一番隊隊舎から帰ってきた雛森は帰るとすぐに藍染に呼ばれて隊長室へ赴いた。
「監視……ですか?」
五番隊の隊長室、六畳間の隊長にしては慎ましい私室で藍染と雛森は話していた。
雛森は突然の藍染からの命令に目をパチパチとさせている。
「雛森君もさっき見たからわかると思うけど、滝玄太郎はとても危険な死神だ。釈放されたからと言って何もしないという保証はない。だが彼は僕をとても敵視している。僕が監視して下手に刺激したくないんだ。」
「でも……」
雛森は急に言い渡された重要任務を前に尻込みしていた。
できれば玄太郎とは関わりたくない、それが雛森の本音であった。
「こんな危険な任務を任せられるのは君だけなんだ。お願いできないかな?」
雛森は玄太郎という得体の知れない死神に対する恐怖よりも自分の敬愛する藍染の役に立ちたいという思いの方が強かった。
「……はい。頑張ります!」
雛森は拳を握って気合を入れて部屋から出て行った。
五番隊の隊士たちは雛森のそんな様子を見て初めてのおつかいに行く子供のように思えて顔を綻ばしているのだった。
「さぁ、死に損ないが。今度こそ死なせてやろう。大罪人としてな。」
藍染は隊長室で一人クククと人の悪い笑い声を上げていた。
「十番隊の隊長さんと副隊長さんが揃いも揃ってどないしはったんですか?」
「悪いな、ちょっと聞きたい事があるんだ。」
日番谷と松本は玄太郎の情報を探るべく玄太郎が収監された当時既に護廷十三隊に入隊していた市丸のもとを訪れていた。
「玄太郎はんのこと言うてもな。ボクもそん時は入ったばっかの席官だったしよう知らんねん。」
その実、市丸は玄太郎という人物をよく知っているどころか玄太郎が収監された原因を作ったのだがそんなことは二人にはわかるはずもない。
市丸の細い目の奥の隠された真意を見抜くことなど到底できなかった。
しかし幼い時から共に過ごし、市丸のことを最もよく理解している乱菊には市丸が何か隠していることだけはわかる。
「それに玄太郎はんのこと聞くならボクより適任な人ぎょうさんおるやろ?例えば藍染隊長なんか直属の上司殺されてるはずやしよう知っとると思うで。」
「だから藍染は止めたんだ。あいつは何か因縁がありそうだった。なるべく客観的な情報が欲しいんだ。」
「なるほどそれは……厄介やなぁ。」
市丸は含みのある笑みで日番谷を見つめる。
「そや、一つだけ知っとるわ。玄太郎はんの斬魄刀の能力や。」
「「斬魄刀の能力?」」
乱菊と日番谷は思いのほか大きな収穫だと思いその情報に耳を傾けた。
死神にとって斬魄刀の能力は非常に重要な要素だ。
その能力一つで不利な戦況を好転させることも可能である。
その情報は敵の戦力を測る上で最も重要なものである。
「あの人の斬魄刀の能力は幻覚や。相手に現実と違う物を見せる。それが能力や。気い付けや、あの能力は厄介や。」
日番谷と乱菊は滝玄太郎の斬魄刀の恐ろしい能力を各々の頭の中に刻み込んだ。
知っての通りこれは全くの嘘なのだがそんなことをこの二人が知る由もなく鵜呑みにしてしまう。
「済まない、時間とらしちまったな。」
「ええよええよぉ。幸い、仕事もなくて暇やったし……今は。」
日番谷は席を立ち部屋から出て行く。
市丸は乱菊が何か話したそうに自分を見ていることに気付いてはいたが敢えてそれを無視する。
松本も何も話しかけることなく隊長室を出て行った。
「あの人は自分の強さの上で胡座をかいてもた。もう藍染隊長を止めることはできへん。手遅れや。」
市丸は無人の部屋に向かって言い放った。
四番隊隊舎は騒然としていた。
その理由はたった一つだった。
半刻前に釈放された大罪人である滝玄太郎がいきなり重傷を負って卯ノ花と共に隊舎に入って来たのである。
「あのーゴミ出しはさっき八席の方に行ってもらったんですけど……。」
「買い出しは昨日……」
「合コン!?それはただのサボりじゃないですか!?」
普段、戦闘から最も縁の遠い四番隊の隊士たちは皆恐怖を感じて何かと理由を付けては隊舎から飛び出して行った。
そんな中で逃げ遅れた哀れな隊士の一人に護廷十三隊で最も気の弱い席官、山田花太郎がいた。
「虎徹副隊長〜。皆さん、あの人を怖がって帰っちゃいます。どうにかしてください〜。」
山田は席官とは思えないほど情けない声で副官室で書類の整理をしていた四番隊副隊長『虎徹勇音』に助けを求めていた。
虎徹は顔をあげると、その整った顔に涙を一杯に溜めていた。
「私こそ助けて下さい〜。みんな私に仕事押し付けてどっか行っちゃったんです〜。」
これが護廷十三隊で唯一の非戦闘部隊、四番隊の実情であった。
山田は今にも泣き出しそうな勇音を見て慌てて山積みの書類を半分を貰い作業を開始した。
✴︎
「ありがとう。お陰で何とか終わりました。」
勇音は山積みの書類を見て嬉しそうに山田にお茶を出した。
山田は恐縮して口籠る。
気まずさを紛らわせるためにお茶に口を付けようとした。
「熱っ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
どこか抜けている二人はしっかり者の卯ノ花がいなければいつもこんな調子なのである。
「あの、虎徹副隊長はあの人のこと知ってるんですか?」
山田は湯呑みをフーフーと冷ましながら気になっていたことを勇音に質問した。
「わ、私もあんまり詳しいことは知らないかな……。アハハ。」
明らかに何か隠している様子なのだが山田は人を疑うということを知らない純情少年であるためすぐに納得してしまう。
「そうですね、恐ろしく強かったとは聞いています。」
「そして音楽の天才だ。」
いつの間にか山田と勇音の間に見慣れない死神が現れた。
その男は自信満々の笑みを浮かべて勇音を見つめていた。
「「うわぁ!?」」
二人は腰を抜かしてしまう。
倒れた勇音を玄太郎は優しく起き上がらせた。
そしてセクハラと訴えられてもおかしくないほど至近距離で勇音に笑いかけた。
「俺がいない間に四番隊にこんな可愛い子がいたとはビックリだ。俺の左腕は見ての通りボロボロだ。是非ともこれから定期検診をしてもらいたく……」
「私の隊の部下へのセクハラはやめて頂けませんか?」
卯ノ花が呆れた顔で二人を見ていた。
「あ、いや。卯ノ花隊長。これはちがっ……」
「何も違わないぞ。俺たちはもう既に愛し合ってある。さぁ今すぐ定期検診をしに行こう。」
「やめて、頂けますか?」
山田は恐怖で体を震わせた。
流石の玄太郎も恐怖を感じたのか勇音から離れた。
しかし、玄太郎は山田が思っていた以上にぶっ飛んだ人だった。
「そんなに妬くな、妬くな。そうか百年振りに会って募る話も一杯あるだろう。お茶にするか、流魂街では何が流行ってるんだ?どうせなら最先端の店がいいな。さぁ行こう。」
玄太郎はあろうことか卯ノ花を口説き始めたのである。
山田は慌てて玄太郎を止めようとするが山田の制止など全く意味はなく、卯ノ花の腰に手を回そうとする。
「夜一さんに怒られますよ。」
その言葉を聞き玄太郎の動きがピタッと止まった。
山田達の目の前に現れてからずっと騒がしく動き回っていた玄太郎が初めて静かになった。
「あいつに会わなきゃな。」
山田は二人の会話の意味がわからなかった。
正確には意味はわかった。しかしその意図がわからなかったのである。
何故なら玄太郎が会うと言っている人は百年も前に死んでいるのである。
「あの……四鳳院家の前当主様は百年前に亡くなってるんですけど……」
山田は目の前の男が本当に百年間、無間にいたのだと改めて実感した。
それとともに常識のような事すら知らない玄太郎に哀れみを覚えた。
山田は玄太郎がショックで最悪倒れてしまうのでは無いかと考えたがやはり玄太郎は想像以上にぶっ飛んだ男であった。
「それがどうした?俺と夜一は運命で結ばれている。必ず会えるに決まってるだろ。さぁ、夜一を探す旅に出なければいけないな。定期検診はまた今度にしよう。」
玄太郎はまくし立てるように言葉を並べてその場から姿を消した。
「何か……凄い方ですね。」
山田が玄太郎に抱いた率直な感想だった。
卯ノ花は深く溜息をつくと遠くを見つめて独り言のように小さく呟いた。
「本当に……しょうがない人です。」
勇音は玄太郎のせいで乱れた死覇装を直しながら思い出したように副官室の端の棚に向かった。
顔が赤くなっていることを悟られないように軽く咳払いして棚から缶を持ち部屋を出て行こうとした。
「勇音。」
「はいっ!!」
勇音はあからさまに動揺している。
焦って缶を転がして中身をぶちまけてしまった。
「あぁ、新しく買ったエサだったのに〜。」
山田も慌てて転がったエサをかき集める。
「エサっていうと……あぁ。隊長が自室で飼ってる黒猫の分ですか。あの猫、夜はいつもどこにいるんでしょうね。昼間しか隊舎にはいないみたいですし……。」
山田と勇音がエサを掃除し終わる前に瀞霊廷内に外敵の侵入を示す警報音が響き渡った。
こういう日常的な話を書くのは久しぶりですね。
楽しんでもらえると嬉しいです。