永久の狩人   作:主水

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少女と狩人 Ⅲ

ヘルガに「案内人」の紹介を済ませたユーリアは「もう一つ」の仕事を済ませるため、小さな酒場からハンター達が集まる「ギルド」へ向かった。

 

「ギルド」とは、ハンターズギルドが運営する出張所の事だ。各方面から依頼されるクエストの発注や管理を行っている。

ギルドに配属されている管理者「ギルドマスター」は本部、通称「セントラル」に定期的に現在の状況を報告する業務を行っている。ギルド所属ハンター数の推移やクエスト内容の推移、ギルド付近地域でのドラゴン達の活動状況などを報告することにより様々な問題を未然に防ぐ為だ。

 

酒場から幾許か離れた所に設けられた出張所の扉をユーリアはゆっくりと開く。

先ほどの酒場と比べると、少々狭い室内に、使い古されたカウンターと、大きめの木製ボード、それと数えるほどのテーブルが見える。通常であれば、クエストに出発する前に身を奮い立たせているハンター達と、狩猟から戻って来たハンターたちの笑い声、それを歓迎する楽師達の演奏で賑わっているはずだが、シュラウベのギルドはまばらにハンターが居るだけで、まるでゴーストタウンのように静まり返っていた。

 

「おや、珍しい人が来たね」

 

ギルドのカウンター越し、肩まで伸びた白髪に長い髭をたくわえた初老の老人がパイプ煙草をプカプカと吹かしながら、突然の訪問者に驚きを見せる。

 

「おひさしぶりですわ、マスター・ジン。歳を召されて益々魅力的になりましたね」

「はっはっはっ、もう棺桶に片足を入れてる歳だよ。君に比べるとまだ子供だがね」

 

甲高いヒールの音を響かせながら、ユーリアがジンと呼ばれた老人の元へ歩み寄る。彼はここシュラウベの街の出張所を管理しているギルドマスターだ。

 

「按排はどうです?」

「…ふむ、そうだね…」

 

そういうとジンはゆっくりと吹かしていたパイプでカウンターの前に設置された古い木製ボードを指す。幾つもの紙が貼られたボード…。いつから貼られているかわからないくらい色あせ、ボロボロになっているものも見受けられる。

 

「…ハンター不足は深刻だね。Aランクどころか、Bランクのクルペッコ討伐依頼にも誰も手を出さない始末だよ」

 

ジンの応えにユーリアは怪訝な表情を見せる。

 

「…おかしいですわね、不足と言ってもここにも規定数以上のハンターは所属しているはずですが?」

「…臆病風さね。森に立ち入った人間が次々と襲われてしまっていてね。先月は8人、今月はラスタを含めた15人犠牲になった。貿易キャラバンは無期限休止、ケルビ狩りもキノコ採取も全て止まっとるよ」

 

そういってジンは深くパイプを吸い込み、溜息とともに煙を吐き出す。

 

「「森の主」が荒ぶっとるんじゃ。…セントラルに送った報告書は見たかね」

「ええ。それもあって今日はここに来たのですわ。新たに手続きを終えた「贄」を連れてね…」

 

ユーリアの言葉に、ジンの眼に暗い影が落ち、それをごまかすように立派な白い髭を指で梳る。

 

「そうか…これで「主」が治まってくれればこれ以上犠牲をださずにすむわい。贄の者には気の毒じゃが…ありがたい話じゃ」

「…」

 

ユーリアは変わらない表情のまま、数多くのクエストの依頼が貼り付けられたままのボードを見つめる。

 

「マスター・ジン、報告書にあった事で確認したいことがあったのですが」

「…猟団のことかね?」

 

パイプが熱くなってしまったのか、ジンはパイプの火種をタンパーで小さくしながら続ける。

 

「ええ、詳細をお聞かせ願えますか?」

「ふむ。ここ最近見慣れない野良ハンター達がよくシュラウベの街に出入りしておる。黒い外套を着た連中じゃ」

 

火種を小さくしたパイプを一吹かしし、ジンがさらに続ける。

 

「規模はわからん。ただ、その黒外套達はギルドが関与しておらん違法な依頼を受け、ワイバーンやドラゴン達を乱獲しているという噂じゃ。ギルドのハンターのクエストを妨害したという報告もある」

「…その黒い外套を着た者達が…」

「そうじゃ、そいつらが「猟団」と呼ばれる連中じゃ」

 

ジンの言葉にユーリアが眉をひそめる。

セントラルへ上がってくる報告書でユーリアも最近良く目にする言葉「猟団」。

彼らがリーダーが居る組織レベルで行動しているのか、それともただの野良ハンターの集まり…「クラン」レベルの集合体なのかセントラルでも詳細はつかめていなかった。そのため上層部は猟団に対し「ギルドへの妨害・危害を加える事例以外は様子見すべし」という判断を各ギルドマネージャーに下していた。

しかし、ユーリアにはその猟団がどうしてもひっかかっていた。彼女の数百年という長い経験が囁く。「やつらに注意しろ」と。

 

「皮肉なもんよのう、民をドラゴンどもから守るために戦うハンターが、ドラゴンを乱獲することで「森の主」の怒りに触れ、逆に民を危険に晒すとは…」

「…この世は皮肉だらけですわ、マスター・ジン」

 

妖艶な笑みを見せながらユーリアが応える。

 

「はっはっはっ…そのとおりじゃ。一人の犠牲で百人を生かす「贄」もしかり…。まことにこの世は皮肉だらけじゃ」

 

と、ジンの笑い声に呼応するかのように、ギルド内に怒りの隠った叫び声がこだまする。

 

「お…お前ッ、もう一回言ってみろッ!」

 

ユーリアとジンは声の主の方向に視線を移す。

瞬間的に状況を判断したジンがよくあることなのか、ギルドの奥からラスタを呼ぶ姿がユーリアの視線の端に見えた。

 

「あん?だからよ、お前らギルドハンターは「ママと買い物に行くお子様と同じ」っつったんだよ」

「あれだ、首輪を付けられた飼い犬っちゅ~の?」

「お前、それ意味ちげぇだろ、ほんと馬鹿だな。こいつが言ってるのは要は保護者に守られてなきゃ何も出来ない子供っつう意味だよ」

 

ぎゃはははと下品な笑い声がギルド内にこだまする。

野良ハンターと思わしきハンター五人と、まだ若く少年という部類に含まれかねない、青年ハンターが一人。

ブラウンの短いマッシュショートで、幼さが残る風貌と相まってまだハンターとしての経験も浅いのか、どこか頼りない雰囲気を出している青年だ。

 

ハンターの経験が浅い、とユーリアが感じたのはその身なりからだった。

彼は…ギルドへ登録する際に支給される強度の低い鋼と草食獣の革で作られた「ハンターメイル」を纏っていた。その低い耐久性から「ペーパークラフト」を揶揄されている、粗悪品だ。

ギルドハンター、野良ハンター問わず、自身の武具へこだわりを追求していくのが普通だ。そこにお金を出し惜しみしているハンターなど、まず生き残れない。常に死と隣合わせになる以上、それは至極当然の事だ。

彼のように「ペーパークラフト」を身につけているハンターは、全くの新人か…あえて自身を危険にさらして狩りを楽しむ酔狂者のどちらかだ。

 

「て、訂正しろッ、僕を侮辱したことをッ!」

 

激昂しているその青年ハンターを馬鹿にするように野良ハンターの一人が応える。

 

「いや、訂正するっつってもよ、本当の事だろ?本当の事は訂正する必要無くねぇ?」

「ゲハハッ、そおっ!お前正しい!」

「…き、貴様ッ!」

 

青年ハンターは、たまりかね腰に下げられた剣の柄に手をかける。と、それまでだらしなくしていた野良ハンターたちの空気が瞬時に、まるでスイッチが入ったかのように変貌する。

 

「…抜けよガキ」

 

眼に殺気を篭もらせ、野良ハンターが焚きつける。

抜けばどんな事態になるのか青年ハンターも理解しているらしく、手をかけたまま固まる。

 

「どうした、抜けよ?そいつは飾りか?あン?」

「そのイチモツを抜くのにもママの助けがいるのかよオイ!」

「…くっ…」

 

怒りで力の限り剣の柄を握っていた少年の手に、不意に冷たく優しい指が重なる。

ハッとした青年の隣に黒髪の女性が立っていた。ユーリアだ。

 

「…収めなさいな」

 

艷やかな美女が現れた事で、先ほどのスイッチが切れたのか、野良ハンター達が騒ぎ出す。

 

「…おいおい、いい女じゃねぇか。なんだネェちゃん、そいつの代わりに俺らの相手をしてくれんのか?」

「へっへっ、是非相手してほしいぜ」

「俺が最初な」

「粗チン野郎は最後だっつの」

 

またもや下品な笑い声が一団から発せられたかと思うと、その身体をまるで視姦するように舌なめずりをしながら、野良ハンターの一人がユーリアの前に立つ。

 

「イイ身体してんなオイ。たまんねぇな」

 

呆れた表情を見せると、青年ハンターを諭すようにユーリアは続ける。

 

「あなたはこんな「低俗」な方たちの相手をする必要はないですわ。時間の無駄…というものです」

「…何だと」

 

「ヒュ〜」「言うねぇ」とざわめく野良ハンター達の声とともに、ピリッと野良ハンターの眉間に血管が浮き上がる音が聞こえた、かと思うほど、彼の顔に怒りが灯る。

 

「あら、どうかしまして?私は本当のことを言ったまでですわ。本当の事は訂正する必要ない、そうおっしゃいましたよね?」

「…いい度胸してるじゃねぇか女」

「貴様らッ!やめんかッ!」

 

野良ハンターがにじり寄って来た瞬間、ユーリアの身を按じたのか、ジンの指示でラスタ二人が駆け寄ってくる。

 

「…ラスタ共、手を出すんじゃねえ。騒ぎをもっと大きくして欲しいのか?この女と俺らの問題だ」

 

侮辱された野良ハンターの剣幕に一瞬ラスタ達がたじろぐ。

 

「ラスタさん達、お気になさらず。すぐ終わりますわ。彼が地面にキスしてね」

「…このアマッ!」

 

野良ハンターの丸太のような腕が、ユーリアの首を標的に、絞め落とさんと襲いかかる。

身をかわすために一歩さがろうとするものの、野良ハンターの踏み出しが早く、ユーリアの予想を超えるリーチで腕が伸びてくる。

野良ハンターのゴツゴツとした手は、ユーリアの喉元をそれたものの、黒いドレスの襟元を無造作につかむ。

が、ユーリアの表情には焦りは見えない。

 

「随分余裕かましてくれるじゃねえの…女」

「…」

「き、貴様…ッ…」

 

瞬間的な事に事態を把握できなかった青年ハンターだが、襟元を掴まれたユーリアを見て、制止しようと再度剣の柄に手をのばす。

と、次の瞬間…

 

「…風?」

 

不思議な現象がギルドの中で起こった。

窓は閉めきっていたが、建物の中に風が、それも次第に渦巻いていくような力強い風が起きる。

そよ風から、目を開けられないような暴風に。

 

「…ど、どうなってんだ!?」

「…ッ!」

 

慌てふためく野良ハンターと事態をつかめていない青年ハンターをよそに、風はさらに凶暴さを増していく。その風は…ユーリアを中心に巻き起こっているようだった。

 

「て、てめぇ、一体…」

「ふふふ、さて、どこまで耐えられるかしら?あなたのカラダ…」

 

まるで捕食する前のドラゴンのようにユーリアは舌で唇を濡らす。その仕草に色気はなく、むしろ恐怖が野良ハンターを蝕む。

しだいに風は一点に、ユーリアの右掌に集まる。それはまるで小さい竜巻のように。

そのままゆっくりとユーリアの掌が野良ハンターの分厚い胸元に触れた瞬間…「それ」が弾けた。

 

「なッ…わッ…!?」

 

野良ハンターは自分がどうなったか理解できないようだった。情けなく、恐怖に満ちた言葉にならない声を発したとおもった瞬間、響き渡る轟音とともに遥か向こう、建物の奥隅に吹き飛ばされ、「ぐしゃ」という普通では聞かれない音を発してたたきつけられた。

 

「……!?」

 

しばしの沈黙があたりを包み込む。

吹き飛ばされた彼に何が起きたのか、この女性が何をしたのか、野良ハンター達も、青年ハンターも理解できなかった。

 

「…や、野郎ッ!」

 

恐怖は自分の理解できる範囲を越えた時に訪れる。表情からそれが残された四人の野良ハンターに訪れてしまっているのは明らかだった。が、彼らも手練のハンター。その恐怖を吹き飛ばすかの如く、絞り出した虚勢と共に、恐怖の主…ユーリアに対して剣を抜いた。

 

と、またしても想定外な事が彼らを襲った。

ユーリアの後ろ、ギルドの入り口からかなりの距離を、まるでレーザーの様に一直線「何か」が野良ハンターめがけて襲いかかった。

先ほどの吹き飛ばされたハンターとはまた別の甲高い「ぐしゃ」という音とともに、悲鳴とも擬音とも判別できないほどの断末魔が野良ハンターから放たれ、そのまま地面に昏倒してしまう。野良ハンターに命中した「それ」は地面に落ちるとコロコロと青年ハンターの足元に転がってくる。

 

「…石ころ?」

 

青年がくるりと踵を返すと、だるそうにギルドの入り口に壁によりかかり、ボリボリと頭を掻いている男が目に入る。

この女性と同じ尖った耳を持ったその男…。

 

「…つーかよ、おめぇ行くトコ行くトコ騒ぎばっか起こしてンな。疫病神かよユーリア」

「だ、旦那も人のこと言えないニャ…じゃなくて、言えないよ!」

「そ、そうですよ!いきなりあんな大きな石ころ投げるなんて、非常識です!」

 

男の隣に別の小さな二つの影が見える。

その方向を見ることなく、ユーリアが微笑を浮かべたのが青年ハンターの眼に映った。

 

「…でもよ、面白そうだな、俺も混ぜろや」

 

不敵な笑みを浮かべ、ポキポキと指と首を鳴らしながら、その男はゆっくりと歩き出した。

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