定例報告が終わり、夜一に追い出されるように二番隊隊舎を出た玄太郎は次に重い足取りで十二番隊隊舎へ向かった。
玄太郎にとって十二番隊は先月までは最も楽しみな隊であった。
曳舟が隊長のころは定例報告で十二番隊に行くと決まって『曳舟特製霊力満タンフルコース』にひよりとともに舌鼓をうっていたものだ。
しかし今、目の前に広がっているのは毒々しい液体の入った巨大な柱と怪しげな機械。
部屋は何かが腐敗したような悪臭が広がっている。
「な、なんじゃこりゃ……」
「ホンマ何やねんこれ……」
玄太郎をここまで案内してきた十二番隊副隊長『猿柿ひより』も目の前の光景にドン引きしていた。
浦原は白衣に身を包み、ジュウジュウと不気味な音を立てている試験管を片手にひよりと玄太郎の元にやって来る。
「あれ?もう来ちゃったんスか?」
「少し早く来すぎたな。待っててやるからその右手に持ってるものを置いて来い。」
「すいませんね。三席さんが実験に失敗してしまいましてその後始末でちょっとバタバタしてるんですよ。」
それまで玄太郎達ののやり取りに一切興味を示さずひたすらコンピューターとにらめっこしていた男が浦原の言葉を聞いて不機嫌そうにこちらを向いた。
その男は顔に毒々しい装飾を施していて異様な雰囲気を醸し出していた。
「何を言っているんだネ。私の理論は完璧だった。ミスったのは実験を行った君の部下たちだろう。」
その男の台詞を妨げるように下っ端の隊士達が次から次へと報告をする。
「検体Cが異常な細胞分裂を開始しています」
「Dから異常な発熱、このままでは爆発します」
「検体ABの霊圧消失、完全に消し飛びました」
「検体Cが箱から飛び出して増殖を始めました。このままでは42分26秒後には尸魂界全体が検体Cで覆われます」
研究員たちの悲鳴にも似た報告が室内に響き渡っていた。
浦原はその報告を聞いてもなお呑気に頭をかいてのらりくらりと自分の椅子に戻っていく。
「ちょっとバタバタ……」
玄太郎は目の前で繰り広げられている惨劇を見ながら頭痛を覚える。
ーこいつは俺が処刑した方が良いのではないか?
近年稀に見る問題児を前にして玄太郎は頭を抱えた。しかしその顔はどこか嬉しそうだった。
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検体Cが尸魂界を覆うことはなく結局何の問題もなく実験の後始末は終了した。
そして玄太郎は浦原達が後始末をしている間に十二番隊の定例報告に目を通していた。
浦原は顔を煤まみれにしてヘラヘラと笑いながら玄太郎のいる部屋に入って来た。
「お待たせしてしまいましたね。」
「そうだな、もう待ちくたびれてしまったよ。いつの間にかひよりちゃんもいなくなっちゃうしとても退屈だった。」
玄太郎は大げさに首を回してあからさまに機嫌が悪いことをアピールする。
浦原はそんな玄太郎の様子をやはりヘラヘラと笑いながら見ていた。
「どうでした、アタシの報告は?」
「そうだな。お前には聞かなければならない事が山程あるんだ。」
玄太郎は口角をわずかに上げて浦原に質問を開始した。
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「技術開発局ね。正直俺には何を言ってるのかさっぱりわからない。まぁ、問題があれば雀部が何か言ってくるだろうしいいだろう。ただ……あの男は別だ。」
玄太郎はさっき会った毒々しい見た目の男を頭の中に描いた。
「涅マユリ、尸魂界きっての天才っス。技術開発局に引き入れない理由はないでしょ。」
「確かにあいつは天才かもしれない。だがあいつは『蛆虫の巣』に入っていた男だ。俺の仕事上あいつを自由にするのは看過できないな。」
玄太郎はいつもとは違い真剣な目で浦原を見る。
その玄太郎を見て浦原もさっきまでのヘラヘラした雰囲気を捨てて真剣な表情になる。
部屋中が一瞬で緊迫した空気に包まれる。
並みの隊士が間違ってこの場に入ってしまったら失神してしまうかもしれない。それほど今の二人には威圧感があった。
「大丈夫っス。あの人は確かにマッドな所もあるっスけど意外と常識はわきまえてる人っスよ。」
「……確かに俺が調査した時も同じ意見だった。しかしあいつは才能があるからこそ危険だ。いつかお前の背後から切りつけてくる可能性もゼロではない。」
「心配無用っス。その時はアタシが責任もって殺すんで。」
そう言い放った浦原からは圧倒的な強者のオーラが漂っていた。
玄太郎は一言も発する事なくじっくりと浦原を観察する。この男の底がどこにあるのかを見極めるために。
やがて一瞬にも一年にも感じる時間がたち、玄太郎は楽しそうに笑った。
「いいだろう。四十六室には俺から話を通しておこう。お前の好きにやってみろ。しかしその結果お前が元さんに楯つくことがあれば……容赦無く斬る。」
「ありがとうございます。」
この会話で玄太郎は確信する。
この男は彼が最も警戒する死神の5人目に値すると。
長かった定例報告もついに次で最後。しかし玄太郎は今までのどの部隊に行く前よりも気を引き締めて五番隊の門をくぐった。
この隊には玄太郎が最も警戒している5人の死神の内3人も所属しているのだ。
一人目は五番隊隊長『平子真子』である。彼は浦原喜助と同じく飄々としていながら腹の底を決して見せない男である。浦原喜助と同じく腹の底が見えない相手を信頼することはできない。玄太郎は彼に対して最大限の注意を払っている。
二人目は五番隊副隊長『藍染惣右介』である。彼は温厚で隊士からの信頼も厚い正しく死神の規範といった男である。しかし玄太郎は彼の完璧すぎる点に違和感を覚えいる。どんな死神にも一つは欠点が存在する物である。しかし藍染にはそれがない。それは即ち藍染は誰にも本来の自分をさらけ出していないということになる。そして玄太郎は個人的に藍染の優等生キャラが嫌いだという部分もあるのだがそれは些細なことである。
そして3人目は真央霊術院を一年で卒業した天才児『市丸ギン』である。今のところ彼に目立った問題があるわけではない。しかし何もないからこそ危険なのである。天才は時として大きく道を踏み外してしまう事がある。道を踏み外した天才ほど危険なものはない。玄太郎はその事実を身をもって知っている。
「お待ちしておりました。滝玄太郎三席。」
「相変わらず硬いな君は。」
「こういう性格なもので。」
他愛もない会話、しかし玄太郎はこの毎回行われる世間話からもこの男の素性を探ろうとしている。
平子のいる部屋へ通されるとそこには尸魂界では聞きなれない音楽が流れていた。
「なんだか騒がしい曲が流れているな。」
「ジャズや。今、現世で流行ってる音楽や。エエやろ。」
「騒がしいな、性に合わない。」
平子はジャズを否定されて恨めしそうに玄太郎を見ながらその音楽を止めた。
「惣右介、適当に済ましといてくれ。」
「またそんな事を言って……これは本来隊長の仕事なんですよ。」
藍染はそう文句を言いながらも綺麗に纏められた資料の束を玄太郎の前に差し出した。
そもそも定例報告は隊長と玄太郎の二人だけで行うべきものなのだがその辺を徹底すると報告を行ってくれない隊が出てきそうなので玄太郎も見逃しているのである。
玄太郎はしばらく無言で資料に目を通す。 いつも通り綺麗な字で完璧にまとめられた報告書である。
平子はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、レコードの円盤を取り替えて再び針を落とす。
たちまち部屋にギターとドラムの乱れるロックの曲が流れる。
「うっせーぞ!!早くその音楽止めろ!」
「ホンマ難儀なやっちゃな。」
「俺はうるさい音楽が大っ嫌いなんだ。」
平子は渋々レコードを止めて、椅子に座る。
そして独り言のようにブツブツと文句を言う。
「逆にお前の演奏なんて静かすぎて寝てまいそうになるわ。」
平子の言葉に玄太郎がピクリと反応する。
「俺の演奏が静かすぎるだと……?」
藍染はやってしまったと言う表情で頭を抱える。
一方の平子は餌に獲物が食いついたと言わんばかりに嬉しそうに笑う。
「笛一本の演奏なんか眠くてしゃーないわ。」
鼻をほじりながら挑発するように言う平子を見て玄太郎の体が小刻みに震え出す。
玄太郎は懐から青色の両手より少し長い棒を取り出す。
「これは笛じゃない、尺八だ!」
「んなもん大体一緒やろ。」
「ぜんっぜん違うわ!いいだろうそこまで馬鹿にするならお前らに俺の演奏を聴かしてやろう!そうだな今日は満月だったな……お前ら全員屋根に来い!」
玄太郎は言い終わるとその場から姿を消す。
「惣右介……」
「何ですか?」
「今日、卯ノ花隊長から貰った団子あったな?」
「はい。」
「全部持って屋根に集合や!」
平子は子供のようにはしゃぎながら部屋を出て行った。
取り残された藍染は一つため息をついて団子を取りに自室へ向かった。
八番隊隊舎の屋根の上で白羽織を着た三人の死神達は酒を煽っていた。
彼らの周りには大量の空になった徳利が散乱していた。
「たまには月の下で呑むのも悪くはないね。」
「風情があるっスね。」
「お主に風情がわかる心があるなんて驚きじゃ。」
夜一はそう言うとゴクリと酒を飲みガハハハとオヤジのように大笑いした。
「アタシは夜一さんに風情をわかる心があるとは思えないんスけど……」
「何を言うとる、儂と京楽は貴族出身じゃ。雅を絵に描いたような存在じゃろ。」
そう言うと夜一はまた酒をゴクリと飲み干して空になったのを確認して放り投げた。
浦原はその様子を苦笑しながら見ていた。
こんな調子で宴は続いた。
夜も更けそろそろお開きにしようかとなっていた時に彼らの耳に尺八の音が響いてきた。
「これは中々、風情があるじゃないか。」
京楽は酒を直そうとした手を止めてまた一杯酒を注いで口に運んだ。
「これって夜一サンがこの前言ってた……」
「……二度目じゃ。」
浦原と夜一が顔を見合わせているのを見て、京楽も興味を持つ。
「この曲がどうかしたのかい?」
「夜一サンの初恋なんスよ。この曲の演奏者が。」
「何を言っとる!?そんな筈がないじゃろ!儂は風情を感じておるのだ。決して恋などではない。」
顔を赤くして訂正する夜一、果たしてこの赤さは酒のせいなのかそれとも……
「君達はこの曲の演奏者が誰か知らないのかい?」
「知ってるんスか?」
夜一は身を乗り出して京楽に詰め寄る。
普段は決して見れない夜一の一面を見れて京楽は少し得した気分になった。
そしてゆっくり残りの酒を飲み干して一息つき散々勿体ぶって口を開いた。
「この曲はね……」
「「……」」
夜一と浦原は息を飲んで続きを待つ。
「僕も知らないんだよね〜。」
夜一と浦原は同時にずっこける。
「知らないんスか?」
「ごめんね〜。夜一ちゃんがあまりにも可愛かったからからかってみたくなっちゃってね。」
京楽はそこまで言うと背中から恐ろしいほどの殺気を感じ取って寒気を感じる。
酔いなど完全に冷めてしまうほどの凄まじい殺気を感じて京楽は身震いをする。
「胸毛を全てむしりとればええかの?」
「リサちゃんみたいな事言わないでよぉ……」
京楽は頭をかいていたかと思うとその場から突然消え去った。
「この瞬神夜一から逃げられると思うなよ。」
夜一も赤い顔を嬉々とした笑顔に染めて後を追うようにその場から姿を消した。
取り残された浦原だけが月夜に響く尺八の音に耳を澄ましていた。
この時点ではまだ夜一と玄太郎はたまたまその場に居合わせたに過ぎない。
彼らの数奇な運命はまだ始まってすらいないのだ。
彼らの運命が動き出すのは四度彼らが出会った時、今から109年後の話である。
これにてプロローグ終了です。
次回からは本編に入って行きます。