永久の狩人   作:主水

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少女と狩人 Ⅰ

「…ここいいかしら?」

 

シュラウベの街の一角、ハンターズギルドから幾許か離れた小さな酒場で一人仏頂面でタンジアビールを嗜んでいる男に、こんな酒場には似つかわしい麗人が話しかける。スリットの入った黒いドレス、妖艶な闇夜を連想させる腰まで伸びた黒髪に、抜けるような白くきめ細かい肌のコントラストが端整な顔立ちをより一層際立たせている、ため息が出てしまうような美しい女性だ。

 

「またお前かよ」

 

仏頂面の男がより一層怪訝な表情を見せる。中肉中背の男。手入れをすればどちらかと言うと男前の部類に入るであろう男は、無精髭をたくわえ、よれたみずぼらしいシャツとくたびれたズボンに使い古されたゲートルと、その「素材」を全く活かせていない格好をしていた。

 

その全てが対照的な二人だったが、ある一点は共通していた。まるで刃物のように尖った耳…。二人は古から竜の血を引く「竜人族」だった。

その竜人族の麗人は男とテーブルを挟んだ反対側の椅子に深く腰掛け、スリットから見える美しい足をみせびらかさんばかりに足を組む。

 

「日の高い内からお酒なんてどうかとおもいますわよ」

 

麗人の広角がキュっと持ち上がり、嫌味ともとれる言葉が妖艶な唇から発せられた。

しかし男はそれに臆すること無く、一口タンジアビールを喉に落とす。

 

「うるせぇ。…にしても、最近よく会うなぁ」

「あら、そうだったかしら?」

「ボケたのかお前。5年前に会ったばっかだろ」

 

人間と違い5年の歳月がつい先日のように感じるほど竜人族の寿命は長い。500年とも1000年とも言われている。そのため繁殖力は弱く、こうして同じ場所に二人いる事自体が稀な出来事だった。

 

「そんな昔のこと覚えていませんわ」

「良く言うぜ。何百年も生きてるババァがよ」

「アナタこそ。何十年も世界をふらふらとしていたアナタが、一つの街に長く居るなんて珍しいこと」

 

その言葉を聞くと男はぐいとタンジアビールを一気に口の中に味わうこと無く作業の如く流しこむ。勢い良くテーブルにたたきつけたグラスから、冷たい雫がはじけ、麗人の頬を濡らす。

 

「この街で何をしていらっしゃるんです?」

「別に何も。狩りを終えてギルドやここに来るハンターの奴らと酒を交わしたり、当人達から頼まれて武具の手入れしてやったりよ、まぁそこそこ楽しくやってら」

 

そう言うと男は追加でタンジアビールを注文する。お前も飲むか、と麗人に尋ねるが笑みを浮かべたまま首を横に振る。

 

「5年前に会った時はどんな要件だったかしら?」

「あん?確か、北の森でワイバーンに襲われた王国の使節団を救助に行ったAクラスハンターのサポートか何かだったっけ」

「あー、あれね。でもアナタ確か断ったわよね。使節団は無事国境を越えたけど、Aクラスハンターへの損害が甚大だったわ」

 

恨み節をぶつけるように男に冷たく言い放つ麗人をよそ目に、大きく伸びながら男が続ける。

 

「知るかよ。ワイバーン一匹に手こずるハンターが悪いんだろ。それにもうおめぇらのギルドからは抜けたんだっつの」

「な〜に?アルフレッドの昔話?ギルドに所属してた頃の?」

 

冷えたタンジアビールを片手に持ったウエイトレスが二人の会話を遮るように間に割って入る。酒場のユニフォームだろうか、ピンクのエプロンが似合うまだ幼さが残る少女だ。

 

「かっ!そんなもんあるかよ。つーかさ、アンナちゃん今日もカワイイね〜」

「はいはいありがとう。タンジアビール一丁ね。ごゆっくり〜」

 

軽くあしらわれた事に意にも介さず 、運ばれてきたタンジアビールをまた一口喉に通し、男…アルフレッドが続ける。

 

「…んで、なんだよユーリア。ギルドマネージャー様がギルドを抜けた野良ハンターの俺に何か用事でもあんのかよ?」

「え、ああ、忘れてました。…ヘルガおいで」

 

麗人、ユーリアがくるりと踵を返し酒場の入り口を見ると、まだ幼い少女が隠れるように酒樽の陰から恐る恐る二人を見ているのが判った。

自分の名前を呼ばれ、二人が座っているテーブルに、まるで警戒する小猫のように一歩、また一歩とゆっくり近づいてくる。

少女が近づいてくるにつれ、アルフレッドが怪訝な顔をユーリアに見せる。

 

「…誰こいつ?」

「依頼人」

「…は?」

 

突然のユーリアからの一言に、半ば呆れとも取れる声を発しアルフレッドがユーリアを冷たく凝視する。

 

「…オメェ、俺の話し聞いてた?俺ね、ギルド抜けてンだけどさ」

「あら、だからこそあなたの所にきたんですけど?」

「…すまん、言ってることがうまく理解できんのだが」

 

そう応えるアルフレッドを無視するかのように、ユーリアはヘルガと呼ばれた少女をやさしく足元へ促し頭をぽんぽんとあやしながら続ける。

 

「ハンターズギルドの依頼主の条件をもうお忘れで?ハンターズギルドにクエストを依頼できるのは、成人を迎える20歳をこえてからですわよ?」

「…あぁ、そういうことね」

「そういうこと」

 

そう言って、めんどくさそうに頭をボリボリと掻きながら、アルフレッドがじろりとヘルガを見つめるが、びくんと驚いた表情を見せ慌ててユーリアの後ろに隠れてしまう。

 

「ケッ、ガキのおもりはやってねぇんだけどよ。んで、このガキをどうすんだ?はぐれちまった親を探せとかそんなんか?」

「ん〜、ちょっと違う。…この子はね「贄」なの」

 

その言葉を聞いてアルフレッドの表情が硬直する。と、次の瞬間電光石火のごとく立ちあがり、テーブルを挟んだ向こうのユーリアの首の根をへし折るかのごとく掴みあげる。

 

「…テメェ、俺に何頼んでんだコラ」

 

まるで鬼の形相のようになったアルフレッドに首を掴まれ、苦しそうな表情を見せるものの、ユーリアは彼の目を見据えたままだ。

ちょっとした喧騒に酒場は静まり返り、ハンターらしい男達が立ち上がるのが見える。ウエイトレス達も目を丸く見開き、アルフレッド達を見つめているようだった。

 

「…相変わらずね、アルフレッド…ドラゴンの吐息のように情熱的な人…」

 

ペロリとユーリアが艷やかに舌を出す。

 

「…やめてください」

 

突如として発せられた蚊の鳴くような小さく、か弱い声にアルフレッドは我に返る。ふと下をみるとヘルガが見上げるようにアルフレッドを見つめていた。

 

「やめてください。乱暴はだめです」

「チッ…」

 

懇願するような少女の目に諭されるかのごとくアルフレッドはユーリアのか細い首から手を離す。野獣のような腕から開放されたユーリアは乱れた衣服を整えると、軽く咳き込んだ後、変わらない落ち着いた声で続ける。

 

「…ギルドと「主」の調停はアナタもご存知でしょう?」

「…知らねぇわけねぇだろ。その糞みてぇなモンができやがったから俺はギルドを抜けたんだ。テメェらの調停とやらに俺を巻き込むんじゃねぇよ」

 

苛立ちを喉の奥へ押し戻すかのように、タンジアビールを流し込む。

 

「…アナタの知っている通り、こういった小さな街のハンターズギルドにはね、手練のハンターが派遣される事はそうそう無いの」

 

喧騒からざわめきがまだ収まらない酒場の窓から見える遠くの森を眺めながらユーリアは続ける。

 

「ハンターズギルドとしても優秀な人材を世界中のギルド全てに行き渡るようにしたいと常々考えていますわ。でもね、限りある人材、そうもいきません」

「だからこそ、このような辺境の地では「森の主」「山の主」「海の主」と調停を結ぶ必要があるの。そこに住む人々を「彼ら」から守るために」

「かっ!糞みたいな御託をならべやがって。だからこんな右も左もわかんねぇ様なガキをバケモンどもに捧げますってか?」

 

苛立ちが収まらないアルフレッドは持っていたグラスを叩きつけ、勢い良く立ち上がる。その勢いでタンジアビールのグラスが倒れ、まだ冷えたビールが檻から逃げ出す囚人の如く勢い良くあたりに飛び散っていく。

 

「アルフレッド、この議論は不毛ですわ。一人をとるか百人をとるか、正解なんて無いですもの」

「付き合ってらんねぇ」

「あら、また断るの?」

「当たり前だろボケ。他の野良ハンターを当たれよ」

「…例の件、「上」に伝えて良いのかしら?アナタが見捨てた相棒の件」

 

ユーリアの一言に足早に酒場を出ようとしていたアルフレッドの足がピタリと止まる。

 

「…こんの糞野郎、お願いの次は脅しかよ?」

「それはアナタ次第」

 

虚空を見つめながら、しかし、余裕ともとれる妖艶な笑みを浮かべながらユーリアが応える。

アルフレッドは彼女に背を向けたままだが、熱り立つ身体を押さえつけられず、その気配にゆっくりと、凶暴さがにじみ出ている事がピリピリとユーリアに伝わってくる。

 

「だからハンターズギルドの連中は好きになれねぇンだよ。結局はてめぇの利益しか考えてねぇ。そこら辺のバケモンと一緒だぜ」

「あら、お褒め頂き光栄ですわ」

「…今回だけだ。今後テメェらの「調停」には一切関わらねぇからな」

「ふふふっ、アナタのそういう所、好きよ」

「チッ…。おら、ついて来な、ガキ」

 

そのまま振り返ること無く、アルフレッドは酒場を立ち去るが、当人のヘルガは困ったようにきょろきょろと酒場を出て行ったアルフレッドとユーリアを交互に見ている。

そんな少女に目を移す事無く、虚空を見つめたまま、ユーリアが独りごちるように優しく囁く。

 

「お行きなさい、ヘルガ。彼の元に」

 

そう声をかけられ、少女はぺこりと一礼するとパタパタと小走りに先に出て行ったアルフレッドの後を追っていく。

 

少女の足音が聞こえなくなり、こぼれ落ちたタンジアビールのアルコールの香りがユーリアの鼻腔を擽るようになってきた頃、気だるそうにテーブルに頬杖をついたユーリアはチラリと出て行った二人の方に目を移す。彼女の視線の先にある酒場の開けられたままのドアから、陽炎にたなびく幻影のように二人の影が見える。

 

「ほんと、嫌な役回りだこと…」

 

今まで強気だったユーリアの目に一瞬、憂いの影が映り込む。それは、彼女自身へのものなのか、贄というくじを引く事になった少女へのものなのか、同じ竜人族の彼へのものなのかは分からない。

 

 

「あのう…」

 

組んだ足を解き、酒場を後にするためゆっくりと立ち上がるユーリアに、おそるおそる近寄って来る喧騒を遠目に見ていた先ほどのウエイトレスが話しかける。

先ほどの騒ぎを咎められるのだろうか。ユーリアは先手を打つように深々と丁寧に一礼する。

 

「申し訳ありません、お騒がせいたしました」

「え〜っと…」

 

アンナといったウエイトレスがユーリアの一礼を見て気まずそうに、ユーリアの顔をチラチラと見ながら懸命に言葉を選んでいるように見えた。

 

「…?まだ何か?」

 

ユーリアの質問に意を決した日のように、アンナは背後から一枚の紙を渡し、ぽつりとつぶやく。

 

「お勘定…」

 

アルフレッドがこの酒場で飲んだタンジアビールの勘定だ。ユーリアが来る前にすでに二杯同じものを開けていたらしい。

ウエイトレスから渡された伝票を凝視してユーリアは先ほどと変わらない口調で独りごちる。

 

「ほんと、嫌な役回りだこと…」

 

 

天高く登った太陽が、「森の護り人」を意味するシュラウベの街に午の時を告げる。

仏頂面の竜人族のハンターと幼い少女の姿が、昼時の慌ただしい街の中に溶けこむように消えていった。

 

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