時間が止まればいいと思った。
正直、僕みたいな年齢の子供が考える事ではないと思うけど……時折、酷くそう思うことがあるのだ。まだまだ長い人生だ。この先何が起こるかなんて僕にはわからない。こんなことを願ったって、世界は進み続けるし……時なんか止まらない……だけど、僕はそんなことを願ってしまう。
失うのが恐ろしいから。今まであった
いったい、この願いはいつ生まれたんだろうか? この願いを思い出す度に、そんな事を決まって考える。
でも、生まれた理由はわかっている。
その理由は今が好きだからという簡単なものだ。
ただ、特別何かがあるわけでもない平凡とした毎日が好きだから、その日常を誰かと分ける事が嬉しいから。
だから、僕は何もいらないのだ。ただ、今を過ごしていればいい。この日常が続いていればそれでいいのだ。
――――もしも、この日常を壊す者が現れたり出来事が起きるなら……僕はどうするのだろうか? 僕の力ではかなわない存在、ただ見守るしかない現象、それら全てが僕の日常を壊すとしたら――――僕は逃げるのだろうか? 挑むのだろうか? それはわからない。だって、そんなことが普通は起きると思わないし……簡単に起こってしまったら、それは異常ではなくなる。
――――でも、本当に起こったりしたら……僕は日常を守れるのだろうか?
もしも、力があったのなら……僕はそいつを日常のために殺すだろう。何の躊躇もなく塵のように。こんなことを考えている僕は、狂っているのかな?
これは夢だ。こんなことを思い出すのは夢でしかない。
僕の願いを振り返る夢……二度寝するなんて僕らしくないな。
よほど、朝の夢が堪えていたらしい。
多分、今はバスの中だろうな。最後の記憶がそれだし、そろそろ起きないと……もう学校についているかもしれない。 そんな気が緩んだ時だった。
僕の体に何かが纏わりついた。その何かは耳元で囁いて来る。
「大丈夫よ、戒。貴方には力があるの。私の名を呼んで……それだけでいいのよ?」
優しく蕩けるような声、その声は人を魅了して、堕落させるもの……逆らえない。この声に従うだけで全てが手に入るという、錯覚まで覚えるほどに……その声は蠱惑的で魅力がある物だった。
影が体を飲み込む始める……違う、これは影というより泥だ。黒く、暗く、恐ろしい、一度浸かると抜け出せないような深い泥――――この声に従えば、すぐに泥にのまれ。
「大丈夫よ? そんなことしないわ、私は貴方が好きなだけだから……貴方が望めばなんだってする、貴方が欲しがれば私が持ってきてあげる。戒。私を呼んで。私を抱きしめて?。私を見つけて。私を愛して。怖くないの……だって、そうすれば楽になれるのよ?」
声が……溶けていく。
僕という器にその声は毒のように溶けていく。抵抗は無駄だし、そんなことをしても苦しくなるだけ……だったら、早くこの声の言う通りに名を呼べば――――――。
「そうよ……戒。そうすれば貴方は救われる。無理をする必要はないの、だって本当の貴方はもっと
声は話し続ける。僕の体を飲み込みながら――――声を聴く度に、意識が沈んでいく。体が溶けていく。
抜け出す事はもう、できない――――だって……この中は、凄く気持ちが良いから。
◇◇◇
「戒、ちょっと戒! 起きなさい。なんで、こんなに起きないのよ、もう! 学校着いたわよ!」
そんな声を聴き僕の意識は戻ってきた。頭痛がする……頭が正常に働かない。さっきまで僕は、何をしていたんだろう? あれ? 何も思い出せない。記憶が全て消えていた。家を出たところまでは覚えている。だけど、それ以降の記憶が、何かに喰われたように消えている。
だも、感触は残っている。何かに喰われたような感触が……これはなんだろう。
「戒……いい加減、起きろ!」
とっさに拳を避けた。僕がさっきまで居た場所には拳があり、座っていた席の背もたれには窪んだ跡が出来ていた。
危ない……避けていなかったら、今のの拳が僕に刺さっていたかと思うと、寒気がする。
今の出来事で、先程まで考えていたことすべてが吹っ飛んでしまった。こんなことするのは誰だろうか?
「ちっ、避けたわね。相変わらず無駄に身体の力が高いんだから……」
あからさまに、舌を打ち褒めているようで、貶しているような言葉を吐く少女が僕の目の前にいた。金の髪を持った気の強そうな少女だ。少女の様子は明らかに不機嫌で私、怒っていますという雰囲気だった。この少女はアリサ・バニングス。一年の頃になのはから紹介されてから、友達になった少女だ。言い方はきついがいつも周りの事を気遣ってくれる。そんな子だ。でも、今はどうして……。
「ア、アリサ? どうしてそんなに怒ってるのかな?」
「怒ってないわよ!」
絶対嘘だ……絶対にアリサは怒っている。 僕は何かしましたか? 全く分かりません。
「アリサちゃん、みんな見てるよ」
「え? 嘘よね、なのは?」
「にゃはは」
なのはは、笑って誤魔化した。そしてアリサは機械のようにゆっくりと周りを見渡して――――。
「っ――――」
アリサは顔を真っ赤にしてm涙目になり僕の事を睨んできた。拳をプルプルとさせて殴るのを我慢しているようだが……皆それを少し暖かい目で微笑みながら見ている。
哀れアリサ。
「戒のせいよ!」
「何でさ」
唐突に話が降られて、僕は自然にそんな言葉を返した。
「なんか……ごめん」
「私も悪かったわ、戒が魘されてから心配で……いくら声をかけても起きなくて、自分でもわかんなくなって……それで、動転してたの……ごめん、戒」
そうか、僕は魘されてたのか……それでアリサを心配させちゃったと、悪いことしたな。うん、今度何か作ってあげよう。
「アリサ……やっぱり優しいね。ありがとう」
「なっ、私は優しくないわよ!」
「それだけはないよ、アリサは優しい。僕が保証する……安心して?」
「戒にそんなこと言われる必要ないわ……もう、かなり時間たっちゃ経っちゃたじゃない。早くいくわよ」
「はいはい……」
「あれ? なんでみんな、そんな笑いを私に向けるの? ってなのはまで、やめてよ……なんか恥ずかしいじゃない」
「にゃはは、アリサちゃん早く行こう遅刻しちゃうよ?」
「なのは……笑わないでよ。私先行くわよ」
「待ってよアリサちゃん、戒君も行こうね」
「了解だよなのは」
僕はそうしてバスを出た。先程の夢を全て忘れて。