「握菱鉄裁、判決を言い渡す。」
裁判官の重々しい声だけが響き渡った。
「何か言ったらどうなんだね!!」
裁判が始まってから未だに一言も喋らない鉄斎に四十六室の賢者たちは腹立たしげに怒号を浴びせる。
「何の目的で禁呪を使ったのだ?」
四十六室が聞きたいことはつまりその一点にある。
何も四十六室は今回の魂魄消失事件の解決を願っているわけではない。そんなことは彼ら貴族からすればどうでもいいことなのである。
四十六室としてはどんな些細なことでもいいから鉄斎と今回の事件を繋ぐ言葉を言わせて鉄斎を犯人に仕立て上げたいのである。
「滝玄太郎はどこにいる?」
四十六室は話題を変えて九番隊の応援に駆けつけてから行方が不明の死神について問う。
もちろん四十六室は彼も犯人に仕立て上げようと思っているのだ。
全ては事を迅速に終わらせて自分たちの体裁を保つ。貴族の目的はただそれだけなのである。
ここまでどんな誹謗中傷を言われても顔色ひとつ変えなかった鉄斎の顔が初めて少し動いた。
その様子を見て四十六室の賢者たちはここぞとばかりにまくし立てる。
「知っているのだね?」
「彼が事件の首謀者なんじゃないかい?」
「どこにいる?」
しかし鉄斎が表情を変えた理由は賢者たちが思っているものとは違っていた。
その時突然、固く閉ざされた四十六室の扉が開き、暗い部屋の中に外の明るい光が差し込む。
その光に照らされて二つの人影が浮かび上がる。
「誰だ!?」
「裁判中であるぞ!不敬罪で訴えられたいのか?」
その人影は一言も発する事なく鉄斎の隣に現れて鉄斎の手枷を外すと鉄斎と共に姿を消した。
「賊じゃ!」
「誰かおらぬのか!」
「誰か!」
賢者たちは逆上し兵を呼ぶしかし部屋に兵がやってくる事はない。
四十六室の守護に当たっていた兵は玄太郎達がくる半刻前には既にみな排除されていたからである。
先程まで騒いでいた賢者たちの声が小さなうめき声と共に突然消える。
四十六室の血まみれの惨状が発見されるのは今から三十時間後のことである。
平隊士たちが忙しなく瀞霊廷内を駆け回っていた。
足音が徐々に遠のいていく。
隊士たちが離れて行ったことを確認した玄太郎と夜一、鉄斎は恐る恐ると周りを見ながら裏路地から出てきた。
「思った以上に大事になってるようじゃな。」
夜一は自分が大罪人の逃亡を手助けしているにも関わらず、人ごとのように呑気に感想を述べる。
隣の筋骨隆々とした大男、鉄斎も無言で頷き同意する。
「ところで、浦原殿は上手にやっておられるのですか?」
「わからん。あやつが何をしてるのか儂にはさっぱりじゃからな。」
鉄斎を四十六室から助け出した夜一と玄太郎は姿を見られないようになるべく霊圧を押さえ込んで隠れながら移動していた。
「あとちょっとで着くな。」
「全く、儂一人なら一瞬で帰ってこれたのじゃがな。」
『瞬神』夜一はニヤリと笑いながら玄太郎たちに軽口を叩く。
玄太郎もいつものように軽口で返した。
「いいじゃないか、世界中を敵に回して逃避行、こんなにロマンチックなことはないだろ。」
「おっしゃる通りです。死神のみなさんは瞬歩を使って移動することの意味を疎かにしております。夜一様も是非今一度歩くことの素晴らしさを感じていただきたい。」
微妙に噛み合わないやり取りをする鉄斎と玄太郎を見て夜一は大きくため息をついた。
そんな和気藹々とした雰囲気を切り裂くように玄太郎たちが通ってきた裏道から一人の死神が姿を現した。
「見つけましたよ。」
その死神は白羽織を着ていてその背中には大きく竜胆の花が描かれていた。
その死神は腰まであろうかというほど長い黒髪を無造作におろしていた。
その首元には痛々しい傷が一つ。
幽霊をも思わせるような光彩を失った目で四番隊隊長『卯ノ花烈』は三人を視線で射抜いた。
「あやつは本当に卯ノ花か……?」
夜一は普段のお淑やかな卯ノ花とはかけ離れた姿を見て困惑していた。
無意識に半歩下がりながら卯ノ花と距離をとった。
「まさか、お前がわざわざ来るとは思わなかったよ。」
一方の玄太郎は困ったような笑みこそ浮かべているがいつものように軽い調子で卯ノ花に対峙していた。
「一応聞いておきます。降参なさいますか?」
「そんなわけ無いだろ。」
卯ノ花は玄太郎の返答を聞きとても愉快そうに笑った。
そして静かにゆっくりと鞘に収められた細い斬魄刀を抜き出した。
「そう言ってもらわなければ困るのですがね。さぁ……斬り合いを始めましょう。」
夜一は言葉にできない恐怖を感じた。
この恐怖は夜一の反応速度を少しばかり鈍らせることになった。
そしてその遅れは夜一にとって致命傷になることになった。
鉄斎も表情には一切出さないが目の前の死神が並みの相手ではないことを感じて気を引き締めていた。
「女の子を斬る趣味は無いんだけどな。」
「此の期に及んでまだそのような戯言を申すか!!」
卯ノ花は普段からは全く想像できない声色と表情で怒りの感情を露わにした。
玄太郎は一切怯むことなく薄笑いを浮かべて話を続ける。
「その姿懐かしいな烈……じゃなくて八千流の方がいいのかな?」
「余り舐めていると一太刀で死んでしまいますよ。それではつまらない。」
卯ノ花は会話を続ける気などないと言わんばかりに霊圧を跳ね上げて斬魄刀を構えた。
卯ノ花の攻撃に警戒して三人も戦闘態勢に入ろうとする。
「あなたがそういう態度ならば私にも考えがあります。」
卯ノ花は玄太郎たちの準備が整わないうちに三人に向かって突進する。
玄太郎は咄嗟に斬魄刀を抜いて対応しようとする。
玄太郎の顔に初めて焦りの色が現れた。
「逃げろ!!」
卯ノ花は玄太郎を素通りしその後ろにいる夜一に対して斬魄刀を振るった。
いつもの夜一なら難なく躱せたが、動揺していた夜一は一瞬反応が遅れた。
闇夜を彩る真紅の血が周囲に撒き散らされた。
夜一は大量の出血とともにその場に崩れ落ちた。
「!!」
卯ノ花に着地する暇すら与えず玄太郎は背後から斬りかかった。
しかし卯ノ花はその斬撃は振り返ることなく斬魄刀を背中に持って行きその斬撃を受け止めた。
卯ノ花と玄太郎の霊圧がぶつかり合い凄まじい風圧で周囲の壁が全て吹き飛んだ。
苛烈な霊圧を放つ玄太郎を感じて卯ノ花は満足そうに笑った。
「ようやく本気になったようですね。」
「お前はやってはいけないことをした。俺の女を傷つけた奴は誰だろうと絶対に許さない!」
流石の卯ノ花も体勢が悪いと判断したのか斬魄刀を払い距離を取った。
玄太郎は辛うじて意識の残っている夜一に駆け寄り、優しい声音で話しかける。
「すまんな。とんだことに巻き込んじまったな。」
「わ、儂が甘かったのじゃ。気にするな……」
息も絶え絶えにか細い声で返事をする夜一を玄太郎は優しく撫でた。
玄太郎は立ち上がると懐に手を入れて、鮮やかな青で彩られた尺八を取り出した。
夜一の心臓が大きく跳ね上がり早鐘を打ち始めた。
「本当はもっとロマンチックに正体を明かしたかったんだけどな。」
玄太郎は己の斬魄刀をこの世に具象化させた。
夜一たちはいつの間にか深い森の中にいた。先程まで厚い雲に隠れていた月がいつの間にか現れており綺麗な満月になっていた。
卯ノ花も何が起こったのか分かっていないのか周囲を警戒していた。
「音姫月下上演」
玄太郎は静かに己の斬魄刀の真名を唱えると尺八を口につけて音を紡ぎ始めた。
その音は徐々に繋がっていきやがて一つの曲へと姿を変えた。
夜一の人生の中で二度耳にした音楽。
たった二度で夜一の心を強く捉えた儚さと懐かしさが混ざった物悲しい音楽が今、目の前で紡がれていた。
夜一は目を大きく見開いた。
月を見る度に焦がれた想い人、まさにその人が目の前にいたのだ。
夜一はさらに己の身に起こっていることに気付き驚愕した。
傷のせいで微弱で安定しなくなっていた霊圧がみるみる回復していったのである。
霊圧はみるみる内に回復しやがて平常時よりも強くなっていく。
「ど、どうなっておるのじゃ!?」
立て続けに起こる出来事に夜一の脳はとうに処理容量を超えていた。
ただ、この上なく嬉しかった。生死を彷徨っている危険な状況でありながら夜一の心は幸福で満ちていた。
玄太郎は一曲を吹き切るとそっと尺八から口を離した。
一度まばたきをすると夜一たちは瓦礫の散乱した尸魂界へと戻って来ていた。
玄太郎は振り返り、夜一と同じく事態を把握しきれていない鉄斎に話しかけた。
「夜一を連れて早く行ってくれ。」
「……承知いたした。」
鉄斎は一度逡巡すると大きく頷き、その大きな腕で軽々しく夜一の体を抱き上げようとした。
「ま、待て!?儂はまだあやつに聞きたいことが山程あるのじゃ。」
夜一は抵抗しようとするが、回復したのは霊圧だけであり傷ついた体は全く言うことを聞かなかった。
鉄斎に支えられてヨロヨロと立ち上がった夜一は玄太郎の元へ行こうとするが足がもつれて倒れてしまう。
玄太郎は倒れた夜一を優しく立ち上がらせた。
「何を嫌がっている。後でまた会う、それだけの事だろ?」
「じゃが……」
夜一は言葉にはできない恐怖に支配されていた。
ようやく会えた十年越しの想い人、玄太郎と二度と会えない。
夜一にはそんな気がして仕方がなかった。
なおも抵抗しようとしている夜一に玄太郎は少し困った顔をすると、夜一の顔に自分の顔を重ねた。
時間にするとわずか数十秒、しかし夜一にとっては永遠にも感じる程の長くそして心地良い感覚に陥った。
このまま玄太郎と共にこの時間の中に溺れていたい。夜一は玄太郎を離さまいと腕を回す。
しかしそれよりも早く玄太郎は夜一から離れて行ってしまった。
悲しそうに玄太郎を見る夜一を玄太郎は優しく撫でる。
「どうした?俺の好きな女はこんなに泣き虫じゃなかった筈だぞ。心配するな。必ずまた会える。俺とお前は運命で結ばれているからな。」
いつものように軽い調子で言った玄太郎の言葉を最後に夜一の意識は途絶えた。
「さぁ、行け。」
意識を失わせた夜一を鉄斎に任せて玄太郎は再び卯ノ花に向き合った。
「長いこと待たせて悪かったな。」
「気が済むまで存分になさって結構ですよ。それであなたが本気になるならいくらでも待ちましょう。」
玄太郎は霊圧の放出量を再び上げて斬魄刀を構えた。
卯ノ花も霊圧を一気に放出させてこの上ない喜びを表現していた。
「座興はこれにておしまい。存分に楽しみましょう。」
本編は過去編のクライマックスに差し掛かって来ています。
玄太郎と夜一の物語はひと段落し、未来へ繋がることになります。
次回は卯ノ花vs玄太郎
です!お楽しみに。