他ない。

 

「違うって証明する手立ては······あるじゃない。

さっきクーさんが言ってた“凝”とやらで見てみれば良いのよ。

それなら私が“隠”で誤魔化してる訳でもないってすぐに分かるわ」

勿論ミメイは、隠を使ってオーラを見えにくくしている訳ではない。

鬼呪装備はオーラから出来たものでは無い、いや確かに生命エネルギーであるオーラを纏っているかもしれないが、ミメイの念能力の一部ではない。

あくまで鬼呪装備は鬼の一部、あくまで鬼はミメイの心の一部。

嬉しくはないがミメイ自身そのものともいえるのだ。

 

「さ、今からやってみせるから準備は良い?」

「ああ」

興味深そうな目にオーラを集め、ミメイの全身に刺すような視線を向けるクロロ。

ここまで注目された状態で鬼呪装備を顕現させるのも人体実験以来か、と柊家の薄暗い地下実験室を思い出しながら瞼を下ろす。

 

 

「おいで、鬼宿」

次の瞬間ミメイの右手には黒い刀が握られる。

禍々しいまでの気と、思わず息を飲ませる様な圧力を放ちながらその刀は存在していた。

薄っぺらい街灯の光の下で映える黒さ。

同系色にも関わらず夜闇に混ざることはなく、嫌な立体感を、すぐ目の前に迫る様な圧迫感を周りに与える。

 

「触れても?」

初めて見る玩具に魅入られた子供の様に手を伸ばすが、ミメイは素早く後ろに下がる。

「駄目。

クーさんならそう簡単に壊れないだろうけど、多分死んじゃうもん。

駄目なの、これは。

人体実験を受けた私しか────私達しか、触れちゃ駄目なの」

 

 

人間は禁忌の箱を開けた。

人間の身に余る力を得た。

幾つもの命を犠牲にして。

 

その末にミメイは、ミメイ達は、鬼呪装備を完成させたのだ。

それが正解だったかは、今になっても分からない。

きっと間違いではなかったけれど、正しい答えでもなかった。

あくまで追い詰められた真昼が、そしてミメイがどうにか弾き出す事が出来た最適解だっただけなのだ。

制御不能だが強い鬼呪装備の雛形を真昼が生み出し、それを少しでも人間の力で押さえつけられる制御機能をミメイが生成した。

鬼呪装備の完成。

それこそが、たった1人の妹であるシノアを守る為の、人体実験の餌にさせない為の、真昼やミメイの様にさせない為の、唯一の逃げ道だったのだ。

 

「だから駄目」

この世界でパンドラの箱を開くつもりはミメイには更々ないのだ。

「そうか。···盗めそうにもないしな」

鬼呪装備から目を離さずにクロロは無意識的に溜め息をつく。

「盗む?冗談でしょ、クーさん。

こんなのが欲しいの?」

こんなの、と黒い刀を指差して眉をひそめる。

趣味が悪いというセリフがありありと浮かんで見えるミメイの顔を見て、こくりと頷くクロロ。

「欲しい」

迷いなく言い切る彼の目に光るのは野望か。願望か。

それとも欲望か。

きっとその全てなんだろうな、ミメイはそう簡単に結論付ける。

「···グレンみたい。

人間は欲深いなぁ。ほんと、馬鹿みたいに欲深いんだから」

ぱっと刀を手放しそれを霧散させて、ミメイは目を伏せる。

「欲しがってばっかじゃ、いつか身を滅ぼすわ。

壊れて、狂って、自分が無くなるの」

鬼に呑まれて消えた天才の後ろ姿を、愛しい男に会いたがってこぼす涙を、諦めた様に浮かべた儚い笑みを、ミメイは覚えている。

 

「だから、あげない」

手を後ろに組んで、蠱惑的な笑みを貼り付ける。

「残念だ」

そう言いながらも諦めた目をしていないクロロに若干ミメイは引いているのだが、人間の欲深さを何より知る鬼に言わせれば、そんなものだという答えが返ってきそうである。

「あは、本当に残念そう。

ね、これで分かったでしょ?念能力じゃないのよ」

「ああ。

これでお前の系統が更に分からなくなった」

クロロは切り株から腰を上げ、空き地の端に転がっていた空き缶を拾い上げる。

「系統?なぁにそれ」

またもや初めて聞く言葉に目を瞬かせる。

 

「オーラには6の系統がある。

力を強くする強化系、オーラを放つ放出系、オーラの性質を変える変化系、物質や生物を操る操作系、オーラを物質化させる具現化系、そしてそれ以外は特質系。

これらは生まれつきで、後天的に変わることは滅多にない」

「クーさんは?」

それには答えないまま、拾った空き缶を手に枯れ切った水場へと歩いていく。

干からびた蛇口の下の窪み、そこに溜まった雨水を空き缶で掬い上げて、そうして缶に溜まった水の上に落ち葉を乗せる。

クロロが何をしているのかミメイにはまるっきり分からなかったが、ずいっと缶を差し出された。

 

「この缶を両手で包んだまま“練”をしてみろ」

「良いけど···」

説明無しに要求してくるのはこれが初めてではない。

出会ってたった数時間だが、ミメイは少しずつクロロの人となりを理解してきていた。

強引な所と突然な所は真昼にそっくりで、その癖言う事を聞いてやりたくなってしまう変なカリスマ性も真昼やグレンによく似通っている。

黙って缶を受け取り、言われるままに覚えたての“練”をする。

「ん、ん······。···んー!」

鼻から抜けていく様な甘い声が思わず漏れるが、それはミメイの頑張りの証である。

何しろ精孔が完全に開いて未だ数時間も経っていない。

そんな初心者が精孔を限界まで広げて、大量にオーラを放出している。

想像以上の踏ん張りと集中力が必要なのだ。

 

 

じわりと水の色が変化する。

「変わったな」

「あ、ほんとね。赤い」

クロロに示され、ミメイも缶の中の水が赤くなっていたのに気が付いた。

「放出系か。少し意外だな。

ミメイ、練を止めるな」

「···で、これは何なのかしら?」

今にでも力を抜こうとしていたのを止められたミメイは、不機嫌そうに問いを投げつける。

「水見式だ。

オーラの系統を見る1番簡単な方法と言われている。

強化系は水量が、放出系は水の色が、変化系は水の味が変わる。

操作系は葉が動き、具現化系は不純物が混ざる。

特質系はそれ以外の反応だ」

「そう···ならクーさん、私は放出系とやらじゃないわ」

淡々と言い放ち、クロロの眼前に缶を突き出す。

「私は具現化系か、特質系ね」

「何?」

怪訝な顔をするクロロに対し、いいからよく見てと尚も缶を近付ける。

「まあ、不純物の定義によるけど。

あはは、これは不純物に入るのかしら?」

愉しそうに嬉しそうに、ミメイは缶の中の水を揺らす。

「······いや、入らない」

水の臭いを嗅いだお陰で、ミメイの主張の意味が分かったクロロは面白そうに口角を上げた。

 

「間違いない、お前は特質系だ。

俺と同じな」

「あら、クーさんと同じ?嬉しい。

にしてもこれ誰のかしら。

知らない人間のだったりしたら少し嫌ね」

赤い水面をじっと覗き込み、おもむろに人差し指を突っ込む。

それからその指を引き抜いて、赤い液体を付着させたまま唇に運ぶ。

ペロリと出した舌で指から赤い液体を舐めとり、その瞬間つまらなそうな顔をする。

そんなミメイとは対照的に、精神世界では鎖の拘束を掻い潜った鬼宿は興奮していた。

『あは、あははは、ひっさしぶりに未明の匂いがする。

いっぱいするなぁ。

あは、いい匂い。僕にくれよ、未明。

くれよ、早くくれよ······お前の血を寄越せよ!』

彼は鬼である。

つまりは元々吸血鬼である。

血を求めて当然の化け物なのだ。

 

「黙って、タマ。貴方なんかにやる血は無いの」

ガッシャンガッシャン鎖を激しく揺らして、血を口にする為にミメイの体を乗っ取ろうと精神世界で暴れる鬼宿。

彼を難なく鎖で押さえつけ、またもや心の奥深くへと放り込む。

大量の血の匂いについつい興奮してしまったお馬鹿なペットは、ないないしてしまうのが1番である。

 

心の奥深くから響く呻き声を無視して、ミメイは小さく肩をすくめる。

「私の。これ私のよ。つまらないわ」

「味で分かるのか」

ほう、とクロロがミメイを真似しようとするが、それは呆れ顔のミメイに止められた。

「私は自分のを舐め慣れてるから分かっただけよ。

クーさんにはきっと分からないだろうし、衛生上どうかと思うからやめておいたら」

練を止めて、缶をひっくり返す。

べしゃりと地面に叩きつけられ赤い水溜りを作る自身の血を見下ろして、それを学生用ローファー風のブーツで踏みつける。

 

 

「で、特質系っていうのはどんな特徴があるの?

名前からして、クーさんがそうだって所からして特別そうだけど」

クーさん変わってるし、と悪戯っぽく微笑む。

それに対しお前もな、という目を向けてクロロは口を開く。

「ああ、他とは少し違う。

他の系統の能力は修行によって身につけることが出来るが、特質系は先天性、もしくは後天的に系統が変わった人間以外は使用不可能だ。

発───つまり隠し技も特殊で、強力なことが多い」

「ふーん、そうなの。

クーさんは?えげつない能力を持ってそうね。

そう例えば······洗脳とか。他人を利用しそう。

それかそうね、本が好きみたいだしデスノートみたいな物を持つとか」

ヒントなしで近い所をついてくるミメイの勘と洞察力、それを好ましく思うクロロは目を細めて尋ねる。

 

「知りたいか?」

「やめておくわ。参考にならなそうだもの。

それに、その流れでクーさんに私の能力を教えなきゃいけなくなるのは嫌。

まだどんなものか想像がつかないけど」

自分から簡単に弱みを見せるものか、と言葉より雄弁に語る瞳。

「はは、良い勘をしているな」

「お褒めいただき光栄よ。

···感謝はしているの。

クーさんにこうして念を教えてもらえなかったら、いつまで経っても私は変わらなかったかもしれない。

でもごめんね。感謝はしても、信用は全くしてないの」

クロロの方を真っ直ぐ見上げながら、ミメイは右掌に1枚の呪符を具現化させる。

覚えたての念能力で、それもイメージ修行無しで難なく物質を具現化させたことに、少しは驚いたのかクロロは目を見開く。

それに対し、見た人間全てを魅了する様な完璧な微笑みを浮かべ、ミメイは呪符を構える。

 

ミメイにとって笑顔は武器であり凶器であり、また防御である。

柊家の干渉から少しでも逃れる為に、簡単に利用されない為に、自分の本心をひた隠す為に、顔に貼り付ける防御の壁。

姉妹3人で鏡の前で練習したのが懐かしい。

真昼とミメイは様々な種類の笑顔を習得出来たが、残念ながらシノアの表情筋は硬かったらしい。

 

 

自分の余裕の無さを微塵も見せないように注意して、更に笑みを深めていく。

実はオーラが限界だとクロロに悟らせてはならない。

そう、弱みを見せてはならないのだ。

「ねえクーさん、そろそろ教えて。

どうして私に念を教えたの?

足長おじさんにでもなったつもり?

それともどこかの慈善事業家?······ありえないわ」

返答次第ではこれを飛ばすぞ、とクロロを睨みながら呪符にオーラを込めていく。

血で文字を書いていない呪符はペランペランに弱いのだが、まあ呪術に明るくないであろうクロロには分かるまい。

呪符を無駄に赤く光らせて、大掛かりだと見せかけている術はただのはったりだなんて。

 

「慈善事業家か、時には慈善事業もするからあながち間違いじゃないな」

「嘘よ。想像出来ないわ。

私が救国の聖女ってぐらい想像出来ない」

お伽噺を読みながら真昼と2人でよく笑ったものだ。

私達には傾国の美姫ぐらいがお似合いだと。

いやそれもどうかと思うのだが、言い当て妙だとミメイは思っている。

実際国どころか世界が傾いたのだから。

 

「引き合いに出された例えがよく分からないが、本当だ。

俺達もたまには慈善事業をする」

心外だと肩をすくめるその仕草はやはり、慈善事業家というより詐欺師らしいとミメイは勝手に決めつけた。

「偽善事業の間違いでしょ。

それよりクーさん、仲間いたのね。

悲しいぼっち君だと思ってたわ」

俺“達”という言葉に目敏く反応する。

「お前、段々遠慮がなくなってきたな」

ぼっち君と小さく呟くクロロは、意外にダメージを受けている様にも見受けられるが、そんなことを気にするミメイではない。

「あら、強気な女は嫌い?」

寧ろ全力で煽りにいく。

演技と本心を織り交ぜた、他人に心を覗かれにくい状態で。

 

「いや寧ろ好ましい。

気に入った。

よしミメイ、お前俺達の仲間になれ」

「お断りよ」

間髪置かずピシャリと跳ね除ける。

「即答か」

そうなると予想していたクロロは顔色を変えない。

「私、クーさんのことよく知らないし、知る気もないし、知りたくもないし、だから貴方の仲間になるつもりはない。

そう、ああならこれは、クーさんなりの試験か何かだったのね。

私がクーさんの仲間に相応しいかどうかの。

···つまり品定めされてたのね」

不愉快よ、と吐き捨てる様に呪符を握り潰す。

 

「いいのか」

呪符を消し、体に纏うオーラ量を減らしていくミメイを見て問う。

「攻撃する気も失せたわ。

どうせ今の私程度が呪符投げたって、貴方にとっては痛くも痒くもなさそうだし」

その程度のはったりか、と見透かした様な目を向けてくるクロロを睨む。

 

 

最初からだが、恐らくクロロにはミメイの演技が殆ど通用していない。

子供っぽい感情の起伏も、貼り付けた笑顔も、強気なはったりも、全ては本心を隠す為の演技だとバレている。

今まで完全に見破った人間は数人程度で、時折真昼でさえだまくらかすことに成功している程の演技力。

自信はあった。

自惚れではなく、それ相応に見合うだけの実力はあったのだ。

 

それなのに。

念を知らなかったとはいえ、呪符と式神は呆気なく破り捨てられた。

オーラが見えなかったとはいえ、その重いオーラに気圧された。

そして今、念を覚えた今でさえ、ミメイの力はクロロに遠く及ばない。

念でも、念抜きの戦闘でも。

何もかもが追いついていないのだ。

 

念を知らなかった最初は、半殺しの目にあってからが鬼呪装備持ちであるミメイの本領発揮だと思っていた。

普通の人間を超越した再生能力。

化け物の力。

鬼の力を引き出し過ぎるというリスクを背負えば、幾らでもミメイは文字通り再生する。

それは人間相手であれば大きなアドバンテージになって然るべきだった。

 

だがその定義はミメイの中で揺るぎかけている。

一流の念能力者は100年程度余裕で生きるらしいが、それほどの生命エネルギー───オーラを操れるならば、それを一瞬で使うことも可能だろう。

つまり、ミメイ同様体は即時再生可能なのではないか、そう思い当たったのである。

他に念能力者を知らないのだから、クロロが他と比べてどの程度なのかはミメイには何とも言えない。

だがクロロが、初めて見る念能力者だからという贔屓目を抜きにしても、一流の念能力者と言われる様な人間だということは、ぽやぽやの念初心者であるミメイにも分かった。

 

この感覚は覚えがある。

敗北感だ。

負けた、何もかも負けた。

吸血鬼でもキメラでもない人間相手に、ここまで負けた気分になるとは。

かつての世界では人間の中で頂点に位置する力を有していたミメイとしては、今の状況は甚だ不満であり屈辱的である。

 

ミメイの揺れる心の隙をついた鬼宿が、さあ力を求めなよ、負けたくないんだろ、勝ちたいんだろ、なら僕の手を取って、力をやるから僕にミメイを寄越せよ、と支離滅裂気味に囁いてくる。

そんな甘言に耳を貸してはならない。身を委ねてはならない。

鬼に喰われた末路は嫌という程分かっている。

そう自分を言い聞かせ、ミメイを引きずり込む為に奈落の底から誘ってくる鬼宿を今日も無視する。

 

 

「さよなら。もう会うことも無いわ」

結局ミメイが取ったのは逃げ。

自分より強い相手と向かい合って、自分の弱さを再確認させられるのは真っ平御免である。

そんなのは柊家と真昼に対してで間に合っている。

敗北感も無力感も、ミメイには必要ない。

自分の弱さを嫌でも自覚させられたなら、次に沸いてくる感情は力が欲しい、という欲望なのだから。

欲望は要らない。切り捨てるべき悪だ。

鬼の糧となる欲望は要らない。破棄すべき悪だ。

 

くるりと背中を向けて、それから疲労で重い体を無理に引きずってミメイは走り出す。

背後への警戒をしてはいるが、どうやらクロロには追ってくる気は無さそうだ。

何よ、やっぱり私なんてその程度なの、と拗ねた子供の様な本音が漏れそうになる。

 

うわ何その振られた女みたいなセリフ。ただの負け犬だね、未明。

という小馬鹿にした様な声は黙殺した。

 

「···くそ」

今の自分が子供っぽいことは十分以上に分かっていた。

鬼宿の言う通りただの負け犬でしかない。

それに対する悔しさと恥ずかしさが、疲弊しきったミメイの体を動かすエネルギーになる。

今はただ、自分の感情からもクロロからも逃げ出して、全てをどこかに放り出して何も考えず泥の様に眠りたかった。

 

 

 

 

 




キルアと同じく自分以上の強者を見ると逃げるタイプ。
ただ、キルアと違って愛故の呪縛からの行動ではない。
ミメイのこれは、育ちきっていない未熟な精神と鬼に心を喰われたくはないという根源的な恐怖によるもの。
まあ普通に、負けず嫌いな子供の意地っ張り。それだけなのです。

天才であることは確かなので、念をマスターする速さは化け物並み。

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