「鉄斎が時間を作っている間にこいつらを何とかしろって言われてもな……」
玄太郎は目の前に転がる虚のようにも死神のようにも見える四つの肉体を見て嘆息する。
そもそも玄太郎は生まれてから今まで殺し合いの事だけを考えて生きてきたような人物である。
科学の話など当然わかるわけがないので何をすれば良いのかなどさっぱり分からないのである。
途方に暮れていた玄太郎は瞬時に霊圧を引きあげて軽く地面を蹴った。
玄太郎は背後に一つの霊圧を感じて鞘に手をかけて戦闘態勢に入ろうとする。
「何の用だ、浦原?」
すると緊迫した空気とは場違いな聞き覚えのある声がする。
「待って下さい。敵じゃないっスよ。」
玄太郎は浦原の霊圧から戦う意思がない事を確認するとそっと鞘から手を離した。
「音の反響で周囲の状況を把握してるんスか?すごいっスね。」
「俺は天才だからな。……今はそんなことはどうでも良い。とりあえずだな、この空間は何だ?」
「ボク達は修行部屋って呼んでますね。秘密基地みたいなもんっスよ。」
浦原は特に反省した様子もなくいつもの飄々とした様子で返答する。
玄太郎はまだ何の為にこの空間を作ったのかなど完全に疑問が解消されたわけではないがさらに重要なことがあるため違う質問をする。
「こいつらの症状はなんだ?」
浦原は自分の背後に転がるひより達を見て目を見開いた。
そして何やら独り言をぶつぶつと呟く。
その様子を見て玄太郎は浦原が何かを知っていると確信した。
「知ってるんだな。」
「はい。これは……虚化っス。」
玄太郎はその言葉の意味を理解できない、それどころか玄太郎は千年以上生きてきて初めてその言葉を聞いた。
「最近多発していた魂魄消失事件と似たようなものっス。ただ……彼らは強すぎたんッス。強かったせいで起きてしまった悲劇ッス。」
その後も浦原は魂魄消失した個体がどうのこうのと玄太郎に説明しているが玄太郎には浦原の言っている言葉の意味はさっぱり分からない。
浦原の話を適当に聞き流してた玄太郎はようやく浦原の話が終わったことを確認すると単刀直入に問いた。
「治せるのか?」
「……ボクの話聞いてたっスか?」
浦原は脱力した笑い声をあげると一つ咳払いをして真面目な顔で再び話し始める。
「結論から言うと分かりません。ただ一つ言えることは圧倒的に時間が不足しているっス。彼らの症状には分からないことが多すぎる。ここがバレるのも時間の問題です。四十六室が彼らの姿を見た時にどういう判断を下すのか……」
その時、修行部屋に新たに一つの霊圧が発生する。
しかし玄太郎も浦原も刀を構えることなくその第三の霊圧の主を受け入れた。
いつもの白の隊長羽織は身につけておらず顔もスカーフで隠していたが玄太郎はその人物が誰か一瞬で理解できた。
「夜一か、顔を隠しても溢れ出てくるその魅力……流石だ。」
さっきまでの真面目な顔をすっかり影を潜めて笑顔で夜一に近づいて行く。
いつもの夜一なら玄太郎に強烈なキックをお見舞いするところだが今回はキックが飛んでくることは無かった。
夜一は抱えていた四人の死神を重そうにその場に置いた。
汗を拭うと恨めしそうに浦原を睨んだ。
「言われた通り全員持ってきたぞ。儂をパシリに使ったツケは後でしっかり返してもらうぞ。」
「こんなに早く帰ってくるとは流石ッスね!夜一サン!」
玄太郎は夜一が連れてきた四人の死神を見て驚愕する。
彼らの体の半分以上は白い物体で覆われており顔には虚のような仮面が付いていたのだ。
「隊長、副隊長が揃いも揃って……。」
「そうじゃ、お主、今回の事件の首謀者として尸魂界から指名手配されとるぞ。」
夜一は驚くほどサラッと驚愕の事実を言った。
その言葉を聞いて最初に驚いたのは本人ではなく浦原だった。
「なんで滝サンが!?この人はこんな実験できる程頭良くないッスよ!?」
「おい。」
玄太郎は浦原の言葉を聞いてとても愉快そうに大きく笑った。
自分が冤罪で指名手配されているのに呑気な奴だと夜一は心の中で思った。
「んで時間があればこいつらを救えるんだな?」
「……はい、必ず治してみせます。」
玄太郎は浦原の顔から有無を言わせない強い覚悟を感じ取った。
最初会った時は何を考えているかわからない危険な奴だと思っていたが、玄太郎は浦原の評価を改めることにした。
己の才能を理解した上でその使い方を間違えない、ただ一つ真実を求める研究者であると。
玄太郎は浦原と拳を合わせお互いに小さく頷く。
そして玄太郎は踵を返して修行部屋を出て行こうとした。
その行く手を夜一が遮った。
「どうした、夜一。かっこいい別れのシーンが台無しじゃないか。」
「どこへ行くつもりじゃ?」
「どこってそりゃ、貴族の馬鹿どもに挨拶してこようと思ってな。」
玄太郎はいつものように足取り軽く歩いていく。
しかし夜一は険しい表情で玄太郎の後をついて行く。
「鉄斎を助けに行くつもりじゃろ。儂も行く。あやつは儂が屋敷で養っておった男じゃ。見捨てるわけにはいかん。」
「おいおい、鉄斎に嫉妬しちまうよ。」
玄太郎はいつものように軽い調子で言うと夜一と共にその場から消えた。
修行部屋に一人取り残された浦原は一度大きく深呼吸をすると、頰をパチンと叩き気合を入れて八人の治療に当たった。
三人の長い一日が始まったーーー
夜が明けてすぐに行われた緊急の隊首会は異様な雰囲気に包まれていた。
そもそも、この隊首会に参加しているのは卯ノ花と朽木、京楽と浮竹の四人だけなのである。
そして何よりも隊首会の雰囲気を張り詰めたものへと変えているのは中央で静かに佇む山本のせいである。
山本はまだ一言も発してはいないが彼から発される霊圧から強い怒りが感じらた。
その余りの強さにいつもは山本に対して軽口を叩ける京楽でさえ笠で顔を隠して静かにしていた。
「諸君らも知っての通り今、護廷十三隊の隊長の半数以上が行方不明になっておる。四十六室からの通達があったように一刻も早くこの事態の原因究明が必要である。……よって容疑者の最有力候補としてあがっている一番隊三席、滝玄太郎の捕獲を最優先とする。六番隊、八番隊、十三番隊は各々隊を率いて滝三席の捜索に当たること。四番隊は待機。……心してかかれ!滝は手強いぞ。」
山本の言葉が終わっても誰一人として話そうとはしない。
護廷十三隊の重鎮、滝玄太郎の捕獲、殺害という命令に玄太郎と親交のあった者たちは様々な反応を示した。
京楽は笠をさらに深くかぶって顔を隠す。
自分の恩師と戦わなければならない、この極限状態で京楽はどのような表情を浮かべているのか、わかる人は誰もいない。
浮竹は真面目な顔で山本の言葉に耳を傾けていた。浮竹は表情にこそ出していないがとても困惑していた。
浮竹はいつのまにか過去に思いを馳せていた。
真央霊術院の頃から山本にその才能を認められていた二人は山本にとても厳しく指導されてきた。
厳しく指導されて京楽と浮竹がボロボロに傷ついていると玄太郎は決まって道場に入って来て何か問題を起こした。山本はそんな玄太郎に毎回激怒して追い回す。
側から見れば玄太郎は先生らしからぬ変わった死神だっただろう。
しかし浮竹にはわかっていた玄太郎の行動は自分と京楽を休ませるためにやっていたのだと。
そんな優しい玄太郎が意味もなく隊長たちを殺すなど有り得ない、そう思うものの総隊長の決定に異をとなえることはできない。
浮竹は目の前の現実と記憶の中の玄太郎の間で激しく揺れていた。
葛藤する浮竹の隣で卯ノ花は静かに目を閉じていた。
いつもと変わらずただ静かに佇んでいる。
しかしその口元が微かに笑っていた。
その笑いは何を意味するのか、その場にいた誰もまだ理解していなかった。
初代剣八になにやら不穏な動きが見え隠れしてるけれど、滝くんは大丈夫だろうか……