Ewigkeit Schlacht   作:羽月天夏(ユキア)

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第四章「傍観者 - Schaulustiger -」(前半)

 灰空の元、風が妙に生ぬるい。そんな気味の悪い風は、僕や草木をそっと撫でていく。

 あまりにも静かだった。崖に佇んでいる僕の周りには誰もいない。何もいない。

 あるのは、少しの後悔と有り余る探究心だけだった。

 

 この世界を探索していて、いくつか分かったことがある。

 一つ目は、この世界にはいくつか境界のようなものがあることだ。一度だけ、僕は限界まで空に飛んだ。その時、何キロメートルかの地点で頭がぶつかった。そこを調べてみたら、魔力で空間が断ち切られていたのだ。地上も似たような状態で、山を越えようとしたら結界のようなものでその先には進めないようになってきたのだ。

 二つ目は、森ばかりでなく城や街もあるということだ。だが、街には誰一人として人間がいない。いわゆるゴーストタウン状態だ。街の中も少しだけ覗いてみたが、どの建物に入っても皆もぬけの殻だ。ちなみに、城にはまだ赴いていない。街から森を挟んで、だいぶ遠い距離にあったのだが、何か嫌な雰囲気が漂っていたので後回しにした。

(カツオブシさんには悪いことしちゃったな……)

 僕がカツオブシさん達の元を去ってから、何時間か経った。僕は山々の近くの崖の淵に座って、この世界の全体を眺めていた。

 この世界を探りに行くと言い残して、僕はカツオブシさん、カイザーさん達の元から離脱した。その直後、カイザーさんがカツオブシさんを呼ぶ声が僅かに聞こえた。焦り混じりの声だったから、恐らくカツオブシさんに何かあったのかもしれない。

 それにも関わらず、今僕はこの場にいる。当然罪悪感はあるが……今更戻ったところで、僕の本来の立場を崩すだけだ。

(……何を考えているんだ、僕は。僕は誰の味方でもない。ましてや敵でもない)

 

「傍観者、だろう?」

 

 僕ははっとして振り返った。ここには誰もいないはずだ。

 ────しかし、僕の目線の先には確かにいるのだ。僕らの敵が作り出した幻である『ペーパー』が。

「……ペーパー」

「おや?お前はさっき、他の仲間と一緒にいたんじゃないか?なんでこんな所にいるんだ」

「……お前に言ったって、何にもならない」

 僕は崖の淵から立ち上がって、ペーパーの元に歩み寄った。ペーパーは近付こうとも、遠ざかろうともしない。逆にこちらが誘われているようで、どうも気味が悪い。

 僕は少し気になっていたことを、彼を睨みつけながら口にした。

「……カツオブシさんを刺したのは、お前だよな」

 ペーパーは、ああそうだよと答えた。

「いとも簡単に油断してくれたからな。殺すのも楽だったよ」

「よくも平気で、そんなことを……!」

 僕は勢いよく、かつ空高く飛び上がる。ペーパーの姿が豆粒に近くなると、僕は意を決して目を見開いた。

「『創世の業』《剣召喚》」

 唱えると、黒ずんだ剣が僕の周りに何百本も喚び出される。その内一本を手に取って、剣を空に掲げた。

(この程度でペーパーは倒せないだろうな……それに幻だ。戦ったって無意味かもしれないけれど)

 戦う意味はないかもしれない。何も得られないかもしれない。……否、そもそも戦いは何も得られないのだ。意味もない。

 ────それを意味がある、得るものはあると正当化させるのが、『戦争』なのだ。

 僕は黙って、掲げていた剣を下に振りかざした。ペーパーの元に、剣が黒い雨となって降り注ぐ。……普通の人間がこの技を受ければ、間違いなく死に至る。

 剣が大体地面に突き刺さり終わると、僕は地面にゆっくりと降りた。黒の剣は地面の草木諸共、ペーパーの胴体を容赦なく貫いていた。

「ふっ……やはり、お前は強いな」

 血を口から垂れ流しながら、彼はそう僕を称えた。僕は最後のとどめを刺そうと、自らの手にある剣を握り締めた。

「やるのか?」

「お前を倒さなきゃ、皆が困る」

「皆? ……誰のことを言ってるんだ? まさか、別の世界の奴らのことを言ってるのか?」

 ────何を言っているんだ、こいつは。

 言葉を詰まらせていると、ペーパーは掠れた声で続けた。

「お前は自分のことを『傍観者』だとしているな。お前の中での傍観者というのは、敵にも味方にもならない者のことだろう。この混沌とした戦争には何も手を出さず、ただ行く末を見守るだけ……そういう存在だ」

「…………」

「でも、お前はあの時、シュルスから奴を守った。『仲間』を助けた。そしてその後も、何度か『仲間』を助けた。……この時から、既にお前は『傍観者』ではなくなっていた」

「……何が言いたい?」

 剣をさらに強く握りしめた。ペーパーは「まだ分からないのか?」と嘲笑する。 

「────お前はもう、見て見ぬフリはできないってことだ」

 次の瞬間、ペーパーの身体が輪郭を失った。僕は剣を振りかざそうとしたが、ペーパーを斬ろうとする頃には、もうそこにペーパーの姿はなかった。鮮血が垂れていたはずなのに、地面からもペーパーを刺していた剣からも、一滴残さず消滅していた。

 思えば、あのペーパーは幻だ。いつ消えてもおかしくない存在だった。だから今更消えたところで、別にどうってことはない。

 能力を解除して、地面に突き刺した大量の剣と自分の剣を消した。

(……僕はもう傍観者ではない、ね。……馬鹿馬鹿しい)

 僕が何者であるかなんて、他人に決められるようなことではない。これは僕自身が勝手に望んだことだ。事態をいいように動かすには、どちらの勢力にも肩入れしないのが一番都合がよい。

 誰に何と思われようとも、この戦争が終わればそれでいいのだ。

(……そういやペーパーの奴、シュルスとか言ってたな。あの人形持ちの奴のことか)

 なるほど。ペーパーと戦って収穫がなかった訳ではなかったようだ。

 シュルス……人名のように聞こえるが、恐らく違う。彼女が何者かはよく分からないが……このぐらい広い世界を作れるのだ、神か何かだろう。神など見慣れているし、自分も似たような存在だから、今更驚きはしない。

 ……僕が一歩踏み出そうとすると、背後に殺気が漂った。

「!!」

 僕は振りかざされた拳の手首を咄嗟に掴んだ。思わず素手で止めてしまった。能力なしで敵の攻撃を止めておくのは少し堪えそうだ。

 しかし今はそれよりも、襲撃してきた人物に驚きを隠せなかった。漆黒の単発と鋭い黒目、灰と白で構成された装束。どこか見覚えがあるものだった。

「ガルテ……!?」

 そうだ。何度目かの戦争の際に僕らの最後の敵となった、古の世界出身のガルテという人間だった。何度か姿は見たことがあるからすぐに分かった。だが……彼の後世となる人物を別の誰かが殺したために、彼の完全復活は免れたはずだ。それに最後に何者かが倒した。だからこの世界にいるはずが──。

「よお、あの時はよくも邪魔してくれたなあ……?」

 はっ、と僕はもう一つの可能性を思いついた。

「くっ……シュルスの幻か……!!」

「正解。さて、どうする? 俺はもう一度、『お前ら』と戦ってみたいんだがね」

 拳を勢いよく跳ね除けて、僕はその場を飛び退いた。即座に『創世の業』で拳銃を複数召喚し、その内一本を手にした。すべての銃を、ガルテに狙いを定める。

「戦ってくれるんだな。俺の好みのスタイルじゃないが」

 ガルテは楽しそうに言った。ふん、と僕は鼻で笑い返した。

「正直、こんなところで遊んでいる場合じゃないんだよね。お前はシュルスに生み出された幻に過ぎない。恐らくは、僕を惑わせるための……ね」

「それなら、何かを賭けてみるのはどうだ?」

「何?」

 僕がガルテを睨みつけながら問い返すと、ガルテは掌に黒い炎を発現させた。

「お前が勝ったら、この世界の全てを教えてやろう。シュルスのこともな」

「……! じゃあ、もし僕が負けたら……?」

「さあね。その場で死んでもらうくらいがいいかな。どうせもう、この戦争で一人犠牲者が出ているんだ。今更一つ死体が増えたところで、そんなに変わらないだろ?」

 僕はそっと下唇を噛んだ。……やっぱり、悔しい。僕が知る人を……仲間を守り切れなかったことが。

「……僕は、絶対に死なない。死ぬもんか。死んだら、この戦争はもう……」

「止められない、ってか。ククッ、どんだけ自分の力に自信があるんだか」

 ガルテは乾いた声で嘲笑うが、そんなことは関係ない。いくら嗤われようと、僕は僕のやるべきことを止める気はないのだから。

 ────僕は黙って銃の引き金を引く。複数の破裂音が、ガルテを一瞬で貫いた。

 ガルテの身体は複数の弾丸を受けて、痙攣するようにうねった。その顔は痛みにひきつっているのか、笑っているのか分からない。

 ある程度撃ち終わると、僕は銃を撃つのを止めた。ガルテの身体は当然穴だらけになって、あちこちから血が噴き出ていた。到底動ける状態ではない……はずだが。

「へへっ……酷いなあ。こんなボロボロにしやがって」

「……!」

 あれだけ撃ったのに、口減らずなのは変わっていない。動きはおぼつかないのに、まるで口だけ元気のようだ。

 さすがは古の世界を滅ぼしただけはある、と感嘆した。

「でも……足りねえなあ。あの時の力はどこいった?」

「あの時? ……どの時だ」

「思い出せないなら別に構わないさ。手加減してるんだかしてないんだか……はっきりしない奴だな」

 僕は何も答えなかった。

 思い出せないのではなく、文字通りとぼけた『フリ』をしたのだ。ガルテの言うことは、あながち間違ってはいない。

 これ以上の力を行使したことなど、数え切れないほどある。独り身で小国を壊滅させたことだってある。必死に足掻く弱者達を無慈悲に滅ぼしたこともある。

 僕が「全て終わらせて」しまえば、この程度の戦争など簡単に終わるだろう。

「……何故、本気を出さねえんだ」

 ガルテの声が急に冷静なものになった。攻撃しようとする素振りも見せない。それでも警戒を解かない僕は、銃をガルテに狙いを定めたまま後ずさる。

 目の前にいるガルテは幻だ。だが今この瞬間だけは、その方が都合がよかった。

「……皆を、殺したくないんだ」

 ────ガルテの双眸が映している景色を『彼女』が見ていると信じて、僕は口を重く開いた。

 ガルテの目が、ほんの少しだけ見開かれた。

「へえ……お前もそういうこと考えるんだな。てっきり、仲間の生死はどうでもいいとか思うような奴かと思っていたよ」

「じゃあ、僕は余程無慈悲な人間に思われていたんだね。……もしそうだとしたら、今すぐにでもカツオブシさんの元に飛んで行きたいだなんて、一欠片も思いやしないさ」

 僕は自嘲してそう呟いた。ガルテは興味なさそうに「ふーん」と息を吐いた。

「……やっぱりなあ。俺じゃお前を惑わすのは難しかったか」

「え? ……一体、何の」

 次の瞬間、強く両肩を叩かれ、肩を握り潰すのかと言えるような勢いで掴まれた。滅多に感じることのない殺気が漂っているのが分かる。複数の気配が、僕に殺意を向けている。

 掴んでいるのは男の手だ。訳が分からず、振り返ると────。

 僕は一瞬の内にして青冷めた。

「なっ……、どうして……ここに……」

 複数の気配は兵士の風貌をした男達だった。二十代ぐらいの若者から五十代の中年まで、年齢は様々だった。彼らの目は血走っており、表情は皆、荒んでいる。

 ……もう一度振り返って、ガルテがいるはずの方向を見た。だが、彼の姿は透明になったかのように消え去っていた。シュルスに都合よく消されたのかもしれない。

 ようやく捕まえたぞ! さっさと殺しちまえ! いや待て、じっくりいたぶる方がいいんじゃないか。そんなのどうだっていい! まずは色々吐かせろ! そうだな、死人に口なしって言うしな。

 兵士達から放たれる全ての言葉には、明確なる殺意が込められていた。

「……そんな……まさか……」

「そのまさかだ」

 頭上から声が降ってきた。驚いて振り返ると、僕の肩を掴んでいる男が僕のことを見下ろしていた。その顔に見覚えがない……はずだった。

「覚えていたとはな。少し意外だったよ」

 低く渋い声も聞き覚えがある。間違いない。僕は彼を……、

 『彼ら』を、知っている。

「お前は我らの国を滅ぼした張本人。ここで、国の皆の無念を晴らそう」

「嘘だ……そんなはずない。お前達は死んだはずだ。僕がこの手で、一人残らず消し去った……! なのに、どうして」

「……少し黙らせろ」

 肩を掴まれる力が消えたその刹那、僕の身体に殴られるより強い衝撃がj加えられた。少し遠くに点在している大岩に背中から叩きつけられた。かはっ、と声なき声が出た。僕の身体は力なく地面に崩れ落ちて、即座に吐き気がこみ上げてくる。

 僕はすぐに、おかしいと思った。僕の能力の一つに、物理的な衝撃や能力による干渉はほとんど適用されないものがある。それが元の効果の半分以上機能していないのだ。だからこうして、ありえない力を掛けられた。

「……この……っ」

 地面の固い砂利を握りしめながら呻くと、兵士達の中の一人が倒れた僕に近付いてきた。さっきまで、僕の両肩を掴んでいた男だった。

「無様なものだ。我らには太刀打ちできなかった目障りな異能も、あのお方の力で封じてしまえばなんてことはないな」

「やっぱり……シュルスの仕業か……!」

「左様。我らは、あのお方の力で目覚めたに過ぎない」

 シュルスは一体何が目的なのだろう。僕だけではないかもしれないが、僕の周りにばかり幻が現れるのは、きっと偶然ではない。彼女の意図していることが分からない。

 男は僕の目の前に、腕を組みながら立っていた。惨めな姿になった僕を見下ろしている。

 自分へのダメージを軽減する能力がいつ封じられたかは知らないが、少なくとも今は、抵抗したところで余計に痛い目を見るだけだ。

 僕は上目で、男のことを睨みつけた。

「……僕をどうするつもりだ」

「さあね。こうして追い詰めてから、どうすればいいのか分からなくなるのだよ」

 ざくっ、と僕の顔の真横に何かが突き刺さった。……ナイフだ。鈍色の刃の反射が、ぎらりと薄く光っていた。

 殺せ、と向こうの兵士達の誰かが言った。憤怒の形相で、僕を睨みつけているのが分かった。

 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 

 恐らくは全ての兵士が、僕を呪っている。見下ろすなと思う自分がいる反面、僕が過去にやったことを考えれば当然の報いだと考える自分もいる。

 僕の目の前の男が地面のナイフを抜いて、今度はそれを僕の首元に突き付けた。

 そして冷ややかな笑みを浮かべながら言うのだ。

「過去の罪、今ここで償ってもらおうか」

 僕は口元を緩く上げた。

「お前達はもうこの世にはいない。シュルスに造られた幻に過ぎない。今この場で僕を殺したところで、復讐を果たしたことにはならないよ」

「……ふっ。確かにその通りだな。今の我らは仮初の肉体を与えられただけの存在だ。いわば、ゾンビのようなもの」

 ゾンビ、か。僕からすれば、ゾンビよりもタチが悪い。奴らは知能が低いのに対し、この兵士達は人間なのだ。だから罪悪感も一緒についてくる。

 男はナイフを首から離すと、すうっと大きく息を吸った。初めは深呼吸か何かと思った。

 だがそれは、空気を激しく振動させる怒号へと化す。

「お前が我らの国を滅ぼさなければ、我らは間違いなく幸せのままでいられた!! お前から見れば平凡で陳腐なものだったろう、だが我らにとってはそれが至高だったのだ!!」

 まるで獣の咆哮を間近で聞いているかのように、うるさくて鬱陶しかった。耳を塞ぎたくなったが、そうしたら身の安全が保障できそうにない。

 この男の言い分は分かる。確かに、彼らの命まで一緒に奪ったのは残酷なことだった。今になって愚かなことをしたと思う。

 もう、何も耳に入れたくない。僕は呻くように呟いた。

「……、……やめろ」

「我らの幸福を壊した大罪に罰を下せ!! 国民の怒りを、悲しみを知れ!!」

「やめろって言ってるんだよ!!」

 腹が立ったあまり、僕は無意識にそう喚いた。片腕を地面に勢いよく叩きつけると、そこを起点に大地から鋭い岩が地面を突き破る。連鎖的に出現する岩の棘は、やがて男と兵士達を薙ぎ倒し、身体を容赦なく貫き、虚空へと吹き飛ばす。当然赤黒い液体が噴き出て、地面と僕の身体中を赤く染めた。

 静まり返った大地の上で、僕はゆっくりと立ち上がる。自分でも驚いていた。珍しく、息が荒くなっている。ここまで怒鳴ったことはなかったかもしれない。

 だが逆に落胆してしまった。幻とはいえ、彼らを二度殺してしまった。幻ゆえに、彼らの身体は一片たりとも残っていない。男が持っていたナイフも、跡形なく消えていた。

『────お前はもう、見て見ぬフリはできないってことだ』

 先程のペーパーの言葉が脳裏をよぎる。確かに、自分が気に入らないものから目を背けることは許されなくなった。かつて自分が滅ぼした彼らを思い出してしまった今、存在もしていない彼らに見られているような気がしてならない。

(……ああ、風が冷たいな)

 僕は逃げ出すようにその場から駆け出して、森の中に入る。空気が冷えていて、少し肌寒かった。

 しばらく走った後、僕は森の中で立ち止まった。運動にはなったが、気分は落ち込んだままだ。このモヤモヤは、多分しばらく晴らすことはできない。

 ふと、ガサガサと草音がした。僕が咄嗟にその方向に目を向けるが、音がしたところには何の姿もない。気のせいか、と再び歩き出したその時。

 ────後ろから誰かが、僕の腕を掴んだ。

 

「ねえ、おにいちゃん、ぼくたちのおとうさんしらない?」

 

 背後から聞こえた声にはっと目を見開いた。振り返ると、僕よりずっと背が低い黒髪の少年がいた。大きな瞳には何の感情の色も宿っていない。無垢で何も知らない、子供の目そのものだった。

「え……、なんで、そんなこと」

「ねえ? どうしておしえてくれないの? おにいちゃん」

 まとわりつく嫌なものを払うように、僕は首を横に振った。彼らも幻だ。シュルスが僕を陥れようと仕組んだ罠に過ぎない。そう自分に言い聞かせた。

「ねえ、おにいちゃん、おとうさんはどこ?」

 知らない。声もなくそう言った。

「ねえ、おにいちゃん、どうしてここにいるの?」

 なんでだろうね。声もなくそう答えた。

 僕は少なからず気付いていた。少年に掴まれている自分の腕が、小刻みに震えていることに。

 ────今この場に、巨大な魔力が流れ集まっていることに。

「ねえ、おにいちゃん」

 僕は逃げようと飛び退こうとする。だけど、

 

「いっしょにおとうさんたちのところにいこうよ」

 

 行動を起こすのが遅すぎた。

 その場が爆風と閃光に包まれた時には、僕の意識は暗闇に投げ出されていたのだから。


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