「儂はここに残る。」
虚化した平子達をどうにかしようとあれこれ知恵を絞った浦原だが有効な手は打てなかった。
この虚化を完璧に治すには時間としっかりとした設備が必要だ。
浦原は即座に現世への逃亡を決定した。
しかし夜一は尸魂界を離れられない。何故ならこのまま夜一達が現世に行けば玄太郎が一人尸魂界に取り残されることになるからだ。
「夜一様、しばしのお別れです。」
「安心せい。儂もあのアホと合流したらすぐに現世に向かう。」
「そうっスか……。夜一サンがそう言うならボクは止めないっス。」
こうして夜一は尸魂界に残ることになった。
しかし夜一の予想に反して玄太郎が双極の丘に戻ってくることは無かった。
一人取り残された夜一だが玄太郎を残して現世に行くことは出来なかった。
猫の姿で流魂街に身を隠していたある日、偶然通りかかった山田花太郎に拾われて四番隊の隊舎に住むことになった。
卯ノ花には出会った瞬間に正体を見破られてしまったが、特にそのことに触れる事はなく夜一をかくまってくれた。
夜一は再会する日が来ると信じて疑わずにただひたすら待った。
そして百年が経ち、ついにその時が来た。
愛する人との再会、それだけを望んで夜一は駆け抜ける。
誰よりも早く、もう二度と逃がさないと心に誓って。
四十六室に辿り着いた夜一を迎えたのは凄惨な光景だった。
「よ、夜一さん……。」
卯ノ花は全身が血だらけで体のいたるところの機能が失われている。
もはや立っているのさえ不思議なほどの重症だ。
初代剣八の卯ノ花をここまで追い込める死神はそう多くいない。それどころか普通はいない。卯ノ花の強さは夜一自身が一瞬とはいえ百年前に体感している。
その卯ノ花を圧倒する死神など……。
夜一の中に最悪の可能性が浮かぶ。
その考えをかき消したいが、目の前の虚から発せられる霊圧がそれを許さない。
「玄太郎……?」
「……」
玄太郎だった虚は『瞬神』夜一ですらついていけないほど高速で夜一に突っ込んで来る。
卯ノ花が辛うじてその斬撃を受け止める。甲高い音ともに卯ノ花と夜一の皮膚が引き裂かれる。
「夜一さん。私達がここで彼を止めなければ尸魂界が滅びます。」
息も絶え絶えに卯ノ花は夜一に語りかける。
「しかし……今の私では力不足。今の彼は死神の枠を大きく超えてしまっている。」
「わかっておる!」
夜一は混乱する頭で必死に考える。
尸魂界を救う方法を。愛しい彼を止める方法を。
玄太郎は彼女たちに考える時間すら与えない。
回避しても何度も飛んでくる斬撃を辛うじて逃げ延びながら策を練る。
しかし良い案は全く生まれてこない。
ーーー元々こういうことは喜助の仕事じゃ。
心の中で昔の親友を毒づいた。
「アレ、呼びました?」
夜一は百年振りに親友の気の抜けた声を聞いた。
あまりに予想外の声に一瞬何が起きたのか分からなくなる。
「き、喜助!?」
「残念ながらウラハラさんは店番です。」
何もなかった空間に亀裂が生じて中から見覚えのある大男が現れる。
「て、鉄裁!?」
穿界門から現れたのは元鬼道衆鬼道長『握菱鉄裁』だった。
鉄裁は目の前の虚化した玄太郎を見て驚くこともなく、淡々と霊圧を生み出す。
「おどき下さい!
破道の九十九五龍転滅!!」
鉄裁の足元の地面が割れ、巨大な龍型の鬼道が出現し玄太郎を飲みんこんだ。
「お久しぶりです。夜一様。」
鉄裁は律儀に頭を九十度に曲げて挨拶をした。
「そんなことはよい。それより、今喜助の声がした気がしたのじゃが気のせいか?」
「気のせいじゃないっスよ。」
再び声が聞こえる。声は聞こえるが肝心の姿が見えない。
声の出ところを探すとそれは先日平子から渡された簪だった。
「どうも、お久しぶりです。夜一サン。」
夜一は再会を喜ぶ挨拶など一切をすっ飛ばして浦原に問う。
「もちろん策はあるんじゃろうな?」
夜一は浦原の答えを確信を持って待つ。
「当たり前じゃないですか。その為にボク達は現世に残っていたんですよ。」
親友のその言葉を聞いて夜一は玄太郎が助かると確信する。
浦原喜助、この男が出来ると言ったことは必ずできる。
「これで準備万端や。」
間髪入れず、平子が拳西、ひより、白を引き連れて四十六室に現れた。
これで全てのピースが揃った。
平子が指示を出すとひより達は玄太郎を取り囲むように四方に散った。
「こらからどうするつもりなんじゃ。」
「玄太郎サンを現世に転移させます。タイムリミットは約70分、玄太郎サンが助かるかどうかは本人次第ッス。」
「来るで!」
鬼道の龍から脱出した玄太郎はほぼ全身が虚化しておりもはや玄太郎の面影はどこにも残っていない。
平子達は虚化して一斉に玄太郎に斬り込んだ。
「皆さん、耳をお塞ぎ下さい。」
「そない悠長なこと言ってられるかいな!」
この極限の状況でも鉄裁は律儀に注意を呼びかける。
鉄裁は素早く詠唱をすると中央四十六室の空間を浦原商店の地下修練場へと移転させた。
「皆さん来ます。用意を!」
モニターを見て会話をしていた浦原が慌てて呼びかける。
いつもの飄々としたとした声音とはかけ離れた浦原の声にその場にいた誰もがこれから死闘が始まるということを認識した。
「来週のジャンプめっちゃ楽しみなんだけど読めるかな。」
「読みたいなら生き残るしかないでしょ。」
強大な霊圧を伴って修練場に四十六室が現れる。
「殺すつもりで行け。手加減したら死ぬで!!」
平子の叫び声を受けて“仮面の軍勢”は皆一斉に虚化して玄太郎に斬りかかった。
「ハッチ、壁追加であと10枚用意や。」
「そ、そんな急には無理ですよ。」
「ええからやれ!!」
斬り込んでは弾き返される。
そんな単純作業がひたすら繰り返される。しかし時が経てば経つほど、平子達の傷は増えていき一人、また一人と動きが止まるものが現れていく。
「いま何分や!?」
「60分っス。」
タイムリミットはあと約5分、それまでに玄太郎が正気を取り戻せなければ玄太郎は完全に虚と化してしまう。
「まず俺らが持つかわからんな。」
既にまともに動けるのは平子と拳西、夜一しかいない。
しかしその三人も既に満身創痍。とても戦えるような体ではない。
「くそっ!?」
「拳西!!」
拳西が吹き飛ばされる。
その一瞬、平子が拳西に視線を移したその一瞬を突かれて平子も玄太郎に吹き飛ばされた。
身体中のありとあらゆる骨が折れた感覚がする。体が悲鳴あげる。
指一本動かすことができない平子の元に玄太郎がやってくる。
「ここらが潮時かいな……。」
平子は目を閉じて己の最期を悟った。
玄太郎は斬魄刀を振りかぶって目にも留まらぬ速さで振り下ろす。
切っ先が平子に達する寸前で止まった。
「お主にもう一度逢うまでは死ねないのじゃ。」
「……」
「さぁ、目を覚ませ玄太郎!約束通り会いに来たぞ!!」
夜一の必死の呼びかけが届いたのか、それとも玄太郎が内なる虚に打ち勝ったからかそれは本人にしか分からない。
ただ一つ言えることは玄太郎は死ななかったという事だ。
玄太郎の動きが突如止まる。玄太郎の全身を包んでいた虚の体にヒビが入る。そのヒビはどんどんと全身に広がっていき、やがて音を立てて崩れていった。
「また会えたな夜一。やはり俺とお前は運命で結ばれているみたいだ。」
「当たり前じゃ。」
夜一は力一杯玄太郎を抱きしめる。もう二度と離れないように、どこにも居なくならないように、そう願いながら力の限り玄太郎を抱きしめる。
玄太郎は心底嬉しそうに笑うと夜一を抱きしめ返す。
二人の心の中は言葉では言い表せないほどの幸福感で満たされていた。
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