永久の狩人   作:主水

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少女と狩人 Ⅶ

ヘスは動くことが出来なかった。

三ヶ月前と同じように、なにもすることが出来ないまま、地べたにへたり込んでいるだけだった。

 

朝日が差し込むシュラウベの森に響き渡る最後の雄叫びが開始の合図となった。

巨木よりも一回りも二回りも太い森の主の尾が周りの木々をなぎ倒し、木片や木の葉をまき散らしながらアルフレッドに襲いかかる。

まともに食らってしまえばそれだけで致命傷になってしまうーーーだが、ヘスの目に飛び込んできたのは先日ギルドで見たものと同じ光景だった。

アルフレッドは森の主の強烈な尾の一撃を難なく躱し、低い体勢からその巨体を支える二本の足に弾丸を放つ。

ーーーが、森の主は枯れ葉を弾くように難なくその弾丸を捌くと、喰らいつかんと口を大きく開け襲いかかるーーーー

 

ヘスにはもう目で追いかけるのさえ困難な攻撃の応酬だった。

その応酬は止まること無く続き、辺りには巻き上げられた木の葉や土、木片が地面に降り立つ事無くまるで彼らの周りだけ重力がなくなったかの様だった。

 

「へ…ヘスさん!」

 

地獄と呼んでも差し支えない凄惨な状況の中、二つの小さな影がヘスの元へ駆け寄ってくる。

涙で目を腫らしているヘルガと、チコだ。

 

「…ヘルガちゃん、チコさん!」

 

無茶苦茶な動きで木々を粉々に砕いていく森の主のその長い尾のおかげで辺りに安全な場所はなかったが、気休め程度に安全だと想定される巨木の影に三人は固まる。

ふとチコの姿を見ると、この状況ではなく、別の何かに恐怖しているようだった。

 

「も、も、森の主に手をだしちゃったニャ…ぼ、僕は一体どうすればいいんだニャ…」

 

チコの小さい顎がガタガタ震えているのがヘスの目に写る。

先ほどチコは「ギルドに指名手配される」と言っていたが、ハンターズギルドと「調停」を結んでいる「主」にハンターが手を出した前例など聞いたことがない。

もしこの場を生き延びたとして、その先に何が待っているのか。一抹の不安がヘスの脳裏に浮かぶ。

 

だがヘスの心配を無視するかのように、二匹の化物の戦いは凄惨さを増していく。

森の主が両足の鉤爪を地面に食い込ませると、その巨体からは考えられないほど俊敏な動きでアルフレッドに向かい突進する。

その身を噛みちぎらんと、大きく口を開け、目の前に立ちはだかる木々をなぎ倒しながらーーーー

 

「…かっ!目茶苦茶な野郎だぜ」

 

信じられないスピードでその巨体がアルフレッドの目前に迫る。

その動作を読んでいたが、その巨体から左右には避けられない…となればーーー。

 

「アルフレッドさんっ…!」

 

彼の身を案じたヘスの目に信じられない光景が飛び込んでくる。

アルフレッドは逃げる事無く逆に森の主に向かい猛然と駆け出したのだ。

 

そしてぶつかる瞬間…アルフレッドは森の主と地面との僅かな隙間に滑りこんだ。

僅かに逸れ、もしその両足で踏みつぶされでもすれば…即死だろう。

森の主はアルフレッドの動きを想定出来ていなかったのか、瞬間的に目標を見失ってしまった。鋭い爪で急ブレーキをかけようとするが、すでにアルフレッドは森の主の真下から見上げる格好になっている。

 

「…オラ、ここはどーだ?」

 

銃口と腹部の一点が重なる瞬間、天に撃ち上げる様に、アルフレッドの銃が白煙を挙げて三発、弾丸を撃ち出す。

その弾丸は森の主の腹部に突き刺さり、そのままアルフレッドが森の主の下からすり抜けるとーーー赤い炎を吹き出し爆発した。

目標に突き刺さり、時間差で爆発を起こす「徹甲榴弾」だ。硬い甲殻を持つモンスターに有効な攻撃手段。アルフレッドはすでに森の主の硬い甲殻への対策を練っていた。

 

「…ムゥウ!!」

 

弾丸をも弾く強靭な森の主の甲殻に衝撃が走ると、その巨体がわずかに怯む。ダメージが通った証拠だ。

黒煙を払うように森の主が身を翻すと、黒く焦げている腹部が顕になった。

 

「ククク…愉快であるぞ小さき眷属よ。流石余興を簡単にはねのけた事はある」

「…やっぱりさっきの熊野郎はてめぇの差金かよ」

 

ゆっくりと立ち上がりアルフレッドが笑みを浮かべる。

 

「主がどの程度の手練か、青熊獣で確かめたまで…だが、あれほど簡単に屠るとは思わなんだが」

「弱いモンをイジメんのは本望じゃねぇんだけどよ。まぁ自業自得だろ?」

 

森の主は息を荒げ、仕切り直しと言わんばかりに、翼を羽ばたかせる。

一瞬の幕間ーーーアルフレッドは次の弾丸を装填する。と、猛獣二匹の檻に思いがけない乱入者が飛び込む。

 

「も、森の主!!」

「…ヘスさん、何を!?」

 

不意にヘスが巨木の影から踏み出し、抑えようとするチコを振り切り攻撃態勢に入ろうとしている森の主に叫ぶ。

恐怖に怯えながらも、彼の目は森の主をしっかりと見据えている。

ーーーー自分は確かめ無くてはならない。三ヶ月前の…真相を。そのためにここに来た。

 

「私は三ヶ月前、貴方に会っているはず…!その時、一緒に居た仲間達は…」

 

ヘスの脳裏にあの時のガンナーの微笑みが蘇る。

頭の何処かでは分かってはいるが、 一縷の希望を祈り…その真相を知るこのワイバーンにーーー叫ぶ。

一瞬の間を置き、その乱入者を見下すかのようにゆっくりと森の主の首がヘスに向いた。より一層激しい恐怖がヘスを襲い、思わず腰が抜けそうになるのを必死に抑えこむ。

 

「…主の事は知っておるぞ…確か…ヘスと言ったか」

 

森の主の冷めたその声に、ヘスの顔が青ざめる。

 

「…ククク…今なお、吾の中で…主を思うておるわ…あの小娘…」

「…!!!」

 

ペロリと丹赤の舌を出し、その味を思い出すように口を舐める。

想定していたはずのその真実にヘスの胃がキリキリと音を立て、胃の内容物を逆流させる…彼の身体はその真実を受け入れられなかった。

 

「…ううっ…ううぉぉぉおぅ!」

 

あの眼差しと再会することはかなわなかった…もしあの時、気を失わなければ…。その後悔が怒りとなり、ヘスを支配する。

彼は無意識で剣を抜いていた。怒りに眼の色は赤く染まり、呼吸が心臓の鼓動に呼応するように勢いを増していく。

先ほど目の当たりにした、浮き世離れしている森の主への恐怖を、怒りが凌駕した。

 

「フーッ…フーッ…」

「…良い憎しみだ。それでこそ喰いがいがあるというものよ」

 

怒りを更に煽るように森の主が続ける。

と、一発の弾丸がその巨体をかすめるように、ヘスの真横の樹木に命中し、乾いた音を奏でる。

 

「…オイ新米、命の遣り取りの最中に怒りは禁物だっつの」

「…!」

 

冷静な表情でアルフレッドが発射煙が出ている銃口をヘスに向けている。

と、その音に、そして彼の声に頭に血が登っていたヘスが、瞬間的に我に返る。

 

「…怒りや悲しみはよ、このワイバーンをぶっ倒した後に取っとけ」

「……」

 

怒りや油断は即、死につながる。相手が強大なワイバーンであれば、それはより確実に。

ヘスは大きく息を吸い、時間をかけてゆっくりと吐き出す。

膿のように心にたまってしまった怒りと悲しみを呼吸に乗せて。

 

「……僕は…僕は、これまで全部が中途半端だったんです。ハンターとしての気概も…。だからあの日、僕は逃げてしまった。僕を励ましてくれていた仲間と、彼女から」

 

ヘスが静かに瞳を閉じる。

落ち着きを取り戻した彼の脳裏にはもうーーーーもう、彼女の最後の姿は無かった。

 

「森の主…僕は、仲間たちの無念を…晴らす」

 

先ほどまで迷い、ひ弱だった青年ハンターの眼光が、火が灯ったかのように輝きを増し、恐怖を体現した膝の震えはいつの間にか消え去っていた。

それは自らの弱さも、恐怖も知りながら、なお立ち向かわんとするハンターの目だ。

 

「…ハッ!らしくなったンじゃねぇの、新米」

 

アルフレッドはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

その声に呼応するように、ヘスはゆっくりと盾と剣を森の主に向け、構える。

二人のハンターに挟撃される形になった森の主は、不愉快と言わんばかりに不気味に喉をぐるぐると鳴らす。

 

「…不愉快至極であるぞ。吾を前に生きて帰れると思うておるのか…!」

「ハッ、もちろん」

 

森の主の問いに即座にアルフレッドが応える。

と、森の主は身を逸らし勢い良く息を吸い込むとーーーチリチリとその凶暴な口の隙間から炎が漏れる。

 

「…やべぇ!新米ッ!伏せろッ!」

「…!?」

 

何かを察知したアルフレッドが叫ぶ。

と、次の瞬間、耳を劈く雄叫びとともに、周りの景色が歪むほど強烈な熱風と、灼熱の火球が森の主の口から足元に放たれた。

飛竜種リオス種の特長である、体内の「火炎袋」から作り出される炎の塊をその強烈な雄叫びで射出する「ドラゴンブレス」だ。

 

その火球は、森の主の足元で激しい炎をまき散らしながら破裂すると、凄まじい衝撃波を辺りに発生させる。

とっさに伏せる事ができなかったヘスは、正面から衝撃波を受け、後方に弾き飛ばされてしまう。

 

「…ッ!!」

 

突然の出来事で受け身を取ることが出来なかったヘスはそのまま地面にたたきつけられる。

 

「が…はッ!!」

 

強烈な衝撃に肺から全ての酸素が吐出され、呼吸困難に陥ってしまう。

朦朧としてしまったヘスの目に己の爆風で浮き上がった森の主の姿が映った。

 

「…ハッハッハッ…先ほどの気概はどうしたハンター。脆い、脆いぞ!」

 

森の主は空中で翼を羽ばたかせながら体勢を整えると、再度ブレスを吐かんと、口と鼻腔から先ほど以上の空気を吸い込む。

空からの一撃は危険だ…己への被害を考慮した先ほどの一撃とは違い、渾身の力で炎が吐き出されてしまう。

 

「…ハン!自分から逃げられねぇトコに行くとはね…」

 

人形の様に吹き飛んでしまったヘスに気を取られていた森の主は、またもやアルフレッドを見失っていた。

森の主が彼の姿を認識した時にはーーーすでに反撃の体勢に入っていた。

 

「…!!」

 

何かを察知したのか森の主はブレスを諦め、回避行動に移ろうと羽ばたいたが…すでに時は遅かった。

ドンという重い発射音とともに、今度は黒い弾丸が空気を切り裂き、先ほど徹甲榴弾が炸裂し黒ずんだ腹部に寸分違わず命中する。

徹甲榴弾の爆発では怯む程度だったがーーー弾丸が命中した腹部を中心に、痺れるような激痛が森の主を襲った。

 

「グ…グァァァァアアッッ!!」

 

身動きが取れなくなった森の主は、バランスを崩すと重低音を響かせ、地面に激突した。

 

「こ…これはッ…!この激痛はッ…!」

 

凄まじい光景だった。

遠く離れたヘスの目からも明らかに…森の主の身に異変が起きている。

赤く硬いその衣がピシピシとひび割れ、かさぶたの様に森の主の身体から剥がれ落ちる…。

その身が朽ちていく枯れ木のように、ボロボロと…。

 

「…痛てぇだろ?どーだ?滅龍弾の味はよ?」

「め、滅龍弾…?」

 

頭を抱えながら、ふらふらとヘスがアルフレッドの傍らに歩み寄る。

アルフレッドが語った「滅龍弾」…。ヘスには聞いたことが無い名前だった。

 

「高山で稀に取れる「竜殺しの実」を使って精製された弾だ。ワイバーンやドラゴンの細胞を破壊する「コラプサー」だ」

「コラプサー…」

「一発で一ヶ月分の報酬金がぶっ飛ぶシロモンだぜ。底抜けに高価なモンだが…」

 

ボロボロと崩れているワイバーンに油断すること無く、アルフレッドは次の弾丸を漆黒の銃に装填する。

 

「効果は絶大…オラ、ワイバーン。次の一撃耐えられるか?あん?」

 

森の主の返事を待つこと無く、初速の遅い弾丸を放つ。

その遅い弾丸は、悶える森の主に命中するとーーー小さな光とともに炸裂し、幾つかの小さな「子弾」を散布する。

その小さな「子弾」は、幾多もの小さな爆発を産み、次の瞬間、その巨体を覆い尽くすほどの爆発に進化した。

「ガンナーの最終兵器」と呼ばれる「拡散弾」だ。

 

「…グゥァァァァァァァァァァッッ!」

 

辺りに森の主の断末魔がこだまする。

いくつもの爆発が集まった「拡散弾」の炎は森の主を覆い尽くし、黒煙を挙げる…。並のモンスターであればそれだけで絶命してしまうであろう凄まじい威力だった。

 

「…!やった…!」

 

思わずヘスが歓喜の声を挙げる。

辺りには爆風で飛び散ったと思われる、森の主の表皮が散乱している。万が一死んでいなかったとしても、致命傷は避けられないはず。ヘスはそう確信した。

ーーーーだが、アルフレッドの表情は固いままだった。

 

「…新米、油断してんじゃねぇぞ…」

「……えっ?」

 

アルフレッドの一言に、ヘスは黒煙のその奥に目を凝らす。

モクモクと立ち上がる黒煙の向こう…そこにはーーー巨大な影がうごめいていた。

 

「…今のは…効いたぞ…」

 

もう聴き慣れた冷たい声。だが、今回のその声には明らかに「怒り」が混じっている。

 

「…許さぬ…許さぬぞ塵共め…吾を…吾を本気にさせたな…ッ!」

 

焦土と化した森の中に一陣の風が吹き抜ける。

黒煙が森の彼方に溶け、そこに…先ほどとは明らかに「変化」している森の主が現れる。

 

「な、なんでっ…」

 

その姿をはっきりととらえたヘスが驚愕の表情を見せる。

先ほどまでボロボロと崩れ落ちていた真紅の表皮はーーーー闇夜の様にどす黒く淀み、全身が漆黒に包まれている。まるで…伝説の「黒龍」の様に。

そしてその怒りが凝縮されたかのように真っ赤に染まった…眼球。

目の錯覚なのか、藍紫色の炎を纏っているようにも見えるーーーー。

 

「…てめぇ、あれで無傷だってのかよ…バケモンが…」

 

ぴくぴくとひきつっているアルフレッドの表情がヘスの目に映る。

まだ短い付き合いだが…初めて見る「焦り」の表情だった。

 

「…小さき眷属よ、主のその目と同じ「覚醒」したこの力を晒すのは実に…実に100年ぶりだぞ…」

 

森の主の漆黒の表情にーーー笑みが生まれる。

ワイバーンのものとは言いがたい、人間じみた…笑み。

 

「…「同じ」だと?」

 

ぴくりとアルフレッドが反応する。

たしかに森の主は語った…「主の目と同じ覚醒した力」と。

 

「…オイ、てめぇ…まさか…」

 

アルフレッドが握った漆黒の銃の柄がギリギリと音をたて軋む。

漆黒の鎧を纏った森の主は、もう目の錯覚ではない藍紫色の炎を伴いながらゆっくりと二人の元へ歩み始めた。

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