燃える街
──目が醒める。
硬い地面。感じる熱。どうやら無事、特異点Fへやってこれたようだ。
とりあえず周囲を確認。硝子化した地面に炎を映した赤い空。まるで地獄である。
だがその中でも明らかに異彩を放つモノが一つあった。
「うぐ…」
今目覚めたコスプレ少女である。
「お目覚めですか」
「あれ…ここは…?」
「なんというか…地獄ですかね?」
あまりにも投げやりな返答に彼女は首を傾げるが、辺りを見渡して頷いた。
「確かに御伽話に伝わる地獄の様ではありますが…ここは恐らく特異点Fです。藤丸さん」
「はあ…特異点F…」
「はい。本来Aチームが派遣される筈だった謎の空間です」
キリエライトさんが真面目な顔で説明してくれる。しかし格好のせいであまりに様にならない。いつかは僕も彼女の姿に慣れるのだろうか?
「まあキリエライトさん。それより…」
「…藤丸さんもお気づきでしたか。…アレは何でしょう?」
弓や剣を担いだ骸骨のお出ましである。獲物を見つけて嗤っているのだろうか?口をカタカタと鳴らしている。
「骨、ですね。まあ友好的には見えませんし撃退するしかないのでは?」
「了解です、
「…いえ大丈夫です。少し待ってください」
「何か策があるんですか?」
不安そうな彼女をよそに集中する。
──思い出すのは初めて魔術を教わった日。当時僕は、祖父の期待に答えるべく魔力を唸らせた。今はキリエライトさんに期待されている。だから。きっと。
「…よし」
魔術回路、起動。どうやらレイシフトによる損害はなかった様だ。僕の回路のキーは「期待に答える」。誰かの為に。そう思わなければ魔術を使えない。
「Sèvi li.」
スケルトンがダラリと腕を下げ、完全に沈黙した。
「これは…魔術?一般枠と聞いていましたがまさか…」
「はい。これでもネクロマンサーです。唯の死体程度ならこの通り操ってみせますよ」
どうやらスケルトンに殺される、なんてことはないようだ。特異点パワーかなにかで弾かれるかと恐れていたが…
「すごいです藤丸さん!これならきっと安全に調査が…!」
喜ぶキリエライトさんが言い切る前に聞き覚えのある声が響いた。
『ああやっと繋がった!こちら管制室!聞こえるかい!?』
「こちらAチームメンバーマシュ・キリエライト。無事レイシフト完了しました。同伴者は藤丸立香一名です」
唐突に呼び捨てにされ、少し驚く。どうやら彼女は仕事モードのようだ。
「『よかった。無事なんだね!自己紹介も済ませたみたいだし、周囲は安全なんだね!』
「いえ。それはまだです」
『ええ!?って通信が切れる!二キロ先に大きな霊脈がある!座標を送るからそこに──』
「…通信途絶しました。藤丸さん。移動しながら色々とお話しましょう」
「了解です」
キリエライトさんを先頭にして僕達はゆっくりと歩き始めた。
骸骨の内数体を斥候に走らせている間、僕達は歩きながらお互いの情報を交換していた。
「…なるほど所長が僕の名前を」
「ええ。とても怒っていらっしゃいました。帰投したらすぐ謝るのが懸命かと」
すると骸骨達との間に結んだ簡易の魔力ラインに報告が入って来た。
「…異常発生、ですね。ここからは走りましょう」
「…!了解です」
目標地点へ向けて全力で走る…が。
「ハア…ハア…ハア…」
「藤丸さん!急いで下さい!今、人の叫び声が!」
僕も魔術師なので鍛えている。肉体に自信はあったがさすがにサーヴァントには及ばない。
「もう少しです!」
かなり無理しながら走る事でやっと目標地点に着いた。暴れる肺と心臓を押さえつけて交戦体制に入る。
「マシュ!…とアンタ誰よ!」
「所長下がって下さい!戦闘を開始します!」
先行させた骸骨はバラバラになっている。先程から反応がなかったが所長に破壊されたのだろうか?
とりあえず自分の護衛にさせていた骸骨達を一体残して前に出す。
「キリエライトさん!骸骨に援護させます!遠慮なく殴ってください!」
「了解ですマスター!」
味方骸骨で注意を引き、キリエライトさんが思いっきり殴る。極めて簡単な戦闘だ。命を懸けた戦いは初めてだったが、恐怖を感じる必要はなさそうだ。
「殲滅完了です…御無事ですか?所長」
「……………どういうことよ」
「ああ、私の状態ですね?」
「そんなの見れば分かるわよ。デミサーヴァントでしょ!それよりよ!」
そう叫ぶと所長は僕を指差し、物凄い剣幕で詰め寄ってくる。悪鬼もかくやという表情である。
「ヒッ…」
「なんで外部の人間と契約したのよ!貴女の体はカルデアのものでもあるのよ!?」
「所長!藤丸さんはカルデアの職員です!最後のマスターさんですよ!」
「最後の…?アンタまさか遅刻した奴!?よりによってこんな奴と…もうなんでこんなことに!」
所長は大きく身を振ると、こらえきれなかったのかゆっくりと屈んだ。
「あの…遅刻してすいません…これから頑張るのでどうか許して頂けませんか…?」
「これから頑張る…?そんな事は当たり前なのよ!頑張らなかったらスケルトン共の仲間入りよ!」
とりつく島もない。所長も半泣きだが正直僕も泣きそうである。
所長はそんな僕を見て溜息を吐いた。
「もういいわ…ちょっと言い過ぎました。それは謝罪しておきます。ですがとにかく今は管制室と連絡を取ることが最優先よ。霊脈を探しなさい」
許してもらえたのだろうか?しかし彼女もあまり冷静ではないようだ。何故なら…
「所長…お言葉ですが、霊脈は所長の真下かと」
「うぇ!?わかっ、分かってたわよそれくらい!」
そうとう気が参っているのだろう。優秀な彼女らしくないミスだ。
「…ゴホン。マシュ、盾を地面に置きなさい。触媒にして管制室と繋ぐわ」
「…あの所長すいません。少し席を外してよろしいですか」
「この状況で単独行動?死にたいの?」
物凄い呆れ顔である。心が折れそうだ。
「…その、武器の制作を」
「ああ、貴方ネクロマンサーなのね。許可します。ただし!あまり離れないこと。いいわね?」
「っはい!勿論です!」
許可を頂いたので足元に散らばった骨で制作を始める。骸骨を制御下に置かず撃破したのはこれが理由なのだ。
骨を組み合わせて、リュックから取り出したダクトテープで固定しつつ考える。
所長も心配してくれているしきっと悪い人ではないのだろう。しかしちょっと…いやだいぶ怖いのが辛いところだ。あんなに激烈に詰め寄られたことはない。チビらなかったのが不思議なくらいだ。
なんてボヤいていたら武器が完成した。骨と骨が集まり合って再起動しようとする性質を利用した簡易の追尾性魔力爆弾だ。天然由来でない物を使用したので多少効率は下がるが道具が十全でないので仕方がない。骨はそこらへんに沢山歩いているので数でカバーしようと言う訳だ。
骨爆弾をポケットに突っ込んで戻ると、所長達はDr.と話し終わったようだった。
「…ふん。SOSを送ったところで、誰も助けてくれない癖に」
「そんな事はありませんよ所長。我々がきっとお助けします。ね?藤丸さん」
「え?あ、はい。できることならなんでもしますよ」
「…どうだかね。それより藤丸。これからこの特異点Fを探索することにしたわ。構わないわね?」
それ以外に選択肢があるんだろうか。少し疑問に思ったが取り敢えず骨爆弾を渡しておく。
「これを。魔力を込めれば最寄りの骨に飛んでいって爆発します」
「…なるほどね。頼りないけど魔術師としての腕は本物か。少し見直しました」
え、褒められた?いや違う自分なんかに褒められる要素なんてないもっと頑張らなきゃ皆の役に立たなきゃ強くならなきゃもっともっともっともっともっともっともっともっと──
「ちょっと藤丸!?どうしたの!?」
「藤丸さん!?しっかりしてください!?」
──え?あ、ああ。
「…すいません。寝てました」
「ア、アンタ寝てたって感じじゃ…まあいいわ。時間は貴重です。さっさと拠点を作るからついてきなさい」
キリエライトさんが心配そうに覗きこんでくるが気づかないふりをして所長の後についていく。
しっかりついていかないと、失望されてしまうだろうから。