「…だとしたら…どうだというのだ」
「…別に。テメェが竜人族だろうがなんだろうが、俺には全く関係ないけどよ、だが…」
「…怖いか?」
地面にひれ伏し、死を待つ森の主が勝ち誇った様に笑みを浮かべたーーー気がした。
他のモンスター達には無い、「人間じみた」表情がその問いの答えなのではないか、アルフレッドにはそう思えた。
「…ケッ、ああ怖いね、おちおち夜も寝れなくなりそうな恐怖だぜ。冗談じゃねぇ」
「…正直な男だ」
「オラ、さっさと答えろバケモン。テメェは「何」なんだ」
顔を起こすこともままならなくなったのか、森の主は地面に顔を横たえたまま、目線だけをアルフレッドに送りつづける。
「…主の云うとおり…吾は竜人族だ。いや、「だった」といったほうが正しいか…」
「だった…だと?」
「ーーーこの真実は主ら竜人族らにも知られていない葬られた真実だ。竜人族に稀に訪れる「狂竜症」、克服すれば力が与えられる…そう主らの中で認識されているはずだが…」
「狂竜症」ーーーーまるで一つの身体を人の血と竜の血が奪い合うその病。
誰から教わったわけでもなく、「狂竜症」で命を落とし、また力を得た周りの竜人族を見てアルフレッドは認識した。
己の中に流れる竜の血を克服したものには、力が与えられ、克服できなかったものにはーーー死が訪れる、と。
「それがどーしたよ?実際に病を克服できなかった奴らの顛末は何度もこの目で見てきた。…それが事実だろ?」
「…主らは、欺かれておるのだ。誠に滑稽至極なことよ…」
「欺かれている?誰に?」
「…主は、狂竜症を克服できなかった者の最後は見たか」
「当たり前だろ。何人もその姿はみてきてるっつの…」
「…違う。その先…「死」の先だ…」
「…あ?何言ってんだてめぇ…」
これまで命を落とした仲間達の顛末を思い返し…アルフレッドの表情が曇る。
竜人族はとても希少な種族だ。己の中に竜の血を宿すその種族についてまだ解かれていない謎が多く、ギルドを始め、国や民間の大学や研究機関などがこぞってその謎を解こうと竜人族達を囲っている。組織間で庇護する竜人族を争奪するための争い事が起きるほどだ。
大抵の竜人族はその庇護下で狂竜症を発症する。そして、命を落とした者は手厚く葬られる…それが世間の認識だった。
「狂竜症が何故我らに発症するか、判るか?そもそも、何故我らの中に竜の血が流れているのかーーー」
「…知るかよンなもん」
「…遥か昔、ある王が考えた。その強大なワイバーンやドラゴンの力を我が物に…国の力にできぬかと。そして、成功したのだーーーー竜と人の交配に」
「…俺らは人工的に作られたモンだと?」
「そうだ。それが我らの歴史であり、真実だ。そして…その交配の狙いは、主らのような「力を持ったヒトの生成」ではない。真の目的は…」
「真の目的は、逆にある…。狂竜症を克服出来ず、ヒトの血が竜の血に負けてしまったその先に」
「…まさか…」
「理解できたか…。そうだ、狂竜症の真の目的は、吾のような「知能を持つワイバーンの生成」だ…」
アルフレッドは己の耳を疑った。狂竜症で死んだ者が…目の前にいる森の主のような化物に変異する?
その為に造られた?
今まで分かれてきた仲間も…大切なパートナーも、この森の主と同じように、何処かでーーー
そう思ったアルフレッドの中にふつふつと苦い怒りがこみ上げてくる。
「てめぇ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。ンな話し信じられっかよ…!」
「…信じるか、信じぬかは主の自由だ。ただ、それが隠された真実だ…そして…」
森の主の言葉が詰まる。伝説の炎が、消えかけているのがはっきりと判るーーー。
「そして…ギルドは「それ」を手にしている…」
「…何だと…」
森の主はゆっくりと目をとじる。その表情は、先ほどまでの恐怖に満ちた凶暴なものではなく、どこか安堵の表情にも見えた。
「後は…後は主が確かめよ、小さき眷属よ」
「チッ…」
行き場を失ったアルフレッドの怒りが、その行き先を求めてさまよっていた。
竜人族、狂竜症、知能を持つワイバーン、そして、ギルド。
求めてもいなかったその真実がアルフレッドの目の前に突如降り注いだ。
「…やけに素直に話すじゃねぇか、ワイバーン。気持ち悪いくらいによ…」
「クク、同じ種族の手向けというものだ。…主を見ていると…どこか懐かしさを感じるぞ」
「…何言ってんだてめぇ」
「怖かった。ああ、吾は怖かったのだ、薄れていく己の記憶が。だからヒトを喰らった…遥か彼方の古びた記憶の中の、ヒトだった頃の記憶を…繋ぎ止めるため…」
森の主の赤い表皮が白く輝きを含んでいく。目の錯覚かと思ったがーーーそれは確実に、その長く強大な生命力を放っているかのように、輝きを放っていく。
「…やっと…やっと会える…ミーシャ…」
冷たく恐怖に満ちた森の主の声は、ぬくもりのあるヒトの声に変わっていた。
そして、突如耳を劈く金切り音とともに、突如朝が訪れたかのようなまばゆい光が森の主の身体から放たれーーー辺りを包み込んだ。
その光は、どこか懐かしさと心地よさが混在していた。
「…こ、これは…」
「ま、まぶしいニャ…!」
あまりの眩しさに、その場の全員が目を遮る。
周りの木々も、焦土とかした地面も、そして森の主の姿も見えないほどの光ーーーー
「…よっ」
閉じられたまぶたの向こう、自分を呼んでいるかの様な声がヘスの耳に聞こえる。
どこか聞き覚えのある…女性の声だ。
「…よっ、新米クン」
「…えっ!?」
ヘスは己の耳を疑った。そして、まぶたの隙間から見える、その光景にも。
「う、嘘だ…」
信じられない光景だった。
光の中から現れたのは…あの時の3人のハンター達ーーーー。
巨躯のハンターに、双剣のハンターと…その姿を探し求めていた、脳裏に残ったあの笑顔のガンナー。
「フッ、あの時の新米からは想像もつかん姿だな」
「ですね、もう一端のハンターだ」
「…なんちゅー顔してんだか。さっきまでのハンターらしい顔、見せなさいよね」
ヘスには今目の前で起きている事が信じられなかった。森の主の口からも聞かされた事の顛末…3人は死んだはずだ。
だが目の前にはその3人が立っている。あの時と幾分違わぬ姿でーーー。
ヘスに話しかけるガンナーは…あの時と同じ、魅力的な笑顔だった。
「…どうして、アナタ達が…」
「…ふふ、後悔にまみれたあんたを残したままあっちの世界に行けなくて、さ」
「最後の少しの時間を神様がプレゼントしてくれたんですよ」
ガンナーの彼女と双剣のハンターが顔を見合わせ、肩を竦める。
「…心配かけたようだな、新米」
「皆さん…僕は…」
もう伝えることすら出来ないと思っていたーーー。
たとえこれが幻でもかまわない…。そう決意し、ヘスが想いをぶつける。
「…僕は…ずっと後悔してたんです…!あの時、一緒に戦えていれば…!それを、それをずっと謝りたくて…」
必死に、涙を耐える事に全力を注ぎながら、ヘスが一息に捲し立てる。己の中に溜まっていた、後悔の念を。
「…ばーか、アンタはンなこと気にする必要ないんだよ」
「そうですよ、貴方を守って、サポートするのがあの時の私たちの役目だったんですから」
「で、でも…」
「…俺たちはハンターだ。命を狩る者として…逆に命を狩られる覚悟はしていたさ」
ヘスを励ますように3人が続ける。
「…えーっとさ」
「…えっ…」
「…あたしは、あんたの命を守れて本当に良かったと思ってるよ」
頬を赤らめながらガンナーがつぶやく。
「…ほら、話したじゃん、「4人目」の仲間の事。死んじゃった4人目の事」
「事故で亡くなった…」
「そう。そいつとあんた、瓜二つなんだよね。本当にびっくりするくらいに、さ」
「…」
「あんたを初めて見た時、思ったんだ。神様がチャンスをもう一度くれたんだ…って」
ガンナーが背中に背負っていた、あのライトボウガンをヘスにそっと差し出す。
よく手入れがされている、潔癖症の彼女らしい、美しい銃。
「…約束、覚えてる?」
「えっ…?」
「…馬鹿。オトメの誘いはちゃんと覚えてなさいよね」
ガンナーの表情が優しい苛立ちを含み、ふくれっ面をヘスに見せる。
恥じらいを隠すための、彼女なりの強がりだった。
「えっ…あ…狩り…一緒に?」
「…そ。あたしはもういけないけど…これ…一緒に狩りに連れてってくれる?」
ヘスは想いのこもった、そのライトボウガンをガンナーから受け取る。
暖かい、彼女の想いが詰まったその銃を手にした瞬間、ヘス中で「それ」が溶けていくのが彼自身にもはっきりと判った。
「…はい。一緒に…一緒に行きましょう…狩りに…」
ヘスの瞳から溶けた悔いの念が一筋、暖かい雫となってこぼれ落ちた。
「…あんたに会えて本当によかったよ。ヘス」
「…僕も…」
あの時と同じような笑顔のガンナーの目に、彼女には似合わない大粒の涙がたまっているのがはっきりと判った。
そしてその姿が、次第に光に包まれていくーーーー。
彼女の傍らに立つ巨躯のハンターも、双剣の彼女も、溶けていくように、光の中に。
「…ありがとう」
別れを惜しみヘスを包み込むように彼女の囁きが波紋のように光の中に広がっていく。
その声の余韻が溶けていくと同時に、まるで霧が晴れていくかのように森の姿が次第にはっきりと映しだされていった。
もう見飽きてしまった鬱蒼とした森と、強大なワイバーンの死体。
どの位経ったのだろうか。日はまだ高く、それほど時は過ぎていないようだった。
「…さっきガキによ」
「えっ?」
唐突なアルフレッドのつぶやきに、我に返ったヘスが返事を返す。
「さっきガキに、死んだ奴にはもう会えねぇっつったけどよ、スマン、ありゃ嘘だ」
冗談じみた、どこか無邪気な笑みをヘスに向ける。
先ほどの再会は、幻だったのか、現実だったのか、ヘスにはわからなかった。
ただ、その場にいた全員に訪れた奇跡だったことは確かだった。
「…そうですね、僕ももう会えないと思っていました」
「…その銃」
アルフレッドがヘスが大事にかかえているライトボウガンを指さす。
「…良い銃じゃねぇか。どんな銃もかなわねぇ「名品」だぜ」
しっかりと確かめるように、彼女に渡された銃を握りしめる。
幻ではない、この銃は確かにここに存在している。その真実がヘスには嬉しかった。
「…ンまぁ、色々あったけどよ」
アルフレッドが首をポキポキと鳴らしながらめんどくさそうな表情を見せる。
「…とりあえず帰ろうぜ」
ニヤリと不敵な笑みを見せる。
アルフレッドの面倒臭そうな表情も、この不適な笑みも、ヘスとヘルガ、チコにとって、これ以上ない安堵感を与えていた。
「…はい」
「ですね…」
「そうするニャ!」
ーーーー戦いは、終わった。
満身創痍の彼らは、勝ち取ったその生命を確かめるように、しっかりと一歩を踏みしめながら帰路についた。