永久の狩人   作:主水

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少女と狩人 Ⅸ

森の主の動向に集中しているヘスの耳に、自分の胸を叩く心臓のノック音がはっきりと届く。

視力がまだ戻っていない森の主は、暴れていた先ほどとは一転してピタリと動きを止め、視力が戻るその時をじっと待っているように見えた。銃弾も刃も通らないその強固な甲殻を持ってすれば、今攻撃を受けたとしてもさほど脅威ではないーーーーだからこそ、その時をじっと森の主は待っているようだった。

 

茂みの影から森の主の姿を捉えながら、ヘスはアルフレッドに言われた事を思い返していた。

 

 

「…オイ、新米、やることは判ってっか?」

「え?えーっと…」

 

ヘスが難しい顔でウンウンと答えを練る。

腹を露わにさせるためには下からの攻撃…?いや違うーーーーそうヘスが脳裏に浮かんだ瞬間、背中にザラザラとした異物感ーーー。

 

「‥ちょ!わっ!」

 

ヘスの防具と服の隙間にアルフレッドが泥を入れ込んだのだ。

かなりの量を入れられたようで、両手を背中にまわしヘスが慌てる。

 

「な、なにするんですか!」

「…そーういう事だ」

「…へっ?」

 

身を逸し、背中に両手を回した状態でヘスが固まる。まだ理解できていないようで、困惑した表情を見せている。

 

「…お前、ほんと阿呆だな。今のお前の格好を言ってみろ」

「えーっと、背中に両手を回してます」

 

ヘスをぶん殴りたい気持ちを必死に抑え、アルフレッドは顔をぽりぽりと掻きながら続ける。

 

「あ~、めんどくせぇ奴だなお前は。今、身をお起こしてンだろ?背中に違和感を覚えたら、それを排除しようと身を起こす…とーぜんの反応だろ?」

「あ、なるほど」

「…一発頭にいっとくか?多分頭よくなンぞ?」

 

アルフレッドは冗談と取れない怒りの表情をにじませながら拳を握りしめる。

背中への違和感…ヘスと違い、泥をかけてどうなるわけではないだろう。とすれば…。

 

「も、森の主の背中に乗るということでしょうか?」

「…まぁ、そーなるな。お前のそのちゃっちぃ剣じゃあ傷すら付けらンねえだろうけどよ、目的は傷を付けることじゃねぇ」

「…」

「…あの纏ってる炎もある。乗るだけでも並大抵のことじゃないだろうけどよ。やれっか?ーーーーー」

 

 

ヘスは茂みの中、アルフレッドの言葉を思い出し、独りごちるように静かに頷く。

自分に言い聞かせるように。自分を信じるように。

丁度森の主の死角になっている場所に高い樹木が見える。あの木を使えば…。

身をかがめたまま、森の主に気配を探られないようにヘスは動き出すーーー。

 

 

ヘスの動きを遠目に確認しているアルフレッドは苛立ちの表情を見せていた。

「策」を話した後から、ずっとその調子だった。

巨木の影に伏せ、バイポットで固定された銃を構えるアルフレッドと、傍らで同じように伏せているヘルガとチコ。

森の主と同じように「その時」をじっと待っていた。

 

「…おじさん?」

「…あ?」

「…傷…痛いの?」

 

アルフレッドの苛立ちを肌で感じていたヘルガが恐る恐る語りかける。

 

「チッ…ンなことじゃねぇ……お前らのそーいう所にイライラしてンだよ…」

「えっ?」

「まだ毛も生えてねぇガキと、右も左もわかんねぇ新米に心配されてよ、手を借りて。情けねぇったらありゃしねぇじゃねぇか」

 

なさけねぇ、と苛立ちとも哀れみとも取れる表情を見せるアルフレッドにヘルガが続ける。

 

「…おじさんはやっぱり優しいヒトなんだね」

「…ハァ!?…お前、俺のハナシ聞いてンのかよ?俺がいってンのは…」

「おじさんとは、そんなに長く一緒にいるわけじゃないけど、ちゃんと判るよ。おじさんはホントは優しいヒトなんだって」

「…ふざけんなよ。ガキ…」

「もしこれが失敗して…怪我したりしても、だれもおじさんを恨まないよ。ヘルガやヘスさんの為に一生懸命やってるもん」

「ぼ、僕のためにはやってないのかニャ!?」

「あはは、チコちゃんのためにも…だね」

 

ひょいとヘルガの肩から顔をだしたチコが慌てている。

バカバカしいと、呆れた表情を見せ、アルフレッドは森の主とヘスに目線を戻す。

 

「…オラ、馬鹿みてぇな事言ってねぇでしっかり奴を見てろよガキ!」

「う、うん…」

「…俺が優しいだと?ふざけやがって…」

 

ヘルガの姿をチラリと横目で確認したアルフレッドは、苛立ちが収まらないのか独りごちる。

数百年の時の流れの中で、置き去りにして来た「やさしさ」という荷物。必要ないものだと自分に言い聞かせ、忘れたつもりだったそれがーーー自分の中に残っていたということが余計にアルフレッドを苛立たせていた。

 

「…小細工を企てて、まだ吾に勝つ心積りか…」

 

ぐるぐると喉を鳴らしながら、森の主が冷たくささやく声が聞こえた。

その声にアルフレッドの心がざわめく。もうそろそろ閃光弾の効果が切れても良い頃だ。

 

「まだか新米…急げ…」

 

祈るようにアルフレッドが動向を見守る。が、その時が来てしまった。

ゆっくりと森の主が立ち上がり、見失った獲物を、まるでゲームを楽しむかのように探し始めるーーーー。

 

「チッ…」

 

焦りの表情をにじませ、アルフレッドが舌打ちをする。

間に合わなかったか…。だが、ヘスはかなりの高さまで昇り詰め、準備はできているようだった。

 

「クックッ…小さき眷属よ…出て来ぬなら…全てを焦土に帰すまでよ…」

 

まずい。先ほど一度見た森の主の動きーーーー火柱を発生させる例の攻撃だ。

ヘスが登っている木に当ってしまえば…始める前に全ては失敗に終わる。

瞬時にそう判断したアルフレッドが左手で狙いを定め、叫ぶ。

 

「ガキ!引き金を引けッ!」

「えっ・・?」

「引けッ!」

 

森の主はまだ身を起こしていない…理解できないヘルガだったが、まくしたてられ力強く銃の引き金を引く。

辺りに粉塵を巻き上げ、重い衝撃とともに銃口から一発弾丸が発射された。

 

「…!!」

 

放たれた弾丸は森の主の身体を逸れ、足元に着弾する。外れてしまった…?

ヘルガの顔が青ざめる。弾は外れ、森の主にこちらの姿が見つかってしまったーーーーー。

 

「…そこか…」

 

森の主がこちらに顔を向け、火球を放つモーションに移る。

大きく息を吸い、咆哮とともに火球を放つーーーーー

もうだめだと目を逸らしてしまったヘルガだったが…森の主の炎が襲い掛かってくることは無かった。

 

「…ヌゥッ!」

 

ゆっくりと開いたヘルガの目に映ったのは…森の主の背中に乗るヘスの姿。

突如の出来事に、想定通り森の主は背中に乗った何かを排除しようと身を起こし、暴れだす。

 

「う、ううぅぅぅっ!!このっ!」

「小癪な…」

 

ジュウジュウと両足が焼けつく音が聞こえる。が、ヘスに痛みは感じなかった。

森の主の身を起こす…その目的が彼から痛覚を鈍らせていた。

 

「ガキ、行くぜ、準備は良いか?」

「…うん、大丈夫…」

 

背中のヘスを振り落とそうと暴れる森の主だったが、アルフレッドの目にはタイミングが見えていた。

次の一捻りで、滅龍弾が刺さった胸部がこちらに向くはず…そして、その想定通りーーーー滅龍弾が見えた。

 

「撃てっ!」

 

アルフレッドの声に幾分違わず、銃の引き金が再度引かれる。

乾いた発砲音とーーーーつかの間の静寂。

 

「…!」

 

ヘルガとチコの目に、放たれた弾丸がどうなったか確認することが出来なかった。

 

「ど、どうなったのおじさんっ!」

「ど、どうなったニャ!?」

 

アルフレッドの表情がーーーー固まった。

 

「外れやがった…」

 

ヘルガとチコはアルフレッドの言葉が理解できなかった。外れた…まさか。

だが、アルフレッドは次の行動に即座に動いていた。

銃を抱え上げ、森の主の元へ走る。

 

「チコッ!失敗だ!樽を打ち上げろっ!」

「わ、わかったニャ!」

「…ククッ!無駄な策を弄しおって!」

 

森の主が大きく身をひねる…と背中にしがみついていたヘスが大きく飛ばされ、地面にたたきつけられる姿がアルフレッドの目に映る。

 

「がっ…!」

「…チッ!新米ッ!」

 

よろけるように立ち上がろうとするヘスの元にアルフレッドが駆けつける。

彼の両手と両足は…ひどい火傷を負っていた。防具は黒く焦げ落ち、赤く腫れた肌が見えている。

幸いに両足は防具のおかげで軽傷のようだ。

 

「…立てるか新米?」

「…ううっ、だ、大丈夫です…」

 

両足はともかく、その両手は治療が必要だ…。と、背後からしゅるしゅるという火薬の音が聞こえたかと思うと、空にパッと赤い光が放たれた。

失敗の狼煙だ。その赤い光が半焦土と化した森を赤く血の色に染める。

 

「どうした、万策尽きたか?小さき眷属よ」

 

まるで挑発するように、大きく身を起こし森の主がアルフレッド達を見下ろす。

滅龍弾の傍らに見える突き刺さった弾…先ほど放った弾丸は、滅龍弾のわずか数センチ右に着弾していた。

 

「お、おじさんっ」

「だ、旦那っ!」

「…馬ッ鹿野郎ども!なんでこっちに来ンだ!」

 

アルフレッドに駆け寄ってくるヘルガとチコに怒号を飛ばす。

しかし、例え逃げたとしても、結果は同じなのかもしれない。アルフレッドの脳裏に最悪の場面が浮かぶ。

 

「クク…さて、どう食したものか…焼くべきか、裂くべきか」

「ハッ…さっさとやんねぇとよ、勝機をのがしちまうかも…だぜ?」

「クックックッ!勝機を逃す?」

 

森の主が大きく身を起こし、人間じみた笑いを放つ。

勝利…というよりも、獲物を食すまでの過程が長引いただけ…森の主の笑いがそう語っていた。

 

「小さき眷属よ、主はひと思いに喰らう事に決めたぞ」

「色気ねぇな。もうちっと楽しんでからヤれよな」

「ククク、余興はもう充分だ…」

 

森の主が喰らいつかんと大きく口を開ける。

もうダメだ。諦めの空気がヘルガ達を支配したその時、森の主の動きがピタリと止まった。

 

「…何っ!」

 

森の主の胸部、滅龍弾が刺さった部分にピキピキとひびが入っていくのがはっきりと見える。

先ほどの滅龍弾の効果とはちがう、物理的な破壊…。

 

「…ハッ、阿呆が。だからさっさとやれっつったのによ」

 

ニヤリとアルフレッドの顔に笑みが戻る。してやったりと言わんばかりの、良からぬ笑みーーー。

 

「なッ、何だとッ…吾の甲殻を破るなど…」

「…てめえのその纏っている強力な炎が仇ンなったな!」

「な、何っ…」

「さっきの弾はよ、テメェのそのあつ~い甲殻も凍らせる事ができる「氷結弾」だ。高い熱を帯びているモンが急激に冷やされるとよ、冷やされた部分が急激に収縮され歪が生じる…ってわけだ。外れた時はヒヤリとしたがよ。まあ結果良ければ全て良し…ってな」

 

「変異」前に与えた滅龍弾の傷辺りを中心に次第に大きく胸殻が割れていく。

滅龍弾が与えたダメージと、熱を持った甲殻、氷結弾が噛み合う事で、何の変哲もない普通の弾丸が…伝説の龍を撃ち抜く矛となった。

 

「おい、ガキ。最後もお前にまかせんぜ…」

「おじさん…」

「ケッ…さっさと終わらせてよ、ちゃっちゃと帰ろうぜ?」

 

アルフレッドは今までにない優しい笑みをヘルガに見せる。ヘルガの目に、アルフレッドが父の姿と重なった。

そして、父の姿とともに、森の主の胸部に銃の狙いを定めるーーーー。

 

「…ヌゥゥゥッ!小癪な塵共め…!この程度で…」

「いい加減終わらせんぜ…撃てっ!ヘルガッ!」

 

またもや森に響く乾いた音ーーー。

至近距離で発射された弾丸はそれること無く、森の主に刺さった滅龍弾の中心を捉える。

突き刺さった滅龍弾は、森の主の甲殻を飛び散らせながらーーーその深部に潜り込んでいく。

徹った。アルフレッドはそう確信した。

胸殻のヒビは全身を覆うように広がり、ボロボロと漆黒の甲殻が崩れ落ちていく。

 

「グ…グアアァァァァアアァ……!!」

 

森の主が大きく身を逸し、くねらせながら倒れこむ。

最後の地響きが焦土と変えられてしまった森に響き渡る。

 

「こ、今度こそ…?」

 

ヘスが激痛に必死に耐えながら苦悶に満ちた顔を見せる。

最後のその瞬間まで油断は出来ないーーー彼らを代表するかのように銃口を苦しむ森の主に向け、ゆっくりとアルフレッドが近づいていく。

漆黒に覆われていた甲殻は、赤みを帯びた以前の物に次第に戻り、そして、かさぶたのように剥がれ落ちていく…。

表皮だけではなく、筋繊維や内蔵までも朽ちていっているのか、次第にそして確実に森の主が「死」に向かっているようにアルフレッドの目に写った。

 

「グ…グフッ…吾が…主らごときに…」

 

森の主が息を荒げ、苦しみに満ちた声を絞り出す。先ほどまでの神々しい威厳はなく、弱々しい声だった。

銃を構えたまま、アルフレッドが森の主の顔を見下ろす。

森の主の息を感じる事ができるほどの距離。目の前で伝説のワイバーンが息絶えようとしているーーー。

 

「…オイ、ワイバーン、死ぬ前に一つ…答えろ」

「…クッ…クク…主が聞きたいことは…判っておるぞ…小さき眷属よ…」

 

危険は無いと判断したのか、ゆっくりと銃口を下げ、しっかりと森の主の目を見据えたままアルフレッドが続ける。

 

「…テメェは…俺と同じ、「竜人族」なのか?」

 

ぶふぅと、まるで笑うかのように森の主の口から息が溢れる。

質問ではない、半ば確信がある、アルフレッドのその問いーーーー。

シュラウベの森に差し込む日差しは、生を勝ち取ったものと、死にゆくものに等しく、優しい光のかけらを落としていた。

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