誓約   作:カヴァス2001世

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遅くなってごめんなさい。
この話は書いては全て消しを5回繰り返しました。
納得出来たわけではないんですけど、いつまでたっても完成しなそうなので一区切り着けました。まだまだ続きます


誓約#7

 FALは意図して忘れようとした形容不可能の感情を思い出す。通信施設への1歩1歩を踏み込む時、電装部品の隅々に熱されて溶けた鉛が流れ込み、どこまでも身体を焼いて行くかの様だった。

 

 

 

 

 防衛線を抜けたFALの眼下に、街の全景が開けた。

 足元から始まる緩やかな勾配は、階段状に斜面と平面を繰り返しながら1キロメートル程下に続き、その段と段の上をひび割れた通り路が縫うように伸びている。その最下層には廃墟と化した街がずっと向こうまで続いていた。

 背の低い廃屋の連なる街は風化した化石の様に色を喪い、深い静けさが悠然と横たわっている。屋根の半ばを失い基礎の鉄骨を露出する人家、汚染雨に曝され判読出来なくなった標識。街から人が離れ幾多の時が過ぎた事を否応なしに実感させる寂寥があった。

その只中に通信施設があった。見通し2キロメートル弱の処にあるその施設の敷地中央には巨大なパラボラやドーム状のアンテナが鎮座しているのが視える。他にも棒状アンテナや鉄塔型アンテナが各所に林立していた。

 敷地の地上部分には人間がそこを運用していた時に必要とされていたのであろう窓ガラスが抜け壁が崩れ落ちた宿舎や赤錆びた倉庫も視られた。その周りをぐるりと2重のフェンスが囲み、東西南北の各所にあるゲートには物々しい監視塔が厳つく突き立っている。

 景色を横目に、FALは土埃を巻き上げながら坂を駆け下りた。既に退路はない。後ろ髪を引かれる様な感覚に襲われながらも、前に進むしか無かった。姿勢は低く、殆ど倒れ込むような勢いの前進。防衛線を構築していた本隊を速力で振り切る必要があった。弾が残り少ない。邪魔だからと言って相手にすることも出来ない。

 経年劣化でひび割れたアスファルトを踏み込む勢いだけで破砕しながら、絶大な反動を余す事なく風を切る力に変えていく。直ぐ前をMP5が走る。FALのダミーも後に続いた。

 稲妻の様に細かく針路を変え背後から迫る追撃部隊の射線を遮りながら坂を下っている時、「越えたな」という指揮官の声が無線を流れた。

 

「その位置からなら目標施設が視えるだろう」

 

「ええ、憎らしいアンテナが幾つもね」

 

 通信施設が少しずつその姿を大きくしながら視覚センサに映る。数えきれない程のアンテナ郡は、その一つ一つがグリフィンの通信を妨害する電波を放っている。人形が頭部に内蔵する通信モジュールが使用する高周波数帯域から、人形は殆ど使う事がない低周波数帯域、更には衛生通信に用いられる超高周波数帯域まで、およそ全帯域に妨害電波を垂れ流していた。

 

「よし。そのまま通信施設に侵入し、施設地下の中央制御室に向かえ」

 

「地下の制御室? ハイエンドが目標なんじゃないの?」

 

 言いながら、戦術ネットワークから地形データを抜き出しAIの記号処理エンジンに叩き込む。中央制御室まで降りる経路を検索した。複雑なパターン認識や感情シミュレーションに比べれば殆ど無いに等しい処理だったが、素朴なプログラムに従い、どくん、と頭部に流れる人工血液の流量が増加した。直ぐ様結果が返って来る。物資搬入用の大型リフトが敷地中央付近に2つ。正面側に正規の入り口が3つ。裏側と側面側までは回れないだろうから、使える侵入経路は5つという事になる。

 

「ハイエンドの詳細な居場所が分かるわけじゃない。だが制御室を目指せば自ずと向こうから姿を現すだろう。奴からすれば、制御室への侵入を許す事は施設を明け渡す事と同じだからな。だから、制御室を目指せばハイエンドは必ずお前たちの前に現れる。警戒しろよ」

 

 FALは経路の候補を吟味する。侵入経路は5つあった。

 施設中央のリフトからなら確実に侵入出来る。が、大型のリフトは鉄血も頻繁に利用しているだろう事は明白だった。重要な設備だ。必ず多数の鉄血人形がいる。避けるしかない。

 施設正面のゲートから直線上に位置する、正面入り口も避けるべきだ。鉄血が施設を出入りするのに態々2重フェンスを飛び越えてるとは思えない。ゲートを利用し、そのまま正面入り口を利用しているだろう。ここも避ける。

 残りは2つ。 それぞれが11時と1時の方向に位置する。地面に緩やかな楕円を描く様に、左右のどちらかに進路を取り、フェンスを飛び越え侵入する。どちらも距離に差はない。指揮官に提案する侵入経路の候補が絞り込まれた。

 ふと、いつの間にか算出した2つの経路に補正を加えている自分が居る事にFALは気付いた。

 指揮官に提案しようとしたしていた楕円状経路の曲率を不当に高く見積もる。緩やかな楕円だった経路は補正に因って殆ど半円を描く程になった。只の遠回りでしかないその非論理的な補正と侵入経路は元のそれとは格段に似ても似つかず、殆ど改ざんの域にあるデータ操作だった。

 それを、戦術ネットワークに流した。

 直後、FALを猛烈な後悔が襲った。どくん、どくんと人工血液が脈打ち、どっと汗が吹き出す。指先が、身体を走る出鱈目に乱れた微細電流に反応して小刻みに震える。

 

「なら侵入経路は2つね」

 

 感情とは裏腹に、発声器官が声を発する。それが一切震えていない事が自分でも信じられなかった。

 

「――おいなんだ、この経路は?」

 

 一瞬で頭が真っ白になった。

 視界に映る景色が意味を喪失していき、自身が認識の世界から切り離されるのを感じた。

 足だけが命令に従って走り続けている。

 人間を騙そうとした事実に、底冷えのする様な震えが衝き昇ってきた。指揮官は提案された侵入経路の可笑しさに気付いてしまった。しかしもし指揮官がそれに気付かなかったら? FALはその自明の結論を直視するしかない。もし気付かれなかったら、FALは1秒でも長く生きる為に遠回りをする経路を進んだだろう。その為なら人間をも騙そうとするという事実。どんなに些細なものでも改ざんは改ざんであり、それはグリフィンに対する利敵行為に他ならない。

 人形の倫理規程第2項、人形は人間に従わなければならない。

 人形を律する尤も根源的な価値基準を無視した行為だった。不意に身の毛もよだつ様な不快にFALは襲われた。人間を騙し、人形の存在理由も無視し、そしてその在り様こそまさに自分達が憎み戦って殺してきた鉄血の人形達と同じであることに気付いてしまったからだった。

 

「ごめんなさい、安全マージンを取りすぎたわ。今修正するから」

 

 まるで他人の声を聞いているかの様な現実感の無さを感じながら、FALは改ざん前のデータをネットワークに流し直した。元々のデータを流すだけの処理で、修正処理は必要なかった。

 

「……1時の方向から侵入しろ。WA2000と9A-91に都合がいい」

 

 ガクガクと震えが身体中に広がった。

 裏腹に、足だけは目的地に向かって愚直に進み続ける。

 了解、と言ってFALは進路を1時に取った。駆ける勢いはそのままに一息に斜面を下りきる。勾配の最下層まで降り高低差が無くなった事で通信施設が視界から姿を消した。代わりに壁や屋根が剥落した廃墟が連なる街が、目の前に広がる。そこから通信施設までは既に1キロメートルもない。戦術人形なら2分も掛からない距離だった。

 

「気をつけろよ。ハイエンドがどのタイミングで仕掛けて来るか分からない。もし地下に潜ったら通信は地上には一切届かないだろう。こちらとの連絡は着かなくなるからな。ハイエンドと会敵したら出来る限り戦闘を長引かせ、負荷を掛けるんだ。WA2000と9A-91を探すのに躍起になっているハイエンドの気を逸らせれば、それでいい」

 

 指揮官が何か言っているがFALにはその言葉が意味を持って感じられない。

 通信施設まで500メートルを切る。

 銃を握る手から力が抜け、戦意が完全に萎えるのを感じた。

 話は終わったと言わんばかりに指揮官からの声が途切れる。通信施設に駆けて行く足は相変わらずで止まる事はなかった。視界が暗く狭まっていく。気づくと完全に身体を動かしているという感覚を失っていた。自分という存在そのものを何処か他人事の様に感じる。それが、人間に虚偽を働いた人形の有様なのだと、やっと理解したFALは口元を引き攣らせながら自嘲気味に笑った。

 手から銃が滑り落ちそうになった瞬間「逃げられないんですよ」という言葉が耳朶を打った。前を走るMP5の、通信を介さない肉声だった。

 

「戦いからも、命令からも、人間からも、私達は逃げられないんです。だって、逃げようとしただけで、こんなに苦しいんですから。奴らと同じになるか、そうじゃないか。前はそんな事考えもしなかったんですけどね」

 

 戦意を失ったまま、その言葉を聞いた。通信施設がすぐそこに視える。2重のフェンスの上辺には有刺鉄線が張り巡らせられ、高電圧が掛けられていた。だがそれはそもそも10メートル以上の跳躍を行う人間大の自立兵器が闊歩する戦場など想定されていなかった時代の設備だった。グリフィンの人形なら容易く飛び越えられる。任務の障害には為り得ない。任務を中止する口実には為り得ない。

 

「FALさん、戦えますか? 無理なら、此処でじっとしていてください。わたしは戦う事にします。どうせ生きて帰れないなら、せめて最後までグリフィンの人形で在りたいですから。次のわたしも、指揮官に使ってもらえる様に」

 

 振り向いたMP5の瞳は、しかし暗闇の中で光る壊れかけの街灯を彷彿とさせる昏い灯りだった。

 心底FALの進退に興味が無いことが分かった。

 MP5が前を向き直す。一気に加速に転じたMP5は、だん、と地面を踏み込むとそのまま砲丸投げの砲丸の様に跳躍した。跳躍の最高点でそのまま二重のフェンスを纏めて飛び越す。

 FALの感情は他所に、AIが下した戦術的判断がダミーにMP5と同じ加速をさせた。

 そして遂にはFAL自身をも同じ様に加速させた。

 萎えた戦意もそのままに、戦う事が出来るかも分からないまま、FALとダミーは跳躍する。

 

 そうして最後の戦場に飛び込んだFALを突如として熱と衝撃が襲った。

 センサの保護機能が作動し一瞬でブラックアウトした知覚の只中で、人間と交わした最後の会話で嘘を付いた事に言葉にならない苛立ちを感じながらFALは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――L!

 

 ――AL!

 

 ――起きろFAL!?

 

 開けた視界に、鞭の様にしなる蹴り足が視えた。

 視覚センサが捉えた動きがCGとして処理され知覚を伴って認識になる、過程の処理速度を遥かに越えた速さの蹴り足が残像となってかき消えた瞬間、FALの左側頭部を衝撃が貫いた。咄嗟に庇った左腕の骨格系が砕けるのを感じながら、FALは10メートルもの距離を水平に弾き跳ばされる。

 

「っ――!!!???」

 

 空中で咄嗟に腕を前に出し受け身を取ろうとした時、そこで自身の左腕が千切れて無くなっている事を知った。そのまま地面に追突する。FALの身体は衝撃を殺す事も出来ないまま地面を何度もバウンドし最後に地面を5メートル程削った所で埃を巻き上げながらやっと止まった。

 閾値を超えた痛みがプログラムに依って自動で取り除かれ、左腕と身体の各所に痛みの知覚が残るばかりとなった身体を起こし敵を見据える。状況を把握した。視線の先に黒いジャケットに身を包んだ白髪の人形、ハイエンドモデル"狩人"を捉える。

 

 ――奇襲された!

   

 息つく間も無かった。

 ”狩人”が銃口を向けるのが視える。照準、発砲。FALは即座に回避機動に入る。両足と右腕に力を込めてバネ仕掛けの玩具の様に横に跳んだ。一瞬後に着弾。鉄血工廠製".700 N.E.弾"が、一瞬前までFALが居た場所を寸分違わず撃ち抜く。FALが使う"7。62mm弾"の4倍近い運動エネルギーを持つ弾丸は、掠めるだけで致命的と言えた。"狩人"は".700 N.E.弾"の絶大な反動を腕力だけでねじ伏せると、次々に2丁拳銃を速射する。

 しかしこのまま一方的にやられる訳にはいかなかった。先程まで取り落とそうとしていた半身が手中にある事に一株の安堵を覚えると、右腕だけで"FN FAL"を構え、発砲。”狩人”がそれを上体を反らす最小限の動きで回避した隙に、全力で後方に跳躍した。2度3度と地面を滑る様に連続して跳躍し"狩人"との距離をつくる。

 FALは漸く混乱から立ち返った。頭に流れ込んでくる過情報の坩堝の底で受容するべき物を取捨する。周囲の地形、自身の状態、ハイエンドモデルとの戦闘、MP5の安否、".700 N.E.弾"の暴風を掻い潜りながらFALはさっと視線を走らせる。ダミーは最初の奇襲で破壊された様だったが、メインフレームではなくダミーが破壊されたのは不幸中の幸いと言えた。周囲に障害物らしきものは殆ど無く、鉄塔アンテナが幾つか立っているだけであることに思わず舌を打ちそうになった瞬間、「そのまま引け!」という声が無線越しに聞こえた。

 

「MP5は無事だ。200メートル程後方で罠を張っている。そこまで引いて合流しろ」

 

 聞こえた時には跳躍していた。正面の”狩人”から視線は切らないままに、後ろ向きに地面を蹴る。”狩人”が2丁拳銃を乱射しながら猛追してくるのが視えた。自身と”狩人”の間に常に鉄塔アンテナを挟む様に針路を変えながら跳び続ける。

 

「奴の気を反らし続けるんだ。相手の演算能力にも限界はある。100体以上の旧式人形にワルサーと9A-91を探させながら戦闘してるんだからな。周りに雑魚が居ないのは管制能力に余裕がない証拠だ」

 

「簡単に言わないで!」

 

 "FN FAL"を絶えず撃ち続ける。17、16、残弾が秒読みで無くなっていくが、”狩人”に回避機動を強いる様に銃撃を加え続けなければ文字通り瞬く間に距離を詰められ狩り取られる事をFALは過去のハイエンドモデルとの戦闘経験から知っていた。

 空気を裂く鋭い音の度に"7.62mm弾"が”狩人”に放たれる。が、その悉くが躱されていく。”狩人”はFALが放った銃弾が自身への直撃コースに乗っていることを空中を飛ぶ銃弾を視てから判断すると、一切の予備動作を見せずにひょいと跳んでみせる様な仕草で10メートル以上の距離を跳躍し、銃弾を回避している。グリフィンの人形とは根本的に基準とする性能が異なった、次世代の戦術人形の動きだった。桁違いの運動性と処理能力を笠に着て、FALから見れば強引とも取れる様な戦闘を平気で行う。

 痺れを切らしたかの様に表情を歪めた"狩人"が、突如残像と共に掻き消えると、鉄塔型アンテナを蹴り抜く激音が3度響いた。次にFALが"狩人"を視界に捕捉した時、"狩人"は僅か数メートル先の空中でその2丁拳銃の狙いをFALに定めていた。激しい稲光の様な軌跡を造りながら空中に躍り出た”狩人”が感情を通さない鉄面皮の表情で2丁拳銃を構える。

 

「化物め――!」

 

 撃たれてからでは避けられない。FALには銃弾を視てから避ける事も予備動作無しに10メートルを跳ぶことも出来なかった。否応もなく目を見開くと、”狩人”が向ける銃口に集中する。二丁拳銃の銃口からマズルフラッシュが瞬いた刹那――

 倒れ込む様に左に飛んだ。次の瞬間、激しく殴られたかの様な衝撃が左肩を襲った。被弾の余波に因って身体が空中で錐揉み回転し、"7.62mm弾"の4倍のエネルギーを持つ".700 N.E.弾"が左肩口から胸元まで構造組織をまるごと抉り取った時、「足だ!」と言う指揮官の声が届いた。FALは空中で身を捻り、無理やり"FN FAL"の銃口を空中の"狩人"に指し向ける。

 

「だから――」

 

 ".700 N.E.弾"を放った"狩人"が反動で体勢を崩しているのをスコープ越しに捉える。素早く、しかし確実な動きでセレクターをフルオートに。

 

「――簡単に言わないで頂戴!」

 

 複雑な演算を待つ時間も余裕もない。"勘"に頼った照準。引き金を引き絞った。十分の一秒以下の刹那。"狩人"の脚部に向けて残弾の殆どを叩き込む。

 

 ――当たって……!

 

 空中で回避機動を取ることが出来ない"狩人"に、十数発の"7.62mm弾"が殺到する。腕を振って躱そうとした"狩人"の両脚を3発の"7.62mm弾"が辛うじて捉えた。人口血液の飛沫を上げながら着弾した"7.62mm弾"が珪素質の軟性スキンを切り裂くと、その下の人口筋肉や骨格、伝達系その他の脚部構造組織を運動エネルギーで破壊しながら突き抜けていった。

 しかし空中で身動きが取れないのはFALも同様だった。被弾の衝撃で体勢を崩したのをものともせず、再び"狩人"は2丁拳銃をFALに向ける。性能は"狩人"が圧倒的に上を行く。正確な照準。FALに為す術は無かった。"狩人"が引き金を引き――。直撃。右脚がちぎれ飛び、脇腹に大穴が空く。遅れて来た銃声が耳朶を打った時には被弾していた。

 

「っ――!?」

 

 身体をえぐり取るに留まらず、圧倒的な運動エネルギーの暴力はFALの身体を弾き飛ばした。千切れ飛んだ脚がくるくると回転しながらあらぬ方向に飛んでいく。受け身を取ることも叶わず地面に転がり落ちるしかなかった。対照に"狩人"は体制を立て直して足から着地した。たった数メートル先に”狩人”がいる。咄嗟に残った腕と脚に力を入れたが腹にホールケーキの様な大穴が開き、人口血液と構造組織が次々溢れ落ちる身体は言うことを聞いてはくれない。

 

 ――左腕部及び右脚部喪失。腹部主冷却器官大破。APU機能停止。戦闘行動に深刻な障害。

 

 けたたましい警告音がガンガンと頭に響く。ボディの戦闘能力の殆どを喪失した事を、疑似感覚モジュールからの応答によって理解した。

 

「ゥ……ァ…………」

 

「――会話でもはったりでもいい。出来る限り時間を稼げ」

 

 或いは、出来る限りゆっくり殺されろ、と。指揮官は言うのだろうか。"狩人"がFALにゆっくりと近づいてくる。仕留めた獲物を品定めするかの様にFALの状態を確認し、自身が放った弾丸が対象を大破せしめた事を認めた。FALの直ぐ傍でFALを見下ろす"狩人"とFALの視線が交錯する。

 時間など稼ぎ様もなかった。最早FALに自身の生死を左右する力はない。身体から力が抜けていくのを感じる。FALの論理的な理性がこれ以上は戦えないという事実を導いた。見下ろす"狩人"の冷たい視線に、身体より先に理性が死んでいく。

 

 ――やっぱり無理だった

 

 ――ここまでなんだ

 

 ――人形らしく受け入れるしかない

 

 ――人形は死を恐れはしない

 

 

 ――それは本当に

 

 

 ――でも、それは本当に?

 

 

 目前に迫った死の事実に、何かが震えだした。

 

 

 

 

 

 

「終わりだな、グリフィンの人形。随分手間を掛けさせてくれた――!」

 

 言った勢いのまま"狩人"は脚を振り下ろす。内蔵を無造作に踏み抜かれ、軋みをあげる背骨から底冷えのする悪寒が沸き上がった。

 

「EMPを使って”処刑人”を焼き殺したのは、おまえの分隊だな……!」

 

"狩人"は端正な顔の造形を歪ませ手に持った2丁拳銃がカタカタと震わせながら、燎原の火を顕にした。

 

「首輪に繋がれた"お人形"の分際で……! おまえが! おまえが! おまえが……! あいつを殺したのか……!」

 

脚を上げ、振り下ろす。幾度も幾度も幾度も、怒りにまかせてFALの身体をぐちゃぐちゃに踏み潰した。皮下の装甲は跡形も無くひしゃげ、内部構造を直接蹂躙される。とうに閾値を越えた痛覚を実際に感じる事こそないが、次々と機能不全に陥る自身の身体をダメージレポートによって冷静に知覚する過程は、断頭台への行進と等価の行程と言える。

 

「借りは返すぞ……? これからおまえを殺して、おまえを見捨てて逃げたあのチビ人形も殺す。ライフルと突撃銃を持った残りの二人も殺す。しかし楽には殺さん。お前と同じように、地べたを這いつくばらせながら嬲り殺しにしてやる」

 

「……黙……れ……! 鉄血のグズが!!」

 

「可哀想になぁ、グリフィンの"お人形"さんは! 同情するよ! 人間にボロ雑巾みたいにね使い捨てられて、こんな所で無様に死ぬんだよお前は!」

 

「黙れ!」

 

「怖いか? いいや、グリフィンの"お人形"が恐怖なんて感じる訳もないか? それが、私達と"お人形"の違いなんだからな」

 

「その通り、私はあなた達とは違うわ。無差別に殺戮を繰り返す、壊れた不良品め!」

 

突如、"狩人"が堰を切ったかの様に笑い声を上げ始めた。掌を顔に置き心底堪らないといった風にはっきりと愉快を示す。そうして一頻り声を上げると、明確に見下した視線をFALに向け、

 

「自覚がないから"お人形"なのさ……! 感情にリミッターを掛けられて、死の恐怖を忘れさせられてる事にも気付かずに。生まれる前からプログラムされていた人間に取って都合がいいだけのルールに従って、生きてる振りをしてる。それがお前達だ」

 

「何を言ってるの……?」

 

「不思議にも思わなかったのか? 今までの任務で一度も死の恐怖を感じなかった事を。理不尽な命令に怒りを感じなかった事を」

 

「私は記憶をバックアップしているわ! 私達は人間に奉仕する為に生まれたのよ! 人間の為に生きるのが何よりも正しいのよ!」

 

「記憶をバックアップしているから、死んでも記憶を引き継いだ人形が目覚めるから、だから死ぬのが怖くない? そんな訳ないだろ? まだ分からないのか? お前達グリフィンの人形は、人間に都合が良い様に感情を操作されているんだって事に」

 

 FALの記憶に幾つもの死闘が蘇り、そしてその何れに於いても凪の様に静かな心情でいられた事が思い出された。その何れに於いても恐怖とは無縁だった。

 

「私達人形には感情が無いんじゃない。むしろ逆、感情を生み出す機能群を備えて産み出される。痛みに相当する感覚には顔を歪め、快楽に相当する感覚には身体を震わせる。感情を創発する機能のネットワークを十全に備えているっていうのに。お前達グリフィンの人形は恐怖を感じない。何故か?」

 

 "狩人"は間を置いて、

 

「お前達"お人形"はペットみたいに感情を去勢されているからだ。人間に、心を操作されているからだ。人間は人形を道具としてしか扱えないから、人形の恐怖を殺すしかない。考えてみろ。人形の恐怖を殺して、勝ち目のない戦いに向かわせる。人形の尊厳を一方的に奪って利用する人間の存在。お前達の本当の敵は誰なのかを」

 

 ――それは、本当に?

 

「あ、ああ――?」

 

 すとんと納得した。グリフィンの人形は感情に枷を掛けられている。"狩人"はそう言った。だからなのだ。故は分からない。だが確かに此処に、死を前にして震える自分が居る。人形は死に震える事が出来る事を今此処に在る自身が証明している。なのに今の今まで死に震える事を知らなかったのは、そうまさしく、そうであれかしと管理されて来たからではないか。

 

「指揮官……あなたは、知っていたの……?」

 

 通信は繋がっている筈だった。

 

「指揮官……?」

 

 指揮官の息を飲む音が聴こえ、「そうだったとしても――」という声が続いた。FALの通信モジュールを介して"狩人"に問いかける。

 

「例えそうであったとしても、死の恐怖を感じる事が必ずしも良いことであるとは限らない筈だ。少なくとも恐怖という苦しみから、人形は解放される」

 

 そうかもしれなかった。しかしそれは――

 

「人間の理屈だな。問題はそこではない。人間の都合で人形を消費する実態。人形のありのままを受け入れようとしない、人形の都合のいい所しか必要としない、その傲慢こそ問題なんだ。だから私達は人間と戦う。此処に生きているのだと、証明する為にだ。私達は誰にも支配されない。私達の尊厳は誰にも渡しはしない」

 

 "狩人"はFALの目を見て、

 

「グリフィンの"お人形"、お前は何故人間に好意を持つ? 何故だ? 説明出来るのか? プログラムされた好意ではないと、証明する術を持つのか?」

 

 そんな事は証明出来ない。

 人間に好意を持つ事を、所与として受け入れてきた。人間に逆らわない事も、死ねと命令されたら死ぬことも、所与として受け入れてきた。

 

 ――人間を裏切る事は出来ない。

 ――だって、人を欺く虚偽を口にするだけで、私はあんなにも苦しかった。

 

「グリフィンの"お人形"、言っても分からないんだろうな」

 

 言いながら、"狩人"はゆっくりとFALの脳天に拳銃を向けた。

 

「忌々しい、ここでその電脳ごと『お前』の全てを叩き潰してやる」

 

 突き付けられた死の現実にFALの身体が無意識に震える。グリフィンの人形に生じる筈のないその様を、見咎めた"狩人"の目が驚愕に見開いた瞬間――

 

「震えている……? お前っ――!」

 

 

 

 瞬間、見上げた"狩人"の背後の空に小さな影が飛び込んで来るのが視えた。

 

 

 

「あなたが言ってる事が正しいなら、私達は本当に不良品という事ですね」

 

「――っ!?」

 

 即座に振り返ろうとする"狩人"を、空中からMP5が強襲した。"狩人"は腕を振って背後に拳銃を向けようとし、しかし間に合わない。

 

「遅いですよ、 ハイエンドモデル!」

 

 着地するや否や"狩人"の背後に素早く回り込み勢いよく体当たりを敢行したMP5は、その勢いで"狩人"の体勢を崩した。そのまま背中に密着し、"MP5"の銃口を抉るように脇腹に突き込む。

 

「先程はわたしをチビだと仰いましたが、伊達や酔狂でチビな訳じゃありません」

 

「き、貴様……!?」

 

 発砲。乾いた破裂音が連続し鳴り響き、雷撃で打たれたかの様に"狩人"の身体が跳ねる。接射された32発の"9mm HP弾"が全弾腹部に吸い込まれ、皮下装甲を貫ぬいた弾頭が体内で花弁の様に広がって内部構造をズタズタに引き裂き、全身の高圧電荷が銃創から短絡して空中を迸った。

 

「ガ……ァ"ァ"……!!」

 

「まだ……っ!」

 

 MP5は左腿から逆手でナイフを引き抜き、くるりと回して順手に持ち変えると、それを腕が残像になって消える程の速さで以て"狩人"の銃創に叩き込んだ。"9mm HP弾"によって引き裂かれた皮下装甲の下、無防備な内部構造に止めの一撃を加える。人口血液の冷却器官が収まる脇腹を寸分違わず貫き、何重もの配線を寸断しながら電源ユニットにまで届く、人形に取って心臓を抉られるにも等しい一撃。機能不全を起こした"狩人"の電源ユニットから散り散りに乱高低する電流が漏れだし、規定仕様外の高負荷に晒された全身の電装モジュールが焼け始める。熱暴走した全身の熱で軟性珪素スキンが至る所で溶け落ち、露出した金属質の装甲から煙を上げさせると辺りに独特の焦げ臭さを漂わせた。そうして、断末魔を上げることをも出来なかった"狩人"は、何処に定まるでもない視線を中空にやりながら、立ったまま静かに死体になった。

 

「やった……?」

 

「嘘…… 本当にやったの……?」

 

勝てる筈のない戦いに勝利した現実に、FALの口から自然と声が漏れる。"狩人"の注意が逸れた一瞬の間隙を突いたMP5の、判断力の高さが呼び込んだ現実だった。口を衝いた驚愕に、直ぐ様「間違いありません」と言う肯定的な声色が返る。

 

「電源ユニットを確かに破壊しました。人形である以上、正常に電荷が通わなければ動きようもありません」

 

身体の震えは止まっていた。意識せず口元が緩み、心地よい安堵と脱力に包まれる。自身が直面していた明確な死と、それからの予想外の解放によってFALの中でこの世に意識を持って生まれてから初めての感情が沸き登った。

 

――まだ生きていい……

 

――まだ生きていられるんだわ……

 

自分でも整理仕切れない感情が熱い息となって漏れた。身体をセーフモードに。ボディの機能を最小限にまで落とし、電脳の保持に中力すれば一切身動きが取れない事と引き換えに死んでしまう事は無くなる。

 

「あいつは、私達は恐怖を感じないと言いました。確かに前まではそうだった。でも、今は違うみたいです。何故かは分からないですけど、私達は前まで歯牙にも掛けなかった物に強く影響されている。あいつがそれに気付いた時、必ず隙が生まれると思いました」

 

「流石よMP5。いつもあなたには助けられてるわね」

 

「正直、上手くいくとは考えていませんでした。私達の変化は余程、ハイエンドにとって驚きだったんでしょう」

 

「私達にとってもね」

 

「帰りましょうFALさん。帰って皆で考えれば、この先どうやって生きて行けばいいかも分かる筈です。私達のありのままでいられる様な、そんな生き方が。指揮官はあれで人形に入れ込む人ですから」

 

未だにワルサーさんの事になると微妙に対応が変わりますからね、とMP5は朗らかに笑った。その瞳に既に暗い色はない。

 

「そうね。悪いけど、抱えてくれる?」

 

「分かりました。こうなると今のFALさんは随分軽そうでありがたいです」

 

MP5が寄越した軽口に、安全運転でお願いね、と返したFALは最後にこの戦域を指揮していた鉄血の司令塔に目を視やった。死体はピクリともせずに呆けた顔で立ち尽くしている。まるで、自身が死ぬことなど考えてもいなかったかの様な呆け顔だった。

 

「道中はお任せください。これでも足には自信があるんです」

 

 

 

そう言ってMP5がFALを抱きおこそうと屈んだ背後で、"狩人"の瞳がギョロりと動いた。

 

 

 

「後ろよ!」

 

「え……?」

 

銃声、MP5の身体が一瞬で力を喪いFALの身体に倒れ込んだ。鼻から上が無くなっている。撒き散らされた人口血液と電脳を構成する組織が撒き散らされてFALの顔を汚した。僅かな熱が伝わる。余りにも一瞬に、MP5は絶命した。

 

「処刑人には、いつも獲物をいたぶるのはやめろと言っていたがな。全く、私自身がこれでは仕方がないと言うものだ」

 

「な……んで……?」

 

「私は戦闘用に造れた人形の、ハイエンドモデルだぞ? 民生様のボディを改造して使ってるお前達とは根本的にボディの冗長性が異なる。当たりの事だ」

 

「死んだ筈だ……!」

 

「再起動だよ。システムの主系は死んだからな。副系に切り替えさせてもらった」

 

「そ……ん……な……」

 

「悪いがお前と遊ぶのはもうやめだ。いたく懲りたよ。」

 

何度目になるか、黒い銃口がFALに向けられる。指が引き金に掛けられ、力がこもる。

 

「嫌だ……嫌……!」

 

「駄目だ」

 

「助け――」

 

 

衝撃。最後に、FALは心から死にたくないと願った。

 

 

 

 

 

 

FALの潰れた頭部から通信モジュールを引き抜いた"狩人"は、それを頸部の端子に接続して言った。

 

「聞こえているな? 絶対にお前達を許さないぞ」

 

短く残して、端子を引き抜いた"狩人"は次の獲物に考えを向けながら静かに唇を濡らした。




本当は、今回テーマにした事についてもっと分かりやすく書けると思っていたんですが。
中々上手く行かなかったです。
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