誓約   作:カヴァス2001世

3 / 7
3話
加筆修正版
ググッと読みやすくなったと思う、個人的には


誓約#3

今でも夢に見る。3年前の話、俺が初めて人形を指揮した時のことだ。当時はまだグリフィンの適正試験に合格したばかりの頃で、俺は殆ど素人同然だった。教科書通りの用兵を学び、一定の成績を収め、指揮官としてのポストを与えられた。後方幕僚なんて大層な名前の部下までつけられて、こう言われのだ。あなたはグリフィンの戦術指揮官足りうる信頼できる才能を持っている、と。グリフィンの為にその力を振るってくれ、と。至れりつくせりの環境を与えられ、こうも煽てられれば、理想に燃える馬鹿な若造が自分の力を過信してしまうのも、当然の話だった。俺はそうして、彼女に身の程知らずの約束をした。俺の初めての戦術人形。いつも強がって、本当の気持ちを見せてくれない彼女に。グリフィンの指揮官であれば、はなから守れる筈のない馬鹿な約束だった。

 

ーーこの先ずっと必ず生きて帰す、俺の指揮でそうさせて見せる

 

グリフィンの他の指揮官が聞いたら泡を吹きながら腹筋を痙攣させる様な世迷言を、俺は大真面目に彼女に約束したのだ。その約束を実現する事で、彼女が殺しの為の只の道具でいる必要などないのだと伝えたかった。自身が殺しの為だけの道具じゃないと気づけば、彼女が笑顔を見せてくれると本気で考えていた。でもそんな約束が本当になるわけなんてない。

人形が人間の代わりになって戦争をする世界、人形の命など、人形に命があるとすればだが、非常に安いものなのだと知識では知っていたのに。戦場で彼女達人形一人一人の命や尊厳などに頓着する事など、人間である俺たち指揮官にはありえないのだという単純な事実を、分かっていなかった。自分だけは他の指揮官とは違うと思っていた。自分だけは彼女を道具として使い捨てるのではなく、人間扱い出来ると本気で考えていた。戦場で酷使される彼女を哀れみ、思い上がって人形を人間扱いなんて、救いようのない馬鹿に、俺はなっていた。平和な街で民生用の人形を趣味嗜好の範囲で大事にするのとは違う、戦場で使われる彼女達は真実道具なのだ。いや、道具として扱わなければならない。そうしなければ、人間の権益を守れないのだ。そして、むしろその為に彼女達は存在する。人間の代わりに働き、人間の代わりに戦い、人間の代わりに娼婦となる為に、人形は生み出されたのだから。

詰まる所、俺はそれを理解していなかった。俺の言葉は戦場に於いて常識外れの世迷言でしかなく、なんの担保もない、実現性もない約束だった。当然彼女は俺の約束が世迷言だと分かっていた筈だ。彼女は俺が戦術指揮官になる前から戦場に身を置いていた人形なのだから。自身が必要なら使い捨てられる人形なのだと理解していた。だけど、彼女は俺の一方的な約束を嘲笑いはしなかった。ずっと見てみたいと望んでいた、しかし悲しそうな笑顔で。いつもの彼女からは想像も出来ないほど優しい声で言った。

 

ーーそんな下らない重荷を背負って、無理なんてしたら承知しないわよ

 

彼女は俺の約束を否定も肯定もしなかった。ただ俺の心を案じ、何も言わないでくれた。その優しさがどれだけ尊いものだったかを、俺はすぐに身を以って知る事になる。彼女、WA2000を俺の指揮で失う事によってだ。何の力もない若造の決意なぞ、現実の前では何の力もない。その戦場はいくつものイレギュラーに見舞われた。予定された補給が届かない。予定された援軍が来ない。想定を上回る戦力に囲まれ、鉄血のハイエンドモデルまで出てきた。教科書の用兵の想定を上回る現実。そういったしわ寄せを引き受けるのはいつも人形達なのだ。俺が指揮する戦術人形は次々と破壊され、俺の部隊は戦場からの撤退を余儀なくされる事になる。最前線で鉄血に占領された野戦キャンプから人間のスタッフ達をどの様に逃がすかが最重要の任務になった俺に、人形の命に頓着する余裕などなかった。だから、人間を逃がす為に取り残せば確実に死ぬと分かっている戦場に彼女を置き去りにした。撤退を援護する為の殿を彼女に任せ、彼女を使い捨てるしかなかった。俺の殿を命ずる言葉に彼女は恨み言1つ言わずにただ一言だけ、了解と言った。苦しかった。約束を守れなかった事も、自分にその力がない事も。そして何より彼女が俺に何も言おうとしない事が。あまりにも苦しかったから、今度は最低の嘘をついた。

 

ーーきっと迎えに来るから。それまで耐えてくれ

 

迎えになんて来れない。少なくとも彼女が生きているうちにには絶対に無理だ。それでも、言わずにはいれなかった。自己満足の自慰行為と分かっていても、そうでも言わなければ自分を許せなかった。でも失敗だった。だって嘘をついたって、もっと苦しくなるだけだ。どれだけ誤魔化そうとしても、いや誤魔化そうとすればする程、結局彼女を傷つけるだけなんだから。自分が無力だと思い知った。彼女達の献身の上に、人間は生きている。その本当の意味をやっと理解した。目に熱が溜まり、決壊しようとするのを抑える事も忘れて彼女の言葉に縋った。彼女に許しを求めた。

 

ーーま、期待してるわけじゃないけど?

 

ーー別に死ぬのは怖くないし

 

ーーでもまぁアンタが待ってろって言うなら

 

ーーずっと待ってる

 

ーーきっと、ずっと待ってるわ

 

それが彼女との最後の会話。彼女が稼いだ時間で、俺は野戦キャンプの人間達を撤退させる事に成功した。時間を掛け、部隊を再編し、再びこの地をグリフィンのものとするのに3ヶ月以上の時間を要した。この3ヶ月間の事を、後方幕僚のカリーナは一切語ろうとしない。他の戦術人形達もだ。俺は彼女を取り返す為にはなんでもやった。そうして3ヶ月後に、その戦場を今度は確実にグリフィンのものとした。そうしてすぐさま彼女の姿を求めて戦地を彷徨った。もしかしたら生きてるかもしれないとも思った。戦術人形は、セーフモードに以降する事で3ヶ月の時間を無補給で耐える事が出来るからだ。最悪、頭殻さえ無事ならメモリーは引き出せる。その可能性がある限り、俺は彼女を新たに製造するつもりなどなかった。

そして見つけた。彼女は殿を任せたポイントから1キロメートル近く離れた場所で見つかった。彼女が俺に触らせてくれなかった彼女の愛銃は、その手前500メートル程で見つかったが、予備のものまで含めて弾は撃ち切られていた。彼女の四肢は引き千切られ、胴体の近くに散乱していた。打ち捨てられた右腕にはコンバットナイフが握られているから、彼女は弾が切れた愛銃を捨てた後、鉄血に追われながらナイフ一本で500メートルを逃げ続けたのだと分かる。服は剥ぎ取られていて、無惨な肢体を灰色の空の下に晒している。腹が割り開かれ、内臓に当たるユニットを破壊されている。生きたまま嬲られたのだとわかった。顔は痛みと苦しみに歪んでいて、歯を食いしばって表情筋が引き攣ったままでいる。しかし彼女の最後は、四肢や胴体への拷問ではなく頭殻への陵辱だった。額から上の装甲が剥ぎ取られ、人間で言う脳の部分がグチャグチャに掻き回されている。決定的に、彼女の魂は殺害されていた。血涙と鼻血に汚れた顔で糞尿を撒き散らした無惨な彼女の死体。これが、俺の無力の証左だった。約束なんて守れる訳もなかったのだ。必要とあらば、俺は何度でもこの地獄に彼女を突き落とさなければならない。それが指揮官である俺の義務なのだから。俺は人々を守るのが役目で、人形を守るのは二の次なのだ。

涙は出なかった。そして、この時やっと、彼女が好きだったと気づいた。好きだったから、彼女を守りたかったのだ。彼女の笑顔を引き出したかった。素直な気持ちを聞いて見たかった。本当はチョコアイスが好きな事も、それを隠そうとしてた事も知ってた。可愛いのにって、言ってあげたかった。

彼女は今際の際に何を思ったのだろう。或いは俺の事を思い出しただろうか。口だけで碌に実力を伴わなかった俺を、恨んで逝ったのだろうか。もう誰も、その問いに答えを与えてくれる人などいない。後はただ、俺が勝手に救われるだけだ。彼女が俺の約束を否定も肯定もしなかったから、俺は身の程知らずな背中に、何も背負わせないで済んだ。彼女が俺の身勝手な嘘に応えてくれたから、彼女を置いて撤退する自分を許す事が出来た。

俺は3年前のこの時、やっとグリフィンの戦術指揮官になったのだ。人形を兵器として正しく扱い間違えず、人々の権益を守る為に戦う指揮官に。守れもしない約束をしようとした。嘘をついた。やっと理解した。彼女達を人形扱いする事こそ、唯一彼女達に出来る俺たち人間の誠意なのだと。

俺はWA2000を復元した。しかし彼女は何も覚えていない。俺の約束も、嘘もだ。今はもう只の人形。そして俺ももう只の指揮官だった。俺は指揮官としての義務を果たし、彼女も人形としての義務を果たすーー

 

「私の名前はワルサーWA2000。指揮官、私の足を引っ張ったら承知しないわよ」

 

「ーーああ」

 

「ーー知ってる」

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