永久の狩人   作:主水

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少女と狩人 エピローグ

満身創痍で一行の歩行速度は極端に低下したため、救助に向かったラスタやユーリア達と合流するまでに2日間を要した。

さらに、シュラウベの街に到着してからも彼らの苦難は続いた。

 

「森の主を狩った」という言葉にギルドマスター・ジンは卒倒し、ユーリアは呆れ顔を見せていたものの、彼女の計らいでギルドの矛先がヘルガやヘスに向かないようアルフレッドの独断による事件として処理し、セントラルに報告することになった。

 

「前例が無い事ですから上層部がどのような見解を出すか分からないですが、少なく見積もっても死罪は免れないとおもいますわよ」とさらりと言って放つユーリアにアルフレッドは引きつった笑顔を見せるしか無かった。

 

アルフレッド達が街に戻り数日後、予定外だったものの森の主の脅威が去った事は事実で、すぐに領主は規制していた貿易キャラバンやケルビ狩り、キノコ狩りなどを解禁させた。「平和がもどった」そう言って一次街を去っていた人々が次々と戻りシュラウベの街は前以上に活気づいたようだった。

 

「レジェンドラスタとギルド賞金首の両方を経験するハンターはアナタくらいですわよ」

「…うるせぇ」

 

シュラウベのギルドカウンター越しにアルフレッドが怪訝そうな表情を見せている。シュラウベの街についてからというもの「信じられない」だの「後先考えずに行動する単細胞」だのユーリアの言葉責めに合っているためだ。

ユーリアは先日の黒のドレスとはうってかわり、ブークレーニットのワンピースにデニムのパンツと、カジュアルな装いに身を包んでいる。カジュアルな装いでありながらも清楚と気品に溢れた雰囲気を放ち、相変わらず見とれてしまうほどの妖艶さを醸し出していた。

 

「とにかく、セントラルからのお咎めがあるまでこの街で大人しくしておくことです」

「…ちょっと待て、ガキをママんとこに連れてく依頼は終わってねぇっつの」

「ヘルガもおじさんと行きたいよ!」

 

カウンターにしがみつくように見える小さな指ーーーカウンターの下から必死に二人の会話に参加しようと頑張っているヘルガが精一杯の声で懇願している。

まるで親子の様な二人にユーリアは大きく溜息をつき、諭す様に語り始める。

 

「ヘルガちゃん良く聞きなさい。アルはギルドから指名手配されるかもしれないの。悪いことしたヒトが捕まった街から急に居なくなったら、採決を下すヒト達はどう思うかしら?」

「…逃げたと思う」

「…でしょう?だから、アルはギルドからのお咎めが降りるまでこの街に居なくちゃならないの」

「チッ、別に俺は悪りぃことしたわけじゃねぇンだけどな…」

「…アナタは黙ってなさい。…だから、ヘルガちゃんの護衛は別のハンターにお願いすることにしました」

「え〜っ…」

「『え〜』じゃない!」

「…まぁ仕方ねぇか。ンで護衛のハンターってのは誰だ?あの新米か?」

「彼は病院で療養しています。護衛は無理ですわ。何の関係もないBクラスのハンターです」

「…ヴェルドまでの護衛だからな、Bクラスでも充分か」

 

アルフレッドはカウンターにしがみつき、不満と言いたげにぷ~っと膨れているヘルガの頭を無造作にゴリゴリと撫でる。

 

「…依頼はここまでみてぇだな」

「ウン…寂しいね」

 

思わず哀しげな表情を見せるヘルガをあやすように、アルフレッドは身を屈め、語りかける。

 

「…ンなことねぇだろ。ママんとこに戻れんだ。戻ったらママにおもいっきり甘えろや」

「おじさん元気でね」

「元気も何も、お前が大人ンなって、ババアになっても変わんねぇっつの」

「あは、そうだったね」

「…このネェちゃんもな、こう見えて何百歳のババアなんだぜ?どんだけ若作りしてンだっつう話しだよな?」

「ふふふ…」

 

別れを哀しがるヘルガを元気づけるために調子に乗って口走ってしまったものの、その後ギルドが吹き飛んでしまうのではないかと思うほどの暴風がアルフレッドを襲ったのは言うまでもなかった。

 

 

***

 

「ママっ!」

 

シュラウベの街から西方に遠く離れた、王国の首都「城塞都市ヴェルド」ーーーーハンターズギルドの本拠地「セントラル」が建てられた大陸有数の一大都市。

その郊外に設けられた、負傷したギルドハンターが搬送される専門病院の一室。

病院には似つかわしい明るい少女の声が響き渡る。「ママ」と呼ばれたその女性が、病室の入り口に視線を移すと、そこに立っていたのは…もう二度と会うことも出来ないと思っていた幼い我が子の姿があった。

 

「…!?へ、ヘルガっ!?」

「…ママっ!!」

 

その状況がうまく理解できていない母の胸元に、勢い良くヘルガが飛び込む。負傷している母は歩くこともままならなかったがーーー母は我が子を全身で受け止めた。

 

「うそ…どうして…ヘルガ…」

「…ごめんなさい…怖くなって…ママに会いたくて、戻って来ちゃった…」

 

母の胸の中で幼い身体が小さく震えている。まるで言いつけを破ってしまった子供の様に。

しかし、母は叱りつけるどころか、我が子を息が止まる程力強く抱きしめた。

 

「…あぁ、ヘルガ…!謝るのはママの方…ごめんねヘルガ」

「…ママ…」

「…母親失格ね。ヘルガが行ってしまってからずっと後悔してた…。夢の中でパパにも叱られちゃった…」

 

見上げるヘルガの顔を愛おしそうに、そのぬくもりを確かめるように掌をあてがう母の目から一筋、涙が伝う。

 

「…謝って済むことじゃないけど…本当にごめんね…」

「…ママ…ママ…うぇぇえぇぇぇん…」

 

母はヘルガの、そしてヘルガは母のぬくもりを確かめるように再度、強く抱き合った。

もう決して離れまいと誓い合う、力強い抱擁ーーー。

 

「…失礼」

 

ヘルガの泣き声が響く病室の入り口にもう一人、男の姿があった。

その男は声をかけるタイミングを逃してしまったようで、か細い声で心苦しく最初の一声をひねり出した。

 

「折角の再会を邪魔して申し訳ありません」

「あ…あなたは…?」

 

母にはその人物に見覚えがなかったものの、その風貌ですぐに判った。ギルドのハンターだ。

 

「シュラウベのギルドより依頼を頂きまして、御息女様をここまで護衛させて頂きました」

「遠路シュラウベから…ありがとうございます…」

「いえ、依頼ですから。…あ、それと…これを」

 

ハンターは片手に持っていた古びた木製のアタッシュケースを母に渡す。年代を感じる、ずっしりと重みがあるアタッシュケースだ。

ヘルガがきょとんとした表情でアタッシュケースとハンターを交互に見る。

 

「…おじさん…これは?」

「依頼主様よりお預かりいたしました」

「…アルフレッドさんから?」

 

そう言ってハンターはヘルガの小さい掌の上に古びた鍵を乗せる。

アタッシュケースと同じく歴史を感じる古びた鍵。アタッシュケースの鍵だろうか。

 

「…これは依頼主様より口止めをされていたのですが、ギルドからの「贄」に対する謝礼金…ということにしてヘルガさんに渡して欲しいと仰っておりました」

「…?」

「…私が察するに、これは依頼主様の先日の報酬金の全てかと」

「えっ…それって…」

 

そう言ってハンターはヘルガにウインクした。

ヘルガはどういうことなのかすぐに理解できた。仏頂面でアタッシュケースを差し出すアルフレッドの姿とともに。

 

「…ママ」

「…えっ?」

 

重いアタッシュケースを不思議そうに見つめていた母に、何かを決意したかのような表情でヘルガが語りかける。

 

「ママと離れ離れになってた数日間ね、パパと一緒だったの」

「…パパ…と?」

「あ、ん~と…姿や性格は全くちがうんだけど、心の中がパパと同じなの」

「…」

「…でね、私決めたの。大人になったら、そのおじさんみたいな「あったかい」ハンターになるんだ、って」

「…ヘルガ…」

 

依頼主から貰ったその鍵を大事に握りしめながら、ヘルガは笑顔を母に見せた。

今までに無いーーー最高の笑顔。

己への境遇から、娘をハンターにさせる訳にはいかない…少女の「夢」に一抹の不安を覚えた母だったがーーーー嬉しそうに自分の夢を語るヘルガの姿に再度母の頬を涙が伝った。

ハンターになる…それが苦難の道だったとしても、父の姿は形を変え、我が子の前に目指すべき道として確かに舞い降りたーーー母にはそう感じた。

 

***

 

「あら、アナタも…ですの?」

 

まだ日が高いシュラウベの街、人混みにあふれる郊外へ続く街道を、ガーグァが引く荷車に乗ったユーリアがハンターに声をかける。ガーグァは羽はあるが飛ぶことが出来ない「丸鳥」と言われる鳥で、荷車などを運ぶ荷役用のモンスターだ。

 

「…またお前かよ。…縁起でもねぇ」

 

サイドアップロールにした大きめのハンターハットを深々とかぶったアルフレッドが怪訝な表情を見せている。

背中には大きめの背嚢と、長旅を想定しているのか、しっかりと裾を押さえ、脛を保護しているゲートルを履いている。

 

「あら、大事になる寸前で助けてあげた恩人に対して、あまりにもありがたいお言葉ですこと」

「…チッ、うるせぇ女だな。ンなこともう忘れたっつの」

 

あれから暫くしてセントラル上層部の回答があった。アルフレッドのシュラウベからの退去と無期限のギルドクエスト受注の禁止ーーー要はハンター家業から足を洗えば命は取らぬ、という見解だった。起こした事件に対してあまりにも軽い判決だ。竜人族ということ、レジェンドラスタの前歴と合わせてユーリアからの強い提言が判決の理由だった。

 

「まあ便利な頭ですこと。不都合なことはすぐに消去できるんですね。そのうち息をすることも忘れるんじゃないですの?」

「あーうるせぇ。…おめぇには感謝してるっつの。つか、ンなこと言うためにわざわざ声かけたのかよ」

「…アナタが主を狩ってから、「猟団」が急に姿を消したんですわ。これまでの調査情報をセントラルに報告するためにヴェルドに戻る所なんです」

「あ、そう。ンじゃ道中気をつけてな…」

「か弱い女の一人旅は心もとなくて…アナタに護衛を依頼してもよろしくてよ?」

 

ちらりとハンターハットの陰からユーリアの姿を見る。「依頼」という言葉に心ひかれているようだ。

これから出発するアルフレッドの旅はーーーー当てのない旅。タダで荷車に乗れ、さらに報酬ももらえるならばーーー悪くない話だった。

 

「…特に次の目的地はないんでしょう?ハンター家業が廃業になったとは言え、「用心棒」はできますわよね?」

「…フン、報酬金はたんまり請求させてもらうぜ?」

 

返事を待たず、背嚢を荷車に投げ込み、ヒョイと身軽に荷車に腰掛けるユーリアの傍らに滑りこむ。

どすんと座り込んだアルフレッドの目の前に…「一匹」の先客がすでに乗り込んでいた。

 

「…あん?なんでお前も居ンだ?チコ」

 

アルフレッドの一言で先客ーーーチコの小さな身体がプルプルと震えだす。

 

「な、なんでお前も居るんだ、じゃニャーよ!!」

「…な、何怒ってんだお前」

 

あまりの剣幕にたじろぐアルフレッドに呆れ顔でユーリアが続ける。

 

「彼、アナタの「凶行」を止められなかった罪でお暇をもらったのよ…」

「そうニャ!旦那の…旦那のせいで!僕は!!無職に!!なっちゃったニャ!!」

 

手振り身振りで事の重大さを必死にアピールしているチコだったがーーー関係ない…と言わんばかりにアルフレッドは大きくあくびをし、荷車に寝そべる。

 

「…知るかよンな事。お気の毒なこった」

「かーっ!その態度!はらたつー!責任取るニャ!責任とってもらうニャ!決めたニャ!旦那にくっついて行って責任を取ってもらうことにしたニャ!」

 

アルフレッドの上に乗り、ジタバタと暴れながらチコが捲し立てる。

 

「あー、うっせぇな。ハンターを廃業した俺に付いてきて何する気だよテメェは」

 

ハンターを廃業した、という言葉を聞いてチコの髭がピンと立つ。

 

「廃業…?あはは、旦那もプーになったのニャ!?ざまーみろだニャ!」

「いやまてよ…金が尽きたらテメェを身売りに出せば小銭にはなるか…愛玩用として富裕層の連中に売ればより高くなンな…」

 

拳を顎にあてがい、真剣な表情で冷たく低い声で放たれたアルフレッドのその一言にギクリとチコの身が固まる。

冗談には聞こえない…チコは付いて行くと言った自分を悔いた。

 

「金が尽きたら…って、事前に渡した報酬金だけでもしばらく遊んで暮らせると思いますが」

「…あー、あれね。もう使った」

 

ユーリアの問いかけに、アルフレッドは表情を隠すようにハンターハットを深く被り、あっさりと応える。

 

「…へ?あの額を使ったってアナタ、いったい幾らあったと思ってるんです!?」

「うっせぇ、使ったもんは使ったんだよ。スッカラカンだ」

「そう簡単に使えるわけ無いですわ!!一体何に…!」

 

アルフレッドの狂言ともとれる返答に、怒りが漏れだしたユーリアはアルフレッドを叱りつけたがーーーふと思いついたかのように、呆れたような優しい表情に変わる。

 

「…あ~、なるほど、そういうことね」

「…」

「あの護衛を頼んだハンターに渡したケースはそういうことだったワケか…」

 

気まずそうにアルフレッドはハンターハットをより深く被り直す。

 

「…フフ、アナタのそういう所、好きよ?」

「…チッ、うっせぇ。それ以上しゃべんな」

「ユーリアさんっ!」

 

しょうがない人ね、と小さく独りごちながら、ガーグァの手綱を引きかけたその時、彼女の名を呼ぶ声が耳に入った。

逆に郊外から町中に入っている一団の中、彼女らが良く知った顔ーーーヘスが手を振りながら駆け寄ってくる。

 

「ユーリアさん、もう行っちゃうんですか?」

「こんにちは、ヘスさん。ええ、セントラルに戻る所なんですわ」

「…あれっ、アルフレッドさんも行っちゃうんですか!?」

「ええ、彼は強制的に…ね」

「…そうですか…残念です…」

 

ヘスの背中に背負われている綺麗な銃にユーリアが気づく。あの戦いの後に渡された、例の銃だ。

 

「その銃、もうすっかり馴染まれたようですね」

「…はい、僕の目標になるガンナーに早く追いつけるように努力の毎日です」

「目標…ですか?」

「はい、この銃を託してくれた女性と…」

 

照れを隠すように、鼻の頭をポリポリと掻きながらヘスが続ける。

 

「僕を助けてくれた、竜人族のハンターです」

「…それは良い目標ですね。…竜人族の方はいかがかと思いますが」

「…アルフレッドさん」

 

ハンターハットを深くかぶったまま寝そべるアルフレッドにヘスが語りかける。

彼と、己に言い聞かせるように、決意を交えながらーーー。

 

「…いずれ貴方の横に、守られる存在ではなく「パートナー」として立ちます。…待ってて下さい」

「…」

 

ヘスの言葉に無言のままのアルフレッドーーーー。

 

「アル…!」

 

ユーリアが優しくアルフレッドを諭す。

子供を叱る母親のように、夫を叱る妻の様にーーー。

 

「…あぁ、うっせぇな、どいつもこいつも。付いてくるとか横に立つとか、ハンターを廃業した俺に構うンじゃねぇよ」

「…あら、意外と気にしてるのね」

「当たりめぇだろボケ。唯一の飯の種を取られた身にもなってみろっつの」

 

ハンターハットの陰からチラリとヘスの姿を見る。

ご褒美を待つ子供のように、荷車の傍らに立つヘスの姿を。

 

「…チッ、わかったよ。まぁ、期待せずに気長に待ってら」

 

観念したかのようなアルフレッドの返答にヘスとユーリアが顔を見合わせ肩をすくめる。

 

「…しょうがないヒトでしょう?…自分の報酬金も全て寄贈したんですわよ」

「えっ、まさかヘルガちゃんに?…ははっ、アルフレッドさんらしいや」

 

二人はもう一度顔を見合わせ、笑顔をこぼすとーーーガーグァが一声大きく鳴き声を上げる。

別れとーーー始まりを告げる合図のような、ひと鳴き。

 

「…ヘスさん、これからも大変でしょうけど、頑張って下さいね」

「新米!頑張るニャ!」

「色々とお世話になって…ありがとうございました。皆さんの道中の無事を祈っています」

 

ヘスが荷車から離れると、町中に進む人の波に逆らうようにゆっくりと荷車が動き出した。

猟団の件が解決しておらず、多少後ろ髪をひかれる思いがあるものの、彼らが居ればこの街はきっと大丈夫ーーーユーリアはそう思い、チラリと見送るヘスに視線を送る。

ーーー新たにこの街に生まれた「護り人」に。

 

「…つーかよ」

「…あら、狸寝入りしたのかとおもっていましたわ」

「てめぇ、信じられないだの単細胞だの、散々俺を責めてたけどよ、ひょっとしてこうなることを想定してヘルガを俺ンとこ連れてきたんじゃねぇだろうな?」

「ふふ、まさか」

 

ユーリアが強く手綱を引くと、呼応するようにがくんとガーグァがスピードを上げた。

 

「考えるまでもなく、アナタはそうしてくれると確信していましたわ」

「…チッ、糞野郎」

 

新しい次の「森の主」が現れるのは時間の問題だろう。アルフレッドが助けた幼い命はこれからも捧げられ続ける物のほんの一つで、意味のないものだったかもしれない。

しかし、その現実は何も変わらなかったとしてもーーーー

その「想い」は明らかな形として、確かに息づいているーーーーー

 

「森の護り人」を意味するシュラウベの街に降り注ぐ日差しは、その街に住む全ての者にこれまでと変わらない一日の始まりを告げていた。

 

 




ここまでお読み頂きありがとうございました!
とりあえず「少女と狩人」篇はこれで終了でございます。

次回作も投稿予定ですので、それとなくお待ちいただければ嬉しいです。
今回出せなかった「猟団」がメインになる話だと思います。


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