Ewigkeit Schlacht   作:羽月天夏(ユキア)

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第二章「夢想 - Träumerei -」(後半)

 ……身体が冷たくなっていくのと共に、俺は──を見た。

 寒い中にいるからだろうか、自分が吹雪の中に立ち尽くしている。見渡す限りの白銀。

 いつの間に、こんな場所にいたのだろう? 俺はさっきまでどこにいたんだろう? そんなことばかり考えていると、身体の末端が違和感に襲われる。

 見ると、身体が氷漬けにされていく。動くこともできない。肌に突き刺さるように覆っていく冷気は、俺の心さえも蝕んでいく。

 救いようのない、残酷な冷気だった。

 

 

「かはっ……!! ごほっ……」

 水の中から引き揚げられて、俺の身体は草の上に投げだされる。息が上手く吸えずに、咳き込んでは息苦しさに悶える。

 周りを見渡してみると、辺り一面木々が広がっていた。後ろには、泳げない人間が入ったらすぐに溺れそうな程に深い湖が広がっていた。

「ごめん。湖の中に放り込むつもりはなかったんだけど」

 俺の身体を横からさすって、ハルが謝罪の言葉を口にした。

 ……そうだ。確か俺は、あの少女と人形に殺されかけて、途中でハルに助けてもらったのだ。だが、彼の力を以てしても彼女を退けることはできなくて……俺達はここまで逃げてきた。ようやく、自分たちの置かれた状況を冷静に理解することができた。

「いや、俺は別に平気だ。ただ、なんか変な夢を見た気がする」

「夢?」

「……なんでもない。大した夢じゃないから」

 そうだ。本当に大した夢ではないのだ。ただ、自分が氷漬けになっていくのは見ていて恐ろしいものだった。もしかしたら正夢になるのではないかと考えてしまう。

 だが、彼みたいな仲間に余計な心配はかけたくない。それに、正夢なのかどうかは、夢の内容が実現されてからでなければ分からないのだ。実現されないように願うことくらいしか、俺には対処できそうにないが。

「カツオブシさん、傷は平気? よければ僕が回復するけど」

「いや、正直動くのはちょっと辛いわ……というか、ハルはいいのか? 左腕がひどいことになってる」

「あぁ……見た目ほどひどくはないよ。まぁ、回復しておくに越したことはないけどね……『創世の業』《復元》」

 黄金に近い光が、俺とハルを包んだ。先程の夢とは違う、温かい光だ。氷の破片で傷付いた身体は元通りになってきて、ハルの左腕も元に戻っていた。

 よかった、と俺は安堵のため息をついた。

「ありがとうな。お前がいなかったら、多分危なかったわ」

「そうか……まぁ、正直僕もギリギリだったけどね」

 ハルは苦笑する。笑える余裕もあるのだから、少しは気楽になれたような気がする。敵が今目の前にいない状態はどれだけ安堵できるものか、今ならしっかり噛み締められる気がする。

「そういえば、カツオブシさんはあの子のこと知ってたの?」

 ハルの問いに、俺は黙って首を振る。

「知ってたら、あんなに苦戦はしないだろ」

「そうかい? ……そっか、知らなかったのか。じゃあ、あの子はどこの世界の子なんだろう」

「この世界を作ったんだろ?なら、この世界の子なんじゃないのか?」

「うーん……そう考えるのが妥当なんだけどね。あの子の気配が、なんとなくユキアさんに近かったような気がしたんだけど」

 えっ、と俺は息を飲んで立ち上がった。

 予想外の事実だ。ユキアに気配が似ている? それは、つまり────。

「あの嬢ちゃんは……ユキアの世界の……」

「可能性は高いね。最も、僕らに危害を加えようとしてきた時点で、ユキアさんがけしかけたとは考えられないけど」

 腕を組んでハルはそう諭す。

 俺には、相手がどの世界の人間かを判断する能力などない。アイテムを使えば別だろう。だが今俺が知っているアイテムの中で、似たような効果を持つ物はあるだろうが、相手が敵だった場合、それを咄嗟に出すことは少し困難だ。

 ユキアは俺達の味方なはずだ。裏切るような動機も思い当たる節はないし、たとえ裏切ったとしてもこんなに回りくどい手段は選ばないはずだ。

 俺は誰にも聞かれないような声で、ボソリと呟く。

(……誰か、他に仲間がいればいいんだが)

 そのとき、森の奥からガサガサと物音がして、俺達は咄嗟に身構えた。敵襲だろうか。今この状況で、できるだけ敵との衝突は避けたいが────。

 草むらの中から、二つの影が顔を出した。

「……敵ではなさそうだね」

 ハルの言葉で、無意識に俺の緊張が解かれた。

 森の奥からやってきたのは二人の男女であった。一人は金髪赤眼の青年で、黒の装束とシルクのマントを纏っている。額の少し上辺りに飾られている、紅玉の宝石が着いた黄金の装飾が印象的だ。

 もう一人は、アッシュブロンドとすみれ色の双眸の少女だ。深い紫のローブを深々と纏っており、青年の腕にしがみついている。

 傍から見れば少し不審な二人組であろう。

「……誰だ、お前ら?」

 俺達の存在に気付いた青年が訝しげな目をする。少女の方は、まるで今の状況を把握しようとしているかのように、辺りをきょろきょろと見回していた。

「……まさか、君」「あーっ、ちょっと待てよハル」

 俺は何か言おうとしたハルの言葉を遮る。その様子を見て、青年の表情はさらに渋くなった。

「……どうしたの」

 今まで口を開かなかった少女が、心配そうな表情をして青年に尋ねる。大丈夫だ、と答えると、青年は少女の身体を離す。

 ハルが俺の肩を叩く。

「ちょっとカツオブシさん、どういうつもり?」

「ん?ちょっと拳で会話をしようかと思ってね」

「なんでさ? あの人達は敵じゃない。戦う必要なんかないのに」

 いいから俺に任せとけ、とだけ言い放って、俺は青年に向き直る。青年もまた、俺に歩み寄ってくる。

「お前、まさか俺に喧嘩売る気か? それなら相手してやってもいいけど」

 どこからか現れた剣を青年が握る。漆黒の柄に白銀の刃。切られたら一溜りもなさそうな程、手入れがしっかりとされている。

 戦う気は十分あるみたいだ。

「喧嘩、っていうかさ。俺もちょっとは活躍の場が欲しいわけよ」

「「……は?」」

 青年とハルが同時に間抜けな声を漏らした。俺の発言に戸惑っているのだろう。だが、そんなことはどうだっていいのだ。

「あのなぁ、俺はここに来てから全然役に立ててねぇんだよ。ちっちゃい嬢ちゃんに殺されかけるわ、せっかく助けに来てくれた仲間を守れず傷を負わせるわ……ほんと、どうにかなっちまいそうだよ」

「……それがどうしたんだよ」

「だから、お前らが敵になれ。俺の力が今回の強敵に打ち勝てるものなのか教えて欲しい」

 多分、これは無茶苦茶なことかもしれない。必要のない戦いになるかもしれない。

 俺が自分自身の力量を理解できれば、それでいいのだ。

 その場にいるくせに仲間の役に立てないことほど、むず痒い思いをするものはないのだから。

「なるほどねえ。……そうだな。仲間の力になれなかったら……辛いよな」

 一瞬、青年が変な顔をした。笑いの取れる意味の方ではない。どこか、辛い過去を思い出したかのような────。

「はあ……力不足の解消ってことか。ま、どの道力は必要になるだろうね。最後の戦いの時にね」

 ハルの奴、もうそんなところまで考えていたのか。別に彼のやることだから、珍しくもないことではあるが。

 最後の戦い、か。

「おい、やるんだろ?」

 青年の声が、俺の意識を現実に引き戻した。彼の手の中にある剣が炎を纏っている。

 勝つのは難しい。それでも、俺はどうにかして力を得なければならないのだ。

 そう思うと、自然と口元が緩んだ。

「よろしくな。俺はカツオブシだ」

「カイザーだ。カイザー・グランデ」

 お互いに自己紹介を済ませると、青年──カイザーは、剣をゆっくりと構えた。俺も戦闘体勢になる。

 

 そして、二人同時に踏み出した────その刹那だった。

 

「危ない!」「あうっ!」

 ハルの咄嗟の叫びと、少女の小さな悲鳴。

 次の瞬間、何かが爆発した。

 鼓膜が破れてしまいそうな程な破裂音、思わず目を塞いだ爆風。

 正直、何が起こったのか分からなかった。

(なん、で……!!)

 こんな状況こそ、何か行動を起こさなければならないのに。爆発なんかに立ち止まっている場合じゃないのに。

 動かなければ────!

「スーパースター!!」

 爆風の中で、俺は黄金の星を手にする。爆風の効果が薄れてくる。俺は目の前にいるカイザーの腕を掴み、爆風の中から脱出する。

 その先には、湖のすぐ近くで少女を抱き抱えるハルの姿があった。少女はどうやら気絶しているらしい。

「カイザー!? 大丈夫か!?」

「す、すまねえなカツオブシ……助かった」

 その言葉を聞いて、自然と口が綻んだ。だが喜んでいる場合じゃない。爆発した場所の真上にいる人物に、俺達は顔をしかめる。

 爆風による砂ぼこりがやんできた頃、その人物の姿が明確になってきた。

 白黒の仮面に覆われてはいるが、うっすらと嘲笑が見える。俺達を見下ろしている。

 どこか見覚えのある姿だった。

「……ペーパー」

 目を見開いたハルが小さく呟いたのは、あの嘲笑する仮面の男の名前だった。

 正直、半信半疑だ。俺の仲間にペーパーと戦った者がいる。その際に聞いたペーパーが今目の前にいることそのものが、まるで夢を見ているかのようだった。

 仮面の男──ペーパーは口を開いた。

「久しいな。確かお前は……」

「……ハルだ。覚えているだろ?僕の仲間が、お前を助けたり、殺そうとしたりしたんだから」

「……ああ。あの青髪の奴の仲間か。似たような気配を感じたからな」

 ハルとペーパーが話している内容は全く分からない。それはカイザーも同様のようで、彼も首を傾げて二人を見ていた。

「何故ここにいる?お前はこの世界の人間じゃない。それとも、ここにはいないただの幻か?」

「……さすが、物わかりがいいね」

 そう答えたペーパーの身体の輪郭が、うっすらと空気中に融けた。俺とカイザーは、ほぼ同時に「ええっ!?」と声を上げた。

「やはりな……あの娘が生み出した幻だ」

 ハルが冷静に呟いて、俺ははっとなる。

 あの娘……俺を殺そうとしてきた白髪の少女のことだ。あいつが、俺達に幻のペーパーをけしかけたということだ。

 俺達を何がなんでも殺そうとしてきているのは分かり切っていることではあった。しかし、まさかこんな手法を用いてくるとは思わなかった。

「さあ。お話はここまでだ。四年前の恨み……ここで晴らさせて頂きましょう」

 ペーパーが俺達に向かって突進してくるのが見えた。俺の横にいたカイザーが、剣をペーパーに向けて怒鳴る。

「俺達を鬱憤晴らしに使うんじゃねえ!!『死苦火葬(アインエッシェルング)』!!」

 その刹那、紅蓮の炎が刃から噴き出した。熱気がこっちにまで及んできて、火傷してもおかしくはなかった。

 だが、不思議とこちらに被害はない。代わりに、ペーパーの身体が炎に包まれ、ペーパーは空中に止まった。

「くっ……こんなもの、消し飛ばせば……」

 ペーパーは腕を振り回したり飛び回ったりして、炎を消そうと足掻く。

 だが、炎は消える気配を見せない。

「っ……どうなっているんだ、この炎は……!」

「その炎は、お前が死ぬか、俺が命じない限り絶対に消えない」

 カイザーの淡々とした口調が気に入らなかったのか、ペーパーが炎に包まれながら拳を振るおうとする。

(天空の剣!)

 俺の手に一本の片手剣が現れ、その剣でペーパーの攻撃を受け流す。ペーパーは攻撃を受け流された反動で、湖の中に投げ出される。ばしゃあん、と水飛沫を上げて、ペーパーは湖の中に沈んで行った。

 熱気で俺の顔が火照っている。あまりの熱気に顔が溶けそうだった。

 この剣──天空の剣は、剣そのものに何かしらの特殊能力があるわけではない。その代わり、物理的なダメージは多く与えることができる。おかげで、カイザーにペーパーの攻撃が当たらずに済んだ。

「やったか?」

 俺は湖の中を覗き見る。ペーパーが落ちた場所からは、こぽこぽと水泡が浮いてきていた。一応、倒せたかもしれない。

 敵を倒せた安堵感の中、ハルが深刻そうな表情をした。

「……カツオブシさん、カイザーさん。僕はこの世界の詳細を探りに行く。だから、この娘をお願い」

 抱き抱えていたローブの少女をカイザーに任せると、ハルは灰色の空へと飛んで行った。

 俺もカイザーも何も言わなかったが、俺はどうにも不安で仕方がなかった。力強い戦力であるハルが離脱したこともあるのだが、それとは別に不安なことがもう一つあった。

 それは────

 

「カツオブシッ!!」

 

 カイザーの声が俺の耳に届いたのと、魔の手が俺に迫ってきたのは同時のことであった。

 水に濡れた漆黒の棘だった。

(なんだ、これ)

 紛れもない凶器が、俺の腹を抉り、そして突き抜けた。鮮血が腹と口から溢れ出るのが分かった。

 嘘だろ。

 なんでこんなことになってんだ?

 訳が分からずに、俺はその場に崩れ落ちた。目の前が朧げになって、身体もまともに動かせない。

 力を振り絞って、下唇をぎゅっと噛んだ。近い所か遠い所で、誰かが俺の名を呼んでいた。それが誰なのか、もう考えることもできない。

 悔しい。終わりたくねぇや。

 呆気なさすぎて笑いたくなった。笑う体力もないけれど。

 

 死にたくない。

 

 そう夢見て、俺は目を閉じた。

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