未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

33 / 36
可愛さが足りない。
クラピカも鬼宿もいないせいで、最近可愛さが足りない。
そんな訳で名前ありオリキャラ出ます。






32:欲は底無し、恋せよ乙女

「こんなものかしら。」

表の賑わいとは打って変わって不気味な静けさが支配する路地裏。

そこにドサリと倒れ伏した体を冷たく見下ろして、ミメイは緩慢に人差し指を伸ばす。

優雅にそこに舞い降りるのは1匹の血色の蝶。

ミメイの発の能力である。

この力が目覚めてすぐは制御出来ずに、ジンに念をかけてしまったのは今や良い思い出。

ジンが適当ではあるが助言をしてくれたこともあり、ミメイは蝶の形をとるこの念能力を使いこなせるようになっていた。

ジンと共に立ち寄った港町でナンパをしてきた男達を、醒めない夢の中に引き摺りこめる程度には。

 

「夢だって気付けたら戻ってこれるだろうけど、この調子じゃ無理そうね。」

金と女に囲まれてよろしくやっている夢でも見ているのであろう男達は、すっかり夢に取り憑かれてしまって起きる気配がない。

ミメイは夢の内容を見ることが出来ない為予想でしかないが、このような単純な男達の欲望など決まりきっている。

どこまでも範疇外をいくジンは一体何を見せられたのか、つい気になってしまうミメイだが態々虎の尾を踏みに行くつもりもなかった。

ミメイの念能力で見せられた幻覚で、ミメイのせいで、ジンともあろう人があそこまで心乱されているのを見ることが出来ただけで重畳である。

そう思いながら、いつも出したままにしている蝶を再度隠で隠して路地裏を出る。

 

ふよりふよりとミメイの肩付近を飛んでいる赤い蝶。

ミメイはこの力のことを『胡蝶之夢』と名付けていた。

夢の中で蝶になって遊び、自分と蝶との区別を忘れてしまったという古人の言い伝えに因んだ名前だったが、これほどピッタリなものもない。

ミメイの血から生み出された蝶は、人間の心を見通して欲望を看破し、逃れられない夢を見せるのである。

夢だと気付きたくない、気付かせない素敵な夢を。

その生々しい幻が夢だと悟らなければ夢は醒めることがない。

つまりミメイの蝶がかけた念は解けることがない。

1度念がかけられた人間はそれが解けるまで昏睡状態と半覚醒を繰り返し、夢に囚われて廃人まっしぐら。

ただ殺されるよりも、ある意味残酷な終わりを迎えるのである。

 

念にかかりたくないのなら蝶を見なければいいのだろうが、どうやらそうもいかないらしい。

普段は隠で蝶を隠しているが隠をやめてその姿を晒したが最後、人間は皆赤い蝶を追わずにはいられない。

ひらりふわりと高雅に羽ばたくその姿に目を奪われて、魅せられて、夢の中に連れて行かれる。

ジン曰く、この赤い蝶は酷く美しいらしい。

触れるべきではない、見るべきではないと頭の端で鳴る警鐘に気付きながらも目を離せない。

そんな不思議な力があるという。

恐らくその美しさとやらも能力の一部なのだろうと、ミメイは考察していた。

事実彼女はそこまでこの蝶に惹かれはしないし、1度夢に連れ込まれて戻ってきたジンは耐性ができたのか、蝶を見ていても念にはかけられない。

隠状態にした蝶を凝で見破って視界に入れたとしても、恐らく念にはかからないということも判明している。

 

 

「使えるか、って言われたら微妙な力ね。」

買い物をする人々で賑わう市の中を歩きながら、ミメイは小さく呟いた。

すると捨てないでくれと訴えるように蝶がミメイの肩に貼りつくが、彼女はそれに無視を決め込む。

確かに雑に使っていた式神や呪符よりは、この蝶の汎用性は高い。

どんな手練相手でも必ず1度は夢に引き摺り込めるであろう能力は悪くはない。

蝶を十分標的に近付かせることが出来れば、夢に連れ込める対象人数は無制限だというのもお得である。

円の範囲は丁度半径2mと狭めなミメイだが、偵察代わりに多くの蝶を飛ばせば広い範囲を蝶を通して肌で感じられ、円の代わりにすることも可能だった。

 

しかし蝶を生み出すにはミメイの血が必要なのである。

しかも溜めておいた血ではなく、たった今出血したばかりの新鮮なもの。

ただでさえ血に飢えているというのに、血を失わなければならないのである。

蝶の力を使った後一々それを消し、使う時にはまた指を切って────と暫くは繰り返していたが、体から血が失われることに我慢ならなかったミメイは、1匹だけは消さずに残しておくことに決めたのだ。

蝶を一定期間以上維持しておくには、蝶とミメイとの間をオーラで繋いでおく必要があったが、背に腹はかえられないと判断してそうしているのが今肩に貼りついている1匹である。

 

「そもそも私、直接攻撃の方が得意なのよね。

搦手も後方支援も、あんまりやったことないの。

人間をやめかけてるから普通に身体能力も高いし。」

グレン同様ミメイも考えることは苦手ではないし、どちらかといえば得意なのだろう。

しかし2人ともどちらかと言えば現場の人間だった。

後方で色々指示を出してくる真昼や暮人と違い、いつも前線に立っていることが向いている人間。

まあ真昼は前も後ろも関係なく、結局自分が行きたい場所に行ってしまう、全て自分だけでやってしまうタイプだったが。

暮人だって柊家の跡取り候補らしく、闘うことにかけて遅れをとることはなかったが。

それでもあの2人ならば、ミメイが今手にした力を上手く使ってくれたことだろう。

「ちょっと、手に余る。」

ミメイ1人ではこの力を使いこなせる気がしなかった。

「···でも、私は1人だもん。もう1人なんだから。

私だけでやらなくちゃ。」

口出ししてくる鬼宿は既にミメイの腹の中。

指示出しをしてくれる人間もこの世界にはいない。

そんな世界で、ミメイは1人生きている。

取り敢えずはいつか化け物になる為に、たった1人を酷く傷つける(愛する)為にこの世界を生きている。

 

 

潮風が香る港町の端に立って、遥か先まで続いている青を見つめる。

キラキラ光る海と、澄み切った空と、微妙に色合いの違う2つの青色の間を泳ぐ海鳥の白。

眩い太陽の光から隠れるように日傘代わりの蓮の葉を差しながら、ミメイは赤く染まった目を見開く。

美しかった。

この世界はどうしようもなく美しかった。

人間離れした目は光の波長の違いをよく感じることが出来た。

どの感覚も鋭いお陰で、空気の流れや湿度、気温などの全てを実感出来る。

全てが美しい。美しくて、とても重要に思える。

 

ミメイは海を見たことがなかった。

こんな風に穏やかで、賑やかな海を見たことがなかった。

地下にある訓練場と研究室を行き来して、コンクリートに閉ざされた都会にいて、こんな光景を見ることなど出来やしない。

けれどそれがあの世界では、柊家という地獄では当たり前のことだった。

ミメイが置き去りにしてきた家族や仲間にとっては、まだ当たり前のことなのだろう。

 

息を吸い込む。

肺いっぱいに広がるのは、初めて嗅いだに等しい海の香り。

爽やかながらも、どこかべっとり停滞しているような不思議な風がミメイの髪と首の間を通り抜けていく。

「ミメイ。」

背後からかけられた声に緩慢に首を回し、ミメイは茶色に戻った瞳を瞬かせる。

「何か掘り出し物はあった、ジンさん?」

「ほらよ。」

ぽいと紙袋を投げつけられて、それをミメイは片手で受け取る。

「くれるの?」

紙袋の中を覗き込み、入っていたものが間違いなく自分宛だと分かって首を傾げた。

「布巻いただけってのも貧相だからな。安物だが無いよりマシだろ。」

ジンは、ボロ布を巻きつけて保護しているだけのミメイの足を見下ろして言った。

 

「ありがとう。あ、でもサイズは大丈夫かしら。」

「多分大丈夫だろ。」

紙袋から早速靴を取り出して足を入れたミメイは、ジンのその言葉通りだったことに微笑を深める。

「どうしてジンさんが、私の足のサイズをここまで正確に知ってるのかは考えないでおくわ。」

「俺からの餞別にもう少し感謝しろ。」

「してるわ。十分してる。」

ミメイを湖から引っ張り上げた時のように仏頂面気味の童顔を、ミメイは軽く見上げた。

「靴だけじゃない。ちゃんと貴方には感謝してるもの。

何だかんだ面倒見てくれた貴方に。」

「見た覚えはねーよ。

お前が勝手についてきただけだ。」

素っ気ないその言葉の中に、人の良さが滲み出ていることにミメイはくすりと笑う。

 

「どうした。」

「ううん、別に。初めから貴方に会ってたとしたら何か変わったのかなって思っただけ。」

流星街でクロロと出会うのではなく、砂漠でジンと出会っていたとしら。

ミメイの見える世界は違ったのだろうか。

そんな馬鹿なことを考えてからすぐに否定する。

ただ順番がひっくり返っただけで、きっと何も変わらなかった。

ミメイは結局人間をやめて、化け物になることを選び取って、そうやって生きると決めただろう。

ジン曰く恋愛馬鹿であることに変わりはなかっただろう。

偶然であろうとなかろうとクラピカに出会って恋をすることだけは揺るがない。

変わることのない普遍事項。

 

 

「楽しかったよ、貴方と一緒にいるのは。」

おろしたての靴を鳴らし、ミメイはくるりと回って再び海を見つめる。

セーラー服のスカートが海風で揺れ、軽いリボンが簡単にはためいて舞い上がる。

「俺もだよ。」

何度かミメイが頭から引き剥がして強制的に洗ったお陰で、少し小綺麗になった布がジンの後頭部で揺れた。

「あは、私達気が合うね。」

「それには半分だけ同意してやる。」

「えぇ、何それ。やっぱりジンさんは不思議なことばっかり言うのね。」

面白そうに笑うミメイを見下ろして、少し迷ってからジンは口を開く。

「ミメイ。」

「なぁに。」

「ハンターになれ。」

呼びかけられて僅かに傾げていたミメイの首は更に折れ、その目は大きく見開かれる。

 

「ジンさんと同じ?」

冗談だろうと顔を顰めるミメイに対し、本気の顔でジンは言葉を重ねる。

「ああ。向いてるよ、お前は。」

「そう?私は割と無茶苦茶だと思うんだけど。

性格はそこまで悪くなくても、性質は間違いなく悪いし。

ハンターなんていう高潔なものになれるの?」

「やりたいことがあるんだろ?」

「ジンさん曰く恋愛脳(スイーツ)娘の私がやりたいことなんて分かりきってるでしょ?」

質問を質問で返し合う状況に終止符を打ったのは、これまたジンだった。

「行きたいんだろ、“外”に。」

“外”。

その短い単語だけで、ミメイの目は一瞬赤く光る。

「······まあ、ね。1度行ってみるべきだとは思ってる。」

鬼宿の生まれたであろう“外”。

“終わりのセラフ”によく似た装置が存在するであろう“外”。

そこで何をするか、したいかなどは分からない。

けれども鬼宿の全てを取り込んだ今、ミメイが“外”に結びつけられるのは仕方のないことでもあった。

夜な夜な垣間見る鬼宿の記憶の中で、“外”関連で少し気になることもある為余計そうなっているミメイである。

 

「ならなれよ。」

「ハンターになることと、“外”に行くことが関係あるとは思えないんだけど。」

「じゃ逆に訊くけど、ハンターになりたくない理由でもあんのかよ。」

「それは無いけど···ジンさんの言う通りにするのが嫌っていうか、気に食わないっていうか······そんな感じなの。」

「反抗的な奴だな。

ったく、何を不安がってんのかは知らねーが、大丈夫だろお前なら。」

「何が─────」

大丈夫なの、と文句を吐き出そうとしたミメイの喉は硬直する。

頭から足の指の先までカッチンコッチンに固まって、心臓が激しく跳ねる音が脳を揺らす。

「なれるよ。お前ならなれる。」

そのいつも通り素っ気ない声が上から降ってくるだけなら、ミメイはこうはならなかった。

恐らくハンターらしいのであろうその立派な手を頭にポンと置かれたり、その手で頭を軽く撫でられたりしなければ、ミメイは普段通りの微笑を保っていられた。

 

「お前が昔どうだったかなんてどうでも良いんだよ。

大事なのはどう生きたいかだろ。」

ミメイの状態などお構い無しに、ジンは乱暴にミメイの頭を撫でる。

撫でられれば撫でられるほどミメイの口がパクパク動き、その顔が赤くなっていることに彼はまだ気付かない。

「あ、」

どうにかこうにか絞り出した細い声。

ミメイらしくないそれに顔を顰め、彼女の顔を覗き込んだジンは一瞬の戸惑いの後言葉を失った。

「あ、あ······ありがとう······。」

もごもごと今にも消え入りそうな声を発するミメイの顔は、かつてないほどに赤かった。

そこに普段の微笑はなく、唇を軽く噛みながらそっぽを向いて照れていた。

ミメイは照れに照れていた。

腐れ縁であるグレンや深夜以外に頭を撫でられるなんてこと初めてで、父性のようなものに触れるのも初めてで、どうして良いのか分からなかった。

分からなくてもとにかく嬉しくて、それが少し恥ずかしくて、カッチコチに固まって顔を赤くするしかなかった。

 

「······そういやお前、父親慣れしてないんだったな。」

父親と変わらないくらい歳上の男に頭を撫でられただけで、ミメイがここまで茹でダコになる理由に思い当たり、思わず額に手をやるジン。

最後の最後に予想だにしない不意打ちを食らい、このいたたまれなさをどうしようかと困り果てる。

「···まあ、そういうことだからなれよ、ハンター。」

この場所が港町の端で、人目が無かったことに感謝しながらジンは取り敢えず適当にまとめた。

「···ジンさん、息子さんに会いに行った方が良いよ。」

頭からジンの手が離れた後も、耳まで真っ赤にしたままのミメイはボソリと呟いた。

「気が向いたらな。」

「その、なんていうか······父性的なものに関わらないで成長するとこうなります。

こうなっちゃうと思います。

でも、ジンさんがそれで良いなら良いと思います。」

熱い顔を冷やそうと、太陽の光を遮ろうと、蓮の葉の傘に頭を埋めるようにしてミメイは小さくなる。

「なんで敬語になってんだよ。」

「いやほんと、ジンさんがそれで良いなら私は別に何にも気にしません。

き、気になんてしてないので!」

それを捨て台詞に、ミメイは蓮の葉を揺らして走り出す。

 

 

「ミメイ!お前ならハンターになれるから、とっととなれよ!」

陽の光に照らされて煌めく紫の髪を揺らして、物凄い速さで飛んでいく小さな背中にジンは叫ぶ。

「なる、なってやるわよ!」

するとミメイは少しだけ振り返りながら、ムキになったせいで張り気味の声をジンに投げつけてくる。

「おー、その意気だ!」

蓮の葉の端からちらりと見えたその耳がまだ赤いことに微笑ましさを覚えて、ひとりでにジンの口角が上がる。

 

「じゃあまたね、ジンさ───────師匠。」

「おいこら待て最後なんて言いやがった。

俺はお前みたいなアホを弟子にした覚えはねーぞ!」

またもや爆弾を落としていく彼女は、もう振り向かない。

海に面した道を1人で走っていく。

けらけら笑いながら、ジンに背を向けて一目散に去っていく。

ジンもそれを見守ることなく踵を返して歩きだす。

奇縁で巡り会った変な娘が、人間らしくない匂いを纏う娘が、精々元気に生きることを願いながら。

 

 

 

 

 

───────────

ジンと過ごした1ヶ月は、短いながらもミメイにとってはかけがえのないものだった。

念能力をまともに扱えるようになったからというのも勿論だったが、何より彼の言葉で世界が広がったような気がしていたからである。

クロロによってこの世界というものを教えられた時以上に、ミメイの視界は急速に開けていった。

その新しい世界を見てみようとふと思いついたミメイは、ジンと別れて一人旅を始めることにしたのである。

 

飛行船と船を駆使して幾つもの大陸を股にかけ、様々なものを見た。

この世界というものを見た。

戻ってきた心を弾ませて、すぐに赤くなる目を光らせて、全身でこの世界を感じた。

旅の途中で金髪の子供の噂を耳にして、その噂を追いかけたことで旅の予定がズレることは多々あったが、ミメイは半年かけて世界一周を大体終えたのだった。

結局クラピカは見つからず、ついでに幻影旅団にも見つからず、ミメイは用心棒として荒稼ぎしていた大都市に1人戻ったのであった。

 

鬼宿に喰われてでも力を手にして、その力でクラピカを助けたいと思ったあの夏の日から1年の時を経て、19歳になったミメイはビルの屋上に立っていた。

表向き平穏な街の喧騒は変わらない。

裏をマフィアが支配しているお陰で、均衡が保たれているこの街は変わらない。

ミメイだって変わらない。

ほんの少しだけ背が伸びたような気もするが、それはきっと成長期の残りカスでしかなくこれ以上は変わらないことだろう。

何より人の血を飲めば、ミメイの体は完全に成長というものが止まるのだから。

人間らしい生を放棄して、不変の化け物になるのだから。

旅の途中でクラピカには出会えなかった為、“その時”の訪れは気長に待つしかないらしいとミメイは笑う。

旅を始めてすぐに手に入れた折り畳みの黒い日傘を傾けて、太陽を直接見ないように気をつけながら夏の終わりの青空を見上げる。

 

ミメイは青が好きだ。

赤よりも青が好きだ。

自然の動植物はあまり持たない色だというのに、海も空も当たり前の顔をしてその色を有しているから好きだ。

どこまでも透き通っていて、何よりも生き生きとしていて、それでいて静謐さを抱えているから好きだ。

そう、真っ赤に染めてやりたくなるくらい大好きなのである。

 

 

「ここにいたのか、ミメイ。」

屋上のドアが開き、良い仕立てのスーツを身につけた男がミメイの背後に立つ。

かつてミメイが世話になり、今はミメイの上司にあたる巨大マフィアのボスである。

十老頭の1人である彼はこの1年で家の中のゴタゴタを鎮圧し、裏社会で更なる権力を手にしていた。

そんな彼相手に直接就職活動をし、見事雇われ懐刀のような地位に落ち着いたミメイは毎日せっせと暗殺に勤しんでいた。

「また仕事?

今度は誰を殺れば良いのかしら。」

日傘の柄をクルクル回して遊びながら、ミメイはゆっくり振り返る。

裏社会の人間らしく黒いスーツを身につけた彼女は、後頭部で1つに括った髪を揺らしてニコリと笑う。

仕事用の格好を、仕事用の笑顔を覚えたミメイは少女と呼ぶには相応しくなく、既に女性になっていた。

今日も肩付近を飛んでいる隠で隠した赤い蝶のように、彼女は羽化を終えていた。

 

「いや、今回は護衛任務だ。」

「あら、珍しい。誰を守れば良いの?」

「詳細は君の携帯に送っておいた。前金も既に振込済みだ。」

「あは、気が利く人は好きよ。」

ミメイはズボンのポケットから携帯を取り出し、メールが届いているのを確認してからその画面を暗くする。

「じゃあこの仕事が終わったら一緒にディナーでもどうだ。」

「ごめんね、私浮気はしない主義なの。」

仮にも上司の誘いを即座に断ることが出来るミメイの心臓には毛が生えている。

「あの少年か。」

「彼以外にいると思う?」

携帯が入っていない方のポケットから黒い手袋を取り出し、それを両手にはめてから日傘を畳む。

 

今のミメイは太陽が苦手なだけであり、直射日光を浴びても体が焼けたり融けたりすることはない。

とはいえ吸血鬼時代の鬼宿も、今のミメイ同様直射日光に当たると動きが鈍くなる程度であったらしい。

ミメイの生まれた世界にいた吸血鬼にとって太陽は天敵だが、この世界の吸血鬼にとってはそこまでのものではないのだろう。

そう、ミメイの知る吸血鬼と、鬼宿の知る吸血鬼は違った。

あくまでも似て非なるものであった。

だからこの世界に落ちて間も無い頃、鬼宿はこう言ったのだ。

『ミメイの知る吸血鬼はこの世界にはいない』と。

 

「逃げられたんじゃないのか?」

ボスの揶揄うような言葉に軽く眉を上げながら、ミメイは腰のベルトに折り畳み傘を括りつける。

刀のように腰に差すのではなく、地面と平行に体の後ろに身につければ肉弾戦が多い戦闘でも支障は生じない。

得物であった鬼呪装備が今や自らを害する武器となってしまった為、ミメイは得物無しで直接相手の首をへし折りにいく戦闘スタイルに変わっていた。

だからこそ身につけるようになった黒手袋の手首のベルトをしめ、ミメイはボスの方を見ないまま口を開く。

 

「違うわ、逃がしたのよ。私はあの子を逃がしたの。」

クロロが自分にしたことと、今自分がクラピカにしていることの大きな違いが見つからず、ミメイの腹の底からおかしさが込み上げる。

「だから良いの。」

「全く、君は不思議だな。」

「理解されたいとは思わないわ。」

だって貴方は最期まで絶対人間のままだもの。

そう心中で呟いて、ミメイは屋上の向こう側へと1歩踏み出す。

屋上を蹴り上げてから道の無い空中へと歩き出し、次のビルへと飛び移る。

サーカスの軽業師より見事な身のこなしで、ミメイは青空の下を進んだ。

 

 

 

 

────────────

「貴方がアリサ=レンフィールドさん?」

閑静な高級住宅街に建っている1つの屋敷。

その2階の窓から中に侵入したミメイは、落ち着いた様子で椅子に座って本を読んでいる少女に問いかけた。

「ええ、間違いなく(わたくし)です。

では貴方が私を守って下さる方ですのね。」

突然夜の闇の中から現れたミメイに大して驚かず、パタリと本を閉じた少女は随分肝が据わっているらしい。

「中にお入りになったら?

紅茶くらいしかご用意出来ませんが、それで宜しくて?」

赤い巻き毛を耳の上で2つ結びにしている可愛らしい少女は、テーブルを挟んで向かいの椅子をミメイに示す。

「ありがとう。」

少女の所作の一つ一つにお育ちの良さが滲み出ていることに親近感を覚えながら、何だかんだお嬢様育ちのミメイは椅子に座る。

 

「依頼内容の確認をしても良い?」

「ええ、構いませんわ。」

所謂お嬢様という感じのドレスを身につけた品の良い少女は、一目で高価だと分かるカップを用意しながら答えた。

「貴方は誰かに命を狙われている。

だから昔から懇意にしているうちのボスに護衛の依頼をした。

あってるかしら。」

「ええ。」

「敵に心当たりは?」

(わたくし)の家は何代も続いてきた資産家ですの。

数年前に両親が亡くなってからは、私が当主として事業を運営してきましたわ。

ですから敵の心当たりなどあり過ぎて困りますのよ。」

頬に手を当てて優雅に微笑む少女は嘆息する。

長い睫毛が縁取る青灰色の大きな目がパチンと輝く。

「ふぅん、凄いね。まだ15、6くらいでしょ、貴方。」

少女の淹れた紅茶の香りを楽しむミメイは、興味深そうに少女を見やる。

恐らくクラピカと同じくらいだろうとミメイは見当をつけていた。

「あらまあ、そう仰る貴方も同じくらいではなくて?

貴方のような女性の護衛の方なんて、私初めて見ましたわ。」

少女の方もミメイの視線をしっかり受け止め、うふふと可愛らしく笑った。

 

「残念ながら私は来年20なの。だから貴方よりは少し上ね。」

空になったカップをテーブルに置いてから、少しよれた手袋を直しながら言った。

「あら、そうなんですの。それは失礼致しましたわ。」

「所でお嬢様。」

「アリサとお呼び下さいな。

そして貴方のお名前も教えて下さいまし。」

「ミメイよ。宜しくね、アリサお嬢様。」

ウインクでも飛ばしそうな笑顔を浮かべ、ミメイは少女────アリサに挨拶をした。

「はい。」

アリサもこくりと頷いて、営業用のミメイの笑顔を受け取った。

 

「貴方の依頼の中で少し気になることがあったの。

訊いても良い?」

「何なりと。」

「『今夜刺客に襲われるだろうから守って欲しい』ってあったけど、今夜だと分かっているのはどうして?

敵は沢山いるんでしょう?それならいつ狙われてもおかしくないわよね。

けど貴方は今夜を指定した。今夜、腕の立つ護衛を寄越せと依頼した。

どうしてかしら。」

メールで送られてきた依頼内容を読んだ時から気になっていたことだった。

そしてこの屋敷に侵入してからもミメイの違和感は強まっていた。

豪奢な屋敷だというのに門番も執事も給仕も誰一人いない。

感じられる気配からして、今この屋敷には依頼人である少女しかいない。

まるで今夜これから何かが起こることを想定しているかのように、この屋敷は静まり返っている。

 

(わたくし)、占い師のお友達がおりますの。

沢山お客様を抱えている売れっ子なんですのよ。

けれどお友達の私は、特別に無料で彼女に占って貰っているんですわ。」

「占い······ね。それで?

貴方はそのお友達の占いを信じて、今夜殺されない為に護衛の依頼をしたの?」

「ええ、その通りですわ。」

「ふぅん、そう。」

金持ち御用達のよく当たる占いという奴には心当たりがあった。

確かミメイの上司であるボスも時折依頼していた筈である。

その占いのお陰で、ここ数年で急成長したマフィアがあったとも聞いたことがある。

「確かノストラードだったかしら。」

ミメイがそのマフィアの名を呟けば、アリサはパアッと顔を綻ばせて年相応の笑顔を浮かべる。

「まあ、ご存知でしたのね。」

「裏社会では有名な話でしょ?」

「それもそうですわ。

このお仕事が終わりましたら、私の伝で彼女に占って貰えるように図りましょうか?」

「ううん、要らないわ。」

そう素っ気なく断ると、見る見るうちにアリサの頬が不満そうに膨らんでいく。

アリサは年齢以上の大人らしさを兼ね備えてはいるようだが、感情を表に出してしまう所は普通の女の子らしいと微笑ましさを感じるミメイである。

 

「彼女の────ネオンの占いは本物ですのよ。

1度占われたら分かりますのに。」

友達の力を信じて貰えずに怒るアリサを見て、シノアもこんな風になれるのだろうかと表情筋と感情が死んでいた妹に意識を飛ばしながら、ミメイは首を横に振る。

「ああ、別に占いの腕を疑ってる訳じゃないの。

彼女の占いは本物だろうなって私も思ってる。」

恐らく念能力によるものだろうとミメイは予想していた。

この世界の一見摩訶不思議な事象は、殆ど念能力によるものだと彼女は既に気付いていたからである。

「でも必要ないの。私の生は私のものだから。

誰にも見せない、誰にもあげない。

命でも何でも捧げても良いと思える唯一の人以外には、あげたくないの。」

これはそんな激しい恋だ。

たった1人の為ならば世界だって滅ぼせる、真昼と全く同じ恋心。

そのたった1人に想いを馳せながら、ミメイは目を蕩けさせて笑った。

 

「命でも···何でも···。」

ミメイのどろりとした色気にあてられて顔を赤らめながら、アリサはミメイの言葉をモゴモゴ繰り返す。

その様子を見てすぐに思い当たったミメイは目を細め、なるほどねと小さく呟いた。

「あら、もしかして貴方もそんな人がいるのかしら。」

「な、ど、どうしてそれを······!」

途端カッと燃え上がるように、見事な赤毛と同じくらいに耳まで赤くしたアリサを見るミメイは、楽しそうにクスクス笑う。

「分かりやすいね、貴方。

まあ、恋愛馬鹿って言われた私が言えることじゃないけど。

どんな人なの?貴方の想い人は。」

「······(わたくし)の従兄弟ですわ。

烏の濡れ羽色の髪と瞳を持った素敵な男性ですの。

幼い頃からお慕いしております。」

咳払いをしてから恥ずかしそうに話すアリサは、正に恋する乙女という奴で。

ミメイの恋愛モードのゲージもキュンキュン上昇してしまう。

「黒髪かぁ。うん、良いよね黒髪。」

グレンの癖毛を思い出したミメイは頷いた。

「ミメイお姉様の想い人も黒髪ですの?」

「おねえさま······まあ良いけど。

黒髪なのはあくまで私の初恋の人。

あの子は綺麗な金髪よ。」

急にお姉様呼びになり、グイグイ距離感を縮めてくるアリサに妙な既視感を覚えながらミメイは答えた。

 

 

「······ミメイお姉様、やはり初恋は叶わないのでしょうか。」

ふっと、アリサの顔が翳る。

さっきまでのキラキラ乙女モードは影を潜め、切なそうな微笑を浮かべてしまう。

「私が今好きな人が初恋じゃないことを気にしてるの?」

「お気に障ったのなら申し訳ありません。」

「良いわよ、別に。

初恋っていっても、私のものはどうしようもなかったから。」

「伺っても?」

「んー、簡単な話よ。

私の初恋の人は、私の大好きな双子の姉と相思相愛だったの。

それだけ。」

紅茶の入っていたカップを指で弾き、軽やかな音が鳴ったことに笑みを深めてアリサを見れば、彼女は目を潤ませた上にギュッと唇を噛んでいた。

 

「どうして貴方が泣きそうになってるの?」

「だって、お姉様、そんなの辛過ぎますわ!

(わたくし)そんなの、耐えられません!」

「辛くなかったと言えば嘘になるわ。

でもね、私は姉のことも大好きなの。それこそ初恋と同じくらい。

だから良かったの。あの2人が幸せになってくれれば、それで。

そうなってくれたら······良かったのに、ね。」

鬼宿の記憶を辿って分かった真実を思い返しながら、ミメイは赤い唇をぐしゃりと歪めた。

真昼はグレンの鬼呪と一体になって世界滅亡の生贄として捧げられ、グレンはその真昼の命を使って世界を滅ぼした。

ハッピーエンドなんてどこにもない。

生まれた時から不幸せだったお姫様は、王子様に抱かれて不幸せなまま化け物になって死んでいきましたとさ。

そんなバッドエンドでしか締めくくれなかった淡い現実。

 

「ねえアリサ、もしかして貴方の好きな人は貴方の命を狙ってる?

だから貴方は初恋は叶わないと、そんな悲しそうな顔をしてるのかしら。」

図星をつかれたアリサは瞠目し、その後辛そうに力無く頷いた。

「エド────従兄弟()()ありませんわ。

従兄弟の父、つまり(わたくし)の叔父ですの。

私を狙っている人間は沢山います。

けれどその中で1番執念深いのは、私が死んで1番得をするのは叔父なんですのよ。」

「よくあるお家騒動かぁ。どこも大変ね。」

「ミメイお姉様も?」

「さっき言った双子の姉と、私達姉妹とは腹違いの兄が後継者争いをしてたのよ。

有力候補はこの2人に絞られてはいたけど、それ以外にも腹違いの兄妹が選り取りみどりで、もう無茶苦茶だった。」

「まあ······悲惨ですわ。

やはり身内が1番の敵というのは正しいんですのね。」

「多分あながち間違ってないよ、それ。」

良い所のお嬢様として育った者同士感じ入るものがあったのか、ミメイとアリサは心の底からの笑顔を浮かべ合った。

 

「なら今夜貴方を狙うのも?」

「叔父だと思いますわ。

脅しだけならまだしも、実力行使にまで移せる行動力と財力を持つのは叔父くらいですもの。

実際、叔父が多額の金を動かしたことは調べがついておりますわ。」

自分を殺そうとしている人間のことを淡々と語りながら、紅茶のお代わりを用意するアリサも相当数修羅場は潜ってきているらしい。

そう考察したミメイは、カップに紅茶を注いで貰いながら彼女に問う。

「どこにかは分かる?」

「用心深く色々な口座を経由していましたが、パドキア共和国のもので最後でした。」

「パドキア共和国······それ本当?」

裏社会で仕事をしていれば、その国の名前はどうしても引っかかってしまう。

それほどまでにその国は、その国のとある山にいる暗殺一家は有名なのであった。

 

(わたくし)も報告を受けた時は信じられませんでしたわ。

パドキア共和国といえばククルーマウンテン、ククルーマウンテンといえばゾルディックですもの。」

「あの暗殺一家のターゲットになってるかもしれないのに落ち着いてるのね、貴方。」

出涸らしとはいえまだ十分良い香りを漂わせる紅茶を口に運びながら、ミメイはクスリと笑う。

「あら、だってお姉様がいらっしゃいますもの。

私を守って下さるんでしょう?」

「······あは、良いわね貴方。

好きよ、貴方みたいな子は。」

当然のことのように笑って断言したアリサの顔を見て、ミメイも口角を引き上げる。

チカリと一瞬目を赤く輝かせ、その目でいやらしい三日月を作りながらカップをテーブルに置いた。

 

「光栄ですわ。」

「美味しい紅茶も貰ったことだし、そろそろ私も働かなくちゃね。」

「あらお姉様、まだ淹れて差し上げますのに。」

「うーん、そうして貰いたいところなんだけどそうもいかないみたいなのよ。」

少し前から窓の外を漂っていた小さな紙切れに赤い蝶を差し向ける。

気付かない振りをしていれば油断した刺客が現れるだろうかと泳がせてみたが、あちらも手練らしくそう簡単には姿を見せてはこない。

しかしその刺客の見当がついた今となっては、仕掛けられるのを待つより仕掛ける方が早いと判断したミメイである。

紙切れごと飲み込んでから爆発するように蝶に命令しながら、ミメイはアリサの体を床に伏せさせる。

「お、ねえさま?」

突然床に押し倒されたことにドギマギしたアリサは顔を赤らめていたが、窓の外で小さな爆発が起きたことで顔色を変える。

「叔父さんの居場所は分かる?」

「え、え。今も密偵に探らせていますから大体は。」

「それで充分よ。」

ヒソヒソ話を素早く打ち切ったミメイは、爆発から庇うように押し倒していたアリサを抱え上げて部屋のドアを蹴破る。

 

 

「おねえさま、どこへ···?」

「少しお散歩しましょうか。」

完璧なお姫様抱っこでアリサを運びながら、ミメイは豪奢な屋敷の廊下をひた走る。

爆発の余波で割れた窓ガラスはミメイの背を少し傷つけており、そこから滲み出た血を使って隠で隠した蝶と、隠していない蝶を作り出す。

隠しているものを殺気が飛んできていない方向へと偵察に向かわせ、隠していないものを特攻兼足止めとして殺気が飛んでくる方向へと飛ばす。

「ええ、はい、構いませんけれど······っきゃ!」

ミメイが2階の廊下の窓から飛び降りた衝撃に、思わずアリサが小さな悲鳴を上げる。

「少し口を閉じていた方が良いわ。じゃないと舌噛むわよ。」

「はい、分かりましたわ。」

ミメイの言葉に従ってキリリと唇を引き結び、彼女の首にしっかり手を回して掴まるアリサは、正に騎士に守られるお姫様であった。

ミメイが普段のセーラー服ではなく、仕事用のかっこいい黒スーツを着て髪を結んでいるから余計である。

 

「あら、あっちも本気みたいね。」

足止め用に向かわせた蝶が、刺客の元に辿り着く前に粉々に散らされたことに気付いたミメイはほくそ笑む。

窓の外を飛んでいた紙切れといい、この突破力といい、間違いなく念能力者だろう。

流石はゾルディック(仮定)というべきか。

久し振りに骨のありそうな敵につい笑みを浮かべてしまうミメイは、十分戦闘狂の気がある。

幻影旅団と闘った時よりも着実に力を蓄えている為、余裕を持って楽しめそうだと無意識下で考えているミメイは、人気のない夜の住宅街を疾走する。

その速度に目を白黒させながらもアリサは必死にミメイにしがみつく。

アリサも分かっているのであろう。

遥か後方から、既に遠い場所に位置する屋敷から、さっきまでいた部屋から、嫌な気が飛んできていることを。

その証拠に彼女のうなじの毛は本能的恐怖を感じて逆立っていた。

 

「さてアリサ、貴方の叔父さんがいるのはどこかしら。」

住宅街を抜けてすぐの場所にあるビルの屋上まで飛び上がったミメイは、夜でも賑わう市街地を見下ろしながらアリサに尋ねる。

「電話をしてみなければ流石に細かい所までは、分かりませんわ。」

ゼェハァとどうにか呼吸を落ち着けながらアリサは声を絞り出した。

「電話かぁ、盗聴されてる可能性があるわね。

でも良いよ、電話して密偵から詳しく聞いて。」

「い、良いんですの?」

ミメイの言葉の中に良いと判断できる要素は1つもなく、アリサは戸惑いながらも自分の携帯を取り出す。

「うん。その代わり、さっきみたいに私が走ってる状態で電話してね。」

さっきは舌を噛まないように口を閉じていろと言っていた人間が、同じ口で無茶を言っている。

しかしこの無茶を言う人間の言う通りにしなければ、きっと自分は死ぬだろうという予感がしている、実際死の予言を貰っているアリサは涙目になりながらも頷いた。

「······頑張りますわ!」

「よろしく。」

アリサを抱え直したミメイは先に市街地へと向かわせている蝶達から情報を得ながら、ふぅと一息吐き出した。

 

「そう、ええ、(わたくし)です。

······まだ貴方はそ········っきゃあああっ!」

ミメイがビルの屋上から足を離し、真っ逆さまに地面へと落下する。

いくらミメイにしっかり抱えられているとはいえ、いくら肝が据わっているとはいえ、突然の紐無しバンジーに大きな悲鳴を上げてしまうアリサ。

「な、何でもありませんわ!大丈夫ですわ!

そ、それより、“あの方”は?」

電話先に心配されながらも必死に誤魔化して普段通りを装うアリサの姿には涙ぐましいものがある。

しかし紐無しバンジー()()のことで悲鳴を上げてしまうアリサの可愛らしさに、思わずニコニコしてしまうミメイに人の心は無かった。

「ええ、っきゃ·······はい、そうですの。

あ、い、やぁっ······きゃあぁあああ!

だ、だ、大丈夫ですわ!問題ありませんの!

B地点の16ですのね、分かりましたわぁああぁああっ!」

ミメイは容赦なく飛んだり落ちたり登ったりを繰り返し、夜の市街地を縦横無尽に跳ね回る。

その間も悲鳴を飲み込む努力を続けるアリサはどうにか叔父の居場所を密偵から聞き、やっとのことで通話を切った。

 

「おね、え、さま、ダイヤモンドパレスビルの32階ですわ。

叔父の持ち家の、1つです。」

「密偵の教育もちゃんとしてるのね。」

簡単なものとはいえ盗聴対策の暗号を使っていることにミメイは満足げに笑いながら、真っ直ぐ市街地の中心へと走り出す。

人で賑わう街中を縦横無尽に動き回ったことと、オーラをたっぷり纏わせた蝶を市街地中に飛ばしたことは、撹乱するには大正解だったらしい。

刺客の殺気が分散していることを肌で感じるミメイは、もう寄り道せずにアリサに示されたビルへと疾走する。

「でも、どうして叔父の場所へ?」

「ん、殺られる前に殺る方が手っ取り早いかなって。」

本当に刺客がゾルディックだというのなら、いくらミメイとはいえアリサ(ハンデ)を抱いて逃げきるのは至難の業である。

いや逃げきることはできても、その時のアリサの生死は定かではない。

それでは依頼失敗、ミメイの信用度はガタ落ちである。

だから刺客の依頼主を殺して、さっさと刺客を止めてしまえばよいとミメイは考えた。

ゾルディックほどの名うての暗殺者であるならば、依頼以外の人間は無闇に殺さない筈だとある種の信頼を抱いているが故の発想である。

 

「···お姉様。」

ミメイの首に回した手に力を入れ、その胸に顔を埋め、アリサは彼女に訴えるように小さく呟いた。

その様子を見て、やはりこの子のことは簡単に死んで欲しくないくらいに好きだな、と心底思ったミメイはニッコリ笑う。

人の心に隠れている欲望を見抜くミメイは、自分と同じ恋する乙女であるアリサの本当の想いを知っているからこそ、彼女を安心させるように優しく言った。

「大丈夫よ。貴方の恋を勝手に壊したり殺したりはしないから。

貴方が本当に欲しいものも、ちゃあんと手に入れに行きましょう?」

あはは、とミメイが少し壊れたオモチャのような声を上げれば、アリサもドロリと目を輝かせて無垢な少女らしくキャラキャラ笑う。

「お姉様!」

素敵だわ、本当に素敵ですわ!と興奮で頬を薔薇色に染めるアリサは、ミメイにギュッとしがみつく。

「飛ばすわよ、掴まってて。」

「はい!」

 

 

 

 

『好きだから』を免罪符にどこまでも暴走できる乙女達は、そうして今夜も街を駆けていく。

 

 

 




アリサ=レンフィールド
・くるくる赤毛のツインテールを持つハイスペックお嬢様
・マフィアとの繋がりはあるものの、表向きは普通の資産家であるレンフィールド家の当主
・可愛い
・ネオンの友達
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。