未だに見えぬ朝を乞う 作:明科
「おいしい?」
テーブルの向こう側で、可愛らしく頬杖をつくミメイという名の女。
お湯を注ぐだけで簡単に出来上がるスープを口にしていれば、ニコニコ笑ってこちらを見てくる。
何の感情も読み取れない視線に居心地の悪さを感じながらも、何日ぶりかの食事は正直ありがたい。
この得体の知れない女に見られながらの食事は色々な意味で素敵とは言い難いが、クラピカは仕方なく硬いパンに手を伸ばしながら頷いた。
「ああ。温かいスープが体に染み渡る。」
これで殴れば人を殺せるのではなかろうか、そんな硬さを誇るパンをスープにつけて少しほぐす。
その過程を通過すれば、どうにか歯で噛み切れる程度のパンになるのだった。
「あは、なら良かった。」
ガリガリとそのままのパンを齧るミメイの歯はどうなっているのだろうか。
相当頑丈に違いない。
そんな取り留めのないことを考えるクラピカは、自分と向かい合って座るミメイの前にはスープ皿がないことにふと気がついた。
「スープは、ないのか。」
「貴方の分で終わりだったの。」
と言いつつ、リスの様にパンを齧る。
やはり硬さは気にならないらしい。
だが自分ばかりが具は少ないとはいえ温かいスープを啜るのはどうなのか。
すぐ気に病んでしまうお人好しな所のあるクラピカは、すっとスープ皿をミメイの方に押し出す。
「私のを、」
「結構よ。
ここで貴方からスープを奪ったせいで、貴方に餓死されちゃたまらないもの。
私が態々拾った命なんだから、それなりに図々しく生きてくれなくちゃ。」
スープ皿をクラピカの方に戻したミメイは、最後の一欠片を飲み込んでから立ち上がる。
「私、今夜の仕事が無い代わりに明日の朝早いの。
早く食べちゃって。じゃないと片付けられないのよ。」
素っ気なく自分の事情を押し付けてくるミメイは、美しい容姿とも相まってどことなく冷たさを感じる。
寒色系の紫の髪は見ているだけで冷え冷えした気分になりがちだ。
茶色の瞳には光が少なく、感情が読み取りにくい。
先程は手に取るように分かった、感情の揺らぎはなりを潜めている。
式神というらしい紙切れ2匹を引き連れてベッドを整えているその背中を見つめながら、
「ああ···。」
とだけ返して最後の一口を胃に流し込んだ。
「食べ終わったらシンクに置いといて。
その後こっちに来て頂戴。」
背を向けたままだが食べ終わった気配を感じ取ったらしいミメイは、テキパキと式神達に命を下すのと同じ様にクラピカにも指示を出す。
逆らっても仕方あるまいと既に諦観していた為、シンクに皿を置いてから手招きをするミメイの傍に行く。
「座って。」
ベッドに軽く腰掛けた状態で、自分の隣をトントンと叩くミメイ。
それに従いながらも彼女と微妙に体を離して座れば、ぐいっと彼女の方に背中を向けさせられる。
「なにを、」
強引な手に警戒して勢いよく振り返れば、そこにいたのは穏やかに微笑むミメイだけである。
その手にあるのはナイフでも縄でもない。
何の変哲もない櫛だ。
「何も悪いことはしないわ。
式神が拭いてくれたお陰で貴方の体は綺麗だけど、髪の乱れはそのままだもの。
梳かしてあげようと思ったのよ。」
クラピカの不信感を拭おうと、クラピカの背の真ん中まで垂れる金髪にミメイはそっと触れた。
「必要ない。私は人に触れられるのは好きではない。」
顔全体は静かに笑っているが、感情の起伏が殆ど感じられない瞳。
それを睨みつけながらクラピカは吐き捨てる。
この1年弱で結構な人間嫌いになってしまったクラピカにとって、自分の体に他人が触れるのは余り嬉しいことではなかった。
人間は醜く、卑しく、そしてどうしようもない。
そんな奴等ばかり見てきた。
人間は誰も信用出来ない。
好意で自分に触れようとしていた人間が、次の瞬間には自分を食い物にしようと考える下衆に変わるのだ。
そんなことが何度もあった。
「奇遇ね。私もあんまり好きじゃないわ。」
警戒心丸出しの手負いの猫の様なクラピカの睨みを軽く躱し、ミメイは乱れた金髪に櫛を当てる。
「触るな。」
「あは、今更警戒しても遅いわよ。
私に拾われて、寝かされたベッドでのうのうと寝こけて、出された食事までたいらげて。
本当に警戒するんだったら、せめて食事はやめておくべきだったわね。」
クラピカの首をごきりと前に向かせ、立ち上がらせないよう肩を掴む。
「何か盛ったのか。」
櫛で髪が後ろに優しく引っ張られる。
肩を掴んでいる力強さとは対照的に、意外と繊細な手つきに戸惑いながらもクラピカは問いかけた。
「まさか。そんな無駄なことすると思う?
毒なんか盛らなくても、1秒あれば私は貴方を殺せるもの。」
しないけどね、と呟いてミメイはクラピカの金糸の様な髪に櫛を通す。
絡まっていた髪がやんわりと解かれて、背中でさらさらと揺れる。
「···よくこうしてたなぁ。」
むっつり押し黙って櫛を持つ手だけを動かしていたミメイだったが、ポツリと溜め息混じりに吐き出した。
ミメイの優しい櫛使いのせいか、胃に食べ物が入ったせいか、徐々に眠くなっていたクラピカは、ミメイの言葉に再びはっとして立ち上がろうとする。
すぐに気が緩んでしまうが、されるがままになっているが、未だここは敵地なのだ。
警戒を緩める訳にはいかないのだ。
それを思い出しての抵抗だったが、なけなしのそれはミメイの人間離れした怪力によっていとも容易く阻まれる。
「いい加減無駄な抵抗はやめたら?」
左手のみでクラピカの動きを止めて、髪を梳かす為に変わらず動く右手。
「っ、」
「警戒したと思ったら気を緩めるし、また抵抗したと思ったら今度は寝そうになってるし、でもやっぱり逆らおうとして。
まるで気まぐれな猫みたいね。」
クラピカの背中で垂れる艶を放つ金髪。
それを満足そうに見てからミメイは櫛を置いた。
「貴方が私をどう思うのかは勝手よ。
それをどうこうする気はないの。
でも私の言うことを聞いてくれない子は嫌い。
無駄な抵抗だってすぐ分からないお馬鹿さんは嫌い。」
唯我独尊なお姫様の様なことを言っているという自覚なしで、ミメイはクラピカの顔を自分の方に向けさせた。
暫し茶色の瞳同士が見つめ合う。
「私が貴方を拾って助けてたのは、ひとえに貴方が私の妹に重なったから。ただそれだけよ。
それ以上でもそれ以下でもない。
貴方を売ろうとか飼おうとか、そんな些事の為じゃないわ。」
梳かしたての金髪に手を当て、柔らかな手つきでクラピカの頭を撫でる。
遥か昔の様に感じてしまう、一族皆で暮らしていた頃の記憶がクラピカの頭に甦る。
こうして母に頭を撫でられたこともあったな、と。
記憶の向こうの優しい母の笑顔が、慈愛らしきものが揺れるミメイの茶の瞳に収束する。
「いも、うと?」
だが待て、妹?
聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたクラピカは、まさかと思いながら反復する。
「そうよ。
シノアっていうの。8歳下の可愛い妹。
私達によく似ている、きっと将来は私達と同じ様に美人になる妹。
ふわふわの癖毛を編み込んで、それからリボンでまとめるのがよく似合ってて可愛くて。」
語り出したら止まらない、そんな雰囲気である。
得体の知れなさなどどこかに吹っ飛ばして、そこにいたのは妹が大好きな1人の姉だった。
少なくともクラピカにはそう見えた。
その妹と自分が重ねられている事実には思う所しか無かったのだが、あまりに普通の人間らしく妹語りをするミメイのせいで、クラピカはつい思ったことを口にする。
「好きなのだな。」
「すき?」
きょとん。
そんな表現が似つかわしい仕草でミメイは首を傾げた。
「ああ、好きでは足りないのか。
お前は妹を愛しているのだな。深く、深く愛しているのだな。」
「まさか。そんな筈ないわよ。
好きとか愛とか、そういう欲望は私は抱いたことないわ。」
ピタリとクラピカの頭を撫でていた手を止めて、ゆっくり首を横に振る。
「妹のことが好きではないのか?」
不思議でたまらない。
顔にはしっかりと“妹大好き”、そう書いてあるというのにきっぱり否定するミメイの様な人間にクラピカは初めて出会った。
「さぁ?考えちゃいけないの、そういうのは。
名前をつけて口に出したらいけないの。
“それ以上”が欲しくなるのは駄目なのよ。」
自分に言い聞かせる様に呟いてから、ミメイはベッドから立ち上がる。
スプリングもへったくれもないベッドパットが、ギシリと哀れな悲鳴を上げた。
「よく分からないな。」
クラピカの背中に貼り付いていたミメイの熱が、徐々に室内の冷たい空気に奪われていく。
それに肌寒さを感じて、無意識的に薄っぺらい掛け布団を体に巻き付けるクラピカ。
「分からないでしょうね。貴方の心に鬼は棲んでないもの。
さ、貴方は先に寝てて頂戴。
もう限界みたいだし。」
それを見下ろしたミメイは、クラピカの体をそっとベッドに横たえさせる。
冷え冷えしたベッドパットのせいで思わず咳が漏れたのを、ミメイの肩に乗ったままの式神達が心配そうにじっと見つめる。
大丈夫だ、そんな気持ちを込めて軽く手を振れば、式神達もその薄い手がちぎれそうな勢いで振り返してくる。
「ほんとに貴方には懐いてるのね。
もう消そうかと思ってたけど止めておくわ。」
舌打ち混じりに式神達をつまみ上げ、ポイッとクラピカが寝ているベッド目掛けて放り投げるミメイ。
式神達の軽い体はクルクルと宙を舞い、それからぺしゃりと掛け布団の上に着地した。
「何かあったらその子達に言って。
それなりにどうにかしてくれるわ。」
クラピカの手に擦り寄る式神達から視線を外し、今度はクラピカの方を見つめて薄い笑みを浮かべる。
「おやすみ、クラピカ。」
ゆるりと口角を上げてから、ベッドに背を向けるミメイ。
その背中を見送りながら、また名前を呼ばれたことに変なくすぐったさを覚えたクラピカはゴソゴソと掛け布団に顔を埋める。
パチリと電気を消して、出入り口ではない方のドアの向こうにミメイが姿を消した後、静まり返った部屋に浮かび上がるのは暖炉の弱い炎。
火影が灰色の壁や天井に描かれるのをぼんやりと見上げ、すーすーと寝息を立てる様に丸まる式神達をクラピカはそっと撫でた。
考えなければいけないことも、聞かなければならないことも、話さなければならないことも、沢山ある筈なのだが、今はただ眠かった。
数日ぶりに胃に入った食べ物。
硬いとはいえまともなベッド、薄いとはいえ使える掛け布団。
暖炉のお陰で外よりは格段に暖かい部屋。
そしてその部屋が暗くなったとなれば、1度引っ込みかけていた睡魔がまた現れるのは必然であった。
「おやすみ。」
特に誰に対してではなく、重い瞼を閉じながら小さく呟いた。
それから少しして、部屋にはささやかな寝息と薪が弾ける音だけが響き始めた。
──────────────
『これからどうするのさ。』
お湯の出が悪いシャワーヘッドを振るミメイの脳内に響く、幼子特有の甲高い声。
白い湯気に覆われた狭いシャワールームで、腰近くまで伸びた髪の水気を切りながらミメイはシャワーヘッドを壁に引っかけた。
「どうするもこうするも、あの子が回復したら出て行って貰うわ。
当たり前じゃない。」
あの子、というのは勿論今は隣室で寝ているクラピカのことである。
指通りの良いさらさらの金髪を思い出しながら、自分の髪を全て首筋まで上げそれを軽くピンで止めて、再びシャワーヘッドを振り回す。
どうにかチョロチョロ出始めたお湯を体に掛けながら、泡まみれのタオルを体に擦り付けて今日一日の汚れを落とす。
雪の様に白い肌をツルツル流れていく水滴と、その肌に負けない清廉な白さを誇る柔らかな泡。
濡れてペっちゃりとした髪からぽたぽた垂れる水滴も、首筋や背に貼り付いた後れ毛も、その一つ一つが妖艶である。
この光景を撮って、その写真を売るだけでバカ儲けだろうな、と
『なら良いけどさ。
大丈夫かな、ほんとに出来るの?』
「何が?」
体中に貼り付いた泡を洗い落とし、最後の仕上げとして頭から一等熱い湯を被る。
シャワーヘッドから溢れた湯の勢いで、止めていたピンが滑り落ちて長い髪がべシャリと背に垂れる。
水を含んで重くなったそれを適当に払いながら、床に投げ捨てられたピンを拾い上げたミメイはシャワールームのドアを開ける。
それから、棚に畳んで置かれた下着と賭場の主人に譲って貰った古いTシャツを素早く身につけた。
密閉されたシャワールームは湯気に満ち溢れていたお陰で暖かかったが、脱衣所兼洗面所はそうはいかない。
寒い、ただ寒かった。
『出て行って貰うってことは、あの子供を捨てるってことと同義だ。
シノアを捨てきれなかった未明にそれが出来るの?』
濡れた髪をグシャグシャとタオルで拭きながら、ミメイは鬼宿の問いに答える。
「私が出ていけって言わなくても、あの子は自分から出ていくわ。
そういうタイプよ。」
警戒心丸出しの怪我をした猫の子、その表現が1番うってつけな少女。
彼女は人に上手く頼ることが出来ない不器用な子だ、ミメイはそう考えていた。
ミメイへの警戒を解いたとしても、元来の人の良さによる遠慮と拭いされない人間への不信感のために、ミメイに頼りきることは決して出来まい。
見た所13、4ぐらいの歳だろうから、それなりに自立心も芽生えている。
ミメイに頼ることを良しとはせず、近いうちに自分から出て行くだろう。
『ほんとかなぁ。』
えー、と抗議の声を上げる鬼宿。
「そうよ。まあ、あの子が自分から出て行くまでは面倒を見るつもり。
多分そこまで長くないわね。」
『···ほんとかなぁ。』
「女の子だもの。
同じ女に頼りっぱなしっていうのも癪になる時がすぐ来るわ。
良い男を見つけて、そいつから金をふんだくった方が効率良いって気付くだろうしね。」
クラピカは美少女だもの、男が放って置かないわ、そんなことを呟きながらシャワールームの電気を消した。
『······だからそこが違うんだってば。』
ボソリと吐き出された鬼宿の言葉に、ミメイは怪訝な顔をする。
「は?」
『何でもないよ。黙ってた方が面白そうだからね。
うん、特に僕から言うことはないや。』
色々考えた末にこのままの方が後々愉快だと気付いた鬼宿は、くすくす笑いを返す。
「あら、さっきまではクラピカを早く追い出せって感じだったのに。
どういう風の吹き回し?」
『まあね。僕にも色々あるんだよ。』
そう、僕にも色々あるんだ。
あの子供が女なら、未明にとって足枷にしかならなかった。
だから早く追い出したかった。
でもあの子供は男だ。未明は勘違いしてるけど。
男と女、拾われた方と拾った方、助けられた方と助けた方。
何が起こるかは大体予想がつく。
ああ、最高だよ未明。
欲望を膨らませて、暴走させる1番の原因は恋情なのさ。
真昼だってグレンに恋をしていたから壊れたんだ。
鎖で拘束された体のまま、ちろりと赤い舌を唇から覗かせて鬼宿は笑った。
さあ、見せてくれよ未明。
君の欲望を僕に見せてくれ!
押さえつけて殺してきた欲望を溢れさせて、僕の力を求めてくれ!
きっとあの子供は、未明の欲望を押さえている枷を揺らしてくれる。
あは、偶然って怖いなぁ。
ほんとはクロロにどうにかしてもらおうと思ってたけど予定変更だ。
いやクロロも捨て難いしなぁ、どっちもいけるかなぁ。
あはははは!最高だ、最高だよ未明。
君が本当の姿を取り戻すのも近いよ、期待して待っててくれよ!
鬼宿の陰謀など知る由もないミメイは、くすくす笑いを続ける鬼宿に首を傾げながら洗面所を出る。
暗い部屋にそっと足を踏み入れて、柔い光を放つ暖炉に新たな薪を放り投げた。
これで一晩は持つだろうとの目算を頭の中に弾き出してから、自身の得物である刀をベッド脇に立て掛ける。
式神達と一緒に、すやすやと安らかな寝息を立てるクラピカ。
ゆらゆら揺れる火影にその頬が照らされて、やけに白い肌がなまめかしい。
唇の上に落ちた長い前髪をそっと払ってやり、あらわになったその額に手を当てるミメイ。
少し熱っぽい様な気もするが、一晩寝れば大丈夫だろうと判断出来る温かさだった。
それに安心して、クラピカを起こさないようにそっと掛け布団の端を引っ張ってその隙間に滑り込む。
密閉されていた掛け布団の内側に冷気が入り込んで寒かったのか、クラピカはううんと寝言未満を漏らす。
「やっぱりベッドが狭いわね。」
クラピカの背中に貼りつく様にしてベッドに侵入したミメイだったが、背中は掛け布団に覆われていない。
ベッドも掛け布団も、2人用ではなくあくまで1人用なのだ。
いくら片方が小柄な少女(とミメイは思っている)とはいえ、もう片方が成人に近いミメイでは無理があった様だ。
「···こうすれば良いのかしら。」
クラピカの軽い体をころりと自分側に転がして、その正面から背中にかけて静かに手を回す。
自分の腕の中にすっぽり収まったクラピカを見やり、ミメイは満足げに頷く。
接着面を増やせば掛け布団を2人で分け合いやすい上に、熱の相乗効果でより暖かい。
クラピカの可愛らしい寝息を聞いていれば、シノアにも同じことをやろうとして、やめてください未明姉さんと抵抗されたのを思い出した。
結局ミメイは真昼とくっついて寝て(ちなみに真昼はミメイと一緒に寝るのにノリノリだった)、それを無表情で見ていたシノアだったが真昼と2人手をこまねいてやると、ほんのり顔を赤らめてミメイと真昼の間に滑り込んできた。
シノアはまだ幼くて、真昼もミメイも幼くて、もしかするとミメイ以外はもう忘却の彼方に飛ばしてしまったかもしれない。
だがミメイは忘れない。
母は亡く、父は父ではなく、他に頼れる人もなく、姉妹3人で身を寄せあっていたあの時を。
あの時を守りたくて、あの暖かさを守りたくて、そしてそこに真昼の恋人やいつかシノアが愛するであろう人を加えて、そんな世界の中だけにいたかった。
ただ、家族を守りたかった。
ただ、仲間を守りたかった。
それだけだった。
ミメイは“それ以上”を望まなかった。
今自分の手にある暖かさだけを守って、そこでずっと生きていきたかっただけだった。
けれどそれは許されず。
自身の恋と柊の枷に板挟みになって、崩壊という運命を予め敷かれたレール通りに辿っていく真昼。
何の罪もないというのに生まれてすぐ柊の闇に巻き込まれ、そこから遠ざけたとしてもいつかは柊に取り込まれるであろうシノア。
その家族を守りきれなかった。
世界の滅びは確定し、それでも抗おうとする仲間達の手を取りきれず、かといって真昼の味方になりきることも出来なかった。
柊への抵抗もまともに出来たか分からない。
全て中途半端のまま、ミメイはあの世界から放り出されてしまったのだ。
帰る術は未だに見つからない。
「帰れないのかなぁ。」
身じろぐクラピカの背を優しく叩きながら、ミメイの口はひとりでに動いていた。
『帰りたいの?』
目敏く鬼宿がミメイの心を揺さぶってくる。
「そうね、帰りたいのかしら。分からないのよ。
今更私が帰った所で世界の滅びが止まる訳じゃあるまいし、もしかしたら私は邪魔者かもね。」
自嘲的な笑みが浮かぶ。
『さあねぇ、僕は知ったこっちゃないよ。
でも1つ教えてあげる。世界を渡るにはそれ相応の対価が必要だ。
いや、対価というより滅多に訪れない好機を待つしかないんだよ。』
珍しく饒舌である。
それこそこの好機を逃すまいとミメイは鬼宿に問いかける。
「対価は、その好機は何?」
『あは、教えなーい。今の未明には教えなーい。
いやなこったー。』
そう簡単に教えてあげる訳ないだろ?と嘲笑混じりのけたけた笑いが癇に障る。
「···そう。もう黙って。」
うるさい鬼宿を心の深層部という名の牢屋にぶち込み、鎖できつく縛って口をきけない様にする。
酷いよ、と哀れを誘う声で泣き真似をしていたが無視である。
うーん、と掛け布団に頭を埋めていくクラピカの背に手を回したまま、ミメイはそっと目を閉じた。
夜は未だ明けない。
シャワーシーンでラッキースケベなんて起こらないのだ。
ミメイのクラピカ性別勘違いは、まだ現在進行形なのだ。