永久の狩人   作:主水

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少女と狩人 Ⅳ

「…まぁ、一応言っとくけどよ、逃げるなら追わねぇぜ?」

 

振り絞った先ほどの虚勢は鳴りを潜め、一歩、また一歩と退いていく野良ハンター達に詰め寄ってくるアルフレッドが言い放つ。

数的に有利なはずの野良ハンター達だったが、その表情に余裕の色は無かった。

 

「た、助けて頂きありがとうございます…」

「…あン?」

 

野良ハンター達までわずかの距離まで詰め寄った時、恐る恐る青年ハンターがアルフレッドに声をかける。

 

「…別にてめぇを助ける義理はねぇんだけどよ。まぁ、気にすんな」

「悪い顔…あなた、単純に暴れたいだけでしょう?」

「うるせぇ」

 

腕を組み、アルフレッドを待っていたユーリアがぽつりとつぶやく。図星を突かれてしまったアルフレッドだったが、身体のうずきが収まらないのか不敵な笑みを浮かべたまま、野良ハンター達との距離をさらに縮める。

 

「…オラ、それでどーすんだよ?やるんならよ、さっさとかかってこいや。さっきの威勢はどーしたよ」

 

明らかに怯えている野良ハンター達を焚きつける様にアルフレッドが煽る。と、チラリと野良ハンター3人がアイコンタクトを送るのがアルフレッドの眼に映った。

 

「…う、うぉらァッ!」

「…!」

 

意を決したかのように二人の野良ハンターは己を鼓舞するように声を張り上げ、足元にあった椅子を二つ蹴りあげる。

その椅子はアルフレッドを狙ったものではない。蹴り上げられた椅子は目隠しのようにアルフレッドの視界を遮り、その死角からもう一人の野良ハンターが低い姿勢でアルフレッドに襲いかかった。

 

「…もらったッ!」

 

彼はこのタイミング、この距離で振り上げるこの一撃に多大な自信を持っていた。

瞬間的に「タメ」をつくり前進のバネを使って一気に振り上げる。肉と骨を切り裂く感触が剣から両手を伝い、彼の脳に伝達される…はずだったが、それは一向に訪れなかった。

 

「…なっ!?」

 

アルフレッドは上半身を弓のようにしならせ、死角からの斬撃を難なく躱す。…それは「避ける」というより、まるでそこに斬撃が来ることを知っていたかのような動きだった。

野良ハンターは何が起こったか理解できなかったが、ハンターの名は伊達ではない。頭で考える前に彼の身体が次の行動に移っていた。瞬時に、剣の柄を持つ手を入れ替え、袈裟斬りの要領で振り下ろすように連撃を放つ。

…が、この攻撃もアルフレッドの身体を捉えることはできなかった。

 

「…!」

 

アルフレッドはまたもや振り下ろされた斬撃を読んでいたかの如く躱す。

屈んだままぶちかますように野良ハンターの懐に肩から飛び込むと、そのまま力任せに野良ハンターを弾き飛ばした。

野良ハンターはカウンターを貰う形になり簡単に宙に浮くと、そのままテーブルの向こう側に吸い込まれるように消える。

 

「…次だ。同時に来いよ」

「…てめぇ!」

 

アルフレッドは、かかってこいと残った二人を手招きすると、激昂した二人は両翼から挟み込むようにアルフレッドを斬りつける。

が、またしても二人の剣はアルフレッドの身体をかすること無く虚しく空を斬った。

今度は避けるというより、斬撃の僅かな隙間を抜い、単純に一歩前へ踏み出しただけだった。

 

「…な、なんでッ…!?」

 

困惑する野良ハンター達をあざ笑うかのように、アルフレッドはくるりと上半身をひねり、遠心力と背筋を使い、野良ハンターのこめかみに強烈な肘打ちを放つ。

ゴチンという鈍い音とともに、電源が落ちたロボットのように野良ハンターが膝から崩れ落ちる。

 

「…なんで当たんねぇんだよッ!」

 

野良ハンターは低い体勢からさらに斬りつけるために一歩踏み込もうとするが、彼の膝をアルフレッドの右足が軽くおさえつけ、バランスを崩した野良ハンターはそのままつんのめるようにドシンと倒れこんでしまう。

 

「…オラ、休んでんじゃねぇよ」

「ぐっ…ゴラアァァ!」

 

情けなく地面に倒れこんだ野良ハンターは怒りに任せ、我を忘れたかのように猛然と剣を振り回す。が、これも全くアルフレッドに触れることは出来ない。

錯乱した野良ハンターの剣をひょいひょいと避けながら、アルフレッドが足元に転がってきた「石ころ」を再度手に取り、全く見当はずれの場所に投げた。

その石ころはギルドの壁に当たると、ビリヤードの玉のように壁に弾かれ、地面に、そして…まるで意思があるかのように、的確に錯乱する野良ハンターの後頭部に命中する。

 

「…ガッ!」

 

突然の後頭部の衝撃に、魚のように口をぱくぱくとさせながら野良ハンターの動きが止まった。

突然の後頭部への衝撃を受けた彼も、そしてそこに居る皆が何が起こったのか理解出来ていない。

 

「…すっご…」

 

あり得ないその光景を目にしていた青年ハンターと、ヘルガ、チコは信じられないという表情で驚愕の声をあげる。

そして、その声が号令になったかのように、最後の野良ハンターは地面に昏倒した。

 

「…相変わらず神がかってますこと」

「当然だろ」

 

半ばあきれたようにアルフレッドを賞賛するユーリアに、さも当然のような表情でアルフレッドが応える。

まさに神業だった。アルフレッドが放った石ころは角度、タイミング、命中箇所全てにおいて神がかっていた。技術や運ではなく、もっと別の「何か」が関与している、二人の表情からそれが垣間見えていた。

 

「…き、貴様らそこを動くなっ」

 

野良ハンター全員が倒れ、静けさを取り戻しつつあったギルド内に今度は喧嘩両成敗…と言いたげにアルフレッドを取り押さえるために駆け寄ろうとしてしているラスタ達の叫び声がこだまする。

 

「あン?なんだてめぇら」

「ギ…ギルド内での争い事は禁止しているッ!…おとなしく…」

 

「…もう良い」

 

ラスタ達を制止させるように、声の主がゆっくりとラスタの間を割ってくる。

ジンだ。

 

「…マスター、しかし…この男は…」

「彼はこのギルドマネージャーを助けに入ったまでじゃ、お主らも見ておったろう?違うか?」

「…」

「…さぁ、そこに倒れているハンター達を取り押さえるんじゃ」

 

ジンの言葉に納得出来ないという表情を見せつつ、ラスタはアルフレッドを睨みつけると、あたりに倒れている野良ハンター達の元へ走り出す。

ラスタはそもそもギルドハンターの狩猟に同行するセントラルから派遣されたオピニオンだ。ラスタ個人の判断でこういった喧騒の仲裁をすることもあったが、「業務範囲外」と動こうとしないラスタも多く、ギルドマスターと確執が出来てしまう事例もあった。

ラスタ達の姿を横目で見やり、やれやれという表情でパイプ煙草をプカプカを吹かせながらジンがアルフレッドに語りかける。

 

「…ひとまずお礼を言うべきじゃな、ありがとう」

「まぁ、なんだ、ぐちゃぐちゃにして悪かったな」

 

気まずそうに、壊れたテーブルや椅子に視線を送る。

 

「ほっほっ、構わんよ。どうせ使っとる者はそうそうおらんわい。ところで…」

「…あなた方の先ほどのあれは一体何なのでしょうか?」

 

ジンの言葉を代弁するかのように、怯える心を抑えるように、青年ハンターが言葉を切り出す。助けられたのは青年ハンターだが…かれの表情に安堵の色はなく、畏怖の色が現れていた。

 

「お二人に助けて頂いたことは大変ありがたく思っております。しかしあなた方のあれは…」

「…人智を超える「魔術」とでも言いたいのかしら?」

 

優しく語りだすユーリアに、ずばり言い当てられたかのような表情で青年ハンターが黙りこむ。しかしその場にいる誰しもがそう思っていた。風を自在に操る女に、神業に近い投擲を繰り出す男…。

ぽりぽりと頭を掻いているアルフレッドを横目で見るように確認し、ユーリアが続ける。

 

「あれは…私たち竜人族に与えられた「呪われた血族の力」ですわ」

「…??」

 

ユーリアの話に興味がわいたのか、ギルドの入り口で隠れるように見ていたヘルガとチコがアルフレッドの傍らに駆け寄る。

 

「長く生きた竜人族に稀に発現するある現象…。私たちの中に流れるドラゴンの血と人間の血が一つの身体をめぐって争い、激しい身体反応が起こる…「狂竜症」と呼ばれる現象ですわ」

「狂竜症…」

「そう。…狂竜症は想像を絶します。全身を激痛が襲い、発熱、筋硬直、幻覚…狂竜症が発症した竜人族は80%の確立で死に至りますわ」

 

ユーリアの話を聞いて、ヘルガがアルフレッドを見る。仏頂面のその表情がより硬さを増しているように少女の眼に映った。

 

「でも、その狂竜症を克服したものには「報酬」として「力」が与えられるのです。古龍クシャルダオラと同じように風を自在に操り、風を鎧に、そして全ての物を退ける矛と変える「ドラゴンズ・ウインド」…」

 

ちらりとアルフレッドを見やり、続ける。

 

「生物の神経パルスの流れを見る事で相手の攻撃動作のタイミングや手段などが手に取るように判り、さらに遠く高速で動く物をも捉えることができる「ドラゴンズ・アイ」…それが私たちに与えられた呪われた血族の力…」

「…それは…」

 

何か言いたげな青年ハンターとジンの言葉を、そして冷めたギルドの空気をかき消すようにたまりかねたアルフレッドが重ねる。

 

「チッ…ンなことはどーでもいいだろ。つーか俺はさっさと依頼を済ませて一杯行きてぇんだ」

 

先ほどとは違う、明らかに怪訝な表情をみせながらアルフレッドが「狂竜症」という言葉に引っかかっているジンに詰め寄る。

 

「オイ、ギルドマスター、森への立ち入り許可を早く出せよ。このガキを「主」ンとこに連れてくんだからよ」

 

アルフレッドの言葉に、思わず口元からパイプが落ちる。これまでと同じく死罪人が「贄」として来るものだと思っていたジンの表情が青ざめていくのがはっきりと判った。

 

「主…?まさか…「贄」はこの…」

「それと、ユーリア」

「…?」

 

青ざめるジンを無視しアルフレッドが続ける。

 

「報酬は150万だ。それ以下じゃ受けねぇ」

「…相変わらず…ね」

「うるせぇ。1時間後に出発する。それまでガキを見てろよ」

 

まるで機嫌が悪いドラゴンのようにまくし立て、アルフレッドのどすどすと重い足取りが遠くなっていくと、ラスタに運ばれている野良ハンターのうめき声がはっきりと聞こえるほど、喧騒の余韻で静寂がギルドを包み込んだ。

 

ふとユーリアはツンツンとドレスの裾を引っ張られている事に気がつく。ヘルガだ。

アルフレッドの変貌した態度に驚きを隠せないようで、彼女のドレスの裾をつかみ心配そうな表情を見せている。

 

「…ねぇ、おじさん、どうしちゃったの…?」

「…ん…おじさんはね…」

 

そう言いかけて、このままこの子に言うべきか自問する。

と、ユーリアはゆっくりと屈み込むと、寝付けない子供に絵本を読んであげるように優しい笑顔で応える。

 

「…おじさんはね、狂竜症で沢山の知り合いを亡くしちゃったの。供に狩りをしたハンター仲間に…心から愛した人…」

 

ヘルガに心を読み取らせまいと、ユーリアは表情を固める。彼女が語った事はアルフレッドだけの事ではなかった。彼女もまた…同じだった。

ユーリアの言葉にしばらく難しい顔で考えていたヘルガだが、すぐに明るい表情で続ける。

 

「…おじさんって、自分の気持ちを表現するのが下手なんだね。子供みたい」

 

想定していなかった大人びた少女の応えにユーリアの顔に満面の笑顔が咲く。

 

「ふふふ、そうね…ほんと、子供みたい」

 

喧騒が過ぎ去り、静けさを取り戻したギルドの窓に写る鬱蒼とした森の奥から、まるで彼女のつぶやきに呼応するように「主」の唸り声がユーリアの耳に聞こえたような気がした。

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