雄英体育祭から二日間は休みになるとHRで告げられた狂夜は、体育祭の翌日の半日を寝て過ごしていた。
昨日の段階で担任の相澤から体育祭後には職場体験があり、行き先は『プロからの指名』があり、学校側が纏めて休み明けに発表するとの事だった。
「おはよう、桜」
「おはようございます、兄さん。もう、お昼ですよ」
そんな事もあり、狂夜は体育祭で張り詰めた頭を緩めていた。昼頃までだらしなく寝ていた狂夜は寝ぼけた頭のままリビングに顔を出し、そんな狂夜を見た桜は緩みきっている兄に微笑んだ。
「あれ、親父は?今日は休みって言ってたけど?」
「お父さんならお見舞いに行くって朝から出掛けて行きましたよ」
休日に姿を見せない、雁夜に狂夜は疑問を覚えたが、桜からの返答で「ああ、なるほど」と納得した。
「成る程、幼馴染みのお見舞いか。マメだな」
「お父さん、あの人の事をずっと気に掛けてましたからね」
狂夜自身は会った事はないが雁夜が良く話をする幼馴染みの事を思い出す。その女性は雁夜とは一つしか年齢が変わらず、付き合いの長い幼馴染みだと聞かされていた。その女性が病院に入院した時から雁夜は休みの日には欠かさず見舞いに行っていた。
「やれやれ……昨日、親父から話を聞いた時はマジかよって思ったよ」
狂夜は昨晩、雁夜から聞かされた話を思い出して苦笑いをしていた。
◆◇◆◇
轟冬美は弟である焦凍の行動に困惑していた。
焦凍が10年近く会いに行こうとしなかった母のいる病院に行くと言って出ていったからだ。
焦凍が生まれてから、父エンデヴァーは焦凍の個性にしか興味がないと言わんばかりの態度とスパルタ的な英才教育を止めさせようとするお母さんにも手を上げるようになり、母は次第に精神的に不安定になっていった。焦凍に熱湯を浴びせてしまうほどに追い詰められていた、母は病院に入院という名の隔離をされた。
その時、母の入院の手続きや家の事を助けてくれた人は「少し、追い詰められてしまったね。二人とも良くも悪くも真面目だからさ」と言って冬美の頭を撫でて慰めてくれていた。正直、あの人が居なければ冬美も夏夫や焦凍みたいに父を憎んでいたかも知れない。母の見舞いに行く冬美は幾度となく、その人物に会っていたので冬美にとっては、もう一人の父とも言える人物だった。
◆◇◆◇
病院に到着した焦凍は受付で母の病室を聞いて、その病室の前に立っていた。
緑谷や狂夜との戦いで自分自身を見つめ直さなければ前には進めないと実感した焦凍は第一に母に会う事を決意した。拒まれるかも知れない、また嫌われるかも知れない、望まれてないかも知れない。だが焦凍は母に会い、父の呪縛に囚われている母を救いたいと考えていた。
「お母さ……?」
「……焦凍」
「おや、久しぶりだね焦凍君」
焦凍が目にしたのは母の病室の椅子に座り、母と対面する形で会話していた男性は何かを察したのかの様に静かな笑みを溢した。
「……アナタは?」
「キミは覚えてないのかも知れないが俺は昔、キミと会っているんだよ、焦凍君。冷さん、俺は帰るから焦凍君と話すといい」
「うん、ありがとう……雁夜君」
焦凍の疑問に雁夜は立ち上がりながら答える。雁夜は焦凍の肩をポンと叩きながら病室を出ていく。話し掛けられた冷はニコリと笑みを浮かべ、雁夜に礼を言う。
「あ、その……」
「俺は間桐雁夜。狂夜の親父だ。冷さんとは幼馴染みでね。たまに見舞いに来てたんだよ。狂夜にも話をしておくから休み明けの学校で聞くといい」
思考が追い付かない焦凍は困惑していたが、雁夜は去り際に自身の事と狂夜の事を話して去って行った。
「あの人が……間桐の親父」
焦凍は去って行く、雁夜の背を見ながら父エンデヴァーの肉体と比べれば小さな背中がとても大きく見えた。