「ふ〜ん。人類滅亡の可能性、ね」
『随分と興味なさそうですね?』
「そりゃ、想像もつかねぇからなぁ。唐突に滅びます、なんて言われても現実味なんざ湧かねぇよ」
『それでもえー!!とか嘘だろ…!?とかあるじゃないですか』
「騒ぎたいなら一人でしてろ軟弱男」
『え、酷くない?』
ここはベースキャンプの男用テント。キャスターさんとDr.が情報交換をしていた。どうやらキャスターさんはDr.のことが余り好きではないようで、結構な頻度で心無い言葉を浴びせていた。少し怖いがフォローを入れておく。
「…あんまり悪口は言わないほうが」
「そう言われてもな〜。なーんか気に入らねえんだよ、コイツ」
『ボ、ボク何もしてないよね!?』
「そうです。何もしていないのに辛く当たるのは正しくないかと」
「お、おう?マスター、お前掴み所のない奴だなあ」
?どこがだろうか。
『ああ〜うん分かりますよ。藤丸君、急に饒舌になったり黙りこくったりキャラがよく分かんないんだよね』
…コミュ障あるあるの一つ。「普段無口なのに急にめちゃくちゃ喋る」である。
「…それより、キャスターさんにお願いがあるんです」
「ん?なんだよ」
「キリエライトさんに稽古をつけてあげて欲しいんです」
『それは名案だね。マシュは未だ宝具はおろか真名すら判明していない。本物のサーヴァントに教えて貰えば何か掴めるかも!』
ここまでは原作と同じだ。だがこれからは違う選択をする。
「…僕はその間所長とお話をしたいと思っています」
「おいおいそりゃねぇだろ。お前のサーヴァントだろうが。しっかり面倒見てやれよ」
予想通りの反応だ。圧倒的な正論の前に屁理屈は通用しない。よって誠意で押し通す。
「…お願いします。どうしても二人きりでお話をする必要があるんです。護衛は骸骨でなんとかします。ですからどうか…」
「…ん〜まあマスターの頼みだしな。分かったよ、但し条件付きだ」
「条件?」
「その話とやらが終わったら嬢ちゃんの修練にも付き合ってやれ。サーヴァントってのはマスターとの信頼が大事だからな。いいな?」
「はい!勿論です!」
よかった。どうやら承諾してくれた様だ。この機会は大切にしなければ。
「明日の朝に出かける。お前もしっかり寝とけよ」
そういうとキャスターさんはテントから出ていった。彼の言う通り忙しい明日に備えて寝るとしよう。
そして今日。既にキャスターさんとキリエライトさんは出かけていった。Dr.はキリエライトさんの近くでないと通信できない。つまり二人きりという訳だ。
「…で、話って何よ」
さすがに直球で話を進める勇気はない。昨晩考えた通り、哲学的な感じでフワッと伝える事にする。
「所長。死ってなんだと思いますか?」
「死?魔術的にみれば魂の剥離で、科学的にみるなら脳の停止じゃない?」
思いの外あっさりと答える所長。少しでも迷ってくてればそのまま煙に巻いたのだが…
「…その、じゃあ自分が死んだ後ってどうなると思います?」
「放置すれば肉体は腐って魂は行くべきところに行くでしょうね」
またまたあっさり答える所長。頭がよく、理屈っぽい彼女に抽象的に伝えようとする事自体が間違いだったようだ。もうバッサリ伝えてしまおうか。
「では魂が移動しなかったら?それは死でしょうか?」
「ただの地縛霊。つまり死じゃない?」
「いえ、特定の場所には縛られない場合です」
「じゃあ浮遊霊で結局死…というかこの手の話は死霊術士のアンタのが詳しいんじゃないの?」
「いえその…知識としてではなく…所長の認識が大事というか…」
腰に手を当て、怪訝そうな表情でこちらを見る所長。
「私の認識ぃ?…ちょっと待ちなさいまさか…」
自らの掌を胸に当てている。最初は真顔だったが、段々と脂汗を流し、ガタガタと震え始めた。
「…わ、私の心臓…うご、動いてないわ…!」
どうやら自力で真実にたどり着いた様だ。しかし明らかに動揺し、怯えている。こうなっては可哀想だからオブラートに包もうとしたのだが。
「落ち着いてください所長!」
「私死んで消えちゃまだ誰も褒めてくれてないのに勝ってないのに」
話が全く通じていない。とにかく自己崩壊が始まる前に一度正気に戻さなければ!こんな時、主人公ならば手を握ったり抱きしめたりするんだろうが僕は紛い物だ。チキンでいかせてもらう。
肺腑目一杯に焼けた空気を吸い込み、思いっきり叫ぶ。
「落ち着いて!!ください!!!」
「ひょいっ!」
変な声を上げて所長が固まる。この隙に都合のいい事実を耳に流し込み、存在を安定させるのだ。
「所長、ご安心を。まだ死んだわけではありません。ちょっと肉体が無いだけです。」
「い、いやそれ死…」
畳み掛ける。とにかく希望を捨てさせてはいけないのだ。
「この僕が必ずやお助けしてみせます。ですから少し落ち着いてください」
「は、はいありがとうございます?」
錯乱の余り敬語を使う所長。しかし表情は安定してきている。この調子だ。
「肉体がないなら依代の中に入ればいいのです」
「よ、依代?…まさかスケルトン!?」
さすがにうら若き乙女が骸骨になるのは嫌なのだろう。悲痛な声を上げる所長。
「いいえ。骸骨ではカルデアに帰れません」
「じゃあどうすんのよ!」
今度は怒り出した。不安定過ぎて気の毒だ。
「ここです」
そう言って自分の胸を叩く。
「どこよ!」
「だからここですって」
もう一度胸を叩く。
「…アンタ死霊術士なのに一つの肉体に魂を二つ入れると消滅するって知らないの?」
呆れているのか泣きそうなのかよく分からない表情で問われる。
「勿論知っていますよ。ですがそれは普通の人間の話です。我々ならなんとかなりますよ」
「私が軽量化されてるってこと…?」
「違います。僕の魂が欠けてるんです」
両儀式さんも病院で霊に侵入されていたが死はおろか発狂すらしなかった。僕でもなんとかなるだろう。
「…え、なんで?」
「秘密です。それより一度試しませんか?帰りに挑戦していざ入らなかったでは困るので」
心底嫌そうな顔をする所長。めちゃくちゃ傷つくので辞めて欲しい。ヤメテ…
「…ホントに死なないのよね?」
僕が嫌で顔をしかめた訳ではないのか?ないよな?うん、ない。きっとそう。
「入れなければカルデアに帰れませんし、勇気を出して頂くしか…」
そう言って少し追い詰めると、暫く百面相を繰り広げたあと、遂に所長は覚悟を決めた。
「っしゃ行くわ!優しく受け止めてよね!」
「了解です」
静かに頷き、僕も受け入れ体制を整える。
所長が猛然と突っ込んで来た。僕は回路を走らせ、所長を純粋な魂に変え────
────あったかい
そう感じたのはどちらだっただろうか。僕は私を優しく包み込んでくれた。僕は私の過去が見えて、私は僕の過去が見えた。僕はいつも教室で一人で、私もいつも教室で一人だった。親以外の知り合いは少なく、その人達も結局はどこかで他人だった。僕も私も家のプレッシャーに潰されそうだったけど期待応える為には努力するしかなかった。「ヤバいです、私!ちょっと混じってます!」別にいいじゃない。とってもあったかいもの。それに僕も…私と同じひとりぼっちだったのね…なんでかしら、私とっても嬉しいわ。でも安心して?これからはずっと一緒よ?だからもっと──
「気持ちよくなりましょ?」
目の前で所長が消え入りそうな声で呟く。その頬は赤く上気し、目は熱に浮かされた様に潤んでいる。
完っっっっっっ全に失敗した。彼女の魂は何かを求めるように僕の中で駆け回り、隙間の奥の奥まで入りこんできた。あともう少し分離が遅れていたら完全に癒着していただろう。
帰ったら人形の中に入ってもらうつもりだからいいが、帰る道中は気張らないとかなりヤバそうだ。
今回の収納時間は秒針を見るに30秒。その間に僕は彼女の人生を見た。相当な精神加速だ。本番は何秒あの誘惑に耐える必要があるんだろうか…?
「…ねえなんで閉め出したの…?寒いわ…」
豊満な体を押し付けて不平を漏らす所長。この大地は燃え盛っているが彼女の魂を暖めるにはほど遠い様だ。
いやそんな馬鹿なことを言ってる場合ではない!纏わりついて離れない所長を引こずってテントに入る。
今の彼女は明らかに正気ではない。元のキリッとした所長に戻ってもらわねば、指示を仰ぐ身としては非常に困る。
初歩的な催眠魔術をかけると、所長はすぐに眠りに堕ちた。魔術を齧っていれば簡単に弾ける程度の魔術だ。この無防備さではレフ教授に何をされるか分かったものではない。暫く眠って心を整理してもらって、それからまた話し合わなければ。
ゆっくりと寝袋の上に横たわらせて顔を覗く。美しく端整なその顔は、溢れんばかりの幸せに満たされていた。
普段のしかめっ面と打って変わった顔に少し驚くも、同時に憐れみを覚えた。この人は今まで無条件に甘えることを知らなかったのだ。
せめて僕は優しくしてあげよう、そんならしくもないことを想ってしまう程には僕も彼女に毒されていた。
なんだこれ