「東西戦争」の際に発生した、二つの未来。
東西の子供達が、お互いを刺して死んだ未来。
お互いを刺さずして戦いが起こらなかった未来。
これは、刺さなかった未来の、数ヶ月後の物語。
永遠。
それは、誰しもが一度は求める時の果て。
老いることも死ぬこともなく、このままの姿で生きることを望みたい。
愛する人と末永く幸せでありたい。
そのような純粋な願いが、いつしか永遠を求めるようになっていった。
だが同時に、永遠とは限りなく不確かなものだ。
人間は未来を見据える力を持っていない。だから全てのことが永遠に思えてしまっても、いつの日か必ずそれは終わりを告げる。
そして宇宙から見れば、人間はひどく短命だ。人間にとっての一年は、もしかしたら宇宙にとっては眠りの間に見る夢のように、長いように思えて短いのかもしれない。
永遠。
それは、不確かな存在の象徴そのもの。
闇に染められた部屋に佇むのは、ただ一人の少女。
ある少女の目には、微かに光を放つ一体の人形が映り込んでいた。
透明で奥深い、真っ赤なドールアイ。一本一本が繊細に作り込まれている真っ白なドールウィッグ。高級感溢れる素材で作られた、白いドレス。
そして人形は光を帯びていた。まるで、少女に見つけられることを望んでいるかのように。
小さな人間とも受け取れるその人形を目にした少女は、その場で固まっていた。同時に、哀れな目付きをした。
「……可哀想……こんな暗いところに閉じ込められて。今すぐ連れて行ってあげるね」
人形に話しかけても、当然ながら人形は何も答えない。ただ無造作に転がされているだけだ。
それでも少女は、人形に対して笑いかけながら、人形の方へと歩み寄る。
────少女が人形を抱きあげようとした、その瞬間。
バアン、という痛い音と共に、外から大量の光が差し込んできた。
人形を即座に抱き上げた少女の姿が明確になる。雪のように白く長い髪、純白のワンピース。黄金のように煌びやかな金目。
そんな少女を、乱暴に開け放たれたドアから威嚇する者がいた。
「そこで何をしてるの?」
金髪を紺のリボンで二つに束ねた青眼の少女────アイユキアリス、もといユキアが、少女の腕の中にある人形を睨みつけながらそう問いかけた。
白髪の少女は、人形を力強く抱きしめた。我が子を離さんとする母親のように。
「……あなたは、誰?この子を奪いに来たの?」
少女の身体は小刻みに震えている。恐怖に襲われていないとは、到底言えなかった。
だが、少女は弱々しい風貌をしていながらも、ユキアのことを睨めつけていた。
「その人形は危険物なんだよ。そいつをここに置いて、大人しくしてなさいな」
片手を腰に当てて、ユキアはもう片方の手に黄金の剣────戦女神の神剣を構えた。
ユキアは普通の人間の姿をしているが、実際は何万年も生きている戦女神であった。人間の姿のままでも戦闘力はあまり変わりない上、戦女神の時よりも動きやすい。その為に、ユキアはほとんど神の姿にはならない。
目の前にいる少女が何者なのか、ユキアは知らない。彼女からすれば白髪の少女は、危険物である人形を持ち出そうとした、いわば犯罪者である。こんないたいけな少女が人形を持ち出そうとするとは、ユキアも半信半疑だった。
「…………」
少女は人形を離そうとしない。両腕に抱えて、じっと動かない。
はぁ、とユキアは大きくため息をついた。
(……もう、やるしかないかな)
こんな幼子を手にかけるのは、さすがにユキアも気が進まなかった。当然のことだ。端から見ても、この少女が犯罪者だなんて誰も思わないだろう。
だが、この少女を見逃してやったところで、いいことなんて一つもない。むしろ状況が悪化するだけだ。
少女の持っている人形が、どれだけ危険なものかを知っているから。
(……やむを得ないよね)
念を押すように心の中で呟いて、ユキアは剣を握りしめる。それもまた、意を決するために自分を追い込む行為だ。
一瞬で終わらせて、あの人形をあの子の手から離してしまおう。そうすれば、何も困らない。
それはあまりにも浅はかな考えだった。
────一歩踏み出した、その時だった。
「ッ!?」
ユキアが剣を振り上げた時、刃の先には誰もいなかった。おかしい、そこにはあの子がいた。確かに彼女を狙った。
なのに、何故?
瞬間移動、透明化。あらゆる事象を考えてみるも、ユキアには断定できない。
彼女が何者か知らない。だから、彼女が何の能力を操るのかを知らない。これぞ負のスパイラルだ、とユキアは焦り始めた。
(どこ……!?)
不意を突かれたら、こちらの調子が崩れる。それだけはなんとかして避けなければ。そう思い、ユキアは辺りを見回す。
しかし、見えない力のようなものが、ユキアの運命を一瞬で変えた。
────ユキアの背中を、ドン、という小さな衝撃が押し出した。
目の前には、ブラックホールに似た漆黒の穴が現れる。
「えっ……!?」
抵抗する暇も与えられず、ユキアは穴の中に放り込まれる。穴はユキアごと、闇に吸い込まれるかのように消えていった。
人形を強く抱き締めて、少女は薄く笑う。
「────私はまだ、終わりたくないの」
その呟きが誰に向けられたものなのかは、少女以外の誰にも知る由はなかった。
何一つ輝くことのない闇の中で、誰かが平面に寝そべっていた。暗闇に支配された世界の中で、双眸を静かに見開いている。
四肢を広げ、平面に身を投げ出すのは『少年』だった。
彼は、僅かに口を開く。
「さあ……終わりの始まりだよ」
何も見えない世界で、少年は微笑を浮かべた。
その言葉の意味を知る者は、少年以外には誰もいなかった。