トップスターチェル 『貴方に聴いてほしくて。』
『〜♪』
俺はソファーに腰掛けて、テレビ越しに聞こえる歌を聴いていた。彼女の歌は綺麗で透き通ってて聴いてて自分の心も洗われるような、そんな声だった。
「ハールトっ♪」
後ろから突然俺の名前を呼ばれ、抱きしめられる。
「なに見てたの?」
「…急に後ろから抱きついてくるのはやめろっていつも言ってるだろ。………
「いいじゃない、寧ろこうやって私が会いに来てることに感謝してほしいくらいだわ。」
ふふんと偉そうに喋る彼女こそが俺が観ていたテレビに映っていた、超有名アイドルのチェルだ。『歌姫』とも呼ばれた彼女の美しい声に魅了されたファンも多い。テレビに映る彼女は綺麗な銀髪をツインテール状に結び、前髪をピンク色のリボンで可愛くとめているのだが、こうやってオフの日に俺に会いに来る時は銀髪は全ておろしているのだ。やっぱりどんな姿でも可愛くて美しくて綺麗だなと常日頃思わされている。
「トップアイドル様が俺みたいな一般人の相手なんかしてていいのか?こっちのマスコミはこういうことには敏感なんだぞ?」
「その時はその時よ。他人の汚点を見つけてそれをでっち上げようとするなんて、ニンゲンって本当クズよね。」
「俺もそのニンゲンの一人なんですが。」
「むぅ……、ハルトはニンゲンでもいい方のニンゲンだからいいの!」
チェルは不機嫌そうに頬を膨らませて抱きしめる力を強めた。そんな彼女は人間ではない。こうして二本足で俺のところまで会いに来てくれてるが、本来の姿は違う。彼女の種族は
そんな彼女との出会いは俺がまだ幼い頃のことだ。海辺を歩いていた時に海岸に打ち上げられていたのを見つけたのがきっかけだった。
***
「だれか倒れてる……。」
海岸を散歩するのが日課だった俺は砂浜に倒れている人影を見つけた。駆け寄って声をかけようとしたときに異変に気付いたんだ。
「あれ、この人、足が……。」
そう、上半身の方は何の変哲もない人間の身体なのに、それより下が綺麗なウロコに尾ひれが付いていてまるで魚のようになっていたのだ。
「ん、んん……?」
「あ、気づいたみたいだね。」
「こ……ここは……?」
「地上だよ。君、打ち上げられてたみたいだけど大丈夫?」
「ちじょう………?地上ってことはもしかしてあなた……ニンゲンなの……?」
「うん。僕、ハルトって言うんだ。君は?」
「私……?私はチェルって言うの。」
「チェル………、うん、いい名前だね。」
これがチェルとの出会いだった。海の底に人魚の住む国があることは知ってたけど、交流なんてものは当時は無かったらしく、自分の中でも架空の存在でしか無かった。でも、実際にこうやって会えて話している。
「あなたもね。ハルト………、いい名前だと思うわ。」
そう言って優しく微笑む彼女を俺は今でも鮮明に覚えている。その後も度々海岸に行ってはチェルに会って楽しく二人で色んなことを話したりした。それがいつの間にか俺の楽しみにもなっていったんだ。
***
「………いい名前だね。」
そう言って優しく微笑む彼の顔は今でも鮮明に覚えてるわ。
私は突然現れた渦潮に巻き込まれて気づいたら地上に打ち上げられてたみたい。目がさめるとそこにいたのはニンゲンだった。私も話には聞いていたけどニンゲンを生で見たのは初めてだったから少し動揺してたの。そもそも人魚はみんな女ばかりだから異性とも会うのが初めてだったのよね。彼と話すと心が穏やかになって、楽しかった。だから、しょっちゅう地上に行っては砂浜でハルトと楽しくいろんなことを話してたの。
「……うん。やっぱりチェルは歌が上手だよ。」
私が何となく覚えてた歌を口ずさんだときに彼はそう言ったわ。そのことを聞いて驚かされたのだけど、それ以上に嬉しかった。
「君の歌を聴いてると癒されるというか………、えーと、なんて言えばいいんだろ。………こっちも楽しくなって、穏やかな気持ちになるんだ。だからさ、チェル………。」
「君はアイドルになるべきだよ。」
ーーーそう言われたとき、私の中で何かが変わったわ。
私はその後、必死に歌、ダンス、笑顔の練習をしてハルトの望む姿になろうとした。その間、ハルトに会えないのは寂しかったけど、ハルトに驚いて欲しくて、それまで我慢することにしたの。
『ーーーー優勝はエントリーナンバー2番、チェルさんです!!』
私はメガラニカの中でも最難関の新人発掘オーディションで優勝することができた。そのことを早くハルトに伝えたくて久しぶりに地上に行くことにしたの。海から顔を出して前にハルトと一緒に話した砂浜でずっと待ち続けたわ。
……朝から待ち続けて気がつけば日が沈み始めた頃よ。今日はもう海に戻ろうと思ったときだった。
「………チェル……か?」
突然聞き覚えのある声が聞こえてきて振り向いたの。
「……ハルト…?」
そこにいたのは最後に砂浜で会ったときよりも一回りもふた回りも大きくなって顔も身体も男らしく、たくましくなって………でも、その優しい瞳は変わらない、ハルトがいたの。
「久しぶりだな………、前に会ったときよりも可愛らしくなったんじゃないか?」
彼の声を聞いて、とくん……と、胸の鼓動が高まった。胸がちょっと苦しくて、切なくて…………。
「……ッ!…………っと。」
「……ハルト………!ハルト、ハルトハルト………ッ!!」
気がつけば彼の胸に飛び込んでた。こんな姿じゃ陸地でまともに動けないはずなのに、どうやったのかハルトの胸に飛び込んでて、抱きしめて、顔を埋めてた。どんなに力を込めてもビクともしない感じが心地よかった。突然こんなことされても黙って受け止めてくれて………、嬉しかった。
私………やっぱり、ハルトのことが………。
私は生まれて恋なんてものとは無縁だった。でも、ハルトと出会って、ハルトのことを想うと胸がキュッと苦しくなる。これが『恋』なんだって、そう思った。
………それと同時に実感させられてしまった。
***
こうして、本格的にアイドルとしてデビューした私はみるみるうちに力をつけ、人気者になり、バミューダ△の殿堂入りともいえる、『トップスター』の称号をもらえるほどに成長したわ。
「………なんで……?」
私はアイドルとして、いろんな人を笑顔にしてきたわ。私としても、周りのみんなを笑顔にできて嬉しかったし、私にもみんなの希望になることが出来る、そのことを知ってもっとアイドルとして活動に没頭できた。………なのに満たされないの。
「ハルト………。」
自然とこぼしていた大好きな彼の名前。ハルトの顔を思い浮かべるだけで胸が痛くて、切なくて、寂しくて、どこかふわふわしたようなそんな感覚に陥った。
***
オフの日、私はハルトに会うことにした。海から顔を出して砂浜の方へ泳いで行くと、ハルトは砂浜に座って海を眺めているようだったの。
「ハルト………。」
「ん、チェルか……。どうだ?アイドル活動の方は?」
ハルトはいつ会っても優しく接してくれる。こうして気にかけてくれるところも好き。
「私ね……、『トップスター』っていう称号をもらえたの。」
「へえ、すごいじゃん!お前がずっと目標にしてたところに遂に辿り着いたんだな!」
ハルトは自分のことのように喜んでくれた。彼の嬉しそうに笑う顔を見るとこっちも穏やかな気持ちになった。……………でも。
「みんなを笑顔に…、みんなの希望になれてると思ってるの。やりたいようにやって……、なりたいようになって……。それでみんなが笑ってくれてる、楽しんでくれてる……。でもね、どこかすっぽり穴が空いたような……、満たされない感じがするの……。」
「………私、ハルトに見てほしい。私の成長した姿を、アイドルとしての私を。」
ーーー自然に出てきた私の想い。
「私は……ハルトが出会ってなかったら、ハルトに勧められてなかったらきっとアイドルになっていなかったと思う。だから、その姿を貴方に見せたいの。」
「…………でも、俺には無理だ。俺は人間、海に長く潜ることも出来ないし、きっと身体も耐えられない。」
………わかってた。わかってるつもりだった、悔しかった。だれよりも、どんな人よりもハルトに私の姿を一番見て欲しかったの。
ーーーでも、それは叶わない願いなんだ。
***
ーー私はアイドルとしての活動を休止することにした。
私のファンの人たちもひどく悲しんでいたが、私の願いが叶わないことを改めて認識させられてしまったあの時から何をやっても身が入らなくなってしまったから。
そんな何もやる気の起きない無気力な日々を過ごしていた私に転機が訪れる。
「試薬のテスター?」
「そうです。」
「効果はどんなものなの?」
「……最近、メガラニカと地上の**という国で交流があったそうです。このままうまくいけばいずれは不可侵条約まで手が伸び、お互い交流関係を深めていくとの所存と言われています。」
私は地上という言葉に反応した。
「ふ、ふーん。で、それとその薬になんの関係があるの?」
「私たちマーメイドは水の中でしか生きられない。……この尾ひれだってそうです、泳ぐためだけの構造しかないのです。
「……ッ!?」
なんで………、なんでハルトと会ってること知ってるのよ……!?
「なんでって顔してますね?まぁ、こう見えても国家直属の化学者でして。そこらへんの情報は調べ済みです。」
「……そう、なにもかもお見通しってわけね。」
実際こいつの言ってる通りだ。あの件以降、私は自分の種族を憎んだこともあった。
『なんでマーメイドなんかに生まれたんだろう。』
『こんな使えない尾ひれなんて……。』
『私にも足があれば……。』
そんなこと思ってた時期もあったのは事実だ。
「はい。そこで我々は
「で、それがその薬だと?」
「そうです。」
化学者がおもむろに取り出した錠剤、これが例の薬らしい。
「この薬なんですけど、飲むと一時的にですが、尾ひれが変化して
「ッ!!」
「それに、地上の外気に対する耐性も上がって過ごすこともできるようになるでしょう。」
私を夢中にさせるには十分すぎる説明だった。
「……なるわ、その薬のテスター。」
「ふふ、あなたならそう言ってくださると思いましたよ、ご協力感謝します。」
こうしてテスターとしての契約を結んだ私は、毎週3日分の薬が送られてくるようになった。
「これで……、私もハルトと………!」
その薬を片手に私は地上へと上っていった。でも、その時の私は気持ちが高ぶっていて見逃していたのだ。薬の説明のある一文を……。
『この薬の副作用は………。』
***
いつもの砂浜にやってきた私は早速その薬を飲んでみることにした。ニンゲンの足ってどんな感覚なんだろう、使いこなせるのかとか色々不安もあったが、それをぐっと抑え、錠剤を一つ飲み込んだ。
「…………。あれ、なにも起きないじゃな…きゃっ!」
突然視界が真っ白になった。そして、それも収まって目を開けたときだった。
「な、なんだったのよ………。………ッ!!」
私は下半身の違和感に気づいた。恐る恐る下を見ると、白くて二つに伸びた綺麗なニンゲンの足が生えていたのだ。
「す、すごい……!本当にニンゲンの足が……!!」
あの薬の効果は本当だった。嬉しくなった私はその足で陸に立とうとしたのだが……。
「あ、あれ……?」
足が思った通りに動いてくれなくて中々うまく立てない。足がガクガクしてバランスを取るのも難しい。
「こ、このままじゃ歩くのもままならないじゃない……!」
でも、嬉しかった。こうやってニンゲンの足で歩けるように練習するのは楽しかった。前みたいに地上に上がらないことを悔やんでいるんじゃない、しっかりと地に足をつけて立っているんだから。
***
気がつけばもう夕方になっていた。
「や……、やった………!やっと立てたわ!!」
足がガクガクしているが、ちゃんと立てるようになった。
「あ、あとは………歩くだけ………、きゃっ!?」
右足を前に出そうとした瞬間バランスを崩してしまう。
「……おいおい、危ないぞ?」
聞き覚えのある声とともに私を後ろから抱きとめてくれた。
「ハルト………!」
「……どうしたんだ、その足。とうとう人魚やめたか?」
振り向くとそこには大好きなハルトの顔があった。
『どくんっ………!!』
「ッ!!」
彼の顔を見た瞬間、今までにないくらいに心臓の鼓動が高ぶった。そして、私の頭の中がハルトのことで埋め尽くされる。ハルトのことが愛おしくて愛おしくて仕方なかった。
「……?、チェル?」
どうしよう……、ハルトのことが愛おしすぎて目が離せない。
「……ちゅ……♡」
「んむッ!?!?!?」
気がつけば彼と口づけを交わしていた。
「んむっ……、ちゅ……、くちゅ……♡」
自分からキスをしてるのに頭の中が真っ白になってトびそうになる。それくらい気持ちが良かった。
「……ぷはぁ♡」
「……はぁ、はぁ……げほっ、けほっ……。」
そしてしばらくして、ようやく口を離した。私とハルトの口と口のあいだに銀色の糸が垂れる。
「はると………♡」
「……どうしたんだいきなり?」
「私ね……、ハルトのことが好きなの…、もう愛おしくて愛おしくてどうしようもないくらいあなたのことが好き……♡」
「……疲れてるんだな。」
「そんなこと………ぁれ……?」
そんなことないと言おうとしたら、視界がぼやけて……。
「……俺も好きだよ…チェル……。」
え……いま、な………んて………?
***
結論から言うと、試薬のテスターとしても十分だったらしく、改良を少し加えれば十分に実用可能とのことだ。かくいう私も薬を体に適応させることができたので思い通りに好きなタイミングでヒトの足になることができるようになった。
国交もうまくいったらしく、薬の実用化とともに地上との不可侵条約が結ばれ、マーメイドとニンゲンがお互いにその存在を視認し、友好関係を結ぶことができた。
ーーーそして。
私はいま、ここにいる。
舞台の方からは『チェル!チェル!チェル!』という大きな掛け声。誰もが私のことを待ちわびているんだ。
「チェルさん、着信ですよ。」
マネージャーから携帯を渡された。そこには、
『ハルト』の3文字
「ふふっ……♡」
その文字を見ただけで鼓動が高まって身体が熱くなった。
「もしもしハルト?」
『あぁ……。にしてもすごい歓声だな。さすがはトップスター様ってところか。』
「当たり前じゃない、私を誰だと思ってるの?」
『……そうだったな。この様子だと大丈夫そうだな、じゃあ、俺しっかりと観客席から観てるからな?』
「うん……、私のこれまでの全てを見せるから。……見ててね。」
『頑張れよ………チェル。』
そう言って、彼との通話は切れた。私は携帯をマネージャーに渡して、来ていたジャンバーを脱いだ。
ーーーハルト、私は貴方との出会いがなかったら、こんな大舞台に立つことなんてなかったのよ?
ーーーあなたのあの言葉が無かったらアイドルなんて言葉、知ることもなかったと思う。
ーーーあなたがいなかったら、私、ここまで頑張ってこれなかったと思う。
ーーーだから、見ててね、私の姿。
ーーーこれが貴方に送る、私の最大の恩返しよ。
「本番5秒前でーす!5…4…3………。」
大きく一回、深呼吸をする。
そして、前へ、あの光り輝くステージへ。
「いくわよ!!」
***
あのステージから1年が経った。チェルは地上でもトップアイドルとしてその地位を確立している。近くの本屋にあるアイドル雑誌を手に取っても、表紙を飾るのはやっぱりチェルだ。因みにチェルは勿論のことながら仕事だよ。夕方には帰るとのことだ。
初めてアイツのライブを観たけど、正直『すごかった』としか言いようがない。凄すぎてうまく言葉で表せないくらいだ。虜にされるってこういうことなんだなって思った。
「あっ、ハルトさーん!」
とてとてと走って近づいてくる黒髪の子。
「こんにち、ひゃっ!?」
「うおっと!?……そんなに急がなくても俺は逃げないぞ?」
「えへへ……、つい嬉しくて……。」
彼女の名前は『カノン』、最近人気急上昇中のアイドルグループ『カラフルパストラーレ』のメンバーの一人だ。礼儀正しくて食べ物に目がない可愛い子だ。
「ここのカフェのティラミスケーキが絶品みたいなんですよっ!ハルトさん行きませんか!?」
そう言って手て持っているチラシに指をさしながら食い気味に話してくるカノン。
「そんなに焦らなくてもケーキは逃げないぞ?………よし、行くか!」
「はい!行きましょうハルトさんっ♪」
カノンは嬉しそうに俺の手を引き、俺は手を引かれながらそのカフェへと足を運んだのであった。
***
「で、なんでハルトはカノンと二人きりでカフェになんか言ってるのかしら?」
はい、現在進行形で正座させられてます。チェルさんは赤い瞳をギラギラ光らせながら見下している。
「いや、カノンがすーーーーーーーーーっごく目を輝かせながら、誘ってきたんで断れませんでした。」
「そう、とりあえずその首をへし折られたいみたいね。」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
目がガチだからマジでやめてくださいお願いします。
「………嘘よ。そのかわり私も今度そのカフェに連れてってちょうだい。」
「イェス、マイロード。」
「私は女よ!!」
そんなプライドが高くて、かわいらしくて、努力家でちょっぴり嫉妬深い彼女が俺は好きだ。
***
「ねぇ、カノン。」
『なんですかチェルさん?』
「私のハルトに手を出さないでくれるかしら。」
『なんでですか、そもそもハルトさんは貴方のものじゃないでしょう?』
「ハルトは私のこと好きって言ってくれたわ。」
『ハルトさん、今日カフェに行った時普段見ないくらいの笑顔で楽しそうにしてましたけどね。』
「………最後の忠告よ。これ以上ハルトに手を出すようなら………。」
「殺すから。」
副作用:過剰に摂取した場合、精神に異常を及ぼし、若干の他者への依存傾向を示すときがあります。決められた量を飲むようにしましょう。
ダークボンドトランペッターの話書きたい(こいついつもダークボンドの話書きたいって言ってんな)
p.s このような番外編という形で本編とはあまり関係のないスタンダードのユニットをピックアップした話を書いていきたいなと思いまして、登場させて欲しいユニット等あれば、活動報告欄の方に挙げてもらえると助かります
カラパレの中で一番誰が好きですか? 番外編の参考程度にさせていただこうかなと()
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キャロ
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セレナ
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ソナタ
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フィナ
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カノン