未だに見えぬ朝を乞う   作:明科

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原作開始なのです!
新アニメと漫画の良いとこ取りと、私のフィーリングによって構成されますのでご注意下さい。





ハンター試験編
35:「会いたかった」


「また君か。」

鬼宿の記憶を追体験する夢の中で、かつての鬼宿が呆れた顔をしている。

していると我が事のように感じられる。

それもその筈だ。

鬼宿、ではなくまだただの吸血鬼であったその存在の中にミメイが入り込んでいるのだから。

ミメイは鬼宿の全てを取り込んだのだから。

 

「これで何回目だったっけ。

獲物にありつけなくて小さくなってる君を見るのは。」

鬼宿はそう溜め息をつきながら、腰まで伸びた金髪が地面に着くのも気にせずにしゃがみ込む。

それから掌を自身の爪で切り裂き、勢い良く溢れ出した血で真っ赤に染まった掌を伸ばす。

何に?

“ナニカ”に。

よく分からない“ナニカ”に、黒い靄のような何かにその血を差し出した。

 

「ほら、喰えよ。少しは腹の足しになるだろ?」

「···。」

“ナニカ”は答えない。

果たしてこの生命体らしきものに答えることの出来る口があるのかミメイには分からなかったが、ともかく“ナニカ”は黙ったまま鬼宿の手を取った。

いや包むと言う方が正解か。

黒い靄を広げて、鬼宿の小さな白い手をその中に隠す。

そうして血やらエネルギーを回収するのかと思えば、黒い靄は一瞬白く瞬いてから更に萎む。

「あのさぁ、ほんと君懲りないよね。

誰が治せって言ったんだよ。

そうやって力を使い果たしてさ、馬鹿なの?」

黒い靄が力無く剥がれていった鬼宿の掌は傷一つ無い綺麗なままで。

いくら吸血鬼の回復力が凄まじいとはいえ、これは少し早過ぎる。

だから恐らくこの傷の治癒は、黒い靄の力によるものなのだろうとミメイは判断する。

 

「···少しは舐めたって?

あっそ。で?

その分のエネルギーを僕の傷を治すのに使っちゃ意味ないだろ。」

“ナニカ”の声はミメイには聞こえない。

しかし当時の鬼宿には“ナニカ”の言いたいことが分かるらしい。

「君は死にたい訳じゃないんだろ?

それならさ、ちゃんと喰えよ。

他の奴等みたいに寄生するのも良いし、僕みたいに体を作っても良い。

どっちにしたって獲物を喰う為の進化だし。

君はどうしたいのさ?どうなりたいのさ?」

「······あい。」

そこで初めて黒い靄は言葉を発した。

ミメイはそう認識した。

「にんげん、たのしい?」

ノイズ混じりではあるが、一応人の言葉らしいものが黒い靄から吐き出される。

いや、本当に人間の言葉なのだろうか。

分からない、もう普通の人間ではないミメイには分からない。

ミメイだからこそ、鬼宿だったからこそ、理解しているだけなのかもしれない。

 

「ああ、あいつらで遊ぶのは愉しいよ。

愚かな人間共は簡単に僕に騙されて、壊れた人形みたいに踊るんだ。

今度は君も一緒に来る?」

随分小さくなった黒い靄を見下ろしながら、鬼宿は酷薄な笑みを浮かべる。

この時の鬼宿は人型の体を得たばかりで、人間達が生きている世界で好き勝手やっていたらしい。

「······。」

「あっそ。あっち側に興味がある癖に僕の誘いは断るんだよな、君は。」

「あい。」

「······『あい』、か。

君は知ってる?

人間共は“(あい)”ってやつを抱くらしいよ。」

「あい···?」

「そ。いつからか僕達が口にしていたそいつさ。

僕みたいに体を作らなければ、基本的にそれ以外に発することを許されない鳴き声。

まあ僕が言葉を教えた君は例外だけど。」

そう言って鬼宿は肩を竦めた。

 

「その“(あい)”ってやつは人間共にとってとても大切らしい。

その為に生死を決めたり、ちゃちな人生の中で添い遂げる相手を見つけたりするんだってさ。

まあつまりあれだよ、繁殖の為に必要なものなんだろう。」

鬼宿の解釈にミメイは笑ってしまいそうになる。

確かに間違ってはいないのだが、それだけで済ませられてしまうと色々問題が生じそうである。

親子愛や兄弟愛など、愛にも色々な種類があるからだ。

「······でもなんだろうな。

よく分からないけど、それだけじゃない気がするんだ。

(あい)”とやらを語る人間共は、それはそれは楽しそうだった。

ああ違うな、楽しそうってやつともまた違う。

······全く人間は面倒な生き物だよ。

何よりも愚かで矮小な癖に、色々変なものを持ってる。」

そう呟いた鬼宿の顔はぐにゃりと歪み、少しばかり泣き出しそうにも見えた。

 

「あい。」

黒い靄が鬼宿の手にそっと触れる。柔らかく包み込む。

「別に、傷が出来た訳じゃない。

別に、どこか痛い訳じゃない。

だから治そうとしなくて良いよ。

ただ、なんだろうな。足りないんだ、多分。

何かが足りないんだ。

分かるだろ、君も。

僕達は皆何かを失くしている。

欠落させたまま、この世界で生きている。

それが何かは分からない。

だけど足りないんだ、どうしても。

だから僕達は片っ端から取り憑いて、寄生して、喰らって、吸い上げて。

そうやったら欠けている何かを手に入れられるんじゃないかって。」

 

鬼宿はガラス細工に触れるように“ナニカ”に手を置き、その輪郭をなぞる。

「でも君なら手に入れられるかもしれないな。

君は他と違う。

僕とも違う。

君は何よりも強大な力を持っている。

条件を満たせばどんな願いだって叶えてしまう、そんな神みたいな力を持っている。

だから願ってみろよ。ねだってみろよ。

そしたらいつか、君には分かるかもしれない。」

「あ、い···。」

「あはは、不思議そうだね。

良いんだ、それで。

僕には分からないことだから、僕とは違う君に押し付けてみただけだ。」

黒い靄を撫でる手を止め、鬼宿は下手な笑顔を作った。

 

「いっしょ、いい。」

「···ほんと、君は馬鹿だな。

君が手に入れたものは君だけのものなのにね。

何だよ、僕にも一緒にいて欲しいの?

それを僕にも分けてくれるの?」

「あい。」

“ナニカ”は恐らく嬉しそうに、そう鳴いた。

「じゃあ、約束だ。

約束ってやつをしよう。

僕か君のどちらかが足りない何かを手に入れた時は、それの分け前は半分だ。」

「あい。」

「僕達だけの、約束だ。」

そうしてまた、鬼宿はヘタクソな笑みを浮かべて──────

 

 

 

 

──────ミメイは目を開けた。

蝶の力を使わずに眠りについてから数時間。

どうやらミメイはまた、鬼宿の記憶を見ていたらしい。

これまで何度か垣間見ることはあったが、ここまで質感のある夢に入り込むのは初めてである。

恐らくそれは、この記憶が鬼宿の中で多くを占めていたからなのだろう。

暗黒大陸らしき“外”での出来事。

きっと鬼宿と同種に近い“ナニカ”との約束。

 

「······。」

寝返りを打つ。

段々明るくなってくるカーテンの隙間から逃れるように小さくなって、布団を頭から被る。

密閉された布団の中で掌を軽く握りしめ、膝を臍の上まで持ってきて。

胎児のように丸まってみる。

こんなことをした所で鬼宿の夢は叶わないのに。

「······約束、か。」

掌を広げる。

ついさっきまで実際に黒い靄に触れていた感覚のようなものがある掌を。

鬼宿(ミメイ)は撫でていた。

柔らかな眼差しを向けながら、優しく触れていた。

「···それが愛よ。

愛って言うのよ、鬼宿。

私達はそれを愛と呼ぶの。」

貴方達は失くしてなんかいなかった。

ただ、感じる為の心を持っていなかっただけ。

 

心というものが存在するとよく言われる心臓。

それが脈打つ胸に手を当てる。

規則正しい脈拍に体を預けながら、ミメイは再び目を閉じる。

次は夢なんか見ないようにと、そうぼんやり願いながら。

 

 

 

 

 

──────────

起きてすぐシャワーを浴びた後、何も身につけていない体のまま洗面所から出る。

湿った裸足でフローリングを踏み、中身が乏しいクローゼットを開ける。

そこからセーラー服を取り出しそれをベッドの上に投げて、小さな箪笥の中を覗き込む。

目に映るのは色とりどりの上下セットの下着達。

この中からその日の下着を選ぶことが、出かける前のミメイにとって1番大事なことである。

特に今日はハンター試験を受けに行く日。

クラピカに出会えるかもしれない日。

これはもう気合いを入れて選ぶ他ない。

 

黒の総レースにチラリと目をやった後、紺と白のシマシマを左の手で取る。

と同時に黒いリボンがアクセントのピンク色を右手で掴む。

爽やかなペールグリーンも良いと思って右手に握らせながら、ミメイが持っている下着達の中では珍しいフロントホックの橙色を左手で摘んでみる。

真面目な顔で少し考え込み、

「······勝負パンツはやっぱり紐パンでしょ!」

両手に持っているものを全てしまい直してから、奥にあった白色を引っ張り出す。

薄水色の繊細なレースが所々に散りばめられ、清楚さとあざとさを両立した素晴らしい一品。

何の文句もつけようがなかった。

 

下着を身につけた後は普段通りのセーラー服を着て、デニールが低めの黒ストッキングを腰まで引き上げる。

仕事が入っていない時は基本自由行動が許されている陰獣だが、面が割れるのはまずいと主張する親愛なる上司(ボス)の言い付けで購入した黒いパーカーを無造作に羽織る。

それから前をしめてフードを被り、下を向いてしまえば顔を認識されにくい。

長い裾のお陰でスカートもすっかり隠れ、ゆったりとした作りのため立派な胸部装甲も曖昧になり、性別さえも分かりにくくなる。

日傘を腰のベルトに常備しているとはいえ、一々開くのが面倒な時には日除けとしても役立つこのパーカーをミメイは案外気に入っていた。

 

鼻歌を歌いながら玄関前の鏡で自分の格好を確認し、かつてジンから貰った靴に足を突っ込む。

特別丈夫な皮が使われているこの靴は、ジンと別れた港町付近の名産らしい。

1年以上使っていても痛むどころか更に足に馴染んでくる優れ物。

一体これのどこが安物だったと言うのだろう。

「まあ、ジンさんのことだから値切りに値切ったのかもしれないけど。」

なんだよ、と顔を顰めながらミメイを追い払おうとするジンを思い出してクスリと笑う。

外の陽光に目を細め、眩い陽射しから逃れるように日傘を差してミメイは歩き出す。

1匹の紅い蝶を従えて。

 

 

 

 

──────────

去年同様アリサの伝で知った案内人の居場所へ向かったミメイだったが、前回世話になった花札好きの老人に捕まって何回か勝負する羽目になった。

既に老人に気に入られていたミメイには試練は必要ない。

しかし老人がもの欲しそうな顔で花札を出してくるため、最近は花札から遠ざかっていたミメイは勝負を受け入れた。

あと1回、あと1回、と繰り返しているうちに時間は経ち、試験会場へと繋がっている店の奥のエレベーターに乗ったのはミメイの想定よりずっと遅くなっていた。

前回の試験では99、正確には100番だったが今回はそこまで早くないだろう。

きっとヒソカは既に試験会場に着いている。

出来ることならば彼より早く試験会場に着いて、彼に気付かれないよう絶状態のまま試験開始を待ちたかった。

クラピカがいるかもしれない今回の試験でヒソカに無駄に絡まれるのは嫌だった。

 

しかしこうなってしまっては仕方がない。

体に伝わる振動からエレベーターがそろそろ最下層に到着するのを感じ取り、ミメイは溜め息をつきながらフードを深く被り直す。

こんなことをしてもヒソカにはバレてしまうかもしれないが、何もしないよりはマシだった。

会場に降り立った瞬間幾つもの視線が飛んでくるが、真っ黒くろすけ状態のミメイには特に興味をそそられなかったようで、すぐに注目は外れていく。

去年ヒソカ共々やらかしているミメイである。

正体を隠していなければ無駄に絡まれたかもしれない。

まあ、どこかの変態ピエロは問答無用で絡んできそうだが。

今日も今日とてネットリとしているオーラを視界に入れないようにしながら、番号札を受け取ったミメイは人口密度が低めの壁際に寄る。

 

今回の番号は361。

やはり遅い。

早いからといって有利になる訳でも遅いせいで不利になることもないのだが、前回がそこそこ早かったせいか少し気になってしまう。

首までチャックを上げたパーカーに口元を埋め、灰色の地面だけを見ているとポケットの携帯から振動が伝わってくる。

このタイミングで連絡してくる人間など1人に絞られる。

携帯を取り出しながら伸びをする振りをして会場にさっと視線を走らせれば、いた。

今年もいた。

半径2、3メートルくらいの円のなかにポツンと1人。

その奇抜な見た目と異様な雰囲気と去年の所業のせいで誰も近寄ろうとしない男が。

 

その男と目が合いそうになる寸前で、ミメイは自然に携帯の画面に見入る動きを演じる。

そうして新着メールを開き、差出人が思った通りの人間であったことを確認してから文面を読む。

短くも、とても面白そうなことが書いてあった。

一体どんな意図があって彼がこのメールを送ってきたのかは知らないが、いやあまり考えたくないだけなのだがミメイの口角はゆるりと上がる。

 

 

『これは運命?』

『運命にする為に協力してよ♥』

『条件次第かな。』

『どんな条件?』

『まだ未確定。』

『ああ、君の好きな“彼”絡みか♠』

『お互い良いデートになると良いね。

今回逃したら次いつ会えるか分からないんでしょ、貴方の場合。』

『うん♦だから協力して欲しいんだけど♠』

 

 

そこまでメールのやり取りをしてミメイはふと顔を上げる。

多くの受験者が入り乱れるこの広い会場で、意識せざるを得ない視線がミメイの体に絡みつく。

距離は十分離れているというのに、トランプを切る音だけが彼女の鼓膜をピリピリ揺らす。

あの禍々しいオーラがすぐ真横に迫り来るようで、ついつい全身の血が熱くなってしまう。

一旦携帯を閉じ、ねっとりとした視線から逃れるように下を向く。

そうだ、向こうとして首を曲げて。

視線を下に動かそうとして。

ミメイはそう出来なかった。

 

それは光明。

それは希望。

それは意義。

 

その影を、気配を、姿を認識した瞬間ミメイの目は赤く染まり上がる。

枯れた葉が時間を巻き戻して紅葉したようになったその目を見開いて、ミメイは口に手を当てる。

そうしなければ今すぐにでも声をかけてしまいそうだったから。

心の中ではもう何回も『クラピカ』と呼んでしまっていたから。

唾を飲み込みながら激しい鼓動を落ち着かせようと胸に手を当てて、ゆっくり視線をずらす。

唯一の光の延長線上で、奇術師(ヒソカ)がニタリと笑っていた。

その表情からバレてしまったのだと判断出来る。

締切間近になっていた為今年も来ないのだろうかと気を抜いていた所に、転がり込んできた衝撃はミメイを酷く動揺させるのに十分だった。

失敗したと軽く唇を噛んでいれば、もう用は済んだのかヒソカは人混みに紛れて姿を消していた。

ミメイの執着している人間に大体の当たりを付けられたことに満足したのだろう。

 

そう、大体の当たりである。

幸運なことにクラピカは1人ではなかった。

彼も含めて3人が一斉に会場に降り立った。

いくらヒソカといえど、近い位置にいたあの3人のうちの誰にミメイの視線が向けられていたのか明確には分からない。筈だ。

そう信じたいミメイは、被り直したフードの下からクラピカを目で追う。

共に試験会場にやってきた人間と話している彼をじっと見つめる。

その視線が交わらないように細心の注意を払いながら、隅から隅まで観察する。

 

大きくなっていた。

きっともう、ミメイよりも背が高い。

崖下に突き落としてから2年。

月日が流れるのも、青少年が成長するのも早いものだとミメイは嘆息する。

何も変わらない、変わることが出来なくなりつつある彼女と違い、彼はこれからも変わっていく。

出会った当初は可愛らしい少女にしか見えなかったというのに、今では立派な(女顔の)少年だ。

月の光のような金髪はさらりと揺れて、感情が昂れば赤くなるのであろう大きな目は澄んでいて。

細めの手足に白い肌。

薄ら血脈が透けて見える綺麗な首筋。

 

見れば見るほど、恋する乙女にはクリティカルヒットである。

「······ばか。」

もっと好きになっちゃうでしょ。

もっと恋しくなっちゃうでしょ。

もっと愛したくなっちゃうでしょ。

そんなに魅力的になられたら、私どうして良いか分からないのに。

 

 

頬を小さく膨らませて、グイッとフードを前に持っていく。

顔を赤らめているだけの腑抜け状態になっていると自覚しているミメイは、そんな自分を隠そうと縮こまる。

パーカーの長い裾に足をしまって、そのまま体育座りで小さくなる。

黒い壁と一体化するように息を潜めて顔を伏せる。

「好きだなぁ。やっぱり凄く、好き。

あーあ、ジンさんの言う通り私って恋愛馬鹿なんだ。

だって今馬鹿だもん。馬鹿みたいだもん。」

分厚いパーカーに音を吸わせるようにして小さく呟いてしまう。

自分の胸だけにしまっておけずにポロポロこぼしてしまう。

「クラピカだ。

本物のクラピカだ。

夢じゃない。幻でもない。

ちゃんと本物。」

そう繰り返せば頬がゆるゆると綻んで。

えへへ、とだらしない笑いが漏れる。

 

「どうしよう、どうしようかな。

いきなり抱き着いちゃおうかな。

驚いてくれるかな。

それとも斬りかかってくれるかな。

それなら避けたくないなぁ。

避けないで、怪我しちゃおうかな。

そしたら心配してくれるもん。謝ってくれるもん。

でもやっぱりお説教されるんだろうな。

クラピカのお説教。

お説教···その時は私だけを見てくれる。

本気で怒ってくれる。

嬉しい、嬉しいよ。嬉しくてたまらない。」

他に聞こえないような囁き声を袖に吸わせるミメイ。

今の彼女に、周りの状況に注意を払っている余裕などなかった。

ずっと追っていたい気配のみを全身で感じ、その唯一のみに意識を傾ける。

だからこそクラピカが自分から離れていくのに気が付いて、その為だけにミメイはゆっくり顔を上げた。

 

クラピカはいなかった。

それどころか辺りには誰もいなかった。

だがミメイは焦らない。

足音の束が徐々にミメイから遠ざかっていくのを察知し、試験が既に始まっているのだと冷静に判断する。

試験官の言葉さえ耳に入らないとは、全くもって腑抜けたものだと自嘲しながらミメイは立ち上がる。

埃や砂で薄汚れたパーカーを払ってから足音に向かって暗い地下道を歩き出せば、その足音が聞こえる方から1つの人影が現れる。

その姿には見覚えがあった。

確か去年もミメイに声を掛けてきた、自称ハンター試験のベテラン。

そう、新人潰しという素敵な趣味を持っているトンパという名の男である。

今回ミメイが正体を隠しているせいで、どうやら彼はミメイを新人だと勘違いしたらしい。

そして試験が始まっても尚、固まったままの可哀想な新人を徹底的に潰そうと目論んでいるのだろう。

 

「おーい、大丈夫か?

具合でも悪いのか?」

人の良さそうな笑みを貼り付けて、手を上げながら小走りにミメイの元へやって来る。

「ご親切にありがとう。」

「いやいや、お互い様だからな。

お前さん、今回が初めてだろう?緊張するのも無理ねぇな。」

顔も体も隠した状態では声を出しても気付かれない。

「あはは。去年と同じ様なセリフを吐くのね。」

「······え?」

ミメイの言葉にポカーンと口を開ける間抜けなトンパに対し、彼女はくすくす笑いながらフードを後ろに払う。

「ざぁんねん。貴方が引いたのは外れよ。」

フードに押さえられていた紫の髪がふわりと溢れ、薄暗い地下道の中で仄かな明かりとなる。

 

「お、お前······!」

鯉のように口をパクパクしながら後ずさるトンパの横を通り過ぎ、ミメイは優雅に歩き出す。

「無駄な時間だったわね。

一次試験はあれでしょう、持久力走か何か。

こんなことに無駄な体力使っちゃって、ほんとご苦労様。」

「ミメイ、お前···今年もいやがったのか!」

「なぁにその反応、失礼ね。」

背後から走って追ってくるトンパとの距離を離そうと、ミメイは軽やかに走り始める。

「ヒソカだけでもアレだってのに、お前までいるなんて今回の試験も散々になりそうだ!」

「そう、良かったわね。」

これ以上この男の戯言を聞いていても無意味だと思ったミメイは、足を動かす速度を上げて受験生の大群の中に滑り込む。

疾風で舞い上がる紫の髪に一瞬受験生達は目を奪われ、それから我に返る。

去年も試験を受けに来ていた人間は皆、黒衣を纏ったその後ろ姿に様々な感情を抱く。

何人もの受験生に惨い死を与え、試験官さえも弄んだ悪魔のような女に。

ある者は憤怒を、ある者は憎悪を、ある者は驚嘆を、ある者は歓喜を、ある者は恐怖を。

それら全ての匂いを嗅ぎ分けながら、ミメイは人混みを縫うようにして駆ける。

前方にいるクラピカの背中が見えるか見えないかくらいまで走り抜け、と同時にヒソカと近くなり過ぎない距離を保ちつつミメイは走るペースを調整する。

 

 

「······えへへ。」

試験会場まで共にやってきていた黒髪の少年と青年、たった今一行に加わった銀髪の少年。

彼等と仲良く走るクラピカを後ろから見て、ミメイの頬は緩む。

クラピカにも友達が、仲間が出来るのだろうか。

グレンのように、守りたい存在を作ってしまうのだろうか。

そうしたらきっと、もっと素敵だ。

 

「にしてもあの男の子、どうしてか見覚えがあるなぁ。」

大きな目をキラキラと輝かせて、元気な笑顔を浮かべている黒髪の少年の姿に既視感を覚える。

「······どこで見たんだろう。」

子供は得てして人間特有のドロリとした欲望が少ないのだが、それにしてもその匂いが極端に薄い少年。

その隣にいる、やけに血の匂いが濃い銀髪の少年も気にならない訳ではないが、それ以上に黒髪の少年は異常だった。

野生の獣のような、研ぎ澄まされた本能のみで構成されているかのような、人間としては珍しい雰囲気を纏っている。

そしてミメイに熱い視線を向けられていること自体には気付かなかったようだが、何かしらの違和感を覚えたらしく黒髪の少年は走る速度を上げる。

銀髪の少年の方も警戒心を引き上げたのか、辺りに視線を走らせながら足を早く動かす。

 

「ふぅん?」

いくら腑抜け状態になっているとはいえ、ちゃんと身を隠したミメイの視線に反応するとは良い感覚を持っている。

今回の試験は楽しめそうだなぁ、とどこかの奇術師と同じようなことを考えながら、ミメイはゆるりと口角を上げた。

真っ赤に染まったままの瞳を鈍く光らせて。

 

 

 

 

 

──────────

ゴンとレオリオと共にハンター試験の会場に到着したクラピカは、胡散臭いトンパという男の話を聞いていた。

「今年はあいつはいないみたいだな。」

「あいつ?」

「あのヒソカと同じくらいヤバい奴さ。」

レオリオの怪訝そうな顔に対し、チラチラ周りを見ながらトンパは答える。

「ヒソカの女かどうかは知らねえが、去年の試験ではヒソカとずっと一緒にいたよ。」

「女の人なの?」

キョトンと首を傾げるゴンに頷くトンパ。

「ああ。綺麗な華には棘があるってのはああいうのを言うんだろうな。」

「へえ、美女か。一度お目にかかりたいね。」

「レオリオ、お前という奴は···。」

鼻の下をだらしなく伸ばすレオリオに呆れた目を向けながら、クラピカは溜め息をつく。

このトンパとやらはどうしようもなく胡散臭いが、彼が言う女が危険だというのは間違いないのだろう。

彼の目に浮かぶのが怯えに他ならなかったため、クラピカはそう判断した。

 

トンパとゴン達が話すのに耳を傾けるクラピカの頭に、ふと浮かんだのはミメイの笑顔。

容赦なく人々を屠っている時のあの完璧な笑み。

あれこそが『綺麗な華には棘がある』という言葉を体現したものに違いない。

クラピカ、と弾むような笑顔で自分の手を引く無邪気さも持ち合わせながらも、一度闇色を纏えば禍々しい生き物に変わってしまう女。

一体今はどこで何をしているのだろうか。

別れてから数年間、ミメイに巡り合わないどころか彼女に関する情報の一欠片さえも手に入らない。

きっと生きてはいるのだろう。

自分を逃がした後、普段通りその力を奮って生き延びた筈だ。

そう、信じている。

信じることしか出来ない。

彼女のことを考え始めると思考の海にどっぷり浸かってしまうと自覚しているクラピカは、軽く首を振って意識を元に戻す。

今はハンター試験に集中しなければいけないのだ。

 

「やめとけ。あの女は駄目だ、ありゃ駄目だ。

毒にしかなんねえよ。」

会ってみたいと主張しているレオリオに若干うんざりしているらしいトンパは、顰めっ面で首を横に振る。

「ねえねえトンパさん、その人なんて名前なの?」

純粋なゴンの質問にはどうしてか答えざるを得ないらしいトンパは、再度周りを見渡しながら口を開く。

「ミメイだよ。」

 

 

瞬間、クラピカの世界の音が止まった。

 

 

「ミメイ?へぇー、不思議な名前だね。」

「確かに珍しい響きだな。」

「じゃ、先輩の俺からのアドバイスは以上だ。頑張れよ。」

「うん、ありがとうトンパさん!」

「色々助かったぜ。······おいクラピカ、どうした?」

3人の声はクラピカにとってはどこか遠くに聞こえた。

今はただ、耳にした『ミメイ』という言葉を頭の中で繰り返すのみ。

何故か震えだす掌を押さえつけるように握りしめながら、カラカラに乾いた口を動かす。

「···その、ミメイという女は」

「クラピカ?」

心配しているゴンやレオリオにも答えない。

答える余裕がない。

全身の血がカッと熱くなるのを感じつつ、その衝動のまま問いを吐き出す。

「その女は、灰がかった紫の髪ではなかったか。」

「そうだけどよ、なんでそれを知ってんだ?」

驚きを滲ませたトンパが尋ねてくるが、クラピカは得た答えに心を傾けていて。

「いや、何でもない。構わないでくれ。

返答に感謝する。」

カラーコンタクトレンズを入れていなければ、緋色に染まっていることが一発で看破されてしまうであろう目を隠すようにクラピカは下を向く。

 

トンパが去った後、ゴンもレオリオも様子のおかしいクラピカを気遣うように声をかける。

「クラピカ、どうしたの?」

「いや、何でもない。」

「それが何でもないって顔かよ。

もしかしてお前、ミメイって女と知り合いなのか?」

「ああ···いや、そうなのだろうか。

そう言って良いのだろうか。」

尚も震える手を瞼の上に置き、上昇した心拍数を抑えるようにクラピカは息をゆっくり吐き出した。

「おいおい、お前ほんとにどうしたんだ。

すげー顔だぞ。」

「私は今、どんな顔をしているんだ?」

「笑ってる、とも違うしよ。なんて言うんだろうな。」

うーんと首を捻るレオリオと、閃いたのか顔を輝かせるゴン。

「分かった、安心してる顔。」

「それだよそれ。

どこかで落とした物を必死に探してる最中、誰かがそれを見つけて届けてくれた時みたいな顔だな。」

「何故そこまで具体的なんだ。

しかしなるほど、確かにそうだ。

私は恐らくずっと不安だったのだろう。

彼女は生きていると信じていた。

簡単に死ぬような人間ではないと知っていた。

だが······そうか。私は安心したのだな。

彼女が生きていると分かって。」

ゴンとレオリオにとって、困ったように目尻を下げるクラピカの表情は初めて見るもので。

2人とも顔を見合わせてから、ニッと歯を見せて笑う。

 

「良かったね、クラピカ。」

「お前にとって大切なんだろ、そのミメイって女は。

生きてるって分かって良かったじゃねぇか。

あれか、もしかして恋人とか言わねえだろうな。」

「私とミメイはそんな関係ではない。」

「じゃあ友達?」

「いや、私達は友人関係にはない。

······何なのだろうな、一体。

私にもよく分からない。

ただ、私の恩人であることは確かだ。不本意ながら。」

雪の降りしきるあの日クラピカを拾い上げて、それからも何度も助けてくれたミメイは間違いなくクラピカの恩人だった。

助けられてばかりなのがどうにも気に食わないだけで、その事実自体は変わらない。

 

「そっか、じゃあ惜しかったね。

去年ハンター試験を受けてたら、その人に会えてたんだから。」

「そうだな。

しかしゴン、私は今年ハンター試験を受けて良かったと思っている。

お前に出会えたからな。」

「俺もだよ、クラピカ!」

「光栄だ。」

楽しそうに笑い合うゴンとクラピカ。

 

 

「······いや、俺は?」

どうしてか置いてけぼりになったレオリオであった。

 

 

 

 

 

 

と、そんなことを試験が始まる前に話していたからだろうか、クラピカはまたもやミメイの名を聞く羽目になっていた。

霧で辺りの状況が判断出来ない湿原で、先頭集団とはぐれた時点で不運は重なっていたのだろう。

しかしヒソカの受験生惨殺現場に偶然居合わせてしまっては、最早不運極まれりとしか言い様がない。

しかもどうやら、クラピカはそのヒソカに興味を向けられているようで。

 

「ん〜、君だね♠

あとの2人も良いけど、ミメイの好みじゃないだろうし♣︎」

血で濡れたトランプを向けられて、クラピカは一歩後ずさる。

しかし心は引かない。

引けない。

ここは譲れない。

やっと掴みかけたのだから。

行方知れずのミメイの情報を、やっと。

「お前は、ミメイとどんな関係だ。」

「秘密♥」

「昨年の試験でお前とミメイが一緒だったことは既に知っている。

今の彼女の居場所をお前は知っているのか。」

「知ってるよ♦」

「ならば、」

背中の木刀に手が伸びる。

それを抜き放ってヒソカに向けようとした瞬間、隣にいるレオリオの焦った声が飛んでくる。

「待てクラピカ、冷静になれ!お前らしくねぇぞ!」

「······。」

レオリオの言葉に引き戻され、クラピカは手を下ろす。

警戒心を引き上げたまま、人を殺めている時のミメイと同じような笑みを浮かべるヒソカを睨みつけたまま、クラピカは唇を噛む。

 

「······くっくっく、確かにミメイが好きそうな子だ♣

味見は駄目だって言われたんだけど、こんなに美味しそうな青い果実を目の前にして放っておくっていうのも難しいよね♠」

そう言ってからヒソカはニタリと笑う。

笑って、それで。

気付いた時には、もう目の前で。

クラピカの目には、やけに全てがゆっくり見えた。

 

「クラピカ!」

レオリオの声が聞こえる。

血を吐くような叫び声が聞こえる。

その警戒を促す声は聞こえていて、だから木刀を引き抜こうとして。

それなのにもう遅い。

遅過ぎる。

スロー再生を見ているのかと錯覚するほどゆっくりと、そう頭の端で他人事のように観察してしまいながら、何人もを葬り去ったトランプがクラピカの視界いっぱいに広がる。

覚悟して目を閉じる暇もなく、最早ただ無防備な体を晒しているだけ。

それから──────

 

 

 

 

 

 

「──────触らないで。」

かくして救世主は現れた。

クラピカの後ろからすっと手が伸びる。

トランプを手にしたヒソカを拒絶するように軽く腕を払い、クラピカを背後から抱きしめてその身を庇う。

「クラピカに触らないで。」

蕩けるような甘い声がクラピカの耳元で響いている。

柔らかな体がクラピカの体を包んでいる。

懐かしい香りがクラピカの鼻腔をくすぐっている。

後ろから抱きしめられているせいで顔は見えない。

けれど分かった。すぐに分かった。

「···ミ、メイ?」

だからクラピカはその名を呼んだ。

かつてのように。

 

「クラピカ。」

細く震える声がクラピカの耳朶を打ち、彼の体に回された手に力が込められる。

「会いたかった。」

紫の髪がクラピカの肩に掛かり、そこに重みが乗せられる。

そう、いつかのように。

いつかのように、クラピカの肩にミメイは顔を埋めている。

そうしてすぐ近くに感じられる熱に、クラピカの唇も緩やかな弧を描く。

 

 

「······ああ、私もだ。」

 

 

 

 




ストックが切れかけな上に(海外艦の練度上げに忙しかったり某ソシャゲのイベ周回に追われていたり)リアルが割と多忙なため、不定期更新に入ります。
すみません。
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