新しい表現にも挑戦してて、今までより面白くなったとおもいます!
よろしくお願いします
誓約#6
通信施設の周辺一帯には、背の低い家屋ばかりが建ち並び、一様に朽ち果て崩れかかっている。大戦中に打ち捨てられたそれらの外壁は、今はひび割れ崩れ落ちるか、触手の様な蔦が一面に絡み付いていた。
壁に寄り掛かりながら、FAL達は最後の戦闘の準備をする。ダミー人形は残り少ない。MP5には残り1体、FALには残り2体。FALは残り2つの弾倉の内の1つをレッグポーチから取り出し、それをライフルのレシーバに差し込むと、チャージングハンドルを徐に引いた。"FN FAL"に初弾が装填される。そしてそれを静かに構えた。FALの隣で、MP5も同じように構える。照準器の向こう側に鉄血本隊が敷く防衛線が見えた。崩れかけの家屋の屋上や路上の至る所に設置された、FAL達のそれと比べて遥かに大口径の重機関銃とそれを操る人形達。同様に狙撃銃を構えた人形も多数存在する。それら全ての鉄血の人形が火器をFAL達に構えているが、わずか200メートルしか離れていないにも関わらず、糸が切れた様にそのまま身じろぎしない。奇妙な静けさが辺りを包んでいた。既に戦闘開始から4時間。つい数分前まで止むことがなかった銃声が、今は聞こえない。通信施設から2キロメールの位置で鉄血がグリフィンの人形に攻撃してこない理由が、FALには思い当たらなかった。
「FALさん、流石におかしいですよ。反撃もありませんし、それに鉄血の人形が何体か後退してます」
沈黙の堰を切ったように、MP5が口を開いた。既に数分もの、時に戦場では永遠にも等しい時間を2人は敵の前で過ごしている。MP5は手にした"MP5"の引き金の遊びを弄びながら、そわそわと落ち着かない様子を隠す事が出来ないでいる。
「落ち着きなさい、状況が確認出来るまでは動けないのよ」
MP5はFALの言葉を受けると苦虫を噛む様に顔を歪めた。つい数分前まで戦場の極限状態に適応していた2人に、この静けさはどこか痛みに似ている。
「でも、私達の目的は陽動ですよ!このままここでじっとしていたら、作戦が失敗します!スコーピオンさんだって犠牲にしてここまで来たのにそれじゃ――!」
MP5の言葉を、通信要求が遮った。戦術ネットワークを介した指揮官からの接触を通信モジュールが拾いあげる。FALがそれに応えた。
「FALよ、どうなってるの?」
「ワルサー達が発見された」
FALは息を飲んだ。隠密部隊が発見されれば、即座に鉄血に追い込まれてしまうだろう。いや、恐らく今この時にもWA2000達は鉄血に追い込まれているに違いない。
「っ!それじゃ、作戦は失敗ってこと?」
「いや、まだ作戦は継続中だ」
「やっと分かったわ。鉄血が戦闘を休止して後退を始めたのは、隠密部隊が見つかったからなのね?後退を始めている鉄血は、隠密部隊の包囲に駆り出されてるんだわ」
「その通りだ。今、本隊を指揮していたハイエンドは隠密部隊の2人を捜索する為にそちらの指揮に全力を投じているのだろう。本隊の防衛線の動きが鈍いのはその為だ。つまり、現在ハイエンドは本隊を指揮していない。FAL達の目的が陽動である事が分かった以上、これに演算能力を使うのは無駄だと考えている」
だとすれば、まずい事になっている。指揮官は作戦は続いていると言ったが、状況は良くないだろう。通信施設を挟んで向かい側にいるWA2000達に対してFAL達に出来る事は既にない。何をしても戦況は変わらない様に思われた。即ち――
「陽動部隊の方は撤退戦ってことね。後はWA2000達に任せるしかないわ。何処まで退がればいいのかしら?」
「いや、撤退は許可しない。FAL、お前達はこれからダミーを壁にしながら通信施設のハイエンドを目指せ」
「……正気?あなた、冷静じゃないわよ。いいかしら?作戦は失敗しつつあるの。私達を突撃させる目的はなに?突撃して敵に包囲され殲滅される、それじゃ戦況は変わらないのよ。無駄死にだわ。迎えを寄越して頂戴。そこまでは退がるから」
指揮官は大きく息を吸い、吐き出すように、
「説明している時間はない。戦術目的が変わったと思え。鉄血の布陣には今穴が空いている。隠密部隊捜索の為に、ハイエンドが本隊から人形を抽出したからだ。その隙を付けば、通信施設に入り込める」
「入り込んで、それでどうするの?よしんば入り込めたとしてもその時点で私達は満身創痍よ。とても鉄血のハイエンドとなんてやり合えない」
通信を通した先にいる指揮官が言葉を探る様に沈黙し、一泊置いてから、
「突撃しろと言ったのはお願いの類いじゃない、命令だ。考えがある。ハイエンドを叩け。いいな?」
その言葉に断絶を感じた。FALには指揮官の意図がまるで分からなかった。自分達を捨てようとしているとすら感じる。或いは陽動部隊の回収が困難であるが故に、このような司令を下すのか、そうとしか考えられなかった。しかし、FALは同時にそうは考えたくないとも強く感じる。指揮官を信じ、戦い続けて来た。数年にも及ぶ経験の裏付けを信じたい。考えがあるという指揮官の言葉を信じたい。そうでなければ、自分たちの戦いは無駄になってしまう。それだけは耐えられない。例え戦場で消費されるのが前提の存在であっても、せめて意味のある存在で在りたい。
「勝算があるのね?」
それは、FALが縋る最後の希望だった。突撃し、不可能と思われる勝利をもたらし得る目算はあるのか。その言葉に指揮官は殆ど間を置かずに答えた。
「ある。勝つのは此方だ。ルートと戦術をネットワークで指示する」
その言葉を最後に通信が切れた。ネットワークを通して戦術規定に基づいた冷たく無機質な命令の羅列が流れ込んでくる。そこには只淡々とやるべきことが示されているだけだった。FALに与えられた指揮官からの、それが全てでしかないのか。疑似感情モジュールの中に形容不可能の感情が想起されたのをFALは知覚した。初めての経験をどの様に受け容れればよいかわからない。重く冷たい鉛を飲み込んだかの様だ。FALは意図してそれを無視するしかなかった。
「聞いていたわね、MP5?準備はいい?」
FALは確認した。MP5は俯き体を強張らせ、声を震わせながら、
「ゆ、遊撃は終わりなんですか?だ、だって後方支援もなしに突撃したって殲滅されちゃうだけですよ……」
MP5は顔を上げFALと目を合わせて言った。
「ハイエンドなんて、今の私達じゃ倒せっこありません!なんで逃げちゃいけないんですか!もう隠密部隊は見つかっちゃったんですよ!敵の注意を引く位ならともかく、もうまともに戦える程弾だって残ってないのに……!」
FALも、それを聞きたかった。だが、命令は下されてしまったのだ。後はもう、前に進むしかない。人形である2人には、それ以外に選択肢はなかった。FALは自分にも言い聞かせるかの様に、
「大丈夫よ。あの人は勝算があると言ったんだもの。そうするしかない、そうするしかないのよ……」
MP5の目が腐った泥沼の様に濁り切っていく。MP5は”MP5”から弾倉を徐に抜き残弾を確認すると、それを再び戻した。
「わかりました、準備は出来ています。タイミングはFALさんに任せますから」
そう言ってMP5は早足に位置に付いた。FALも同様に位置に付く。銃のグリップを握る手が汗ばんでいる。FALはそれを拭うともう一度グリップを握り直して、言った。
「――出るわよ!」
MP5がFALの合図で飛び出した。指揮官が指示したルートを駆け抜ける。通信施設までの2キロメートルは戦術人形であれば3分も掛からない距離だ。防衛線まで200メートル。鉄血の人形はまだ2人に反応しない。MP5のダミーを先頭に、MP5、FALのダミー、FALの順に一直線に駆け抜ける。瞬く間に景色が流れ去っていく。視覚センサで周囲を全走査、トラップや伏兵を警戒しネットワークで情報を共有しつつ進み続ける。
防衛線まで150メートル、最前面に位置する鉄血の人形達が息を吹き返したかの様に敵意に目覚める。ハイエンドの指揮の有無は関係ない。鉄血の人形にプリインストールされた極めて原始的なシステム。即ち、グリフィンの人形を殲滅する――に従い、先頭を走っているMP5のダミーに狙いを定めた。次の瞬間、都合6つの機関銃の銃口が一斉に火を吹く。ダミーが右に避けようとし、被弾。余りにも厚い火線から逃れる事が出来ずに、ダミーは立ち所に肉と機械装置のミンチになる。MP5はダミーの人工血液と伝達液の煙をくぐり抜け、大きく地面を踏み込むと、前に跳んだ。MP5の人口筋肉が限界を超えて伸縮する。設計限界を大きく超過する負荷を代償にMP5は空中に躍り出た。追いかける様に火線が流れていく。空中の標的を備え付けの対地機関銃で狙う暴挙に出た不届き者を、FALが咎めた。FALの肩に鋭い衝撃が2回。ダミーと合わせて6発の7.62ミリ弾が機関銃を装備した鉄血人形の頭部を撃ち砕いた。MP5が空中で身体を捻りながら鞭の様に腕を振り、手持ち全ての発煙筒を投擲する。一帯が白色の煙に包まれ、鉄血の部隊は一時FAL達を見失った。
防衛線まで100メートル。機関銃を装備した人形の奥に控えていた鉄血達が次々と目覚め始めた。今度は6体どころではない。数え切れない程の鉄血人形が次々と火器を照準し始める。FAL達は完全に火に入った羽虫だった。
「FALさん!制圧射撃を!」
MP5が地面を削りながら着地すると同時に肉声と戦術ネットワークの両方から援護を要請してくる。しかし、どこに、どれくらい?最早FALに残された弾は少ない。ハイエンドとの戦闘を考えれば、一発たりとも弾を使いたくはない。制圧射撃等という贅沢な弾の使い方は出来ない。第一陽動部隊は今白煙の中に潜んでいる。外から陽動部隊を捕捉する事は出来ないが、逆もまた同じなのだ。
陽動部隊を包んでいた白煙が薄れ始める。白煙が完全に消えた時、陽動部隊は殲滅されてしまうだろう。
「選択肢はありません! やらなければここで全滅します!」
刹那の逡巡、FALは白煙が展開される以前の鉄血人形の相対位置を算出する。片膝を付き、目を閉じて自身の演算ユニットを全力で励起した。FALとFALのダミーから最後に確認出来た鉄血人形の位置を算出し、現在地からの相対座標を求める。設計限界を超えた演算量に頭殻の演算ユニットが急激に発熱する。しかしまだ精度が足りない。弾を無駄にする事は出来ないからだ。更に演算の変数を増やさなければならない。
「――データを寄越しなさい!」
MP5は即座に応えた。戦術ネットワークを通して視覚情報が送られてくる。幾つもの観測者と幾つもの被観測対象、複数のアクターの間を縦横無尽に結ぶ関係、相対時間、相対距離、相対位置、全ての情報を実空間領域で整合させ、FALは疑似表象領域に高脅威目標の位置を描き出す。サブマシンガンやハンドガンを装備した人形は後回しだ。被弾した瞬間に決着が着きかねない火力を、先んじて排除する。最小の弾薬で最大の効果を。絞りこんだ対象は27体。2体のダミーに目標を割り振る。
頭が”アツい”のに”熱くない”。突撃銃を装備した人形に想定されている、遥かに上の演算能力を用いた代償が知覚の消失として現れる。触覚、聴覚、果ては視覚まで。全てが暗闇に包まれた「私」の中で、鉄血の位置だけは明瞭に”知覚”出来た。
「――――!」
声は出なかった。立て続けに鳴り響く銃声と、その銃声を遥か後方に置き去りにしながら獲物に向けて解き放たれたFALの殺意が、敵が居ると想定された位置に吸い込まれ、着弾。ダミーと合わせて放たれた全54発の一斉射が次々と鉄血の人形に襲いかかる。FALは白煙の向こうに確かな手応えを感じると、空になった弾倉をリリースし、最後の弾倉を装填した。残り20発。これが、FALに残された残弾だった。一斉射でダミーのうちの1体は弾切れ、もう1体も1弾倉分しか残っていない。ゆっくりと視覚が戻って来る。次いで聴覚、触覚と戻っていき疑似感覚シミュレーションが再開された。頭殻が熱い。冷却液の役割を果たす人工血液を循環させる為に、胸部を覆う人工筋肉が激しくのたうつ。しかし休む暇はない。鉄血の本隊はまだ相当数残っている。
徐々に薄くなり始めた白煙が、完全に消える前にMP5が煙から飛び出した。FALも続いて白煙から飛び出す。敵の火器による弾幕が、予想された物と比べて遥かに薄い。一斉射の効果が表れていた。出鱈目な乱数回避起動で鉄血の射線をくぐり抜ける。
防衛線まで50メートル。正面から鉄血人形が腰だめにサブマシンガンを構えフルオート射撃を行いながら突っ込んでくる。3体。FALはダミーの内弾切れの1体を先頭に走らせる。銃と装備を捨て身軽になったダミーはナイフを片手に猛スピードで鉄血人形に突撃した。壁役となって突き進むダミーは回避機動を取る事なく駆け抜ける。即座に鉄血のサブマシンガン3挺の弾幕が集中した。しかし9ミリ弾のストッピングパワーでは使い捨てを前提にした戦術人形を止める事は出来ない。ダミーは両腕で頭を庇いながら鉄血人形の内の1体に体当たりを仕掛ける。相対速度70キロメートルで衝突したダミーと鉄血人形は共に弾かれ出鱈目に吹き飛んだ。残り2体。FALはもう1体のダミーにネットワークを通して射撃を許可する。残り少ない弾薬を2発使わせて、1体を破壊させた。残り1体。MP5が跳躍の為に姿勢を低く足を撓ませ、視界から消えた。次の瞬間には鉄血の人形の背側に現れ、ナイフで鉄血人形の頸部を切り裂く。
防衛戦まで0メートル。陽動部隊はダミーを含めて残り3人。弾薬の大半とダミー2体を失いながら、鉄血の防衛線を駆け抜ける。最も突破が困難な戦線を潜り抜けた陽動部隊は、通信施設まで更に加速していく。
「FALさん!抜けました!」
MP5が声を張り上げる。2人と1体は縦横無尽に駆け抜けながら、反転し追撃に入ろうとする防衛戦の本隊を速力の差で突き放す。防衛線を抜けてしまえば、鉄血の人形はまばらなになり、戦闘も散発的なものに変わるだろう。戦闘を極力避け、運動性能に物を言わせて鉄血の旧式人形を振り切れば、弾薬を温存したまま通信施設を目指せる筈だ。
しかし、戦力の1点集中により面で展開する鉄血の防衛線を食い破る事が出来ても、その先に踏み入る事は自ら敵の腹中に飛び込む事に等しい。防衛戦を形成していた戦力が反転、進行し、内側に向かって行くだけで、陽動部隊は容易に包囲されてしまう。既に退路はなかった。この先でハイエンドを破壊出来なければこの戦いは完全に無駄なものになる。
FALは意図して忘れようとした形容不可能の感情を思い出す。通信施設への1歩1歩を踏み込む時、電装部品の隅々に熱されて溶けた鉛が流れ込み、どこまでも身体を焼いて行くかの様だった。
誤字脱字可笑しな表現等あったら教えていただけるとありがたいです