「オレ様の天下」   作:HDアロー

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このままじゃ、終われない。
ただの一度も勝利を許されなかった彼の話。


あいつの話

 ――また、負けた。

 

 俺には幼馴染がいる。

 無口で無表情で不愛想で、そのくせポケモンからは愛され、大人たちからは可愛がられる。

 そんなあいつが嫌いだった。

 

 それと同時に、俺にはライバルもいる。

 誰もが俺をオーキドの孫としか見ないこんな世界で、俺を幼馴染だと言ってくれた奴だ。

 無口で無表情で不愛想で、何を考えてるのかわかんないやつ。

 そんなあいつが好きだった。

 

 あいつには負けたくなかった。

 俺の方が優れたトレーナーなんだ。

 オーキド博士の孫としてではなく、俺を見て欲しかった。

 あいつより多くの人に認められたかった。

 

 それと同時に、あいつとは対等だと言える仲で居たかった。

 あいつの中で俺がただのトレーナーになってしまったら、俺を見てくれる人がいなくなってしまうから。

 何度負けても、あいつの前を進むことでかろうじてライバルというポジションを言い張った。

 この座だけは、誰にも譲りたくなかった。

 

「また、負けた。だけど次は――」

 

 次こそは、あいつに勝ってみせる。

 俺が俺であり続けるために。

 だからこんなところで負けるわけにはいかないんだ。

 たとえ相手が四天王だろうと、俺はあいつに勝つまで負けるわけにはいかない。

 

*

 そうして俺はチャンピオンになった。

 図鑑を埋める旅をしながら完璧なポケモンを探した。

 多種多様なコンビネーションを模索した。

 そうして俺は、頂点に立った。

 

 

 

 すべてが、過去の話だ。

 お互いに傷ついたポケモンをボールに戻し、チャンピオンリーグのチャンピオンの間に静寂が満ちた。

 フィールドを挟んだ向こう側。

 勝者のあいつが喜ばないものだから、敗者の俺は感情に歯止めを効かせられなかった。

 

「……なんで」

 

 悔しくて悲しくて苦しくて、いろんな感情がないまぜになって。

 俺は目の前に立つあいつに問いかけた。

 

「なんで俺は、お前に勝てねぇんだよ!」

 

 扉が二つ、階段が二つ、バトルフィールドが一つ。

 だだっ広い空間に、俺の叫びだけが響き渡った。

 

「なんで、なんでなんでッ! お前に勝つために、勝つためだけに生きてきたのにッ、それでも届かねぇっていうのかよ!」

 

「……」

 

「なぁ、教えてくれよ。たった一度の勝利すら俺には許されねぇのか? 俺がしてきたことは、全部無駄だったっていうのかよ……ッ」

 

 かろうじて守り続けていた、あいつの先という場所もついには覆ってしまった。

 あいつはこのカントーのチャンピオンで、俺はただのトレーナー、あるいはオーキド博士の孫。

 もう、あいつのライバルだって自分に言い聞かせる言い訳すらない。

 

 あいつの顔が、苦痛に歪んだ。

 ……なんでそんな顔をするんだよ。

 お前は俺に勝ったんだろ?

 カントーの頂点に立ったんだろ?

 胸を張って笑えよ。

 そんな、そんなの。

 

「……俺が、みじめになるだけじゃねぇか……」

 

 灼熱に燃え上がった心から熱が引き、渇いた大地に雨が降った。

 灰になった心をドロドロと溶かしていく。

 

 呆然と立ち尽くす俺と、いたたまれなさそうにするあいつ。

 そこへおじいちゃんが入ってきた。

 

「とうとう勝ったな! ポケモンリーグ制覇! 心からおめでとう!」

 

 あいつの事を、おじいちゃんが褒める。

 見事だと、たくましくなったと、大人になったと。

 

「それに比べ……」

 

 おじいちゃんはあいつから俺に視線を移し、俺の名前を呼んだあとこういった。

 

「……残念だ! おまえが四天王に勝ったと聞いてここにとんできたのにポケモンリーグについてみたらおまえは負けとった!」

 

 俺はあいつのようにはなれなかった。

 背負いきれないほどの期待を掛けられながら、どれだけ期待に応えても認められることは無かった。

 俺がしてきたことは、何だったんだよ。

 

「なぜ負けたのか分かるか? ……おまえがポケモンたちへの信頼と愛情を忘れとるからだ! それではどんなにがんばってもトップにはたてんぞ!」

 

「……だよ」

 

 頬を涙が伝った。

 人前で泣いたのなんかいつぶりだろうか。

 悔しくて苦しくて、誰からも認めてもらえなくて。

 俺はただ、認めて欲しかっただけなのに。

 

「何が分かるってんだよ! 老いぼれたジジィにッ! 世界的権威で、誰からも必要とされるお前にッ、無条件に愛されるお前らにッ! 俺の何が分かるっていうんだよ!」

 

 俺は二人の横を駆け抜けた。

 嗚咽が喉を鳴らし、四天王たちの部屋が後ろへと流れていく。

 

「どうすればよかったんだよ! 俺に何ができたっていうんだ! できる限りの努力をした! 限界まで己を鍛えた! あとどれだけ、研鑽を積めば渡り合えたっていうんだよッ!」

 

 いつか勝つ。

 それだけを夢見て、現実を受け止めてきた。

 辛いことや傷つくことばかりだった。

 ずっと隠してきた、自分すらだましてきたそれが顔を出し、抑えきれなかった。

 

「教えてくれよ……」

 

 気が付けばとうにリーグを後にしていて、あたりには樹海が広がっていた。

 

*

 あれから俺は、一度もバトルをしなくなった。

 平穏な日常に身を委ねてみて、どれだけ自分が戦闘漬けの日々にいたのかを思い知った。

 自分に染み付いたポケモンバトルという血肉。

 それがぽっかりと抜け落ちて、ただ無意義に、無意味に、無為な日々を過ごしていた。

 

 とくに何かをするわけではないが家にはいづらくて、今日もマサラの外れの河川敷に来ていた。

 チャンピオンになったと鼻高々に報告して、三日天下でくじかれて、そのことでおじいちゃんに当たって。

 それでも家に居座るほど厚顔無恥じゃなかった。

 ゆるやかに流れる川に意識を放り投げ、時が過ぎるのを待つ。

 

「――ッ! ――ッ!」

 

 水中から意識が釣り上げられた。

 女の子の悲痛な叫び声を聞いたからだ。

 

「ラッちゃん! ラッちゃんッ!」

 

 石ころでできた道を、少女が走っていた。

 視線は川に向かっていて、目を離せば転げてしまいそうなくらい不安定に走っていた。

 何を見ているんだと、視線の先を目で追ってみる。

 コラッタが水流に飲まれていた。

 

「っ、ラプラス!」

 

 とっさにラプラスを繰り出し救出に向かわせる。

 ラプラスは器用に背中に乗せるとまた俺の元に戻ってきた。

 

「あの、あ、ありがとうございました!」

 

「まだだ、気を抜くな。ウインディ」

 

 ウインディを繰り出しひのこで温めさせる。

 川に落ちてどれだけ経ったのかは分からないが、芯から冷え切っている。

 緩やかに、けれど速やかに体温を取り戻さなければいけない。

 懐から手ぬぐいを取り出すとすぶ濡れのコラッタから水気をふき取っていった。

 

 それらをすべてこなしたころには、コラッタは穏やかに呼吸をしていた。

 

「……とりあえず、応急処置はこんなものか。すぐにポケモンセンターに向かうんだ」

 

「は、はい! あの、その」

 

 女の子はもじもじしながらこう言った。

 

「ありがとうございました! あなたのおかげでラッちゃんは助かりました!」

 

「……別に、大したことはしてねぇよ」

 

「そんなことありません。あなたは私の、私とラッちゃんの恩人です! あの、お名前を聞いてもいいですか」

 

 ズキリと、胸が痛んだ。

 俺は、俺の名前が嫌いだった。

 どれだけ俺が凄いことをしても、俺の名前を聞けば誰も彼もがあのオーキド博士の孫かい? と聞いてくる。

 

「……そんな事してる暇があれば早くセンターに向かいな。優秀なトレーナーなら自分のパートナーを優先しろ」

 

「~~ッ。そ、そうですね」

 

 少女は少し悲しそうにして、背を向けた。

 

(酷いことをしてしまった)

 

 自分が傷つきたくないから、そんな理由で人を傷つけてしまった。

 

 そんなことを思っていたら、少女がもう一度振り返って俺を見つめた。

 

「いつか私も、あなたみたいに優秀なトレーナーさんになります! 困っている人を助けられるような! そうしたらその時、名前を教えてください!」

 

「…………違うんだ」

 

 少女はきょとんとしていた。

 自分がみじめで情けなくて、顔を合わせていられなくなって。

 俺自ら顔を背けた。

 

「俺は、全然優秀なトレーナーじゃなかったんだ。ただの一度も、あいつに勝てなかったから」

 

 最低だ。

 初めて会った少女に、身の上話をして。

 

(同情でもしてもらいたかったのか? 辛かったねとでも言って貰えると思ったのか?)

 

 自分が醜く、浅ましく、薄汚くて。

 いたたまれなくなってその場を後にしようとした。

 

「関係ないですよ、誰に勝っただの、誰に負けただのなんて」

 

 足をピタリと止めた。

 

「優秀なトレーナーっていうのはパートナーと助け合えるトレーナーの事を言うんですよ! 強さだけがトレーナーの質を決めるわけじゃないです! だから、そんなに悲観しないでください。あなたは――」

 

 振り返ると、太陽のような笑顔を向けた少女が立っていた。

 まぶしくて、曇りの無い眼で俺を見ていた。

 

「あなたは、私たちの恩人なんですから。優秀なトレーナーじゃない筈がないです。ラッちゃんのこと、ありがとうございました!」

 

 そういって彼女は去って行った。

 

(優秀なトレーナー……?)

 

 空を見上げ、自分に問いかける。

 答えはすぐに見つかった。

 

(……いたんじゃねえか。俺を認めてくれている奴らが)

 

 共に歩み、共に生きてきたこいつらが、俺にはいたんだ。

 最初から、俺と一緒にいてくれてたんだ。

 

「ははっ」

 

 ああそうか。

 俺がしてきたことは無駄だったんだ。

 だって俺には最初から。

 

「お前たちが、いてくれたんじゃねぇかよ」

 

 あいつに勝つだけが俺の存在証明じゃなかったんだ。

 俺の目指す場所は、勝つことじゃなく、こいつらと歩むことだったんだ。

 

 あの時のように頬を雫が伝って行った。

 だけど今度は、精一杯の笑顔を浮かべて涙を流したんだ。

 

*

「よう、また会ったな」

 

 そうして俺は、もう一度この場に戻ってきた。

 あの日やぶれたこの場所に、こいつらと共に。

 

「随分長い事チャンピオンの座に居座っちゃってくれてるらしいじゃん? やっぱりお前を倒せるのはオレ様だけっつーか?」

 

 向かい合うあいつが、わずかに笑って見せた。

 無口で無表情なあいつが、嬉しさを見せたんだ。

 

「だからよぉ、お前がオレ様を叩き落したみたいに、オレ様を引きずり下ろしたように」

 

 ボールを構える。

 あいつも、俺も。

 眼前に据え、その時を待つ。

 ピリピリとした緊張感が肌を焼き尽くす。

 

「オレ様が! お前を倒して最強を証明してやるよッ!」

 

 全身の血が沸騰するかのように熱くなるこの感覚。

 いつからか見失っていた高揚感。

 頼むぞと、ポケモンに思いを込めて、繰り出した。

 

「行け! ピジョット!」

 

「ピカチュウ!」

 

 俺の先鋒はピジョット、あいつの先頭はピカチュウ。

 チィ、読まれたか。

 だが、別にいい。

 俺のパーティの先鋒はお前しかいない。

 

「ピカチュウ! 10万ボルト」

 

「ピジョット! とんぼがえり!」

 

 ピカチュウの10万ボルトが決まるより先にピジョットのとんぼ返りがきまる。

 無駄だけど、無駄なんかじゃなかった。

 勝ちたいと思った日々は、努力した毎日は、確実に俺の血肉となり、俺たちを強くした!

 

「続け! サイドン!」

 

 ピカチュウの10万ボルトをサイドンで受ける。

 今度はこっちが有利。

 サイドンの地震がピカチュウに決まればエースを失うことになるぜ?

 

「戻れピカチュウ! 行け! プテラ!」

 

 そうだよな。

 そう来るよな。

 俺だってそうするし、当然お前もそうする。

 ……信じてたぜ?

 

「サイドン! いわなだれ!」

 

 一応言っておくと、別に危険な読みではない。

 ピカチュウ程度の耐久力なら仮に居座って来ても岩雪崩で倒せる可能性があった。

 一点読みするならこのタイミングでラプラスに引くべきだったがリスクが高すぎる。

 

 今回は俺の読みが上回った。

 だが俺があいつの交換を読んで交換することをさらに読んでピカチュウの10万ボルトで居座ってきていたら?

 ラプラスに引いていたら致命的なダメージを負うことになっていただろう。

 

 ポケモンバトルは運、構築、読み、駆け引き。

 様々な要素が複雑に絡み合う高度な頭脳戦だ。

 まだ小さな択に一つ勝っただけ。

 

「嬉しいぜ、ライバルのお前に張り合いがねぇとつまんねえからな」

 

 俺は今まで腐っていた。

 今なら分かる。

 何故あいつがあの時、悲しそうな顔をしたのか。

 お前は俺に勝った後も、俺の事をライバルと認めてくれていた。

 そうだろ?

 

「プテラ! アイアンヘッド!」

 

「引けサイドン! 任せたぞ、サンダース!」

 

 サンダースがアイアンヘッドを受けたことで体力が大きく削られる。

 その事で顔を歪めたのはあいつの方だった。

 

(お前のエースポケモンであるピカチュウに受け出しできるサイドンを易々と削らせるわけがないだろ?)

 

 とはいえ状況は五分五分。

 まだどちらにも盤面は傾いていない。

 今は耐え凌ぐ時だ。

 状況を大きく傾かせられるタイミング、その一瞬を見逃すな。

 そこに勝ち筋は存在しているのだから。

 

*

 ぶつかり合い、殴り合い、切りつけ合う。

 一進一退の攻防。

 俺もあいつも自然と笑っていた。

 

「戻れ! 行け、サイドン!」

 

 再びサイドンを繰り出す。

 ここまでの交代合戦でじりじりと削られてきてはいるがまだ大丈夫だ。

 まだピカチュウに対して役割を持てる。

 

「ピカチュウ! くさむすび!」

 

「なっ!」

 

 草結びは相手の体重が重いほど威力が上がる技。

 四倍弱点を突かれ、サイドンはその巨体を大地に転がした。

 

「そんな技、隠し持っていたのかよ……」

 

 今まで、見たことがない技。

 あいつは、手の内を全て見せることなく俺を下していたということか。

 瞳を閉じ、気持ちを整理する。

 

「戻れサイドン! 頼んだぜ……ウインディ!」

 

 残りは三対二。

 数的な不利、絶望的な状況。

 加えてあいつは、まだ手を隠している可能性がある。

 

(……また、俺は負けるのか?)

 

 そんな弱気が、前面に出てきた。

 それを必死に押し殺し、ウインディに指示を出した。

 

「ウインディ! フレアドライブ」

 

「戻れピカチュウ、行け! カイリュー」

 

 ウインディの捨て身の炎が、カイリューに受け止められる。

 無理なのか……? 俺では、あいつに勝てないのか?

 

 空中で、ウインディと視線が交差した。

 秘めたる炎を瞳に宿し、俺に訴えかけてきた。

 

 まだ終わっちゃいない、と。

 

「ウインディ!」

 

 全身の毛が逆立つ。

 風が吹き抜けた。

 見いだせ、勝ち筋を。

 引き寄せろ、勝利を。

 脳が焼き切れたって構わない。

 この一戦に命を燃やせ!

 

「あさのひざし!」

 

 光を受けてウインディの体力が回復する。

 カイリューが攻撃してくる、が、大したダメージにはならない。

 

「まさかッ」

 

「そう、火傷状態だ!」

 

 あいつが遅れて気づいた。

 フレアドライブに一割の確率で付属する追加効果。

 相手を火傷状態にする。

 火傷中は体力がじりじりと削れ、攻撃力が半減する。

 

 朝の陽射しで耐え凌ぐ。

 このままカイリューの体力がこちらの圏内に入ればまだチャンスはある。

 逆に、圏内に入る前に龍の舞を使われれば火傷のチャンスを不意にすることになる。

 

 焦るな。

 ウインディが繋いでくれたこの思い、無駄にするな。

 これはこっちが奴隷のEカードだ。

 あいつが龍の舞を選択するその一瞬。

 その一瞬を見極めろ。

 

 五回ほど殴られては回復してを繰り返したとき、第六感が声を上げた。

 ……今だッ!

 

「カイリュー、龍の舞!」

 

「とっておきのめざめるパワーだ! 喰らえよ!」

 

 ウインディの目覚めるパワーが炸裂する。

 タイプは氷。

 四倍弱点を受けてなお、カイリューはギリギリ耐えていた。

 

「カイリュー、神速!」

 

「ウインディ! 神速!」

 

 目にもとまらぬ、否、目にも映らぬ速さで二体がぶつかり合う。

 カイリューが倒れ伏し、ウインディはなお立っていた。 

 

「大丈夫か、ウインディ!」

 

「ガルルゥ」

 

「よし、頼むぜ」

 

 かなりきつい一撃だったろうに、そんな素振りを少しも見せずに俺に応える。

 なんとか二対二まで巻き返した。

 まだ、終わっちゃいない。

 

「ドククラゲ!」

 

 あいつが繰り出したポケモンはドククラゲ。

 タイプ相性は不利だがこっちのウインディにはワイルドボルトがある。

 特防はともかく、ドククラゲの防御なんてたかが知れている。

 

(行ける!)

 

 闇を切り裂くように、勝ちへの道筋が見えた。

 今度こそ、今度こそ、お前たちと一緒に……ッ!

 

(これが、お前が見ていた景色なんだな)

 

 向こう側のトレーナーサークルに立つあいつを見てそう感じる。

 ポケモンを信じ、頼られる。

 ただそれだけの事が、ここまで力をくれるとは知らなかった。

 

(だからこそ、負けられねぇ!)

 

 

 

 シナプスがはじける。

 時間が無限に引き延ばされていくような錯覚を覚える。

 ウインディの呼気、心音が、手に取るように感じられる。

 極度の集中力が天元突破した世界。

 

 ――何が理由かは分からない。

 あの時、何故踏みとどまれたのか、今も不思議に思う。

 あの重度の興奮状態で、よく理性が働いたと。

 おそらく、戦闘漬けの日々が、無意識に俺に正解を教えたんだと思う。

 

「ウインディ! 神速!」

 

 

 再び時間が加速する。

 無駄な情報が削ぎ落され、思考が加速する。

 

 ここでワイルドボルトを打つわけにはいかない。

 カイリューの神速を食らって体力が削れた今、ワイルドボルトの反動でウインディは倒れてしまう。

 そうなれば残るはリザードンとピカチュウ。

 耐久ベースのリザードンだ。

 ピカチュウに素早さが負けているかもしれない。

 

(勝ち筋を正確に追えッ)

 

 闇を切り裂く光が、その軌跡を、容貌を変える。

 直線から曲がりくねった、しかししっかりとしたものに。

 

 ドククラゲの体力を残してウインディに倒れてもらう。

 そしてリザードンでニトロチャージ、その後火力で押し切る。

 そうして素早さのあがった状態でピカチュウと対面する。

 

 これしかない。

 波乗りを一度食らうことになるが、多分リザードンなら一発くらい耐えてくれる。

 ウインディには酷だが、ウインディは気にするなと、そう背中で語っていた。

 

 そんな俺の考えとは裏腹に、あいつはポケモンを交代した。

 

「く、ピカチュウ!」

 

 景色を切り裂き、牙を剥く。

 ピカチュウが二転三転地面を転がり、その体力を切らした。

 

 ……どういうことだ。

 一瞬の思考、そして辿り着く。

 あいつも、同じところまで読んでいたのだと。

 まさかッ。

 

「特性、静電気……ッ!」

 

 リザードンはウインディと違い特殊一本だ。

 ウインディの攻撃を麻痺で縛り、リザードンの攻撃を耐えてなみのりで倒す。

 もしあいつがピカチュウから入ってきていたら静電気を考慮してオーバーヒートを打っていた。

 だが、特防の高く、防御の低いドククラゲを見せられて物理技を選択してしまった。

 否、選ばされた……ッ!

 この状況で、極めて冷静に、先を見据え、勝ちを拾いに来た!

 

 依然、盤面は俺に傾いている。

 傾いているだけで、風はあいつに味方をしている。

 ウインディが痺れずに動けばそれですべてが終わる。

 ウインディが痺れれば、あいつに勝機が生まれる。

 

「はぁ、はぁ。どうだよ。これで二対一だ。麻痺は痛いが、そうそう痺れるもんじゃねえ。どうだよ、なりふり構わずに全力を尽くすって感覚はよォ!」

 

「……すげぇ、すげぇよ」

 

 深くかぶったあいつの帽子から、紅く輝く二つの瞳が顔を覗かせた。

 その目は輝いていて、眩しくて、いつかの少女を思い起こさせた。

 あいつは胸を掌握し、声を歓喜に震わせてこういった。

 

「すげぇわくわくしてる。胸の奥から熱くなって、この勝負を永遠に続けたいって思っちまう」

 

「くっは、お前もかよ」

 

 ああ、それでこそ、俺のライバルだ。

 

「行け! ドククラゲ!」

 

 タイプ上は不利だが、タイプだけが勝負じゃない。

 そう、ピカチュウがサイドンを倒したように。

 戦略と戦術次第では相性すらひっくり返る。

 だからポケモンバトルは面白い。

 

「ウインディ! 神速!」

 

「ドククラゲ! なみのりだ!」

 

 わざわざワイルドボルトを打つ必要はない。

 ある程度削ってくれれば、あとはリザードンがすべてを引き受けてくれる。

 麻痺状態は素早さが下がるため、ワイルドボルトではドククラゲに先手を取られてしまう。

 よって正解択は、神速だ。

 しかしその一撃は、ドククラゲに刺さる前にかき消えた。

 

 状態異常麻痺。

 

 ピカチュウが最期に残した置き土産。

 あいつのパートナー。

 思いが伝播し、ドククラゲの攻撃にウインディがやられる。

 結局、痺れちまったか。

 

「ありがとうウインディ」

 

 あとはリザードンと俺に任せろ。

 今度こそ、勝ってみせる。

 俺達は、まだ終わっちゃいない。

 最初のようにボールを構え、放り投げる。

 パーティ全員の思いを乗せて、勝とうという一つの信念のもとに。

 

「任せたぞ! リザードン!」

 

「ドククラゲ! もう一回なみのり!」

 

 分かっている。

 俺もお前も、この盤面をずっと思い描いていたんだろ?

 だがな、俺だって強くなったんだぜ?

 お前が思い描いた時の俺と、今の俺は違う。

 

「リザードン! にほんばれ!」

 

 日照りが大地を焼き焦がす。

 ドククラゲの放った水流を蒸発させ、威力を半減させる。

 水蒸気が煙幕となり、お互いの姿が認識できなくなった。

 

「リザードンの持ち物が何かわかるか?」

 

 霧の向こうのあいつに問い掛ける。

 答えは返ってこない。

 

 リザードンに持たせておいたアイテムは弱点保険。

 効果抜群の技を受けた時、攻撃と特攻を倍にするアイテム。

 

 そして天候晴れには、隠しギミックが存在する。

 

「うおぉぉぉ! リザードン!」

 

 太陽のエネルギーを存分に取り込む。

 晴下のそれは、半減であろうとソーラービームの火力を凌ぐ。

 これが俺たちが見出した答え。

 様々なコンビネーションを試す中でようやくたどり着いた最適解だ!

 

「喰らえよ! ブラストバーン!」

 

「ドククラゲ!」

 

 

 極大の熱線がフィールドを引き裂いた。

 

 ドククラゲはそれを一身に受け止め、返した。

 

 

「ドククラゲ! ミラーコート!」

 

「なっ!」

 

 ドククラゲの持ち物、それは気合の襷だった。

 煙が晴れ、フィールドが姿を現す。

 リザードンと俺の、俺たちの集大成は。

 

「リザードン!」

 

 あいつにあと一歩だけ届かなかった。

 

*

「また、負けちまったな」

 

 リザードンの顎の下から腕を通し、抱き寄せる。

 リザードンは涙を流し、すり寄ってきた。

 勝ちたかった。

 そんな思いが伝わってくる。

 

「そんなの、分かってるよ。だからさ、そんな悲しそうな顔すんなよ」

 

 一歩だけ届かなかった。

 だが、あと一歩。あと一歩のところまで追いつめたんだ。

 神速が決まっていれば。

 ピカチュウの特性静電気が発動しなければ。

 

 あと少し、本当にあと少しだったんだ。

 カントー最強のトレーナーに対して。

 だから、だからさ。

 

「……胸を、胸を張って、笑おうぜ!」

 

 口ではそんなことを言いながら。

 俺とリザードンは、お互いをお互いの涙で濡らした。

 

「勝ちたかった、勝ちたかったッ!」

 

 悔しくて苦しくて。

 でも、あの時のように悲しくはなくって。

 

「今回は駄目だった。でも、次は、次こそは!」

 

 信頼できるこいつらと一緒に。

 もう一度、あの頂を目指して。

 何度でも、何度負けても。

 

「次こそは! 勝って笑おうぜ!」




実際オーキド博士のセリフは死体蹴りだと思うの。

10/23 オーバーヒート→ブラストバーン
そっちの方がカッコいいから
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