永久の狩人   作:主水

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少女と狩人 プロローグ

生きとし生けるものその全てが例外なく、今日を生き、明日に希望を見出すために生命を喰らう。

汗を滴らしながら畑を耕している農夫や、今日の夕食の献立を悩みながら洗濯に勤しむ若妻まで、それは気の遠くなるような遥か昔から続いている至極当然の営みであり生物の性だ。

 

その昔、空の支配者たる「ワイバーン」達を意のままに操り、地の支配者たる「ドラゴン」を欲望の支配下に収め繁栄を極めた高度な文明が「厄災」と呼ばれる戦争により忘却の彼方に霞んでしまい、人々の記憶の中にも留まることを許されなかった時代…

 

王国と呼ばれる一大国家の外れ、現地の言葉で「森の護り人」を意味する「シュラウベ」と呼ばれるその街は、全ての生命に恵みを与える大森林と大海の境界で基礎づくられ、穏やかな領主のもとで発展を見せていた。

そして、シュラウベにも世界共通のとあるギルドが存在している。ハンターズギルドだ。

 

「ちょっと、何やってんのよっ!」

 

シュラウベの街の明かりがまだ遠くに見えるほど、街からそう離れていない鬱蒼とした森の中、四つの影が忙しなく動き回っている。

四つの影に、大きな一つの影ーーーこの森を荒らしまわっている巨大なイノシシ、牙獣種ドスファンゴと、討伐依頼をハンターズギルドから依頼されたハンター達だ。

 

四つの影の内の一人、まだ若い青年ハンターは朦朧としている意識の中、自分に話かける女性を見つめている。

両手と背中で感じているひんやりとしたこれが壁なのか地面なのかもわからない。

先日、初狩猟祝いということでハンター仲間と飲み明かしたお酒が美味しかったと女性の顔を見ながら何故か思い返していた。

 

「…しっかりしろっていってンだろっ!」

 

女性の荒々しい声とともに自分の頬に強烈な衝撃が走ると、まるで霧が晴れるように周囲の景色がはっきりと認識できるようになっていく。

そうして青年ハンターは自分が地面に仰向けに倒れていることを、やっと認識することが出来た。

 

「…!ふぁっ…!」

「…大丈夫かよ?怪我はないよな?」

 

少し心配そうに、そう声をかける女性と、周りの木々、自分の身体、そして右手に持たれた小ぶりの剣を確認するように見渡し、自分に何が起きたのか思い出す。

 

「ほら、立て。まだいけンだろ?」

 

少しづつ状況が思い起こされて行く。

今日は自分の始めての狩猟で…この女性は仲間のハンターだ。

その女性の肩を借り、青年ハンターはゆっくりと立ち上がる。

わずか数メートル先、軽装で巨躯な別のハンターがドスファンゴへ巨大なハンマーを打ち下ろす姿が見えた。

 

「…だ、大丈夫…」

「…ふふ、初陣にピッタリな歓迎だな」

 

青年ハンターは足元に落ちている自分の盾を拾い上げる。

そこには大きくへこんだ穴…。そうだ、ドスファンゴの強烈な突進を躱しきれず盾で受け、弾き飛ばされ気を失っていたんだ。

 

「オイ、新米!遊んでるんじゃ無いぞッ!」

「…早くこちらへ!仕留めますよ!」

 

再度ハンマーを叩きつけるために大きく振りかぶっている巨漢ハンターと、隙を伺っている双剣の女性ハンターが叫んだ。

先ほど巨漢ハンターが振り下ろしたハンマーがドスファンゴの脳天を直撃し、モンスターの動きが鈍っていた。

 

「あたしがコイツで援護するから、あんたは行きな」

 

隣の女性が小ぶりな銃ライトボウガンを、そのか細い腕で構える。木製フレームで作られた熟練者向けのライトボウガンだ。銃を構えた彼女の姿は力強く、その表情には自信が溢れている。彼女は紛れも無い熟練のハンターだ。

青年ハンターは軽く頷くと、地面に落ちた盾を拾い上げ、全速力で走りだす。

 

「プギィィィィィッ!!」

 

己を殺さんとまとわりつくハンター達を払いのけようとドスファンゴが立派な二本の牙を振り回す。が、その動作は鈍く、経験のない青年ハンターからも分かる程、明らかに「疲れ」が見えていた。チャンスだ。

 

「さぁ、一気にいくよッ!皆、気合いれなッ!」

 

背後からガンナーの鼓舞する声が聞こえる。

そして、青年ハンターを先導するように、彼女の銃口から黄色い弾丸「麻痺弾」が放たれた。

その黄色い弾丸が空気を切り裂く甲高い音を発しながら青年ハンターをかすめ、ドスファンゴの横腹に命中する。ぱっと黄色い煙が弾けると、文字通り麻痺するようにドスファンゴの動きが止まった。

 

「…ヌゥゥゥリャアァァ!」

 

巨漢ハンターの両腕にピキピキと血管が浮き出した瞬間、巨大なハンマーがフルスイングされ、ドスファンゴの顔面に命中する。片方の牙が折れ、その巨体が浮き上がった。

 

「…はぁぁぁッ!」

 

巨漢ハンターを踏み台にするように背後から双剣ハンターが高々と跳躍し、ドスファンゴの背中に深々と双剣を突き刺す。真っ赤な鮮血がシャワーのごとく噴き出る姿が青年ハンターの眼に映るが…ドスファンゴはまだ生きている。

 

「…新米、お前がやれッ!」

「…!」

 

巨漢ハンターがニヤリと不敵な笑みを見せる。今日が初めての狩猟だった自分にお膳立てをしてくれている…。

青年ハンターは両手で剣の感触を確かめ、トップスピードのまま体当たりするように、ドスファンゴに最後の一刀を突き刺す。

 

「プギィィィィィッ…」

 

最後の断末魔が森の中にこだまし、身体に深々と剣が突き刺さったままその巨体がゆっくりと崩れた。巨体が倒れこむ重たい地響きとともに、木々がモンスターの死を森中に伝えるように身を震わせた。

 

余韻を残した短い静寂。

青年ハンターは動けなかった。初めて奪った生命。その感触に思考が止まってしまっていた。

 

「…らしくなったじゃないか」

 

巨漢ハンターの声にふと我に返る。先ほどとはうってかわり、力の抜けた穏やかな表情を青年ハンターに見せている。

 

「ふふ、ほんとですね」

 

双剣の女性ハンターもドスファンゴから双剣を抜き取り、べっとりと付いたどす黒い血を拭き取りながらこちらを見ている。

らしくなったとは一体どういう意味だろう?そう首をかしげる青年ハンターはふと自分の両手にべっとりとした不快な感触を覚える。

薄暗い森の中、気が付かなかったが身体にドスファンゴの返り血を浴びてしまっているらしい。多分、顔も血まみれになっているだろう。

らしくなったとはその事か。

 

「…ウエッ、あたしさ、血が嫌いなんだよね…気持ちわりぃからさ、これで早く拭いてくんないかな」

 

ガンナーがポーチから綺麗な手ぬぐいを渡す。

ガサツな言葉遣いからは想像できないその小奇麗な手ぬぐいを見てやっと緊張から開放されたのか、青年ハンターは安堵の表情と合わせ、つい吹き出してしまった。

 

「プッ…」

「…な…なによ」

「フッ…ほら新米、最後の仕事を任せる」

 

頬を赤らめるガンナーを尻目に巨漢のハンターが小さな樽を青年ハンターに渡す。導火線の付いた、かわいい小樽だ。

 

「…えっと、これは…」

「…それは狩猟が完了した後に打ち上げる「成功の狼煙」用の打ち上げ小タル爆弾です」

 

双剣のハンターが、同じような小樽をひょいと自分のポーチから取り出し、そう話す。双剣ハンターが持った小タル爆弾は形は同じだが、大きくドクロマークが描かれている。

 

「こっちは全滅の危険があるときに上げる「失敗の狼煙」。打ち上げるとギルドが救助に来てくれますよ」

「…なるほど」

「覚えておくべきハンターの基本というやつです。さあ、最後の仕事、お願いしますね」

 

にっこりと、えくぼで飾られた満面の笑みを青年ハンターに見せる。

彼女だけではなくこの巨漢のハンターも、ガンナーの彼女も狩りが終われば何処にでも居る普通の人なんだな。青年ハンターは笑顔の双剣ハンターを見て、安堵するようにそう思った。

 

シュルルルル…パン。

 

青年ハンターは、安全装置として設けられた蓋を開け、タルに括りつけられた紐を引き信管に着火させると、小タル爆弾は小さな火花を引き連れながら空高く舞い上がり、白い煙と明るい光を放つ。

あたりの木々が光を浴びるように輪郭をくっきりと浮かび上がらせると同時に−−−−青年ハンターのすぐ隣にふっくらとした横顔が浮かび上がった。

 

「…んでさ、どうする?ギルドにはまだ山のように依頼があったんだけど」

「へっ…!?」

 

青年ハンターは裏返った声を出してしまう。

突然ガンナーに声をかけられ驚いた…というより、予想だにしなかった彼女からの「誘い」に戸惑ってしまったという方が大きかった。

 

「な、なんつー声を出してんのさ…。だ、だからさ、まだ狩りを続けるなら付き合うよって行ってんのよ」

「えっ…あ…」

 

青年ハンターの頭脳は必死に彼女の言動を理解しようとフル回転で稼働する。

なんで僕に…?なんで僕と…?どーいうこと…?

−−−−が、ハンターとしても男性としても経験が浅い青年ハンターの頭脳から満足のいく回答は導き出されなかった。

 

「あー…うー…ぼ、僕なんかで良ければ…是非…」

 

目を白黒させながら、青年ハンターは自分の気持ちを正直にひねり出す。

まだ先ほどのドスファンゴに突き立てた剣の感触と興奮がおさまっていない、というのが正直なところだが、彼女と狩りを続けたいという気持ちも大きかった。

混乱する青年ハンターに、逆に恥ずかしくなってしまったのか、先ほどの剣幕からは想像も出来ない位、彼女はしおらしく頬を赤らめる。

 

「ちょっと、な、なんか勘違いしてない?あたしはただ狩りに行きたいだけだからね!あんたとじゃなくても別にいいんだから…」

「ほう…お前が自分から狩りに誘うなんて珍しいな」

 

狩猟したドスファンゴを木製台車に括りつけ終わった巨漢ハンターが、サシミウオの干物をほうばりながら二人に割って入る。

その巨躯な身体にに合わない、にやにやとイタズラっぽい表情を見せている。

 

「『新人ハンターなんかなすりつけんじゃないわよ』って昨日まで言ってたのにな」

 

巨漢ハンターがニイと岩に亀裂が入ったかと思うような満面の笑顔を見せる。

青年ハンターとこの三人の熟練ハンターは今回の狩猟で初めてチームを組んだ。青年ハンターの初陣を飾るため、ギルドは百戦錬磨の熟練ハンター達を選抜した。それがこの三人だった。もう一人巨大な剣を自在に扱う男性ハンターと四人で昔からチームを組んでいたようだが、彼は狩猟中の不慮の事故で亡くなってしまったらしい。

巨漢ハンターの一言に、使い古されている「火が灯ったように」という現象が本当にあるのだと青年ハンターに思わせるほど瞬時にガンナーの顔が耳の先まで真っ赤に染まった。

 

「…うっ、うっ、うるさいっ!あんたは黙っててよねっ!」

「がっはっは、スマンスマン」

 

巨漢ハンターを睨みつけるガンナーをなだめるように、干したサシミウオを口で引きちぎりながら、巨漢ハンターが豪快に笑う。

 

「…だが」

 

仲間を茶化す目から瞬時にハンターの目に切り替わった巨漢ハンターが森の奥に目を移し続ける。

 

「ここ最近、「森の主」が荒れているとギルドマスターが言っていた。狩りを続けるのは日を改めた方が良い。今森の奥に足を踏み入れるのはあまり得策じゃない…新米とならなおさらだ」

 

表情が硬くなる巨漢ハンターに食いつくように、ガンナーが呆れ顔を見せる。

 

「はぁ?何言ってんのよ。こんな街の近くに「森の主」が出るわけ無いじゃん…」

「…も、森の主って…?」

 

話について行けない青年ハンターが二人に問いかける。風のうわさで「森の主」という言葉は聞いたことがあったが、一体それが何なのか新米の彼には理解できていなかった。

 

「この森の奥に生息していると言われている化物達の王ワイバーンの一種だ。「厄災の残り火」さ」

 

厄災の残り火という言葉を聞いて、青年ハンターがごくりとつばを飲む。「厄災」の引き金にもなった古より生き続けているとされる伝説の飛竜だ。おとぎ話で聞いたワイバーンが近くに居るかもしれない、そう思っただけで恐怖と…好奇心でぞわぞわと毛が逆立った様な気がした。

 

「…一回も見たこと無いし、本当にいるかどうかすら怪しいモンだけどね…」

「居るさ、この森のどこかに…」

 

森の奥を見ていた巨漢ハンターがねじ込むようにサシミウオ干物のシッポを頬張ると、急に眉間にしわを寄せ、険しい表情になる。

 

「…?どしたの?」

「シッ…」

 

巨漢ハンターが「姿勢を低く」とハンドサインを出す。と、木製台車の傍らに待機していた双剣ハンターが低い姿勢のまま音もなく現れた。

 

「何か、居ます…」

「…ラスタが到着したのか?…いや…」

 

三人がお互いに背を向け周囲を警戒する。彼らから先ほどの力の抜けた表情は消え失せている。

と、突然、轟々という不気味な音とともにあたりが暗く影を落としていく。まるで突然夜が訪れたかのように。

 

「…!?」

 

その異変に気づいた三人は武器を構えると、よりいっそう付近を警戒する。

 

「なんだこの音と、これは…」

「何か見えますか?」

「…いえ何も」

 

三人は小さくゆらめく木の葉も見逃すまいと、あたりを見回す。しかし、周りには何も、逆にそれが不安を煽るかのように何も動くものは無かった。

ドスファンゴの血の匂いに誘われて新たなモンスターが近づいてきたのか、それとも…。

 

「…そういえば、あんた名前何だったっけ?」

 

びくついている青年ハンターに語りかけるように硬い表情のままガンナーがつぶやく。

 

「…へ、ヘスです」

「あぁ、そうだったね。安心しなよ、ヘス」

 

ガンナーが青年ハンター…ヘスの目を見る。何か得体のしれない不安がヘスを襲っていたが、不思議と彼女の目を見るとその不安がじんわりと溶け出していく気がした。

 

「街に帰るまできっちりやるよ。ほらよく言うだろ、帰るまでが何とやらってさ」

 

そういってガンナーがウインクする。

彼 女の魅力的なウインクに笑顔で応えようとしたヘスだが、ライトボウガンにかけた彼女の指が小さく震えているのが目に映った。自分を不安がらせないために見せた精一杯の虚勢。表情が硬くなり、ヘスがそのまま彼女の目を見つめると、彼女はバレてしまったと言わんばかりに、精一杯の笑顔をみせる。

 

と、ヘスは視界の端に何か動いているものが見えたような気がした。

目の錯覚か、確かめるようにゆっくりと視線を上げると、木々の間から見えるべき空が、赤い。いや、赤い何かが…居る。

 

「あ…赤い…」

「…えっ?」

 

ポツリとヘスがつぶやくと、彼女も空を見上げる。

二人の姿を確認したかのようにその赤い何かが、その正体を確認する暇を与えず、猛然と、そして瞬く間にヘスの視界一杯に広がった。

 

自分の身に何が起きたのか。あれは何だったのか。

何もわからないまま、最後に自分に見せた彼女の健気な笑顔が脳裏に焼き付き…そして、その赤い何かに全てをかき消されるようにヘスの意識は途切れた。

 

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