「どうじゃ、ここが儂らの遊び場じゃ。」
「喜助から聞いた時は信じられへんかったけどホンマやったんか……。」
平子の話し相手は足元にちょこんと座っている黒猫だ。
その黒猫は妙に年寄りじみた言葉遣いで得意げにこの空間の説明をしている。
双極の丘の地下空間、喋る黒猫……浦原から聞いた時は冗談だと馬鹿にしたことが実際に目の前で起こり平子は軽い目眩を覚える。
そこそこ長い期間を生きてきたと自負していた平子だったがまだまだ自分が若輩者であることを痛感していた。
「そんで、もう滝さんには会ったんか?」
「まだじゃ。……もう姿は見たがの。」
ここまで得意げに話していた黒猫の声が突如小さくなる。
その反応を見て平子は目の前の黒猫が間違いなくあの四鳳院夜一なのだと確信した。
「なんでや!?100年振りの再会やねんからさっさと会えばよかったやないか。」
「そうはいかん!」
「まさか……。」
夜一が黒猫の姿のままでいるのには何か理由があるのではないか。そんな疑問が頭の中に浮かぶ。
「こういうのは雰囲気が大事かと思うのじゃ……。」
「は?」
黒猫の黒い毛並み越しにもわかるほど赤くなって夜一を見て思わず気の抜けた声が出てしまう。
「儂も機が熟せばあやつの前に姿を現わそう思ってはいたのじゃが、なかなかその時が来なくての。」
「何言うとんねん!」
平子は目の前で乙女のような言い訳を連ねる夜一に半ば呆れながらツッコム。
夜一と話していると平子は思い出したように夜一に簪を渡す。
「何じゃこれ?」
「よー分からんが。喜助からの結婚祝いとか言っとったで。」
「結婚祝いじゃと!?」
黒い毛すら赤になるのではないかと思うくらいに夜一は恥ずかしがっている。
夜一は猫の手で器用にその簪を受け取るとわざとらしく一つ咳払いをした。
「儂らの話は別によいのじゃ。それよりお主達はどうするのじゃ?流石にお主でも尸魂界を一人で相手するのは難しいじゃろ。」
「それは任しとき。俺の斬魄刀は全てを逆転させれる、そう不可能も可能にできるんや。」
「まぁ、儂には関係のない事じゃ。死なない程度に好きにやればよい。」
「好きにやらしてもらいますは。それよりも問題は……。」
平子の視線につられて夜一は器用に岩を飛び降りると軽い身のこなしで倒れている一護の顔の上へと移動した。
「このガキはお主の弟子かなにかかの?」
「俺が弟子なんかとるわけないやろ。だいたいまだそない年寄りちゃうわ。」
大の字で倒れていた一護は鬱陶しそうに何度か呻いて目を開ける。
「お早うさん。よー寝れたか?」
平子は一護の顔をビシバシと何度も叩く。
「イテーぞゴラァ!!」
一護は飛び起きる。
目を覚ましたのはいいが状況が飲み込めずあたふたと周りを見回している。
「ど、どこだここ?朽木白哉と戦ってたら急に全裸の女が乱入してきやがってそれで……。」
「わかったから少し落ち着けや。」
平子に諭されて深呼吸して一護は周りを見回す。
平子の他に黒猫が一匹と織姫と石田、山田花太郎に見知らぬ死神が3人いる。
「いつまでボサッと立っとんのや!?」
平子は状況が全く飲み込めずに混乱している一護の顔をベシベシと張り倒す。
なおも状況が飲み込めていない一護の目の前に平子は人間の背丈と同じくらいの人形を差し出す。
「な、何だこれ?」
「転心体や。」
「……なんだそれ?」
「喜助のひみつ道具や。」
平子はニヤリと口角を釣り上げて、3本の指をビシッと突き立てる。
「3日や。」
「3日?」
「ルキアちゃんが処刑されるまでの時間や。」
「な!?おかしいだろ!!もっと時間的余裕はあった筈だぞ!?」
「俺らが派手に立ち回った所為で刑の執行が前倒しされたみたいや。」
「なんだよそれ……。」
一護はその場に蹲る。
懺悔宮で朽木白哉と戦った瞬間、心の奥底である一つのことに気づいてしまった。
今のままでは勝てない。
信じたくなくても幾度も死線をくぐり抜けてきた一護の感覚は非常に正確に敵と自分の差を把握してしまう。
そして3日ではその差を埋めることなど到底不可能だということも……。
「そんなに絶望するでない。3日あれば十分あの小僧に勝てるぞ。」
「え……?」
驚いて人語を話す黒猫を見る。
「卍解を習得できれば、十分に勝機はある。」
「卍解……?」
「説明してる暇はないで。」
平子がそう言うと転心体が形状を変化させて一護の斬魄刀、斬月が実体化する。
「斬月のおっさん……。」
「剣を取れ、一護。」
「ど、どういうことだよ?」
斬月は一護の問いに答えずに斬りかかる。
「気張れや一護。舐めとったら死ぬで。」
朽木ルキアの処刑当日。
各隊の隊長、副隊長がそれぞれの思惑で動く中、尸魂界一番の古株、四番隊隊長『卯ノ花烈』も副隊長の『虎徹勇音』を従えて隊舎を出た。
「凄く変な雰囲気ですね。」
「隊長みなさん、思うところがあるのでしょう。」
穏やかな口調で淡々と続く会話を遮れるように2人の前に1人の死神が現れる。
その死神の顔を確認するやいなや勇音は卯の花を守るように刀に手をかけて前に出る。
「まぁ、待て、デートのお誘いに来ただけなんだけどな。」
気の抜けるほど軽い口調であっけらかんと言う。デートのお誘いならそれはそれで目の前の男を斬らなければならないと勇音は思ったが一度玄太郎と会っている勇音は目の前の男の人となりを知っている。勇音は警戒を解いて一歩下がる。
「逢い引きの誘い相手は間違っているのではないですか?」
「古くから言うだろ英雄は色を好む。女遊びは芸の肥やし。不倫は文化だってな。」
「本当に昔から変わらないですね。」
卯ノ花はため息をつくと声を出して笑う。
卯ノ花らしく控えめで上品な笑い声だったが、勇音は卯ノ花が声出して笑う姿を始めてみて驚く。
一瞬、普段の隊長としての卯ノ花以外の顔が見えた気がした。長年一緒に行動してきた勇音ですら知らない卯ノ花の表情を引き出す玄太郎という男に勇音は改めて畏敬の念を抱いた。
「逢い引きの行き先は私が決めさせて頂きますね。」
「何処へでもお望みのところへ。」
二人が歩き出すのを勇音は慌てて後ろからついて行った。
「ちなみに烈ちゃん。卍解するおつもりは?」
「あなたと手合わせできるなら喜んでしますけども。」
「そりゃ、駄目だ。尸魂界の半分が吹き飛ぶ。」
「そうですね。」
目の前で繰り広げられる規格外の会話に勇音は空いた口が塞がらなかった。
そんな和気藹々とした尸魂界の存続が左右される会話が終わると同時に遠くの方で爆煙が上がりいくつもの霊圧の爆発を感じる。
勇音は隊長格たちが先頭の開始したのだと知る。
大きな霊圧の激突は主に四つ感じる。
双極の丘の方には朽木隊長ともう一つは知らない霊圧だ。
その双極の丘へ続く道のところで下級隊士の軍団同士が争っている。旅禍はそんなに多くの戦力を有していたのかと驚く。
そしてそこから少し離れた所では更木隊長と狛村隊長、東仙隊長が戦っている。まぁ……この戦いは何となく更木隊長が悪いことをしたことが原因な気がすると勇音は頭を抱える。
そして最後の大きな霊圧がこちらに向かってきていた。
「ここで何をしておる。集合時間はとっくに過ぎている筈じゃが。」
三人の目の前に現れたのは護廷十三隊総隊長『山本元柳斎重國』だ。
山本の目による精神的な圧力と規格外の霊圧の圧力の両方を受けた勇音はその負荷に耐えきれずその場に倒れこむ。
玄太郎は倒れる勇音をスムーズな動きで受け止めた。
「ちょっとデートをしてるんだ。外してくれないか?」
「たわけ!」
山本の目が大きく見開かれる。
その目から烈火の如き輝きが宿っていた。
「一度ではなく二度までも儂の思いを裏切りよって。少々お灸を据えねばならぬようじゃな。」
刀を抜く山本を見て玄太郎と卯ノ花も一気に霊圧を解放して臨戦態勢に入る。
今まさに戦いの火蓋がきって落とされようとした時三人の間に二つの影が現れた。
「ここは僕に任せてくれよ、玄ちゃん。」
「先に進んで下さい。卯ノ花隊長、滝先生。」
奇しくも百年前と同じ五人が再び揃う。しかし今回は玄太郎を倒すためではない、玄太郎を守るために現れたのだ。
「お主らは誰に刀を向けておるのかわかっているのかの?」
「これが己の正義に従った結果です。」
浮竹が決意のこもった声で力強く言う。
「痛恨なり。」
より一層山本から霊圧が放出される。
玄太郎達の体が鉛をつけられたように重くなる。これが尸魂界の歴史の重み、護廷十三隊発足から一度も総隊長を譲らない山本元柳斎重國という男の存在の重みである。
「お前ら本当に大丈夫か?」
「いやぁ、正直怖いねぇ。本当に死んじゃうかも知れないねぇ。」
「なら手伝ってあげようか?」
「そんなとこ見られちゃったら七緒ちゃんに笑われちゃうよ。」
一端の言葉聞くようになったじゃないかーーー
飄々と言う京楽の肩を軽く叩いて玄太郎は卯ノ花と共にその場を離れる。
笠で顔を隠した京楽の口元が小さく上がっていた。
「構えろ、童ども。」
京楽と浮竹を灼熱の炎が取り囲んだ。
「行くよ、浮竹。」
「覚悟は等に決めている。」
卯ノ花さんがヒロインのような立ち回りをしていますが、彼女はヒロインではありません。
ご注意下さい。