「…あれ、そーいえば、タンジアビール代払ったっけ?」
ま、いいかと自分の中で納得しアルフレッドは部屋に備え付けられている冷蔵庫から冷えた琥珀色の瓶を出す。
豪快に口で瓶の蓋を開けると、シュワワという弾けた音とともに純白の泡が溢れ出る。その泡さえももったいないと言わんばかりにアルフレッドは手慣れた動きで口の中に滑りこませ、チラリとベッドの方に視線を移す。
シュラウベの街外れ、森の影に潜むようにアルフレッドの「住処」は佇んでいる。お世辞にも「住居」とはいえない、家主のその性格と身なりにふさわしい大雑把な「住処」という表現が的確な場所だった。元々は廃墟だった場所を買い取ったらしく、そこから豊富にある木材やはたまた狩猟したモンスター達の亡骸を流用し、なんとか体裁を保っていた。
「…」
動くとまるで断末魔のようにミシミシと音を立てるベッドにちょこんと幼い少女が座っている。ヘルガだ。
気配を消すかのようにじっと微動だにしないものの、瞳は落ち着きなくあたりをキョロキョロと見回している。
アルフレッドはビール瓶を片手にその姿を遠目からしばらく眺めていた。
ボロボロで継ぎ接ぎだらけの自分の家に幼い少女が居ることに、違和感と、そしてどこか懐かしさを感じていた。
「…んで、依頼内容っつーのは?まぁ、大体想像つくけどよ」
どすどすと重い足音を響き渡らせながら、ヘルガの座っているベッドの傍らにアルフレッドが近寄ってくる。
と、ヘルガは変わらない体勢のまま、座ろうとしていたアルフレッドの右手に持たれた瓶を小さな指でぴっと指さす。
「…ビール」
「あ?」
「さっきもビール飲んでた。ビールばっかり飲んでるとだめなんだよ」
アルフレッド予想だにしなかった応えに、狐につままれた様な表情を見せる。
「お前なに言ってン…」
「ママがいつもパパにいってたもん。お酒は人を堕落させるんだって」
「あ~…あっそ」
自分の十分の一も生きてなさそうな少女にぐさりと言われ、バツが悪そうにアルフレッドは瓶をそっとテーブルの上に置く。
「だからね、お酒が大好きだったパパは死んじゃったの。ドラゴンに殺されたの」
「あ~、お前の父ちゃんもハンターだったのか?」
「ママもだよ。でもね、ママも怪我しちゃって動けなくなっちゃったの。だからね、ヘルガが頑張らないといけないの」
自分に言い聞かせるようにそうつぶやくヘルガをアルフレッドはただ無言で見つめるしか無かった。
それは、かわいそうとか、哀れといった感情から来るものではない。
人よりも遥かに長く、この世界に留まることが出来る竜人族だからこそ、そういった話も、それ以上に残酷で辛い話も目に耳にそして実際に体験して来た。
何十、何百という別れを繰り返してきているアルフレッドには、この少女を「ただ見つめるだけ」しか答えが残っていない、ただそれだけの事だった。
「…なんでそれが「贄」なんだよ?つか、お前どう見ても犯罪者や奴隷じゃないよな?」
「えっと、ギルドのおじさんに聞いたの。贄を出した家にはたくさんのお金と、援助が送られるんだって」
その言葉を聞いてアルフレッドは愕然とした。ハンターズギルドが「贄」を公にしていることに。
ハンターズギルドの役割は大きく二つある。
一つ目は「厄災の残り火」と言われる飛竜種、鳥竜種などの「ワイバーン」や牙龍種、獣龍種などの「ドラゴン」から街を守り、また生きるために彼らを狩る事に特化した「狩人」達の元締めとしての顔、もう一つは、「厄災」の再来をおそれ、世界の均衡化を図るために、各国家に軍事力として兵力を派遣する「民間軍事組織」としての顔だ。
組織は利益を生み続けなければ存続する意味が無い。それはこのハンターズギルドも例外ではなかった。
二つ目の顔である、兵力派遣…要は「傭兵派遣」は国家を相手取って行うビジネスであり、莫大な利益を生んでいる一方、ワイバーンやドラゴンを狩る「モンスターハント」は多少の報酬が国から出るものの、半慈善行為という色が強いため、ギルドも本腰を入れず、近年「ハンター不足」が問題になっていた。
その解決策として出された答えが「調停」だ。
どのような契約がドラゴン達と交わされたかは定かではない。ただハンターズギルドの影響力が行き届かない、シュラウベの街のような辺境で市民の生活を守るために秘密裏に「スケープゴート」がドラゴン達に差し出されるようになり、彼らが街を襲わなくなったことは事実だ。
当初、ギルドは選ばれた「贄」を秘密裏に「主」達に献上することにした。
選ばれていたのは主に死罪を受けた囚人や、奴隷達だ。ハンターズギルドを快く思っていない組織や民衆は多く、ちょっとしたスキャンダルでさえ大問題になることが多々あったため真実を闇に葬るための苦肉の策だ。だが、それも底がつきたのか、それとも…スキャンダルをもみ消すほどの権力をギルドが手にしたのか。
「カッ、えらいもんだな。その歳で親孝行かよ」
「…だって、ママだいすきだもん。ママ、元気になってほしいんだもん…だからね、「贄」になることを決めたの」
「…そのことはママに話したのかよ」
アルフレッドの質問が投げかけられると、途端ヘルガの顔に陰りが落ちる。
「ごめんねって…ママが」
「…チッ」
苛立ちを覚えアルフレッドがヘルガの顔から視線を逸らす。
「それでね、色々手続きをやってから、ギルドのおじさんから「森の奥に一緒に来てくれるギルドに所属してないハンターを探せ」って言われたんだけど…見つからなくて」
「…そりゃそーだろ、「贄」と一緒に戻ってこなかった野良ハンターは俺らの間でよく聞くハナシだ。報酬は多いがそんなハイリスク・ハイリターンな依頼、だれも受けねぇっつの」
「そしたら、さっきの綺麗なお姉さんが」
綺麗なお姉さんという言葉で、ユーリアの顔がアルフレッドの頭にポコンと浮かび上がる。さっきは首の根っこ掴みあげて悪い事したな…そんな事を思っているのをまるで読み取ったかのようにヘルガが続ける
「あ、だめだよおじさん、女の子に暴力は!」
「へっ・・?」
「男は女を守るもんだって、パパがいつも言ってたもん。ちゃんと次あったら謝らなきゃだめだよ!」
「あ〜…へいへい」
気圧されたアルフレッドは気まずそうにポリポリと頭を掻く。
「それでね、そういう人が嫌がることに飛びつくうってつけのおじさんが居るって」
「うってつけねぇ…」
あの野郎…そうアルフレッドがしかめっ面を見せている時、不意にドアを叩く音が部屋に響く。
人のものではなさそうな、か弱いノックの音。
「…旦那いる?」
ドアをコチラから開けるまでもなく、ヒョイと「それ」が顔をのぞかせる。
「…てめぇ、勝手に入ってくるならノックなんかすんじゃねぇよ」
「ね、猫?」
ヘルガの目がキラキラと大きく見開かれたのが見るまでもなくアルフレッドには判った。
ドアから現れた訪問者は、猫、それも二足歩行で人語を話す猫、獣人族のアイルーだった。
全体的に白く、鼻先にかけて顔の半分ほどは黒毛に覆われている、アメショー種のアイルーだ。
いっちょまえ…といっては失礼だが、アイルー用の防具に腰には、人間サイズで言えばナイフ程度の小さめの剣を携えていた。
「ね、猫じゃないニャ…じゃなくて、猫じゃないよ!」
「あ、なんだお前、まだそれ続けてんのか?」
とふとふ、と、優しい足音を奏でながらアイルーが部屋の中に入ってくる。
「そう!語尾に「ニャ」を付けるアイルーは「自分ってカワイイでしょう」って言ってるようなミーハーなやつらだけ!今の流行は標準語なのっ!」
「あ、そう。まぁ頑張れよ」
あまり興味無さそうにアルフレッドがアイルーをあしらう。
それをみて悔しそうにぷるぷると身体を震わせているアイルーに、ヘルガが目をキラキラさせたまま近寄っていく。
「猫ちゃんお名前なんていうの?」
ギクリとしたアイルーが目をまん丸く見開きヘルガを見る。
「チ、チコといいます…ニャ…」
「かわいいですね〜。ほいっ」
ヘルガは何処から見つけたのか、アイルーの大好物である「ドスマタタビ」を取り出すとチコのシッポがピンと逆立つ。アイルーと同種の獣人族メラルーは手癖が悪く、狩猟中のハンターの所持品を盗んでしまう事で有名だが、マタタビを優先して盗むことから、マタタビを携行するハンターは多く、アルフレッドの住処にも幾つか保管されていたらしい。
そのままヘルガはチコの前に棒を出すと、無条件にチコは猫パンチで反応してしまう。
「や、やめっ…そんなものに釣られる僕じゃないニャ」
「あはは、そう?ほれっ」
威勢よく強気の発言をするチコだったが、獣人族の性なのか、理性に反してヘルガに釣られるように次々とドスマタタビに猫パンチを繰り出していく。
「上手ですね…それっ」
「だ、旦那…やめさせるニャ…」
「なにやってんだてめぇら…」
じゃれあう二人に呆れ顔でアルフレッドが応える。
「おい、ガキ、お目付け役のチコ様をおちょくるんじゃねぇよ」
「…そ、そうニャ!僕は未熟な野良ハンター達をサポートするためにギルドから派遣された優秀なハンターなのニャ!…あっ、ちょっ、やめっ、やめてー!」
アルフレッドの制止を無視し、ヘルガはひょいひょいとドスマタタビでチコを釣る。
通常ギルドに所属しているハンター達には、狩猟に出発する際、「頼狩人(ラスタ)」と呼ばれるオピニオンがギルド私兵隊から派遣され、同行する。
依頼続行不可能と判断した場合、退路を確保したラスタがハンター達を安全な場所まで誘導し、帰還させるためだ。
しかし、ギルドに所属していない野良ハンターの場合は当然のことながら、ギルドはサポートしない。狩猟で命を落とすハンターの大半は、この野良ハンターだ。
が、依頼人の依頼を達成したかその行方を見届けるため、チコのような獣人族がギルドから派遣される。繁殖力が高く、いくらでも替えの効く獣人族は危険な依頼の同行にうってつけだった。
ハンターズギルドに依頼されたクエストを野良ハンターに依頼することは稀にある。命の危険が大きい危険度がSクラスのクエストだ。
報酬は弾むが命の保証は出来ない、そういった依頼が最終的にアルフレッドのような野良ハンターに依頼される。
「おい、チコ。今回の報酬の話をしてもいいか?」
「あ、そう。僕もその話をしに来たの」
ドスマタタビにパンチを出したポーズのまま、チコが固まる。
「150万だ、それ以下じゃ受けねぇ」
「ひゃくご…」
チコの頭の毛がぞわぞわと逆立つ。
「だ、旦那!150万はボッタクリすぎです!」
「150万でここ近辺の平穏が保たれるんだ、安いもんだろ。それと、おい、ガキ」
詐欺師!インチキ!とギャーギャーわめいているチコをよそに、アルフレッドはゆっくりと立ち上がり、ヘルガを見下ろす。
「どうしても「主」の元に行きたいっつーのがお前の依頼ならよ、任せな。必ず連れてってやるからよ」
アルフレッドの表情は固いままだ。そしてそれを聞くヘルガも。お互いに笑顔はない。意は決している、そんな表情がお互いから読み取れた。
「…はい」
静かなヘルガの返事を確認し、先ほどと同じようにドスドスと重い足音を立てながらアルフレッドが部屋の奥…古めかしい巨大な箱の前に歩いていく。
「旦那に…」
静かにアルフレッドを見ていたヘルガだったが、沈黙を優しく引き裂くようにチコが語りだすと、ピクンと反応し、チコの顔を見つめる
「守銭奴だけど、旦那に任せれば大丈夫…ニャ」
「…」
「レジェンドラスタって知ってるかニャ?」
「えっ?」
「ハンターズギルドが認定した、古龍種に匹敵するといわれる伝説の頼狩人達の事ニャ」
よくわからないらしく、首をかしげるヘルガにチコは続ける。
「振り下ろされた鉄鎚の音が豪雷に似ていることから「雷鎚王」と呼ばれた鎚使いグスタフに、古龍をも割いたと言われる舞雷槍の使い手エドワルド、放った弓が閃光のようにモンスターを貫いた事から「白閃姫」の異名を持つ弓師ナターシャ…そして」
小さい手を精一杯伸ばしてアルフレッドを指さしながらチコが自信満々に続ける。
「大陸最強の銃使い、伝説の黒龍の眼を撃ちぬいたと言われる「黒龍殺」のボーマン。アルフレッド・ボーマン。それが旦那の名前ニャ」
アルフレッドはゆっくりと古めかしい巨大な箱を開け、漆黒の銃を取り出す。禍々しいという言葉がぴったりと当てはまるような、全てを飲み込むような、闇夜の銃。
漆黒の銃を持つアルフレッドは、まるで秘めていた爪と牙を抜き出し捕食に飛び立つワイバーンのように、力強くそして、どこか神々しく「死」へ歩んでいく少女の目に映った。