竜と兵士
──蒼い空だ。雲一つすらない。
「…代わりに無粋な光があるけど」
取り敢えず起き上がり、土を払う。
「マスター、お目覚めですね」
側にはキリエライトさんが控えていた。
「ジルドレさんはどこへ?」
「現在地の把握の為に哨戒に出られました。そろそろ帰ってこられるかと」
なるほど。土地勘のある彼に行ってもらうのは合理的だ。
『こちらからも地形をスキャンできるけれど、敵の隠蔽も考えられます。実際に見て探るのは大事だわ』
指揮官モードのオルガの堅い声が聞こえる。
一理ある言葉だが、このフランスにそんなまどろっこしいモノはない。当然彼女も分かっていて言っているのだが。
「只今戻りました」
「ジルドレさん!お疲れ様です」
霊体化していたのだろう。彼は突然目の前に現れた。
「ここはもう戦地です。セイバーとお呼びください」
僕としたことがすっかり忘れていた。聖杯戦争において、真名は何が何でも隠さなければならない。それはこの歪過ぎる戦いでも同じなのだ。
「ではセイバーさん。周囲に何かありましたか?」
「ロマニ殿から伝えられた地形となんら違いはありませんでした。私自身の記憶との相違もありません。ここはドンレミでしょう。」
まあそりゃそうだ。
『地形に異常がないのはいい事だ。けれど空に訳のわからないものがあるからね…あ、藤丸君。空は見たかい?』
「ええ。光の帯、と表現するのが正しいでしょうか?地上から見てこの大きさです、尋常なサイズではないでしょうね」
北アメリカ大陸が丸々入るんだったっけ。あれ南だっけ?
最後にオルレアンのシナリオを見たのは…20年位前になるのだろうか。もう殆ど覚えていない。
『きっとアレは人類焼失の原因でしょうね。こちらで調べておくから貴方達は霊脈を探しなさい』
全部知っているというのに、知らない振りの演技が素晴らしく上手いオルガ。僕も自信はあったが彼女のそれは更に上をいっている。時計塔の魔術師は腹芸が必須と聞いたが、どうやらその噂は真実だったようだ。
「確か近くのヴォークルールに砦があったはずです。そこで聞き込みをしては如何でしょう。一人位魔術師がいるかもしれません」
さすがは地元民といったところか。サクサクと話を進めてくれるセイバーさん。
「ではそこに行きましょう。マスターよろしいですか?」
頷き、セイバーさんを先頭にして歩き出す。
気分は砦攻めだ。
『皆、少し先に人間の反応が多数ある。多分軍人だと思うけど、接触してみるかい?』
暫く西に進むと、Dr.がそう問いかけてきた。
「そうしましょうか。色々と聞きたいこともありますし」
「しかしマスター。フランス語は話せますか?私は軍人の目に触れると不味いので霊体化しますが…」
不安げなセイバーさん。
確かに僕はフランス語を話せない。ちなみに日本語とクイーンズとハイチ語とポリネシア語は話せる。魔術の勉強の副産物で、密かな自慢だ。
「この義手、翻訳機能があるらしいんですよ。それを使ってみようかなって」
ダヴィンチさん様様だ。
「義手…ですか?」
サーヴァントの目を持ってしても分からないらしく、首を傾げるセイバーさん。
袖をまくり、繋ぎ目を見せると納得したのか頷いていた。
セイバーさんに霊体化してもらい、キリエライトさんを侍らせて一団の側へ向かう。
『すいません。私達は旅の者なのですが』
『ん?なんだい?』
説明書通りに右手平を口に当てて話すと、本当にフランス語が手の甲のスピーカーから出た。
兵士さんの声も、腕から伸びたイヤホンを通じて翻訳される。
すごい便利だ。これって通訳者の仕事を奪うんじゃないか?
『…なんか随分と妙な格好だな』
『…あー、その。遠い田舎からやってきた魔術師でし
て』
『魔術師!?本当か!?』
随分と食いついてくる兵士さん。
『魔術師って事は戦えるんだよな!?俺達に協力してくれないか!?化物が俺達を食いに来るんだ!』
そういえば砦がワイバーンに襲われてて大変だのなんだのって話があった気がする。それのことだろうか。
『では…情報提供さえ頂ければ、辺り一帯の魔物を殲滅して差し上げましょう。田舎まで噂は流れませんのでね、ニュースに疎いんです』
『なんでも話すから是非頼む!取り敢えず移動しながら話そう!』
仲間が心配なのだろう。急かす兵士さん。気持ちはよく分かるので素直に従っておく。
「…マスター、どうでした?」
「砦辺りの魔物を片付ければ情報くださるらしいです。話からして魔術師はいなさそうですけど…」
『霊脈が最優先ではあるけど情報も絶対に必要だわ。その話、受けなさい』
冷静かつ的確なオルガの判断。
そういえば許可を取るのを忘れていた。
「すいません…もう受けちゃいました」
『…次からは相談なさい』
やたらとツンツンした彼女の声。
ヒステリックではないが、ニヘラと笑っているよりは彼女らしい。
「マスター。兵士達が動き出します」
セイバーさんに言われて見れば、一団は移動を開始していた。
慌てて追いかける。
『ここだ』
砦は随分とボロかった。内壁はともかく外壁は酷いものだ。長い間補修をしていないのだろう。
『仲間が上官に報告に行った。今の内に質問に答えよう』
遠慮なく質問することにする。
『魔物に対してシャルル7世は何も対策を講じていないのですか?』
『シャルル王は魔女に殺されたよ。今は元帥が指揮を取っておられるらしい』
元帥とは生きている方のジルドレさんのことだ。やはりセイバーさんを軍関係者の前に出すのは危険だろう。
『魔女とは?』
『聖女ジャンヌ・ダルク様だよ。あの御方は悪魔と契約して蘇ったんだ!』
『では魔物はその魔女が呼び出した?』
『ああそうさ。アンタなかなか察しがいいな』
『ありがとうございます。…ちなみにここに我々以外の魔術師は?』
『いないさ。伝説上の存在がこんな場所にいるわけない…宮廷には何人かいるらしいけどな』
なるほど。表舞台に立っても同業者にボコられない人材は限られる。一般兵士が知っている様な魔術師はそんなものか。
というか秘匿すべきなのに「自分は魔術師です」と公言する方がおかしい。どうせこの特異点は消えるので、僕は正直に名乗ったが。
『もう十分です。情報提供感謝します』
礼を述べたその瞬間、壁の向こうで悲鳴があがる。同時に鐘も鳴り始めた。
『…対価を払う時間の様ですね。出撃しても?』
『上官の許可はもういい!はやく手伝ってくれ!』
剣を携えて走っていく兵士さん。勇ましい人だ。
「キリエライトさん、出撃です。セイバーさんは…もしも時の為に待機で」
簡単な指示を出して門へ走る。途中沢山の負傷兵達とすれ違った。彼らを死なせない為にも、速攻でカタをつける必要がある。
空気を震わせる咆哮。ワイバーンの群れだ。初めて竜種を見たが、凄まじい圧を感じる。
「ワイバーン!?何故こんな所に幻想種が!?」
キリエライトさんの悲鳴じみた声。
劣化種とはいえ、上位存在だ。こんな簡単に出てきていいものではない。
しかも数が多い。十匹はいるだろうか。流石にこの数全てを引きつけるのは無理なので、兵士さんに頑張ってもらうか、セイバーさんに出張ってもらうしか…
「──兵達よ!水を被りなさい!一瞬ですが彼らの炎を防げます!」
戦場に朗々と響き渡る澄んだ声。
「どうか私と共に!戦ってください──!」
聖女が。その御旗を掲げた。
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