誓約   作:カヴァス2001世

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4話
一人、また一人


誓約#4

誓約#4

 

陽動部隊の目的は、既に敵の殲滅ではなかった。2日前に行われたブリーフィングで想定されていた鉄血の予想戦力は、旧式の人形が200弱といった所であったのに対し、実際の敵戦力は旧式の通常モデル約300体に、ハイエンドモデルが2体も存在したからだ。概算で2倍以上の戦力だった事になる。元々は200弱の敵戦力を、5体の戦術人形それぞれに4体のダミーを制御させる事で数の差を補いつつ、足りない分を人形そのものの性能差と高度な連携でイーブンにする作戦だった。が、敵戦力が2倍にまで跳ね上がってしまってはこの作戦では勝ちようがない。どう足掻いても数の差を埋められず、すり潰されてしまうだろう。

正面から撃ち合っても勝ち目はない。従って部隊を2つに分ける事とした。1つは陽動部隊、1つは本命へと侵攻する隠密部隊だ。敵戦力の殲滅は諦め、作戦目標の達成にのみ注力する。即ち、陽動部隊によって敵の注意を限界まで、つまり隊員全員が死ぬまで引きつけ、その間に本命部隊が通信施設の奪還を目指す。

通信施設の奪還には施設全体のコントロールルームまで潜入し制御プログラム書き換えの作業が必要だ。それが困難だと判断された場合は次点の目標、周辺の通信をジャミングしている施設の直接爆破を目指す。通信ジャミングがなくなりさえすれば、通常戦力を投入し敵戦力と対等な条件で戦闘する事が出来る。然る後に、施設は改めて奪還すればいい。

そして陽動部隊の目的は、本命部隊がその作戦目標を達成するまで戦い続ける事。勝てるわけがない戦いを、出来るだけ長く続ける事だった。

どれだけ敵を倒しても終わりは来ない。どれだけ局地的な戦闘に勝ち続けても、撤退の許可は下りない。戦闘の終わりは隊員全員の死。つまり指揮官が下した命令を平易な言葉に直すのなら、出来るだけ長く戦ってから死ね、というものだった。

そんな人間の兵士ならまともに受け入れる事も出来ない命令を、しかし陽動部隊の戦術人形3人は当然の事のように受け入れた。そうする事で最終的に目的を達成出来るなら仕方ない、人形には換えが効くのだから、と。彼女達は死を恐れたりはしない。例え今稼働している人形が死んでしまっても、記憶を再インストールした別の自分が起動されるからだ。

陽動部隊を指揮する男、指揮官もその事を理解していた。3年以上に渡り人形を指揮し、人形が必要とされる戦場を経験してきた。人形が自身の死に一々頓着する事も、指揮をするものがそれを一々気に病む必要も、それぞれ全くない事を知っている。今指揮官の頭の中にあるのは、どの様に人形を使い潰していけば時間を多く稼げるのか、という事だった。

 

「さて、どうしましょうかね……? 指揮官……?」

 

通信先から疲れ切ったFALの声が聞こえる。

ーー戦闘開始から3時間、陽動部隊は完全に包囲されていた

降下後、陽動部隊はその性質上取りうる戦術を制限された。まず、正面から戦力をぶつけ合う様な正直な戦い方は出来ない。彼我の戦力差が大き過ぎるからだ。更にゲリラ戦という形で敵に消耗を強いる様な戦い方も出来ない。この部隊の目的は陽動、敵の注意を引く事にある。常に敵に大きなプレッシャーを与え続ける必要があり、ゲリラ戦というある種待ちの戦い方は出来なかった。そこで陽動部隊に残された選択肢は1つ、遊撃、という形で敵の戦力を徐々に削いで行く事だった。つまり人形の圧倒的な性能差で敵を撹乱し、常に動き続ける事で戦場を転々としながらジワジワと損耗を強いる戦術だった。そうする事で敵に包囲される事を防ぎつつ、プレッシャーを与え続ける事が出来る。実際にこの戦術は功を制し、徐々にではあるが敵の戦力を削ぎ、逆にこちらの損耗は最低限に留められている。

しかしそれにも弱点はあった。敵の量が、やはり多すぎるのだ。鉄血のハイエンドモデルは、まずこちらを包囲する様な形で部隊を布陣し、陽動部隊の逃げ道を塞いだ。そうしておいて次に敢えて包囲網に穴を開けたのだ。陽動部隊は、それが罠だと知りながらも、その罠に飛び込むしかなかった。

そうして誘い込まれた場所こそG36が戦っていた、横倒しになったビルの目の前だった。そのビルは元々半径500メートルの円状の平地の中心に建設されたものだった。周りに他のビルや建造物はなく、倒れたビルそのものが半径500メートルの円を2分するかの様に横断し、瓦礫という形で積み重なっているのみだ。そして辺り一帯には他に障害物となるものは少なく、この瓦礫の山を陣取った方が戦場の主導権を握ると言ってよかった。陽動部隊はその瓦礫の山の麓に追い込まれ、僅かな障害物の陰に潜り混んでいる。辺り一帯は平地で、身動きは取れなかった。

 

戦闘時間は既に3時間。 指揮官は陽動部隊3人の状態をそれぞれ確認した。

MP5、装備は9ミリのSMGだ。状態は小健状態と言ったところか。人形本体には大きな傷は負っていない。残りダミーは2体。最前線で敵のヘイトを引き受けていたにしてはよく保っている。あと暫くはいけるだろう。

しかしSMGのスコーピオン、こちらは少し厳しい。右上腕部と左大腿部に被弾している。特に左大腿部の被弾が致命的だ。大腿部を通り脚部の稼働を支えている人口筋肉が断裂しかかっている。被弾した事で生まれた人口筋肉の切れ目に、スコーピオンが戦闘機動を行う度に負荷がかかり、徐々に裂け目が大きくなっている。

スコーピオン含む、グリフィンの戦術人形の激しい機動は、全身に張り巡らせられた人口筋肉によって実現されている。この人口筋肉は機械的な駆動装置と比較し、非常に軽い上に瞬発力がある。が、筋肉の繊維が千切れ筋繊維の束に裂け目が入り、そこに戦闘機動という過酷な負荷が掛かればいずれ全体が裂けてしまうのは自明だった。遠くない未来に左大腿部の人口筋肉が裂けてしまうだろう。そうなったら一巻の終わりだ。敵の目の前で走れなくなった兵士は死ぬしかない。スコーピオンは下がらせるか、さもなければ何か有効な使い方を考えなければならないだろう。残りダミーは1体。そう長くは保たない。

FALはこの中だと一番被害が少ない。ARの人形で本体に損傷はなし。ダミーも3体残っている。この部隊の火力を担っている人形だ。陽動部隊をどう動かすにしても、このFALを中心に置く事になるだろう。

 

「FAL、状況を知らせろ」

 

「指揮官、完全に囲まれたわ。残念だけど、後は弾切れを待つばかりね……」

 

「諦めるのはまだ早いぞFAL。たった3時間を稼いだだけではWA2000も任務に失敗するだろう。気をしっかり持て」

 

「そうは言ってもね指揮官、実際打つ手はーー」

 

爆発音。続いてパラパラと細かい破片が落ちる音が聞こえる。FALのすぐ近くで手榴弾の爆発。

 

「被害状況は?」

 

「くっ、ダミーがやられたわ!本体は無事よ!」

 

「わかった、確かにこのままでは時間の問題だ」

 

敵の圧力が強くなってきていた。このままでは30分と経たないうちに部隊は全滅してしまうだろう。

 

「どうするの!?」

 

「落ち着けFAL、そこから指揮を行なっているハイエンドモデルは確認出来るか?」

 

「居るわ。瓦礫の山の、私達から見て向こう側に居る。さっきから顔を出しては引っ込めを繰り返してるわ」

 

「よし、それならばFAL、お前達はそこで待機だ。極力損耗は避けろ」

 

「指揮官、でもーー」

 

しかし、そうは言っても陽動部隊に次の手はなかった。完全に包囲され、地の利もあちらに有る。追い立てられ、逃げ込んだこの場所から出ることも叶わず、周囲の包囲は時が経つ程強固なものとなっていく。戦況は膠着状態だった。そして戦況の膠着とは即ち、戦力の断続的な消耗を意味する。陽動部隊は補給もなければ撤退もない。膠着を許せば、時期に部隊は戦闘能力を失ってしまうだろう。

そうでなくとも包囲殲滅されるのは時間の問題だ。誰が見ても明らかな事だった。そう、鉄血の部隊を指揮するハイエンドモデルから見てもそうだった。だからこそ鉄血はこの場所に布陣し、部隊を迎え打ったのだから。つまり、この場所まで誘い込まれ、膠着した時点で陽動部隊に勝ち目は無くなっていた。最初から、この場所を取られた時点で負けていたのだ。

 

ーーそう、普通ならな

 

鉄血のハイエンドモデルが読んだ様に、当然指揮官もこの戦場の要地を理解していた。この戦場の要地はいくつかあるが、その中でもこの横倒しになったビルの重要度は高い。まず、300メートルという超高層のビルが横倒しに倒れた事で、戦略的に何も価値のない平地に防衛線を築く基礎が出来上がっている。そしてグリフィンの立場から見れば、ヘリによる補給ポイントから程近い位置に存在し、逆に鉄血の立場から見れば仮想敵であるグリフィンの前線基地から来る部隊の出頭を叩く絶好の防衛線なのだ。そして、今このビルを陣取り、主導権を握っているのはハイエンドモデル率いる鉄血の部隊なのだ。当然、部隊はこの場所に追い立てられ、刈り取られる事になる。

そう、指揮官には最初から分かっていた。陽動部隊が取りうる唯一の戦術は何か、鉄血のハイエンドモデルが何処に部隊を誘導するのか、そして、ハイエンドモデルが何処に陣取るか、それら全てがだ。降下前ヘリの中で当初の作戦案を破棄し、陽動部隊を指揮すると決めた時からこの展開は想定の内だった。

 

ーーああ、そして

 

ーーこれは、俺が最も期待していた展開だ‥‥!

守備部隊として先んじて戦闘を行なっていたG36と彼女の下に付いていた戦術人形達に、指揮官が下していた命令は3つあった。

1つ目、ヘリの降下ポイントを確保し、WA2000率いる部隊の安全な降下を援護する事。これはジャミングに対抗する事が出来る唯一の部隊を、最も危険な降下の段階で失わない為に必要な事だった。実際には敵の戦力が予想を大きく上回った為、降下ポイントを確保する事は出来たものの、安全な降下とまではいかなかった。

2つ目、降下地点が確保出来たなら降下地点を守備しつつこの件のビルを制圧する事。このビルが戦場の要地で有ることは自明だ。部隊が降下した時、このビルがグリフィンの手に有るか鉄血の手に有るかで作戦の成功率は大きく変わるだろう。G36には降下地点が確保出来て居るのなら、他の戦力は全てこのビルの制圧に指し向ける様に命令していた。そして、G36はその命令通りにこのビルに全戦力を投入し、この地を占領する事に成功した。ここまでは、指揮官はG36からの報告を受けている。しかし敵

には予想外の戦力がいた。鉄血のハイエンドモデルだ。このハイエンドモデルにより、一度占領したビルをすぐさま奪い返されてしまう。これは指揮官にも予想外だった。まさか鉄血にハイエンドモデルが居るとは考えていなかった。衛星画像の入念な解析では、ハイエンドモデルの存在を確認していなかったからだ。

そして3つ目。もし、もしなんらかの理由で占領したビルを放棄せざるを得なくなった場合には、

 

ーービルの瓦礫の山に軍用超高出力EMPを仕掛けること

G36は命令を遂行した。つまり、今、ハイエンドモデルの足元にはあらゆる電気電子機械を強力な電磁波で破壊する、究極の対人形用兵器が埋まっているーー!

 

ーーG36、お前は本当によくやってくれた。その働きは、決して無駄にはしない

 

ハイエンドモデルは今確実に勝利を確信している。通信が出来ないにも関わらず生意気にもビルを占領したグリフィンの人形を殺し、その後命知らずにもこの地に降下した部隊を自分の指揮によって追い詰め、勝利のフィールドに誘い込み、今、ジワジワと嬲り殺しにしている。そう考えているのだ。本当に誘い込まれたのは、自分の方であるとも気づかずに!

 

「誘導部隊各位、俺の合図で対EMP自閉モードに移行しろ」

 

「し、指揮官?EMPって、どうしてそんな物を!?」

 

FALから驚愕の声が返って来る。当然だ。EMP兵器の中でも、軍用超高出力モデルともなれば、PMCであるグリフィンが所持運用出来るかどうかなど、非常に危うい兵器であるし、そもそもこの種のEMP兵器を1つ買うのに人形を数百は製造出来る程の金が掛かるのだ。

 

「質問は後だFAL、自閉モードに移行しろ」

 

「ーーっ!」

 

戦術リンクからFALとMP5がオフラインになる。自閉モードに移行し、通信が切断された為だ。しかしスコーピオンだけはいつまで経っても戦術リンクから消えない。敵はそこまで迫って来ているのに。

 

「どうしたスコーピオン?早くしろ!すぐそこまで鉄血がーー」

 

「指揮官、私、腕と足に大穴空いてるんだよ?電磁シールドなんて、意味ないよ」

 

えへへ、と笑ってスコーピオンは言った。確かに、スコーピオンは右腕と左大腿部に被弾していた。自閉モードで人形の頭部にある制御システムを守っても、人形の体の方はEMPに耐えられない。基本的に第3次大戦移行の人形のボディにはEMP対策が施されているのが常だが、今のスコーピオンの状態では、それは十分に機能しないのは明白だった。

 

「ーーっ! スコーピオン、ここは」

 

「分かってるでしょ指揮官、私は大丈夫だから、やって?」

 

その通り、指揮官は理解している。彼女達が死を恐れない事を。しかし、彼女の声がいつもより上擦って震えている様に聞こえるのは気のせいだろうか?彼女の声に、圧し殺した恐怖の感情を読み取ってしまうのは、本当に勘違いなのか?

だが、指揮官は迷うわけにはいかない。EMPを起動しなければ、部隊は全滅する。そうなればWA2000達も任務に失敗し、作戦は総崩れだ。そこまで考えて指揮官は思考を止めた。

ーー考える必要なんてない。いつもやってきた事だろ?。3年前のあの時から、俺はいつもそうしてきたのだから。

 

「やるぞ、スコーピオン」

 

「うん、指揮官。次の私もよろしくね?」

 

そう言って笑ったスコーピオンの声を聞きながら、指揮官はEMPの起動コードを送信し、通信を切った。EMPの作動時間は2分間。変化は直ぐに始まった。辺り一帯にブンッという低い音がなると、その音が続きながら徐々に高くなっていく。最初は低く、やがて人の可聴域を超え、そしてーー

 

「ぁぁぁぁぁぁぁああああああ“あ”あ“あ”あ“!!!!!!!」

瓦礫の山の向こうにいる鉄血のハイエンドモデルの悲鳴と、

 

「う”ぶぶぶぶぶぶ!!!!!」

 

歯を食いしばって耐えるスコーピオンの圧し殺した悲鳴が静かに響き渡った。辺り一帯の銃声が止み、2人の悲鳴だけが鳴り響いている。鉄血の旧式人形は、音もなく焼け死んだのだろう。

2分後、指揮官はEMPの作動時間が終わるのを確認すると、通信を開いた。

 

「FAL、応答しろ」

 

FALは間もなく回線を開き応答した。

 

「こちらFAL、どうぞ」

 

「状況を報告しろ」

 

了解よ、と言ってFALは視界映像を指揮官に送った。鉄血の人形は残らずEMPで焼け死んだ様で、FALは射線に晒されるのを気にとめた風もなく、立ち上がり、辺りを大きく見回した。その時、戦術ネットワークに、微弱だがスコーピオンのシグナルが反応した。

 

「指揮官!スコーピオンが!」

 

「FAL!救助しろ!」

 

スコーピオンの座標に駆け寄ったFALと指揮官が目にしたのは、ボロボロに焼け焦げたスコーピオンの姿だった。しかし、その姿は既にスコーピオンの死が不可避のものである事が見て取れる物だった。右腕と左足の損傷が特に酷い。被弾して穴が空いた所から電磁波が流れ込み、身体中を焼いたのだと分かった。スコーピオンが口を開いた。

 

「ぅ……うぅ……ぃたぃ……ぃたぃよぉ」

 

スッとFALが顔を逸らした。FALはその姿を直視出来なかった。これはもう、生きている方が辛いだろう。遅れて駆け寄って来たMP5も、スコーピオンのその姿を見ると苦々しく顔を歪めた。

 

「命令だFAL、処分しろ」

 

FALは了解、と小さく呟くと銃口をスコーピオンに向けた。

 

「ぁ……り、がと……ぅ……」

 

 

EMPにより半径500メートルの鉄血人形は完全に焼け死んだ。FALとMP5はまだまだ戦う事が出来る。指揮官は意図してスコーピオンの事を頭から追い出すと、次の戦場を頭に思い描いた。

 


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